2017-10

ショートストーリー ゴースト・トレーラーの幻 - 2015.12.23 Wed

江古田中尉はトレーラー水島にあって勤務する巡洋艦〈若葉〉の主計科事務室で衣料倉庫の在庫状況を書類にまとめていた――

 

気が付けば夜も更け、時刻は二三三〇(ふたさんさんまる。午後十一時半)を回ろうとしていた。いかんいかん、もうそろそろ寝ようかと独り言ち、書類をファイルに挟むと机の上に立てた。そして事務室を出ようとしたとき、彼女の耳に不意に聞こえた音があった。

(赤ん坊の声?)

江古田中尉はもう一度聞き耳を立てた。さっき聞こえたのは赤ん坊の嬉しそうな笑い声だった。

(まさか、ここに赤ん坊がいるはずはない。ちょっと根を詰めすぎたかな。早いところ寝よう)

と急いで事務室の明かりを消すと自室へと走った。

そしてよく眠った江古田中尉は翌日にはそんなことがあったのはきれいさっぱり忘れていた。そしてその日も衣料倉庫でふんどしの在庫数だの女性の必需品〈待ち受け一番〉の在庫などを調べている。

その夜は、部下の検見川一等兵曹と発注伝票の確認をしていた。

この晩も遅くまでかかり、ふと時計を見上げた検見川兵曹は

「江古田中尉、もう結構な時間ですよ」

と声をかけ中尉は「ありゃまたこんな時間だ、今夜はこの辺で」と言った時―また赤ん坊の笑い声が彼女の耳に聞こえた。

「検見川兵曹…今、赤ん坊の声がしなかった?」

という中尉に検見川兵曹は「いいえ?しませんよ。空耳じゃないですか?中尉お疲れなんでしょう、後は私が片付けますから江古田中尉、もうお休みになってください」とほほ笑んだ。そうか、疲れてるのかと中尉は言って「じゃあ、悪いがあと頼む」と事務室を出た。

ドアを閉めて、自室に歩き出す。今夜はなんだか妙に艦内静かだ、でも同室の服部中尉のいびきはすごいからなあ、静かだろうが何だろうが関係ないよなあと辟易しながら歩く。

とー。

行く手の、甲板に出るラッタルの上あたりでまた赤ん坊の声がした、今度ははっきりと。

「誰だ?誰が赤ん坊を連れ込んでいる!?」

江古田中尉はそういうと声のしたラッタルを上がった。ハッチを開けて外に出た。南方トレーラーの今夜は生暖かい風が吹き付けている。

月は雲に隠れて甲板上は暗い、江古田中尉は甲板上に目を凝らした。(誰かが赤ん坊をこっそり産んでどこか艦内に隠しているのだろうか)

そんなことを思って艦首へと歩いてゆくと、誰かがそこに立っているのがぼんやり見えた。江古田中尉はやや腰をかがめて闇を透かすようにして

「そこにいるのはだれか?出てきなさい」

と声をかけた。自分の声がかすかにふるえているのを感じながら。

すると闇の奥にいる誰かの姿が揺らいでこちらに向かってきたようだ。が、(なんだ、足音がしない)と江古田中尉は背筋がぞっとした。

その時雲に隠れていた月が中天に姿を現した、そしてその〈人〉を見た江古田中尉はああっ、と声を上げていた。江古田中尉は

「河合…中尉じゃないか!」

と叫んだ。河合サキ中尉、江古田中尉の海軍経理学校時代からの友人でこの〈若葉〉に勤務した仲。結婚したものの艦内で流産し、それがもとで命を落としたのだ。その彼女が今目の前にいる。江古田中尉は何度も瞬きした、そして「本当に…サキか?」と念を押した。すると目の前に立つ〈河合中尉〉はにっこり笑って「そうよ、忘れちゃったの?江古田さん」というと江古田中尉のそばに歩いてきた。彼女の一種軍装の胸には女の赤ん坊が抱かれている。

サキは赤ん坊を抱きなおすと「向こうでね、この子に会ったの。うれしかったなあ…離れてしまって悲しかったけど、これでもう絶対離れない。ずっと一緒」と言って赤ん坊のほほに自分のほほをくっつけた。

江古田中尉は「そうだったのか。それはよかった、ずっと離れるなよ」と言って赤ん坊のほほに触れた。赤ん坊の頬はーあたたかかった。

江古田中尉は「サキのご主人、もうずっと独身だ。養子をもらったそうだよ、男の子。お前の名前を取って咲男というそうだ」と教えてやった。サキはうんとうなずいて「知ってる。旦那様、もう私なんか忘れてだれかいい人と一緒になってほしいのに」と少し悲しげに言った。

江古田中尉は「忘れられない、なんて女冥利に尽きるじゃないか。素敵なことだよ」と言ってほほ笑む。その中尉に微笑み返しサキは

「ここに来る前私の墓に参ってくれてありがとう。いつもいつも内地に帰るたびに…本当にうれしい。旦那様も、お父様お母さまもいつも来て下さるの。とっても嬉しい」

と言って胸元に刺した花を示した。それは先ごろ内地で墓参の際、中尉がそなえた花であった。

よかったな、と江古田中尉は言って思わずサキを赤んぼごと抱きしめた。サキの体も温かい。

江古田中尉は「サキ…苦しかったろうな。辛かっただろうに…。早く気が付いてやればよかったのに、本当にごめん」というと泣き始めた。サキは抱きしめられながら

「ううん…あれは仕方がなかったの。誰のせいでもないのよ。仕方のないことよ」

と言って「泣かないで、江古田中尉」と励ました。そして

「私はとっても幸せだった。海軍経理学校であなたと一緒に学んで、あなたと一緒の艦に配属になって、毎日楽しかった。私いつまでもあなたのこと忘れない。あなたのこと、ずっと守っているから。どこへ行ってもいつになっても守ってあげる。でね、江古田中尉…いつか河合に行くことがあったら、旦那さまやお父様お母さまによろしく言ってくださいね、サキは本当に幸せだったと。そしてサキは、河合家を見守っています、と…」

というと

「そろそろ時間です。私行かなきゃ。またいつか会えるといいね」

と体を離し、赤ん坊を抱きなおして江古田中尉の前に立った。月明かりが一層明るくなって彼女を照らした。さよなら、またねとサキの唇が動き赤ん坊が笑って手を振る。

「サキ!」

江古田中尉が叫んだとき、サキと赤ん坊はさらに強い月の光に包まれて見えなくなった――

 

はっと気が付くと江古田中尉は自室のベッドの中にいた。時計はそろそろ〇五〇〇になるころである。

夢だったのか、と江古田中尉はつぶやいてベッドから起き上がった。

と、足元に何かが落ちそれを拾い上げた江古田中尉の顔が引き締まった。

彼女が拾い上げたもの、それは江古田中尉がサキの墓前に供え、昨晩サキの胸に差してあった、あの花であったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・

赤ん坊の声が!というとなんだか安っぽい怪談のようですが、実は江古田中尉の亡き友が子供を連れて会いに来ていたのでした。

切ない話となりました。

江古田中尉と河合中尉のお話はこちらからどうぞ。

haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-676.html 友よこの手を握ってくれ1
haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-677.html 友よこの手を握ってくれ2



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ponch さんへ

ponch さんこんばんは!
コメントをありがとうございます、お褒めをいただきうれしいです^^。
強いきずなで心結ばれた二人。いつかきっと、生まれ変わって一緒に生きることができるでしょう!

よいクリスマスの夜をお過ごしのことと思います♪、メリークリスマス!!

クリスマスらしいいい話ですね。
いつかはこのふたりも生まれ変わって、再び艦に乗る日が来ることを願ってます。

日付が変わる前にメリークリスマス!

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
もう恋愛映画では欠かせない存在になった感がありますね「ゴースト」。本当に向こうの世界に行った人に会えたらどんなにうれしいだろうと思うときがあります。話したい事ありますものね…。
こういう短編は初の挑戦でしたがうれしいお言葉をいただいて書いた甲斐があったとうれしい思いです。ありがとうございます^^。

あったかい昼間とは一転、夜になったら寒さが!オスカーさんにはどうぞ御身大切に、よいクリスマスの晩をお過ごしくださいませね♪

こんにちは。映画は観たことはないのですが、れんあい映画では必ず話題にのぼる作品ですね。あちらの世界で暮らす人たちとつかの間でも再会できたらどんなに嬉しいことでしょう。人のつながり、縁を感じる物語でした。ガッツリの長編も好きですが、てのひらの中づやわらかく大事に包んでおきたいような、短編もまた余韻があり好きです~! あたたかいクリスマスとはいえやはり冬、お身体大切にして下さいね。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
ろくろを回していたのは「ニューヨークの幻」でしたね、あれも感涙ものの映画でした。
江古田中尉、亡き友との再会。しかも赤ちゃんを連れてきてくれましたサキさん。お互いに忘れないのでしょう、幽明境を異にしても心つなげてゆきます…

過去記事も読んでくださってありがとうございます!
泣かせてしまいましたか、ごめんなさいね^^。奥様、どうしたんだろうとご不審だったでしょうね(;'∀')…

タイトルから船の上でどうやってろくろを?なんて思ってしまってたんですが、亡き旧友とであえた江古田さん。サキさんとのくだりを改めて読み直しましたが、最近涙腺が緩くなってますので涙をためながら読んでおりまして、女房が?というような顔をしていましたので、とっさに肩の痛みがとごまかしました。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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