夫婦凱旋 5〈解決編〉

その岩田帯を前に山中夫妻は感激の涙を流していた――

 

「見てくださいあなた、これはハシビロさんの足跡。こっちはトメキチ、この小さいのはニャマトの足跡ですよ」

次子はそう言いながら、染め抜かれたそれぞれの足跡を愛しげに指先でそっと撫でた。そして三匹の足跡の上には梨賀艦長の見事な筆致で「寿」「祈 御安産」と書かれている。大佐が

「艦長の見事な筆…これはもう安産決定ですね」

と言って次子の肩を抱き寄せた。次子は嬉しそうにほほ笑んでうなずいた。そして大佐は

「こうなると帯祝いの席を設けないといけませんね。せっかくの艦長のお心を無にしてはなりませんから。操舵、東京のお父様にもここは是非ご足労いただいて」

というと立ち上がり

「ちょっと兄の家に行ってきます、あまり動かないでくださいよ」

というと兄の家目指して走り出した。

 

新矢が駆け込んできた兄・一矢の家ではシズがびっくり仰天して迎えた、「なにがあったの新矢さん、まさか次ちゃんに何か!?」。

そのシズに慌てて手を横に振る新矢、次子の母のカヨも出てきて「どうしました、新矢さん」と心配そうに尋ねた。

シズにコップ一杯の水をもらいそれを一気に飲み干した新矢は

「はあ~、きつかった」

と言ってから

「嫂さん、お母さま。実は『大和』艦長から」

と岩田帯の話を始めた。それを聞いたシズもカヨも「まあ、なんてうれしいことを」と喜んだあと、シズは「ではお祝いをしましょう、いつがいいかしら」と言ってカヨと暦を見ながらしばししてうなずき合うと

「来週の土曜日が戌の日ですからその日にしましょう、そうだ新矢さんあなた急いで東京のお父様に電報をお願いします。ぜひぜひお越し願いたいと、ね。それから江崎少将ご夫妻にも」

といい、新矢は喜んで電報を打ちに家を走り出てゆく。

 

そして新矢が電報を打って数日ののち、次子の父親が呉駅に降り立った。それを出迎えたのは新矢と一矢。二人の迎えに建造は喜んだ。そして

「次子のやつはどうしていますか?なんだかんだ言ってダラダラしているんでしょう、しょうのないやつだ」

とまだ会いもしないうちから小言を言い、新矢は「そんなことありませんよお父さん。次子は身重な体でしっかり家のことをしてくれていますから、ご心配なく願います」と言って安心させた。

三人は新矢の家に行き、そこで健三は次子の出迎えを受け

「なんだ次子、元気じゃないか」

となんだか頓珍漢な挨拶をして次子は笑った。次子は(お父さん久しぶりの再会で何を言っていいのかわからなくなってますね)と可笑しかった。

建造は次子の袴姿を見て「なかなかいいな。こういう軍装もあるんだなあ。うん、よく似合っているぞ」と何度もうなずいた。

広間に案内された建造はそこで江崎少将夫妻とシズに挨拶をし、カヨを見てうなずいた。そしてカヨから「これが『大和』の艦長さんからいただいた岩田帯ですよ」と見せられた、動物たちの足跡と艦長の揮毫の染め抜かれた岩田帯を見て

「ほう、これはまた面白い。次子の艦には動物が乗っているんだったね。動物の精を受けて子供たちは丈夫になろう、そしてこの艦長さんの素晴らしい字…きっと子供たち文字がうまい子になろう」

と感心しきり。江崎少将も妻のキヌも

「まさにその通り。元気で頭の良いお子さんがたになりましょう」

といい皆は嬉しそうにほほ笑みあう。

 

そして帯祝いの席が始まった。

帯役のシズが別室で次子の腹に岩田帯を巻いて、そして二人で広間に登場。夫婦が上座に座り、建造が無事この日を迎えた喜びと、出産の無事も重ねて祈り一同は杯を干した。次子も形だけ杯に口をつける。

そのあとはささやかであったが祝宴となった。前の日からシズとカヨが作った赤飯やら煮物やら、そして江崎少将の妻の差し入れの刺身やてんぷらが祝宴の席を華やかにしてくれた。

次子はそれぞれの心遣いに感謝し、夫を見上げた。新矢も嬉しそうにほほ笑みそしてうなずくと

「あの、皆さま。ここで私から感謝の言葉を述べたいと思います」

といい、皆は箸を使う手をとめて新矢を見つめる。

新矢は皆を見回してそのあと妻を見つめ、もう一度皆のほうへ視線を向け

「このたびはお忙しいところを私たち、そして子供たちのためにお集まりいただきましてありがとうございます。結婚した時から皆様には大変お世話になり、そしてまたこのたびは双子を授かるということでお世話になることも多々あると存じます。私たちも力を合わせて頑張って子供を育ててまいります、その腕もしかしたら皆様に御助けを請うときもあるかもしれません。その時はどうかよろしくお願いいたします」

とあいさつをし、次子も

「二つの大事な命を授かりました。この上は私たちが親から受けた恩を返すそのつもりで子供たちを育ててまいります。どうかよろしくお願いいたします」

とあいさつした。

江崎少将が

「本当におめでとう、そしてお二人の決意をしっかり我々も受け止めました。この先困ったことがあったら遠慮なく頼ってほしい。元気なお子さんの誕生を心から待っています」

と返礼し、江崎キヌも「何かありましたら遠慮なくね、次子さん」と言って次子は「はい、その時はお願いします」といい、シズ、カヨが「お願いいたします。江崎少将ご夫妻が付いてらっしゃるから心強いです」と言った。キヌは

「御姉さまやお母さまを差し置いて申し訳ありません。でも私にとっても次子さんは妹のようであり娘のようですので」

といい、シズとカヨは「もったいないことでございます」と頭を下げた。

カヨが

「次子、あなた幸せですよ。こんなに立派な皆様方にこんなに思っていただいて。元気な子供を産んでしっかり育てて立派な日本人にしてちょうだいね」

といい建造も

「そうだ、それが皆様への何よりのご恩返しだよ」

といい、次子は「はい。しっかりと育てます」と宣言した。新矢もしっかりうなずき次子を見つめた。そして新矢は

「御箸をとめてしまってごめんなさい、さあどうぞ召し上がってください」

と言って徳利をもって少将や父親のそばに行く…

 

宴が終わり、山中新矢夫妻は江崎少夫妻を見送った、「ごちそうをいただいてしまって…そのうちかならずお返しいたします」と言って。江崎少将夫妻は微笑んで

「そんなこといいんですよ、それよりお体を大切に。新矢さんも、次子さんも」

といい山中家を辞した。

一矢夫妻は「では私たちは家に戻ります」と、建造・カヨ夫妻を連れて自宅へ帰って行った。一矢は「御父さんには急いできていただいてお疲れだろうからうちでゆっくりしていただこう」と言って建造と連れ立って坂を下りてゆく、シズとカヨも「じゃあ、何かあったら遠慮なくね」と言って仲良く坂を下りて行った。

 

それを見送る二人には、先ほど野村建造の言った言葉が印象に残っている。建造は若い夫婦を前にして感無量の面持ちでこう言った、

「素晴らしい研究成果と双子を土産に、夫婦の凱旋帰国になったね。本当におめでとう」と――

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・

素敵な岩田帯で戌の日の祝いを済ませました。

この先どんどん出産準備で忙しくなる山中新矢夫婦。そして新矢は「松岡式防御兵器」の研究もさらに忙しくなります。どうかこの先もこの夫婦を見守ってやってくださいませ!

 

愛はエナジー(小林明子) これ大好きです。


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Comments 10

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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
今でも戌の日の帯祝いをするのでしょうか、私は戌の日ではなかったですが五か月に入ったころ実家の近所の神社にお参りに行きました。岩田帯をいただきました。

優しい日本の風習。
きっとどんなに時代が険しくてもこういう行事とか風習は廃れなかったでしょうね。そんなひと時は許されていいと思いますものね^^。

2016/07/14 (Thu) 21:49 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
森須もりん  

戌の日、
帯のお祝いの席、
なんて風流なことでしょう。

こういう日本の習慣、いいですよね。
こういう時代でも穏やかに
皆に祝ってもらう平和なひとときが
あったのでしょうね。

2016/07/13 (Wed) 16:05 | EDIT | REPLY |   
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
お返事が大変遅くなってごめんなさい!

人徳というものはきっとある、いや絶対あると思いますね。この山中夫妻には二人にそれが備わっていて、だから皆からこれほど愛され祝福されるのでしょう。
特に結婚とか子供の誕生についての諸行事は大事だと考えています。披露の宴は文字通り皆にお披露目する意味があり子供の誕生についても、今後よろしくお願いしますという意味を込めて行うのだと。
子供の誕生については自分のためより生まれる・生まれた子供のためという意味が大きいと私も考えています。

新矢&次ちゃん。
古臭いと言われればそれまでですがこれが本来の日本夫婦の姿だと言えるように描いてゆきたいです^^。

2016/07/10 (Sun) 22:42 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

多くの人たちに心から祝福され、そして変わることなく見守られている。何て素敵な人間模様なんだろう。それもこれも夫婦の人柄ゆえでしょう。この透明感あふれる若夫婦にはいつも心洗われる、清々しさがありますね。

こうやってこども誕生までのさまざまな行事は大切なことですね。疎かにするという気がしれない最近の若者の多さに驚いています。自分たちの子どものためならばという親心が希薄してしま多のでしょうか。かなしいことです。

新矢さんと次ちゃんを通して今不足している日本の伝統復活を祈る思いです。

2016/07/07 (Thu) 22:36 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
ponchさんへ

ponchさんこんばんは
いつもありがとうございます!
子供は国の宝、しかも一度に二人も授かるなんて、最高です^^。忙しくはなる山中夫妻ですが幸せも二倍です!
「愛はエナジー」、80年代後半というところでしょうか、あの頃の楽曲には懐かしさがまとわっています。私の青春時代でしたから…

おお!私をネタに!?楽しみですね~どんな記事かな??
ワクワクしながら待っていますね♪

2016/07/04 (Mon) 23:27 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
ponch  

皆の優しさが感じられるいい話ですね。
子供は国の宝といいますし、お祝いも終わって後はもう無事に双子が産まれてくるのを待つばかりですね。
愛はエナジーってこれも80年代の歌でしょうか。
何だか懐かしい歌ですねー。

ここから先は半分私信になってしまいますが、明日の記事でまたちょっとだけ見張り員さんをネタにしちゃいました。ゴメンなさいm(._.)m

2016/07/04 (Mon) 23:12 | EDIT | REPLY |   
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見張り員  
河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
まったくどうしたことでしょうねこの陽気!昨日今日の暑さときたら私もすでにばてていますw。やはり年齢のなせる業でしょうか。
山中夫妻も一区切りついてあとは赤ちゃんの誕生を待つばかりです。どんな双子が生まれてくるか?お楽しみに^^。

うちの近所の稲荷神社、今年は子供神輿を出す年だそうですが集まるかどうか?ほんと、若い世代が参加しないんですよね。尤も、何年かここで過ごしたら別の土地へ引っ越す人も少なくないので二の足を踏むのか知りませんが、せっかく住まった地域の祭り、参加すればいい思い出になるんですがねえ~(;´Д`)。
お嬢さんの残念顔が見えるようです…

2016/07/04 (Mon) 22:28 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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見張り員  
オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
人を慈しむ。思いやる。その心って人間の一番基本だと思います。でも最近それが廃れて本当に悲しいです。
せめてこの物語の中だけでも人は優しく思いやりのある世界を感じてほしいと思っています。
うれしいお言葉をありがとうございます^^、書いた甲斐があるといいものです!

次回はちょっと深刻?なお話になるかもしれません(-_-;)…ご期待くださいませ!
昨日今日とえらい暑さでしたね(◎_◎;)、まったく今からこんな厚さでは先が思いやられますね(-_-;)。
オスカーさんもくれぐれもお大事にお過ごしくださいませ^^。

2016/07/04 (Mon) 22:23 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  
No title

なぜか一気に梅雨明けでもしたかのような天候が続いてますな。すでにバテはじめていることに年齢の魔力?を感じています。

無事帯祝いも終わり、あとは丈夫な我が子たちの誕生を待つだけですね。

7月ともなりますと、毎年恒例の祭の練習という名の下の連日の飲み会。もしかしたら今年が最後かもと言う状況です。若い世代の参加が増えないので、うちらの世代が引退したら難しいところ。お祭り女の我が娘、かなり残念がっておりました。男の子なら未成年でも無理矢理加入させちまうのですが。

2016/07/04 (Mon) 06:52 | EDIT | REPLY |   
オスカー  

こんばんは。
どんな時代でもどんな状況でも、誰かを思いやり慈しむ心って大事だしなくしたくないなぁって思いました。文章全体からあふれ出てくるやさしさ、あたたかさにとっても救われた想いです。筆の力を感じました。見張り員さまの人柄そのままが現れているようですね。とてもステキな締めくくりだと思います。そしてまた新しい物語に……うふふ、ワクワクします!
暑い1日でした。くれぐれもムリなさらずお身体を大切にして下さい。

2016/07/03 (Sun) 23:52 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)