横須賀の花嫁・仮谷航海長 1<思い出>

仮谷航海長は、いよいよ華燭の典を間近に控えていた――

 

あの日、横須賀にやってきた両親から突然「見合いだ」と言われ、私は見合いなんかしませんと言った航海長であったが、その場にいた加東副長に言い含められ見合いの席に着き相手を見てひとめぼれ。もちろん相手の横須賀海軍軍需部次長鍛冶屋中佐も航海長にひとめぼれし見合いの席の終わり際に鍛冶屋中佐は結婚を申し込んだのだった。

さらに付け加えるならその時同席していた『武蔵』加東副長は、同じく同席していた横須賀海軍軍需部部長の瀬戸口大佐にひとめぼれし、瀬戸口大佐も同じく…ということでダブル寿の様相と相成った。

『武蔵』艦長の猪田大佐はことのほか喜んで二人を私室に呼び寄せ

「よかったね、二人とも本当に良かった。おめでとう。で、挙式はどちらが先になるのかな」

と尋ね副長はうれしそうな笑顔で

「それはもちろん仮谷さんです。私は後から。で、私たちどちらも結婚許可が下りておりますのでそのご報告も致します。―艦長、今までありがとうございました、そしてこれからもよろしくお願いいたします」

といい、仮谷航海長も「苗字が変わってもどうかよろしくお願いいたします」と頭を下げた。

猪田艦長はそれぞれをやさしく見つめてうなずいた後

「こちらこそよろしく願います。これからは家庭と軍務の二足の草鞋を履くことになりますがあなたたちなら大丈夫、しっかりできます。どうか旦那様にもよく仕えて、よい家庭を築いてください」

と言った。

はい、と返事をした二人の瞳が濡れた。

 

二人で艦長室を辞した後、加東副長は

「仮谷さんの式は来週だったね」

といい仮谷航海長はうなずいて「はい、来週の金曜日です。しばらくの間休暇をいただきますが、どうぞよろしく願います」と言った。その顔は幸せそうに輝いている。副長は

「気にするな。今は作戦もないし、ゆっくり新婚生活を楽しむといいよ」

といい、航海長は

「副長も私の休暇明けにお式ですね。なんだか待たせてしまうようで申し訳ないです」

と言ったが副長は笑って「なにを言うんだか。私のほうは急な話だったから準備もあるからね。航海長のお式を見て勉強させてもらうよ」と言った。

二人はなんだか幸せな気分に支配され、わけもなく笑いあった。

 

そしてあっという間に仮谷航海長の挙式の日がやってきた。その前の日、仮谷航海長は「武蔵」を降りるため露天甲板で皆の見送りを受けていた。猪田艦長が

「いよいよ明日ですね。航海長の花嫁姿を楽しみにしていますよ。今夜はよく眠って明日に備えてください、ではごきげんよう」

と言って、うれしげに航海長は艦長、副長以下の各科長に敬礼した。皆の返礼を受け、航海長は舷門を降りて内火艇に乗り込んだ。艦上の将兵嬢たちが手を振って口々に「おめでとうございます」「お幸せに」「よい休暇を」などと叫んで、航海長はそれに手を振り返した。航海長の二種軍装がまぶしい。

航海長は上陸桟橋に到着し、艇指揮の少尉から祝福の言葉を貰い衛兵所を通る。衛兵長以下が居並んで敬礼し「おめでとうございます、末永いお幸せを祈ります」というのへやや恥ずかし気に返礼する仮谷航海長である。

衛兵所を出たところで向こうから両親が歩いてくるのを見つけた航海長は大きく右の手を振った。

「実子!」

母親が航海長の名前を呼んで、航海長は二人のほうへと走っていった。

そして両親の前にたつと手にしたかばんを下に置き、ぴしっと敬礼した。父親の太右衛門が満足そうにうなずいて

「おめでとう実子。いよいよ明日だな…今日はゆっくり休んで明日に備えなさい」

といい母親のマサも「お疲れさま、明日は大役を務めるのですからね。よく休んでね」といい、三人は式場となる旅館に歩き出した。

 

その道々、仮谷航海長は

(そういえば昔子供のころこうやってお父さんとお母さんと畑の中の道を歩いたことがあった)

と思い出していた。遠い昔、幼かった仮谷実子は新盆の親戚の家にへ行くべく、母が作ってくれたばかりの浴衣を着て、父と母に手を引かれて畑の中の道を歩いていた。新盆の家に行くのは彼女には初めての体験である。まだ妹たちが生まれる前の話で実子は両親の愛を一心に受けていた。新しい浴衣のたもとを揺らして実子は日没前の日差しの中を歩いた。

夕日が山の端に隠れ次第に夕闇が周囲を這い出して来る。実子はなんだか怖いような悲しいような変な気分になって左右の手に握った父と母の手をしっかり握った。

「どげんしたとか?」

父は郷の言葉で尋ね、母は実子の顔を覗き込んだ。実子は「怖い」と言った。「何かこわかとか?」と父は尋ねたが実子は首を横に振って何も言わなかった。母親のマサが

「御盆でご先祖様の帰ってくる日だから怖いことなんぞないよ?」

と安心させるような声で言って実子の手をぐっと握ってくれた。道の先に、盆提灯がともった家がぽつぽつと見え始める、その中の一件が親戚の家である。

実子は死んだご先祖様が帰ってくるというのが心底怖かった。どんな姿で目の前に現れるのかと思うだけで今夜は一人で厠には行けないと思うほど怖かった。そう思うと道の傍のありふれた草むらさえ怖いものに見えてしまう。何かがこちらをうかがっているのではないかと思うとぞっと背中が冷たくなり、実子は目をつぶって歩いた。

両親に手を引かれ、目を閉じたまましばらく歩くと穿いた下駄の下に今までも道とは違う感触を覚えた。そっと薄目を開けるともう親せきの家の門を通ったところで家の中から実子の従姉たちがわあっと走り出してきた。

従姉たちは「おじさんおばさんこんばんは」と頭を下げ、実子にも「じっちゃんこんばんは」と言って「さあ中に行こう」と誘ってくれた。実子の中の恐れが薄まり実子はそこで初めて両親の手を放し、従姉たちとともに家の中へと入っていったのだった。新盆の行事そのものは実子が恐れていたようなことは一つもなく、迎え火を焚いた後はご先祖の話を聞けたりごちそうをいただいたり従姉たちと遊んだりと楽しいものであった。

その中でも一番年の近い従姉とはその後も長い付き合いが続き、彼女が陸軍士官学校に入るとき祝いを持って行ったこともあった。(どうしているだろうか…紀美野ねえさん)

航海長はそう思ってなんだか鼻の奥がくすぐったくなった。また会いたい、そう思っているうちに旅館に着き、女将が玄関で待っていて航海長に祝いを述べて、航海長は心から返礼し三人は部屋に入ってゆく…

 

部屋に落ち着いて二種軍装の上着を脱いだ仮谷航海長は、仲居が淹れてくれた茶をうまそうに喫した。艦内ではなかなか新しい日本茶が飲めないことが多いので

「おいしい!あなたはお茶の淹れ方が大変お上手ですね」

と感激の声を上げた。仲居は恥ずかしそうに微笑むと「ありがとうございます。私なかなかお茶を上手に入れられなくっているんですがそうおっしゃってくださってうれしいです」と言って「継ぎ足しですが」と航海長の湯飲みにお茶を注いでくれた。

それをさらにうまそうに飲み干し航海長は仲居に礼を言って湯呑を卓の上に置いた。それを合図のように仲居はその場に両手をついて

「ではごゆっくりどうぞ、お風呂はいつでもお使いになれますので」

と言って部屋を出た。それに軽く会釈したマサと航海長、マサは

「御風呂に入ってきたらどう?疲れているでしょう、時間は早いけどお風呂に入って少し眠りなさい」

と言って航海長は「はい、そうさせてもらいます」とうなずいた。

艦を降りて間もないというのに彼女の全身には疲労が広がり始めていた。父の太右衛門は

「それがよか。花嫁さんが目の下に隈を作っておったらおかしなもんだ。ゆっくり休め…それで明日、珍しい客人が来るぞ」

と言ってマサもウフフっと笑った。航海長は

「珍しいお客さまですか?どなただろう…」

と首をかしげたが太右衛門もマサもほほ笑むだけである。

かすかに首をかしげながら航海長は湯殿へ向かった。途中で先ほど茶を淹れてくれた仲居に出会ったので

「御風呂を拝借します」

と言って場所を案内してくれた、仲居は「どうぞごゆっくりなさってください…今日と明日はここは貸し切りですので」と言って湯殿の入り口にかかる暖簾を引き上げて、航海長は

「ありがとうございます、では…」

と言って中に入っていった。

 

浴室は大きく一人で入るのはもったいないようだった。

湯を桶にくんで体を流してから浴槽にそっと足を入れた。熱さを確かめてするっと体を湯の中に滑り込ませた。

「ああ…いい気持ちだ」

思わず声が出て航海長は一人笑った。

そしてふっと笑いを引っ込めると明日の祝言を想った。明日祝言を挙げたら(私は鍛冶屋さんの妻になる…)。

そして二週間ほど前に初めて会った鍛冶屋健吾の両親を想った。(いい人だった。お父様もお母さまも。きっと私、上手くやっていける)

鍛冶屋健吾の両親は、航海長を一目見るなり「なんてきれいな…こんなにきれいな人が海軍にいたなんて、健吾、お前は幸せ者だ」といい、航海長は母親のほうに「あの、私は家のことを何もできないのですが」と恐る恐るいうと母親はにっこりほほ笑んで

「私も結婚するまで働いていたものでなーんにもできませんでしたよ、でもだんだんと出来るようになりますからね、実子さん何にも心配なさらなくて平気ですよ。家のことの心配するあまり軍務がおろそかになっては困りますからね」

と言ってくれた。

その言葉に、結婚生活への恐れがぐっと引いて行った航海長であった。

(明日…明日私は『鍛冶屋実子』になる…)

航海長の胸に、何か―決意のようなものが沸き上がってきたーー

  (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・

『武蔵』の仮谷航海長の挙式が明日に迫りました。急な見合いではありましたが意気投合した二人はいよいよ夫婦となるときが来ました。

そして幼いころをふっと思い出した航海長。嫁ぐ前の日には幼き日を懐かしく思い出したりしますね。そしてもう一度会いたい従姉も思い出しました。

さて明日挙式、どうなりますかお楽しみに。

 

そして明日は八月六日。広島原爆の日です。七一年前のあの日の大惨事を未来永劫語り継いでゆかねば犠牲となった市民は浮かばれません。オリンピックと重なって、きっと小さくしか扱われないと思う広島・長崎原爆の日ですがどうか皆さん思いを致してください。二度の原爆投下は決して許されるものではありません。あの原子爆弾で普通の生活を奪われた多くの市民の無念、忘れてはいけません。

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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
結婚して苗字が変わるってなんだかうれしいような寂しいような…ですね。
挙式の前の日、なんだか変な気分で過ごしたのを思い出しました。

仮谷航海長は、舅姑にも恵まれてハッピーです^^。みんなそうあればいいのにな…。

ジーンときますね。
そうですね、まずは苗字が変わるのですよね。
結婚の式の前日・・・・
いろいろな気持ちがめぐりますね。
だんな様の両親とうまくやっていける・・・
そう思えるって幸せだなあ。

ponch さんへ

ponchさんこんにちは
まさに一世一代の晴れ舞台ですね、結婚式。今は地味婚なんて言いますが私が結婚した時はまだバブル期と言っていい時期でしたので派手でした。今思うともったいなかったなあ~ですがw。
でもけじめとしての式とか披露の宴はしたほうがいいと思いますね、派手でなくていいから。

8月6日にブログを始めたというのは何か暗示的な気もしますね。ブログという新しい命をこの日に生み出したことに意義があると思います。
どうぞこれからもますます素晴らしい創作を願います^^!
こちらこそいつもありがとうございます♪

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは
嫁ぐ前の日。思い出に彩られた幸せだった娘時代…自分と引き比べても「あの時はやはり幸せだったんだ」と思います。若かった両親、そして今や片方は幽明境を異にし、もう片方は老いました。歳月人を待たずという言葉を実感する昨今です。

さてさて仮谷さんの祝言はどうなりますか?美しい花嫁姿は何度見てもよいですよね^^。

広島の街を、多くの市民とともに消し去った許されざる原子爆弾の投下から71年…。一言も発せず消し去られた市民たち、今の日本をどう見てらっしゃるのだろうと思います。いつか8月6日の広島に行ってみたいと思います。9日の長崎にも。
私の物語の「広島」。
どうすべきか考えていますが、「また私たち焼き殺されるの?」と悲しげに言う犠牲者の顔が浮かぶようで…。考え込んでしまいます。


オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは
「花嫁さん」という言葉を聞くと何かすがすがしい花の香りがするような気がしますね^^。
自分の生まれ育った家を出て、(他人である)夫となる人とその家族との生活。よく考えれば大変なることですがそれをこなしてきた数多くの今に至る女性たち…どんな苦労がそれぞれにあっただろうと思うと言葉がないですね。

昨日は広島の式典でした。たった71年前のあの大惨禍、三度繰り返してはなりませんね。イデオロギーをこの時は抜いて、真摯に犠牲者を追悼したいものです。明後日は長崎、核兵器の恐怖を世界に拡散してほしいです。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは
結婚前って何か…不安を抱えますね。わたしなんぞそれをいまだに持ち越しているような、いやいや不安が現実になっちゃいましたからw。
しかし仮谷さんはこの一日を大事に結婚生活に臨んでほしいものです。

ご祖母様のお新盆ですか、新盆は何かと忙しいですね。私も舅の新盆の時は結婚して一年たたたないうちでしたのでとても大変だったのを覚えております(-_-;)。そうでなくともお盆の時期は何かとせわしいですよね。
お嬢様がしっかりものとは羨ましい!うちはどうなることやら。やれやれ…。

No title

結婚式といえば女の人生では最大の晴れ舞台だと思うんですよね。
何事もなく無事に終わることを祈ります。

そういえば自分がブログを開設したのも去年の8月6日だったんですよね。
恐らく日本では最もお祝いしづらい日ではありますが、見張り員さんからお祝いして頂いて嬉しいです。
いつもありがとうございます(^-^)

No title

眩しい風景がさらに光り輝いているように感じるのも、祝言を翌日に控えた親子三人の心からの嬉しさがにじんでいるからでしょうか。
みんなの幸せが手に取るような思いで読ませていただきました。
サプライズの出席者。果たして誰でしょう。そして美しい実子さんの花嫁姿にも胸の高まる予感です。

広島の原爆忌でしたね。世界に真の平和が本当にやってくるのでしょうか。
見張り員さんのこの物語にも広島の街や人々が登場します。広島に何が起こるか知っている者にとっては、つらい運命が待ち受けていることに心痛みます。

こんにちは。
花嫁さん! この言葉だけでウキウキしますね。殿方には嫁ぐ前の乙女の気持ちを楽しんで(?)読んでいただきたいです。珍しいお客さま、どなたでしょう?
広島市長の平和宣言を聞きました。テレビではいろんな角度から核兵器廃絶についての話をしています。いろんな立場のいろんな考えの人がいますが、もう核兵器を使うことがない世界がずっと続くことを祈ります。

No title

結婚前は何かと心配事が先にたちますよね。
独身最後の日を有意義に過ごして、
これからのスタートに備えてほしいものです。

今日は祖母の新盆法事で、朝から何かとばたついております。
1週間後には仏待ちもありますので、毎週末それなりに忙しい。
施主でなくてもこの有り様なので、将来に不安が募ります。
娘がしっかり者なので、ま、いいかw
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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