2017-09

魅せられて二兎を追う 6〈解決編〉 - 2016.06.04 Sat

こぶしを握って下を向いたままの小泉兵曹に、松岡中尉は言ったーー

 

「貴様も帝国海軍軍人なら漢なんぞに心惑わされるな!そんなことで軍務がおろそかになるなど言語道断!目を覚ませ!」

それを聞いた小泉兵曹はまるで電気に触れたかのようにビクンとして松岡中尉の顔を見つめた。そして震える唇で

「ま、松岡中尉。そんとなことまでご存知とは…まさか…」

というとゆっくり後ろに立っている桜本兵曹を振り返ると

「まさか貴様、見よったんじゃなかろうなあ!」

と大音声を発した。そして艦長たちが制する間もなく桜本兵曹のもとへ走り寄りその防暑服の襟をつかみ

「貴様か、貴様見とったんじゃろ。ほいで分隊士たちに告げ口しおったな!この野郎、貴様許嫁のおる身じゃ言うてええ気になりおって、ふざけるなこの野郎」

というなりその頬をぶん殴っていた。アッ!と倒れるオトメチャン。すると松岡中尉が小泉兵曹の背中をつかんで引き戻し、

「あなたいけませんねえ小泉兵曹!桜本兵曹はあなたのことを興味本位に告げ口したわけじゃありませんよ!いいか私も麻生さんもあなたたち分隊員の母親や姉のようなものです、母親や姉は子供をいつも心配しています。その大事な子供の一人の様子がおかしいとしたら八方手を尽くして原因を調べ、解決に導くのが親の務めです。桜本兵曹とて私の子供。ということはあなたの姉妹だ、親が姉妹に『様子を見てきてくれ』というのも至極当然じゃないですか。桜本兵曹はあちこち尋ね歩いて、それで小泉さんあなたの勤務怠慢の原因を突き止めた。そして当然のごとく我々に伝えてくれた、それを告げ口したのなんだのと、なーにを言ってるんですかあなたは!勘違いも甚だしいですよ?今回の話はすべてあなたの身持ちの悪さからきてるんですからあなた自身が反省しないでどうするんだ。自分の私的なことで人を殴ったり言いがかりつけて殴るような下士官は私は許せん、禁錮室に入るか?あなたのその所業なら十分禁錮室に入る資格がありますよ!」

と激しく言った。その後ろで桜本兵曹が佐藤副長に助け起こされ、副長は桜本の口の端を手ぬぐいで押さえている。

小泉兵曹の瞳が揺らいだ。その兵曹にさらに松岡中尉は

「ただし言っておく。こんなことは貴様も周知の事実だが、禁錮室に入ったら昇進は同期より遅れる。あなたの経歴に瑕がつきますよ?脅しじゃありません、真実ですからね…、まあ、その辺は副長や艦長がお答えを出すんですが、そういう態度を取り続けるなら覚悟なさい」

と言い放つ。

小泉兵曹の前身から力が抜け、その場に頽れた。梨賀艦長、森上参謀長が「しっかりしなさい」と抱き起した。

すると小泉兵曹はまるで子供のように泣きながら

「ごめんなさい、ごめんなさい。許してつかあさい。うち、うちどうしても決められんかったんです」

といい、麻生分隊士は「なにを決められんかったんじゃ?」と静かに尋ねた。小泉兵曹は

「あの見世の男です。一人はとっても優しゅうてええ人。ほいでもう一人は体も大きいたくましい人。そのどっちにもうちは魅せられてしもうて…ほいで、うちは二つをいっぺんに好きになるんはやねこいけえ、どっちかにせんといけん思うたんじゃがそれがなかなかできんで…ほいでイライラしてしもうて、勤務もおろそかになってしもうて、亀井上水にも勤務をおろそかにしてもええみたいなこと言うてしまいました。ほんまにごめんなさい。どがいなお咎めでも受けます、飯を食うな言われるなら食いません、風呂に入ったらいけん言うなら入りません、ほいでもどうか、禁錮室だけはご勘弁を!後生ですけえ…」

と泣きながら松岡中尉の半袴にすがって懇願した。松岡中尉は何か、あきれたような顔で天を見上げる。

麻生分隊士は、松岡中尉から梨賀艦長、森上参謀長…とその場の士官たちの顔を順に見つめた。

佐藤副長が桜本兵曹の口元から手ぬぐいを放し小さな声で「血は止まっている、もう平気だよ」といい桜本兵曹は「ありがとうございます」と言って小泉兵曹を見る。

梨賀艦長が静かに

「小泉兵曹、本当に反省しているのだね」

といい、じっと小泉を見つめる。小泉兵曹ははい、ほんまに反省しとりますけえどうか禁錮室だけはご勘弁を、と泣いている。艦長はうなずいて小泉を見ると意外な判決を下した、

「小泉兵曹。あなたはその見世の男性のどちらに自分が本当に魅かれているのかを確かめてきなさい。それがわかればもうイライラしなくて済むだろう?自分のタイプをしっかり見極めなさい。あなたはまだ若いからいろんな人に魅かれるその気持ちはよくわかる。だが自分が一番いいタイプを知っておけばそれほど悩まなくても済むと私は思うがね。しかし、これは私個人の意見として聞いてほしいのだが別に一人や一つに決め込まなくってもいいのではないかな?結婚相手ならどちらかに決めないといけないがね。

ともかくだ小泉兵曹、もう二度と軍務をおろそかにしないこと。それをしっかり守りなさい、が、もしまた同じことをしたときは」

「したときは…」と小泉。艦長は

「その時こそ、禁錮室に行ってもらう。いいな!」

といい、小泉兵曹は「わかりました!」と返事をした。梨賀艦長は「そして石川兵曹に謝ることも忘れずに。―では散開」といい、麻生分隊士と松岡分隊長は小泉兵曹と桜本兵曹を伴って艦長室を出た。

うつむいたままの小泉兵曹は「ご迷惑をおかけしました」と一礼すると走り去ってしまった。桜本兵曹はその後姿を見送ってから松岡中尉に向かうと

「松岡中尉…ありがとうございました。ほんまはうちら、覗きに行ったんにああ言うてくださって。感謝します」

と頭を下げた。麻生分隊士も頭を下げる。松岡中尉はいやいや、とラケットを振りながら

「いいんですよそんなこと、礼には及びません。まあね、余計な火種を増やす必要はないでしょう。だからそういったまでです。―で特年兵君。あなたもしかして小泉君に悪いことしてしまったとか何とかそんなこと思っちゃいませんよね?思っていたとしたらそんな思いは捨てんさい?あなたは彼女を救ったんですよ、あのままでいたら彼女禁錮室どころか退艦ものでした。ですから彼女に対して卑屈に餡る必要はありませんからね、これだけは言っておきます。ではごきげんよう」

というとくるりと背を向けて小走りに去ってしまった。松岡中尉は照れくさかったのだ。それを解って麻生分隊士はふっと微笑んだ。そして

「オトメチャンもぶん殴られてえらい目におうたね。しかしこれで小泉も落ち着いたらええんじゃが」

と言った。桜本兵曹は「殴られるなん、どうでもないです。うちも小泉が落ち着いてくれるんを願うばかりです」と言った。麻生分隊士は深くうなずいて「ほいじゃあうちはちいと行くところがあるけえ」と言って二人は別れた。麻生分隊士は、長妻兵曹を訪ね「小泉の件は何とか収めた。いろいろ面倒かけてすまんかったね。ほいで松岡中尉は小泉に長妻兵曹のことは一言も言わんかったけえ、貴様も例のことは知らん顔しとってくれよ。オトメチャンもわかっとる思うがの」と言ったのだった。

長妻兵曹はその心遣いに感謝しながら

「えかったですねえ、上手いこといって。あのままじゃうちもあいつは降ろされる思うとったですけえ。まあこの後もしっかり観察せんといけんですね」

と言って麻生分隊士もうなずいた。

 

桜本兵曹は何とかことを収めた安ど感に支配されていたが(いやじゃわあ、うち。あの時の小泉の変な格好が目に焼き付いてしもうて。それにしても男とおなごはあがいなことをせんといけんのかあ…はあ難儀じゃわ。うちももしかして…紅林さんとあがいなことを!?)とふっと思い、またも「ひええーっ!うわーっ!」と一人防空指揮所で両手で頬を押さえつつ叫ぶのであった。

 

そして。

小泉兵曹はこの事件のほとぼりが冷めたころ例の見世に行ってたくましいほうの男性と同衾したのだが、我を忘れた小泉兵曹、うっかり男性の名前を間違え―優男の名前を呼んでしまった。

まるで最大戦速で航行中の駆逐艦か巡洋艦のように動いていたたくましい男性の動きがピタっ!と止まったあと

「小泉さん…あなた彼のほうがいいんですね…そんなあ。私一所懸命あなたに尽くしてきたのに。ひどいよう!」

というと小泉から離れ、その場にへたり込んで大泣きし始めた。その様子にたいへん度肝を抜かれた小泉兵曹、(なんじゃあ、たくましいんは見かけだけか。がっかりじゃ…ほんならうちはあの優しい彼と!)と思うのであったが肝心の優しい彼のほうは小泉兵曹がしばらく来なかった間に他艦の下士官嬢と懇意になってしまい小泉兵曹をさらに落胆させたのだった。

それを伝え聞いた桜本兵曹は

「ああ、気の毒なねえ。しかしよく言うてじゃろ、〈二兎を追うものは一兎も得ず〉。それじゃわ小泉は。あんましあれこれ手え出さんほうがええねえ」

と友を気遣ったという。

 

だが、この一件が小泉兵曹の〈桜本兵曹〉に対する感情に微妙な影を落としていることに、小泉本人も気が付いていないのであったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・

男二人におぼれた挙句部下を堕落させそれをいさめた他班の下士官嬢を殴りさらに桜本兵曹をも殴った小泉兵曹でしたが「禁錮室」行きを何とか免れました。

そして松岡中尉の心遣いに助けられた桜本兵曹と長妻兵曹。いろんな人間模様が交錯した今回のお話でした。

それにしても小泉さん、名前を間違えたことで男性の本性が見えちゃいました。よかったのか悪かったのか???

そんな彼女にこの歌を。

ジュディ・オング「魅せられて」


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● COMMENT ●

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは
百戦練磨の小泉も実は一皮むいたら…だったのでしょうね。そう、このごろ女ばかりの大和艦内は新婚さんいらっしゃーい状態ですから特定の相手の居ない小泉さんには居心地悪い部分もあったはず。しかし彼女の相手はいかんせんそちらを商売にしている男性ですから報われない…ちとかわいそうですね。でもきっと彼女もいつか!!

松岡さん今回はかっこよかったですねw。宝塚の男役を少し意識しながら書きました。

雨が上がったらだんだん蒸し暑くなって私の嫌いな気候になりつつあります(;´Д`)。オスカーさんも御身大切になさってくださいね^^。

次回もどうぞご期待ください!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは
松岡分隊長、同じ人物とは思えないほどの素晴らしい裁量でした。単なるラケットぶん回し野郎ではなくってよかったw。
小泉さんは残念な結果ではありましたがまあ、人生そんなものだとあきらめましょうという感じですか。

関東も梅雨入りのようです。
神梅収穫祭、いよいよ梅の季節となりましたね!天然自然のあの梅のみどりが目に優しい、そんな季節になりました。きっと素敵なお写真が撮れることでしょう!

いつもご心配をありがとうございます。倒れないようにボチボチやってゆきます^^!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは
松岡中尉見上げたものです。普段のあのいい加減の極みのような彼女からは思いもつかなかったことで、これできっとみんなの松岡への評価も高まることでしょう。長妻のことは忘れていたようですw。
そして艦長梨賀さん、伊達に何年も海軍の飯を食っているわけではありませんでした。多分今までの艦隊勤務で似たようなことがあったのでしょう。
長妻兵曹は勉強しなおして軍法会議に勤めてもいいかも。
小泉さんはあほみたいなミスでしたね(-_-;)。

こんにちは。
小泉さんは案外「おとめ」だったのかなと思いました。まわりが新婚さんだったりラブラブだったりして、自分もそういう特定の相手が欲しくなって、思いついたのが身体の関係がある、あのふたりだったのかなぁって……。彼女が本当に誰かを恋しく想うようになる時って、食事も出来ないくらいになるような気がしてきました。いつかそんな姿が見られるかしら? 私としては松岡さまの凛々しさにちょっとよろめいてひと騒動あっても楽しいかな(笑)なんて考えています! むし暑くなってきましたね。お身体に気をつけて下さい。そして次回作も楽しみにしています!

ponchさんへ

ponchさんこんにちは
松岡中尉の珍しい働きで何とか丸く収まりましたw。しかしオトメチャンの心の傷はどうしてくれるんだ?とオトメチャンファンクラブおよび親衛隊から大クレームが来そうですね(-_-;)。彼女そういうキャラになっちゃってるのかなあ…。

小泉さん、よくありがちなことやっちゃいましたw。そして男が情けないほど情けないのがこの「女だらけ~」の世界でございますw。しょーもないなあ。

「魅せられて」懐かしいですよね、私は高校一念だったと思いますーって私こそ年がバレバレですがもういいやあ~って感じですw。大台に乗ると開き直れますぞw。

松岡さん、なかなか見上げたものでした。いつもとは違う威厳さと理路整然さ。人は土壇場でその本性も底力も発揮できるのですね。

二兎を追う者は一兎をも得ず。あっけない結果にしてしまった小泉さんの一言。これもまた素直な気持ちのとっさの表れだったのですね。でも災い転じて何とやらで、逞しかったはずの男の真の姿が分かって何よりでした(笑)
自分自身、気づかないことが世の中や人生にはいくらでもあるってことですね。

大分は梅雨入りしました。今日はこれから神梅収穫祭の撮影に出かけます。雨に濡れる翡翠のような梅の実の緑が映えることと思っています。

季節の変わり目です。どうかくれぐれもご無理なさらぬように。

松岡さん見直しました。普段はただ熱く、訳のわからん例えを持ちだす方でしたので、このような筋道立てた説明がされるとは。長妻さんのことに関してはただ忘れていただけのことにも思えますがw
それを受けての梨賀さんの裁定はさすがの一言です。徒に禁錮室にぶち込むだけがのうではないですから、案外似たような経験をお持ちなのか?
さて長妻さんは椰子の木マスターから、大和のくノ一に華麗なる転身でしょうか?今後が楽しみですw
しかし小泉さん、別の男の名前呼んじゃ百年の恋も冷めるってw

すったもんだがありましたが、どうにか丸く収まってくれてよかったですねー。
いや、松岡中尉が強引に丸く収めたのかな(^-^;)
ただ公衆の面前で恥ずかしい話をさせられた挙げ句に同僚に殴られたオトメチャンには同情を禁じ得ませんでしたね。
何だかオトメチャンばかりが割りを食ってるような気がします。

それにしてもちがう男の名前を口にしてしまうとは、驚くほどテンプレですね(^-^;)
男がよよと泣き崩れるなど、やはり女だらけの世界観では男女が逆転してるように見えます。

ジュディオングの魅せられて、懐かしいですねー。
自分が小学生の頃のヒットチャートですから、30年以上前の歌ですよねー。
こうゆう話してると何だか一気に自分の歳がバレますねー(^-^;)


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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