山中副長恋し 3

佐藤副長がハッシー・デ・ラ・マツコを蹴り殺したという話はあっという間に艦内に広がっていった――

 

「まさか、なんで佐藤副長がハシビロを?

防空指揮所でその話を聞いた桜本兵曹・オトメチャンは呆然としてつぶやき立ち尽くした。たまたま居住区にいてその騒ぎをじかに聞きつけた石川二等兵曹は桜本一等兵曹に

「ようわからんのですが、なんでもハシビロたちが佐藤副長に近寄ったらなんぞわめいて副長がハシビロのお腹を蹴って殺したんじゃそうです。そんとなことをする人には見えんかったですが、人というものは見かけによらんですねえ」

と言って悲しげに腕を組んだ後「こげえなことが山中副長のお耳にはいったら、山中副長はさぞお悲しみになりましょうなあ」と言ってうつむいた。

桜本兵曹は「ほうじゃねえ、こんな話がお耳に入らんよう祈るしかないな。そうでなくても大事なお体じゃけえのう、何とかええように済んだらええが…。しかしほんまにハシビロを蹴り殺したんか?佐藤副長は」と言って「ちいと下へ行ってくるけえ」というと石川兵曹をその場に残して〈事件現場〉に足を運んだ。

 

オトメチャンが〈事件現場〉に到着すると、そこではまだ佐藤副長が床に付して泣いている。そしてマツコも床にあおむけに倒れ、そのマツコにトメキチとニャマトが取りすがって泣いている。そしてその横では畑軍医大尉が一所懸命にマツコを蘇生させている。そのそばに麻生中尉がいるのに気が付いたオトメチャンはそっと人垣をかき分けて、

「分隊士…」

と麻生分隊士に寄ると声をかけた。ああオトメチャンと返事をした麻生分隊士にオトメチャンは

「ハシビロの容態はどがいなです?」

と小声でささやいた。麻生分隊士が何か言おうとしたその時、廊下の向こうから大声―まるで地鳴りのようなーがとどろいてきてその場に皆はびくっとして身を固くした。

果たしてその大声の主は松岡修子海軍中尉で彼女はラケットを今までにないほどぶん回しながら

「誰だだれだ!!私の鳥くんを蹴り殺したというのはだれですっ!これこの場に出頭しなさいッ!私がこのラケットで成敗してくれるわ!!

と怒鳴っているのだ。その顔はこれまた今まで見たことがないくらい怒っていて仁王様か阿修羅像か、そんな様相である。

その松岡中尉を繁木航海長が「待て、落ち着いてちょうだい松岡中尉」と後ろから抱きかかえた。松岡中尉は顔だけ後ろに向けて悪鬼のような顔で繁木航海長をにらみつけ

「これが落ち着いていられるかってんです!私の大事な、大事な鳥くんが…鳥くんがあああ!」

というなりこんどは大泣きし始めた。その場にうち伏して泣く松岡中尉に、繁木航海長が

「まだ死んだと決まっていない、いま畑大尉が診察してくださっている。落ち着いて待て」

と言ってその背中をさすった。

その場に集まった艦長以下多数の士官准士官下士官兵たちは、畑大尉の様子をじっと見入っている。畑大尉はマツコの胸に聴診器を当てたり胸をマッサージしていたが、「おーい、鳥くん。目を覚ましなさい」と呼びかけた。

皆がマツコに注目した…と、マツコがその目を開けた。皆がおおっ、とどよめいた。マツコはあおむけに寝たまましばらく天井を見上げていたがトメキチとニャマトが「マツコサン、大丈夫?どこも痛くないの?」という声にやっと我を取り戻し、視線を二人に向けた。そしてさらに周囲を見回した後

「アタシどうしちゃったのかしら…。なんだかみんな、大勢集まってるじゃない?何があったの?

と訳が分からないといった様子である。そこでトメキチが、佐藤副長に蹴られてこうなったのだと教えてやった。

マツコは「…そうだったわね…」というと体を起こした。松岡中尉が顔を上げて

「鳥くん!!生きていたんだね~~」

とマツコに抱きついて泣く。その松岡中尉の頭を大きな翼で抱え込んでマツコは

「アタシの松岡~~、泣いてくれるのね」

と感激したがよく見れば周囲の士官も下士官兵も、皆泣いている。そして口々に「ハシビロ、生きとってじゃ」「えかったわあ」などと語り合っている。

マツコの目に、涙が浮かんだ。(みんなアタシを心配してくれてるのね)

そしてさらによく見れば佐藤副長が、その場にうち伏してどうしようどうしよう、私は殺生をしてしまったと言って号泣している。そしてその横に藤村少尉が立って、とても怖い顔で佐藤副長をにらみつけている。

藤村少尉は、マツコが起き上がったのも気が付かぬか、ずっと佐藤副長をにらんでいる。そして

「私は弱いものにこういう残酷なことをするあなたが許せません。か弱い鳥を蹴り殺してうれしいですか楽しいですか!」

と大音声を発した。皆がそちらを一斉に見つめた。藤村少尉はぶるぶる震える両手を握りしめ

「中佐のあなたにこんなことを言えばわたしは軍法会議にかけられそれ相当の処分をされるでしょう、そんなの私は怖くありません。私は、私は」

とそこまで言うと急速に顔色を白くしたと思った次の瞬間、その場に昏倒していた。

「藤村君!」「藤村少尉―」

皆が叫んで駆け寄り、日野原軍医長は藤村少尉を担ぎ上げると「畑君、ハシビロのことは頼みましたよ」というと一散に医務室へと走り出していった。

繁木航海長のほか数名がそのあとをついて走ってゆく。

 

その場に残った一人の梨賀艦長は、まだ伏して泣いている佐藤副長のもとに膝をつくとそっとその肩に手をかけ

「佐藤中佐。私の部屋にいらっしゃい…藤村少尉が気を取り戻したら一緒に話をしよう」

と言って彼女を引き起こした。佐藤副長は艦長の言いつけなので、素直に立ち上がり歩いてゆく。ハシビロのマツコはもう平気なのか、「艦長…佐藤さんをどうするつもりなのかしら。アタシ気になるわ…行くわよ、トメキチニャマト」というと歩き出す。松岡中尉がその後姿を見て、畑大尉に「平気なんでしょうか私のハシビロは!?歩いたりして…お腹を蹴られたと聞きましたが」と心配そうに尋ねている。

畑軍医大尉は「いや、蹴られたと言ってもそれほど強くなかったようだね。ただハシビロは突然のことで驚いて気を失っただけだろう。だから、大丈夫!」と言って松岡中尉は安心した。そして

「それにしても佐藤副長はどうなさったんでしょうねえ。藤村少尉、とても怖い顔でにらんでましたが、どっちも熱くなりすぎですよ。適度に熱くならなくちゃいけませんよ!」

と言って、畑軍医大尉は「ほう、熱血の松岡中尉もそんな風に思うときがあるんだねえ」と言って笑った。それを少し離れてみていた麻生中尉と桜本兵曹たちにも、微笑みがこぼれた。

 

佐藤副長は、梨賀艦長の部屋に入り艦長手ずから淹れた紅茶を飲んだ。興奮が徐々に覚めると、さらに(とんでもないことをしてしまった)という思いがわが身をぎりぎりと責めてくる。

そして『大和』に再乗艦してからこっちを冷静に思い返してみた。

(確かに私は…あまりに自分を押し通しすぎた)

そう、思い当たった。(それに私はいい気になりすぎていた。その思いがあの大きな鳥を蹴らせてしまったのだろう。あの鳥には本当に悪いことをしてしまった)

副長の瞳が潤み、大粒の涙が流れだした。梨賀艦長は静かにそれを見つめるだけ。佐藤副長は、紅茶カップをテーブルの上に置くと、両手で顔を覆うとつらそうな声で号泣した。

 

藤村少尉は、医務室に担ぎ込まれた後数十分で起き上がり、日野原軍医長から「艦長が艦長室でお待ちですよ」と言われ、艦長室へ向かった。

 

艦長室のドアをノックすると中からドアが開いて艦長が静かなほほ笑みを浮かべて「お入りなさい」と言い、少尉は中に入った。応接セットのソファに佐藤副長が座って泣いているのを見て、藤村少尉はやや驚きながらも「座りなさい」という艦長の指示に従い、佐藤副長の隣のソファに腰を下ろした。

藤村少尉がソファに落ち着くと、艦長は藤村少尉を見て

「藤村君。あなたの思っていることを、さっき私に言ったことをもう一度ここで言ってみないかな?」

と言った。

藤村少尉は、「えっ…」と言って言葉が詰まったようだ。先にこの部屋で艦長にぶつけた言葉の数々、しかし冷静になってみればなんだか恥ずかしいような気がしてきて、

「いえ。あの、艦長。もういいんです」

と消え入りそうな声で言った。しかし艦長はまっすぐに視線を藤村少尉と、まだひくひく泣いている佐藤副長に当てて

「いいなさい?物言わぬは腹ふくるる思いというだろう?それにいい機会だ、お互い思っていることをさらけ出すといい。ここでは階級を気にしないで話しなさい。そして思っていることを吐き出したら今後どうしたらいいか、建設的な話し合いを持ちなさい」

といい、二人をさらに静かに見つめる。佐藤副長、そして藤村少尉は互いを遠慮がちにちらちらとみていたが、思い切って藤村少尉が口火を切った。

「佐藤副長、私の思いのたけをお話ししますー」

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・

マツコ受難!どうなることかと思いましたが大したことがなかったようで何より。それにしても松岡中尉の取り乱し方はすごいものが。それだけマツコたちを愛しているんですね。

そして艦長室に呼ばれた佐藤中佐と藤村少尉。どうなりますか次回をご期待くださいませ。

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Secre

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
マツコサン、危なかったです。佐藤副長、我を忘れていたようでその辺の制御はしっかりできていたのでしょう。よかった^^。
エクソシストの一場面…(;'∀')…ウホホ…。

いい方向に進んで寄り寄り関係が築けるよう、祈ってやってくださいませw。

マツコさん驚いて気絶しただけで、とりあえず骨折等はなくてよかったです。鳥は骨がスカスカな構造ですから、打撃は命に関わる攻撃。
繁木さんに取り押さえられた松岡さんの後ろ振り返るシーン、思わずエクソシストのあの場面が脳内再生しました。
腹を割った話し合いが良い方向に進むといいのですが、激しい応酬がありそうな気がします。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
このたびはご心配をおかけしてごめんなさい。本日検査の結果が出て『シロ』でした!なんだかほっとしたらとてもお腹がすきましたw。
拾った命と思って大事にせんといけんですね。本当にありがとうございました!

マツコも無事でした。あとは佐藤さんと藤村さんですが、修復のカギは艦長にあり…みたいですね。どうぞお楽しみに。

昨日はやけに暑く、今日は風邪の涼しい一日でした。明日は雨とか…そちらはいかがですか?にいさまも御身大切になさってくださいませね。

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
大事なマツコに何もなくてよかった、万一のことがあって山中副長に伝わったら大ごとですから(-_-;)。
今後はどうなりますか、まあ二人は分別ある軍人ですから何とかなるでしょう…

マツコ、大事に至らず良かった。そして誰もが思いを寄せてくれていたことに気付けた。
マツコにも佐藤さんにも藤村さんにも災い転じて福となりそうですね。
こじれた糸を元に戻せる裁量を持っているのは艦長。次回が楽しみです。

昨日の東京は随分暑かったようですね。体調を心配しています。
今朝は無事の祈りを捧げて一日を始めています。

取りあえずマツコが大事に至らなくてよかったですね。
問題は佐藤さんと藤村さんだいぶこじれてるような気もしますが、
仲直りできるんでしょうか。
大事に至らなかったとはいえ、マツコのことでこの後も
わだかまりが残りそうな気がします。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
不死身のマツコでございますw。松岡中尉とも今までより強く心がつながれたようですが問題は佐藤さんと藤村さんの間柄。仲直りできないとこの先つらいですから何とか仲良くさせたいと思っております。

「マルレ」陸軍の特攻用舟艇、海軍にも「震洋」というのがありましたがどちらもなんだか言葉を失う兵器です。そこまでしなくてはならなかったのだ、と思うときそれを駆って逝った人たちの心の叫びを感じます。

いつもご心配をありがとうございます。今日は暑かったですね(;´Д`)、そのせいか久々にめまいを感じましたw。オスカーさんもご無理なきようねがいますね^^。

こんばんは。
マツコが無事で何より……松岡さまとの絆も深まってよかったですが、まだどうなるかわからないふたりが……縁あって同じ艦にいるのですから、うまく仲良くしてほしいです。
今日読んだ本で「マルレ」という特攻用ボートのことを知りました。ああ、本当になんという時代だったのかと思いました。
体調はいかがですか? 昨日、今日と暑かったですね。どうぞムリなさらずに…!
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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