十三夜

河合道明は、夕食を終え風呂に息子と入ると自室の離れへと歩いて行った――

 

三つになる息子の咲雄は「ばあばと寝る、ばあばと寝る」とその晩に限って駄々をこねたので母親に「サキはばあちゃんと寝たいそうです、いいですか?」と言って、母親は喜んで「ああいいよ、咲坊、さあいらっしゃいな」と手招き咲雄は喜んで祖母の広げた両手へ向かってとたとたと走る。

そして道明は自室への渡り廊下を一人歩いた。月明かりが彼の足元を照らし、秋の涼しい風が心地よく吹いて過ぎる。

部屋に入った道明は、ほっと息をつくと縁側に座った。

見上げる空には月が照っている。

(今夜は十三夜だったな)

道明は思い、月を見上げた。忘れがたい人の面影が脳裏に浮かび、道明の瞳には涙があふれてきた。あれから三年ほどが過ぎたが忘れられないあのひと。なんだか今でもこの家にいるような気がしてならないあのひと。姿が見えない声が聞こえないのが不思議だとしか思えないあのひと。
部屋の机の上には、二人の結婚写真やサキの中尉姿の写真が置かれている。彼も彼の両親も毎日、写真のサキに向かって朝夕の挨拶をし、何かあったときは話し掛け、まるで生けるが如しである。

道明は、亡き妻の面影を月に探すように見入っていた。

が、そのうち彼は突然に眠気を覚えその場にごろっと横になるとやがて軽い寝息を立て始めた。

 

どのくらい時間がたったのだろう、道明は懐かしい音に目を覚ました。

離れへの渡り廊下を歩いてくる足音、あれは愛しいあの人の足音。

道明は体を起こし廊下を見て

「サキ、サキさんか?」

と声をかけた。すると、月の光が少し強くなったような気がした。自分の影がさっきより月明かりにくっきりと廊下に張り付いている。

廊下を歩く足音がはっきりして、道明は立ち上がり「サキさん」と声をかけた。すると――

渡り廊下を歩いてくるのは、道明の今は亡き妻の河合サキであった。道明は立ち尽くして「…サキさん」とつぶやいた。

サキの姿が廊下を渡り終えてこちらへ来た。にこにこと笑みながら、中尉の襟章と袖章のついた一種軍装の姿で胸には赤ん坊が抱かれている。旦那様!と嬉しそうな声が弾んだ。

サキは、道明の前にたつと「旦那様。お久しぶりでございます」と言って頭を下げた。道明は

「サキさん。ほんとにサキさんなんだね」

とうれしさに声が上ずった。そしてサキの胸の赤ん坊を見た。サキは嬉しそうにほほ笑みながら眠っている赤ん坊の顔を道明に見せて

「旦那様と私の子供です、女の子。別れてしまって悲しかったけど向こうで逢えたの。うれしかったわ、もう離さない」

と言って道明を見つめた。

「私と、サキさんの…」

道明はうれしくなって赤ん坊の頬にそっと触れた。桜色の頬の赤ん坊は道明に触れられてくすぐったいのか笑みを浮かべてほほをそっと小さな指先で掻くようにした。

道明は「さあ、ここに寝かせて…。サキさんここに座りなさい」と部屋の中に座布団を敷いたその上に赤ん坊を寝かせ掛け布団をそっとかけてやってから、縁側に一枚座布団を置くとサキを座らせた。

月明かりの下、サキは美しかった。

道明は見とれていたがはっと気が付いたように

「よく来てくれたねサキさん。どこに行ってたんだね?私は寂しくて寂しくて仕方がないんだ。おやじもおふくろも寂しがっているよ?」

と言ってサキの手を握った。サキの手は温かい。

サキは少し悲しそうな顔になると

「遠いところにいます…」

と言っていったん言葉を切ったが顔を上げて笑みをあふれさせると

「でもいつも旦那様やお父様お母さまのこと見ています。咲雄ちゃんのことも…とってもお利口でかわいい子。そして旦那様、いつも墓に参ってくださってありがとうございます。とってもうれしい」

と言った。道明は食い入るようにサキを見つめていたが

「サキさん、本当は生きてるんじゃないのか?死んでなんかないんだろう?ねえサキさん」

と言って力強くサキの両方の腕をつかんだ。こうして触れているという実感もあり言葉も交わせる、なのに彼女はこの世の人ではないのか。

するとサキは「旦那様!」と小さく叫んで道明の胸にすがってきた。サキの胸の温かさが道明の胸に伝わり、彼はたまらなくなった。

「サキ!」

叫ぶなり彼はその場にサキを押し倒していた。道明の胸の下でサキは、その瞳に軒先から差し込む月の光を宿した。美しく瞳が輝き、道明はまるで熱に浮かされたようにサキの軍装のボタンを一つ一つ外し始める。サキは抵抗しないで道明のなすがままになっている。やがてサキは美しい裸体を月明かりにさらし、道明は彼女に自分を重ねた。

「旦那様」

サキの柔らかな声音と体に道明は我を忘れ、サキを自分のものにした。

サキは道明の動きに恥ずかし気にしながらも「旦那様、旦那様…」と小さく叫んでそのしなやかな腕を道明の肩に掛け、喘ぐ。

道明は夢中でサキのなかにつきすすみ、長い時間が過ぎ――やがて終わった。

道明は終わった後もサキを抱きしめたまま「もう少しこのままでいたい…いいかな?」と言ってサキはうなずいた。嬉しそうに道明に抱かれたサキは、しかし決意を込めた表情になると

「旦那様、…。誰かいい人が居たら、私を気にしないで再婚してください」

と言って道明は「え?」と言ってサキの顔を見つめた。実際道明には親戚から最近、縁談が持ち込まれていた。サキは少し顔を横向けると

「知ってるのわたし、旦那様に縁談があること。でも旦那様は幸せになってほしいから再婚してください。私のことなんか忘れて…」

と言ってその瞳が潤んだ。

道明はサキを思い切り抱きしめて

「バカ。馬鹿なこと言うなよサキ!私は死ぬまでサキの夫だよ。そしてサキは私の妻だ…だから誰とも再婚なんかしない。私は一人で咲雄を大きくする。再婚なんて考えない、考えたくないんだ。そんな悲しいこと言わないでくれサキ」

と言って泣いた。サキも道明の胸で泣いた。

サキは

「ありがとう旦那様、私とっても嬉しい…。私はずっといつまでも旦那様やお父様お母さま、咲雄君を見守ります。私の大好きな河合家の皆さんを私はずっと、どんなことからも守ります」

と言って道明をしっかり抱きしめた。

 

やがてサキはきちんと軍装を身に着けると、座布団で眠る赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は目を覚まして、道明を見ると両手を振って笑った。お父様ですよ、とサキがささやくと赤ん坊は両手を道明に差し出し、道明は赤ん坊をサキから抱き取った。生まれていたら、生きていたらどんなに楽しい家庭が作れていただろうと思うと道明は涙が新たにあふれた。

サキが

「泣かないで旦那様。私たちいつでもそばにいます。そしてまた、逢いに来ます」

と言い、道明はうなずいた。サキは赤ん坊を道明から受け取ると

「旦那様、またお会いしましょう。お父様お母さまによろしくお伝えください」

というと頭を深く下げた。月の光がまばゆく周囲を照らし、二人の姿はその中に溶け込んでいった――

 

冷たい風が吹き抜け、道明は我に返った。

彼は、縁側に横になって居眠っていたのだ。(すると先ほどのは夢だったのか)と思うと一層切なさが足の裏から突き上げてきた。

サキに触れた、抱いた感触が生々しく残っていた。しかし周囲に彼女がいたことを示すものはなく、赤ん坊を寝かせたはずの座布団も掛け布団さえ部屋には置いてなかった。

しかしサキと交わした会話はしっかり現実のものとして道明の記憶に残っている。あの微笑、柔らかな体も。

(サキさん、よく来てくれたね。ありがとう)

道明は澄み渡った秋の夜空に向かって合掌した。そして部屋に入ると今度こそ布団を延べて眠りについた。

 

翌朝。

渡り廊下を咲雄がやってきた。そのあとを道明の母親がついてくる。

「道明さん起きてますか~」

「おとうたん、おきて~」

二人は歌うように言いながら道明の眠っている部屋の障子を開けた。おはよう、とやや寝ぼけたような口調の道明は布団から起き上がった、部屋に入ろうとした道明の母が「あら?」と小さく言ってその場にかがみこみ、なにかをひろった。

そして

「道明さん、これ」

と差し出したのはーーサキの中尉の襟章の一つだった。

道明はそれを母親から受け取るとにっこり微笑み「やはりね、やはり来てくれたんだね。夢じゃなかった」といい昨晩の話をした。話を聞き終えた母親は着物の袖で涙をそっとぬぐうと

「サキさん…逢いたいわねえ」

と言って泣いた。

咲雄が不思議そうに「ばあば?」というのへ道明は咲雄を抱き上げ

「昨夜ね、咲坊のお母さまが来たんですよ。咲坊のきょうだい連れてね」

と言った。咲雄が「おかあちゃま?おかあちゃまに逢いたい」といい、道明は母親を振り返ると「母さん。こないだの縁談、断ってください」と言って咲雄を抱きしめるとむせび泣いた。母親もうなずきながら泣いたーー

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・

十三夜の不思議な出来事でした。

河合サキ中尉は不幸な亡くなり方をしましたが結婚は幸せでした。今も…幸せです。

 

鈴木雅之「十三夜」泣けちゃう歌です…

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Comments 12

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鍵コメMさんへ

鍵コメMさんこんばんは
暗示的なようなそうでないような、不思議な夢ですね。
きっとMさんご自身いろんなことから解放されるという暗示ではないでしょうか?新しい道が開けるという暗示かもしれませんね^^。

こういう夫婦いたら素敵だなあと思いますね。
一方が亡き人になってもいつまでも生けるが如し…最高ですよね。

2016/11/24 (Thu) 20:25 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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2016/11/24 (Thu) 17:49 | EDIT | REPLY |   
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あやかさんへ

あやかさんこんばんは
うれしいコメントをありがとうございます。この話は夏の終わりごろから実は構想を立てていました。
深い、ゆるぎないきずなで結ばれた二人は幽明境を異にしても逢うことができる…そんなファンタジックででもちょっと悲しい物語を書いてみたくなりました。
人を信じることができない今の時代に、こういう話もよいのではないかと思いまして^^。

『女だらけの戦艦大和』は戦記物ではなく、海軍という器の中で生きる「人間」を描くことをその大きな柱としてます。どうぞこれからもこの世界を楽しんでやってくださいませ♪

2016/10/19 (Wed) 23:13 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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ponchさんへ

ponchさんこんばんは
お返事遅くなってごめんなさい。

河合サキ中尉は、河合道明と結婚後艦内で流産しそれがもとで亡くなりました。
サキは実家から追い出されるために河合家と見合いをして結婚したのですが幸せな結婚生活を送りました。夫婦の中も、夫の両親とも好い仲で幸せでした。
亡くなってしまったのは不幸でしたがしかし死してなお深い絆で結ばれているサキと河合家の人たちは本当に幸せなのでしょうね。


「十三夜」ラジオで聞いて思わず涙ぐんでしまうほどいい曲です^^。

2016/10/19 (Wed) 23:06 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
あやか  
感動しました

すばらしい物語ですね。とっても感動しました。
読んでいて、妻のけなげさに、おもわず涙がでました。
死んだ妻が、残された夫の前に姿をあらわし性愛を交わすという物語は、古代中世の伝説民話にもよくある話ですが、この、みはりんさんの小説は、また、斬新であらたな感動を呼ぶにちがいありません。なんど読んでも泣けてきます。
それにしても、この「女だらけの戦艦大和」シリーズ、実に内容が豊富で奥行きが深いですね。

2016/10/19 (Wed) 22:18 | EDIT | REPLY |   
ponch  

いい話ですねー。自分は今猛烈に感動しています( ;∀;)
サキさんは死してなお、河合家を見守ってきたんですね。
海より深い夫婦の愛を感じました。
サキさんはお産の際に母子ともに亡くなってしまったんでしょうか。
前の話まだ読んでなくて済みません。
いつの時代もお産は命懸けですよね。
自分は生涯独身なので既婚者のぼやきはよくわかりませーん\(^o^)/

十三夜、思わずホロリとする曲ですね。

2016/10/17 (Mon) 23:52 | EDIT | REPLY |   
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オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます
月のあの光には何か神秘なものを感じてしまいます。こんな出来事があってもいいかなとさえ思わせるあの光が好きです。昔の人もあの月を見てかぐや姫の物語を考えたのかなあと思います。それにしても「竹取物語」はすごいSFものだと思いますね。

再婚するもしないも本人次第ですね、亡き人を心にずっと秘めたまま再婚では相手も気の毒な感じがしますから道明さんはこれでいいのでしょう。幸せの形は人それぞれ、サキさんも幸せでしょうね^^。

ずいぶんと寒くなりついに風邪ひいて寝込んでました(-_-;)、オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいませ。

2016/10/17 (Mon) 08:09 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
オスカー  

おはようございます。
ムーンライトマジック!(笑)ですね~切なくて美しい……かぐや姫は月にかえってしまったけれど、サキさんのような人たちに力を貸してくれる存在になっているのかしら、なんて考えてしまいました。
心を添わせる人を見つけて再婚される方も新しい幸せでありますし、大切な人を想い続けて暮らすのもまた、まわりからはいろいろ言われるでしょうが、幸せなことなのでしょう。
寒くなりましたのでお身体に気をつけて下さいね。

2016/10/16 (Sun) 09:13 | EDIT | REPLY |   
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
ラジオで先週でしたか「十三夜」という歌を聞いたときこの話を思いつきました。
きれいで切なくて美しい話を書きたかったのです。
頭の中で組み立ては済んでいましたので後は描きこむだけでしたが何度の推敲を重ね三時間ほどで書き上げました。風景を想いながら書いたので、その辺をお伝えできたのがうれしいです。

月の光の中、もう会えなくなった人たちがもしかしたら微笑みながら歩いてきてくれたらなあ。本当に夢でもいいので会いたい人たちに逢えるかもしれない秋の夜長…。
にいさまの逢いたい方にも、きっと会えるかもしれない。
そんな思いを込めてーー。

2016/10/14 (Fri) 21:36 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
サキさんのようなお嫁さんがいたら…どんなに幸せかと思います。サキさんは身は滅びても心は残っていつも大好きだった、いや大好きな婚家の皆を見守るなんて、そんなことができる・したいと思う婚家があるというのはいいなあと思っちゃいます。

果たして旦那や奥さんが亡くなったあと「再婚しない!」と言い切る人ってどのくらいいるのかな~。私はもうめんどくさいから絶対再婚はしたくないですがねw。

2016/10/14 (Fri) 21:29 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

切なさに胸を締め付けられました。お互いに思い合うことの哀しみも。
なんだか目の前で繰り広げられるふたりの姿や、家の空気感まで手に取るように分かります。
次ちゃんたちの結婚式の風景には晴れやかで清々しい思いを伝えてくれた見張り員さん。今回は幽明境の一種幽玄にも似た世界を織り成してくれた見張り員さん。立派です。ブラボーです!!

僕も会いたい人に。決して会えない人に。会いたくなりました。夢でもいい、会いたくなりました。もの思う秋の晩に素敵な物語をありがとう!!

2016/10/14 (Fri) 21:26 | EDIT | REPLY |   
河内山宗俊  

死してなお家族を見守り続けるサキさん、我が家の場合は・・・・、ありえんw
絶対再婚しないと言わしめるほど最高の嫁さんですか、うちの場合はどうなんでしょうか?出来れば独身貴族に戻りたいぐらいですからねw

そういう意味では再婚はしませんけどね。そんな気力も体力もありませんや。

2016/10/14 (Fri) 08:40 | EDIT | REPLY |   

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