築地にて

あの大きな地震からひと月以上が立ち、梨賀艦長の母親は艦長を看病してくれた聖蘆花病院の日野原桐乃という女性に礼を言いに行こうと思い立ったーー

 

艦長の母親、梨賀イトは大きな羊羹を三本ほど買い求め、それを風呂敷に包んで出かける用意をした。孫たちが学校に行っている間にと思い、三人の孫たちが「行ってまいります」と家を出たすぐ後に出かけた。隣の家の主婦に

「築地まで出かけてまいります。孫たちが帰るまでには戻りますので、ご面倒でもその間よろしくお願いいたします」

と言って。主婦は「どうぞお気を付けて、お孫様たちがお戻りになるまでにお帰りになれないときはうちでお預かりいたします、ご安心なさってください」と言ってくれ、梨賀イトは安どして出かけることができた。

梨賀家から築地までかなりの距離があるが順調にイトは聖蘆花病院につくことができた。

まあ、大きな病院ですことと独り言ちながらちょっと緊張してイトは病院玄関を入っていった。時間としては午前中の診療が終わるころで受付前にはもう人の姿はまばらだった。

イトは受付にいって頭を下げて自分の姓名を言ったあと

「突然にお訪ねして申し訳ございません。じつは娘が軍艦大和に居りまして、先ごろの地震でこちらの日野原昭吾様、日野原桐乃様に大変なお世話になったものでございます。日野原昭吾様、桐乃様がお手すきなら少しで結構です、お礼申し上げたいのですがーー」

というと受付嬢の顔がぱっと輝き、

「梨賀幸子大佐のご母堂様ですね!では少しそちらの椅子にてお待ち願えますか?」

というと手元の電話機の受話器を取り上げダイアルを回した。そして何やら話して電話を切ると

「梨賀様、今少しお待ち願えますか?只今院長が参ります」

と言って、イトは頭を下げた。

ややして奥のエレベーターが開き、院長と昭吾、そして桐乃が下りてきた。

院長は「これはお待たせいたして申し訳ございません…」と大股で梨賀イトのほうへと歩み寄り、立ち上がったイトの両手をぐっと握った。そして

「梨賀大佐には私の妻が大変お世話になっております」

と言って妻の日野原重子は大和の軍医長をしていることを告げた。イトは「ああ!軍医長の日野原さん。こちらこそお世話になりまして」と声をあげ、ほほ笑んだ。

そして院長の横に控えている昭吾に

「その節にはお世話になりました」

とあいさつし、さらにその後ろに控えている桐乃を見た。外国人ではあるがどことなく日本的雰囲気を持っている彼女に

「あなたが、桐乃さんですね?娘がお世話になりました」

と頭を下げた。桐乃は慌てて「とんでもないことでございます、その後梨賀大佐はお元気と伺ってほっとしております」と言って、その柔らかな物言いと物腰にイトはたいへんな好感を持った。

そしてイトは三人に応接室に案内され、「ちょうど昼時ですから」と昼食の歓待を受けた。その前にイトは羊羹を差し出して「ほんのお礼でございます」と言い院長は「こんなに素晴らしいものを頂戴しては」恐縮した。

桐乃が上手に日本茶を淹れ、イトは感激した。そして

「あなたは外国の方とお見受けしましたが、とてもきれいな日本語をお使いになられますね。それにお茶の淹れ方の素晴らしいこと!」

と言ってほめた。桐乃は恥ずかし気に軽くうつむいて「そんなことありません」と言ってほほを紅く染めた。

その初々しさこそが、桐乃の良いところで院長も昭吾もほほ笑む。そして昭吾が桐乃がここに来るまでの経歴を話した。

イトはうなずいてみたり、時には桐乃に質問をしてみたりして

「あなたは素晴らしい人材ですね、日野原先生に見いだされたとは逸材ですよ。どうかこれからも精進して日本とトレーラーの医療の懸け橋になってくださいね」

と励ました。

桐乃は嬉しそうにほほ笑み、

「梨賀大佐のお母さま、ありがとうございます。私はこれからも一所懸命頑張って精進します」

とちから強く言った。院長も昭吾も一緒にうなずいている。

 

四人は楽しく食事をして話をたくさんした。

午後二時を回って、イトは

「そろそろ孫たちも学校から戻りますので、失礼いたしとう存じます」

と言って今日の礼を言った。

そして日野原の三人は名残惜し気にイトと病院玄関で別れた。イトは昭吾と桐乃に

「お二人とってもお似合いのご夫婦ですね、末永くお幸せに」

と言って一礼すると去っていった。

夫婦、と言われて昭吾と桐乃は顔を真っ赤に染めて立っていたが院長がにやにやしながら

「ほら、そろそろ午後の診察が始まるよお二人サン」

といったので慌てて院内に駆け込んでゆく。その後姿を院長はうれしそうに笑いながら見送った。そして(梨賀さん、背中を押してくれたね。ありがたいありがたい)

と思うのであった。

 

イトは佃煮を土産に自宅へ戻り、隣家の主婦に礼を言って佃煮を「少ないですがご家族様で召し上がってくださいませ」と手渡した。主婦は喜んで「すみませんねえ、お心遣いありがとうございます。多美子ちゃんと波奈子ちゃん、うちのと庭で遊んでますよ。もう少ししたらお帰しします」といった。

イトはではもう少しお願いします、と言って隣家を辞し家に入った。

居間に落ち着いて一息入れようと茶を淹れた。

湯呑を口に持って、一口茶を含んだときふと脳裏に思い浮かんだのは日野原桐乃の面影である。黒い髪の毛とやや黒い肌の色、そして何より賢い眼の光。人懐こそうな微笑みが印象的だった。

(あんなまだ幼さの残る異国の女の子が一人で東京に嫁いできている。なんてすばらしいことでしょう)

梨賀イトは二人を夫婦と思い込んでいる。

(あの二人ならあの大きな病院を盛り立てて行けることでしょう。そしてその病院の院長の奥様が軍医長の『大和』も安泰ですね)

イトはそう思ってふっと微笑むと茶をもう一口飲んだ。

(あら…私桐乃さんみたいに上手にお茶を淹れないと笑われちゃうわね)

そう思って、思わず小さく声に出して笑ったイトの耳に

「ただいま、おばあさま」

と玄関から多美子・波奈子の声がした。

はーい、お帰りなさいと応えるイト。もうすぐ正明も帰宅することでしょう、さあ今夜は何にしましょうか?

イトは元気よく立ち上がり、かっぽう着に手を通したーー

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

梨賀艦長のお留守宅の様子でした。

艦長のお母さん、お世話になった聖蘆花病院の桐乃たちにお礼がしたかったのです。そして桐乃との初対面、好印象をまたも残した桐乃でした。そして夫婦と勘違いされた二人、この先どうなるでしょうか。こちらもご期待くださいませ!

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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
桐乃がもしも、あの時日野原さんと村上さんに出会わなかったら、一生トレーラーで自分の才能に気が付くことなく終わっていたことでしょう。それを思うとき運命というものを感じます。
だれが見ても日本人らしい桐乃さん、院長夫人になってもまったくそん色ない人ですね!
小泉兵曹はもっと人間修養をすべきですw。お父さんの言う通り誓願寺で座禅を組んでほしいですね。

桐乃さんの今があるのは、南洋での奇跡的な出会い。もちろん人として生まれ出でるのも相当な奇跡なのですがw日本人よりも日本人らしい彼女、誰が見ても次期院長夫人として申し分なしなのでしょう。小泉さんあたりに爪の垢でもwあ、多分体質に合わないでしょうから、よしておきましょう。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
築地お買い物ツアー!いいですね、そういう番外編もいいかもしれないですね、今度何か企画してみようかしらw。

私も昭和のころが懐かしいですね、SNSも携帯もなかったけど充実していたあの頃。人と人のつながりが今よりすっとしっかりしていた気がしてなりません。そして昭和も前期は確かに大変な時代ではありましたが、生命力と発展力に満ち溢れていたと思います。希望があったのでしょうね。

そうですねえ手本にしてほしくないのは…小泉兵曹でしょうかw、あの性的奔放さは困りますものね(;´Д`)。棗大尉のようなおせっかいもあまりしてほしくないですね。
やはりオトメチャンにようにあってほしいかも!?

昨日は何とか終わりましたがやはり妙な空気が流れていましたっけ(-_-;)…まあ仕方がないですね。

こんにちは。
築地というと市場!な発想で、乙女たちが現代にワープ(これも最近聞かない言葉ですね)してお買い物ツアーを楽しむ話かと勝手に思っていました(^o^;)
最近は妙に昭和時代が懐かしく……苦労した女性もたくさんいたでしょうが、芯が強くたおやかで生命力にみちあふれていたように感じます。
見張り員さまの紡ぐ女性たちは今の女の子たちのお手本になるかも……絶対真似しちゃいけないタイプもいますが(笑)
今日はお疲れの1日になったことでしょう。少しでもゆっくり休めますように。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
梨賀大佐のお母さんの年齢、おおよそ60代初めと設定しました。昨今の60台と違ってあの当時のこの年齢は相当な高齢だったと思いますがきっと落ち着いた女性の余裕を醸していたのではないかと思います。そしてそれは私のあこがれでもあります。私も年相応に落ち着いた女性になりたいと思っております。

桐乃ちゃん、梨賀イトさんに昭吾さんと夫婦と思われていましたがそのくらい二人でいることに違和感がないのです^^、桐乃自体が古風な日本の女性そのものですので、外国人として見られるより日本人として見られるわけです。
日本は島国であるゆえに外国人をそう簡単に受け入れませんが日野原軍医長の一家はその辺革新的です。いいものは人でもモノでも受け入れるのが日野原流!

昔私なんぞが子供のころはまだ、隣家との交流がありましたね。子供を預かったり預けたり。そしてきちんと仁義を切る。あの頃は皆きちんとしていましたよね、そういう礼節が廃れてから日本はだめになった気がします。

新嘗祭。収穫に感謝し神に祈りましょう。
明日はいろいろありますが…頑張ってお為したいと思います。そして今年の新しい自然からの贈り物をいただくことにいたしますね^^。
いつもありがとうございます、まろにい様のお言葉胸にしみます。

さすがに梨賀さんの母上。挙止に無駄が無く、そして美しい。日本の母ですね。
立原正秋のそれぞれの作品に出てくる各主人公の母親のようではと想像してしまいました。
そんな母上が見間違った桐乃さんと省吾のさんのしっくり感はもう盤石かもしれませんね。見識のある方が認めた桐乃さん。僕も実物を見たい思いです。
しかし日野原一家の懐の深さにも感服です。あの当時、外国人を迎え入れるなどおいそれとは出来ないどころか排斥の気運だってあったはず。さすがに押しも押されもしない名家ですね。家柄というのを更に良くするのは当代の家人なんだなと改めて感じています。
一般の人々の暮らしぶりを紹介下さった今日の物語も素敵でした。最近遠ざかりつつある人々との交流の良さ。家の温もり。これがほのぼのですね。

明日は新嘗のお祭ですね。それぞれの家庭でも家の行事が行われやすい季節です。家を守っている人にとっては大変な行事でもあります。見張り員家もご多聞に漏れずでしょうか。
無理をなさらずお過ごし頂き、明日の夕飯から今年の新穀を口にして下さい。きっと善きことがあると思います。ご自愛専一に。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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