2017-10

オトメチャンのあの袋 - 2016.08.30 Tue

―桜本兵曹は、主計科長から「アレを見つけたらすぐに連絡するように」と厳命されていた――

 

桜本兵曹は双眼鏡を湾口から水平線に向け、こちらへ向かう艦艇を鑑別していた。アレは「全海軍将兵のあこがれの艦艇じゃけえねえ。どこへ行っても引っ張りだこじゃ。ほいで…アレが来たらうちは久々にしたいことがあるわい」と思いながら。

アレ=「給糧艦間宮」である。

昨日石多主計長が防空指揮所に、桜本兵曹を直々に訪ねてきて

「桜本兵曹の素晴らしい見張眼に頼るしかない。出遅れては『大和』の恥になる。だからどこの艦よりいの一番に『間宮』を発見して教えてほしい」

と言って桜本兵曹の肩に手を置いて頼んだのだ。

桜本兵曹は頬を染めて

「はいっ。桜本兵曹、命に代えてもいの一番に「間宮」を発見いたします」

と宣言した。石多主計長は満足そうにうなずくと

「頼みますよ。『間宮』は早ければ今日中に、遅くとも明後日までに水島に入港予定と聞いているからそう待つこともないとは思うが…兵曹には面倒かけてすまないが、ほかに頼める者はいないのでね」

と言っていよいよ桜本兵曹は緊張した。

主計長が出てゆくと兵曹は双眼鏡に取りつき見張を始めた。食事もとらず指揮所に立っている。

『間宮』はじめ、帝国海軍の給糧艦の艦影はすっかり頭に入っている兵曹である、見逃しも見落としもあり得ない。あってはいけない。

(早う来い、『間宮』。今回も何かええ物持って来とるんじゃろう?早う来い。早う)

心の中で念仏のように繰り返す桜本兵曹である――

 

翌日の昼食時間も、桜本兵曹は姿を現さなかった。小泉兵曹が「桜本はどこ行ったんじゃ?」と尋ねると石川兵曹が

「主計長に頼まれてずうっと指揮所で見張をしとってです。飯はいらん、言うとられましたが昨日からですけえ…心配です」

と言った。皆が「どんとな任務なんじゃろう、飯もいらんいうて体がもたんで?後で握り飯を持って行かんといけんね」とざわつきだしたのを小泉兵曹が

「やかましいわい!」と一喝した後、

「またあの野郎、一人で手柄たてようとしとってなあね。主計長も何であがいなおなごに物を頼むんじゃろう、見張りならこのうちだってしっかりできるいうんに」

とぶつぶつ文句を言った。

それを聞きつけた亀井上水は

「そんとなことよう言うわい。小泉兵曹なんぞ桜本兵曹の足元にも及ばんくせに。よう言うわい。主計長者じゃてその辺ようわかっとるけえ信用おける桜本兵曹に頼んだんじゃろうが…ねえ?」

と小声で、独り言のように酒井水兵長にささやいた。酒井水兵長がそっとうなずいたとき。

小泉兵曹の鋭い視線が亀井上水を射抜いた。いきなり亀井上水の胸ぐらをひっつかむなり

「聞こえたぞ亀井、貴様いったい誰の味方じゃ!貴様はうちの班の人間じゃろうが、そがあに桜本がええなら配置換えしてやるけえきちんと言えや!」

と怒鳴り、次の瞬間その頬を思いっきりぶん殴っていた。

亀井上水は椅子から転げ落ちて、あわてて酒井水兵長が助け起こした。皆が批判的な視線を小泉兵曹に投げると小泉兵曹はさらに

「なんねその目は!貴様らふざけよって…ええか貴様今夜甲板整列じゃ」

と怒鳴った其の時、「なにを騒ぎよんね」と石場兵曹長が入ってきた。石場兵曹長は准士官室で食事を終えて航海科の居住区に来たのだった、彼女にとって古巣であるから。

「あ、石場兵曹長」と石川兵曹が立ち上がり事の顛末を話した。石場兵曹長の<暗黒のひとえまぶた>が重々しく降り、兵曹長は

「小泉さん」

と呼びかけた。上官にはさすがに逆らえないと見たか小泉兵曹は「はい」と言って石場兵曹長の前に立った。石場兵曹長は

「なにを貴様はそげえにカリカリしとってかね?最近貴様は変じゃで。やたらと桜本兵曹に突っかかるような気がしてならんが、貴様と桜本兵曹になんぞあったんか?あったなら言え、話を聞いてやるけえ。ほいで下のものからそんとなこと言われるなんぞ貴様の気がぬけとるええ証拠じゃな。よう我が身を振り返れ」

と腕組みして言った、そのまぶたは重く降りたままである。小泉兵曹は、はあ、と返事をしたが石場兵曹長は

「はあ、やないわい。きちんとせえや。人のことをあれこれする前に貴様自身をあれこれせえや。貴様…そんとなことばかりしとると、この先の昇進にかかわるで!」

と言って小泉の胸をどんと突くと「貴様今夜巡検後うちのところへ来るか?ああ!?かわいがってあげましょうかのう!」と怒鳴って踵を返して出て行った。小泉兵曹はさすがに身を震わして「いやじゃ…石場兵曹長のとこへなんぞ一人ではよう行けんで」と言って、その場の皆は下を向いてこっそり笑った。

 

そんなことが起きているのも知らず桜本兵曹オトメチャンは指揮所で双眼鏡をのぞいている。彼女の居る前檣楼のずっと下では主計科の下士官兵嬢たちが数名交代で集まっていざという時すぐカッターを漕ぎ出せるよう待機している。彼女たちは時折指揮所を見上げては「まだ報せはないねえ」「まだかのう、『間宮』。いの一番に乗り込んであれこれ買い付けんとな」などと話している。

下でそんな話をしているとき、指揮所に石川兵曹が入ってきて「班長、」と声をかけた。桜本兵曹は双眼鏡から目を離さないままで

「おう、石川兵曹ね。どうしたんね」

と尋ねた。班長のそばに立って石川兵曹は

「握り飯をお持ちしました…班長昼飯を食うとらんでしょう?じゃけえお持ちしました」

と言って桜本兵曹の左腕を軽く叩いて手を出すよう促した。桜本兵曹はそれを解っているから左手を伸ばした、その手に石川兵曹は握り飯を持たせた。

「ありがとう。すまんねえ。こげえなことさせてしもうて…ほいでも主計長直々のお願いなけえしっかりやらんとね」

桜本兵曹はそういって石川兵曹に礼を言うと双眼鏡を見ながら器用に握り飯を食べた。石川兵曹はそのそばに立ったまま周囲を見た。今日もトレーラー環礁はどこまでも青く澄んでいる。そして空の青さもまた素晴らしいほどにどこまでも澄んでいる。その二つの青さに石川兵曹が見とれている間に桜本兵曹は握り飯を食べ終えた。

「ごちそうさま、石川兵曹ありがとうな」

双眼鏡から目を離さず桜本兵曹は礼を言い、石川二等兵曹は「とんでもないことです。私は班長のお役に立ててうれしいです」と言ってほほ笑んだ。

その次の瞬間、桜本兵曹は手近の伝声管に

「主計長、『間宮』入港、『間宮』入港ーっ」

と叫び、足元に置いてあった手旗の赤を手にすると下にいる主計課員嬢に向けてそれを振りながら

「『間宮』が来たでえー、主計長にお知らせしたけえ準備せえやあ!」

と怒鳴った。石川兵曹が囲いに手をかけて下を見ると主計嬢たちが「ありがとー!行ってくるけえねー」とこちらに叫び返しているのが見えた。

その彼女たちに手を振ってから体をひっこめた桜本兵曹は

「ほい、これで任務完了じゃ…でなあ、石川兵曹。うちはちいと外すけえあと頼むわ。もうちいとしたら酒井水兵長が来るけえ」

と言ってから右舷を見て「ありゃ…まだ誰も来とらん。小泉のやつまたたるんどってなねえ。も一度分隊士に相談せんといけんねえ」と独り言ちた。その時亀井上水が慌ててやってきて、桜本兵曹たちがいるのに気が付くと

「すみません。遅うなってしもうて…気を付けます」

と謝り、桜本兵曹は「気ぃつける言うて…前にもそがいに言うとったじゃないね?ええ加減きちんとせんとえらいことなるで?また小泉がなんか言うとるんか?」といさめた。亀井上水は頭を下げて「ごめんなさい。ほいでも今日のはうちらの班長は関係ありませんけえ、きょうはうちが時間を待ちごうてただけですけえ」と言ったので桜本兵曹は

「そうか…ほんならホントに気ぃ付けえや」

と言って指揮所を出て行った。

そのころには、主計長を先頭に主計科嬢たちはランチやカッターに乗り込んで『間宮』を目指して『大和』を離れていた…

 

主計科嬢たちが、ランチやカッターそしてたくさんの荷物を積んだ団平船に分乗して『間宮』から帰ってきた。石多主計長は甲板にいた桜本兵曹に「今回もいの一番に『間宮』に斬り込めたよ!今日はいい品物がたくさんあってね。むろん、ヨウカンもね。団平船にたくさん載せてきたよ。載せきらない分は明日、小型船が持ってくるように手配した…オトメチャンありがとうね」と言って兵曹の方をやさしく叩いて礼を言った。

桜本兵曹は「いえそんな…うちでお役に立つならどんとなことでも致しますけえ」と言っていったんその場を離れた。

(さて。このあとじゃ)

桜本兵曹の瞳の奥がきらり、光った…。

 

主計科嬢たちが団平船から荷物を下ろすのを手すきの乗組員嬢たちも手伝った。主計倉庫や冷蔵庫などへ運ぶ途中、要所要所に主計科下士官嬢たちが立って見張りをしている。これはいわゆる<ギンバイ>行為をさせないように見張っているのである。

目を光らす主計科下士官嬢に気後れして、なかなかギンバイできないものも多い中――

 

「桜本兵曹、その袋は何でありますかのう?」

分厚い布で作ったきんちゃく袋をぶらーんぶらーんと重そうに振りながら歩く桜本兵曹に、酒井水兵長が尋ねた。すると桜本兵曹は怖い顔を作って見せると酒井水兵長を引き寄せ

「ええか。このことはだれにも言うちゃいけんで。誰かに言うたりしたらバッター制裁じゃ済まんけえな。ええな」

と軽く脅してから「これじゃ」と言ってそっと袋の口を開けて中を見せた。

「うわ!」

と小さく叫んだ酒井水兵長に「しっ、大声出したらいけん」と注意してから桜本兵曹は「わかったじゃろ?そういうことじゃ」というと袋の口を閉めて、また袋をぶらぶらさせながら去っていった。

「さすがじゃなあ、桜本兵曹。話には聞いとったがやっぱしあの人は名手じゃな。うん。うちも教えてほしいもんじゃ。それにしてもでかい袋じゃなあ」

酒井水兵長は独り言ちて感心している。

酒井は何に関心をしたのか。それは桜本兵曹のあの袋の中身である。中身は、きょう主計科が仕入れて艦内に収納したばかりの『間宮』より買い付けた<羊羹>一棹…しかも大きい…に、<パイン>、それに<キャラメル>が五箱、さらに<牛缶>が三缶。

そう、桜本兵曹は<ギンバイの名手>として実は艦内に名をはせている一人であった。彼女の持っていた袋は通称・ギンバイ袋。ある程度年季の入った下士官嬢たちが半ば公然と持っている袋である。

桜本兵曹は主計科嬢たちが運び込んだ品物を、誰も気が付かないうちにさらりとギンバイしていたのであった。

これにはあの小泉兵曹も

「あれだけはうちはオトメチャンにかなわん。昔は一緒にギンバイしとったがいつのまにかあいつ、一人で腕を上げよった。うちも頑張らんといけんわい」

とお手上げ状態である。

 

今夜も当直明けにひとり暗い甲板で波の音を聞き、夜空の星を眺めつつ羊羹をかじるオトメチャンの姿があったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

なんと。

桜本オトメチャンは単なる手弱女ではなかったのです!ギンバイの名手だったとは(;'')…。見張眼のすごさでも一目置かれているオトメチャン。こういうことでも階級が下の兵隊嬢たちのあこがれとなっているような???

DSCN1720.jpg
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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

もりすもりんさんこんにちは
オトメチャンは本当にかわいい女の子、いや、女性です。
生きるためのスキルを身に着けている女性は、頼もしいですよね^^。

険しい時代ならなおさら、ほしい能力ですね!

No title

オトメチャンは、可愛いと思います。

生命力がある。
いやみなく、ギンバイできる。
それって能力でしょうね。

あの時代には、絶対に必要な
才能でしょう。



ponch さんへ

ponchさんこんばんは
オトメチャン、どこへ行っても生きて行ける女性ですね。なかなかしたたかだし世渡りうまいかも。
オトメチャン確かに色気より食い気が勝っていますがそれは彼女の育ちのせいですね、継子として育った彼女はろくに食べ物を与えられずに育ったので食べ物にはちょっといやしい?所があるかもしれません。

ギンバイ。まさに『銀蠅』が語源です。
<横浜銀蝿>、なっつかしい~~~~!高校の時でしたが友人がえらく気に入っていましたっけww。

いつもは奥手のオトメチャンのしたたかさを感じさせる話でしたねー。
オトメチャンならいついかなるときもたくましくしたたかに生き延びる
ことができそうですね。
ただこの話見た限りだとオトメチャンて色気より食い気なのかなと
思ってしまいました(^q^)

ギンバイの語源って銀蝿らしいですが、銀蝿っていえば昔、横浜銀蝿
ってグループがありましたよねー。

おっちゃんさんへ

おっちゃんさんこんばんは
ご訪問をありがとうございます^^。
むかし、子供のころから帝国海軍に興味がありました。詳しく調べ始めたのはここ10余年くらいでしょうか。このはなしを書き始めて7年になります。過去の話と今では多少、人物の性格など変わっていることもありますがどうぞ、読んでやってくださいませ。
ありがとうございます^^。

すっとこさんへ

すっとこねえさまこんばんは
オトメチャンの見張眼はすごいものがあります。一万メートル離れた艦の種類を当てます。これ、実際の海軍の熟練見張り員は平気でやってのけていたらしいです。

わたし。視力としてはだめだめですが、なぜか人が見つけないようなものを見つけてしまう場合が多々、あって困るときもありますw。


「間宮羊羹」これが本当に売ってるからびっくりです。しかもおいしいのです。ねえさまもご帰国の際、お求めになってはいかがでしょうか。おすすめです!

こんばんは

見張り員さんのブログを訪問するようになって、まだ日が浅く、数話しか読んでいませんが、旧海軍にかなり詳しいお方なのですね。艦内生活も詳しく描写されてますし、登場人物の設定もしっかりしてるので、読んでいてとても面白いです。少しずつですが、バックナンバーにも目を通そうと思っています。

おおおおおおおおおおおおおおお!

乙女ちゃん きっと間宮をどの艦よりも早く見つけるでしょうね!
素晴らしい見張り眼力を持ってますからね。

見張り員さんも そのHNからするに 乙女
ちゃん張りの視力、とお見受けします。

しかし間宮羊羹、ほんとに売ってるんだ
・・・😄

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
あのオトメチャンがまさか!と思いますがこのくらいのことをしないと「女だらけの帝国海軍」将兵嬢とは言えませんねww。
輝ける乙女ここにあり、って感じですね!

早いものでもう9月!本当にあっという間の一年で呆然としております。久々のお天気でしたね、洗濯物がたくさんで舌が良く乾いてうれしい一日でもありました。
暑さまだ続きますね(◎_◎;)、どうぞオスカーさんも御身大切になさってくださいませね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
オトメチャンこの物語中で結構ギンバイをしていましたねw。
最近は一等兵曹としての自覚も出てきたし、愛しい人もできたしでちょっと落ち着いていたかなと思いましたがなんの何のw。ギンバイの実力派は健在でした。

そう!主計長のお目こぼしはありますね^^、もし叱ったり咎めて今後に支障が起きたらこれは『大和』の沽券にかかわるし何より乗員の士気にかかわりますもの。
このくらいは見逃してあげてもいいですよねw。

おはようございます。
意外なオトメちゃんの一面に驚きつつも、やはりこれくらいしっかりしていないと!と思いました。たくましくて素敵です!(笑)
明日はもう9月ですね。1日、1ヶ月、1年と月日が過ぎるのが早いですわ。どうぞお身体に気をつけて下さいませ。

No title

記念すべき第一話でも、彼女が調達した
ギンバイ品があったような気がします。
むろんあの頃は艦内のいたずら者でしたから、
現在のオトメちゃんからは想像もつかない話ではありますが、
さすがに鍛えた技は衰え知らずです。

が、多少は主計長のお目こぼしもあるような気がします。
何せお目当ての間宮をどこよりも早く発見して、
確実に仕入れをするためにはオトメちゃんの能力は
必要不可欠な物ですから。
これぐらいの役得はないとねw


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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