めぐりあい 3〈解決編〉

高田兵曹は向こうから来た日本人男性の一段とすれ違ったーー

 

「野田さん?あなたは野田佳子さんではないですか?」

すれ違いざま、高田佳子兵曹はそう声をかけられて立ち止まった。仲間の下士官嬢たちも立ち止まり、何事かと見つめている。

「私は」野田ではございませんが、と言いかけて相手の顔を見た高田兵曹は次の瞬間あっと声を上げていた。彼女の目の前にいる男性こそ、もうずいぶん昔――そう、まだ兵曹が女学生のころ結婚相手として伯父に引き合わされた佐野氏であったのだ。

「佐野…さん、でしたよね」

高田兵曹はそっと言った。すると佐野の顔が嬉しそうにほころんで

「覚えていてくださいましたか!うれしいなあ…。それにしてもあなたはずいぶん立派になられて。見違えましたよ、初めてであった頃はあなたはまだ女学校に言っていたんですよね」

と懐かしそうに言った。

お互いの連れたちは「話もあろうから先に行きますよ」と気を聞かせて歩み去る。

仲間たちがそれぞれ歩き去ったあと、二人はグアムの海からの風に吹かれて互いを見つめあっていた。不意に高田兵曹が思い出したように

「あの!――今ごろこげえなこと言うても遅い思いますが、ほいでもうちは言わんと気がすみません。あの時は本当に申し訳ないことをいたしました、心よりお詫びいたします。ごめんなさい!」

というと頭を下げた。

佐野は「あの時のこと??」と考えるような顔になった、高田兵曹は

「ほら…あなたが私の家に連れてこられた日のことです。私あなたを傷つけてしまった」

と言ってうつむいた。すると佐野は

「ああ!あの時の事」

というと笑いだした。びっくりする兵曹に佐野は

「いやあ、あれは私のミスでした。あんなことを言ってしまって、あなたが後でうんと叱られたのではないかと思って後悔しました。正直言うとあの時、私のほうにもまだ結婚したいという意思がなかったんです。なのにどうしても結婚しろと言われて…それにあなたにもあの時結婚の意思がないのを私は気が付いていましたから、あなたのお部屋を言い訳に使いました。私こそ、ごめんなさい」

と謝った。

思わず微笑む高田兵曹に佐野はややためらいつつも

「あなたの事…香川副社長から伺いました。ご実家と縁を切られたと」

といった。兵曹はうなずいて

「はい。うちはご存知の通りの生まれです。人によってはうちをけがれていると思うでしょうし、生まれてこなんだらえかった存在だと思うかもしれません、そしてそれはどれも正解だと思います。ほいでもこんなうちでも、『家族になろう』言うて拾うてくれた人がおりました。高田さん言うてうちの分隊の上司の下宿先のおばさんです。うちはその人の娘になって新しい人生を踏み出したんです。じゃけえうちは今とても幸せです」

と言って空に向かって深呼吸をするような格好になった。

その兵曹をまぶしげに見つめた佐野は

「つらかったですね。でもね、野田さんーーいえ、高田さん、でいいんですね?高田さん、けがれた人間も生まれてこなきゃよかった人間もこの世にはいませんよ。自分でそう思ってそう世間にも思わせてるだけじゃないでしょうか。あなたは前にお会いした時よりずっと輝いている、そしてとても美しいです。自信を持ってください!」

と励ました。

ありがとうございます、と高田兵曹の唇が動いて震えた。兵曹は感激して泣いていた。その兵曹に佐野は「私はあの後一人でここグアムの南洋新興支店に来ました。あなたの伯父さまの香川副社長からあの後、矢のように見合い縁談が来ましたが私はどれも断ってきました、だから今も独り身です」

と言ってほほ笑む。

高田兵曹は涙の流れた後のついたほほを手の甲でぬぐいつつ

「どうしてです?あなたのように素敵な男性ならきっといいお相手がいらしたはず。それとも私のせいで女性不信になられてしもうたとか?」

と心配そうに言った。

すると佐野は高田兵曹の二種軍装の両肩に手をかけるとそっと顔を寄せて言った、

「違います。私はーーあなたのことが忘れられなかったんです」

とーー。

 

その晩巡検が済み「煙草盆出せ」の号令のあと、艦長以下の幹部たちは皆で士官室の浴室を使った。ワイワイとまるで修学旅行の娘たちのようににぎやかだったがそのあと浴衣を着て艦長の部屋に集合。森上参謀長はふんどし一本で艦内を徘徊し当直の将兵嬢たちの度肝を抜いて大笑いした後、自室から芋焼酎の瓶を持ってやってきた。

出迎えた山中副長はその姿に軽く眉をしかめて

「まあ、森上参謀長。またそんな恰好なさって…いけませんよ」

とたしなめた。しかしもうすでに一杯ひっかけてきた参謀長、至極ご機嫌で

「何言ってんだよ野村は相変わらずだなその辺は。もっとおおらかになんなさいよおおらかに。さあ、野村も来い、飲もうぜ」

と言って一升瓶を振り回す。山中副長は苦笑しながら

「はいはい。ではわたくしもう少しおおらかになれるよう奮励努力致します。それから参謀長、私は野村ではございません、山中、でございますよ」

と言って艦長、砲術長、通信長に航海長、内務長それに軍医長も大笑いした。

そして一座は酒を飲むもの、主計長が差し入れてくれた南方フルーツのジュースを飲むものそれぞれにいろいろな話に花が咲いた。

中でも「オトメチャンの従姉が、「日向」から転勤になったあの目つきの鋭い水兵長」だったということに一同は盛り上がった。

林田内務長は

「私も岩井中尉や百川大尉からそれを聞くまで心配だったんですよ。もしオトメチャンに危害を加えるような目的を持ってきたならどうしようかって。でも岩井中尉によれば終始和やかな雰囲気でどこからどう見ても敵対心はないようだと言ってましたから平気でしょう。ま、オトメチャンもだんだん家族運が向いてきたと考えていいんでしょうね」

と言い、繁木航海長もうなずきながら

「松岡中尉、麻生中尉が二人を合わせる場に同席していたそうで、同じことを言ってました。今までずいぶんひどい目に合ってきた子ですから、もうそろそろいい目に合わなきゃ嘘ですよ。ねえ艦長、副長」

と艦長と副長を見た。

梨賀艦長は浴衣の裾を直しながら

「そうですとも。誰にだって幸せになる権利はありますからね。オトメチャンだって幸せになってほしいですよ。私はあの子に関しては人一倍そう思う」

といった。山中副長も

「私も同じです。その水兵長という人がこの先もオトメチャンを支えてくれていったらいいと思います。--ところで参謀長、そのお酒臭いですねえ」

と最後は参謀長の芋焼酎に苦情を述べた。

芋焼酎を飲んでいた参謀長と通信長は

「え?そう?くさいかなあそんなに。気になったらごめん。――じゃあ今度はウイスキーにしよう!」

と言って参謀長はまだふんどし一本のままでウイスキーを艦長の戸棚から取り出した。

日野原軍医長がふと何か言いたげに副長の顔を見つめたが、参謀長が変な踊りを始めてしまったのでそれきりになってしまった。

 

同じころ、夜風に吹かれて桜本兵曹と岳野水兵長は最上甲板でグアムの星空を見ていた。

細かく砕いた宝石を夜空一面に流したようなグアムの夜空に、二人はしばらく声もなかった。桜本兵曹が「トレーラーも夜空はきれいじゃが、ここもええねえ。星が鳴るみとうじゃね」

というと岳野水兵長も

「ほんまじゃね。星が降るいうんはよく聞くが、ここの星は鳴っとるようじゃわ。トメちゃんはなかなかええこと言うねえ、詩人みとうじゃわ」

と言い二人は笑いあった。

桜本兵曹は幸せを感じていた。それは今まで感じたことのない種類の幸せ、喜び、感激であった。姉・祖父母・伯父伯母とはまた違った「いとこ」という存在。

血のつながりをより強く感じられる従姉の岳野カメの出現を、桜本兵曹は天に感謝した。そして二人が時期こそ違え同じ「日向」に乗っていたという事実が余計にその思いを強くしてくれた。

 

そのあとも、桜本兵曹の当直時間まであれこれと話をした二人であった…。

 

高角砲分隊の高田兵曹は寝台の中で何度も寝返りを打っていた。寝付かれなかった。

彼女の脳裏には今日の出来事が何度も鮮明に映し出され、そのたびに軽いため息が出てしまう。眠気がちっともわいてこない。

(佐野さんは…)

佐野が、別れ際に言った言葉が耳の奥によみがえる。

「野田さん。いや高田さん。私はあなたよりずっと年上でいい年のおっさんです。でも、もしあなたがそれでもいいと思うなら、どうか私との結婚を考えてほしいのです。お返事を急がせたりはしませんから行くりと考えてください。そしていいと思うなら…私はグアムの〈南洋新興〉にいますから手紙をください。待っています」

もう一度寝返りを打って高田兵曹は胸の高鳴りを抑えかねていた。

(うちでええんじゃろうか?ほんまに、うちでええんじゃろうか)

高田兵曹はその晩、なかなか寝付けなかったーー

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

めぐりあい。

運命なんでしょうかそれとも偶然?どっちにしてもそれぞれの人生に何らかの影響を及ぼすものです。桜本兵曹に岳野水兵長。そして何より高田兵曹とかつての見合い相手佐野のめぐりあい。

彼女も幸せになれるといいですね。

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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
ますます追い込まれる小泉兵曹ですw、これで高田兵曹が結婚となったらどうなるんだか。そうだオトメチャンにも思い人がいますからこりゃあ大ごとですw。

そうだ!!!
おじゃる丸にいましたね、カメとトメ。今思い出しましたあの高齢?のカメ姉妹ですね!
まったく頭をかすりもしませんでした(;'∀')!

高田さんにも想い人が。ますます小泉さん焦るなぁw佐野さんも偉い方ですよ。おいらのような俗物は、いい縁談あればなびきますがな。あとは高田さんの気持ち次第。

カメさん命名のネタはつ「おじゃる丸」のサブキャラ、亀の姉妹からかと思った次第であります。

オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
布施博さんのその歌!!今回のタイトルを考えたとき浮かびました^^、懐かしいですよね~♪
そうです、これからが見ものです!胸襟を開き肌を合わせ…ムフフフ、めぐりあいの不思議さを感じることになるのでしょう彼女たちw。

おお…グアムへご旅行ですか^^。
どうもこのご時世、海外旅行というとやや不安ですが欧州よりはずっと安全でしょう。欧州はしばらくは避けたほうがいいかもしれませんし。大丈夫きっと神様守ってくださいますから。いい旅行になりますように(ああうらやましい==)。

23日、舅殿の27回忌。福岡の義妹が18日からきて今日19日、姑と一緒に旅行に行きました。私も母と旅行に行きたかったものですが母も心臓が悪くなったので夢となりました。
オスカーさん、どうぞ御身大切になさってくださいね。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
一人を静かに思い続けるって素晴らしい。でもその年月が長いとほんとしんどいですね。辛さは半端ないでしょうに(;´・ω・)。
めぐりあいの連鎖、きっと続いてゆくと思います!素敵な連鎖が。人生悪いことばかりじゃないよと、この物語の中では思いたいものですねw。

実際の艦内でも幹部たち風呂上りに浴衣を着て互いの部屋を訪問しあっていたみたいですね。でも女性の浴衣姿のほうがやはりいいですよね^^。森上参謀長のふんどし姿は…男性からしたらどうでしょう?
女性軍人ではありますがたおやかな一面も垣間見せます!

こんばんは。
布施明さんの『めぐり逢い紡いで』の歌詞に♪胸のボタン ひとつはずしてあなた好みに 変わってゆく……というのがありますが、それぞれ巡りあった人たちと胸襟をひらいて語り合ったり、直に肌をふれあわせたりとかするんでしょうなぁ……とおやぢな気持ちになりました(笑)
グアム、来年の2月に下の子が旅行に行くと言っていました。海外旅行は不安がいっぱいですが、本人はのんきなものです。
三連休になりますね。ゆっくりできますように。

思い続けることって崇高ですね。しかしその歳月はしんどい(笑)
めぐりあいが新たなめぐりあいを生んで、さらに素敵な結果になると良いですね。
見張り員さんのこと、きっとふたりを幸せへと優しく導かれるのではと思っています。

浴衣に着替えて芋焼酎。そして女子会のような集まり。幹部のこんな姿を想像しただけで笑ってしまいました。そのくつろぎがまた明日への活力になるのでしょう。
女性ならではの一場面にこちらまで気持ちが和らぎました。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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