帝都恋物語 1

この話は、東京が桜の盛りを迎えたころのお話しーー

 

聖蘆花病院で、日野原家の一員として過ごしている日野原桐乃は看護婦として働く傍ら、医学校を目指し勉強中でもあった。入学試験は来年の冬であるからそれほど時間があるとは言い難いものもあるが桐乃は持ち前の頭の良さで、院長の昭雄、その息子の昭吾から勉強を教わり着実に実力をつけていた。

そのことは、昭雄や昭吾が『大和』の日野原軍医長に手紙を出すときに必ず書き添えていたので『大和』の日野原軍医長は

「その調子その調子!桐乃ちゃんは絶対医学校に入れるし良い医師になる」

と太鼓判を押していた。

 

その夜も、勤務を終えた桐乃は自室で教科書や辞書を開いて勉強に没頭していた。

桐乃は受験勉強があるということで病棟勤務は外して外来担当になっていた。が時折夜勤の看護婦の都合がつかなくなると桐乃が「私が今夜は夜勤に入ります」と買って出ていた。

今夜はそんなこともなく、桐乃は思う存分勉強に専念できた。

どのくらい机に向かっていただろうか、さすがに疲れを感じた桐乃は大きく伸びをして椅子から立った。そして院長たちの部屋に続くドアを開けた。

ドアの向こうには院長の昭雄と、昭吾がいて

「ずいぶん長いこと勉強していたね、疲れたでしょう」

と昭吾が紅茶を淹れてくれた。桐乃は「すみません。昭吾さんにさせてしまって」と恐縮しながら昭雄にすすめられソファに座った。

昭吾がほほ笑みながら桐乃の前に紅茶カップと菓子の皿を差し出した。ありがとうございます、と言って桐乃はカップを手に取った。四月の初めはまだ寒い、やや冷えた指先にカップの熱さが心地よかった。

昭雄は

「余り根を詰めすぎてもいけないよ?外来でもずいぶん頑張ってくれてるから、ちょっと桐乃ちゃんの体が心配だよ。そういえば桐乃ちゃんは休暇をとっていないじゃないか、ほかの看護婦たちは取っているだろう?そろそろ桐乃ちゃんも休みを取ったらいいよ?」

と言って最近疲れの目立つ桐乃を気遣った。

桐乃は

「ありがとうございます院長先生。でも私なんかまだまだお休みをいただいては」

と首を横に振って断った。昭吾が桐乃の横に座り

「でも、夜もずいぶんと遅くまで勉強して朝早くから院内にいるじゃない?眠る時間を割いて…それでは体がもたないよ?心配だ」

と言って桐乃を見つめた。

そこに日野原千代医師が入ってきて桐乃を見るなり

「ああ、桐乃ちゃん…。ちょっとあなた顔色悪くない?―少し頑張りすぎよ?何日か休んだらいいわよ、ねえ義兄(にい)さん?」

と言って昭雄を見た。昭雄もうなずいて「千代さんの言う通りだよ。桐乃ちゃん、明日からでも休暇を取りなさい」と言ったのへ桐乃は微笑んで

「ありがとうございます。でも急に明日から、というのも皆さんにご迷惑ですからそのあとから…。明日婦長さんにご相談してみます」

と言った。昭吾が「では父さん、父さんから婦長に言ってやってください。そしたら桐乃ちゃんも休みを取りやすいでしょう」と言って昭雄はうなずいた。

「では明日、私から婦長に言っておこう。桐乃ちゃん、休暇の時はすべてを忘れて思いっきり休んでいいんだよ」

昭雄の言葉に桐乃は涙を浮かべて感激したのだった…

 

翌朝院長の昭雄から話を聞いた石渡婦長は

「まあ私としたことが!桐乃ちゃんがちっとも休暇をとっていなかったのを失念していました。彼女に悪いことをしてしまいました。―では、病院の休みを入れて五日間、桐乃ちゃんには休んでもらいたいので、看護婦たちにも話をしてみます。そのうえで決定しましたら院長にお知らせします」

と言って、急いで看護婦室へ行きその場に集まっていた看護婦たちに桐乃の休暇の件を話したところ皆口々に

「ああなんで気が付いてあげなかったのかしら。悪いことをしてしまいました!婦長、ここは私たちがうまくやりますから五日と言わないで一週間、あげてください!桐乃さんは受験勉強と勤務で最近疲れているようです、試験前に倒れてしまっては元の子もありません。どうかお願いします」

といい石渡婦長は感激しながら院長室へ。

そこには院内すべての科の科長たちがいて婦長の話を聞くとこれも皆「よかった!あの子はいつも黙って仕事をこなしてくれていたから我々彼女が休暇をとったかさえも知らないでいた…。一週間思い切り羽を伸ばしてほしいです」と言って院長の日野原昭雄は満足そうにうなずいて

「では石渡婦長、桐乃に話をしてやってくださいね」

と言って皆は散会。

 

一週間の休暇をもらえることになった桐乃はびっくりするやらうれしいやら。

昭雄と千代医師が「明日から早速お休みですよ、朝寝坊もしていいんですからね。一週間の間あなたがしたいことをしていいのよ。病院のことはこの際忘れてね」と言って桐乃は

「本当にお休みをいただいていいのでしょうか…なんだか夢みたい」

と言ってから嬉し気に微笑んだ。

 

しかし桐乃の性格からいっても寝坊など思いもつかないのであった。休暇第一日目も朝早くから起きて台所で朝食の支度をしている。昭雄と昭吾が「そんなこといいから桐乃ちゃん」と言ったが彼女は嬉しそうにほほ笑みながら

「お休みと言っても、ご飯の支度だけはさせてください、お願いします」

と言って大根を刻む。その姿をほほ笑みながら見る昭雄と昭吾…。

 

そんな桐乃であったが皆が病院へ行ってしまうと手持無沙汰になってしまった。そこで前に昭吾から「読んでご覧、面白いと思うよ」と言われていた本があったのを思い出してそれを本棚から取り出して読み始めた。昭吾は「僕も子供のころ夢中になった本なんだ…ぜひ桐乃ちゃんにも読んでほしい」と少し恥ずかしげに言ったのだった。

そんなことを思い出しながら桐乃は本を開き、やがて無心に本の世界に没頭して行った。

 

昼になりやっと桐乃は本から顔を上げた。昭吾たちは昼休みを自宅でとるので桐乃は再び台所に立って昼飯の用意を始めた。まったくこうした仕事が苦にならない、どころか昭吾や昭雄、千代が「おいしい、美味い」と喜んでくれる顔を見るのがこの上なくうれしいのであった。

食事の支度を終え、ほっと一息ついた桐乃は三人が来るのを待ちながらふと窓辺によって外を見た。東京は春の気配が日増しに濃くなり、桐乃の苦手な冬もそろそろおしまいのようである。

ふと、桐乃は遠くを流れる川の岸に何やら薄い桃色のものが列を作っているのに気が付いた。

(あれ、なにかしら)

桐乃は興味を惹かれて窓を開けるとそれを見つめた。何か樹のようだったが桐乃にはそれが何だかわからない。

(あとで昭吾さんに聞いてみよう)

桐乃はそう思って窓から離れた、その時昭雄たち三人が昼休みで戻ってきたのだった…

 

皆のご飯をよそってやりながら桐乃は気になっていた川岸の桃色のものの話をしてみた。すると千代が

「ああ!桐乃ちゃんはまだサクラをよく知らなかったわね」

と言って昭雄と昭吾が「そうだった、あれはね」と口々に教えてくれた。桐乃は三人の話を聞きながら箸がすっかり止まってしまうほど、「桜」への興味をかき立てられていた。

「そうだ、桐乃ちゃん」

と昭雄が言った、「明日は土曜日だ、病院が終わったら昭吾と一緒に夜桜を見に行ったらいい。夕方から夜の桜もそりゃあ綺麗なものだよ」。

千代が「それはいいわね、桐乃ちゃんは夜に花を見に行くなんて初めてじゃない?」とほほ笑みかけ、昭吾は

「じゃあ明日、病院終わったら行こう。明日は天気もよさそうだから桐乃ちゃん、楽しみにしていてね」

と嬉しそうに言って桐乃も

「ヨザクラ、ですか!私はじめてです…うれしい!」

とほほを紅潮させたのだった。

 

その晩、桐乃は興奮でなかなか寝付けなかったーー

   (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・

『大和』の日野原軍医長の実家の〈聖蘆花病院〉にいる桐乃ちゃんのお話です。昭吾とひそやかな愛をはぐくんでいるようですがなかなか進展がないようです。

明日は夜桜見物、なにが起きるでしょうか?お楽しみに^^。

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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
桐乃ちゃん、日本の習慣や心を一つ一つ確実に吸収しています。日本人以上に日本人らしい女性ですね。そして感動というものの根源は人種も国も問わないということでしょうね。
働き者の桐乃、これからをお楽しみに!

あの地震からやっとひと月。
しかし今だに終息しているとはいいがたく、皆さまの焦燥はいかばかりかとお察しいたします。まさに激甚災害ですが何とか早く復興してほしいものです。暑い季節がもうそこまで来ています、雨の季節はさらにそこまで。
神様に心から祈りたいです。

No title

日本人よりもずっと日本人らしい桐乃さん。見事な桜を目の当りにしたらきっと益々もって日本人の精神を吸収してしまうのではないでしょうか。
国が違ったり、人種が異なったりしても美しさや人の優しさへの感動はどちも寸分たがいませんね。
休日でも甲斐甲斐しく家事に精を出す桐乃さん。さすが日野原さんが見出した逸材ですね。これからの活躍が楽しみです!!

いろいろとご心配をおかけしましたが、今夜あの二度目の大地震からひと月目を迎えます。お陰様で大分はほぼ通常通りの暮らし向きです。しかし熊本がまだまだ半歩進んだ状態です。これからの季節のことを思うと被災された人々の苦しみは計り知れません。
一刻も早く落ち着いた生活に戻れるようにと祈るばかりです。

ponchさんへ

ponchさんこんにちは
そう、桐乃は日本の桜を知りませんでした。彼女が桜をどう見て、そのもとで何が起きるか??お楽しみに!

アメリカシロヒトリ!!!久しく聞いていませんでいたが今でもいるのでしょうか?あれは昆虫嫌いの私にとってもいやなものでした。特に蝶だとか蛾の類は私の天敵なので…(;´Д`)。あれは知らないほうが幸せですよね。

二人の恋の行方…どうなりますかお楽しみに、としか今は言えませんが昼ドラのようなことはないのでは?と…w。
昼ドラの男の優柔不断さはいらいらしますが確かにざくざくと決断してはドラマとしては面白さにかけちゃいますよね、あのくらいがいいんでしょうねw。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは
桐乃の初めての桜見物、しかも夜桜と来ればこれはもうww!!
きっと皆さまの期待してる展開があることでしょう~~♡ワクワクしながらお待ちくださいませ♪

このところ、風が冷たい気がしますね。日差しがきついので本当に服装調節が面倒です(-_-;)。
体調崩しがちな季節、どうぞご自愛のほど!

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは
外国の、それも何の情報もない時代に日本に来た人が桜を見たらどう思うだろうか?と考えながら書いてみました!割合派手な色彩の多い南方ら来た桐乃にとっては淡い色彩の桜は不思議なものかもしれませんね。
そして夜桜…昭吾とどんな風に見るのでしょう。ワクワクしてくださいませ^^。

医学校に進学しいずれは医師としてスタートする桐乃。周囲の理解と愛情できっと良い医師になるでしょう。

いつもご心配をありがとうございます、適度に休みます^^。このところ結構体力的にハードなもので…(;´Д`)、ありがとうございます、オスカーさんもご無理なきように!

No title

桐乃ちゃんは桜を見たことが無かったんですねー。
見たことがないといえば、40年ほど前は桜の木を覆いつくすアメリカシロヒトリは当時は夏の風物詩でしたが、今の若い人は知らないでしょうねー。知らない方が幸せだと思いますけど。

桐乃ちゃんと昭吾の恋の行方が気になるところですが、所謂昼ドラのパターンだと、男が優柔不断でひと悶着起こるパターンが多いですよね。
昼ドラの相手役の男は男前なのに優柔不断な男が多いですけど、決断力があると見所の修羅場にならないので、致し方のないことなんですかねぇ。

南国育ちの桐乃さん。初の夜桜見物ですね、桜は気分を高揚させる作用?があるような気がします。一気に恋の進展がありそうですが?
疲労の蓄積がある中の夜風は波乱の予感?

日差しの割には冷たい風が吹いたので、体調管理、服装の選択が難しいですね。

こんにちは。
日本人には馴染み深く当たり前の桜、お花見ですが、桐乃ちゃんには不思議な世界に感じられるかも……ですね。夜桜の妖しい美しさ、波乱の予感にドキドキワクワクしてしまう、メロドラマ大好きなワタクシです(笑)
医療の勉強は大変だと思います。どんな仕事もそうでしょうけれど、命に直結しますからね。何事も身体が資本、ムリは禁物なので、まわりに甘えて時には適度に息抜きしてほしいです。見張り員さまもですよ~ムリはいけません! 出来るだけゆっくりやすんで下さいね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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