2017-10

こうしてやるっ! 7 - 2015.10.03 Sat

桂は、左右を病院警備の兵曹嬢に固められて奥へと連れていかれた――

 

いくつもの鉄の扉を開いては閉じ、開いては閉じした後やっと一つの部屋のドアの前に立ち、桂の右を警護していた兵曹嬢がドアを開いた。ドアはギイッと音を立てて開き、今度は左の兵曹嬢が「入りなさい」と桂の背をそっと押した。桂が逃げるのを防ぐためか二人の兵曹嬢は隙間のないように彼女の背後に立っている。

桂がこわごわ、部屋に入るとそこには男性の海軍士官――大工原院長・馬堀外科部長・辺見外科次長――がいて彼女を厳しい瞳で射すくめた。

大工原院長は「そこにかけなさい」と三人の前の椅子を指して、桂は座った。部屋のドアが閉まる音がした。

部屋の内側にひとりの兵曹嬢、ドアの外にもう一人の兵曹嬢が立って警備をしている。

大工原院長は厳しいまなざしで

「姓名をいいなさい」

と言い、桂は名乗った。そして「いったい誰に頼まれて本郷大尉を嗅ぎまわる?」などと詰問された。が、桂は三人の前に椅子から降りてまるでひざまずくような格好になると

「恥を忍んで申し上げます、私は―ー」

と自分はこの数年来本郷大尉の夫の〈愛人〉という立場であること。そしてこのところ大尉の夫の八介の言動が不穏であること、そしてついに先日八介は妻である本郷大尉を殺害しようとの計画を立てていると告白したことをすべて、三人の男性士官にさらけ出した。

「なんということだ!」

辺見次長が呻くように言い、馬堀部長は「花森君と君塚君をここに呼びなさい」と警護の兵曹嬢に言って、兵曹嬢はドアを細く開けると外の同僚にそれを告げた。ドアが閉まり、しばしの後外から「花森、君塚参りました」と声がしてドアが開いた。二人の女性医官が入ってきて、桂を不思議そうに見た。

二人の女性医官は馬堀部長から話を聞いて大変驚いた。そして桂を見て

「本郷大尉の旦那の…愛人?」

とびっくりしたような声で言った。桂はその二人の前に両手を床につき頭をこすりつけんばかりにして

「どうか、どうか本郷大尉さんを助けてください。このままでは大尉さんはあの男に殺されてしまいます!」

と言ってさらに驚く花森大尉と君塚大尉。

二人は院長から桂がした話を聞いてその頬から血の気が引くのを覚えていた。花森大尉はそれでもやっと驚きと恐怖を収めて

「なんという恐ろしいことを。――教えてくれてありがとう。しかし、あなたも大変危険な身ではないのか?勇気ある行動に感謝します。」

と言い、君塚大尉は

「そういう男なら、あなたに何をしでかすかわかったものではない…院長、この方は警察に保護してもらった方がいいと思いますね」

と桂の身を案じた。桂は「その前に、」と膝を進めた、そして

「どうか本郷大尉さんに会わせていただけないでしょうか、私からじかに謝りたいのです。部屋に入れていただけないなら廊下からでもいいんです、どうか…」

と願った。

花森大尉と君塚大尉は互いに顔を見合わせたがやがて頷きあって

「では本郷大尉の病室に行きましょうか。院長、そのあとで警察に行きたいと思いますがよろしいでしょうか」

と言い、大工原院長は了解し、馬堀部長と辺見次長が病室に一緒に行くことにした。

病室に行くと本郷大尉は、ほとんど包帯のとれた姿で皆を迎えた。そして桂の姿を見ると「どなたでしょう?初めてお会いしますが」とかすかに首を傾げた。

その大尉に、女学校時代からの友人の君塚大尉が「実はね、ミツちゃん」と話してやった。部長は(こんな話を聞いて本郷大尉は錯乱しないとも限らない)と緊張していたが、話を聞き終えた本郷大尉は穏やかな表情で桂を見つめた。

そして桂をそばに手招いて

「あなたも大変な目にあいましたね。でもどうして私のために危険を冒してまで?」

と尋ねた。すると桂はまっすぐに本郷大尉を見つめると

「私自身が人の道に外れておきながら言うのは恥ずかしいんですが、八介さんのしようとしていることはさらに人の道から外れていると思ったからです。私はあの人たちの考えが怖くって…。きっともっと良くないことを考えているんじゃないかと思うといてもたってもいられなくて、それでここに来ました」

と言った。その瞳はゆるぎない光を放ち、本郷大尉は(この人は、至極まともだ)と直感した。

「ありがとう、桂さん」

本郷大尉はその柔らかい手を取ってそっと握った。桂は瞳を潤ませた。

そこに辺見次長が

「ではこの後どうするか、協議せねばいけない」

と言って一同は対応を話し合うため場所を変え、馬堀部長の部屋に集まった―ー。

 

そんなころ、八介の家ではクマが片づけに追われていた。

もともとが整理整頓の下手なクマであるから右のものを左に移すだけで全く整理にも何もなっていない。八介がイライラして

「何してんだよう、それじゃあいつまでたっても出られねえだろうがよ!いるものと要らねえものを分けて、要るものだけその箱に入れろて言ってんだよ…でもあんまりあれこれ持ってくんじゃねえよ!しょうがねえ婆だ」

と怒鳴りまくった。クマが「そんなこと言ったって」と文句を垂れかけたが息子の剣幕に恐れをなしたか黙って手を動かす。

八介は

「桂の奴、うまくやってるだろうなあ。早く帰ってくりゃいいのによ…詳しい話が分かり次第、行くぜ俺は」

と一人息巻いた。クマが「で、どこに行こうっていうのよあんたは」と尋ねると八介はここから遠い北の小さな村の名前を言った。そこは、クマの妹夫婦の住む県の中である。

「あんな遠いところへ?それに冬は雪がたくさん積もって…」

クマは悲鳴に近い声を上げたが八介に「近場じゃ怪しまれた時困る。なるべく遠くがいい。あそこならちょっと人も来ないだろうし、第一そんなところを思いつくやつもいねえだろ」と言われしぶしぶ納得した。そして思いついたように「金はいつ入るの?」と尋ねた。八介は

「あいつが死んで、死因やらなんやら調べて書類を出してからだろ…まあひと月くらいだな。向こうに行ったら受け取れるだろう」

と言った。クマはそれを聞いて「そうかい、早いところほしいもんだがね」と言いながら片づけに懸命だ。

 

海軍病院の馬堀外科部長の部屋では本郷大尉他が集まって対応を考えている。

桂は「あの人は私に、海軍病院の警備の薄そうな場所や出入り口を調べてこいと言いました」等、八介から言われたことを逐一語った。〈作戦参謀〉の君塚軍医大尉は

「そうですか…。相手も必死の覚悟でかかってくるようですね、ならこちらもそれ相応に手を打ちましょう。桂さん、あなたは本郷八介にこう言ってください、先ずは『病院の中に入ったとき、本郷大尉は大変危険な状態でここ数日が峠かもしれない、と医師たちがこっそり話すのを聞いた』と言ったうえで『西の外階段は非常用だから鍵がかかっていない、三階まで登ってそこの扉から中に入れば本郷大尉の病室はすぐわかる』と。たぶんその男の性質から言ってそんな話を聞けば矢も楯もたまらずここにきてミツさんにとどめを刺そうと思うでしょう。で、病室のベッドにはミツさん、あなた寝ていてください。私は思うに、相手は刃物は使わないと思います、自然死に見せかけないと意味がない。保険金目当てならなおさらです、事件として扱われることを相手は恐れるはずですからね。となると首を締めに来るか、それとも別の手段になりますがそれはこの際問題にしません、相手が手を出した瞬間に我々がミツさんを助けますからね、安心してください。

それで、ここからは部長、次長にも協力いただきたいことなんですが―ー」

と話をつづけた。

 

桂はその晩、病院に泊った。夜遅くまで本郷大尉と話をして互いにさらに胸襟を開きあった。桂は

「海軍士官さんで、零戦の搭乗員さんと伺って…怖い方なんではないかとびくびくしていました。私のようなものの存在を知ったらきっとものすごくお怒りになるんじゃないだろうかと、覚悟を決めてきたんです」

と言い、本郷大尉は声を立てて笑った。そして大尉は

「私は、八介さんとの結婚生活はたったのひと晩です。嫉妬だとかなんだとかという感情など無縁です。あの人は乱暴で私はこわかった…そしてあの部屋。扉もなく姑がその陰から見ているような部屋であんなことをされて、私はもう我慢ならなかった。何より私が初めて「ただいま」と帰ったのにお帰りとも言ってはくれずいきなり掃除しろと言われたのは堪えましたよ。そしてね、こういうことを言ってはいけないかもしれませんが、彼らの所作のすべてが私には耐えられなかった」

と言って少しつらそうな表情になった。重いものを飲み込むような顔になり、桂は慌てて

「どこか痛みますか?ごめんなさい、お話に付き合わせてしまって」

と謝って大尉をベッドにそっと寝かせた。ありがとう、平気よと大尉は言って桂に微笑んだ。そして

「どうしてあなたは八介と知り合ったのでしょう?差支えなかったら教えてくださいませんか」

と言った。

桂は視線をしっかり大尉にあてて

「聞いてくださいますか、私なんかの話を?」

というとみるみるうちのその瞳に涙を盛り上げた。ミツ大尉がうなずくと桂はほろっと涙を頬に流してから話し始めた。

 

――桂には以前の婚約中の男がいた。相手は同じ勤め先の商社の先輩で、桂が入社後割合すぐに仲良くなり、一年二年たつうちに恋仲になった。仕事のできる男で皆から一目置かれている男だった。そして二人はいよいよ婚約をした。桂は幸せだったが、例によって男の仕事ぶりの良さに目をつけた社長が自分の娘と結婚させたいと言い出し、いろいろな好条件を出して来てあっさり相手の男は手のひらを返した。そして男は関連会社の副社長の座を得て去っていった。

悲嘆にくれる桂の前に現れたのが八介で、最初の出会いは取引先としてだった。桂の彼への第一印象は決して良くはなかったが、大きな失恋の痛手をこうむったあとだったのでやさしげな微笑の八介に、徐々に心惹かれていってしまった。それがすべての間違いのもとだったのだが。

八介は、自分にはもう何年も音信不通の海軍士官の妻がいることを話した。そして「いずれきちんと離婚するからその日まで待ってほしい、長いことは待たせない」と必死で桂を口説いた。初めて聞いた八介の身の上、音信不通であろうがなかろうが、妻のいる男と関係を持つことは本意ではなかった。煮え切らない態度で居たある日、桂を自分の家に招いた八介は自室で桂を暴行してしまう。桂はすべてをあきらめ、八介の〈愛人〉となって行ったのだった――

 

「そうだったのですか…ひどい目に遭って」

ミツ大尉は悲痛に顔をゆがめた。

桂は「私がばかだったんです。ちょっとやさしくされたからって…でも奥様がいらっしゃる人とそういう関係には、なりたくはなかったんです。でも…」というとしゃくりあげた。ミツ大尉はベッドの上に置きあがって桂の背中をそっと撫でて

「大丈夫、わかっていますよ。あの八介という男はそういうやつですよ。なんでも力ずくで自分の想いを遂げないと気が済まないんですよ。人の気持ちなんか考えない、そういう男です。でも、今度のことが無事済んだらあなたは新しい人生を踏み出さなきゃいけません。まだお若いんですから」

と励ました。

桂は涙にぬれた瞳を上げてミツ大尉を見つめ、やがて微笑んだ。大尉も微笑んで、「もうだいぶ遅いですよ、あなたもつかれたでしょう、さあおやすみなさい」と言って桂は自分用にあてがわれた部屋へと眠りに行った。

 

翌日、桂は八介の家に行くことになった。君塚大尉が

「くれぐれも気を付けて。昨日言ったように八介に言いなさい、そして話が済み次第あなたは警察に行きなさい…警察には昨日のうちに話をつけてあります。あなたを保護してくれる手はずになっていますから」

と言い、花森大尉も「無事を祈ります」と言った。

見送りには玄関近くまでミツ大尉も出てきて桂に

「ごく普通に言えばいいんですよ、肩ひじ張らず、平常心!」

と言って笑顔を見せ、桂も笑顔になって「はい!行ってまいります」というと決然、病院を後にした。

 

それから一時間ほど後、桂の話を聞いた八介は小躍りして喜んだ。

「そうか、もうあいつそんな具合なのか。なら、明日の晩に決行だ!ー桂、お前はしばらく俺たちの前に来るな」

八介はそういって桂を追い立てた。これこそが八介の誤算だったのだが彼は自分の計画がうまく行きつつあると信じていて気が付かない。桂はその足で警察に駆け込み、保護された。

そして八介の恐るべき計画が明日の晩にも決行されることを話し、警察は病院にそれを知らせる。

大工原院長以下に、緊張が走る――

 (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ次回、八介が〈妻である〉ミツ大尉を襲撃…!

それにしても八介、ちょっと抜けています。桂を追い出してしまうとは。結局それだけの男なんでしょうがさあ、どんな目に合うのでしょうか。

そしてミツ大尉は無事に済むのでしょうか…乞うご期待です!


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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
桂さん、この種の女にありがちないい加減な女でなくってよかったです。やはり力ずくで「女」にされたという口惜しさがあったからなのでしょう。
ミツ大尉も自分と重ね合わせた部分があって彼女と分かり合えたのでしょう。

八介一人(いや、彼の母親も)あほで愚かです。どうしようもないやつ。
さあこいつが成敗される様をお楽しみに。
溜飲を下げましょうw。

感動的ですねえ

桂さん、えらい!

ミツさんと出会えてよかった。
そしてお互いが理解し合えてよかった。

それにしても八介は、愚か。

さて、次はどうなるか。
桂さんも、無事であって欲しい。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
八介の雑な計画、待ち構える海軍嬢の前に敵ではありませんね。
どんな形で料理されますか、お楽しみになさっていてくださいね^^。
そして本郷ミツ大尉はその後どうなりますか、そちらもね!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
この稀代のバカ親子にも終焉が近づいています。頭の悪さが所作に出ていると、ミツ大尉は機が付いていましたがまあここまでくると何をかいわんやですね。
さあ、このあほの八介がそのように鉄槌を下されますか。お楽しみにお待ちくださいませね^^

今日の東京、一段と肌寒かったです。昨日は結構熱かったので温度差が堪えました。若様、お風邪をひかないように気を付けて!大分はどんなでしょうか。季節は確実に移ろっております、どうぞ御身大切にお過ごしくださいませ。

策士策におぼれる、この程度なら策と呼べないものですが、計画通り運んでいると思うところに、油断ないし隙が生まれる。普段より戦略、戦術に通じてなければ軍人さんは務まりません。
のこのこやってくる八さんは、飛んで火にいる夏の虫、お釈迦様の手の上の孫悟空。さて、どのように料理しますか?

手に汗握るどころか、読み進めていて喉がカラカラに渇いています。いよいよ鬼畜の退治目前ですね。
しかし頭の悪い親子。なんだか滑稽さが滲み出ています。相手は国を護っている優秀な人たち。明晰な頭脳には太刀打ちできずにあたふたどころか、再起不能になるくらいの成敗を頼みます。
こうしてやるっ!第8話目で八介も一巻の終わり。とても楽しみに待っています。


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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