恋におちて―ー巡洋艦「歯黒」の場合。1

〈女だらけの大和〉が豊後水道を目指しているころ、山中大佐と繁木少佐の乗った巡洋艦・歯黒は順調に南へとその航跡を伸ばしていく――

 

二人はまずリンガ泊地に行く予定でいる。ここで空母・翔鶴および瑞鶴にあの松岡中尉のラケット研究から生まれた繊維を実験的に施すのである。実験用の繊維は工作艦が積んでくることになっている。彼ら技術佐官二人はそれより先にリンガに行って翔鶴・瑞鶴を見学の上艦長以下に今度の実験の説明をするのである。

山中大佐と繁木少佐は、巡洋艦の一室をあてがわれそこでリンガまで生活しながら空母への実験の最終の詰めを進めている。

その日も艦の周囲に夜の帳が降りるころまで部屋にこもってあれこれと資料を広げたり模型をひねくり回したりして夢中になっていたがドアを従兵嬢が叩く音にはっと我に返った。

「はい、どうぞ」

と繁木少佐が言うとドアが開いて従兵嬢二人が「お食事をお持ちいたしました、ご用意いたしてよろしいですか」と尋ねたので山中大佐と繁木少佐は

「もうそんな時間ですか、それは申し訳ない!では―ー」

と慌ててテーブルの上を片付けはじめ、従兵嬢もあわてて「そのようなことは我々がいたします、お二人にはどうぞごゆっくりなさってください」と言って片づけに加わる。

そしてテーブルの上がきれいに片付くと、二人の従兵嬢は真っ白なテーブルクロスをその上にかけ、椅子をきちんと直して二人の男性佐官に「どうぞおかけくださいませ」と言って、大佐と少佐は恐縮しながら椅子に座った。

二人が席に着くとほかに数名の兵隊嬢が現れて二人の佐官の前にカトラリを並べ、そして前菜が置かれる。

食前酒のための小さいグラスも置かれ、先ほどの従兵嬢二人が小さな酒瓶を「どうぞ」と持ってきたので大佐と少佐はグラスを取り上げる。そこに酒が注ぎこまれ、従兵嬢がそっと下がる。

山中大佐は

「今日もお疲れさま、繁木君。リンガまではまだありそうだね…その間にしっかり実験の手順をおさらいしようね。――では、…帝国海軍の未来と、お互いの妻に乾杯」

と言ってグラスを上げ、繁木少佐も

「乾杯」

と言ってグラスを上げると、二人は酒を口に含んだ。柔らかい酒の味に、今日一日の疲れも溶かされる思いがして、二人は顔を見合わせると微笑んだ。

そして前菜から食べ始める…。

 

最後のデザートを食べ終え、山中大佐は「ごちそうさまでした。しかし明日からこんなごちそうはもう結構ですよ?皆さんと同じものをいただきたい」と言って従兵嬢に微笑んだ。繁木少佐も

「大佐のおっしゃる通りです。我々は員数外、その我々がこんなに素晴らしい食事をいただいては申し訳ありませんからね。主計長や艦長によろしくお伝えください」

と言ってほほ笑み、従兵嬢たちは

「それでもお二人はお客様です。お客様にいい加減なものをお出しするわけにはまいりません。これが我々の精一杯のおもてなしであります、どうかお受けください、お願いします」

「なにかご不満な点がございましたでしょうか?不都合な点がございましたらご遠慮なしにお申し付けくださいませ」

ととても心配そうに二人に話しかける。とうとう大佐は笑い出して

「不都合なんてあるものですか。私たちをこんなに歓待してくださるなんて、ちょっとびっくりしてしまいましてね。いや却って申し訳ない!そういうことならもう遠慮なくいただくことにしますのでよろしくお願いしますよ」

と言って従兵嬢たちも笑った。

 

従兵嬢たちは佐官の部屋を退出して、ほっと溜息をついた。緊張がほぐれるのを感じていた。

そのうちの一人・花岡水兵長が

「いやあ、お二人がいい人で良かったですよ。男性の海軍士官なんてそうそう出会う機会がないですからねえ。それにしても素敵な方たちですね、ウフッ!」

と言ってかすかに頬を染めた。

もう一人従兵長を務める能登兵曹が

「ほんとね。私怖い人だったらどうしようって、この話を聞いたときから心配してて胃のあたりがきりきり痛かったわ。でも取り越し苦労だったね、よかったあ。さ、明日からも一所懸命おもてなし致しますよ」

と言って花岡水長は頷く。

そして二人はテーブルクロスやナプキンを抱えて主計の部屋に戻る、その刹那、花岡水長はそっと部屋のドアを振り返った。どこか切なげなその表情を、従兵長の能登兵曹は見てなかった。

 

山中大佐と繁木少佐は、副長の田中少佐から風呂を勧められ、恐縮しながら使うことにした。田中副長は「出航して初めての風呂ですね、もう少し早く使っていただきたかったのですが遅くなって申し訳ありません」

と言って頭を下げた。が山中大佐は微笑んで

「そんな、とんでもないことです。我々は間借りの身。そんなものが大きな顔をして風呂を遣うようなことは許されません。一週間に一度で結構です、それもオスタップにいっぱいの湯で結構ですから」

と言い繁木少佐も

「本当にそうです。それに我々、艦の中のお手伝いをするわけでもなく部屋にこもりっきりなんですから。どうぞご心配なきようねがいます」

と言ってほほ笑む。

その二人の男性佐官の微笑と優しい言葉に田中副長は面映ゆげに顔を伏せた。が顔を上げて

「白井艦長からもお二人にご不自由をおかけしないよう厳命されております。何かありましたらどうぞ御遠慮なくお申し付けくださいませ」

というと敬礼した第二種の防暑服もまぶしい田中副長。

二人の男性佐官も丁寧に返礼し、副長は部屋を辞していった。

 

副長が部屋を出たのを、そのそばのラッタルの影からそっと見つめる影があった。男性佐官たちの従兵を務める一人、花岡水長である。彼女は明日の準備などを終えるとそっとここに来たのだった。

(あの方のお顔を、もう一度拝見したい)

その一心からである。

花岡水兵長は――山中大佐に恋をしてしまったのだ。

 

そして、田中副長は二人の男性佐官の部屋を退出した後、何か胸の鼓動が今までになく高いのを感じていた。頬がなにか火照っている。胸の鼓動が痛いくらいに高鳴り、そしてなんだかキューっと締め付けられるような切なさも伴っている。

(私は…わたしは)

田中副長は、私室に戻って艦内巡検の準備をしながら胸を締め付けられる切なさに耐えながら思った。

(私は…まさか、そんなこと。してはならないというのに)

 

田中副長は、繁木少佐に恋をしてしまった――

 

そしてこの後多くの巡洋艦将兵嬢が同じような症状に陥ることになるとは、誰も思いもよらないことであった。

そんなこととはつゆ知らず、山中大佐と繁木少佐はそれぞれの妻を想いながら長い夜を過ごしている――

   (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・

おやおや!

巡洋艦に乗って南方に向かう山中大佐と繁木少佐ですが、ほかの女性に懸想されているとは。周囲は女だらけの環境、妻と離れての南方行。

まさかこの二人、艦内のだれかとよい関係になったりしちゃうんでしょうか??次回をご期待ください!

 

「恋に落ちて」のカラオケです。一緒に歌いましょう!


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河内山宗俊 さんへ

河内山宗俊 さんこんばんは
調べてみましたw。
知らんことばかりでしたので目からうろこ状態でした。

ありがとうございましたw。

確か「リンガ」は、わしらの方で「ヨーニー」がそちらだった気がします。もっとも大体が一対しかも一体型ですので、台座に見える部分がヨーニーですな。

エジプトのオベリスクも似たような信仰から来てまっさ。

ponch さんへ

ponch さんこんばんは!
コメントをありがとうございます^^。

リンガ。女性器のことらしいですよ(;´Д`)…!今度はその辺をモチーフにして話を書こうかと思っていますw。
どうぞまたお気軽にコメントしてくださいませ、待っています💛

はじめまして

記憶ちがいだったらゴメンなさい。

リンガって男性のシンボルの俗称だって、聞いたことがあるんですが。

Gくんさんへ

Gくんさんおはようございます。
「恋におちて」大好きな歌です。最近はいきませんがカラオケに行くと必ず歌っていました。

レッコという言葉は聞いたことがありましたがLet go the anchorからきていたのですね!勉強になりました、ありがとうございます!!

こんばんは!

Youtube「恋におちて」聴かせてもらいました。本記事の前の前だったでしょうか。<錨を揚げて>とありました。逆の”投錨”は、Let go the anchor!と言うんですね。転じて船乗り用語では、「捨てる」ことをレッコ!といいます。例えば、ゴミがあると、そのゴミ、レッコせぇー!なんていいます。トリビアでした。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
この二人、今で言うなら?と考えてみましたが思いつきませんでした。まろ兄様はどなたか思いつかれましたか?
う~~ん。。。顔だけなら福山雅治氏とか向井理氏でしょうか?
でも私の中ではちょっと違うかしらw。

そして妻帯者の二人、キッと言い寄る将兵嬢も多くなるでしょう。いったいどうやってはねのけるのでしょうか。それとも受け入れちゃう??
ドキドキの次回をお楽しみに💛

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
山中大佐に繁木少佐。女ばかりの巡洋艦に放り込まれて?どうなりますか。言ってみれば逆ハーレム状態ですが二人はどうするのでしょう…ドキドキw。

歯黒。モデルにしたのは『羽黒』という巡洋艦です^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
やさしい山中大佐と繁木少佐に胸を射抜かれた―ーという感じでしょうね。
昔の男性は、やさしさはあってもそれを表現するのが苦手だったと聞いてますからストレートにそれを出せる二人はモウ、モテモテなこと請け合い!
でも愛する妻のいる二人ですから間違いなんて!

しかし据え膳食わぬはと手を出してはなりませんぞ、ほらほら、殺気が背後から…ギャーッ!!!!

紅一点どころか緑二点のふたり。女性たちが胸ときめかせる男性ふたりは今でいうと誰に似ているのでしょう。
ふたりとも妻のいる身ですが、どこか首筋が涼しい素敵な男性だろうなと想像しています。狭い艦のなかで大勢の女性から言い寄られるであろうふたりのこれからが楽しみですね。きっと上手く切り抜けるでしょうが羨ましい(笑)

こんにちは

お二人の、これからがドキドキ。
読みながら、いろいろと想像をめぐらせました。

巡洋艦「歯黒」って、名前もいいし。

まあ、異性に対する免疫?がない若い水兵嬢のことですから、このお二人の優しい物腰、それとない気配りにやられてしまったのでしょう。この当時の男性陣は基本男尊女卑で気配りなんてある方が少なかったでしょうし。
しかし、このお二人に限ってよもや間違いを起こすことはないと思います。

もちろんおいらでしたら、喜んでお相手いたしとうございます。据え膳食わぬは・・・。後ろから心臓めがけて刺されるかもw
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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