誰の上にも青い空

桜本兵曹は、久しぶりの上陸日を迎えていた――

 

と言っても今回は麻生分隊士と一緒ではない。だから(今夜は集会所に泊まるか。そのほうがたくさん仲間がおって寂しいのうてええもんね)ということになっている。

上陸してどこに行くかは足任せ、心任せ。誰か一緒に歩く仲間がいれば一緒につるむしだれもいなければ本当に気ままな散策になる。

ランチの中で桜本兵曹は心ときめかせている。それはほかの上陸の仲間たちも同じ思い…

 

「桜本兵曹はどこへ行くんね?」

とオトメチャンは長妻兵曹に話しかけられた。うーん、と考え込んでオトメチャンは

「どこというて決めとらんのよ。長妻兵曹はどこか当てがあってん?」

と尋ねた。長妻兵曹は「うちも決まっとらんのよ。えかったら一緒にぶらぶらせん?泊まりはどこね?…ああ、集会所。ほんならそうしようや。今日は一緒に遊ぼうや」と言って桜本兵曹は長妻兵曹と一緒に行動することに決めた。

長妻兵曹はもう、男遊びをしないのでオトメチャンとしても気が楽に付き合える、その上同じ「許婚」を持つ身であるからいろいろ話もできるだろうと連帯感のようなものも芽生えているー今まで以上に。

長妻兵曹と桜本兵曹は二人頭を寄せ合い何やら楽しそうに笑いさざめいていて、それを見つめていた主計科の兵曹嬢は

「ほう…結婚相手の居る人はええねえ。何やら花が咲いとるような、華やか~な感じがしてきれいじゃわ。ああうちも早うそうなりたいなあ~」

と言ってうらやましそうである。しかし二人はそんなさざめきも耳に入らないか、

「ほういやあオトメチャン、小泉兵曹のあの事件。あれからどがいな?」

「いやあ実は…。後部指揮所に摸擬爆弾を当ててしもうてね、佐奈田航海長がえらい落ちこんどってなわ」

と先だっての訓練の話をしている。長妻兵曹が日差しに目を細め行く手を見つめつつ

「ほうね。ほりゃあ航海長としたらご自分の失態じゃ思われるじゃろうねえ。しかし見張の報告がなければ艦長も航海長もどうもできんで?しかし小泉兵曹、そんとに結婚したいんかのう」

とつぶやき桜本兵曹は風に軍帽を取られまいと庇をつかみながら

「小泉は前に、『うちは一人に縛られるんは嫌じゃけえ結婚はしとうない』とかいうとったが、まあそげえな考えはふいっと変わってもおかしゅうないし…。今まで繁木航海長や山中副長のおめでたごとを見てきたけえ、気が変わったんかも知らんね。ほいでも親御さん、小泉が縁談を蹴ってばっかし居るけええらい怒っとってじゃと。『もうお前には縁談はせん!』言われたとか…。はあ難儀じゃの」

といい、長妻兵曹は「あいつ。しょうもねえ奴じゃ」と吐き捨てるように言った。

桜本兵曹は行く手を見つめながら

「いつかは元に戻ってくれるじゃろう思うがなー。そうでなければうちら困るわい」

と言った。長妻兵曹も行く手を見つめうなずいた…

 

今日はこの地の祭りの日のようであった。住民たちは着飾って楽しげに道を歩き、海軍嬢たちも心浮き立つものがある。以前にこの地で海軍主催の運動会をしたその『お返し』だと、住民たちは海軍嬢たちを手招いては菓子や飲み物を手渡す。慌てて財布を引っ張り出そうとした海軍嬢に住民は「オカネいりません。海軍サンハお友達」と言ってほほ笑む。

長妻兵曹と桜本兵曹も祭りの渦に巻き込まれ、菓子を手渡されたり飲み物を提供する屋台にいざなわれて楽しい思いをした。

どこからか乗りの良い音楽も聞こえてきて自然と兵曹たちの足取りは軽くなる。長妻兵曹は「ええねえ、ええねえ」と言いながら先を歩いてゆく。桜本兵曹は「待って、待ってつかあさい長妻兵曹」と慌てながらそのあとを追った。住民たちの踊りの渦が二人を巻き込んでゆく。

 

トレーラー水島の繁華街を少し出ると祭りの喧騒は消えて静かな海岸通りに出る。長妻兵曹は

「あの大きな木の下でのんびりしようや」

と一本の大きなヤシの樹を指した。うん、そうしようと桜本兵曹はうなずき二人はその木の根元に座った。いい具合に日差しが遮られ二人はほうっと息をついて額の汗をポケットから取り出した手ぬぐいでふき取った。青い空と、さらに青い絵の具を落としこんだような青さの海を二人は見つめている。遠浅の海、何組かの男女が楽し気に水を跳ね上げたり抱き合ったりしてはしゃいで、二人の海軍嬢はなんだか気恥ずかしい。

はしゃぐ男女たちを見ているうち、桜本兵曹の心はなんだか寂しくなってきた。

彼女の脳裏には愛しい紅林次郎の面影があった。うちにだって好きな人がおるンに何で遠く離れんとならんのじゃろう。オトメチャンの心に悲しみが満ち、その瞳には涙が湛えられていた。逢いたい、早う逢いたい、早う逢ってほほ笑みあって手をつなぎあってそして抱きしめあって互いを確かめ合いたい。そしていつかのように優しく唇を重ねてほしい…

オトメチャンの心に紅林が一杯になってしまった。あふれんばかりに心の中は紅林で一杯。

でもオトメチャンはそんな心をだれにも―長妻兵曹にも―悟られないように必死で涙を隠し座ったままの背筋を伸ばした。

やりきれないほどの切なさが今、心を支配しているが何とかここをやり過ごさないといけないと彼女は思っている。

そして(きっと長妻兵曹じゃってそんな思いを抱えとってんかもしれん。うちだけじゃない、じゃけえ頑張らんといけん)と思い、決然青い空を見上げた。そしてオトメチャンは砂の上に日本地図を指先で書いた。紅林の居る広島のあたりに人差し指の先で印をつけたオトメチャンはそこから右下あたりに線を引いた。(ここがうちの居るところ)トレーラー環礁のあたりである。

その線を人差し指で行き来しながらオトメチャンは(紅林さん元気で居りますか?うちも元気、早う逢いたい。その日までしっかりお互い任務を果たしましょうね)と思うのであった。

長妻兵曹はそんな彼女を見てみないふりをしてくれているようだ。

 

吹き付けた風にヤシの葉が鳴り、青い空の一番高いところから、紅林の声が聞こえてきたようなそんな気がする午後である―。

 

そんなころ、小泉兵曹は艦隊司令部の一室に〈収容〉されていた。窓には鉄格子がはまっていて出入り口のドアの前には常に見張の兵隊嬢が立っている。

(なんじゃ、〈預かり〉とは名ばかり。態のいい留置場じゃないね。うちは犯罪者か?)

小泉兵曹はそう思って腹を立てている。この部屋には厠と小さな洗面所が付いていて、食事はドアの下の小さな窓から差し込まれる。風呂はここにきて一週間たったがまだ二回しか入れてもらっていない。

(こげえに暑い場所で風呂にも入れんとは。うちが一体何をした言うんじゃ)

小泉兵曹は情けない思いで一杯である。その上、毎日反省文をかかされ、二日に一度は艦隊司令の前で「私小泉純子海軍一等兵曹は軍務を怠りました。そのせいで訓練にも大きな支障を与えました。ここに反省しに二度と同じことをしないと誓います」と言った反省の辞を言わされる。

(あほくさ)

小泉兵曹はそう思っている。そして

(そんなもん、口だけなら何とでもいえる。適当にええがいにいうとったらええわ。どうせ皆、『よう反省したな、これからがんばりや』いうて笑うてここから出してくれるんじゃろう?簡単じゃわい)

と完全に艦隊司令をも侮っている。

小泉兵曹は鉄格子のあいだから空を見上げた。トレーラーのどこまでも青い空に

「うちは絶対悪いことなんぞしとらんけえの。見張はほかにも居ってなけえ、そいつらが知らせんのが悪いんじゃ。うちばっかし責めるんはやめえや。ほいであの桜本のおぼこ野郎、あいつ絶対ただじゃおかん。いつの間にかうちより上を行きよって、許嫁じゃと?…どんとな男だか一度見てやらんといけんな。ほいでもしもー」

とつぶやいている。

そのつぶやきをドアの外にいる見張り役の下士官嬢が聞いていて

(あいつ、心を病んでしまったのと違うだろうか?一体何があったのかわからないがどうもおかしい。これは司令にもお知らせしておこう)

と思っている。しかしその見張の彼女も「もしもー」のその先は聞き取れなかった。

小泉兵曹は本当に心を病んだわけではなかったが、同期の華々しい活躍や結婚相手の出現に焦りが最高潮に達してその焦りが彼女を変な方向に導いてしまっていたのだった。そしてその焦りはさらに加速して彼女を危うい方向にもって行こうとしていた。

 

トレーラー海軍診療所の病室では、繁木航海長が悪阻の辛い体をベッドの上に横たえていた。うち続く吐き気に負けそうになりながらも航海長は(しっかりしなきゃ。山中副長もあんなに頑張っていたんだから私も負けられない、がんばろう。赤ちゃんの宿った印なんだから)と思って窓の外を見た。ベッドの上から見上げる空は雲一つない青い空。

 

青空は、誰のうえにも等しくその色を広げているーー

 

        ・・・・・・・・・・・・・・・・

桜本オトメチャン、海ではしゃぐ男女の姿に寂しさが吹き上げてきたようですが何とかその思いを押さえています。

長妻兵曹も許嫁を内地に持つ身として他人ごとではないでしょう。切ない思いはあふれますがいつか必ず逢えます。

そして小泉兵曹はどうなりますか…いい方向に向かいますように!そして繁木航海長、つらい時ですが前向きに頑張っています。

 

 石嶺聡子「青空」。私の大好きな歌の一つです。


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Secre

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんにちは
ご想像を超えちゃいましたかw。
確かにこれはまずい。

人の心はまるで雲を浮かべた空のよう。
真っ青な雲一つない空になればいいのに。

小泉兵曹、私の想像を超えています。
心配ですねえ。

それぞれの生き方、気持ちの行方・・・
その上には青空。
さて、どうなるのでしょう。

ひろさんへ

ひろさんこんばんは

レイテ湾上空他、かつての戦域を飛ばれたことがあるのですね!私は写真でしかあの辺を見たことがないのですが、あの空と海の青さはまさに感激ものですね、その空と海で戦った将兵の皆さんの中にはこれは夢ではないかと思いながら散華したひとも多かったのではないかと思います。

ひろさんの敬礼とバンクはきっとご英霊にも届いていることでしょう。

どうぞこちらこそよろしくお願いいたします^^!

To <span class=

見張り員 さま

リンクの件、ありがとうございます。

自分は10年少し前にレイテ湾上空を飛んだ経験も有ります。他、かつての戦域上空を飛んでいました。

飛行中に翼下に広がるエメラルド色の海は、今もあの戦争の頃もきっと全く変わらないだろうと思います。

そのエメラルドの海を飛びながら、私は後ろから撃たれる事は無く、安心してフライトしていましたが、あの頃、ここを飛んでいたパイロットは常に後ろを気にしながら飛んでいたんだろうと。でもきっと、緊張感の中でこの海の美しさに心を奪われて居たんだろうなと。

しっかりと敬礼と翼振れを行いました。

これからも読みに来ますね。

では!

ひろさんへ

ひろさんこんばんは!
ご訪問&コメントをありがとうございます!
「十三夜」は特に思い入れて書いたのでうれしいです、ありがとうございます!
固い話からやわらかい話まで『女だらけの大和・海軍』を舞台に描いております。また見に来てやってくださいませ!

リンクの件了解です、よろしくお願いします!

はじめまして

十三夜の物語に泣けました。私は飛行気乗りなので航空機や戦艦その他、ミリタリー系は何でも興味が有ります。
また覗きに来ます


PS,良ければリンクさせてください。

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます
おお、懐かしき「よろしく哀愁」~~♪
例えば東京と札幌、あるいは大阪、広島、福岡…などの遠距離なら国内ですから会う機会を作ることはできますが外国となりますとこれは現実的世界でもなかなか会えるものではないので、つらさもあるでしょうが会えた時の喜びったらないでしょうね♡
それこそ青空どころじゃないよってw。

恋に恋してた思春期をふと思い出しました。

そうそう、昨日の停電うちでも大変困りました(-_-;)。10数分だったと思いますがレジがつかえない(引き出しが開かない)のでお客さんをお断りする場面も(◎_◎;)…。電気なしじゃ生活できないんだな~と改めて実感しました。

ponch さんへ

ponchさんおはようございます
だんだん単なる「おぼこ娘」から脱却しつつあるようなオトメチャンです^^。恋する乙女ですね。彼女にも本当の春がそこまで来ているかもしれません。
繁木さんの責任が問われないといいですね、何せ大事な体ですから。

小泉さんの今後がちょっと怖いです。変なことをしでかさなきゃいいんですが…そう、トラブルメーカーという呼び方がぴったりしつつある彼女です。

こんばんは。
♪会えない時間が愛育てるのさ~ と郷ひろみの「よろしく哀愁」を歌いたくなってしまいました。遠距離(すぎる)恋愛は辛いですね。でも再会した時の喜びは青空を突き抜け宇宙までいってしまうでしょう(笑) 恋するみんなが幸せでありますように!

普段はおぼこいオトメチャンも陸に揚がれば、文字通り恋する乙女といったところでしょうか。
茂木航海長も懐妊早々騒動続きですが、監督不行き届きで解任ということにならなければいいのですが。
それにしても小泉さん、また何かやらかすつもりなんでしょうか。
トラブルメーカーというか、館内の騒動はいつも彼女がやらかしてるように思えるのですが・・・(^-^;)

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
いや小泉さん何をしでかすか本当に「ヤバイ」感じですよ~(;´Д`)。

ヤシの樹を見ると矢も楯もたまらなかった長妻もヤシの実落としから引退し、あとは結婚を待つばかりとなっています。究極の遠距離恋愛のこの二人…心のうちはいかばかりか。

小泉兵曹の恋愛は…どうなのかな、叶わぬ恋ばかりしてる気がしますからね。そのツケを大事な友人に回すとはちょっとあkンが獲物ですがこの先をお楽しみに!

いやぁ、小泉さんとんでもないことを考えてそうで怖いですな。

長妻さんとヤシの木というと、どうしてもあの勇姿が。しかしながら彼女も許嫁のある身だいぶ落ち着いてます。遠距離恋愛という言葉では足りないぐらいのもの同士、彼女も思うところがたくさんあることでしょう。

旧知の友というものは案外厄介な代物でして、ちょっとボタン掛け違えるとますます混乱してしまう。小泉さんはたぶん超長距離恋愛なのだと思うのですが。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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