お腹の子供は… 1

山中次子副長がトレーラーの海軍診療所に入院してから早、ひと月半が過ぎたーー

 

トレーラーの常夏の日差しを浴びながらある日、梨賀艦長は森上参謀長とともに上陸し、診療所に山中副長を見舞った。

横井所長に挨拶をしてから二人は副長の病室のドアをノックした。中から「どうぞ」と声がして艦長はドアをそっと開いた。

「やあ、副長。体調はいかがかな」

そういいながら艦長は室内に入りそのあとを参謀長が入る。思いがけない訪問者に山中副長はベッドから体を起こして

「艦長!森上参謀長!」

と言って笑顔を見せた。そしてベッドから降りると「さあ、どうぞ」と二人に椅子を勧めた。艦長は「ありがとう。ほらまだ寝ていないといけないでしょう」と言いながら副長をベッドに戻す。

参謀長もベッドのそばに寄ってゆきながら「おお、以前よりは顔色もよくなっているようだね。どうなの、悪阻の状態は?」と尋ね、引き寄せた椅子に座り手にした大きな風呂敷包みを膝の上に置いた。

副長はベッドの上に起き上がって

「はい。ずいぶん軽くなりました…私を担当してくださる婦人科の杉田軍医少佐によれば、もう五か月に入るから悪阻も終わるでしょうということでした。そうそう、来週に検診があります」

と言った。梨賀艦長は

「五か月に…そうか、では日を選んで帯祝いをしないといけませんね」

と言い参謀長も「あれは戌の日が良いんだったっけね。そうか、では後で調べて来よう」と嬉しそうである。

副長は

「艦長。参謀長、見てください。私お腹が膨らんでまいりましたの。赤ちゃんがいるんだって実感がわいてきました」

と言ってお腹をさすりながらそっと二人に見せるようにした。どれどれ、と二人はもっとそばによると「触っていいか?」と聞くなり副長の膨らみ始めた腹部を撫でた。

「ああ、懐かしい感触だわ」

と梨賀艦長が感極まったように唸った。艦長は三人の子持ち、だからなおさらなのだろう。そしてまだ独身の森上参謀長は副長の腹部を撫でくり回しながら

「ふーん、」これが妊婦のお腹なんだねえ。どのへんに頭があるのかお尻があるのか、これじゃわからないねえ」

という。梨賀艦長が見かねて「まだまだ小さいんだからわからないよ。それより参謀長、あまり触りすぎても子供に障る、その辺にしといて」と注意し参謀長は慌てて手を引っ込める。

副長は笑いながら「平気ですよ。この子だって海軍一の弩級艦の艦長と参謀長に撫でられてうれしいはずですよ」と参謀長のためにとりなした。

そこへ看護兵曹嬢が、「失礼します」と入ってきて三人に紅茶と菓子を出してくれた。艦長は「ありがとう。どうぞお構いなく」と礼を言って三人は紅茶を喫した。

「ああそうだ」、と艦長はベッドの端に置いた風呂敷包みを取ると「これを副長にね」と言って広げ始めた。なんでしょう、とのぞき込む副長の目の前に出されたのは

「妊婦用の軍装」

であった。軍装と言っても普段来ているものとは全く違う「袴」で、着物の袖には中佐の袖章が染め抜かれている。暑い時期用の薄手の生地で出来ていて色も薄い水色で涼しげ、袴はそれより深い青である。

「まあ、これが例の…私も話には聞いたことがありましたが見たことはありませんでした」

と言って山中副長は手を出して袴と着物を手にそっと取った。

これはもう十数年前に制定されたもので、妊娠して一線を退いた将兵嬢がその出産まで海兵団や各種学校で教鞭をとる際や、外出の際着るもので、これを着ていれば「ああ、あの方はおめでたの海軍さんなんだわ」とひとめでわかるもの。ちなみにいうなら横須賀海軍病院の辺見次長の妻・留美も〈空母・飛龍〉で搭乗員嬢に飛行技術の座学を行った際もこれを着ていた。

ふと、副長の手が止まった。

「これが来た、ということは…私、〈大和〉を降りなきゃいけないんですね。今度はどこに行かされるんでしょう。そして私のあとに誰が来るか、もうわかっているんでしょう?」

副長はそうぽつりと言った。

艦長と参謀長はそっと顔を見合わせて、そっとうなずき合うと

「お産が終わって、お子さんがある程度大きくなるまでの話だよ。〈大和〉の副長は山中さんしかいないし、どこかに行くとしてもそれは一時的なものだ。深刻に受け取らないでほしい。後任に関してはまだ未定だ」

と交互に言って慰めた。

副長は、軽く息を吐くと微笑みを作って

「いいんです、わかっていますから。大きなおなかの人間が艦に乗ってはいられませんものね。平気です、この後どうなろうと私は」

と言って横を向いた。その瞳に涙が徐々に盛り上がるのを二人の佐官は見た。艦長は

「そうだ。ご主人の山中大佐から便りはあるかね?」

と聞いてみた。副長はこっそり寝間着の袖の端っこで涙をぬぐうと

「はい!見てくださいこれ」

というと床頭台の引き出しを開けた。どら、とのぞき込んだ参謀長が「うわ、何だすごい量だなあ」と驚きの声を上げた。

引き出しの中いっぱいに山中大佐からの手紙が入っていた。副長は嬉しそうにその一つを取り出すと

「ほとんど毎日書いてるみたいです。内容は同じようなことなんですがでも、うれしくって」

と言ってほほを染めた。その副長をほほ笑みながら見ていた艦長は

「夫婦仲の良いのが一番だね。もうそろそろ大佐もリンガでの任務が終わろう。そしたらこちらにも来てくれるかもしれない。楽しみにしてるといいよ」

と言った。副長がうなずいて

「数日前繁木航海長がご主人と見舞いに来てくださいました。その時繁木少佐も同じことをおっしゃいました。その日を楽しみに待つことにします」

と言った。

 

その日は、副長も吐き気がないので艦長・参謀長とともに病室でではあったが一緒に昼食を取ってから艦長と参謀長は帰艦して行った。

病室に戻って、袴を見つめていた副長だったが窓ガラスをコツコツと叩く音に顔を上げてみれば外にハッシー・デ・ラ・マツコが背中にトメキチとニャマトの入った袋を背負って立っているのが見えた。

「まあ、ハシビロさんたち」

と声を上げて副長は立ちあがり、窓を開けた。

マツコは、翼を下に向けてあいさつの形をとったあと

「山中副長、ご気分はいかがですか?」

と尋ねた。その背中の袋からトメキチがニャマトを抱きかかえて降りてきて「副長さん、気分は悪くないですか?」と尋ねる。

その三人に副長は微笑みかけて

「だいぶ良くなりましたよ、悪阻もそろそろ終わりみたいです。いつも心配してくれてありがとうね」

というとそれぞれの頭をやさしく撫でてやった。

マツコが

「赤ちゃん、元気かしら」

と言ってその頭を副長の腹部に寄せた。副長は「ほら、ハシビロさんですよ」とお腹の子供に話しかけマツコの頭をそっと自分のお腹に寄せてやった。トメキチニャマトも「僕も僕も」と言って、副長は笑いながら「はいみんな一緒にどうぞ」と抱き寄せてお腹にくっつけてやった。

と。

「トメキチ、ちょっとこれって!」

とその金色の瞳でトメキチを見た。トメキチもその耳を副長のお腹につけていたがその目をマツコに向け「そうねマツコサン。これは…」

と言い、マツコとトメキチは互いに瞳を見かわしあったのだった。

 

そして副長の妊婦健診の日が来た。この日は梨賀艦長が診療所に来て担当医官の話を副長ともども聞くことになっている。

診察室前のソファで待っていると看護兵曹嬢がドアを開けて「梨賀大佐、どうぞお入りください」と声をかけ、艦長は立ち上がり、室内に入っていった。

副長は病衣の姿で担当医・杉田軍医少佐の前に座っていた。杉田少佐は立ち上がって艦長を迎えた後「ようこそ梨賀大佐。さて早速ですが山中中佐は」と話を始めた。

 

そしてその診察内容に、艦長も副長も衝撃を受けることになったーー

  (次回に続きます)

             ・・・・・・・・・・・・・

久しぶり、山中副長のお話です。

いよいよ安定期に入りかけてきた副長、マツコたちも心配しています。

そして担当医の衝撃の話とは?いい話なのかそうでないのか…次回ご期待ください。

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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
不安にさせてしまいましたが、もう皆さんの思っている通りです♡

問題は彼女と『大和』の今後ですが、きっとうまくゆくことでしょう!

どうぞ今後をご期待くださいませ。

いつもありがとうございます^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
鋭いですねw、さすがです。
今は確定診断が早期につきますからいい時代です。私などの妊婦自体よりずっと鮮明な画像が得られるらしいですね。

次ちゃんの思いは大和に残りたい…ですが激しい艦内勤務しかも副長の仕事は妊婦には無理…となると内地に帰って何か仕事をすることになるのでしょうか。
鬼教官の次ちゃん。見てみたくなりましたw。

そして後任の副長はいったい誰が??
暴れ馬のような女だらけの『大和』乗員を束ねるのは大変ですからね~~…そちらもご期待ください!

こんにちは

私は、どういうことだろうと不安でしたが

みなさんのコメントを読ませていただき、

なるほど、双子ちゃん!!

それは思いつきませんでした。

たぶん、そうだと確信しています。

双子ちゃんかな?今の技術では超音波でスイスイ?なのですが。
次ちゃんの気持ちからすれば、臨月まで大和で勤務と行きたいところなのでしょう。しかし、ただでさえ足下の安定しない艦上勤務は危険すぎますからね。もっとも座学の講師となったとして、鬼教官になりそうな感じも?最近幾分か柔らかい物腰になったとはいえ、真面目な方ですからね。

後任人事は難しい人選ですな。個性派揃いの大和の諸君ですから、相当な人物じゃないとつとまりません。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
双子っていいなあ~と思いますが実際双子のお母さんに聞いたら「とんでもない。大変よ」とのことで、そうだろうなあと反省。確かに一人だって赤ちゃんの頃は大変なのですから二人と来れば…しかし憧れた時期があったなあ~。

さて山中中佐いったい何を言われるのでしょうw。ご期待ください。

水天宮にはいったことがないんですが、都会の真ん中にあるという感じではなかったので少々驚いています。いかん、調べておかねばw!

こんばんは。
ショーゲキの内容! 気になりますが、私は男の子と女の子のふたごちゃんが産まれたらいいなぁと思っています(笑) マンガの『コウノドリ』で大変なお産になってしまった妊婦さんたちを読んできたので、小さく産んで大きく育てるがいいです~なんて勝手に思っています。どうなるのかな? 昨日、水天宮の近くにいきましたが、今工事中なんですね。わりと都会の中にドーン!とあって驚きました。
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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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