横須賀泣き笑い 2

いよいよ仮谷航海長の休暇の日がやってきたーー

 

二人は上陸桟橋に降り立つと衛兵所を通り、その先へと歩いて行った。すると前方から年配の夫婦がやってくるのが見えた。

「あ、父さん母さん」と仮谷航海長が声を小さく上げて、その右手をちょっと挙げて軽く手を振った。それを見て父親のほうが大きく手を振って応え、母親も胸のあたりまで手を上げて応える。

久々の親子の対面である。仮谷航海長は几帳面な敬礼をして

「お久しぶりです。内地に帰ってまいりました。今日から十日ほど休暇をいただきました」

と言った。両親は満足そうにうなずき、その二親に航海長は

「我が〈武蔵〉の副長、加東憲子中佐であります」

と副長を紹介した。加東副長も几帳面な敬礼を仮谷航海長の両親にして、自己紹介。父親の仮谷太右衛門は

「なんと、副長様が…。私どもの娘はきちんと軍務を果たしておりもすでしょうか。こいつはもう昔からいい加減で居りもしたが、皆さまのお役に立てて居りましょうか?」

と心配そうに尋ねる。副長は(鹿児島弁が混じっている)と思った、仮谷航海長の両親は鹿児島出身であるのは聞いていたから別段奇異にも思わないが、どっしりした体躯と風貌のこの父親には似合っている語方だと思った。

「いや、航海長のお父様。仮谷少佐はたいへん立派な海軍士官です。いつも冷静沈着、彼女あっての〈武蔵〉であります。どうかご安心を」

そういってほほ笑む副長を、まるで神か仏のように見つめる仮谷航海長の両親、母親のマサなど涙ぐんで「ありがとうございます」を繰り返す。

「で?」

と仮谷航海長が言った、「旅館に行くんですか?その前に我々腹ごしらえをしたいんですが」。

すると父親の太右衛門が

「そうか。なら副長さん、ご一緒に旅館に行っていただけもはんか?そこで食事をしたいと思うので…いかがでしょう」

と言い、マサも「そうお願いします、ぜひ。ご窮屈でなければご一緒に」という。航海長自身も「是非、お嫌でなければぜひ」というので断る道理もない加東副長は承諾した。

そして四人は横須賀の街を歩き、海べりの旅館にたどり着いた。旅館について太右衛門は女将に食事を四人分頼んだ。女将ははい、とほほ笑みながらも

「あと二時間ほどでお相手さまがいらっしゃいます。またお食事になりますがよろしいでしょうか?」

とやや心配げに言った。加東副長は(お相手さま?だれだ?)と思ったが素知らぬ態で部屋の窓の外に広がる横須賀の海を眺めた。

太右衛門は「では、少し軽めにお願いできもすか?」と言って女将は一礼して出て行った。

そこで副長は

「どなたかとお約束だったのですね…知らぬとはいえ申し訳ありません」

と謝ると太右衛門もマサも嬉しそうにほほ笑み、太右衛門は

「とんでもないことでございもす。―いやあ、実子には今日見合いをさせようと思いましてな。わしの古い友人の息子でこれまたええのがおりましてな。しかもその息子も海軍の関係者でありもす。横須賀の軍需部、とかいうところの次長だとか聞いておりもす」

と言ってうれしげに肩をゆすった。

「はあ!?見合い?、見合いてなんですね?私はひとっこともそんなこたぁ聞いちゃおりませんよ?どういうことです?」

仮谷航海長が驚きの声を上げた。航海長は

「私は父さん母さんが合いたいからと聞いてきたんです、そんないきなり見合いだなんてそんな…。そもそも私にはまだ結婚の意思なぞありません。無駄無駄、お相手には悪いですが結婚はしませんからね」

と一気にしゃべった。

さらに何か言おうとしたそこに女将が茶を持って入っていて「もうすぐお食事をお持ちします」と言って茶を置くと出て行った。

ふすまが閉まり女将の足音が去ると航海長は

「父さん母さん。せっかくのお話ですが私はお受けできません」

ときっぱり言い放った。マサがおろおろして「そんなこと言わないで…もうあなたも夫をもっていい年ですよ」と言い太右衛門も

「そうだ。いつまで女が一人でいていいわけなか!ねえ副長さん、副長さんだってもうご結婚されとるんでしょう?…実子お前は今日会う人と結婚するんだ!」

と最後は怒鳴るように言った。

さあ、それを聞いて加東副長の顔が悲痛に歪んだ。横にいた航海長ははっとして

「父さん!ひとさまのことはどうでもいいんです。今は私のことだけ言ってください、いいですかお父さん私は」

とそこまで言ったのを太右衛門はさえぎって

「いいや、そういうわけにはいかん。見なさい副長さんの落ち着いておられるのはそれこそ」

とそこまで言った時、加東副長は

「ごめんなさい、私、私、―まだ独り身なのです!」

と叫ぶような声で言った。途端に(しまった)という顔をする太右衛門、その太右衛門を妻のマサと娘の航海長は(ほらみろ!いらんことをべらべらしゃべるから!)と舌打ちせんばかりの形相でにらみつけた。太右衛門の今まで威勢の良かった態度が急速にしぼんだ。そしてしどろもどろになりながら

「…ええ…あの、その…いやあ、海軍に奉職するおなごは結婚なんぞに心煩わされてはいけもはんな。ハハハ…」

と力なく笑った。妻と娘の厳しい視線にさらされ、耐えられないようである。

加東副長は手元の湯飲みの茶を一口飲むと、軽く息を整えてから

「私はまだそういったご縁がないので一人で居ります。でも仮谷少佐はご縁を得たようですね。彼女は女として、そして海軍軍人として立派な女であり人間です。結婚したらなお立派になりますでしょう。ぜひ今回のお話がまとまりましよう私は祈っております」

と言った。その決然とした話し方に一同心を打たれた。しかし仮谷航海長は

「副長、わが父の粗忽を心からお詫び申し上げます。ご不快の念を抱かせてしまったこと、この仮谷実子伏してお詫びいたします。けれど副長、私は本当に今まだ結婚をしたくないんです。まだまだこれからやりたいことや、やらなければならないことがあります。ですから、…父さん母さんこのお話断ってくださいませんか」

と泣かんばかりに言う。

「しかし…もう彼はまもなく来るではないか。来て早々話はなかったことに、などとわしは言えないぞ。わしは友人に顔向けできない」

太右衛門はそう言って顔をうつむけた。マサも困ってしまって皆の顔を順に見つめるだけである。

しばらくの間沈黙が支配した。やがて副長は

「確かにいきなりお話をなかったことにと言えば角が立ちますし、お父様のお立場も悪くなりましょう。航海長、ではこうしたらどうだろう。とりあえずあなたはお相手と会って見なさい、まだ合わないうちからいやだと言ってはいけない。会ってみてどうしても自分とはしっくりこないと思えばあとでお断りすればいい、しかしお会いして気に入ったら結婚の話を進めたらいい。とりあえず会いなさい。いいね?」

と言い、航海長もしばし考えた後

「副長の仰せの通りにいたします。でも一つだけお願いがあります」

と言い皆は「なんだね、お願いとは」と尋ねた。航海長は大きく息を吸い込んだ後

「その隻に、副長にいていただきたいんです。私、副長が同席してくださるなら見合いをいたします」

と答えた。加東副長はしかし、航海長の両親を見て「いいのでしょうか。私などが同席して?」と困惑したように言ったが太右衛門もマサも、「実子がそういうのですからどうかお願いします、ご迷惑でしょうがどうか」と手を合わせんばかりに頼み込むので承諾した。

ほっとした空気が流れた。

そこに女将と仲居数人が料理を運んできた…

 

そしてそれから二時間のあと、航海長の見合いの相手がやってきた。

相手は付き添いとして先輩の軍需部部長という男性を伴ってきた。海軍の制服に身を包んだ男性たちは部屋に案内されてきた。そして部屋に居並ぶ仮谷太右衛門にまず挨拶して席に着いた。彼の正面は航海長である。

太右衛門が、

「今日はお忙しいところようこそ」

というと付き添いの男性がほほ笑み、

「こちらこそ遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。――ご紹介します、こちらは横須賀海軍軍需部次長・鍛冶屋健吾君であります」

と簡単に彼の経歴など紹介した後、「申し遅れました、私は彼と同じ軍需部の部長で瀬戸口剛三と申します。お見知りおきを」と自己紹介。

そして太右衛門が娘を紹介し、末席に控えている加東副長を紹介した。

そして今まで恥ずかし気に顔を伏せていた仮谷航海長はそっと顔を上げて相手の、鍛冶屋健吾の顔を見たのだった――

 (次回に続きます)  

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

やはりお見合いでした。それにしても相手の顔を知らぬまま見合いに臨む心境とはどんなものだったのでしょう。かつての日本ではよく会った話で、初めて合った見合いの席が仮祝言という話もあったようです。今では信じられない話ですがそうして一緒になったご夫婦は意外に、夫婦としてうまくいったという話も聞き及んでいます。

さてそして肝心の仮谷航海長、どうなりますか。そして付き添いさせられた加東副長はどうなるのでしょう。次回をお楽しみに!

 

海軍の「桜に錨」ボタン。(画像をクリックすると大きな画像が出ます)
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
まさに合コン状態になっておりますが…二人ともゴールインになるかどうか???

私の祖母なども親が決めて下見合いという形で互いを遠くから見て本見合いに臨んだらしいです。でももうその時点でほとんど決まっていたような話でした。見合い婚、確かに恋愛よりはリスクは少ないかなあと思いますがほら、仲人口ってのがあるでしょう~~、私もそれに乗せられて…ホホホ(;´Д`)…

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは
まったく仮谷さんのお父さんたら~~ですねw。加東副長、こういうしかないですよ全くw。お母さんと娘に白い目で見られるお父さんの姿を想像すると笑えますね!

そしてこの後どうなりますかお楽しみに^^。
雨が降り出し寒い晩になっていますね、オスカーさんも温かくしてくださいね、いつもありがとう!!

相手方にもご同伴の先輩が?となると合コンみたいになってる?
もしかすると2人とも縁づくという展開もあるわけさね?

昔はそれこそ許嫁で本人の意志など関係ない組み合わせ。まだお見合いでお断りできる余地があるだけ救いですが、最近の離婚率の高さというのを考えれば見合い婚のほうが理にかなっているのかも知れないです。恋愛中は相手の欠点なんてわかんないですし。

こんばんは。
>「ごめんなさい、私、私、―まだ独り身なのです!」
と叫ぶような声で言った。
スミマセン、笑ってしまい、なかなか先にすすめませんでした~! 全くおとーさんたら!って感じですね。 お見合い大作戦はどうなるのか? ドキドキしながら続きを待っています!
夜になると冷えますね。あたたかくしてお過ごし下さいませ。お気をつけて!
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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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