恋におちて―ー巡洋艦・歯黒の場合。3<解決編>

化け物カボチャの一件から、「巡洋艦・歯黒」の乗組員嬢たちは男性技術佐官への恋心を高めていった――

 

水兵嬢のみならず、下士官嬢・士官嬢までが「ねえ、あのお二人素敵ねえ」とか「ああ、あんな素敵な方がエンゲ(注・海軍士官隠語で婚約者の意)だったらいいなあ」などと囁いてほんのり艦内が桃色に染まったような気さえする。

田中副長も、繁木少佐に恋心を抱いてはいたが

「だからと言って任務をおろそかにしてはいけない。最近たるんではいないか、わが〈歯黒〉は」

とわれとわが身を励まして艦内の風紀を正すため立ち上がろうと決意した…。

 

しかしそんな副長の健気な決意より、乗組員嬢たちの行動のほうが数瞬早かった。

朝、二人の男性佐官が部屋を出ると、待ち構えていた水兵嬢がにこやかに「おはようございます!」と敬礼し意味ありげな流し目をする。

さらに二人が甲板上を歩いていると少尉嬢が寄ってきて〈歯黒〉についての要らんレクチャーをする。さらに機銃を点検中の下士官嬢は、二人が歩いてきたのを見計らってわざと機銃座囲いにけっつまずいて山中大佐に助け起こされてご機嫌である。

それを見たほかの機銃員たちも我も我もと、二人の行く先々でこれを行い、さすがに山中大佐は

「〈歯黒〉の機銃座囲いには何か欠点があるのだろうか?やたらと機銃員の人たちがつまずくねえ…繁木くんちょっと見てみましょうよ」

と心配になって〈技術屋〉らしい面をみせた。繁木少佐も

「そうですね。確かに多すぎます…指揮官はどなたでしょうか、指揮官のお話も聞いてみたいです。普段の様子なども聞いて、もしいつもこうなら直さないと。戦闘中なら皆の命にかかわります」

と真剣な表情をたたえて言った。

そして機銃群の各指揮官が集められ山中大佐は

「これこれこういう事態は普段からあるのだろうか、だとしたら早急に改善をしないといけない。リンガでも改修はできると思うが」

と言って指揮官たちはびっくり。

一人の少尉嬢・立花が「そんなこと今まで見聞きしたことがない」と言おうとすると別の指揮官嬢・水樹少尉からそっとうでを掴まれた。

そしてその耳に(あれだよ、皆この男性佐官たちの気を引きたくてしたんだろう。――どうするこのまま静観するか。それとも止めるかね)と囁いた。

立花少尉は(な~るほど。そういうわけね、みんな結構かわいいことするなあ)と思い、水樹少尉の耳に

「じゃあ、黙っとくか。下士官連中の恨みを買っていいことないからね。それに〈人の恋路の邪魔する奴は三式弾に当たって死んじまえ〉ともいうからね」

と黙っておくことにしてしまった。

そしてこれはその場の指揮官嬢たちの共通認識になってしまった…。

 

それだけならまだしも、とうとう実力行使に出た乗組員が現れた。

艦内一、いやもしかしたら海軍内でもトップクラスの美人の織田市子兵曹長が山中大佐に対し斬りこみ(アタック)をかけたのだ。それはまさにストレートなやり方で、彼女はある晩露天甲板第一砲塔付近で思いにふけっていた大佐を射程に捕らえると背後に寄って行った。

その山中大佐は暗い海を見つめながら妻の次子中佐を想っていた。(次ちゃん、今頃その辺りを航行しているんだろう、沖縄にはもう着くころだろうか。どうか無事で)

艦が波を切って進む音を聞きながら彼は砲塔の向こうにそびえる艦橋を見上げた。月明かりに照らされた艦橋、内部は暗いがそれでも当直の兵員嬢がいて見張業務などに従事している。航行中は白井艦長も田中副長も交代で眠るのできっと今の時間はどちらかが艦橋勤務なのだろう。

(『大和』も同じなんだな。次ちゃん体調がよくないようだったが、無理をしないようにしてほしい)

大佐は妻を心配した。

そこへ突然、「山中大佐。どうなさいました」と声がかけられ大佐はちょっとびっくりして振り返った。そこには月明かりをまとって妖艶ささえ感じられる織田市子兵曹長が立っていた。

「突然失礼いたしました、織田市子海軍兵曹長であります」

そう言って織田兵曹長は敬礼した。山中大佐も返礼してから

「夜の海が見たくなりましてね。我々はなかなかこういう機会に恵まれないので。航海が珍しいと言ったらへんですが」

と言って海を見つめた。そうだったのですか、と織田兵曹長は言って大佐の左に立ちハンドレールを掴んで一緒に海を見つめた。

暫くの間二人は黙って海を見つめた、月明かりに波がしらがきらめいてさながら海に宝石を撒いたようである。

「美しい…」

大佐がそれを見つめて言ったその瞬間、織田兵曹長は大佐に抱き付いていた。

大佐はそれこそびっくりした。「兵曹長、どうしました?あの…」と話しかける大佐、織田兵曹長はさらに抱き付きながら

「そんなに私が美しいですか、うれしい…。山中大佐、私あなたが好きです!」

と思いをぶつけた。大佐は必至で兵曹長を自分から離そうとしながら

「ちょと待ってください、待って!いったいどうなさったんですか急にあなたそんな」

と言った。彼の声が上ずった。それでも兵曹長は、大佐が好きです好きですと言いながら彼にその柔らかい身体を押し付ける―ー。

 

同じころ、山中大佐を探しに部屋を出た繁木少佐は内務科の少尉嬢に呼び止められた。金子少尉は

「繁木少佐、どうなさいました。何かお困りでは?」

と話しかけたが、内心(やった、あこがれの繁木少佐と!)と真っ赤な下心を広げている。そうとは知らない繁木少佐は

「山中大佐を見かけませんでしたか?ちょっと出てくると言ってそれきり三十分も戻らないので心配で」

と言ってあたりを見まわした。そうでしたか、「それはご心配ですね」と金子少尉は言って

「ではご一緒に行きませんか」

と誘って「もしかしたら外の空気を吸いに出られたのかもしれません」と甲板に誘い出した。

くらい甲板は月明かりだけが頼りである。金子少尉はそっと足音を忍ばせて歩きながら艦首方向、第一砲塔のそばへ繁木少佐をいざなった。

と、何やら人の声がして繁木少佐は「誰だろう…あの声は山中大佐みたいな?」と言ってそちらに小走りに行った―ー。

 

山中大佐は「やめてください、いけませんよあなた。艦の中でこんな行為は許されませんよ」と兵曹長を諌めその体を自分から離そうとした。

と、兵曹長はなんと大佐の足を思いっきり払い、自分のほうに倒れるように仕組んだ。大佐は虚を突かれて兵曹長の上に覆いかぶさるように倒れた。

 

「山中大佐ですか?」

そう言って声のした方へ近寄って行った繁木少佐が月明かりの下に見たものは――織田兵曹長を下に抱き込んだ山中大佐であった。がよく見れば兵曹長嬢が下から大佐をしっかり抱きしめ居ているのだが、

「や、山中大佐なんてことをなさってるんです!」

仰天した少佐にはそれが見えなかった。繁木少佐の声が上ずり、大佐は必死で「違う違う違う!違うんだ繁木君、いいからこの人を私から離してくれたまえ」と叫んだ。

びっくりして立ち尽くしたままの繁木少佐に金子少尉が

「いいじゃないですか、黙っていれば誰も知らないこと。だったら私たちも…」

というなり彼女も彼の足を払い少佐をその場に倒してしまった。

 

「誰か、誰か助けてください!」

山中大佐、そして繁木少佐の必死な叫びが、見回りの甲板士官の耳に届いた。甲板士官は「どうされましたー!」と叫んで飛んできて懐中電灯で照らし、その場の惨状を見て言葉を失った。

その場には、二組の男女が甲板に重なって倒れていて、下になった女将兵が男性佐官を離すまいと必死の形相で抱きしめていたのだった。

「助けてください、この人を離してください!困ります!」

必死な男性佐官の声が夜のしじまを裂いていた。

 

 

白井艦長は苦虫を噛み潰したような顔で、織田兵曹長と金子少尉をにらんでいる。

甲板士官からの緊急連絡で、第一砲塔そばまですっ飛んできた白井艦長と田中副長は、甲板士官からの報告と二人の乗組員嬢の告白を聞いて仰天した。

「なんという破廉恥なことを!このお二人はお客様でありしかも奥様のいらっしゃる身である!それを貴様ら、何という破廉恥な手段で…!どうも最近皆の様子がおかしな様子だと思ったら、皆恥を知れ!そういう破廉恥な連中、海に叩き込んでやる!」

白井艦長はわなわなと震えながら叫んだ。顔面蒼白になり今にも倒れるのではないかと副長と佐官たちは心配になり、山中大佐は

「白井艦長。この件我々にも責任があります、どうかこの二人だけを責めないでください。我々がきちんと自分のことをお話ししないで艦に乗り込んできたところに今回の件を招いた責が在ります。大変申し訳ありません。どうか、どうかこのお二人をそして艦の皆さんを責めないでください」

と必死に懇願し繁木少佐も「どうか、願います」と言った。

白井艦長はそう二人の佐官に懇願され、ようよう落ち着きを取り戻した。そして

「私の監督不行き届きで、お二方に不愉快な思いをさせてしまいましたことを深く、深くお詫びいたします。本当に何と言っていいやら、奥様方にも申し訳なくて」

ともう一度謝って涙を落とした。

その白井艦長に大佐は微笑みながら

「人の心に鍵をかけることはできません。人を好きになるってそういうことだと思います。いやぁ、でも我々多くの女性から思いをかけられ正直うれしくありますよ。妻もきっとこの話を聞いたら『もてない男を夫にするよりずっと気分がいい』と言ってくれるでしょう。大丈夫我々の妻はこの程度で悋気を病んだりしませんよ」

と言って皆は微笑みあったのだった。

 

田中副長はそのあと(私が繁木少佐に恋心を抱いてたって艦長はご存じなかったのね、ああよかった。副長までそんな破廉恥で不倫な思いをしたと知ったら艦長大爆発しちゃうところだったわ。でも私は実力行使なんか絶対しない。よし!私も頑張っていい人を見つけよう)と思った。

 

そして翌日、艦長は艦内の総員に注意を与え

「妻帯者に懸想するとは不倫である、不倫は許されない。帝国海軍軍人の名折れである、戒めよ」

と締めくくり佐官たちに思いを寄せていた将兵嬢は「ふ、不倫か!そりゃまずいわ」とおとなしくなり艦内唯一のクリスチャン・細河 多摩子(ほそかわ たまこ)兵曹長、(通信科。洗礼名をグレーシア。艦内では〈ガラシャ夫人〉のあだ名あり)は聖書片手にして分隊員たちに

「汝、隣人の妻を姦淫するなかれ」

と静かに説いた。ややさざめいた通信員のうちの一人が「細川兵曹長、うちらは女ですから妻を姦淫はしませんが」と突込んだのへ〈ガラシャ夫人〉は静かな声と冷静な視線で

「妻、を夫と読み替えるのです。いいですね」

と諭し、皆「ハイわかりました」と黙ったという…。

 

 

そして――巡洋艦〈歯黒〉はそろそろリンガ泊地に到着する―ー。

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあこんなこったろうとある程度予測のついた話ではありましたが、しかし女将兵やるときはやるものです。こういうバイタリティーは戦闘で生かしてほしいもので。「恋におちて」、が「海に落ちて」にならなくってよかった。白井艦長大変お怒りでしたから。

こんな話が次ちゃんと史ちゃんに伝わらないことを祈りましょう。できた妻ですが心穏やかにいてくれるかはわかりませんからね、ハハハ…。

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Secre

オスカーさんへ

オスカーさんおはようございます。
双羽黒!!!!いましたよね、確か「花の三八」。昭和三八年生まれの力士三人くらいが大活躍でしたね。双羽黒、今で言うイケメンでしたがあんなことになって残念でした(-_-;)。
黒姫山~~~なつかしい~~~!
昔の力士の名前を聞くとあの頃家族で相撲を見ていた時を懐かしく思い出します。

明日は寒くなるそうです、オスカーさんにはどうぞ御身大切にお過ごしくださいませ^^。

こんばんは。
歯黒のふたり…角界でちょっと問題がありすぐ辞めた横綱・双羽黒(こんな字だった気がする)を思い出しました。ふたりともパワーはありそう……「黒姫山」もいましたね(笑) 腹黒くならずあっけらかんと明るく、理想の殿方を見つけてほしいです。

鍵コメ様へ

鍵コメ様おはようございます。お久しぶりです^^。

おお…!決行なさいましたか。
人がいなかったというのは良かったですね、心静かにお参りできたことでしょう…。
その後様子、拝見したいものでございます!!

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんおはようございます。
男性にとってはもしかしたらうれしいかもしれませんねw、こういう状況!
あちこちから女性が飛びついてくる世界、まさにパラダイスですね。

山中大佐は人の世の酸いも甘いも噛分けた人と言ってよいかもしれません。だからこそ次ちゃんが惚れたのでしょうね。
許すということを知ってる人なのです。こういう人を夫にしたら女冥利に尽きるかもしれないですよね。

若いおなごは時としてすごい積極性を見せます、ご用心召されw。

森須もりんさんへ

森須もりんさんおはようございます。
女性の立場からすると爽快だったりしますねw。
男性を力でねじ伏せる…一度してみたいかもww。

織田兵曹長、力はありますのでこれ位朝飯前だと言っておりますw。

楽しんでいただけてうれしいです💛

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます。
男性が女性の意のままに犯されたというのならこれは問題ですが、必死で防ぎましたから許してやってね^^、というところですね。見た目は楚々としたおとめごでも本来体力勝負の海軍さんですから押さえつけられた二人の佐官は大変だったのです(;^ω^)…助けがあってほんとに良かったw。

相手が悪くても相手のせいにしないとおいうあたりが彼らの男性たる証左のような気がします。最近男女にかかわらず人のせいにするのが多いですからね(-_-;)。

登場人物の名前を考えるのも一苦労、ですので今回は歴史上の人物からお出まし願いましたw。これからもいろいろ出てまいりますのでお楽しみくださいませ^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます。
ひどい浮気性の男性の言い訳めいた感じでしょうか、『もてないよりは~』って言葉w。
まあ今回は向こうから仕掛けられたからたぶん奥方たちも何とか許してくれるでしょう(-_-;)…
キツイお仕置き…彼女たち平気で20キロからの砲弾を抱えられるほどの人間ですから本気で怒ったら命にかかわります(;^ω^)。それだけは…という感じですね。

幸い山中・繁木両氏とも常識人ですので平穏に済むことでしょう。やれやれ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

いやはや女天国の地に男が舞い込むととんでもないハプニングが起きますね。
自分も一度そういう世界に舞い込んでみたいです。

山中大佐はできたお方ですね。
「人の心に鍵をかけることはできません」とはなかなかいえる言葉ではありません。
包容力のあるお方ですね。次子夫人も鼻高々でしょう。
それにしても若い女の積極性、聞きしに勝る強引性なんですね。

爽快ですね

女性の強さがでていますね。

織田兵曹長、なかなかやりますねえ。

読みつつ、ニヤリ。

ああ、爽快。

男女逆転の図。面白い展開でしたね。そして呆気ない幕切れも潔くて気持ち良いです。
女房妬くほど亭主モテもせず。これもまた味気ないですが、モテない男を夫にするよりも……の言葉に夫婦の深い愛情と、真にもてる男の矜持を見ました。

戦国時代の女性たちの名前が随所に。いつもながらの見張り員さんの茶目っ気が、登場人物の個性と輝きをさらに増していますね。

もてない男を何とかと言うのは、男の側の言い分ですからね。いくら出来た女性でも笑って済ませてくれるわきゃないですから。もっとも表面的に笑っておいて後でキツイお仕置きなんって言うのもやめていただきたいものです。

浮気は男の甲斐性なんて豪語する方々でなかったのが、救いですが。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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