2017-09

朝日町異聞 2<解決編> - 2015.10.17 Sat

米山兵曹は久々の〈お楽しみ〉の時をいよいよ迎えようとしていた――

 

次の間に抱き上げて連れていかれ、布団の上にそっと置かれた。そして来ているものが少しずつ脱がされていく。

(いよいよじゃわあ。うちの至福の時。鼓くんとはもう何年の付き合いじゃろうか)

そんなことを思っていると軍袴が取り去られた。本当にこの、鼓くんとはアレの相性が良いのだ。この店自体にはよく来ていたが鼓くんと初めて会ったのは今から二年半ほど前、彼が初お目見えの時。

それまで米山兵曹は特に誰と言って指名をしないであてがわれた男性と夜を過ごしていたのだが、女将からその日「鼓、と申します。初めての顔だと思いますがどうぞよろしくお願い申し上げます」とあてがわれたのが彼だった。

いつもと同じように食事を終えてことに及んだのだったが、その相性の良さに米山兵曹は夢中になった。以来上陸してここに来るたび鼓くんを指名した。彼はまだこの店に来て日が浅かったので彼を知る客があまりなかったのが幸いした。

米山兵曹の専属のようにさえ、一時はなっていた。が、『大和』の外地での生活が長くなり兵曹は(鼓くんうちを忘れてはおらんじゃろうか)と心配になるときもあった。

が、鼓くんも米山兵曹との相性の良さを感じていたから大きなフネが帰って来たと聞くたびに米山を待っていた。

ずっと、待っていた…

 

そしていよいよその時が来たのだが、二種軍装の軍袴を脱がしてみたとき鼓くん、何とも言えない表情になった。悲しそうな、それでいてちょっと不審げな。

米山兵曹は軽く閉じていたまぶたを開いて

「どうしたの鼓くん…なんぞ不都合でもあったかいな?」

と尋ねた。

くらい部屋、その中で兵曹が少し開いた足の間に膝をついた鼓くんは

「――に変えたのは…何かわけでもあるのでしょうか?」

と言った。その悲し気な声音に、思わず兵曹は起き上がった。そして「なに?ごめんね、よう聞こえんかったけえもう一遍言うてつかあさい」と言って鼓くんの両肩を抱いた。

すると鼓くんは

「タマさんの…タマさんのふんどしが、真っ白なんですもの!いつもタマさんは色付きのふんどしをしてくるのに、どうして真っ白なものを?もしかして、ほかのだれかに心変わりしたんじゃないかって…僕寂しくなってしまったんです」

と叫ぶように言った。

「ヘエッ!!??」

と今度は米山兵曹が叫んだ。

「白いふんどしはいけんかったかね?…いやあ、すまんのう鼓くん。今までしとったんは色付きじゃのうて、ありゃもともとは白かったんじゃ、が、うちはずっとあれ一枚を使いまわしとったけえだんだん汚れて色付きみとうになったんよ。言うてきちんと洗濯はしとってなけえね、汚いままじゃないけえ安心してつかあさい。ほいで今回は、久々じゃしもうまた外地へ行かんならんけえ一念発起して酒保で新しいんを買うたんよ。

――そうね、うちがいらんことをしたけえ鼓くんには心配させてしもうたね。ごめんね」

そう言った米山兵曹に鼓くんは目を丸くして

「え!じゃあ、今までのあれは色付きのではなく…?」

と言って絶句した。

米山兵曹はしかし、こともなげに

「ほうほう、最近色付きのふんどしがハヤっとるらしいがうちはそがいなん好きと違うけん、買うたことはないし使うたこともないわい。うちら機関科は汗だくになる仕事が多いけえ、褌もあっという間に汚れてしまうんじゃ。ま、仕方がないわいね。ウフフッ」

というと

「それより早うしたいわ。時間が惜しいけえ、早う。鼓くん…」

と言って彼の両肩に回した手に力を籠め、自分に引き寄せた。しかし米山兵曹にはわからなかったが、鼓くんは引き寄せられながら大変複雑な表情をしていたのだった。

 

どさり、と二人は布団の上に倒れこんだ。普通ならこの時すでに鼓くんは息を荒げて米山兵曹の下帯を解き、その両足を思い切り開かせて自分を叩き込んでくるのだが、

「?どうしたんじゃね、鼓くん。早う来てえや、うちもう我慢出来ん」

と米山兵曹はせっついた。

が、鼓くんは微動だにしないで彼女に肩を抱かれたままでいる。さすがに米山兵曹は不審に思って彼の肩から手を離した。そして

「いったいどうしたんじゃね?」

と言ったとたん彼は素早く立ち上がると浴衣の前を掻き合わせ帯を締めると

「ごめんなさい、ちょっと腹の具合が…。ちょっと失礼」

というなり部屋を走り出てしまった。兵曹は「ほうね、いくら久しぶりじゃ言うてもそげえに緊張せんでもええのにねえ。――ま、ええわ。時間はたっぷりあるけえうちは待っとるで」というと起き上がり元の部屋に行くと湯呑に残った茶をごくっと飲んだ。

どのくらい時間が過ぎたか、見世の客たちははもうそれぞれ床に納まっているらしく静かになっている。よくよく耳をすましたらそれの物音は聞こえるかもしれないが兵曹には盗み聞きの趣味はないからそんなことはしない。

だが、

「遅いのう~。鼓くん何しとってかねえ、はあかれこれ一時間以上かかっとる。もしかしてえらく具合が悪いんじゃなかろうねえ」

と心配になった兵曹は浴衣をひっかけて部屋のふすまをそっと開けると廊下に出た。左右の部屋は明かりも消え、時折小さな官能の叫びが漏れ出てくる。兵曹は(ええなあ、うちも早うしたいのに。鼓くんどこ行ったんじゃろう)とかすかにイラつきが出始めた。

厠をそっと覗いても誰もいない、(おかしいのう、どうしたんじゃ)と兵曹のいらだちはやがて不安に変わる。一番奥の部屋の前を通ろうとしたとき、男性たちの声がして兵曹は立ち止った。いけないことだとは知ってはいるが聞き耳を立てた。

すると。

 

「嫌です、我慢なりません。確かに私タマさんとあっちの相性はいいですよ?でも…褌をずっと同じものを、それも変色するまで締めてるような人と今まであんなことしてたとは。ダメなんです僕そういうの。今にして思えば明かりのない部屋ってのがよくなかったです。そんなふんどしだってのがわからなかったから…ああもう、嫌だあ」

と鼓くんの泣き声が聞こえる。それをほかの男性たちが

「まあそういうなや、うちらも客商売じゃ。そういう人もおろうが我慢して接するンも仕事のうちじゃ。そがいなん、わかっとろう?それにいくら変色しとったいうて、洗濯はしとってじゃろ?それに今日は新しいものを締めとってなら、ほんならええじゃろうが、目えつぶってしてこいや!」

と口々になだめたりすかしたりしているのが聞こえる。

その場に愕然として立ち尽くす米山兵曹の耳に、さらに鼓くんの言葉が追い打ちをかけた、

「でもだめです。こんなことではこの仕事をできないっていうのはわかっていますが…気持ちが受け付けないんです。あんなに好きだった彼女を、もう抱きたくないんです」と―ー。

 

米山兵曹はどうやって部屋に戻ったのかわからないほどに衝撃を受けていた。気が付けば元の部屋の中に悄然と座り込んでいた。目の前には空になった食器。そしてさらに見やればふすまが半分ほど開いた布団の敷かれた部屋。

(ああ、どうして今まで新しいふんどしをして来なかったんじゃろう。うちは鼓くんとの関係に狎れすぎていたんじゃろうか。鼓くんを好きじゃ思う心ならどうしてもっと細かいところを気ぃ付けんかったんじゃろうか。これはうちの失策じゃ…鼓くんのせいではない)

ぼんやりとした頭ではあったがそれだけははっきりわかった。すると彼女の心は決まった。

立ち上がり次の間の布団を直し、戻った部屋の食器をまとめた。そして二種軍装を着るとその場の料金を置いた。少し多めに置いた。

そして内ポケットから小さな帳面を取り出しそこにちびたエンピツで

「急用ができ、戻ることになりました。料金はここに置いておきます。お世話になりました」

と書くと立ち上がり、部屋を出た。そして寝静まった見世を後にしていったのだった。

 

その晩は下士官集会所に行って無理を聞いてもらって食堂の一角でひざを抱えて過ごした米山兵曹、夜が明けると下宿に帰って布団を敷くとぐっすり眠った。翌日は何事もなかったように下宿のおばさんと世間話をしながら豆のへたと筋を取ったり芋の皮をむいて手伝った。

休暇が終わって艦に帰るとき、下宿のおばさんが「ほうじゃ、さっき男の人が来てこれを玄関に差し込んでいきんさったが…米山さんあての手紙なわ」と差し出したものがあった。男文字の封筒、はっとしたがさりげなく懐に仕舞い

「ではおばさん、お世話になりました。しばらく会えませんがお元気で。また戻ったときはよろしゅう願います」

とあいさつして下宿を後にした。最初の角を曲がったとき兵曹は懐に入れた封筒を引き出した。果たして鼓くんからのもので(どうせもう会いとうないとかいうんじゃろう、見るまでもないが)と思って便箋を引っ張り出すと開いた。

読んでいた米山兵曹の瞳が、みるみるうるんだ。

そこにはこう書かれていた――

>昨晩はごめんなさい。僕たちの話を聞いたのですね。だからタマさん何も言わないで帰ってしまったのですね。ひどいことを言ってしまったと後悔しております。…でも本当は僕は言うべきことがあったんです。どういいだしていいかわからなくって、だからあなたの下帯をきっかけにしました。

僕、実は故郷に帰らなくてはいけなくなったのです。僕の兄が病気になって働けなくなったので僕が代わりに農家の家を継がねばならなくなったのです。それをあなたにどう言い出したらいいか迷っていました。

あの時、たぶんなかなか戻らない僕を案じてあなたが探しに出てくるというのはわかっていました。そこで仲間に頼んであなたが来るのを見計らって一芝居打ちました。でも後になって何であんなひどいことを言ってしまったんだろうととても後悔しました。あんなこと言うべきじゃなかった。僕は人として最低です。

許していただけないと思います、許して下さらなくていいんです。こんなひどいことをして女性を傷つけるような男は許されていいはずがないです。

ただ、あなたとの思い出はどうしても忘れられません、美しい思い出です。美しいあなたとの美しい思い出を抱いて、私は新しい生活を始めます。

米山兵曹、ご武運を心からお祈りいたします。さようなら。

 

米山兵曹の瞳から滂沱として涙が流れた。

なんてこと、なんてことだと言いながら手紙を握りしめた。要するにふんどしの事実を知って〈萎えた〉んじゃろうが、だったらはじめっからそういえばいいじゃないか、小芝居なんぞしよって、しかも故郷に帰るなんか嘘じゃろう。うちにはわかる、ひどいやつ。

「うちは…ほんまにがっかりしたわ」

そう絞り出すように言うと米山兵曹はその場にしゃがみ込んで泣いた。彼との思い出すべてがとてつもない速さで色あせて行き、汚らしいものに変わってしまった。

もう、男なんぞ信用せん…米山兵曹の嗚咽が広がって行った。

 

時の流れさえしばし、止まったようなそんな気のする朝のこと―ー。

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

とんでもない結果になりました。どうして鼓くんは彼女を傷つけるようなことをしたんでしょう。わかりませんが、体の相性が良いということと相手を思いやるということは別の人のようでした。

米山兵曹、男性不信に陥ってしまったのでしょうか。でもきっとこの先良い出会いがありますよ!

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● COMMENT ●

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんおはようございます!
えっ!
ブルーチーズ!!
しかも寝言までおっしゃったとはいやはや、お盛んだったのでしょうねw。

私はブルーチーズはあまり好かんですね、カビの生えたものは体の良くないので割り当てとしても召し上がらないでくださいませね!
私はカマンベールチーズが好きですね^^。

ナポちゃんは

別の話によると、近づけたのはブルーチーズで
そのまま寝言で「ジョセフィーヌ、今日は勘弁してくれ。」といったとか。

ブルーチーズとなると相当キツイですよ。
青カビ系のにおいはさすがに手に余ります。
おいら、多少カビはえたものを割り当てとして食すことはありますけど。

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
今回はちょっとむずかしい話になってしまいました。

鼓くん、汚いふんどしに萎えてしまったんでしょうね。
でも女の子は傷ついちゃいますね、ああいう言い方では。
まあ、縁がなかったということで(-_-;)…。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
ナポレオン一世の体臭フェチ?は有名らしいですね。いつだったか読んだ本には、眠っていたナポチャンを起こそうと側近が何気にチーズをその顔に近づけたらナポチャン「オオ、ジョセフィーヌ」と叫んで起きたとか(;´Д`)。

鼓くん、完全なるプロではなかったですね。セミプロではちょっときついこの商売。頑張れよ、と言ってやってくださいw。

うーむ

真実は、なんでしょうか。

本心は?

それにしても傷つきますよねえ。
かわいそうに。

おいらの知り合いとナポレオン1世ならば、多少体臭がキツいぐらいのほうが好みらしいです。ナポレオンに至っては情事の前に風呂には入るなと言っていたとか。
鼓くんの気持ちもわからないではないが、プロフェッショナルならば、何食わぬ顔で部屋に戻って置くべきでしたな。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんにちは!
芝居にしてもちょっと…な鼓くん。そしてもうちょっと身ぎれいにしなさいよ米山さんの巻きでした。
相性の良さは性のほうでも確実にあるそうで、離婚原因でよく言われる「性格の不一致」は実は〈性の不一致〉らしいですよね。あなおそろしや、あなどってはいかんぞえ、という感じでしょうか。あなだらけw。

くらい部屋でそれだけに見えたということは、明るいところではどれだけだったのか、と落ち着いて考えるとぞっとしますね。
機関科という部署は大変な場所で艦の一番下、そして暑い。どの艦の話だったか、主計倉庫が魚雷で水浸しになってしまい、機関科の人たちは着替えのふんどしもなく長いこと其の儘で作業していたそうですが「すさまじい汚染にまみれたふんどし姿」が逆に神々しくさえ見えた、と物の本にありました。
それならまだいいですが米山さんは女なのですからこういうときこそ普段から「勝負ふんどし」を持たねばいけませんね。しっかり言い聞かせておきます!

オスカーさんへ

オスカーさんこんにちは!
そうなんですよ!!たまたまラジオだったか「白いギターに変えたのは~」と歌を聞いて不意にイメージがわいてきたのです。
まさに「白いふんどしに変えたのは~」ですww!しかし私のこの一連の物語、褌の出現率高いなあ(;^ω^)。

これはどっちもどっちでした。結局嘘は嘘を呼び、互いに傷つけあうだけに終わっちゃうというわけですが、これは後味悪いですよね(;´Д`)。

勝負ふんどし!これはきちんとさせないといけませんな、流行りの色付きふんどしを扱うお店に行かせますw。

そうか。一芝居だったのですね。でもこれはちょっと見当違いの鼓くんのやり方でした。
相性の良し悪しってありますよね。性格の不一致イコールセックスの相性とも言われるくらいですから。まぎれもなく凹と凸、陰と陽の自然の成り行きだと思います。でもあまりに相性が良すぎるとお互いに溺れて大変なことにも。

しかし色つきの褌が実は汚れで染まっていたものとは、男であれば誰しもげんなり間違いないです。
米山兵曹には『勝負褌』の大切さを教えてあげて下さい(笑)

こんにちは。
♪白いフンドシに替えたのは~ナゼかワケでもあるのでしょうか~ と歌いたくなってしまいました。相手を傷つけまいとしてウソを重ねてかえって傷つける……しかし! 勝負フンドシ(笑)はちゃんと用意していつも気合いをいれて望まないと……このあたりは反省しないといけませんね~またよい殿方との出逢いがありますように!


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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