ものみなよろし。|女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

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ものみなよろし。

2015.11.06(08:59) 1030

「女だらけの戦艦大和」以下八隻の艦艇は、豊後水道から日向灘を経てそして沖縄本島中城湾(なかぐすくわん)に停泊している――

 

『大和』気象班の天辰中尉の観測によれば、この先比島付近に大きな台風が接近中で「わが『大和』は何とか乗り切れると思うのですが駆逐艦は転覆の危険もあると思います。台風はやがて大陸へ向かうようですからそれまでここに停泊しましょう」と副長、航海長、通信長に進言。副長は

「あい分かりました。では艦長にその旨お伝えします」

と言って梨賀艦長に報告、艦長から随伴の軽巡・駆逐艦艦長たちに艦隊電話で連絡。

「しばらくここで足止めか。まあ仕方がない…、そうだ沖縄方面艦隊司令部に私の同期がいるんだ。ついでと言ってはかわいそうだが、ちょっと顔を見に行こうかと思うんだ。副長、一緒に行こう。那覇の街を見て、<波の上宮>に参拝して来ようじゃないか、沖縄の総鎮守だ。この先の武運を祈ろうよ」

梨賀艦長はそう言って、副長も同意した。

副長は

「那覇。私は沖縄に上陸は初めてですよ。そういえばこういう歌があると聞きました…。

朱の瓦 屋根の蜉蝣(かげろう)春の日に ものみなよろし我が住める那覇(山城正忠)

いい歌ですよねえ…この歌を読んだのはずいぶん前ですが、それからずっと那覇という町はどんな町か?気になっていましたよ」

と言って嬉しそうに微笑んだ。

そして二人は二日ののち、那覇へとむけて上陸をしたのだった。艦長と副長は二種軍装に身を固め見送りの黒多砲術長・繁木航海長・山口通信長に

「では行ってまいります…すぐ戻りますから心配しないで」

と言って内火艇に乗り、帽子を振って行く。

 

二人は首里の沖縄方面艦隊司令部に行って梨賀艦長の同期・宮尾大佐と会った。彼女はもうここで長いのであちこち案内してあげると言ってきかないので、梨賀大佐は根負けして

「じゃあ一番行きたいところ、〈波の上宮〉に連れて行ってほしい」

と言って宮尾大佐は地元出身の板良敷(いたらしき)一等兵曹を運転手に、自動車を出してくれた。

 

那覇港をみはるかす高台に波の上宮はあった。

台風が至近に来ているとあって海はうねりがあり空には雲が早く動く。しかし梨賀大佐と山中中佐には初めて見る沖縄の風景は心うれしいものがある。

さっそく宮尾大佐、板良敷兵曹も一緒に参拝して梨賀大佐はほっとしたような顔になった。山中中佐は

「いいですねえ。歌に詠まれるほどの街。私はここにきて本当にうれしいですよ…こういってはいけないかもしれませんが今回ばかりは台風に感謝です」

と言って宮尾大佐は

「あら、山中中佐はあの歌をご存じなんですね?朱の瓦 屋根の蜉蝣春の日に」

とそこまで言うと中佐と顔を見合せて

「ものみなよろし 我が住める那覇」

と唱和して笑った。梨賀大佐も笑った。板良敷兵曹がその三人を眩しげに見つめている。

 

梨賀大佐と山中副長が帰艦すると山口通信長と繁木航海長が微笑みながら待っていて、通信長がそれぞれに手紙を渡した。「これが来ました。しかも航空便の速達です…さあ早く開けてください」

そう言ってほほ笑む通信長に艦長も副長もかすかに首をかしげつつ封筒の裏を見ると艦長あてには巡洋艦の白井艦長から。そして山中副長あてには白井艦長とそして、夫の山中大佐から。

「新矢さん…」

と副長の唇からかすかに声が漏れた。慌てて封筒から中を引き出す。そして中身を読むと―ー。

 

梨賀艦長は自分あての白井艦長からの手紙を読んで何か笑いが込み上げてきた。白井艦長は、二人の男性佐官が、『大和』幹部の夫というのを知ってびっくり仰天して謝罪の手紙を出してきたのだった、「私の監督不行き届きで山中中佐と繁木大尉にご不快の念を抱かせてしまったこと、幾重にもお詫び申し上げ候」と。

女ばかりの艦に男性が乗ったればこその騒動で、幸いおおごとにもならなかったのが幸い。艦長は(力自慢の将兵に組み敷かれて、山中さんも繁木さんも災難だったね)と思って大笑いをしたいのをぐっと我慢する。

繁木航海長も、夫から手紙をもらっていて先に読んでいたのでびっくりはしたが夫の一所懸命申し開きをする内容の手紙に

「こんなこと謝らなくたっていいのに。私だってそのくらいわかっていますよ。でもそこがあの人の真面目なところなんですよね」

と言って通信長と笑いあったところである。

その繁木航海長は、手紙を読んでいる副長に視線を向けると、副長は何か怒ったような顔つきでいる。繁木航海長は(副長、怒ってらっしゃる…どうしよう)と、視線を艦長と通信長のほうへと泳がせる。それに艦長と通信長も気が付いて

「山中さん…」

とそっと声をかける。こんなことで夫婦の間が不仲になったとしたらとんでもないことで、白井艦長の首が飛ばないとも限らない。梨賀艦長はあわてた。

と。

副長が顔をひょいっと揚げると飛び切りの笑顔をみせた。

艦長通信長そして繁木航海長が「?」と副長の顔を見つめると副長は

「真面目なんですよね、あの人。一所懸命弁解して…これも人によっては『やましいとこがあるから弁解するんでしょ!』って言われかねないのに。私は大佐を信じています…大佐はどんな状況になってもやたらと女性に手を出したりしませんから。あんなにはにかみ屋の男性はいませんよ、大佐はどんな美女が言い寄ろうとも絶対靡いたりしませんね、大佐は―ー」

と話し出して止まらない。

とうとう通信長が噴き出した。そして梨賀艦長も。ようやく副長はそれに気が付いたか話をやめた。繁木航海長が

「そうですよね、山中大佐も私の夫もはにかみ屋です。ほかの女性に軽々に手なんか出せませんし『ハイどうぞ』と言われても出せるような人じゃありませんよね。心配なんかするだけ無駄ですよね」

と言って笑う。

「副長、」と梨賀艦長が言った。

「のろけをごちそうさま。二人のご主人のおっしゃることは真実だ、彼らは『シロ』です。白井艦長も、当該の准士官と士官に話を聞いて一方的な思いからそのような行為に及んだと聞きだしたそうだから、この後も変な猜疑心など持たぬように」

そう、艦長は言った後山中中佐と繁木大尉の肩をそっと叩いて微笑んだ。

山口通信長もほっとしたような顔で皆を見て微笑んでいる。

それを後からきてみていたハッシー・デ・ラ・マツコにトメキチ、そしてニャマトがいてマツコは

「あんたたちも女には気をつけなさい?副長と航海長の旦那はその辺常識人だったから何事もなかったけどふつうはなにも無しじゃすまないわよ…」

とトメキチとニャマトにレクチャーしている。

その三匹に副長は

「ありがとう。私たち良い旦那様と出会って本当に幸せですよ」

と言ってそれぞれの頭をそっと撫でてやった。

 

山口通信長は甲板に出て中城湾から沖縄本島の海岸線を見つめながら風に吹かれた。そして何かうれしいような晴れ晴れとした気分でつぶやいた。

「何事かと緊張しましたがよかったね、山中中佐に繁木航海長。―-ものみなよろし、ですね」

 

台風もやがて遠ざかり、『大和』はトレーラーを目指して再度抜錨する――

 

               ・・・・・・・・・・・・・

ちょっとした箸休めのようなお話でした。書き始めて「ハッ、どうしよう!」とこまったのは私が沖縄という地に足を踏み入れたことがなかったということです。知らないくせに沖縄を舞台にするんじゃない!と怒られそうですね。

 

波の上宮。(WIKIより拝借)波の上宮

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コメント
まろゆーろさんこんにちは!
この歌を初めて目にしたのは高校時代だったかその後か、「ひめゆりの塔をめぐる人々」の手記(著・仲宗根政善)の中に出てきまして、「ものみなよろし」という表現に打たれました。
山城正忠という沖縄の歌人の、言葉の豊かさ。素晴らしいですよね。やまとことばの美しさをひしひし感じます。

言ったこともない場所を題材に選んでしまって、四苦八苦しましたw。地図を引きながら、ここからこういって…ああ言って…などと思いめぐらしました。にいさまのお言葉大変うれしく書いた甲斐がありました!!
沖縄という土地を想うときやはり、前の戦争の傷を想わざるを得ません。一年通して温暖で、人々も時間もゆったりしたあの土地に、血で血を洗う凄惨な戦いがあったこと。忘れてはいけませんね。
昭和の御代は、多くの日本人がその血を流し死んでいった時を経験しましたがそれをすっかり忘れ去ったようなこの現在。嘆かわしいことだと思います。
先人の血と汗と涙であがなった今の「日本」という国。いい加減な人間が適当に扱うことに大変怒りと危惧を覚えております。
沖縄も穏やかであってほしかったです、本当に。

「女だらけの大和」、ものみなよろしの気風が満ちているようです。
さあこの後どんなことが起きますか?ご期待くださいませ^^。
【2015/11/08 12:29】 | 見張り員 #- | [edit]
河内山宗俊さんこんにちは!
御祖父母様の金婚祝いに沖縄へ💛、素敵ですね。きっとお喜びになられたことでしょう。
美しい沖縄諸島ではありますが、この間の戦争では大変な目に遭いました。日本初の地上戦…ひめゆり学徒隊をはじめとする沖縄県内の女学校の看護隊。男子生徒の鉄血勤皇隊などの悲劇は忘れてはいけませんね。

沖縄という土地はまさにおっしゃる通り住みたくなる場所だそうですね。私なんぞいったが最後、「東京には帰らない」とばかりに行方不明になっちゃうかもしれませんw。
まあ携帯を持っていれば電波をたどってあっという間に突き止められてしまうでしょうね(;´Д`)。
【2015/11/08 12:19】 | 見張り員 #- | [edit]
Gくんさんこんにちは!
まさにこの波の上宮、竜宮城と言っても差し支えない佇まいです。一度でいいから本物を見に行きたいです。

通信長=局長。
なるほどそれは初めて知りました!新しい知識を得ました、ありがとうございます^^!
【2015/11/08 12:14】 | 見張り員 #- | [edit]
ものみなよろし。何て奥深い言葉なんだろうと改めて感じ入っています。
やはり日本語は美しい。これを大事にせねば大和の心も彷徨うばかりになるでしょうに。

しかし見張り員さん。まるで那覇の地に立っているかのような気持ちにさせて下さった名文の出来上がりですね。
この沖縄も広島長崎同様に日本人にとっては大切な慰霊の土地ですね。大勢の犠牲の上に成り立っている日本。それを忘れて成り上がり者が跋扈している今の日本。
見張り員さんが書いて下さっているような穏やかな島で、本当はあってもらいたかった沖縄です。

大和のなかでは行き届いた心の交流が続いているようですね。ものみなよろし、でしょうか。
【2015/11/08 10:01】 | まろゆーろ #- | [edit]
かれこれ15年ほど前に、母方の祖父母の金婚式祝いをだしに沖縄を訪れたことがあります。波の上宮は訪れませんでしたが首里城、ひめゆりの塔、石垣島に渡って、西表島、由布島に行ってきました。やはり、ひめゆりの塔は先の戦争の悲惨さをいやおうなしに思い知らされます。

沖縄を訪れた方のなかには、そのまま移住したくなってしまう通称沖縄病にかかる場合も、かくいうおいらもリタイアしたら住みたい場所であります。通信手段の発達した現在ですから、日本中どこにいてもOKでしょw
【2015/11/06 15:03】 | 河内山宗俊 #jYbOzkUY | [edit]
画像・波の上宮は、竜宮城のようですね。山口通信長など”通信長”、何度も出て来ます。これも船乗り用語では、通称”局長”といいます。たぶん旧海軍も同じだと思います。
【2015/11/06 12:27】 | Gくん #4SSKmKVw | [edit]
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