2017-10

夫婦凱旋 1 - 2016.06.19 Sun

『大和』を退艦した山中次子副長は夫とともに内地へ向かったーー

 

すっかり悪阻も収まり安定期に入った次子中佐は、内地へ向かう巡洋艦内では皆に大事にされ、あるいは「妊娠てどんな感じなのでありますか、後学のため教えてください」と若い少尉たちに請われたりした。その様子を夫の山中大佐がほほ笑みながら見つめていた。

艦が小笠原諸島父島に寄港した時、山中大佐は呉の兄夫婦に電報を打ち間もなく呉に帰る旨を知らせた。

大佐は、妻のいる部屋に入ると

「電報を打ってきましたからね、心待ちにしてくれていますよ。皆に逢うのが楽しみですね」

と言って嬉しそうにほほ笑み、次子中佐も「本当に…。ああ早くにいさま嫂様に逢いたい」とほほ笑んでそっと腹部に手をやった。その手に自分の手を重ね、山中新矢大佐は幸せな気分に支配された。

やがて艦が呉に入ると艦長が「しばしお待ちいただけますでしょうか、お渡しするものがございます」と言って、二人は二時間ほど艦内にとどまることになった。

次子中佐は「なんでしょう。渡すものとは?」と首を小さく傾げ大佐も「そうだね、いったい何だろう」と考えていたがその後、艦長と副長が大きな風呂敷包みを奉持してやってきた。

艦長が

「山中中佐にはこちらに御着替えを願います」

といい副長が風呂敷包みを手渡し「冬物の着物でございます」と言った。

冬用?とかすかに不思議に思った次子中佐であったが、すぐにああ、もう内地は秋なのだと思い当たった。トレーラーで妊娠が発覚して数か月たち、内地はもう十月になっていた。

「ありがとうございます」

とその包みを受け取り深く礼を言った中佐に艦長は

「今年の内地は九月の末からずいぶんと冷たい風が吹くときが多いようです。大事なおからだです、どうかお大切に。では御着替えが済みましたら甲板へお越し願います」

と言って副長と礼をすると部屋を辞した。

次子中佐は風呂敷包みをテーブルの上に置くと「では、着替えます」といい、夫の大佐は慌てて「わ、私はちょっと用が…」とほほを紅く染めると部屋をそそくさと出て行った。中佐は「まあ」とふふっとほほ笑むと袴のひもを解き始めた…

 

それから約一時間後、艦長以下に見送られ山中夫妻は内火艇に乗り込み上陸桟橋を目指していた。退艦の際、次子中佐は心から巡洋艦の艦長以下に礼を言って、大佐も「大変なお世話になりました、貴艦のご武運を祈ります」とあいさつして降りた。冬用の袴姿が中佐を一層りりしく見せている。

内火艇の後ろから巡洋艦に手を振る二人、「いい人たちばかりですね。あなたは幸せですよ」と大佐は言って次子中佐は微笑んでうなずく。そして「私にはもったいないほどいい人ばかりに恵まれています」と言って巡洋艦にそっと頭を下げた。

 

上陸桟橋には衛兵長以下が整列して山中夫妻を迎えている。内火艇から降り立った二人は艇指揮の少尉に敬礼し礼を言ってから桟橋を歩き衛兵所長以下が居並び祝福の敬礼をする中、二人は返礼しながら歩いた。りりしい夫の大佐と、楚々とした袴姿の妻の中佐の姿に衛兵所員たちは感涙にむせぶものさえいる。そして二人が衛兵所を出ると、そこに待っていたのはー

「にいさま、ねえさま!!」

次子中佐が声を上げた。思わず駆け寄った次子中佐にシズが走り寄り「次ちゃん、走っちゃいけませんよ…」と抱きとめそして直立不動の姿勢をとると

「おかえりなさい。そしてーおめでとうございます」

と言った。その嫂にきっちりと返礼して次子中佐は

「ただいま戻りました。ご心配をおかけして申し訳ございません。これからよろしくお願いいたします」

とあいさつした。その中佐を笑みを以て見つめていたシズの夫一矢が

「次ちゃん…」

と言ってそばの大きな木の陰から誰かを連れてきた、その人の顔を見て中佐は

「お母さん!?」

と大きな声を上げていた。カヨがその場で頭を下げ、新矢は岳母のもとへ小走りに行き、その手を取って

「お久しぶりですお母さま!今回はわざわざ呉までお越しいただいて…申し訳もございません」

と言った。カヨは微笑みながら

「おかえりなさい新矢さん、次子。このたびはおめでとう、双子だと伺いましたよ、お父さんも大変お喜びです。今日はお父さんは伺えなかったけどそのうちいらっしゃいますからね」

と言って娘夫婦に言った。

そうでしたか、お父様にもお会いしたかったのに残念ですと大佐は言ってから「そうだ、私は鎮守府に行かねばなりません。次子のいろいろの手続きをしないとならないんです。本来は海軍省へ出向くんでしょうが彼女身重ですから私が鎮守府で済ませよとのお達しです」と皆に言い新矢は鎮守府に行き、ほかの四人は呉駅の近くの喫茶店で彼を待った。

新矢が戻りいよいよ久しぶりの我が家へ―

 

家へ上る坂道に来たとき次ちゃんは「まあ、ここは」と声を上げていた。今まで土の坂だったのにそこがきれいに石が敷かれ、しかも滑りにくい工夫がされている。

すると新矢が

「ここ、にいさんが改良してくださったんだよ。次ちゃんが滑ったりしないように」

と教えてくれたので次子中佐は感激して

「にいさま、ありがとうございます!」

と頭を垂れて礼を言った。カヨも「ありがとうございます」と礼を言うと一矢は照れくさそうに笑って

「いやいやそんな。暇だったからね」

と言って「鍵を開けて来よう」と走り出していった。シズが

「あのひと照れくさいんですよ。今回の話を聞いて一番張り切ったのがあの人ですからね。この石もあの人が選んできました、滑らない材質はどれかって石屋さんにうるさいくらい聞いて」

と笑う。カヨが

「次子、あなた幸せ者よ。こんなに思ってくださる人が居るなんて。本当にありがとうございます」

ともう一度シズに頭を下げた。そのシズは「いいんですよ、もうお互い家族ですから遠慮なしに行きましょう」とほほ笑み、次子中佐もうれしさに瞳を濡らした。

 

一行は家の中に入った。家は一矢夫婦が住んで綺麗にしてあったのでちり一つない美しさが保たれている。シズが

「私たちもやっと家を見つけたのよ、ここから歩いて五分ほどの場所。今度来てね」

と言って次子は

「近くでよかったです、心強いです」

と喜んだ。シズはカヨに「今夜からうちにお泊りになりませんか。――新婚夫婦は二人きりのほうが…ね」とほほ笑み、カヨは「そうさせてくださいますか、すみません」とほほ笑み返す。

「さあみなさんお入りください」と新矢が声をかけ、シズが「さあ、分隊長」と次子に声をかけ次子は新矢に手を取られて家の中に。

 

五人は大広間に入りそこで茶を喫して話に花を咲かせた。次子も新矢も、いろんなことを話し一矢もシズもカヨも笑ったり感心したり。

楽しいひと時を過ごした。

その晩はシズの手料理で食卓は賑わい、終始笑いが絶えないままで兄夫婦はカヨとともに至近の自宅に帰った。一矢は帰る前に湯殿へ行き湯船に水を一杯に張ってくれ、ついでに湯も沸かしてくれた。

 

皆の姿が坂の下へ消えると新矢と次子は戸締りをした後広間に戻り改めてあいさつを交わしあった。次子は両手をついて

「このたびはお忙しいところをありがとうございました。この先いろいろご迷惑をおかけしますがどうぞよろしくお願いいたします」

と頭を下げた。その妻を満足げに見て新矢は

「迷惑なんかであるものですか。私たちの子供が、子供たちが生まれるんですから。私ができることを精いっぱいさせてもらいますよ」

と言って妻の前に頭を下げ

「今までお疲れさまでした、ゆっくり休んで体を整えてくださいね」

と言った。二人の瞳が正面から合って、そして二人はこの上ない幸せな気分に酔った。新矢が次子に先にふろを勧め、次子は従った。袴を解き着物を脱ぐとほっと息をついた。

久しぶりの家の風呂にじっくり浸かった、疲れが噴き出し次子は深呼吸した。そして膨らんだ腹部をそっと撫でて

「ここがあなたたちのおうちですよ。いいおうちでしょう…ここはあなたたちのお父様がお建てになったおうちですよ」

と話しかけた。

風呂から上がると新矢が「よかった、のぼせてしまったのではないかと心配で見に行かないといけないかと思ってたとこでした」とほっとした微笑みをみせ、次子は「ごめんなさい!あまりにも気持ちよかったもので、すみません」と謝った。新矢は「いや、それならいいんです。では今度は私が。次ちゃんは布団に入っていてくださいね、疲れたでしょう。明日の午後は海軍工廠にちょっと顔を出してくれませんか。皆楽しみにしていますから」と湯殿へ向かった。

次子は懐かしい自宅の二階へ行こうと階段に向かうとここにも一矢の心遣いを見て感激した。階段横には手すりが新しく取り付けられていた。

一矢が「階段などの段差が危ない。手すりをつけておけばいいかな」と思いついてつけてくれたもの。次子はその心に感謝しながら手すりをつかんでゆっくりと二階へ上がる。

懐かしい寝室のドアを開き、二台並んだベッドの一方の掛け布団をはぐってそこに腰を下ろし、やがて横になった彼女は新矢を待ちながらいつの間にか寝息を立てていた。

風呂からあがって寝室に入った新矢は(次ちゃんよほど疲れたのだろう、このまま目覚めるまで寝かしてあげよう)と、妻の掛け布団をその肩まで引き上げて自分も布団に入った。

(今夜から次ちゃんがここにいる)

そう思うだけで心楽しい新矢であったーー

  (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

山中夫妻、とうとう呉に帰還しました。新矢の兄夫婦と次子中佐の母親が迎えてくれてうれしい二人。新矢の望んだ家庭の形ができつつあります。

少しの間、この夫婦の生活を見ることにいたしましょうか^^。よろしくお付き合いを願います!

 

キャラ版「間宮羊羹」のおまけ、しおり三種。
DSCN1723.jpg

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● COMMENT ●

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
久しぶりの次ちゃん登場です^^、みんなにやさしくされて幸せ者の次ちゃん。内地での生活が始まります。
大きいお腹を抱えて大変なこともあるでしょう、しかし頑張ると思います次ちゃん!
双子ちゃんを抱っこした山中夫妻の姿、なんだか感激の涙が出ちゃうかも!?

次ちゃん出てくるの久し振りですねー。
皆の優しさに包まれる次ちゃんに、観音さまの後光が射しているように見えます( ;∀;)
両腕に双子を抱える次ちゃんの姿を早く見たいものですねー。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
これほどの深い愛、思いやりに包まれる山中夫妻は幸せです、そしてそのお腹に宿る二つの命も幸せに包まれて生まれます。
優しさってとても気持ちのいいものだと改めて思います。
「お互い」ということ、人が人としてかかわって生きる上で一番大切なんじゃないかと思います、それをないがしろにした昨今がこの有様ですから…

一人でも大変な出産育児を二人分こなさねばならない次ちゃん、いろいろな準備が待っています。どうぞこの先をお楽しみに♡

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
妊娠と出産というもの、昔から女にとっては「命がけ」ですよね。どんなに医療が進んでも危険と隣り合わせには違いないんですものね。ましてや双子となると。次ちゃん夫妻の双子ちゃんきっと元気で生まれてきます^^。

「爽やかや」この句何とも言えない幸せ感が漂っていてその場面が浮かびますね。
準備もまた楽し、あの時を思い出して書いてみようと思います。オスカーさんもあの日あの時を懐かしんでみてくださいませね^^。

優しい人たちに囲まれて幸せいっぱいの若い夫婦。お腹のなかにいるふたつの命も大勢の人々が待ち望んで生まれる子ども。まことにもってほのぼのとした優しさが満ち満ちていますね。
「お互いに」という言葉の深さをしみじみと感じています。
さていよいよ内地での出産準備の次ちゃん。どうか頑張って!!と祈るばかりです。

こんばんは。
ちょうど『コウノドリ』という漫画で双子の妊娠を取り上げています。残念ながらひとりは心音が聴こえなくなってしまい……妊娠出産の大変さを再認識しました。だから何事もなく元気な双子ちゃんに逢える展開をお願いします!
『爽やかや折り目かさねて待つ産着』(瀬戸口靖代)
いろんな準備もまた楽しみですね。自分の時を思い出しながら続きを読みたいです。

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
子供が生まれるとか生まれたというお話ほど心なごむことはありませんね^^。
やはり身重な人はそれなりにいたわられるべきですよね、だって大事な命を抱えているんですものね♡

きっとこのまま出産まで行く!と思います、今後もお楽しみに♪

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
お待たせしました、山中夫妻のお話が始まります~~!
次ちゃんは幸せです、みんなに愛され気にかけてもらって、そしてお腹の双子ちゃんも元気そうですのでいうことなしですね。
おお…新矢さんあれで結構持てるみたいですから変なことが起きなきゃいいんですが。
この後をお楽しみに!

こんにちは

なんだか、とっても暖かいお話。

いい感じですね。

身重の妻をいたわり、まわりが優しく見守る
って一番幸せな構図ですね。

このまま上手くいきますように。

さあいよいよ、山中夫妻が内地へと帰還。
新さんはじめ、周囲の心遣いに包まれる次ちゃん。双子ちゃんも順調な様子ですね。
そうそう、妊娠期の心配と言えば、こちらには全く関係がないと思いますが、夫の浮気。元々女難の相がある新さん。今後はいかに?


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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