それぞれの「別れ」

いよいよ女だらけの帝国海軍の『大和』は抜錨の時を四日後に控えていた――

 

出港の日を前に、山中副長は夫の山中新矢技術大佐とのしばしの別れをすませた。一週間の休暇をもらい、自宅で密度の濃い時間を過ごすことができた。

そして山中大佐が南方の各基地へ出張する日には、山中大佐と同行する繁木少佐をともに見送るため『大和』の繁木文子航海長と共に桟橋まで出かけて行った。

繁木航海長も、山中副長も共に口数少なく微笑みさえ途絶えがちであった。内地にいつもいるはずの夫が、南方に長期出張と聞いて何か寂しさを隠せないのである。

山中大佐も繁木少佐も、そんな妻の心をわかってか一所懸命に気分を盛り上げようと必死である。その気持ちをわかって、妻たちは懸命に微笑みを続ける。

と、海上をこちらへ走ってくる内火艇が見えた。夫たちが乗ってゆく巡洋艦のものである。

「来ましたね、大佐」

と繁木少佐が言い、山中大佐は頷いた。そして二人は妻を振り返ると

「それでは行ってきます…くれぐれも体を大事にね。大きな戦闘もないとは思うが、――武運を祈ります。我々のことは心配しなくて大丈夫。首尾よくやってきます。もしかしたら向こうで会えるかもしれないね」

と言ってほほ笑んだ。

山中副長は夫と繁木少佐に

「道中のご無事をお祈りいたします。お仕事が上首尾で終わりますように。私たちも頑張って海の護りについてまいります。どうぞ安心してお仕事を。繁木少佐、夫を、よろしくお願いいたします」

と言った。その瞳がみるみるうるんだが副長はキッと顔を上げて二人を見つめた。繁木航海長も瞳を潤ませていたが

「山中大佐、夫をよろしくお願いいたします。繁木少佐、お体大切になさってくださいませ」

と言ってたまらずに下を向いてしまった。涙が数粒、足元に落ちた。

その間に、内火艇が接岸し艇指揮の少尉嬢が降りてきて敬礼した。「お時間です、どうぞ」といざなわれ、山中大佐は乗りかけたがふっと踵を返して妻のもとへ寄ると

「寒気はまだありますか?風邪が長引かないように、気をつけてください。トレーラーの暑さは久しぶりだからくれぐれも気を付けて」

と、休暇の後半から体調を崩し始めた妻を気遣った。はい、と答える次子中佐の瞳からも涙が落ち、大佐は「泣いたらおかしいでしょう?全海軍期待の一番艦の副長が。さあ、笑って私たちを見送ってください」と言ってその手のひらで妻の頬を伝う涙をぬぐう。副長ははい、と言って毅然と顔を上げる。

そして二人の男性佐官は妻たちに微笑みかけると内火艇へと乗り込んだ。妻たちの敬礼に応えた後、佐官たちは正面を向いてそして、内火艇は遠ざかって行った。

山中副長と繁木航海長はそれを見送りながら

「泣いてはいけないってわかっているんですが、どうして涙が出てしまうんですかね。これが今生の別れというのではないのに。でも内地にいないと思うだけで…」

と言って涙を含んだ瞳を見かわして、そして笑おうしたのだが―ー次の瞬間二人して抱き合うようにして泣いていた。

 

そんな別れをしてきた二人を、梨賀艦長は温かく迎えた。そしてやさしく二人の肩を抱き寄せると

「ご主人がたは南方の基地を数か所回られると伺ったが、きっとトレーラーにもいらっしゃるかもしれないよ。楽しみに待っていたらいいよ」

と励ました。山中副長、繁木航海長は艦長のやさしい言葉に胸が詰まり艦長の胸にすがるとむせび泣いた。

 

機銃の長妻兵曹は、これも久々に四日休暇をもらうと実家に行った。実家には結婚した姉の正代とその夫の海軍工廠技術士官、そして初めての子供で兵曹には姪っ子の華代が待っていた。長妻兵曹はもう大喜びで

「にいさま、お初にお目にかかります。海軍一等兵曹長妻昭子であります!不出来な姉がご迷惑をおかけしとるんじゃないかと心配しとりました。――おお~。かわいいのう!うちが叔母さんじゃ。よろしゅうに願います」

と言って抱き上げるとそこらを歩き回る。姪っ子の華代は人見知りしないたちで初めて会う叔母に抱かれて大喜びである。

その兵曹を見て両親は

「昭子もそろそろ嫁に行くこと考えんとならんねえ。班目さん、どこぞにええ人いませんかのう?」

と班目大尉を見た。

班目大尉は妻とそっと顔を見合わせて微笑むと

「実は、昭子さんにどうかと思う男性が居ましてね。急な話で申し訳ないんですが、明日会ってみませんか。彼は私の部下でなかなかいいやつですよ」

と切り出し兵曹は大変驚いた。大喜びする両親ときょうだいに囲まれ、兵曹も恥ずかし気に微笑んだ。そして翌日、兵曹は急きょ姉の夫からの紹介の男性と会った。一目会って、二人は感じるものがあったようで話が弾んだ。それを見て班目大尉は(これはうまくいったも同然)と確信した。果たしてその日別れ際に男性――毛塚浩二海軍技術少尉――は

「あなたが気に入りました!結婚を考えてください、どうかよろしく願います」

と言って長妻兵曹の両手を握った。ものすごいストレートな告白に度肝を抜かれた長妻兵曹であったが彼女も大変な好感を持っていたから恥ずかし気に「――こんな私でええんですか?どうぞよろしくお願いします」とその申し出を受けたのだった。そして二人は婚約の身になったもののすぐに兵曹は出航で、「なんじゃあ、こげえなことになるならもっと早うに来たらえかったなあ」とぼやいた。兵曹は『大和』に帰ると平野分隊士に「結婚するかもしれません、いや今すぐでのうて、次に内地に帰ったらですが」とだけ言っておいた。その時が来たら結婚許可願を出さねばならない。

うれしいその日が早く来るようにと平野少尉も喜んでくれた。

 

増添兵曹は三日の休暇を実家で過ごした。

険悪だった母との仲も完全に修復されそのうえ、兄嫁と母もすっかり仲良くなり兵曹にとっては何よりうれしい帰郷となった。

「三日の休暇ですけえ、ちと残念ですがほいでもかあさんねえさんのお顔が見られてうちはうれしい」

そう言ってほほ笑む増添兵曹に兄の庸一は

「なんじゃ、俺に会うんはうれしい無いんね?」

とすねて見せて皆は笑った。そして庸一はふっと兵曹の頭を見るなりそこを指さして

「ほういやあ要子、お前のハゲはどがいな?もうええんか?みた感じ普通のようじゃが」

と兵曹が今まで必死に母と兄嫁に隠してきたことをさらりとばらしてしまった。ハゲ?どういうことね庸一、と母親と兄嫁のさつきはびっくりして尋ねたので、兵曹は(このくそ兄貴、こげえな所で思い出さんでもええのに)と内心腹を立てながらもかいつまんで今までの話をしてやった。

すると兄嫁のさつきが「要子ちゃん…そげえになるほどの苦労があったんじゃねえ。かわいそうに」と泣き出し、兵曹の母が「ほいでもまあ、元に戻ったんじゃけええかったじゃないか。さつき、そんとに泣きんさんな」と慰める。

その様子を見て(かあさんとねえさん、すっかり本当の親子みとうじゃ。うちはこれをまっとったんじゃ)とうれしくなった兵曹であった。

 

石場兵曹長は、宮島の実家に帰る前に対岸の地にある父親の墓に参った。

線香を供え、その煙がくゆる中で両手をそっと合わせた。そして

(うちはやっと念願の准士官になれました。お父さんにこの姿を見せたかった)

と報告した。父が亡くなったときのあの悲しさは今も忘れられないが、彼女の日常は悲しみに浸るさえ許さなかった。気丈に彼女はそれに耐え、日々練磨し、そしてこの日を迎えた。

(お父さん。うちはこれからも頑張って上を目指しますけえ、どうか見とってやってつかあさい)

そう父の墓前に誓うと石場兵曹長は立ち上がり

「ではお父さん、また来ます!」

と元気に言って敬礼するとその場を後にした。

 

樽美酒ゆう少尉は、面会者ありの発光信号を受けて急ぎ上陸桟橋に向かった。繁木航海長は「もしかして親御様ではないのかな?ゆっくりしてきなさい」と言ってくれ、一緒にハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトがくっついてゆく。

面会者は、懐かしい母親とそして、病弱だった妹のひでであった。ひではもう、見違えるように元気になってそれを実際に見た樽美酒少尉の喜びは尋常ではなく、あの落ち着いた少尉が別人のように狂喜したのにマツコが

「樽美酒さん相当嬉しいのね、見てよあのいつも冷静なあの人が!」

とびっくりしてその金色の目を見開いている。今日はトメキチがニャマトを入れた袋を背負っていたがそれを軽くゆすりあげて

「だって思い出してマツコサン。妹のひでさん、一時は助からないって言われてたでしょ」

とそっと教えた。あ、そうだったわねとマツコは言って三人が抱き合うようにして再会を喜ぶ姿に見入っていた。そして、

「お姉様、この子たちがお手紙の、あの子たちね?あなたたちは私の恩人よ。あなた方のことをお姉様からのお手紙で知って、私は元気にならなきゃいけないって思ったのですよ」

樽美酒ひでがマツコたちに近づいてきた。マツコは両の羽を大きく下に広げた。彼女のあいさつのしぐさである。トメキチはニャマトを背負ったまま後足で立ち上がり敬礼。ニャマトさえ袋の中から「ニャマート!」と鳴いて挨拶。

その様子にひでも母親も驚くやら笑うやら。そして一行は、母親たちが宿泊している旅館に行き時間の許すまで語り合ったのだった。

 

桜本一等兵曹は、神林次郎からの手紙を受け取っていた。

『大和』が出航することを会社で知り、矢も楯もたまらず手紙を書いたと便箋にはやや急いだ感の文字がつづられていた。

>ほんたうは今一度お会ひしたかったのですが、次にお帰りになつた時の楽しみにいたしたひと思ひます。

その一文を、桜本兵曹オトメチャンは何度も何度も読み返した。そして(うちもあなたと会える日を心待ちにしております、また楽しいお話をいたしましょうね)と心の内で呼びかけたのだった。

そんなオトメチャンを、麻生分隊士は少し離れたところから微笑みながら見つめていた。分隊士の心には正直、もの寂しさもあったが(これがオトメチャンがほんまに幸せになれる道じゃ)と思っていた。

 

そんな出航直前の「女だらけの大和」に新しい乗組員が五名ほどやって来た。そのすべては兵隊嬢で一番階級が上のものは水兵長。

この水兵長が、この後オトメチャンに大きく関わってくることに今は誰も気が付かない――

  

        ・・・・・・・・・・・

 

物語がまた少し動き始めます。

「女だらけの大和」はいよいよトレーラー基地に向かってその錨を挙げようとしています。新しく来た水兵長、この人が一体どんなふうにオトメチャンと…!?

次回以降をご期待ください!

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2015/10/21 (Wed) 10:35 | EDIT | REPLY |   
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まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
見送るというのはとてもつらい時がありますね。見送られる方が気が楽というときもあるほどです。副長と航海長、つらい思いをこらえての見送りとなりました。

ご英霊のご遺品を!
いい経験ですよね、いろいろなことを考えますものね。私も以前靖国神社で血の付いた日章旗とか軍服を見たことがありますが、これを身に着けていた人の最後を思うとき胸が張り裂ける思いをします。
彼らの青春は夢と消えてゆきましたが今を生きる若い人たち、いや日本人すべてが彼らに思いを致しそして日々を意義あるものとし、彼らの死を無駄にしないでいただきたい、と切に思いますね。

助け合うことの大切さ。今一番欠けているものですね。梨賀艦長きっと何か考えているかあるいは…夢のような何かが起きることでしょう!

班目さん、そうか猫侍ですね^^。
疑問解決できてよかったです♪

2015/10/20 (Tue) 21:32 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
別れの中で出会いもあったりして、人というものは複雑です。長妻さんが結婚となると、小泉兵曹の焦りも頂点になりますね。けどあの子の性格からいって一人の男性のもとにきちんと収まるか?不安です(-_-;)。
新人乗組員とオトメチャン。この先どう絡むのかご期待くださいませ!

2015/10/20 (Tue) 21:23 | EDIT | 見張り員さん">REPLY |   
まろゆーろ  

いつもとは逆の別れ。見送りのつらさが痛いほど伝わってきています。
たとえ命が保障されている別れであってもつらいものを、明日のことも定かではない戦時下に於いては心が引き裂かれるものだったでしょう。
つい先ほどまで護国神社の資料室で大分県ゆかりのご英霊の遺品を直に触れてきました。なかには血染めの日章旗も。青春がないまま命を犠牲にして逝った若人たちの思い。今日は重くのしかかっています。

大和の人たち、みんな元気で何よりです。それぞれに助け合っているのですね。
艦長の「きっとトレーラーにもいらっしゃるかも」という言葉に、何かしらの優しい含みを感じています。すでに何かを考えているに違いないと。

斑目さん!! 先日、猫侍で!! それぞれにどこかで見たことがあるのにと不思議に思っていたことが解決できました。北村一輝の猫侍でした。

2015/10/20 (Tue) 14:09 | EDIT | REPLY |   
河内山宗俊  

様々な別れの形がありましたが、長妻さんはひょんなところで良縁に。小泉さんの焦る姿が思い浮かびます。別れがあれば出会いもというわけですが、新人さんが入ると何かとせわしくなりますね。オトメちゃんには何がまっているのやら?

2015/10/20 (Tue) 12:34 | EDIT | REPLY |   

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(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)