2017-10

七十一年目の四月七日、そして桜。 - 2016.04.07 Thu

この日がまたやってきた…

戦艦大和をはじめとする第二艦隊の戦没の日である。今までずいぶんと語ってきたが、相変わらず『大和』単艦で沖縄に出撃して行ったと思われるような表現のものも見かけられそれは全く残念の極みである。

私はあの「第二艦隊」の中で一番気になるのは前にも書いたが出撃途上で機関故障で落伍して、その後米軍艦載機の猛攻を受け、人知れず、味方のだれにもみとられることなく沈んでいった『朝霜』のことである。彼らがなめた辛酸、その死闘をいったい誰が伝えたらよいのか。

『朝霜』の名前さえ出てこない昨今にあっては『朝霜』の英霊たちも浮かばれまい。ゆえに私は『大和』もだが『朝霜』を決して忘れない。

 

桜が今年もきれいに咲きそろい、満開を迎えそしてそろそろ散り始めている。

桜は咲き始めからその最後まで折々の美しさを見せてくれる。つぼみのあのふっくりとしたかわいらしさ、ほころび始めの愛らしさ、そして花の開き始めの初々しさ。やがて満開の爛漫の美しさ、そして散りゆく潔い美しさ。

うちの裏にも桜の木があるが毎年目を楽しませてくれる。そして見るたび「日本人に生まれてよかった」と思うのである。桜のこの、美しさを理解できるDNAを持っているということに大変な喜びと誇りを感じるのである。

 

さてそんな桜の枝を今年も家人が何本か切って持ってきた。

私はある程度大ぶりの枝を切ることに何か―嫌悪感にも似た感情を持っていることに今年気が付いた。

それは、桜花爛漫の枝を持っている人の姿が、かつて同じように桜の枝をもって微笑みながら特攻に出て行った若者の姿を連想するからだと気が付いた。

戦局悪化した昭和二〇年の春に特攻隊員として出撃して行った彼ら(航空特攻、水中特攻他)は桜の咲いた枝を嬉しそうに持って機上の人となり、出撃して行ったまま帰らなかった。

その姿に重なるのである。

 

手折られた桜は「再生しない」。

その「再生(・・)しない(・・・)」桜の枝を託されて出撃してゆく特攻隊員たちは、その桜の枝に己を重ね「その(・・)こと(・・)」への覚悟と決意を固めた。手折られた桜の枝はその象徴であったのだ。

 

『大和』ほかが撃沈され、救助された将兵たちが乗った駆逐艦が佐世保に入ったときどこからか飛来した桜の花びらが艦を包むように舞った。救助されてのち絶命した将兵たち、あるいは艦上で戦闘時に亡くなった将兵たちの遺体が寝かされていた。その遺体に、まるでいたわるがごとく降りかかる花びらを、痛々しく見つめる戦友たち…。

彼らにとって、その花びらこそが「再生しない」ことへの象徴だったのだろうか…。

 

しかし彼らを忘れ去ることはできない。人はその死後、思い出されることで永遠の命を得るのだと私は思う。ならば私は桜を見るたび、彼らを思い出そう。

それで彼らが永遠の命を得ることができるのならば、私は毎年桜を見ては彼らを思い出そう。

 

私の脳裏には、桜の咲く九州の岸を右手に見ながらひたすら突き進む「第二艦隊」の姿が見えている。私の中の「第二艦隊」は沖縄に向けて死出の旅に出るのではなく、永遠の命を得るための航海に出ているのである。

 

桜(はな)と散る さだめに逝きし兵(つわもの)を

やよ忘るるな 日ノ本の民 (見張り員拙作)

 

桜はやはり、切らないでそのまま見ていたい。

DSCN1714.jpg DSCN1715.jpg
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● COMMENT ●

ponch さんへ

ponchさんこんばんは
そうなんです、昭和二十年四月七日、午後二時二十三分と言われています。
忘れてほしくないですね。そしてどうかするとあの作戦『大和』単独で行ったと思われがちなんですが一緒に『矢矧(巡)』『朝霜(駆)』『浜風(駆)』『磯風(駆)』『霞(駆)』『涼月(駆)』『冬月(駆)』『雪風(駆)』『初霜(駆)』の9隻が言ったということも覚えていてほしいと思うのです。

「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿」よくむかし、今は亡き祖母が言っていました。
その言葉も頭にありまして…口には出せませんでしたが、言いたかったですね!グググ・・・・!

4月7日って戦艦大和が撃沈された日なんですね。
自分はこちらのブログ見て初めて知りましたが、
日本人なら絶対に忘れちゃいけない日だと思いました。

自分のブログでも以前取り上げたことありますが、
桜の枝を伐るとそこから腐ってしまうから、
桜の枝を伐ったり折ったりしちゃいけないんですよね。
だから庭木には梅とか杏の木の方が向いてるようです。
たしか梅も杏も縁起のいい木だったと思いますし。

日本人なら「桜伐るバカ梅伐らぬバカ」は覚えとくべきだと思います。

酔漢さんへ

酔漢さんこんにちは
お久しぶりです、コメントをありがとうございます。

あの震災のあと、町はかつての面影も無くなってさらにかさ上げ工事で変貌を遂げつつありますね。慣れ親しんだ町の変わるさまを見るにつけ、あのすさまじかった津波を想います…。

7日は大雨だったのですね。こちら東京もえらい雨でした。あの日はだんだん遠くはなりますが逆に何か、近づいてくるものもあるような気がします。それが何か…正体はまだ見えませんが徐々に見えてくるのではないかと思っております。

七ヶ浜の桜。
70数年前にご祖父さまがご覧になったのと同じ色で今年も咲いたのでしょうね。ご祖父さまはどこかできっとご覧になってらっしゃいましょう。

「くだまき」、楽しみにしてます^^。ただご無理のなきようねがいます!!

通勤・・・・

毎朝、事業所へ向かう、そして仕事をする。
サラリーマンですから、至極当然です。
東日本大震災の傷跡を眺めるように車を走らせて。丁度、祖母の実家のあったあたりに嵩上げの住宅を建築中なんですね。そのそばを通ります。
祖父の実家は何とか建て替えられました。
日々、復興するのか復旧するのか、新しい街を作るのか・・・。
祖父、祖母、叔父、父の眠る墓石から見える位置にそれはあります。
今年は大雨でした。
線香も点けられず、花を生けられず、ただ傘を差しながらの合掌でした。
毎年、自身のブログで出会えた、ご遺族はどんな4月7日を迎えておられるのだろうか。この史実をご存知の方はどういう思いでおられるのだろうか・・。
そんな事を考えてしまいます。
七ヶ浜の桜が今日、七分咲になりました。
祖父が最後に見たのは、昭和18年の4月であったと推察しておるところです。
久しぶりにコメントしました。
「くだまき」は、本当にさぼっているよなぁ・・・。しばし、お時間を。
元気でいてね!

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
よく勘違い?されるのですがあの出撃は『大和』単艦ではないんですよね。
朝霜をはじめ、矢矧など沈みました。生き残って佐世保に帰れた駆逐艦は四隻、どのどれも完全に無事な状態ではなく「涼月」に至っては機関がやられ後進でようやっと、佐世保についてそして着底してしまったという話です。

特に朝霜については、誰もその最期を見ていない。見ていたとしたら米軍だけというその悲しさに感じる部分がたくさんあります。

桜はやっぱり、樹に咲いているのが一番見ていて素敵ですね^^、美しさが引き立ちますものね♪

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
桜が咲き始めると心が浮き立ちます。そして開き始めると目が離せなくなります。先人たちが桜を見て世の無常を感じたように私も常ならざるものを感じます。
日本人に生まれてよかったと心から思います。
桜の花は、手折ってみるものではないですね。にいさまおっしゃるように無粋です。私には日本中の桜の樹には兵隊さんたちが座って世の移り変わりを見ているのではないかとさえ思うときがあります。ですからそういう気持ちもあって、切るのは嫌だと思うのです。

昨日のコメント、大変うれしくまた驚きをもって拝読いたしました。ありがとうございました!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
「艦これ」の良い影響が出ているといいなあと思っております。どんなきっかけでも知るということは大事なことですから「艦これ」で朝霜の一生、そして寂しい最期を知ってくれればいいなと思うのです。
だれにもみとられず、しかし奮戦し亡くなっていった小滝司令以下の皆さんを忘れないというのはとても大事なことですから、次の四月七日には朝霜のことも思い出してあげてほしいと思いますね^^。

朝霜

そうですね、大和だけではないのですよね。

朝霜の存在を忘れてはいけませんよね。
同じ、気持ちです。

私も桜は、木に咲いているのを眺めるのが好きです。

>桜のこの、美しさを理解できるDNAを持っているということに大変な喜びと誇りを感じるのである。
とても素晴らしい心であると思います。桜を見て心が震えるという美と感情の精神を持てただけでも日本人として誇れると思っています。
桜は見て愛でるもの。手折って家に持ち込むなど無粋だと思います。桜の花を潔い命に置き換えた兵隊さんに対してもむやみに切ったり折ったりはいただけませんね。

大和が沈んで71年。僕が生まれるわずか12年前のことだったのかと感慨深く思っています。
(ごめんなさい。大和沈没のコメント、あらぬ日にちに残してしまいました。粗忽者の真骨頂でした!!)

こんばんは。
今は『艦これ』の影響もあり「朝霜」の名前を知る人も増えたのではないでしょうか?

<あたいは夕雲型駆逐艦、その十六番艦、朝霜さ。よーく覚えとくんだよ。
戦況が悪化した頃にデビューしたんだ。でも、その末期の戦線を、文字通り縦横無尽に駆けまわったぜ。
やるだけ…やったさ!>

こういう方法で存在を知られるのが嫌な人もいるかもしれませんが、私はたくさんの人に知ってもらうことからはじめて、興味をもってもらい、調べて……忘れないこと、そして何らかの方法で長く語り継いでいこうとする人々が続くことを願っています。とても大切なことだと思います。見張り員さまがいつもいろんな方々のことを語って下さるので、意識する機会が増えて有り難く思っています。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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