2017-10

新しい私へ、今。 - 2016.02.14 Sun

トレーラ水島に戻って初めての上陸日――

 

長妻兵曹はランチから降りると衛兵所を敬礼で通ったあといきなり走り出した。ほかの乗組員嬢たちが「あいつどうしたんね?何をあがいにいそいどってかねえ?」とあきれるほどの速さである。

あの一所懸命な顔つきと駆け方を見たらきっと平野ヒラ女少尉などは「ああ!きっと男と遊びたいんでしょう。だからだよハハハ」と笑うところであろう。

が、それは外れである。

長妻兵曹は遊びをやめた。前になじみだった男性の心変わりを知って「もううちは男遊びはやめる。やめて結婚を考えたい」と思い、その願い通り内地に帰った際義兄の紹介の男性と意気投合、婚約するに至ったのである。

だから男遊びのために走り出したのではない。

彼女には行きたいところがあったのだ。どうしても、どうしてもそこに行って話をしたい人が居たのである。

 

長妻兵曹は走りに走って、水島突端にまでやってきた。そしてそこで懐かしい人を見つけ

「おじさーん!おじさんおじさん、うちじゃ!長妻じゃー」

と大声で叫んだ。おじさんと呼びかけられた男性はその大声に「オー!ナガツマさーん。お帰りー」と応えると彼女のほうへと走り出した。そして二人はがっきと抱き合うようにしてその再会を喜んだ。

そう、この男性こそヤシの実取りの男性のイシ・マッチュ氏である。

二種軍装の長妻兵曹をまぶしげに見つめてイシマッチュ氏は

「ヤット会えたねえナガツマさん、わたし待ってマッテ待ちクタビレソウだったようー」

と言って笑い、長妻兵曹も

「うちも会いたかったよー、おじさん!もうここに帰れんのじゃないかと思うくらい内地に居ったけえ、おじさんがどうしとってか心配でたまらんかったよ」

と言ってマッチュ氏の両肩をポンポンたたいた。

そして二人はヤシの樹を後ろにした海岸の波打ち際に座って、お互いの今までを語り合った。

長妻兵曹が

「実はうち、今度内地に帰ったら結婚するんじゃ」

と告白した。するとマッチュ氏は「ケコン?ケコンて?」というので兵曹は(結婚言うて英語で何というんじゃろうか…ええと)少し考えてから

「ほうじゃ、マリッジ、マリッジじゃ。うち、結婚するんじゃ…」

と言ってほほを染めた。するとマッチュ氏はオオ~、と唸ると兵曹の両手をつかんで

「マリッジね、おめでとうナガツマサン。それでオアイテ、どんなひと?」

と聞いてきたのでいろいろと話してやった。

聞き終えたマッチュは急に目を潤ませると泣き出してしまった。びっくりする兵曹にマッチュ氏は

「ヨカタ。よかたね。あなたはワタシノ娘も同じ。ダカラうれしい。ヨカタネ、長妻さん」

と言ってうれし泣きした。長妻兵曹も感激して

「おじさん、ありがとう。うち、こげえに喜んでくれるとは思わんかった」

とこれも泣きだした。

そうして二人しばらく感涙に浸っていたがふと兵曹は顔を上げると

「ほういやあおじさん。ジロがおらんがどうしたんじゃね?」

と尋ねた。マッチュ氏はニコッと笑うと

「今訓練中ネ、もうそろそろ来るコロネ」

と言った。兵曹は「ほう、訓練…。って訓練言うて何の訓練じゃろう」と首をひねった。そうするうちにマッチュ氏は立ち上がっていつもおサルを呼ぶ声を上げた。

長妻兵曹も立ち上がってマッチュ氏の視線の先を見た、すると懐かしいおサルのジロがこちらに走ってくるのが見え兵曹は大きく手を振ると

「おおーい、ジロー!うちじゃ、うちを覚えとってかあ?」

と怒鳴るように言った。するとジロは一瞬立ち止まったが次の瞬間ものすごい勢いで走ってやってきた。そして兵曹の前二メートルほどに来たジロはその場から兵曹の胸に飛び込んできた。兵曹はジロの勢いを受け止めかねて後ろにひっくり返ったが大笑いして

「ジロ、お前さん元気だったんじゃね…ああ、えかった~」

と言ってジロを抱きしめた。ジロもうれしいのか兵曹にむしゃぶりついている。しばらくそうしていた二人、やがて兵曹は我に返って驚いた。砂の上にあおむけになっている兵曹の周囲に数匹のおサルがいるではないか。

「うわっ…こりゃ一体だれじゃね?」

あわてておきあがる兵曹にマッチュ氏は笑いながら

「コレハじろの家族ね。長妻さんがニホンに帰ってすぐ、ジロもケコンしたね。―で、コレガ奥さん。コッチガこどもたち」

と言ってジロの妻だというメスのおサルと子供のおサル三頭を紹介してくれた。ジロの妻であるおサルはマッチュ氏によって〈オハナ〉と名付けられ三頭の子供たちはそれぞれ〈ミギ〉〈ヒダリ〉〈マエ〉と名付いていた。

〈オハナ〉はジロから話を聞いていたのか長妻兵曹に、まるで「主人がお世話になっていたそうで」とでもいうように会釈をしたのが愉快であった。ジロは子供たち一人一人を兵曹の前に出して紹介するようなしぐさをして、兵曹もそれぞれの手を取ってあいさつした。

「そういやおじさん、」と長妻兵曹はマッチュ氏を見返って尋ねた、「訓練言うて一体何の訓練をしとってかねえ」と。

するとマッチュ氏は

「ソリャナガツマサン。ヤシの実落としノクンレンヨ。ウチニあるヤシの実落とし訓練機ヲ使ってねー、ジロはこれでナカナカ厳しいオニグンソウね~」

と言って胸を張った。

長妻兵曹は改めてジロを見て

「ほう、そりゃあええ心がけじゃわ。きちんと後継者を育てんならんのはヤシの実落としも海軍もおんなじじゃけえの。こうしてみればジロとオハナの子供たちは筋がよさそうじゃけえ、おじさんも安心じゃね」

と言った。その言葉がわかったかジロは背筋をピンと伸ばして胸をそらした。オハナもうれしそうにキーッと言って笑う。

そして三頭の子供たちも手をたたいてその場で跳ねたり宙返りして喜んだ。

 

「さて」

と長妻兵曹は言って立ち上がった。マッチュ氏は

「モウ帰るの?ナガツマサン」

と言ったがそれに首を振った兵曹、勢いよく言った。

「ジロ。久しぶりにうちと勝負じゃ。三分間にいくつヤシの実を落とせるか。久しぶりじゃけえうちはあんまし自信がないけえ、ジロ、うちに勝てるええ機会じゃ。やってみようや」

一瞬固まってしまったジロをしり目に長妻兵曹はさっさと服を脱ぎ去り、ふんどし一枚の姿になった。そして背後に茂るヤシの樹の一本に手をかけると

「ジロ、お前はそっちの樹じゃ。―ええな、ほいじゃあいくで!」

というとマッチュ氏にジャッジを頼み、氏の「ヨーイ、…カカレ!」の号令を合図に樹をよじ登る。ふんどしの股を開いて登る兵曹から目をそらしてマッチュ氏はジロの家族を見る。心配そうなオハナたち、そして兵曹が先にヤシの実に手をかけ回し始める。ジロも負けずにヤシの実を回し、双方の樹からどすどすと身が落ちる。

三分が立ってマッチュ氏が「やめ!」と声をかけ兵曹とジロは樹を降りる。

そして数を数えると、なんと同数。

長妻兵曹は満足そうにジロを見つめると、マッチュ氏をそばに呼び寄せた。そして静かに

「さすがじゃね。うちにここまで追いつくとは。ほいでのうおじさん、ジロ。うちは今日限りでヤシの実落としから手を引く。うちも、さっき言うたように婚約の身じゃ。けがをせん保証はないけえこれきりでやめる。けがでもしたら、許嫁のあの人に申し訳ないけえね。―おじさん、ジロ、これからも精進してええヤシの実取りになってつかあさいね。うち、時々会いに来るけえ」

と言ってマッチュ氏もジロも驚いた。マッチュ氏は

「ソンな…やめないでナガツマサン」

と半泣きになったが兵曹の決意は固かった。ジロが「わかったよ」というように兵曹のはだかの肩に手をかけその瞳を見つめた。

「わかってくれるんだね、ありがとう」

兵装はそう言ってジロを抱きしめ、服を着つけた。マッチュ氏も黙って下を向いていたその顔を上げて

「ワカリマシタ、長妻さん…。イママデアリガト、たろノ時からずっとオセワニなりました。マタアソビキテください」

と言ってほほ笑んだ。

ではまた、ごきげんようという兵曹の足元にジロの家族が集まり名残惜し気に兵曹を見上げている。その一人一人に兵曹は、頭を撫でて

「これからも頑張り?ええヤシの実取りになりんさい。ときどきうちも見に来るけえな。ジロをしっかり支えてやってつかあさい」

と言って今度こそ「ではごきげんよう」と言って敬礼すると歩み去った。

 

ジロたちの声が風に乗って兵曹の耳をくすぐった。

左にはどこまでの青いトレーラーの海。それを見ながら歩く長妻兵曹は

(さよなら、うちの青春。うちはこれからほんまのおなごにならんといけんのじゃ。今までのうちとはさらばじゃ。明日から、いや、今日この時が新しいうちの誕生じゃ)

と決意を固めていた――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・

ヤシの実落としの名人・長妻兵曹も年貢の納め時です。やはり婚約者のことを考えるとあまり危ないことはできないと考えたのでしょう。それに…ふんどしの股を開いて樹に登るというのもちょっと恥ずかしい格好ですし。

マッチュ氏の飼い猿・ジロも家族を作って、技の継承もできたようで兵曹も一安心でした。

なんだかこの歌を不意に思い出しました。太田裕美「君と歩いた青春」


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● COMMENT ●

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
子ザルの名前、どうしようか~と考えてふいに思いつきましたw。きっと我々の孫世代にはこんな名前が「トレンディー♪になったりしてw。ちびサルたちの今後もお楽しみに♡
しかし長妻さんのふんどしの股を開いてーを想像すると変な気分になります(;´Д`)。そんなのを許嫁にはとっても見せられませんね、さすがの彼女も人並みの恥じらいはあるみたいですよw。
さあ今後誰がこれを引き継ぐか?これが問題ですね。

太田裕美さん、私が小学校高学年から中学にかけて私の一番多感な時期を彩ってくれた歌手さんです。本当に懐かしいですよね、あの歌声を聴くと今でも心はあの頃に帰り…。あの頃の友人たちの顔を鮮明に思い出せます。本当にできるならあの頃に帰りたいです・・・・

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
ジロはいつの間にか所帯を持っておりました、しかも子供も三人!
長妻さんもこれから結婚を控えていますのでジロに負けないで子供をガンガン生まないといけませんねw。
う~む。長妻さんのあの技をだれに継承させるか?これが一大問題となるかもしれませんね!

ミギ、ヒダリ、マエ。大笑いしました。よくぞこのような名前を思い付いたものだと。我が家にいつか出来るだろう次々世代くらいの子どもにも付けたいくらいです(笑) チビちゃんたち賢い三猿に成長したら良いですね。
ふんどし一丁でヤシの実とり。そんな姿を許嫁には見せられないですね。ちょっと寂しいですがやり納めの見納めということでしょうか。

太田裕美の声は聴くたびに、そして時代が随分と変わっても懐かしさでいっぱいになります。彼女の歌声が始終ラジオから流れていた頃に戻りたいです。今を見限ってでも40年前に戻りたい‼️

ジロ惜しかったねぇ。大和の木登り名人は永遠に不滅ですw
所帯持ちでは完全にジロの勝ちなのですが、彼女も賑やかな家庭を築きそうです。ジロのところは技術の伝承は順調そうですが、長妻さんの技術は誰が継承するのか?褌一丁と言えば参謀長殿ですが、さすがにしらふと野外ではそのお姿は出来ないでしょうからね。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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