こうしてやるっ! 5

永谷園(ながたに その)一等衛生兵曹は中年女性に変装して、本郷大尉の婚家そして実家周辺を歩いた――

 

そしてその日も遅くに永谷兵曹は土埃のにおいもかぐわしいなりで横須賀海軍病院に戻ってきた。まだ扉に施錠されていない病院玄関でバタバタと服の埃を手で払って扉を開けた入ると奥から施錠のために出てきた衛生水長があわてて

「今日の診察はとうに終わっています、また明日来てください。それともどなたかのお見舞いですか?」

と走り寄ってきた。永谷兵曹はその水兵長嬢の胸ぐらをつかむと

「私だわたし!永谷園衛生一等兵曹だ!よく見んか」

と声は勇ましいがその瞳は笑っている。水兵長は「あれっ!?あれ??――本当だ永谷兵曹…これはいったいどうしたことで?」と驚きの声を上げた。その水兵長の肩をポンと優しく叩いて兵曹は

「秘密秘密。いいかこのことは決して院外の人間に口外してはいけないよ。人の命にかかわることだからね、いいね」

と念を押し、水兵長嬢は顔を緊張で引き締め「わかりました」と言って玄関を閉じた。

 

永谷園兵曹は変装を解く時間を惜しんで馬堀部長・辺見次長そして花森軍医大尉と君塚大尉に今日見てきた聴いてきた話を全て伝えた。

その衝撃的な内容に皆一様に大変なショックを受けしばらく黙り込んでいた。どのくらい経ったか、花森大尉が

「そんなに高額な保険金が…。しかも本郷大尉が婚家を出奔してからも籍を抜かなかったというのはやはりその辺が目的でとしか考えられませんね」

と言った。君塚大尉はそっと瞼をハンカチで拭い「そんなひどいこと、人間ができることと違う」とうめいた。

辺見次長は馬堀部長を見て

「部長。これは大変危険ですね、本郷大尉の病室の周辺に警備を置きましょう。そういう輩ですからここに来るのも時間の問題と思います。相手はもう、本郷大尉の実家から何か連絡を受けておることでしょうからね…。いっときも誰も目を離さないようにしないと私は彼女の命が危ないと思います」

と言った。緊張でその手がかすかにふるえているのを君塚大尉は見た。

馬堀部長が重々しくうなずいて

「考えたくないことだが、その大金を得るために八介なる男性が本郷大尉を殺害に来てもおかしくないということだね。緊急事態だ、今夜ただいまから警備を厳重にしよう。それでこのことは今しばらく本郷大尉には伏せておこう。まだ本調子ではないからどんな無理をしないとも限らない。あと二週間は黙っておこう、いいね」

と決断を下した。

辺見次長・花森大尉・君塚大尉は「はい!」と言って互いの瞳を不安げに見つめあっていた。

 

永谷園兵曹は風呂を使い埃を落とした後馬堀部長から「ご苦労様でした、大変なことをさせてしまって申し訳なかった。でもこうした隠密行動にたけているのはあなただけしかいないから」とねぎらわれ、烹炊所に用意させていた食事を

「ここで食べなさい」

と部長室で食べさせた。普段めったに入ることのない部長室での食事に、永谷兵曹は感激しながら遅い夕食を取った。

食べ終えると部長が手ずから紅茶を淹れてくれた。恐縮する兵曹に馬堀部長は「大役を引き受けてくれたのだから」とほほ笑んだ。そして「この件、院長も大変ご心配されている」と言った。

その苦衷に満ちた表情に永谷園兵曹は(何としても本郷大尉をお守りせねば)と決意を固めるのであった。

 

その晩、副院長の剣持大佐は馬堀部長たちからの報告を聞いて院長の大工原少将に報告、大工原院長はすべての職員を一堂に集めたうえで本郷大尉を巡る件を通達し、

「どんなことがあっても本郷大尉を守れ。私も命を懸けて彼女を守る。そして何か不審なものや人間を見かけたら互いに報告あるいは拘束して良し」

として病院内には緊張がみなぎった。そして交代で見張に立つものが決められる。

そんな動きを入院患者に気取られてはいけないと皆平静を装う。しかしその視線は厳しく、中には(何か起きたのだろうか)と思う勘のいい患者もいたことはいた。が、看護兵嬢たちの「何をおっしゃるやら、何もありませんからご安心を。それよりご養生なさらねば、艦に置いて行かれますよ」と言われて慌ててベッドにもぐりこむ。

 

辺見次長は、生まれて間もない子供と産後の妻が心配だったが妻に電話すると

「私は大丈夫です、ご心配なく。それより本郷大尉に何事もありませんよう祈っております」

と力強い返事が来て次長はほっとした。電話の向こうで赤ん坊の泣く声が聞こえ、次長は「――おむつかな、それともお乳の時間か…。では後を頼む、すべて済んだらすぐ帰るからね。戸締りと火の元には気を付けて」と心を残しつつ電話をそっと切った。

辺見次長は電話室を出て自室に帰った。窓の外には眠りについた街が月明かりに照らされ、その中の一つが彼の住まい。愛する妻と子供がいるあたりの窓ガラスに次長はそっと指をあてて撫でた。

(私はこんなに幸せな結婚生活を送っているというのに、どうして本郷大尉はあんなに不幸な結婚を強いられ、今に至るまで苦しまねばならぬのか。人というものは等しく幸せになれないものなのだろうか)

辺見次長は本郷大尉のこの先の人生を思った――

 

そんなことは知らぬまま本郷ミツ大尉は連日の機能回復訓練に励む。

今日は朝から雨なので術創がうずくのか、昨日に比すると動きがよくない。君塚大尉がやってきて

「無理しないでいいよ波田野さん。ムリしていいことないからね、今日はそのぐらいにしてあとは明日だ。今日はそうだねえ…波田野さんの今までの武勇伝でも聞かせてもらおうかな」

と言ってその場の皆は笑った。本郷大尉も笑った。

 

永谷園兵曹は病院内のすべてのものに「本郷八介」の人相やしぐさの特徴などを詳しく述べて「こういう人間が居たら即座に連絡、本郷大尉をお守りせよ」と通達していて、似顔絵を描いていた。それを小さく印刷したものを職員たちはポケットの手帳に居れていてさりげなく手帳を見るふりをしては周囲の人々を見ている。

しかし八介はなかなか姿を現さない。中には「その人来ないんじゃないですかねえ?いくら何でも病院で事を起こそうなんてそんな大それたこと、考えるでしょうか」という看護兵もいたが永谷兵曹は

「簡単に考えてはいけない。相手は金の亡者だ、どんな卑劣な手でも金のためならできる男と私は見た。気を引き締めて警護しろ!」

とげきを飛ばす。

改めて緊張感を増す院内である。

本郷大尉はかけ足はまだぎこちないが歩くことはほとんど普通にできるまでになっていた。

「すごい、すごいよ波田野さん!さすがだねえ、さすが零戦の搭乗員だ、私はこんな素晴らしい友人を持って幸せよ」

君塚大尉は泣いて喜んだ。花森大尉も嬉しそうにしていたが急に表情を引き締めると

「本郷大尉、ちょっと話がある」

と言って君塚大尉も伴って病室へと戻る。その途中本郷大尉は「そういえば花森大尉、」と話しかけた、「何、本郷さん」という花森大尉に本郷大尉は

「なんだか最近みょうにあちこちに見張みたいにして人がいますねえ…何でですか?」

と尋ねる。君塚大尉が花森大尉の顔をちらと見、花森大尉は軽くうなずいて「部屋で話します…」とだけ言って病室の前に立っている兵曹嬢と敬礼を交わし、兵曹嬢がドアを開けた。

「異常ありません」と言った兵曹嬢の声音に、(なんだ、何かが起きている)と直感した本郷大尉は、軍医大尉たちの話に言葉をなくすのである―ー。

 

「だから、」

と花森大尉が言った・「だから本郷大尉、くれぐれも気をつけないとならないんです。気づまりではありましょうがそれはあなたを守るためですからどうか御辛抱を」。

「そうだったのですか…いやまさかとは思いましたが、あの人はそんな人だったのですね」

と本郷大尉は嘆息した。そして

「まあ私も黙って飛び出してきましたからあれこれ言えないのはわかっています。結婚はもうダメになったとその時思っていたのに用事が合って内地から取り寄せる戸籍は本郷のもので…どうしてだろうと思っていましたがそうですか、金が目当てで…。確かに士官で飛行機乗りとくればこれは高額の死亡保険金が入りますものね。でも掛け金も相当だったでしょうにね」

と言ってかすかに笑うと窓外に視線を放った。

「波多野さん―ー」

君塚大尉はそう言ったまま絶句し、若き日からの友の横顔を見つめるだけであった。

 

そんなころ。

一件の民家であの八介が桂と呼ぶ女性と戯れていた。桂は「いいの?帰んなくって。おかあさん一人でいるんでしょ」と甘えた声で八介にしなだれかかった。

八介は桂に重なると「いいんだよ、俺はね、お前と一緒に居るほうがずっと幸せなんだよ」と甘い言葉をささやき

「もうすぐでかい金が入ってくる。そしたらあの店畳んでお前とここで遊んで暮らせるぞ!」

というなり桂の中に自分を突き入れ激しく動き始める。ああん、ハッサンと桂は喘ぎながらも男の動きに合わせてゆく。

そして八介の恐るべき計画が、桂との寝物語で披瀝された――

  (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・

いよいよ次回、大きく物語が動き始めます。

さあどうする本郷大尉たち、そして気になる八介の計画とはいったい??

次回をお楽しみに!!


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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
本郷大尉の心は傷ついています…本郷家の連中のせいでずたずたです。
そして八介の真っ黒な悪だくみ、実行されるのでしょうか…。
こんな奴に負けないでほしい本郷大尉です!

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
ワルですこの八介。こういうやつはぎゃふんと言わせねばいけませんね。
本郷大尉みんなにしっかり守られて、きっと大丈夫…だと思うのですが(;´Д`)。

八介、ただでは置かれませんぞ!!

本郷さんの達観したような受け答え、ほんのひとときいただけでここまで感じとれるほどというのは、かなり強烈なトラウマになっているのですね。
ここまでの警戒網を八介が突破できるのならば、相当な特殊能力の持ち主ですよw軍人のなかに一般人ですから。

つらいなあ

そこまで八介は、ワルなのですね。

みんなが、徹底的に本郷大尉を守る様子が泣けますね。

うまく、かわして無事であれ。

八介のたくらみが、公になれ!

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
いよいよ緊張感がいや増してきました!
あの大悪党八介…どんな手段で出てくるのかそして病院関係者はどう対応するのか?
胸が高鳴ります!
それにしても最近の施錠の殺伐としたことったら、まさに事実は小説より奇なりという感じです。
連日絶えることなく報道される殺人事件、金銭がらみや色恋沙汰、そして尊属殺人。
目を覆うばかりの日本をどうにかしたいと思うのですがこればかりはいかんともしがたいですね…。

今日の東京はやや雲は多めでしたが過ごしやすい一日でした。ちょっと暑い感じもしましたが夕方からは涼しさが増してきました。木曜から下り坂らしいです。
若様ももう大分を離れてしまわれますか…寂しくなりますね。ほっとするとは言いながらやはり寂しさの方が先行していることでしょう。お察しします。

ハイ、在京時の若様はわたくしがしっかりお守りいたしますww!

院内くまなく漂う緊張感が伝わってきます。
みんなの連帯と優しさ、強さ、そして頭脳明晰ぶりの振る舞いがあと少しで見ることができるのですね。
八介とその母親への成敗の心地よさをワクワクとした思いで待っています。見張り員さんの腕の見せ所ですね。
しかし世の中にはこの八介のような人間がいるのも事実。いつの世も金と命、そして色恋のバランスを狂わせる悪人が跋扈していることに寂しさと恐怖を感じます。

今日の東京の天気は如何でしょうか。もう間もなく息子は東京へと向かうために家を出発します。長い夏休みの終わりにホッとするやら、新たな寂しさに襲われるやらの忙しい僕です。
見張り員さんのお側近くに暮らす息子のこと、宜しくお願いします(笑)
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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