2017-10

こうしてやるっ!―ーそれから。 - 2015.10.10 Sat

八介逮捕の後事情聴取をミツ大尉、桂は受けた――

 

ミツ大尉は八介とたったひと晩しか〈夫婦〉ではなかったということで聞かれることも少なく、却って取調官から同情されるほどであったが桂の事情聴取はやや厳しかった。それは彼女が数年間、八介の愛人として過ごしていたからに他ならなかった。しかしそれを知ったミツ大尉は

「桂さんは八介に脅され…しかも暴行されて仕方がなく八介に従うしかなかったのです。どうかご温情を。私は桂さんと話をして彼女の人柄がわかりました。彼女は私に対する殺人行為に一切加担していません」

と必死で捜査官たちに訴えた。

それは海軍病院の医官嬢たちも口をそろえて、「彼女は八介の悪だくみを知って恐ろしくなってここに密告しに来てくれました、まさに命がけだったでしょう。一歩間違えば彼女も危なかったんですから」と言って桂を助けた。

そして肝心の八介は

「桂は俺が計画を話してから何かおかしい様子だったがそういうことだったのか、あの女!こそこそしやがってどうしよもない女だ、くそ!」

とわめき、そして八介の母親のクマも

「あんな女、結局何の役にも立たなかったじゃないか!本当にうちに来る女どもは馬鹿ばかり!昼行燈ばっかりだ!畜生」とわめいた。この二人の態度の、いや性格の悪さは捜査員たちの心証を徹底的に悪くしたことは言うまでもなかった。ひとりの捜査官は「親子してクズだ」と吐き捨てるように言った。本郷親子は海軍士官への殺人未遂など複数の罪で起訴され、収監された。どのくらい入るのか、いつになれば出てこれるのか、それは誰にもわからない。

 

ともあれこれで桂の無実は証明された。桂は警察を出てから海軍病院のミツ大尉のもとへ行って

「ありがとうございました、本郷…いえ、波田野大尉」

と礼を言った。ミツ大尉は八介逮捕の日に本郷家から籍を抜いて旧姓の波多野に復していた。しかし実家の両親とは今も絶縁状態である。彼女の親は八介がああなったのは「ミツのせいです」と譲らなかったせいである。

波田野ミツ大尉は微笑んで「礼には及びませんよ桂さん。あなたは被害者でもあります、あの男にいいようにされてしまって…でもこれからはもうすべてを忘れて新しい生き方をしていってくださいね」と励ました。しかし桂は勤め先に〈妻のある男と関係を持っていた〉ということが知れて職を無くしてしまっていた。途方に暮れる桂に、ミツ大尉は

「あなたは事務を執れるのですよね、横須賀(ここ)の海軍工廠で事務員を欲しがっているそうです。どうですか、海軍工廠の事務員は。やる気がおありならぜひ。馬堀部長がお話をつけてくれるそうですから」

と言って桂は喜んだ。そして「私のようなものがそんなに良くしていただいて…本当に申し訳ないことです」と言ったが大尉は

「自分を卑下するのはおよしなさいな。過去は過去、済んだことをあれこれ考えては前に進めませんよ?さあ、胸を張って!」

と言って桂の背中をやさしく叩いた。波田野大尉、と言って桂はその瞳を濡らした。

 

そして桂は馬堀部長の口利きで海軍工廠の事務員として新しい第一歩を踏み出していった…

 

波田野ミツ大尉はそれから半月ほど更なる機能回復訓練を経て、来週退院という運びになった。少しずつ退院の準備を始める大尉のもとに、永谷園兵曹が来て「お手紙ですよ」と分厚い封筒を手渡してくれた。

それはゲナハ基地の仲間たちからで多幡大尉、北原中尉が取りまとめてくれたようだ。基地司令や副官、それにミツ大尉の後輩搭乗員からの、大尉の身を案ずる手紙に、ミツ大尉は涙を流して感激した。

馬堀部長から話が行ったようで、基地司令や飛行隊長は「えらい目に遭ってしまったが無事解決の由、祝着至極。この上は新しい気持ちで帰ってきてほしい」と書いてきた。

(待っていてくれている)

そう思うとミツ大尉の心はほんのり温かくなった。

多幡大尉の手紙を読んだとき、ミツ大尉の頬がかあっと赤くなった。そこには

〈ゲナハ海軍工廠の三田村国男技術少佐がミツの姿がない、と大変心配していたので今回の話、そちらでのこともすべて話した。すると三田村少佐は腰が抜けるほど驚かれ『彼女は大丈夫なのですか、そしてそんな男とは早く一刻も早く、離縁しなさい』と言っていたぞ。貴様はあの人とどういう間柄だ??〉

と書かれていたのだ。

三田村技術少佐、彼こそが波田野大尉が恋心を感じている人であり、彼のほうもミツ大尉を思っているという実は相思相愛の間柄。

ミツ大尉は(私は離縁しました、ですからこんな私でよければどうぞ、三田村少佐よろしくお願いします)と胸を熱くした。そして別の封筒を見ればこれこそ愛しい三田村少佐からの文。

彼からは、今回の事故、そして内地送還。入院に手術、そして元夫からの暗殺未遂に対する見舞いと怒りがつづられていた。

〈私はあなたを大変大事に思つてをります。あなたがそのやうな乱暴でいい加減な男の家に籍があるといふのが怖いやうな、かなしいやうな変な気持ちでいます。だうか、早くその家から離縁してくださひ。そしてもし、私のことがお嫌ひでなければ…結婚を考へて下さひませんか〉

そう結ばれた手紙を抱いて「三田村少佐…」とつぶやいたミツ大尉。

ふと背後に気配を感じて振り向けば後ろには花森軍医大尉と君塚軍医大尉が居て

「いいねえ、恋文。私にも誰かくれないかしらねえ~」

と言ってにやにやしている。先ほどから覗き込んでいたらしい。

するとさらにその後ろから辺見外科次長が

「何言ってるんだね、花森君も君塚君も立派なご主人がありながら」

と笑って立っている。すると花森大尉が

「辺見次長こそ、元零戦搭乗員の奥様と結婚されてお幸せそのもの!うらやましいわあ~」

と言ったのでミツ大尉も皆も一斉に笑った。

 

さて辺見次長であるが、八介が逮捕され簡単な事情聴取の後久々に自宅へ帰ることができた。妻の留美と、次長の父が玄関に飛び出すように出てきて「お疲れさまでした、さあお風呂へ」と湯殿へいざなってくれた。子供の顔を見たかったがまず体をきれいにしてからと我慢し、風呂を使った。

さっぱりして風呂を出ると留美が赤ん坊を抱いて微笑んで立っていた。

「お疲れさまでした…」

という妻を、そっと赤ん坊ごと抱いた。辺見次長は「すまなかったね…留守を守ってくれてありがとう。すべていいように済んだよ。それから弁当をありがとう、大変だったろうにあんなにたくさん」と妻をねぎらった。留美は

「そんなこと…。妻として当たり前をしただけです。それにお父様がいらしてくださったからこの子を見ていてくださったから…お弁当、いかがでしたか?」

と少し心配そうに言ったのへ次長は

「とてもおいしかったよ。みんな感激していましたよ…そうそう永谷兵曹というのが『料理を習いたい』と言ってたから、教えてやってはどうかな」

と言って笑った。留美は「人様にお教えするほど上手じゃありません」とあわてた。そんな留美が(いとおしい)と次長は思って抱きしめる腕に少し力がこもった。

留美の腕の中の赤ん坊が身じろいであくびをした後、ぱっちりと目を開けて次長を見上げた。その赤ん坊に改めて「ただいま。今日からはちゃんとおうちに帰ってくるからね」と言って柔らかい頬に唇を当てた。そしてそのあと、軽く回りを見まわした後―ー留美の唇を奪った辺見次長であった。

そして、湯殿のそばを通りかかった辺見次長の父親がそれを見て(おっとっと…邪魔しちゃいけないね)とそっと踵を返して行く―ー。

 

波田野ミツ大尉は退院の日を迎えた。この後巡洋艦と潜水艦を乗り継いでゲナハ基地へ帰投予定である。大尉は病室をきれいにした後忘れ物などないか確認してから鞄を手にした。そして病室に「長いことお世話になりました」と頭を下げた。

そして病室を出るとそこには君塚大尉が待っていて

「ミツちゃん、下まで行こう」

とカバンを持ってくれた。君塚軍医大尉は「ミツちゃんがゲナハ基地に帰っちゃうと寂しくっていけないなあ。寂しいなあ」としきりに寂しい寂しいと言って目を白衣の袖で拭う。その旧友の肩に手を置いて

「また会えるよ。この次に帰って来た時には絶対必ず逢いに来るから。泣かないで」

と波田野大尉は声を励ました。

病院玄関に降りるともうそこには大工原病院長、馬堀外科部長に辺見外科次長、花森軍医大尉に永谷園兵曹が待っていた。

「退院おめでとうございます、よくここまで頑張りましたね、さすが帝国海軍の航空隊、零戦搭乗員です。どうかこの後も十分に気を付けて軍務に励んでください」

院長はそう言ってほほ笑むと〈退院祝い〉の白絹のマフラーを贈ってくれた、「これはみんなからだよ」と言って。

それを押し頂いた波田野大尉は

「ありがとうございました、長い間ご迷惑をおかけしてしまって本当に申し訳ございませんでした。おかげさまでこんなに元気にしていただいて、感謝いたします。本当にありがとうございました。このご恩は一生、忘れません」

と言って敬礼したがその頬を涙が伝っては落ちた。永谷兵曹がもらい泣きしている、その兵曹に波田野大尉は「ありがとう、永谷兵曹。あなたが変装して探ってくれたからこそ解決の道が開けました。ありがとう」と言って敬礼し、永谷兵曹も泣きながら敬礼。

二人がそんなことをしていると、大工原院長が「波多野さん、あなたを訪ねてきてくださった人がいますよ」と声をかけた。波田野大尉が院長が示した方を見るとそこには…

三田村少佐が微笑みながら立っていた。

「み、三田村少佐」

と驚きを隠せない波田野大尉に院長は「あなたのことを問い合わせてきてくださったんですよ。で、近々退院だと言ったらそのころ内地に来るからとおっしゃって。で、今日退院だと言ったら迎えに来てくださったというわけです」と言って三田村少佐を前に押し出した。

波田野大尉と三田村少佐は頬を真っ赤に染めて立ち尽くしている…

 

波田野大尉は、三田村少佐と一緒にゲナハ島に帰ることになった。三田村少佐は「内地に用事があるという人間から強引に代わってもらったんです。むろん…工廠長に話をして。航空司令からもあなたを迎えに行くお許しをいただいてきましたからね。さあ行きましょうか」と桟橋に向かって歩き出した。

「ハイ、お願いします」

そう言って三田村少佐について歩く波田野大尉――

 

永谷兵曹は月に一度ほど辺見次長の家に通って、次長の妻・留美に料理を習い始め、「花嫁修業ですよ、私だって特技が変装と隠密行動だけじゃ色気がなさすぎますからね」と言って留美を笑わせた。そばで次長の父親が赤ん坊を抱きながら笑ってみている。

 

 

そして――

ゲナハ基地を飛び立つ零戦三機。その一機には波田野大尉が搭乗している。彼女たちの機はゲナハ島海軍工廠の上空で何度も旋回した。

その下で。

「おお、三田村少佐。エンゲ(海軍隠語で婚約者のこと)がやって来たよ!」

数人の技術士官たちが空を指して騒いでいる、そこに三田村少佐が走ってきて旋回している零戦に向かって大きく手を振る。

波田野大尉の零戦は大きく翼をバンクさせると、やがて飛び去って行った。

それを微笑みながら見送る三田村少佐。

波田野大尉の名前が変わる日もそう遠くなさそうである。

 

           ・・・・・・・・・・・・・・

「こうしてやるっ!」後日譚でした。

それぞれのさやに納まりました。本郷姓から波多野に復したミツさん。幸せが待っています!

次回から『大和』編再開します。ご期待ください。

 

二日間ほど千葉に行ってまいります。その間更新はお休みします、連休明けにまた会いましょう。
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● COMMENT ●

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
お返事遅くなってごめんなさい!

>八介だけに「厄介」な奴でしたな。
素晴らしい、座布団10枚です^^!

ミツさんも桂さんも、幸せになれそうです。ミツの10年は、新しい人生を踏み出す長い助走だったのですね。人間遠くへ飛ぼうと思えば助走を長くしないといけません。頑張れミツ大尉。
そして桂さん優秀な事務員として重宝されるでしょうね^^。

未来は明るい!!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
お返事遅くなってごめんなさい。
昨日千葉から帰還しました。夕方の帰宅ってやはり裏寂しくっていけませんね(;´Д`)…

さて今回の話、本当はもっとずっと短くってコミカルな話にするはずだったんですが、なんだか壮大な話になりました。でも気に入っている話の一つになりました^^。
波田野大尉のマフラーについてはあえて記さなかったのです。読んでくださる人の想像の中できらり光っていればいいなあと…。

いずれ波田野大尉の続きを書こうと考えています!

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
お返事大変遅くなってごめんなさいね。そしていつもありがとうございます。

>きれいな形の結末に大満足です。
とてもうれしいお言葉です💛
女だらけの海軍さんの心意気を示しましたねミツさん。桂さんも元々の性格がよかったので幸いしました。

みんながうれしい気持ちになれる話にできてよかったと思いました^^!


八介だけに「厄介」な奴でしたな。
桂さんの就職先も決まりました。根はまじめな方だけに的確に事務処理をこなしてくださることでしょう。ミツさんの未来の旦那様?は大変誠実な方のようです。失われた10年を何倍も取り返せような気がいたします。いろいろありましたが、未来はすこぶる明るい、これが一番よいことですね。

後味すっきり。力作でしたね。
それぞれがそれぞれの鞘に収まり、さらには今回の主人公だった波多野大尉の幸せな未来の含みまで。
大空に舞う零戦。波多野大尉の首には白絹のマフラーが巻かれていたのでしょうか。颯爽とした彼女の新たな旅立ちの姿ですね。
優しい見張り員さんならではの結末に惚れ惚れしています。

こんばんは

きれいな形の結末に大満足です。

ミツさんの大きな気持ちが感動的。

桂さんへのいたわりが、やさしい。

読み終えて、嬉しい気持ちです。

ミツさん、幸せになれてよかった。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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