2017-10

私の新しい人生乗せて、飛べ紙飛行機。 - 2016.05.08 Sun

娘は、それに一途なあこがれを持っていた――

 

娘は、少し前に産業奨励館の前の川端で出会った海軍下士官嬢にずっとあこがれていた。だから(あと二年くらいしたら、絶対海兵団に入団する)と決めていた。

そしてそんな思いはだれにも言わないで胸に秘め、住み込みで働く料亭の仕事を毎日懸命にこなしていた。料亭の旦那と女将は当初、娘が大きくなったら遊郭へ売るつもりらしかったが娘が予想より店の役に立つことなどからそれをやめ、自分たちの店・料亭でずっと働いてもらうことにしたのだった。

母を亡くし、父はどこかへ出奔してしまい幼い弟さえ里子に出され行方知れずの娘ではあったが(いつか絶対弟を探し出す)と心に決めていた。

 

そんなある日。

夏がそこまで来ていて暑い日であった。

娘はその日も、女将から言いつかった買い物をしてその帰り道を産業奨励館の前の道に選んでいた。あの日―若くきれいな海軍下士官嬢を見かけたこの道。

娘にとって、海軍に入りたいという気持ちを起こさせてくれた決意の場所でもある。娘は産業奨励館を見上げ、そして右手の川面を見つめた。

川風が気持ちよく吹き、娘は深呼吸した。

すると背後から娘に声をかけてきたものがいた。びっくりして振り返る娘は次の瞬間

「三河さん!」

と大声を上げてしまっていた。娘の振り返った先には純白の二種軍装に身を包んだ海軍士官嬢が数人の仲間と立っていた。店の大事な客の一人である。

三河と呼ばれた中尉嬢はにこやかに娘に近づき

「久しぶりだね、もう三年は経っただろうか?――大きくなったなあ。そして綺麗になりましたね」

と言って娘は恥ずかしそうに微笑んだ。そしてすぐ顔を上げて士官嬢を見上げて

「三河さん、これからどこかにいらっしゃるんですか?」

と尋ねたのへ三河少尉は左右に立つ仲間を見て

「昨日から一週間の休暇でね。これから店に行かせてもらおうと思ったところなんだが。ちょうど昼になるから…、いいだろうか?」

と言って娘は喜んだ。

 

娘が海軍士官嬢たちを店に連れてゆくと旦那も女将もとても喜んで「さあさあどうぞ、お疲れ様です」とねぎらいながら奥の一番いい部屋をあてがった。そして娘に「お前が海軍さん方をしっかりおもてなししなさい」と言いつけて、娘は喜んでその言いつけに応じた。

娘が注文の酒など運んでゆくと三河中尉が仲間を見て

「この子はずっと幼いころからここで働いているんだ。しかも不平不満を一言も言わないで。大したものだろう、今ではこの店になくてならない存在となっている」

と教えた。皆、ほう!と身を乗り出しそのうちの一人の川口中尉は

「私の末の妹と同じくらいの年頃だ。私の妹はわがままいっぱいでどうしようもないやつだからこの子の爪の垢を煎じて飲ませたいな」

と言って娘の顔を見てほほ笑んだ。宮園中尉、福沢中尉もうなずいた。

料理が次々運ばれ中尉達は舌鼓を打ち、「やっぱり内地の飯はいいなあ」と実感こもった声音で言った。お櫃からお代わりを飯茶碗によそってやりながら娘はふと

「三河さん。私…そう遠くないうちに海軍に志願したいんです」

と言っていた。三河中尉は飯茶碗を受け取りながら「海軍に…。またどうして?」と尋ねた。すると娘は真剣な顔を上げて中尉達を見つめると

「確かにここの旦那様も女将さんもうちを良くしてくださいます。…ほいでもうち、別の世界も見とうなったんです。うちはこのままずっとここで働くだけなんじゃろうかと思うたらなんだか変な気持ちになってしもうて。うち時々思うんです、どこかにもう一人のうちが居ってそのもう一人のうちはやりたい事何でも好きなことをやっとるうちがおるんじゃないかって。ほいで」

と、前に出会った若い海軍下士官嬢の話をした。

「うち、あの海軍さんが素敵じゃ思いました。今まで他人さんを見てもそんとな風には思わんかった。うちにとって他人さんはうらやましくて手の届かん存在じゃったのにあの海軍さんを見たときはっきり〈うちもああなりたい〉って素直に思えました。颯爽となさってこれが、この人が日本を守る兵隊さんの一人なんじゃって。うちもそうなってみたい。そう思わせてくれたあの海軍さんに逢いたい…うちも一緒に大きな海に出て日本を守る仕事をしたい、そう思うたんです」

娘は一気に語った。

三河中尉達は黙って娘の話を聞いていた。

やがて三河中尉は娘の顔を見つめ「あなたの話はよくわかりました」と言った。娘はやや不安げな顔になった。が三河中尉は笑みを浮かべると

「海軍はなかなか厳しいところですが、あなたならできるでしょう。やってみなさい。呉に海兵団がありますから募集の広告を見て応募なさるといい。―いやあ、私たちにとってもうれしいことだ、ねえ!」

といって川口・宮園・福沢の三人を見ると三人も

「ああそうだ!私たち海兵団出身者の後輩になる人だ、がんばれよ」

と口々に励ましてくれた。

三河中尉は

「そのことをあなたはここの旦那やおかみさんにはまだ言ってはないのだね?」

といい娘は「はい、なんだかお二人に悪うていいだせんのです」とうつむいた。中尉達はこの娘が義理堅い性格の持ち主だと見抜いた。

「なら、三河中尉」

と福沢中尉が

「我々で口添えしてやろうじゃないか。それならここの旦那も女将もいかんとは言えまい?どうだろう」

と言った。川口中尉宮園中尉も賛成し、三河中尉は満足そうにうなずいて

「ではそうしよう…そうだなではいつが良いか?」

と少し考えたが川口中尉に

「善は急げというぞ、きょうなら今日のほうがいいかもしれん」

と言われ「では、旦那と女将を」となり、店の旦那と女将が呼ばれてやってきた。旦那も女将も海軍士官の呼びつけに

「何か粗相がございましたか」

と真っ青になってやってきたが三河中尉の話にほっと胸をなでおろした。旦那は娘を見つめて

「そうだったんか、ほんならやってみたらええよ。あんたなら立派な海軍さんになれるで!言うて…あんたがおらんようになると寂しいが、がんばりや!そうとなったら二年三年先言うとらんで早いことしたらええよ」

と言って女将も

「えかったねえ、自分のやりたいことが見つかって。募集がかかったらすぐに行ったらええ。あんたの身元はうちらが保証するけえ、心配しんさんな」

と言ってくれた。

娘は感激にほほを濡らした、そして

「ありがとうございます、旦那様女将さん。でも、ええんでしょうか、うち。そんとな勝手な真似をして」

と言ったが旦那も女将も、

「なにいうとんね?今まで何年も働いてくれたじゃないね、礼を言うんはうちらのほうじゃで」

と言って娘の背中をやさしく叩いて笑った。

その三人を中尉達は優しく見守る。

 

その夜は店に泊まった中尉達、娘はその日の仕事が終わると中尉達の部屋に行き海兵団や海軍の様々な話を聞いて

「うち、絶対頑張ってやります。じゃけえ見ていてつかあさい」

としっかり宣言した。力強いその言葉に三河中尉は感激し「何か困ったことがあればここに連絡してきなさい」と言って裏に連絡先の書かれた名刺を渡した。

渡された名刺を大事に懐にしまって娘は

「ありがとうございます!」

と心からの礼を言い、その場に頭を下げた。

 

翌朝、三河中尉達を産業奨励館そばの市電乗り場まで送っていった。

ありがとうございます、皆さんともう一度礼を言って娘は四人の中尉を見つめた。宮園中尉は見つめられて少し恥ずかしげな顔になった。

三河中尉は

「試験まで体を大切に。自信をもってあたりなさい」

と言って川口中尉が「そうそう、自分が一番だと思ってやれば間違いない」と言ってほほ笑む。福沢中尉も「がんばれよ」と言って娘の頭をゴリゴリ撫でた。

やがて市電がごとごと音を立てながらやってきて停留所に停まった。車内に入った四人は窓から顔を出して手を振った、そして

「じゃあまた会おうね。元気でしっかり頑張れ」

と言った時市電がごとんと動き始めた。三河中尉さん、と小さく叫んで走り出した娘に三河中尉が叫んだ。

「しっかりやれよ、自分の人生切り開け!」

そして四人の中尉は敬礼して叫んだ。

「鈴原凛さんに敬礼―ッ」

 

産業奨励館の前の川の上の青い空、誰が飛ばしたか白い紙飛行機が一つ風に乗ってぐんぐんと飛んでいた夏の日のことであったーー

 

          ・・・・・・・・・・・・・・

「一筋の光」の娘のお話でした。やりたいことはたくさんあるけれど奉公人であるがゆえにそれを飲み込んでいたのですがやはりどうしても海軍に入りたい気持ちはあきらめきれなかったのです。そして店のお客である海軍軍人との再会が思いがけなく道を開きました。

鈴原凛という名前の女の子を覚えておいてやってくださいね。「一筋の光」はこちら→haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-1063.html

 

AKB48「365日の紙飛行機」

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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
熱望はきっとかなう…今も昔もかなえたい夢を持っている人への応援として描いてみました。

「一筋の光」の彼女はきっとたくさんいたことでしょう。
もりんさんのお母さまのご苦労はまさに筆舌に尽くせぬものだったのですね。お母さまの腕一本でごきょうだいのお世話をする…今の人には思いもよらないことでしょう。
そういう時代もあったのだよ、と今を生きる人に教えてあげたいですね。
生きるに大変な時代もあったのだよ、と。

こんにちは

自分の希望が叶う。。。よかったです。

「一筋の光」は、読んで涙がでてきました。
きっとこういう女の子は、あの時代にいっぱいいたのではないでしょうか。

話は違いますが、私の母も苦労しました。
父親(私の祖父)が早く亡くなり、お嬢様育ちの母親(私の祖母)は何もしないので
私の母は洋裁で家計を助けて弟や妹の世話をしました。

なんとなくその時代を想像して涙がでてきました。

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
お返事遅くなってごめんなさい。

ponchさんのお祖母様、筆舌に尽くせぬ人生であったようですね。
自分で自分の人生が選べず人の言うなりとは…今の時代では「うそでしょー」と一言で終わりでしょうけど当時はそれがどれだけ重いものだったか…
むかしの女性は誰しもが重いものをもって生きていたのですね。

鈴原凛。
彼女は今後どう生きてゆきますでしょうか、どうぞ見守ってやってください!

No title

鈴原凛さんを思わず明治生まれの祖母と重ね合わせて見てしまいました。
祖母は明治生まれですから凛さんよりは歳上になりますけど。

凛さんには里子に出された弟がいるとのことですが、祖母にも母親(自分にとっては曾祖母)の再婚相手との間に生まれた弟がいたので、他人とは思えませんでした。
里子に出されたのは前夫の子供の祖母の方でしたが。

実父と死別して以来実母からは虐待されて里子に出された祖母は、喜寿で死ぬまで結婚相手も自分で選べない人生だったので、凛さんには是非とも夢を叶えて自分の人生を生きてほしいと思います。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
きっと実際の産業奨励館の前でも希望に燃えて語り合ったり笑いあったりした人が居たと思うんですよね。そんなささやかな希望さえ突然絶った原子爆弾を私は許すわけにはいきません。アメリカがどんな理由をつけようともこれは人類に対する大きな罪でしかありません。

鈴原凛のこれからを見ていてください。驚きの成長を遂げますよ!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
いやいや、私もこれほど大きな器も度量もありませんから(;´Д`)…。ここまでできたらまさに神か仏ですよね。
新しい第一歩を踏み出す怖さ、そして期待。
そんなときもあったなあ~と思い出しますね^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
強く念じていれば夢はかなう。まさにそれですね^^、そして皆から愛される人柄も幸いしました。鈴原凛さんきっと素晴らしい海軍軍人になるでしょうね。

広島市の産業奨励館。
またの名を〈原爆ドーム〉…
あの町が、原子爆弾を受けなかったらどんな街として今に残っていただろうと考えるときがあります。一瞬にしてついえた街に私は限りない愛着を覚えます。
戦争は絶対いけません。私もそう思います。特に新しい命を迎えるとその思いが一層深くなりますね。反目しあっていてもいい,戦端だけは開いてほしくない。
そう思います。

我が家の前の街道沿いのケヤキ並木の緑が美しくなりました。おかげさまで体調はだいぶ良いです、ありがとうございます。新緑を愛でながら心穏やかに過ごしたいと思います。

おはようございます。
>産業奨励館
ああ、どうしよう……と思いましたが、悲劇の前の出来事でホッとしたと同時にこういう夢を見つけて前に進もうとする人たちを奪っていったのだと思うと……。
出逢いのときめき、夢の道筋、希望の光……どんな時代でもそれはあったのだと、これからもあるのだと信じたいです。
よいお話をありがとうございました!

No title

新しい門出を後押しさてくださった旦那さん、女将さんの器の大きさにおいらとの人間力の違いを見ました。
どのような決断であれ新しい一歩を踏み出すというのは勇気のいることであります。

No title

憧れや夢が現実になる瞬間を垣間見た思いです。それもこれもみんなの厚意の賜物ですね。きっと素晴らしい海軍さんになることでしょう。
しかし運命というものは分かりませんね。
この産業奨励館があの……。
運命の分かれ道で片方を選んだ娘さんは難を逃れることができたでしょうが、かわいがってくれた旦那さんや女将さんは街や多くの人もろとも犠牲になったのですから。
戦争は絶対にやってはならないと子供ができた時に思い、そして更にその思いが深くなった今年5月の我が家になりました。

深緑が目に映る季節になりましたね。体調は如何ですか。決して無理なさらぬようにゆるゆるとお過ごしください。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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