お腹の子供は… 3

山中新矢大佐は、潜水艦を乗り継いで愛しい妻のもとへと――

 

そんなころ『大和』では副長の後任についての話が持ち上がっていた。

梨賀艦長は、森上参謀長以下の各科長を艦長室に集め、「山中副長は双子を懐妊ということで内地に帰還させる。今まで双子を妊娠した士官がいなかったので海軍省もびっくりしているらしい、それで出産後数年は艦隊勤務には戻れない可能性があるため、人事が副長の後任を決めると言ってきた。いつまでも黒多さんに兼務させるわけにはいかないし、空席では山中中佐も気が気ではなかろう…。誰になるかはまだ分からないが、誰が来ても快く迎えてやろうね」と言った。

皆はうなずき、しかし山口博子通信長が

「そうですか…おめでたい話でいいのですが、でも山中副長が艦を離れるとなると、寂しいものがありますね」

としんみりとした口調で言った。そうですね、私も寂しいですよと繁木航海長が言ったがその彼女とていつおめでたとなるかわからない、それも感じて

「少しずつ…仲間も変わってゆくのは仕方がないことだ。でもまた、山中中佐が副長として帰ってきてくれる日を待とうじゃないか」

と艦長は言った。日野原軍医長が首からかけた聴診器の先を手に取りながら

「そうですね…またいつか皆そろってここで会える日が来ますよ。繁木航海長もその時にはお母さんになっているかもしれませんね」

と言って航海長を見てほほ笑む。航海長はほほを染めてうつむいた。

それに、と森上参謀長が言葉を引き継いだ、「それにほかにも花嫁候補がたくさんいるようだからね。その時が来たらメンバーが大きく変わるだろう。どんなことがあっても誰が艦に来てもわが『大和』は『大和』だよ。それに軍医長もおっしゃるように今のこのメンバーがまた集える日も来るだろうし」と。

 

山中大佐の乗った潜水艦がトレーラー水島に到着し、『大和』艦長にもその知らせが来た。艦長は山中大佐あてに

「どうか山中中佐のそばにいてやってください。大佐のここでのお時間の許す限り一緒に。もしかしたらその間に内地から中佐帰還の命令が来るやもしれません」

と電話をした。

山中大佐はほっとして、潜水艦の乗員嬢たちに心からの礼を言って退艦した。伊号八〇〇潜水艦の艦長・斎藤聡子大佐は

「狭いところに押し込めて申し訳ございませんでした。山中中佐にくれぐれもよろしくお伝えください。そしてご無事に元気な赤ちゃんのご出産をお祈りいたしております」

と言った。斎藤大佐は、兵学校で中佐の一期上だったので顔を知っている間柄であった。山中大佐は喜んで、斎藤大佐の両手をしっかり握って感謝を表した。そして艦上の皆に手を振りながら潜水艦を降り、海軍診療所を目指して歩いて行った。

 

そのころ、診療所では山中中佐が病室で杉田軍医少佐から今後についての様々なレクチャーを受けていた。もうすっかり悪阻も収まり

「あの気分の悪さがうそのようです」

とほほ笑んだ中佐に、杉田少佐は「そうでしょう、そんなものですよ悪阻は。で、この先ですが中佐は双子を身ごもっておられますので…」と自作の冊子を手渡しながら話を続ける。

 

どのくらいたったか、病室のドアがノックされ看護兵曹嬢の声が外から「杉田少佐、お客さまです」と告げた。杉田少佐は「はい。――山中中佐、ちょっと失礼します」と会釈すると部屋を出て行った。山中中佐は、その後姿に一礼してからもう一度冊子に目を落とした。

 

少佐は玄関横の一室に入った。そこには山中大佐がいて少佐を見るとソファから立ち上がり敬礼して

「山中新矢技術大佐です。このたびは私の妻が一方ならぬお世話になりました」

と言った。階級が上の、しかも男性士官から先に敬礼され、杉田少佐は驚きながらも返礼し

「とんでもないことでございます。つたない治療で却って中佐にはお辛い目にあわせてしまったのではないかと思っております。申し訳ありません」

と言ったが、大佐は微笑むと

「いいえ。妻からの手紙で、杉田少佐ほかの皆さまから手厚い看護と治療を受け大変感謝していると知りました。ありがとうございます」

と言って温かいまなざしをもって杉田軍医少佐を見つめた。

杉田少佐は「中佐の現在の状態は」と先ほど中佐本人にした話を大佐にもしてから、「では病室にご案内いたしましょう」と大佐を病室に案内した…

 

ドアがノックされ、「はいどうぞ」と返事をした中佐、開いたドアの向こうに思いもかけない夫の姿を見て呆然と立ち上がった。

大佐がほほ笑みながら部屋に入ってきてその後ろに杉田少佐が続く。次子中佐はまだ呆然としたままで

「あなた…?本当に新矢さん?」

とつぶやいた。新矢が「そうですよ、新矢です。これは夢でも何でもありません、本物のあなたと私」というと急速に次子の瞳に涙が盛り上がった。そこで杉田少佐はそっと部屋を出て静かにドアを閉めた。久しぶりの夫婦の再会を邪魔したくないと思ったからである。

「新矢さん…」

涙声で次子は小さく叫ぶように言うと、新矢に向かって駆け寄った。その妻を自分から迎えて新矢は

「走っちゃダメです。あなたはもう、あなた一人の体ではないんですから」

と優しく言って抱きしめた。そして大佐は「…あ…」と言ってそっと優しく次子の体を離した。次子は恥ずかし気に微笑みながら

「お腹が…出てきました。なんだか恥ずかしい」

と言って新矢の瞳を見つめた。新矢は感激して、妻をベッドの上に座らせると「触ってもいいかな?大丈夫だろうか」と言いながら恐る恐る膨らみ始めた腹部に手を触れた。次子の腹に、新矢の温かい掌の温度が伝わって、次子は「新矢さん…」と小さく言うと夫の肩にそっと頭を持たせかけた。その妻の肩を抱いて新矢は

「よかった…。元気でよかった。最初報せを聞いたとき心配しておりましたよ、悪阻のひどい時にいてあげられなくってごめんね」

と言い、肩を抱く手に力がこもった。その手に自分の手を重ねながら次子は幸せな気分に胸を満たされながら

「いいんです。あなたもお仕事が大変な時にお心乱してしまってごめんなさいね。でもあなたからたくさんのお手紙をいただいていたからどれほど私の励みになっていたか…ありがとうございました、新矢さん」

と言い、新矢は次子の顔をそっと上向けると、その唇に自分のそれをそっと重ねたのだった――

 

二日後、山中副長は診療所を退院の運びとなり、その日には『大和』から梨賀艦長・森上参謀長そして日野原軍医長がやってきた。

そしてその前の日には内地から山中次子への帰還命令が出ていた。そして数日中には新任の副長が来る手はずにもなっていて山中副長は

「山中大佐が内地に帰るとき、一緒に参ります…。その前に一度艦に帰って新任の肩への引き継ぎもしたいと思います」

と言った。梨賀艦長はうなずいて「しかし無理のないように」と念を押すのを忘れなかった。

診療所の医官たちも交えて歓談のさなか、山中大佐は日野原軍医長のそばによると「あの、少しおうかがいいたしたいことがあるのですが」と言い、軍医長は「どうぞ、私でわかることなら何でも答えましょう」と言い、すると大佐は急に声を落とすと

「あの、先日こちらの杉田軍医少佐から『無理さえしなければ普通の生活を送ってもよい』旨伺ったんですが…あの、その、…あのですね」

となかなか要領を得ない。日野原軍医長はその様子を見つめていたが、山中大佐がちらちらと妻のほうへ視線を移すのを見てはたと思い当たった。 

そこでにっこりとほほ笑むと山中大佐の肩を軽く叩いてから

「いいんですよ。お互いが気持ちよいことなら赤ちゃんたちにも良いことですから。でも中佐がやめてほしいと言ったらすぐに中止。それだけは守ってください、そしてあんまりハッスルなさらないでくださいな」

と言って大佐はほほを真っ赤に染めて「…ありがとうございます!」と小さな声で言った。

 

その晩は山中夫妻はトレーラーの宿に泊まり、翌日副長は久しぶりの『大和』へ夫とともに帰艦した。前にも使った揺れのないように誂えられたラッタルが降ろされ、袴姿の副長が夫に手を取られて上ってくるのを『大和』の総員は拍手で迎えた。

舷門に姿を現した夫妻に皆、

「素敵じゃわあ…ええねえ、お似合いのご夫婦。うらやましい。ほいで副長のあのはかま姿、ええねえ!」

「あの袴は、おめでたになった士官さんが着るものなんじゃと、うちらは着られんのかなあ」

「いや、下士官でも着られる聞いたで?言うても生まれるまで仕事をするもんだけじゃがね」

などと話を交わす。

そして夫妻が艦長・参謀長たちと艦内に姿を消すと小泉兵曹が

「なあ…山中副長は内地に帰ってしまわれるんじゃと。ほいで新しい副長が来なさるんじゃ聞いたで。どがいな人が新しい副長になりんさるんだか、気になるわい」

とぽつりと言った。桜本兵曹も

「副長、内地に…。寂しゅうなるねえ、うち山中副長が大好きじゃけえ、ほんまのこと言うて帰らんでほしいんじゃが、そうも言えんけえねえ。ああ次の副長が妙な人でないよう祈らんといけんね」

と言って本当にさみしげな表情になった。

その二人の周りに、麻生分隊士や長妻兵曹、増添兵曹も集まってきて、麻生分隊士は

「ほんまじゃ。うちも山中副長がおらんようになったら寂しいていけん。ほいでも副長は双子さんを御産みになられるんじゃけえ…当分は…」

とそこまで言ったがあとは涙になって言葉が出なくなり、ほかの皆もだんだん悲しくなってその場でしくしく泣き始めてしまったのだった。

 

一方、艦内に久しぶりに入った山中副長は、自室に夫と入ると私物の整理を始めた。

(懐かしい『大和』、さようなら)

と万感の思いを込めて。副長はデスクの中の私物を出しながら

(今度はいったい誰が副長になってくるのだろうか)

とやや、不安なような期待するような変な気分でいる。そしてその彼女を手伝いながら山中大佐は妻の心うちを察して、涙ぐむのであった。

明日――新任の副長がやってくる…

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

愛しい夫の山中大佐と再会した次ちゃんでした。しかしそろそろ内地へ帰る日も近づいてきました。寂しいのは本人だけでなく、艦の仲間たちも…。

そして新しい副長はだれに??

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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
貴重なお話をありがとうございます。
偶然とはいえ、なんという…「山中」姓の乗組員の方が若干名いらっしゃいますのでそのどなたかのご遺族なのでしょう。それにしても「山中」さんが慰霊祭にご出席になりそれが報じられるとは。
なにかやはりこうした話には人知を超えた何かが働くのでしょうか。
「山中恵」さま、ご主人を亡くされた後どんな戦後を過ごされたのでしょうね、それを想うとき胸が痛みます。

こんな話でも『大和』の英霊の方々、笑ってくださるでしょうか。それが一番気がかりです。怒っておられんかと…。
でも私なりのスタイルで「大和』を語ってゆきたいと思っております!

いつもご心配をありがとうございます。今週はあまり無理せずゆきたいと思います^^。

今日は大和が鹿児島沖に沈んで71年でしたね。
ニュースを見て息が止まる思いをしましたのでお知らせします。
ご遺族のおひとりに山中恵さんとおっしゃる96歳の方が今日の慰霊祭に参列されていました。当時32歳だったご主人を大和とともに亡くしたそうです。
見張り員さんの山中次子さん。ここ数回の主人公でもある山中次子さん。そして実在の山中恵さん。不思議な縁に背筋の寒くなる思いをしています。
これからも大和の語り部として、どうかその任を全うして下さい。
まずはお体をいとって下さい。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
新年度ということでフレッシュさんが来る季節となりましたね!初々しさも年が経つにつれ消えるのですがそれは貫禄へと姿を変えているんですよね、河内山さんはきっと新しい人たちから「さすが貫禄あるなあ」と思われていることでしょう!

さあ、後任の副長。
どんな人であれ上手く皆の手綱をとれる人ならいいですね。
どうぞご期待ください!

新年度もスタートしまして、うちの事務所にも新規採用が2人配属。その一人が同じ課に、おいらも22年前は同じように初々しかったのですが、今は見る影もなし。

パッキンと言われながらもクルーの信頼の篤い次ちゃん。こういう人の後任ほどやりにくいものはなし。多士済々の帝国海軍ですから、適任者がいるはずなのですが。

ponch さんへ

ponchさんこんばんは
すっかり大人になってしまうと卒業式とは無縁にはなりますが出会いと別れはついて回りますね。

しかし「あなたの描く絵が嫌いだったから」と絶交メールですか?信じられないことをする人が居ればいたものですね。あきれてしまいます。
まあそんな人のことなど忘れて新しい出会いを探したほうがいいですね。その程度の人なのですからね。


さて次ちゃん、今後の「妊婦せいかつ」はどうなりますか、こちらもお楽しみになさってくださいね^^。

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
お返事遅くなってごめんなさい!

私に絵心があれば書きたかったんですが、ちょっとないもので(-_-;)、ご想像なさってくださるのが一番かと思いまして。
もりんさんがご想像の通り、かっこいいですよ!!

そして双子の出産を待つ次ちゃんと新矢さん、この先てんやわんやも予想されますね。そして何より気になるのが新任の副長…

どんな展開になりますかご期待くださいませ!

軽いぎっくり腰のような状態で昨晩は動けず今日も仕事中不自由でした。まったくどうしてこうなるんだか悔しくて居りました。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
お返事遅くなってごめんなさい、軽いぎっくり腰?になっています(-_-;)。

いよいよ副長も出産準備のため帰国します。初めての妊娠を思い出します…本当に不安でしたよね。双子となると喜びもですがまずは不安も大きいことでしょう…

四月の始まりにまさか、腰を痛めてしまい、仕事を半日やってあとは痛みで休んでしまいました(-_-;)。ちょっと物を持っただけなのに…どうぞ物を持つときはご注意くださいませね^^。

仲間が変わっていくのは仕方ない。
本当にその通りですよね。
春は卒業入学シーズンで新しい出会いと別れの季節だと思いますが、
ブログやってるとつくづくそのことを痛感させられます。
あんたの描いてる絵が嫌いだったから絶交するわと、
弔文メールよこした人もいました。
味方に後ろから撃たれたような気分です。

タダでさえ大変な出産なのに、
双子ともなるともっと大変だと思いますが、
次ちゃんのお腹の子供が無事生まれるよう願ってます。

こんにちは

副長の、はかま姿

想像しました。なかなかかっこいいでしょうね。

皆さんのコメントのように双子ちゃんでしたね。
これまた大変でしょうね。

ほんわかとした中にも、ストーリーとしては
<新任の副長がやってくる…>

ああ、展開はいかに・・・

こんにちは。
出産に向けていろんな準備がはじまりましたね! 全く知識のない人もこういうことがあるのか~と勉強になるのでは?なんて思っています。妊婦さんはいろいろ気持ちが揺れ動くのでうまくフォローして来るべきよき日に備えていただきたいです。
今日から4月スタートですね。またどうぞよろしくお願いいたします。お身体に気をつけて下さい。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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