青空 2

オトメチャンは、その様子を信じられないものを見る思いで見つめていた――

 

酒井上水が分隊長と分隊士を呼びに走って行って間もなく、オトメチャンは繁木航海長が胡坐のまま壁にもたれてうたたねをしているのを見た。普段、繁木航海長はそんなことをする人ではなかったのでオトメチャンはとても驚いた。そして傍らの石川兵曹をそっとつついて

「なあ。繁木航海長が居眠りをしとりんさる。こげえなこといままでなかったよね?」

とささやいた。石川兵曹も小声で「はい…。きっと航海長お疲れなんじゃ思います。いろいろ問題が起きますけえ、ほっとする間もないんでしょう」と答えた。

そうかそういうこともあるなあとオトメチャンが思った時廊下をかけてくる足音がして松岡分隊長、麻生分隊士が駆け込んできた。その騒々しい足音に繁木航海長は目を覚ましたか、ぼんやりとした視線を上げて駆け込んできた二人を見た。

そしてはっと目を見開くと

「ああ、二人とも。ご苦労です、いや実はね」

と立ち上がって事の顛末を話し出した。

麻生分隊士が「またか。小泉兵曹は何を考えとってんかね」と苦虫をかみつぶしたような顔になり、松岡分隊長も

「小泉さんは最近勤務も怠慢だと聞いてますよ。そんなことでこの訓練がうまくいくか心配ですよ私は。熱くなってないな…そうだ、この訓練中小泉さんを配置から外しましょうよ」

と唐突に提案をしてきた。

繁木航海長が「配置換えねえ…松岡中尉そうは言うがいったいどこに替えるつもり?」と尋ねたのへ松岡中尉は

「そうですね、指揮所の後部で見張ってもらいましょう。で、その間の班長は石場兵曹長に代わってもらいましょう。石場ちゃんの配置には谷垣さんが行ってちょうだい。面倒かけますがこういう事態なもんでまあよろしくね」

とサラッと答えてしまった。

繁木航海長は「まあ致し方ない。のちほど副長にお話しておきます…」と言って部屋を出ようとしたとき廊下から別の居住区から何やら食べ物のにおいが漂ってきた。

と、

「ぐふっ…。をええええ!」

と繁木航海長がいきなりおう吐し始めた。驚いたのはその場の皆で松岡分隊長に麻生分隊士、それに桜本兵曹たちが駆け寄って

「しっかりしてください!」「航海長!」「誰か、早う日野原軍医長を呼ばんか」

と騒ぎになった。松岡分隊長と麻生分隊士は航海長の両方の肩をそれぞれ担いで

「医務科に行ってくる!」

と言って、真っ青な顔いろになってぐったりしている繁木航海長を日野原軍医長のもとへ連れて行ったのだった。

 

そんな騒ぎが起きているころ、梨賀艦長は自室で佐藤副長と向き合っていた。

「--というわけで山口通信長の様子がどうもおかしい。佐藤さん何か聞いていないかな?」

梨賀艦長は心配そうに副長に言った。副長は防暑服の腕を組みながら

「山口通信長が…。いや、私は何も聞いていませんがそんなに様子がおかしいなら訓練の前に本人を呼んでわけを尋ねたほうがいいですね。訓練に差し障りがあるといけませんものね。通信長も内心つらいのではないでしょうか、ここは艦長が直々に聞いてあげるのが良策でしょう」

と言って、梨賀艦長はうなずいた。そして

「訓練にも、実戦にも大事な通信のトップに何かあってはいけないからね。悩みがあるなら早いうちに改称してあげないといけない…では善は急げというから私は早速山口さんのところに行ってくるよ」

と言って立ち上がり副長に見送られて廊下を小走りに行った。

 

佐藤副長は艦長室を出ると、巡検は終わったが艦内をもう一通り見て回ろうと歩き出した。

就寝時間にかかっていたのでだいぶ艦内は静かになってきて、時折行き交う将兵嬢たちは当直に向かうところだったり私用を足すものであったりした。

そんな中、向こうから息せき切って走ってきたのが航海科の石場兵曹長で、佐藤副長を見るなり

「ふくちょうーーー!!」

と大声を出し、副長につかみかかってきた。佐藤副長は驚いてウオッ!と叫んで避けようとしたが石場兵曹長に捕まった。

石場兵曹長は普段は重々しく見える通称・暗黒のひとえまぶたを今夜は大きく見開いて

「大変なことが二つ起きました!まずは医務科に来てつかあさい!」

と怒鳴るように言うと、なにがなんだかわからないといった態の佐藤副長の片手をぐっとつかんで引っ張りながら廊下を走った。

その道々副長は

「ねえ一体何があったの?教えてよ、ねえなにがあったの?」

と尋ねたが石場兵曹長は前を見据えて走るだけ。

やがて二人は医務科の診察室に飛び込んだ。日野原軍医長が「ああ、副長!お待ちしていました」と言って副長を部屋の奥の診察台にいざなった。診察台の横に松岡分隊長と麻生分隊士が立っている。

台の上に繁木航海長が真っ青な顔で横たわっていてその様子に佐藤副長は

「繁木さん!いったいどうしたんです、彼女とても顔色が悪いですよ、何か悪い病気では?」

と言いかけて涙ぐんでしまった。

すると日野原軍医長の顔がほころんで

「ご心配なく。繁木航海長ご懐妊です。つわりですよ。どうも最近繁木さんはうとうとして変だと聞いていましてね、もしかしたらと思っていたところですよ」

といい佐藤副長は

「へ!?ご、ゴカイニン…ゴカイニンって、あの、おめでたのほうの〈ご懐妊〉てことですか?」

といい、次の瞬間「ああ…よかった。よかったねえ繁木さん」というと泣き出していた。佐藤副長、感激家のようである。

すると、診察台に寝ていた繁木航海長が上半身を起こした。麻生分隊士が「航海長、横になっていてつかあさい」と言いながらもその体を支えてやった。繁木航海長は真っ青な顔いろのままで

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、副長、軍医長…。大事な訓練前にこんなことになり申し訳もございません」

と謝った。副長が軍医長の顔をそっと見ると軍医長はうなずいて

「航海長おめでとうございます。三月目ですね。これまでつらかったことでしょう、でもこれで原因がはっきりしましたからもう大丈夫。山中中佐に続いてのおめでたですね、ご出産は来年の秋前になりましょうね。この件早速艦長にご報告します」

と言って祝福した。佐藤副長、松岡分隊長に麻生分隊士も「おめでとうございます!」と祝福。繁木航海長はしかし、

「大事な訓練前にこんなことになって…本当に申し訳ない!」

と言って泣き出した。日野原軍医長は笑って彼女の背中をやさしくなでると

「訓練前にわかってよかったじゃないですか、さあこれからのことを考えないといけませんから私は艦長に報告してきます。航海長には今夜は入室していただきます。とりあえず今夜はゆっくり眠ってください」

と言って看護兵曹を一人呼ぶと、航海長を病室に連れて行った。

副長がはたと思いついたように松岡分隊長を見ると

「そうだわたし、石場兵曹長に『大変なことが二つ起きた』と言われてここに連れてこられたんだが、一つは繁木さんのこと。で、もう一つは?」

と言って、松岡分隊長は小泉兵曹の件を話し

「あれは困ったものです。ですから訓練中は班長の任を解いて配置も変えます。班長の任は石場兵曹長に、石場兵曹長の配置には谷垣兵曹を置きたいと思うのです」

というと佐藤副長は

「その件了解した。訓練中の配置変更を認めます。…で、そのあとも小泉兵曹の様子が変ならば一度私は話をしてそれなりの処遇を考えないとならないね」

と言った。

そして副長は日野原軍医長とともに艦長を尋ねに医務科を出た。

「そうだ。艦長もうお部屋にお戻りだろうか…軍医長、艦長が言っておられましたが山口通信長の様子がこのところ変だと。そう見えましたか?」

副長が艦内帽をかぶりなおしながら言うと日野原軍医長は

「やはり艦長もそうお感じだったのですか…私も実は感じていましたが…。あの通信長がそこまで様子が変だというのは何だろう、なにがあったのだろう。気になりますねえ」

と言って首にかけた聴診器をつかんだ。

 

艦長室に艦長は戻っていなかった。

通信長の私室に行きドアをノックすると中から返事があり、副長と軍医長はドアをそっと開けて中に入った。

部屋に中にはうなだれた通信長がいて、その様子に日野原軍医長はぎょっとした。今までにない通信長のうなだれ方に軍医長はそっと、「どうしたんですか艦長?通信長普通じゃないですよ」とささやいた。

すると艦長が

「実はね軍医長…」

と語りだしたその話に、軍医長は強く胸を打たれることになったのだった――

 (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小泉兵曹何が気に入らない?大事な訓練前だというのに…。

そして繁木航海長の不調はおめでただとわかりました。山中次子中佐に次いでのおめでた!でも訓練はどうなる???

そして山口通信長はいったいどうしたというのでしょう?緊迫の次回をお待ちください。

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森須もりんさんへ

森須もりんさんおはようございます
ホント、目まぐるしい展開となりましたw。
女の人が外で働こうというときネックになるのが妊娠と出産ですね。そしてその後の子育て。現実には本当に厳しいですよね。私も保育園を申請していましたが結局幼稚園になりましたもの。でも私は自営だからそれでよかったと思っています。

万人同じ一日24時間なのにその密度はそれぞれ違うのが面白く感じます。さてさて今後どうなりますかお楽しみに!

まあ、なんとも目まぐるしく展開するようですね。

女性が働くということは、どうしても「懐妊」という
ことがありますから難しいですね。
でも、そういうおめでたいニュースは嬉しいですね。

小泉兵曹はいかに、
山口通信長はいかに・・・

毎日、24時間なのに、やっぱり人の変化はおこるもの。
山あり谷ありの展開が楽しみです。

ponch さんへ

ponchさんこんばんは
本当にちょっとしたベビーブームですね^^。まだ続くのかベビーブーム!と言っても既婚者そうそういないんですが??
小泉さんの嫉妬、こんな時になぜ火が出るか?という感じですが仕方がないのかな。こればっかは。

出産の直前まで悪阻のある方はいらっしゃるんですよね。つらかったと思います。
難産の家系ってやはりあるのかな、確かに小柄な人はやや難産の気があるらしいですね、義妹の一人が慎重150そこそこでやはり難産でした。
私の悪阻、本当にひどくてヘロヘロでしたw。

茂木航海長も懐妊でプチベビーブーム、と書こうとしたら
まろゆーろさんが既に書かれてましたね。
嫉妬深い小泉さんがまた何をやらかすのか目が離せないですね。

それにしても見張り員さんも、ずいぶん重い悪阻を体験されたんですね。
自分の家系は父方の明治生まれの祖母が出産直前まで悪阻があり、
母は全員帝王切開で、姉は初産で30時間もかかった筋金入りの難産の家系ですが、
姉の子供はふたりとも男の子なので、難産の家系も自分の代で終わりそうです。
ウチの家系は全員小柄なので、小柄だと難産になりやすいようですね。
記事とは関係のない話で済みませんでした。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
山中副長に続き繁木航海長のおめでた。『女だらけの大和』は結婚ラッシュにベビーブームです^^。

私も悪阻は二回ともひどく、入院して点滴の一週間でした。そのあとひと月半ほど実家で過ごしました。娘たちは胎児時代私の苦しみを解ってくれていたのかな?

小泉兵曹、心配です。和を乱す人が居るとこの世界では大問題です。次回以降をご期待ください!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
繁木さんもさすが帝国海軍軍人です。耐えちゃうんですよね…(-_-;)。
山口さんの件に小泉さんの件。どうなっちゃいますかこの先目が離せません。
ご期待ください―!

繁木さんの懐妊。みなさんそろって懐妊出産で、にわかなベビーブームでしょうか。微笑ましくて素敵ですね。
酷いつわりは逆に胎児にとっては良いことと昨日のヤフーニュースで見ました。お母さんの苦しみをお腹の中にいる時から分かっていれば……、横道に逸れるような若者も少ないんじゃないかとふと思いました。

嫉妬心の強い小泉さん、どうなるのですか??
そして軍医長の胸を強く打ったこととは?? 楽しみに待っています。

繁木さんはおめでた、余程つらいつわりを耐えていたようですね。

山口さんの重大なお話とはなんでしょうか?それより問題なのは小泉さん。配置転換で嫉妬の炎はさらに燃え上がりますね。

次回怒濤の展開を待てという感じですな。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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