風は海から 2 〈解決編〉

山中大佐は、高橋美代子中佐に引きずられながら部屋を出たーー

 

飛行甲板に出て、風に吹かれながら高橋中佐は懐かしそうに大佐を見つめた、そして

「二年前の約束、これで果たせましたね」

ともう一度言った。

 

三年前そしてその翌年、彼らは仕事上の会合で出会っていた。一番初めに出会った時、高橋中佐はひとめで山中大佐に心奪われていた。しかしその時いくらなんでも初めてあった人に、と中佐は遠慮したか、意味ありげな流し目だけで終わった。しかし翌年、もう一度呉工廠に来て、横須賀に帰る前日高橋中佐はひと気のない建物の影に山中大佐を引き込んで

「山中大佐。また…会いに来ていいでしょうか」

と切り出したのだ。

山中大佐は戸惑ったような表情になって中佐を見つめた。そして「また会いに、ですか?」と言ったのだった。高橋中佐は大きくうなずいて「はい、また会いに来たいんです」と言った。大佐は一種軍装の腕を軽く組んで

「何かがあるんですか?いつ頃でしょうか」

と尋ねた。高橋中佐はほほを染めて「ええ…その時になったらお話ししたいんです」と言って大佐はかすかに首をかしげて

「そうですか、ではその時に連絡をくださいね」

というと踵を返して歩き出そうとした。中佐はちょっと慌てて「待ってください、あの、どこかで少しお話しできませんでしょうか」と後を追った。

山中大佐はかすかに困惑の表情を浮かべたが「では」と言って呉の街中に彼女を連れだし、一軒の喫茶店に入った。

落ち着いた雰囲気の店内、彼らのテーブルの横の壁には淡い色調で書かれた風景画がかかっている。注文を取りに来たマスターにコーヒーを注文すると高橋中佐はひたと山中大佐を見つめた。そして意を決すると

「山中大佐。私申し上げたいことがございます」

と言った。そのどこか必死な表情と声音に、山中大佐の視線が高橋中佐の顔に。胸の高鳴りを押さえて中佐は

「私、あの、その…。いいます、私あなたが好きになりました。昨年お会いした時からずっと。あなたのことが好きなんです、どうかこの思い、汲んではいただけませんか?―と言ってもいきなりでは大佐もお返事も困りましょう、来年の夏までお待ちします。次の夏、また私はあなたに会いに行きます」

と言って身を乗り出した。

山中大佐は、静かな顔で中佐を見つめていた。

長い長い時間が過ぎた。

高橋中佐も、大佐をじっと見つめている、そこにマスターがコーヒーを二つ運んできた。時間が再び動き出す。大佐が会釈した。マスターはごゆっくりどうぞ、とほほ笑んで向こうへ去り、高橋中佐はまだ大佐を見つめたまま。

「そうでしたか」

と大佐がつぶやいた。カラカラになった喉で、中佐はハイと言った。すると大佐は困ったような顔になると実は、と話し始めた。

「実はね、私にはもう昔から、子供のころから好きな人が居ます。その人は海軍にいるはずなんですがまだどこにいるのか判然としないんです、でも私は絶対探し出します。ですから私のことはあきらめてください」

あっさりそう言われて、面食らっている中佐であったが気を取り直すと

「ではもしかしたら会えないかもしれないし、その方はもしかしたらもうお相手がいるかもしれないですよね。なら、山中大佐。来年の夏もう一度会ってください。その時にまだ大佐がその方と逢えなかったら、その時は」

と急き込んで言った。

「その時は?」と問う山中大佐に高橋中佐は

「その時は、その時こそ私のあなたへの思いを受けていただきたいんです」

と言い切った。そして一礼すると高橋中佐は後も見ずに喫茶店を走り出ていたのだった。

 

そして「約束」の次の夏、つまり現在(いま)。

「山中大佐、お答えを聞かせてください。大佐の思う人とは逢えなかったのでしょう?だったらお願いです、私を」

高橋中佐がそう言いかけたその時、大佐は「待ってください」と彼女の言葉を遮った。大佐はゆっくり彼女のそばから離れると

「会えたんです」

と言った。高橋中佐は「え?」と小さく言うと彼のそばへ駆け寄る。その彼女から視線を外して大佐は

「あれからまもなく会えたんです、ずっと思っていた大事な彼女と。そして、結婚しました今年の春。来年には子供が生まれます」

と告白した。

衝撃を受けつつも高橋中佐は彼を見上げる、そして「うそでしょう、そんなこと。だってどこにいるかずっとわからないとおっしゃっていたでしょう?それがそんな突然…」と言ったが大佐は

「ひょんなことから彼女と逢えました。それから更に私と彼女をしっかりとつなぎとめる小さな事件があって、そして結婚をしました。私にとって妻となった彼女は優しい風です。子供のころから彼女は優しい風だった。そしてまた今私のもとにやさしく戻ってきてくれた風です、私の妻は」

と言って空を見上げた。

高橋中佐の心には嫉妬が炎と燃えた。

キッと大佐を睨み据えると

「そんなウソをおっしゃって!騙されませんよ、作り話なんかなさって、そんなに私がお嫌いですか?そんな話をわざわざ作るほど!」

と叫んだ。そして

「いったいどこのどなたですか、大佐の妻になったという人!私の想い人を盗って、結婚して子供まで産む?とんでもない女だわ、探し出して」

ひどい目にあわせてやる、と言いかけた高橋中佐の頬を大佐は平手打ちしていた。そして

「そんなことを言う人だとは思いませんでしたよ、見損ないました高橋中佐!」

と山中大佐は怒鳴っていた。そして

「私はあの時、はっきり言いましたよね。ずっと思っている人が居ると。私はあなたに私のことはあきらめてほしいと言ったはずです、なのにあなたは私の話をろくに聞いてもくれなかった。約束をしたと言いますがあなたの一方的な思い込みでしょう。こんなの迷惑です、その上妻に危害を加えようと言うなぞ私は絶対あなたを許せません。あなたは横須賀海軍工廠の優秀な技術士官だと伺っています、その素晴らしい経歴を汚さないでほしい!あなたも海軍士官なら潔く生きてください!」

と諭した。

気が付けば二人のそばに、横須賀海軍工廠の男性士官たちが来ていた。激しく泣き出す高橋中佐に一人が声をかけ

「そうか、それだからここに来ようと何度も言っていたんだね。――山中大佐、大変なご迷惑をおかけしてしまって申し訳もございません。高橋中佐は、ひと月ほど前から一人で何かを調べてそして『リンガ泊地に行って新型兵器の検証をしよう』と言い出しましてね、どうしてリンガに行かねばならないのかと思っていましたが…そうかそういう…。

大佐。この件あとは我々でしっかり収めます、決して大佐にはご迷惑をおかけしません、それは固くお約束します」

と大佐に謝った。

 

まだ泣きながら同僚士官に引き起こされた高橋中佐は

「山中大佐は…海なんですね。大事な彼女が風ならばあなたは海。そう、風は海から吹いてまた海へと帰ってゆくもの…。私なんか太刀打ちできなかったのに。馬鹿ね、私も。あなたの顔を見ていたらわかりそうなものだったのに、それでもあなたが心を私に移してくれると信じていたわ。―私は風にはなれなかったってことよね」

と自嘲気味に言った。

その彼女に、山中大佐は優しく言った、

「あなたは、ほかのだれかいい人の風になれるはず。あなただけの海を探しなさい」――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

思い込みは時として相手を困惑させてしまいます。

思い違いや感情の行き違いもあるでしょうけど、一人で勝手に思い込むのは危険ですね。山中大佐、次ちゃんに危害が加えられるのではと恐怖だったでしょう。

高橋中佐、自分だけの大きな海を見つけられるといいですね。

 

モチーフにしました岡村孝子さんの「風は海から」。


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Comments 10

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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんにちは
山中新さん、彼はあまりにひょうひょうとしすぎてるからかこの手の事件?があるような気がしております(-_-;)。
でも男性として一年以上も待たれるってどんな気分でしょうか?嬉しいもあるけどちょっとうっとうしいかな??
自分に置き換えれば、やっぱりうっとうしさが先に立つかもしれないですね。

2016/03/21 (Mon) 13:46 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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ponch さんへ

ponchさんこんにちは
どうなることかと気をもみましたがやれやれ…胸をなでおろしました。こういうことはあいまいにするのが一番いけませんから、大佐のように毅然と接するのがいいでしょうね。

そうですね女性のほうが海ですよね。ここではあえて風にしてみましたが、やはり男性のほうが風のごとく気まぐれかもしれませんねw。

2016/03/21 (Mon) 13:44 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
河内山宗俊  
新さん

罪作りな男ですね。しかし、一年以上待っていた高橋さんの想いというのも相当な物。新しいお相手が見つかって欲しいところですが、あまり一途に追いかけられると、ちょっと重た過ぎるかな?

2016/03/19 (Sat) 23:11 | EDIT | REPLY |   
ponch  
No title

ひと悶着ありそうだなと思いましたが、山中大佐は一応男のけじめをつけたことになるんですかね。
どこぞの昼ドラみたいにドロドロ展開にならなくてよかったです。女だらけの話はそうゆう話じゃありませんしね。

作中の海と風なんですけど、自分のイメージでは男が風で女が海なんですよね。
実際昔から母なる海といいますし、男女関係でも、男の方が風のように移り気で気まぐれだと思います。

2016/03/19 (Sat) 01:48 | EDIT | REPLY |   
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
恋に身を焦がす。
素敵な表現ですね!
しかし焦がしすぎはだめですよね、中佐の場合下手したら立派なストーカーになります。山中大佐からの痛い一発が効いたようです。愛する妻に危害が及んではならないと、手を上げましたが致し方ないことですね。

山中大佐のご尊顔…きっとにいさまが思いついた顔がそれです^^!。すべてに恵まれた大佐、この先もきっといいことが待っているでしょう!

ご旅行のお疲れやご子息が東京にお帰りになった寂しさなどでおからだのお心もお疲れのことでしょう。ゆっくり休んでくださいね。
靖国の桜の標本木もいよいよ開花を迎えそうです。二、三年前の今頃、靖国神社に行ったら標本木の下にたくさんの報道陣がいましたが残念その日は開花はなし。
翌日が開花日でしたw。

今日明日は雨のようですね、どうぞ御身大切になさってくださいませね。

2016/03/18 (Fri) 21:45 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは
ちょっと急ぎすぎてドン引かれちゃった感ありありの高橋中佐でした(-_-;)。

告白っていうと何か中学生時代の自分や級友の淡い恋心を思い出します。純粋だったなああのころ。

高橋中佐、これでいい勉強になったことでしょう。次こそいい出会いがあるといいですね^^。

2016/03/18 (Fri) 21:38 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
ひそかに誰かを想うっていうのは何かこう素敵な感じもしますが、思いつめすぎて押しかけては相手に迷惑ですよね(-_-;)。
わがままになってしまいます。
そう、広い視野が人間大事ですよ!!

2016/03/18 (Fri) 21:35 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  
No title

思い込んで思い詰めてしまった髙橋中佐。有能な技術士官であっても、ひとりの女性として恋の焔に身を焦がしてしまいましたね。一歩間違えたらとんでもないストーカーになっていたはず。よい所でブレーキがかかりました。
それにしても惚れ惚れするような中山大佐ってどんな顔でしょうか。性格良し、顔も良し、仕事もできて奥さんは海軍エリート。順風満帆な人生がずっと続くことを祈らざるをえません。
海と風の話に感銘を受けました。よいことを仰るものだと感心しています。さすがです!!

沖縄疲れ、息子の帰京疲れ、仕事にもちょこっと疲れて、ご無沙汰の限りでごめんなさい。読み逃げ状態で心苦しく思っています。
靖國の標本木の桜が今日あたり開花とか。儚さを思いながらも華やかな季節の到来ですね。くれぐれもお体をいとってお過ごし下さい。

2016/03/18 (Fri) 10:42 | EDIT | REPLY |   
森須もりん  
こんにちは。

せつないですね。

ほんとに恋い焦がれていたのでしょう。

私は、自分から告白なんてできないタイプですから
ちょっとうらやましかったです。

こうやって、オープンにできるひと、
きっと次にいい運、いい風が
舞い込んでくると思います。

2016/03/17 (Thu) 15:50 | EDIT | REPLY |   
オスカー  

こんにちは。
誰かを一途に想う気持ちは尊いものでしょうが、自分の気持ちを押し付けるだけではワガママでしかないですね。もっと広い視野で殿方も物事も見てほしいです。

2016/03/17 (Thu) 09:26 | EDIT | REPLY |   

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女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?
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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)