2017-10

あの森には帰らない - 2016.06.07 Tue

大勢の人間の中には、時として『ひと』ではないものが混じっているときがある――

 

女だらけの『大和』艦内を歩くトメキチとニャマト。今日はハッシー・デ・ラ・マツコは松岡中尉の上陸に付き合って呉の街に行っている。

中甲板で数名の将兵嬢とすれ違った時、トメキチとニャマトはあるにおいを感じてふと立ち止まった。まずニャマトが「にゃ、にゃ、ニャマート」と言ってトメキチの顔を見上げた、トメキチも「わかった?ニャマトも。あの匂いは…」と言って将兵嬢たちの去った後をじっと見つめた。

 

「猫のにおい?」

呉から帰ってきたマツコに、トメキチとニャマトは今日感じたにおいの話をしたのへ、マツコは少しけげんな表情で首を傾げた。

「猫のにおいって…そりゃアンタニャマトのにおいがどこかについてたんじゃないの?それかさあ、その中の誰かがニャマトを抱っこしてその匂いが付いたとかさ?」

マツコは金色の瞳をニャマトに注ぎながらそういった。が、

「ニャマート!ギャマド」

とニャマトは必死に否定した。その形相にマツコは「違うの?だとしたら、どういうことなのかしら」と言って考え込んでしまった。

トメキチが

「ねえマツコサン、こうなったら僕たちで匂いのもとを探しましょうよ。なんだか僕とても気になるのよ」

といい、マツコもニャマトも賛成した。そして三人は艦内をのしのしと歩き回ってあの〈猫のにおい〉を探し始めたのだった。

 

第三主砲塔の配置にいる一人の兵曹は今、砲塔の外にいて故郷からの手紙を読んでいた。もう長い、長い間帰ったことのないふるさとからの手紙。

 

>お元気でせうか。こちらは皆元気でをります。もう長いこと、十年は帰つて来てをりませんがだうしていますか?みんな気にしてをりますよ、一度帰つて来ませんか…

 

故郷の懐かしい友達からの手紙を読んでいた兵曹は、顔を上げてトレーラーの真っ青な空を見上げた。兵曹嬢はふーっと息をつくと(でももう帰れん。うちはもうあの場所の者ではないんじゃけえ)と思った。そして「うちはここの世界で生きると決めたんじゃけえ、もう帰らん」と小さくつぶやいた。

そして砲塔の中へ入ろうとして兵曹嬢は「わあ!」と驚きの声を上げた。彼女の背後にマツコトメキチニャマトたちが立っていたからで兵曹嬢は防暑服の胸を片手で押さえて

「はあびっくりしたわい。そんとなところに黙って立っとったら驚くわい」

と言って笑った。

その兵曹嬢に大きなくちばしを寄せたマツコは金色の瞳で彼女をじっと見てから言った、

「アンタ…猫でしょ!」

その言葉に兵曹嬢は激しく動揺した。そして「ど、ど、どうしてそんとなこと言うんじゃね?うちが猫でなんぞあるわけなかろう…勘違いもええとこじゃ」とかすかに震える声で言ったが、次の瞬間ニャマトが飛びついて「ニャマート、ニャニャー、ニャマト―、ニャー」と鳴いたのへ兵曹嬢は「にゃにゃにゃー、にゃゴー」と返事をして、はっとして口に手を当てていた。

トメキチが兵曹嬢に飛びつきながら

「やっぱりあなたはネコさんなのね!ほらやっぱりマツコサン、僕たちが匂いがするって言ったでしょう」

と喜びニャマトも彼女の防暑服の半袴の裾に飛びついて喜ぶ。

兵曹嬢は戸惑いの表情を浮かべて

「あなたたち、口は堅い?このこと絶対誰にも内緒よ?うち、困るけえ」

と言った。マツコが大きな翼を広げて

「大丈夫よ、あたしたち口が堅いのだけが取り柄なんだから。…で、よかったらあなたがここに来るまでのお話を聞かせてくれないかしら」

と言って兵曹嬢はうなずいた。そこで三匹と一人は砲塔内へ入り込むとその一隅に座り込んで話を始めた。

 

…うちのもとの名前はカノ。うちは海軍の街の奥のずっと奥の森の中で生まれたんじゃ。人間たちはきっと知らん、誰も知らん深い森の中。そこはネコばっかしじゃ。そこでうちは生まれて大きくなったんじゃ。ある時うちは決して出てはいけんいう掟を破って森の外へちいとばかし出てみたんじゃ。しばらくその辺を歩いとったら人間を見かけたんじゃ。若い女の人じゃった、きれいな女の人でうちは見とれておったがうちを見つけられて後をつけられたら大ごとじゃ思うてその日はそっと森へ帰ったんじゃ。その日からうちは人間の興味をもってしもうて時々森を抜けだしては人間を見に行くようになったんじゃ。ほいでちいとづつじゃが遠くへも行くようになって…そんなある日、一人の男の人を見かけた。素敵な人じゃった…うちはその人のひとめぼれしてしもうて、ほいでもうたまらんくなったんよ。猫の森の魔法使いを訪ねて『うちを人間にしてつかあさい』って頼み込んだ。今まで何人かが人間になってここを出て行った言うんはきいとったけえ、やねこいことはない思うてな。魔法使いの猫はえらい年を取ったおばあさん猫じゃったがうちの頼みに驚くことも無うていろいろ話を聞いてくれてね…『あんたに人間になってやってゆく覚悟はあるか?』言うて聞かれたがうちには親も兄弟も居らんかったけえその点気が楽じゃった、じゃけえ『あります』言うてね。友達は「行かんほうがええ」「行かんでここに居って」言われたがうちの決意が固いんを悟って笑うて送り出してくれたんよ。…それからうちは人間の世界に出たんじゃがいろんなことがあったねえ。辛いこともあったがうちが自分で選んだ道じゃけえ後悔はせんかったよ。

そんなある日、町でこれまた素敵な女の人を見つけてね…それが海軍さんじゃった。水兵服を着こなして颯爽としとってなけえうちはひとめで惚れてしもうたんじゃ。

で、うちは呉の海兵団に入って今まで来たわけじゃ。じゃが最初は風呂が苦手で。ほいでも「貴様風呂入らんとなんや獣臭いで」言われてうちの正体がわかったらいけん思うて頑張って入ったよ。もう今じゃどうもないがね…

 

そこまで語って兵曹ー根古森カエーはふふと笑ってマツコたちを見つめた。マツコがはーっとため息をついて

「そうだったの。あなたもしかし、物好きねえ。わざわざ人間になるなんて」

と言った。トメキチとニャマトも「人間になるって、どんな気持ちなの?」とたずねたのへ根古森カエ二等兵曹は

「素敵な気持ちじゃ。これは嘘はないで、ほんまの話じゃ。それに…」

というとふっとほほを赤らめた。マツコが「ねえどうしたのさ、先を言ってよう」とせっつきニャマトが「ニャマート、ニャー」と鳴きながら兵曹の膝に這い上がる。そのニャマトを抱き上げて根古森兵曹は

「フフッ…うちええ人ができたんよ。じゃけえうちは人間になってえかったわ。あのまま猫の森に居ってもつまらん人生しかなかったけえ」

と言ったがトメキチがおずおずと

「でも…やっぱり故郷は忘れらないんでしょう。僕なんとなくわかるんだけど…」

と言ったのへマツコが

「どうしてさ?何がわかったっていうの?」

と尋ねた。トメキチは根古森兵曹の膝に乗ると

「あなたの今の名前…ネコモリカエ…って僕には〈猫の森に帰りたい〉って思えるんだけど。違っていたらごめんなさい」

と言った。そのトメキチを抱きしめて根古森兵曹は

「帰りたい、は思わんのよ。ほうじゃねえ、あえて言うなら〈猫の森には帰らんよ〉いうことかな」

と言って三人をまとめて抱き寄せてウフフっと幸せそうに笑った。抱きしめられながらマツコが言った、

「で、あなたは森の外に出たとき見かけた素敵な人と出会えたの?」と。

根古森カエ兵曹は一層幸せそうにうふふふっと笑うとマツコを見つめて

「さあ、どうじゃろうねえ?」

と言って皆は「教えて教えて」と大騒ぎに。

そこに砲塔員の仲間たちが入ってきてそのうちの一人が

「ネコチャンここに居ったんか。ありゃ、ハシビロたちも一緒ね?―ほうじゃネコチャン、うちの慰問袋にこれが入っとったけえネコチャンに上げるわ。大好物じゃ聞いとってじゃけえ」

と言って差し出したのはーーたくさんの煮干しの入った袋だった。

 

その晩巡検のあと根古森兵曹は艦内の涼しい場所を見つけその場に腹這うと便箋を広げ、故郷の仲間に返事を書き始めた。

 

…お手紙ありがたう。私は元気です。あれから十年いろんなことがありましたが楽しくやつてをります。仕事を見つけて頑張ってをります。海軍に入り今は下士官としてトテモ大きな艦に乗つています。毎日が大変ですが楽しひです。いい人もできました。私は居場所を見つけました。ここでずつと生きてゆきます。

 

書き終えた根古森兵曹の瞳はどこまでも澄んでいた。

そこに兵曹の同期の数名がやってきて

「ネコチャンここに居ったんか。ああ、やっぱしネコチャンは涼しいところ見つけるんがうまいねえ。ほんまの猫みとうじゃね」

と言って皆も根古森兵曹も―笑ったのだった…

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

ちょっとしたファンタジーでした。

この歌を聞いて思いついた話です。懐かしい歌、谷山浩子さんの「猫の森には帰れない」。

 

暑いのか寒いのかわからない一日でした。今週はちいと体調崩しております。めまいのようなふわふわ感と耳の痛み。いったいなんじゃろね??


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● COMMENT ●

すっとこさんへ

すっとこねえさまこんばんは
コメ欄お久ですがいつも読んでくださっているみたいでうれしいです♡

「猫の森には帰れない」、私が中学か高校のころの歌です。独特の声で魅了されたものです、懐かしくってモチーフに使いました。
他にも素敵な歌があるのでまたモチーフに使いたいと思ております、お楽しみに^^。

楽しんでいただけてうれしいニャッ!

猫だっ

コメ欄ではお久しぶりです!
今回は“猫”なので思わず投稿です。

♪猫の森には帰れない♪初めて聴きました。
軽快なメロディ乗せて 哀しみの味わいの
歌ですね。谷山さんお声がまるでハモニカ
のように耳に流れ込んで来ました。

長い物語の時々に また このようなお好きな
歌から生まれるスピンオフストーリーも
混ぜて下さいね。

楽しく読ませて頂きましたニャッ💖

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
うん!やはりイメージ的にも河内山さんは「演歌」ですね~。

私も寒い時は本当に動けなくなりました(-_-;)、暖かいとこからテコでも動きたくないという風になっちゃいましたね(;´Д`)。
〉ネコ科の父さん
なんだかとっても優し気なお父さんが浮かびますね^^。

根古森さんのいい人…そのうち出てくるかもしれませんぞw。

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
谷山浩子さん最近はあまり表だって歌ってないようですが人に楽曲を提供することが多いようですね。
彼女のこういうファンタジックな歌もシリアスな歌も大好きです。『河のほとりに』は中学生の時聞いて衝撃受けました、なんて素晴らしい歌なんだって。

おお、ponchさんの描く猫耳水兵さん、ぜひ拝見したいです~~~そのうちぜひ書いてくださいませ♡!!

今…体も心もたいへんしんどいです。一日の立ち仕事終わるともうへとへとです。情けないです。
いつもありがとう、がんばります。
ponchさんも御身大切になさってくださいね^^。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
お返事遅くなってごめんなさい

タイトルを見て「谷山浩子さん」と思われたなんて嬉しいですね^^。私は谷山さんの「河のほとりに」という歌が大好きです。そのうちこの歌をモチーフに話を書こうと思っています。いろんなおもちゃ箱みたいな彼女の世界が好きですね♪

大きな艦ですからもしかしたら狸も狐も狼も??いるかもしれませんよ^^、その辺もご期待くださるとうれしいです。

今日の蒸し暑かったこと(-_-;)。もう辟易です。わんこはすこぶる元気です。今は室内飼いになりまして部屋の中を我が物顔でのし歩いていますw。
オスカーさんもどうぞ御身大切になさってくださいませ!

演歌以外の楽曲にはとんと疎いものでw

この時期はともかく寒い時期は、日なたやこたつから動けないものですから、娘にネコ科の父さんと呼ばれる始末。性格もネコ的なので、あたらずしも遠からず。

颯爽とした海軍さんなら、誰しも憧れの的ですね。ところで根古森さんのいい人ってどんな方なんでしょう。

谷山浩子懐かしいですねー(*´∀`)
猫の森の歌は自分が厨房だか工房のときのヒットチャートだったと思います。
今回の話はファンタジーっぽいですね。
根古森兵曹を見ていたら、猫耳の水兵さんが頭に浮かんでしまいました。
その内無断で描いちゃうかもしれません。そのときはゴメンなさい(^-^;)

身体の調子が悪いとどうしてもしんどくなりますよね。
自分も疲れやすいので、身体の調子が悪いときのしんどさはよくわかります。
あまり無理をなさらないようにしてくださいね。
お大事に。

おはようございます。
タイトルを見た時に谷山浩子さん?と思いましたが、そうでした~やった!(笑) 懐かしいです。こういう思いっきりファンタジーな歌も好きですが『窓』の♪やさしい時代を置き去りに やがて街へとび出した僕には 教室の窓がもう見えない 夢の行き場がどこにもない というのもなんとも言えず好きです~!
ネコだけではなく、タヌキやキツネもいるような……(笑) また楽しいお話を期待しています。
しかしこの天気はなんとも言えないモヤモヤさがありますね。ワンちゃんはお元気ですか? 動物にもこの天気は辛いでしょう。どうぞお大事に!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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