2017-09

山中副長恋し 2 - 2016.04.23 Sat

「私は佐藤副長の下で甲板士官をやってゆくことはできません」と、藤村少尉は言ったーー

 

そう語る彼女と向かい合う梨賀艦長は静かに「どうしてかな?」と尋ねた、その途端藤村少尉はううっ、と嗚咽を漏らした。しばらく声を絞るようにして泣いていた藤村少尉だったが、やがて顔を上げ涙をふくと

「佐藤副長は許せません。佐藤副長は、私たちがー山中副長と私がー築き上げてきた巡検の仕方やその他もろもろを頭から否定しました。それはとりもなおさず、山中副長を否定することです。佐藤副長が前にこの『大和』にいて副長職にいたというのは知っています…でも山中副長を否定するようなこと私は絶対」

とそこまで言うとまた泣き始めた。

梨賀艦長は黙って藤村少尉を見つめている。

藤村少尉は防暑服のポケットからチリ紙を取り出すとそれで鼻をかんだ後涙にぬれた瞳を梨賀艦長にまっすぐに向け

「しかし佐藤中佐はここを離れて久しい人です。戻ってきたとはいえ、中佐がいらしたころとは多くが違っているはずです。その違いを御認めにならないで、いや、認めるどころかご自分のやり方を押し通すその強引さが私にはもうどうにも我慢がならないのです」

と言った。その表情には必死なものが現れていて、梨賀艦長は(これはちょっと難しいな)と思った。が、梨賀艦長は静かな声音で

「まあ…私も今までいろいろな艦を渡り歩いてきたから言えるんだが…副長や艦長が変わると、艦の雰囲気や日々のちょっとしたことが変化をきたすことはままあることだ。藤村少尉は『大和』が初めての乗務だったね。ならその辺の機微がわからなくても無理はない。つまりこういうことだ」

と、自分の経験を話してやった。

一時間半も話していただろうか、乗り出していた体を戻して梨賀艦長は藤村少尉の顔をもう一度見つめた。

藤村少尉は視線を下に落としたまま

「艦長がおっしゃりたいことはよくわかりました」

と言った。そうかそれは良かったといった艦長に藤村少尉は次の瞬間顔を上げると

「その辺のことは、よくわかりました…。しかし私は、佐藤副長を受け入れるのは…たぶん…できません」

と言った。「なぜ!?」とやや声が上ずった艦長に少尉は

「私はー山中副長が…恋しいのです!」

と叫ぶなり、あっという間に艦長室を飛び出していた。

後に残った梨賀艦長はしばらくぽかんとして閉まったドアを見つめているだけだった。

 

その晩遅くまで藤村少尉は、暗い甲板に出て月明かりにキラキラ輝く海を見つめていた。その脳裏には、山中次子中佐の面影が描き出されていた。

(山中副長…どうして、どうして艦を降りられたのですか)

そんなことを言ってもどうしようもないとは百も承知であったが、繰り返し心の中で問わねばいられない藤村少尉であった。

 

佐藤副長は、副長直属の甲板士官の藤村少尉が自分に対して不満や不平その他もろもろを抱えていることを知っていて、これまた呻吟していた。

(確かに、今まで山中中佐が築き上げてきたこの艦のやり方というものがあろう。そのすべてを否定するつもりはないが、私にだって私のやり方がある。それを解ろうともしないで私に反抗されても、私だって困るわ)

佐藤副長なりの苦しみがあった。

実をいうなら山中次子中佐と、佐藤述子中佐は海軍兵学校の同期である。二人は席次の一二を争う仲で、互いに練磨しあっていた。佐藤述子ががり勉タイプなら、野村(当時)次子はがり勉ではない。野村次子は少し考えただけでさらりと答えを出すほうであり、同級生からの信頼も厚かった。

そのころ佐藤述子は同級生たちが「佐藤さんも野村さんみたいに人当たりがもうちょっと柔らかいといいのにねえ。努力家で勉強ができるのは認めるけど、あんまり人から慕われるほうではないかもね。艦隊勤務になったら苦労するかもよ」とささやきあっているのを聞いて驚いたことがあった。

以来彼女の心の奥には、自分自身にはそうした意識がないものの野村次子への対抗心が生まれていた。海軍兵学校を佐藤は一番、野村は二番で卒業後、数年ののち風の知らせに野村次子は陸戦隊にいると聞いて、(フーン陸戦隊か。私は〈陸奥〉に配属。ウフフ、やはり卒業席次が上のほうが…ね)

とほくそ笑んだ。さらにその後佐藤は『大和』副長として輝かしい海軍軍人としての生活を送るに至った。そのころ野村は〈山城〉砲術長として活躍していたのだが、佐藤が〈大和〉に乗っているという自慢と誇りの絶頂のころ突然「佐藤述子中佐、海軍砲術学校教官に任ズ」という辞令が来て「まさか!なんで私が学校勤務に?」と悲嘆にくれた。

そして自分が『大和』を退艦ののちにあの野村次子が乗艦してくると聞いたとき(なぜ?なぜなの、なぜなのだ)と絶望にも似た気分になったのだった…

そのうえ、(私より先に結婚なんかして)。

しかし大人として、海軍士官としてみっともないところは見せられないと旧知の仲・山中次子の退艦の際、しっかり握手をして引き継ぎをし、そして別れたのだった。

(そうよ。私は彼女に嫉妬してるのよ)

佐藤副長は唇をキッとかみしめた。

 

そのころにはやはり佐藤副長に心を開けず、逆に不信感さえ抱いている一部の将兵嬢たちが佐藤副長に嫌がらせをするという行動に出始めていた。

佐藤副長が来ると、それまで談笑していたのが急に話をやめ背中を向けたりすれ違いざまににらみつけたり、ひどいのになると佐藤副長のいるそばで

「あーあ。山中副長がいらしたころのほうが艦の雰囲気がえかったなあ」

などと聞こえよがしに言う。

「ほうじゃのう。山中副長も厳しかったがほいでもみんなと打ち解けてくださって、一緒に酒飲んだりして楽しかったのう」

「ほうよ。ほいでなんぞことがあったときは山中副長は自ら飛び出してうちら兵隊を守ってくれたもんじゃが」

「今度の佐藤副長、信じてええんじゃろうか?なんかあん人は兵学校出以外は軍人じゃない…みとうな顔をしとって信じられん気ぃがするわい」

そんな話を副長のそばでして、佐藤副長はざっくりと心をえぐられるような気になった。

(私は…それほど信じてもらえてないのか)

兵隊嬢たちのあざけりの言葉を背中に受けながら、佐藤副長はただ立ち尽くしていた。

 

そんな佐藤中佐をハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、ニャマトは痛ましそうに見つめている。マツコが

「ねえちょっとあいつらひどくない?佐藤さん気の毒よ…あたしたちで慰めてあげない?」

と言いトメキチニャマトも賛成した。

そこで三匹は、立ち尽くしている佐藤副長のそばに行くと

「佐藤副長。あたしたちと仲良くしましょう」

とあいさつした。その様子を将兵嬢たちがじっと見つめている。マツコがその大きな翼を広げ、

「どうぞよろしく、アタシはマツコ。ハッシー・デ・ラ・マツコよ」

と言った次の瞬間。

「うっとうしい!なんだ貴様らけだものが、私を慰めようなんぞいい気になるな!」

というなりマツコのお腹を蹴飛ばしたのだった。ギャ!と叫んで転がるマツコ、「マツコサン大丈夫!」「ギャマド!!」と、トメキチとニャマトが叫ぶ声。

そして将兵嬢たちが「佐藤中佐がハシビロを蹴り殺した!おおごとじゃあ!」と叫び、その場は上を下への大騒ぎになった。

それを聞きつけ

「いったい何を騒いでおる!」

と走ってきた藤村少尉はその場の異様さに息をのんだ。佐藤中佐がみつめる先にはハシビロが床に転がって目を閉じたまま。

そのハシビロにトメキチとニャマト、そして数名の将兵嬢たちが取りすがり「ハシビロ、しっかりせえ!」とか「死んだらいけん!」と言って半泣きになっている。

藤村少尉に気が付いた一人が佐藤中佐をびっと指さし

「藤村少尉!佐藤副長はせっかく仲良うなりたいと寄って行ったハシビロに〈うっとうしい〉、〈けだものが慰めようなんぞええ気になるな〉いうて蹴り殺しました!」

と言って喚き散らした。藤村少尉は最初呆然と転がったままのハシビロを見ていたが、その視線を佐藤中佐に移すと

「佐藤中佐…あなたどうしてこんなひどいことをなさるんですか。この鳥たちは『大和』のマスコットですよ?山中中佐も大事にされていた、そして艦内の皆から愛されていたマスコットをあなたは蹴り殺した…これは重罪ですよ!」

と叫んだ。

佐藤副長は、ぼうっとしたような瞳を宙に泳がせていたがやがてはっと我に返ると

「私…私なんてことをしたんだろう…どうしよう、どうしたらいいんだろう」

とつぶやくと頭を抱えるようにしてその場にへたり込み、そして大きな声で泣きだした。

 

将兵嬢の通報で、医務科から日野原軍医長と畑軍医大尉が駆けつけて、やがて森上参謀長そして各科長、梨賀艦長も駆けつけてきたーー

 

 (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・

単なる「山中ロス」かと思ったらなんだか佐藤中佐虐めのような展開に。しかも中佐は慰めに来たマツコを蹴ってしまいました。マツコの運命は、そして佐藤中佐はこの後どうなるのでしょう?

緊迫の次回をお楽しみに!


海軍兵学校生徒館(現・海上自衛隊幹部候補生学校) WIKIよりお借りしました
海軍兵学校生徒館

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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんおはようございます
お褒めのお言葉をいただきましてありがとうございます。〉チリ紙 、なんだか時代を感じますよね。最近あまり見なくなりましたし…ね^^。
ここを感じ取ってくださってうれしいです!!

佐藤さんも悪い人間ではないんですが、比較されることなどに極端に疲れてしまったようです。みんなでおおキック手を広げて迎えてくれるといいのですが…
次回をご期待くださいませ!

むつかしい状況ですね。

人間関係の複雑奇怪が、とてもわかりやすく描かれていますね。

佐藤さん、ほんとうは、デリケートなのでしょうね。
比較されたくないけど、比較される・・・これはきついですよ。
ちょっと、ココロが折れかかっている状況のようですね。

藤村少尉の<ポケットからチリ紙を取り出すとそれで鼻をかんだ>
こういう文章も好きです。
チリ紙というところで、背景がわかるし、感情がうまくでているように
思いました。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
順番があとさきになってしまいましたごめんなさい!

マツコ、いきなりの蹴りを食らって昏倒!!さあどうなる…彼女が倒れてしまったらこの物語の面白さが半減してしまいます(;´Д`)。まあ、不死鳥マツコですから平気でしょうが、性格が変わったら?これまた面白いかもw。

そうですね、今の時期ってこういう悩み多いでしょうね。私も新しい人との人間関係で悩んだのを思い出しました。職場などの人間関係で悩んでいる人、決してあきらめたり投げやりにならないでくださいね!

というわけで次回をお楽しみに^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
なんだかまさにくそパッキン同士の激突状態になっていますが、一番の被害者はハッシー・デ・ラ・マツコでしょうね。可哀想に。

同年代って変なところで対抗心燃やしますから佐藤副長も、海兵同期の次ちゃんに「女」としての部分での対抗心も燃やしたのでしょう。
ああ困ったもんだ。

さあどうなりますか、梨賀さんも気の毒です。

ponchさんへ

ponchさんこんばんは
めちゃくちゃこじれてまいりました…(;´Д`)。
マツコ、心配ですね。彼女に何かあったらどうなるのでしょう?
そしてこの後マツコを腰ぎんちゃくにしてる松岡中尉が飛んできます、さあ大変!
佐藤副長、絶体絶命…?

なかなかにカオスな状況ですね。藤村さんも頑なさもさることながら、佐藤さんの同期の次ちゃんに対する対抗心も問題を難しくしてますね。

まあね、おいらも同年代とはそれなり対抗心ありまして、ついついその動向を気にしてしまいます。特に海軍さんはハンモックナンバーでかなり出世が左右されてくるようですから、佐藤さんにしてみれば次ちゃんにいろいろ先を越されていることが、影を落としてますね。次ちゃんも結婚前こそ慕われてましたが、昔は嫌われ者キャラでしたから。

マツコさんの容体も気になりますが、彼らを敵に回してしまうと、ますます佐藤さんの立場は厳しいものに、梨賀さんの悩みは募るばかりですな。

おはようございます!
ああっ、私のマツコがぁ……図太いとはいえやはり鳥なのでケリなど入れられては……ちょっと性格が変わるかしら?(笑)
今の時期、転勤などで同じような悩みを抱えている人がいるかもしれないですね。どちらも少し歩みよれないのかと思ってしまいますが……人の気持ちは難しい~!

思いの外こじれてますねー┐('~`;)┌
佐藤さん、自分より弱い動物に八つ当たりはいけませんよー。
今回は艦内の軋轢より、マツコが気になりますねー。
マツコさんどうなっちゃうんでしょう。
仮に大事が無かったとしても、この一件で佐藤さんと将兵嬢との
軋轢がよりひどくなるのは目に見えてますよねー┐('~`;)┌

佐藤さん、どうなるのか次回が気になりますね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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