2017-09

こうしてやるっ! 4 - 2015.09.24 Thu

つらい辛い治療であったが、本郷大尉は一所懸命に頑張っている――

 

最後の手術を終え、本郷大尉は花森軍医大尉に「術創がふさがり次第、早く動けるよう機能回復に努めます」と意欲をみせた。花森軍医大尉は微笑んで頷き

「一緒に頑張りましょう。でも無理はいけませんからね、無理されるとかえって治りが遅くなるときもありますから」

と注意するのを忘れなかった。本郷大尉は深くうなずき「わかりました」と答えた。

本郷大尉は、そして術創がきれいになるといよいよリハビリを開始、何としても歩けるようにならないとと、歩行訓練を中心に訓練に余念がない。そして両手。

日ごとに彼女の運動機能は軍医たちが目を見張るほどにめきめきと回復していった。馬堀外科部長は

「この調子なら予定しているより早く退院できるかもしれない。むろん操縦も出来るようになるね」

と太鼓判を押した。

それでも外科部長、次長それに主治医の花森大尉たちのカンファレンスでは「本郷大尉の身上を鑑みて、機能訓練はゆっくり、そして退院も時機を見て」ということになった。

 

入院から二月ののち、本郷大尉はもうほとんど以前と変わらない歩行や生活ができるほどになってきていた。そんなある日、花森大尉が君塚大尉と一緒に病室にやってきて

「これがね、前に来ていたんだよ。でもまだあの時は本郷大尉はいい状態ではなかったから」

と言って波田野家から来た手紙を手渡した。

「読んでおいてほしいと馬堀大佐がおっしゃってるんでね」

そういって君塚大尉は言って、本郷大尉は封筒を見つめた。もう十年ほど見ていない母親の文字である。が、今の彼女には懐かしさなど湧くはずもなく、無機質な心持でそれを見つめた。

便箋には、娘の入院を知らせてくれたことへの礼と今後世話になることへの謝罪が書かれていた。そして婚家である本郷家へ知らせるということ、いつか病院に見舞いに行きたいがいつがよろしいだろうかということが書かれていた。

花森大尉が

「馬堀大佐がいいようにしてくださったから安心していいよ。『当分面会はかなわず』として返信してくださった。だからあなたは安心して治療に励んで、もっと良くなったときご実家やご主人たちに会うといいよ」

と言って本郷大尉の肩をやさしく叩いて「また後でね」と言って退室した。

その場に残った君塚大尉は、

「ミツちゃん、それであなたはどうするんだね?ご主人と縁を切るなら切るで、きちんと話し合いをしないとね」

と言ったが本郷大尉は一つため息をつくと

「あの人たちを相手に話し合いなんかできないよ、人の話を聞くって姿勢が全くない。私が何か言うとすぐ『そんなことばかり言って』とか『後から来た奴が、十年早い』とかいうし。全く話し合いにならないよ」

と言って肩を落とした。そうかそれは困ったな、と君塚大尉は言ってその場の椅子に座り込んだ。そしてふと顔を上げると

「こういっちゃあいけないかもしれないが、本郷家とあなたの実家をそれとなく、その…偵察と言ったら言葉は悪いが…した方がいいんじゃないかと私は思うのよ。何かこう、心に引っかかるものがあるの」

と至極真面目な顔で本郷大尉を見つめた。

本郷大尉も「そう。私もなの。――私もなんだか胸騒ぎじゃないけどするのよね。誰か、あの家の近くに行って様子を見てきてくれるかしら?」という。

君塚大尉は、慎重に人選をした後で「彼女なら大丈夫、口は堅いし隠密行動にたけている」と推薦したのが衛生兵曹の永谷園(ながたに その)である。永谷衛生兵曹は本郷大尉にきちっと敬礼すると

「初めまして、永谷園一等衛生兵曹であります…このたびは重大な任務を仰せつかり光栄です」

と言った。緊張でその頬が紅潮する。本郷大尉はまだ包帯を巻いている手を差し伸べて

「妙なことに巻き込んで申し訳なく思っています、どうかよろしく願います」

と永谷兵曹に頼んだ。兵曹は「任せてください。では―ー」と肝心の本郷大尉の実家と婚家周辺について話を聞く。

永谷兵曹は誰かに不審がられたら「この辺に嫁を探している人がいる」と言って「すり抜けますからご心配なく。それでも変に思われたら即座に撤退します」と言った。本郷大尉は「ありがとう、どうかご無事で。それにしてもあなたはなぜ隠密行動にたけていると言われるのですか?」と尋ねると永谷園兵曹は笑って

「以前に南方の島で、敵の基地の偵察のために地元民に化けていたんです」

と何事も無いように言って本郷大尉は驚いた。地元民に?よくばれなかったね、という本郷大尉に永谷園兵曹は

「私はなぜか、その地の言葉をすぐ覚えちゃうんです。そのうえ私ってちょと色黒でしょう?だから現地民の衣装を着るだけでだれもが『貴様どこから見てもここの人みたいだよ』って言われて。それでアメちゃんの基地に忍び込んでいました。連中現地民に警戒しないんですよね」

と言ってさらに笑う。君塚大尉も笑い、「だからね、大丈夫だよ。あまり深入りしないでやれば何らかの情報を得られるから、それまで波田野さん養生してよ」とあえて旧姓を用いて元気つけた。

ありがとう、と本郷大尉はもう一度言って感謝をあらわした。

 

永谷園兵曹はその日から三日後、市井の中年の女性に化けて病院を後にした。病院を出る前に本郷大尉の病室に来た永谷園兵曹の姿を見て大尉は

「おお!年齢がずっと上に見えますね、すごいすごい」

と感心した。永谷園兵曹は顔色を少し暗い色にしたり髪を白墨でところどころ白くして実際の年齢よりもずっと年齢の行った女性になっている。

この日は馬堀部長まで来て「永谷さん、どうかよろしく。くれぐれも気を付けて」と送り出した。

永谷園兵曹はそのみんなを腰を少しかがめて振り返り、お辞儀をしてから歩いて行った。

「うまくいきますように」

馬堀部長がそうつぶやくのが聞こえた―ー。

 

永谷園兵曹は省線に揺られ、とある小さな駅に着くと本郷大尉の婚家目指していかにも中年の女性らしい所作で歩いた。どんな時でも自分が化けている人間の年齢を忘れない。

やがて、行く手に商店の集まった通りが見えてきた。(あの通りのどこかだな)と兵曹はへそのあたりに力を入れると(では、そろそろと参ろうか)と中年女性らしい所作で歩く。時折立ち止まっては何かを探すようなしぐさをしたり、店の商品を見たりして本郷家を探す。

本郷の店は、そこから百メートルほど歩いたところにあった。

一見して(まったく流行っていないな。誰も客がいないではないか)と永谷兵曹は思った。ほかの商店に比べどこか埃臭いというのか華がない。店の仲も薄暗く、店番さえいない。

(どういう店かねえ)

と永谷兵曹が呆れてしまったとき、本郷の店の奥から男の声がして兵曹はさりげなくその場を離れた。本郷の店の隣の店が、茶を飲ませる店だったので兵曹は店の前の赤い毛氈の敷かれた長椅子に座ると茶と菓子を注文した。

本郷の店の奥から出てきたのこそ、ミツ大尉の〈夫〉の八介である。彼は母親らしい老女に

「桂のところに行ってくるから後は任せた。帰り?そんなの遅くなるに決まってんだろう?まあまってろって、そのうち大金が入るんだから」

と怒鳴るように言いながら出てきた。

(カツラ…かつらとは誰だろう)

兵曹がそう思っていると茶店の主人が兵曹の注文したものを盆にのせてやってきて

「ハイどうぞ、お待たせしました。――ハッサン、また彼女のところかい。まじめに商売したらどうだよ?店をおっかさんに任せっきりであんたどういうつもりだい?」

と八介に文句を言った。

(彼女!カツラとは彼女のことか)

兵曹はさりげなく湯呑を手に取り茶をすすったが胸が動悸を打った。しかし無関係を装って周囲をながめつつ今度は菓子をつまむ。

そんな茶店の主人に八介は肩を怒らせて

「余計な世話だよ。いいじゃないか女房がいねえ時くらい遊んだって。それにねえ、俺には大金が入るあてがあるんだよ」

と威張って見せた。

(大金?)

永谷兵曹はいよいよ無関心の風で「おじさん、お茶ももう一杯くださいな?」と湯呑を差し出す。その湯呑をお盆で受け取りながら主人は

「何が大金だよ、あんたは海軍の奥さんに保険金掛けてるんだってな!――もしかして海軍さんに何かあったのか?」

と不審げに言うと八介は慌てて

「関係ねえよあんたには。そんなことでかい声で言うんじゃねえよ、バカ野郎」

と言い捨てるなり、走り去ってしまった。茶店の主人は何やら口の中で文句を言いながら湯呑を奥へ持ってゆく、そしてまた湯呑にいっぱい茶を入れて戻ってきた。

「ありがとう、すみませんねえ。お話の腰を折ってしまいましたか?」

と兵曹は中年女性らしい物腰で尋ねた。

すると主人はいやいやとんでもありませんよ、と手を振ってから八介が走り去ったほうを見てから

「奥さんはこの辺の人じゃなさそうだから言いますがね、あの人は仕事はろくすっぽしないくせに文句だけは一人前、いやそれ以上なんだ。あのおっかさんって人もこういっちゃなんだけど嫌な人でね。もう何年も前に海軍さんを嫁さんにもらったというんだが、一晩で逃げてしまったというんだ。ずいぶんあしざまに言ってたがこの辺じゃそんなこと真に受ける奴はいないよ。たぶんきたその時からいびりぬいて、それで逃げ出しちゃったんだろうってみんな言ってる。だいたいさ、あの男に結婚なんて無理無理!人を人とも思わないような性格だもの。それにさ、もう二十年も昔あいつには良い仲の女が居たんだがそれだって婚約中になんだか言って逃げられちゃったってんだからさ…。要するにバカなんだよね、あいつ!」

と一気に話した。

どうやら本郷親子はこのあたりでは嫌われ者らしい、というのが永谷園兵曹にはよくわかった。

「そうなんですか…まあいろんな人が世の中にはいらっしゃること」

と兵曹は言って茶をすすった。ああ、おいしいお茶と言って主人はその時は表情を和らげた。主人は退屈していたのかこの話をだれかにしたかったのか、兵曹の横に腰を下ろすと本郷の店のほうに視線を投げつつ

「そうですがね、ああいう連中も珍しいですよ。人の気持ちなんかこれぽっちも斟酌しないんですから。それに海軍さんが逃げてしまってから大きな金額の生命保険に入ったというんだから参っちゃうね。死亡保険金が五万円とか何とかいうんだからねえ…それを奥さんも聞いただろ、『大金が入るあてがある』なんて…。海軍さん、死んじゃったのかなあ。帝国海軍は連戦連勝で戦死者はいないって聞いてるんだが、殉職でもなさったのかなあ、気になるなあ。――もしそうだったら気の毒な方だ…」

と最後のほうは独り言のように言って、そっと涙をぬぐったのだった。

「そんなことが…」

中年女性に変装した永谷園兵曹は、怒りと悲しみに胸が裂かれるような思いで店の主人の話を聞いていた。

 

永谷園兵曹は「ごちそうさまでした」と代金を置くと、その場をゆっくり離れた。後ろから茶店の主人の声が「またいらしてくださいねえ、奥さん」と追いかけてきたのへ、半身を振り返って頷いた。

(波多野さんの実家へあの男は行くまい。しかし一応見て来よう。もしもということがある。それにしても腐った男…)

怒りに身を震わしながら埃っぽい道を歩く兵曹であった。

彼女の足元に、どこから来たのか一匹の犬がどこまでもまとわりついてゆく――

   (次回に続きます)

           ・・・・・・・・・・・・・・

本郷大尉めきめきと回復中です。この調子で頑張れ。

そしてまた力強い助っ人が現れました、〈永谷園兵曹〉。どこかで見たこと聞いたことあるような名前ですがずいぶん助けになりそうです。

さあ緊迫の次回へ!ご期待ください。


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● COMMENT ●

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
お読みいただきありがとうございます^^!
「永谷園」。ながたに その。
これはほんと偶然の産物でふとお茶づけの袋を見たとききらりとひらめきましたw。

そして偵察上手の、衛生兵にして奥にはもったいない永谷さんのおかげで悪の権化のような八介の闇が暴かれる…!!
次回をどうぞご期待くださいませ^^!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
とんでもない男です。八介。この男の考えていることはとんでもない以上のことです。
荒木事件、私は寡聞にして知りませんでしたがこれもとんでもない男ですね!保険金殺人というのは営利誘拐と同じように卑劣だと思います。
犯人はがんで獄死でしたか…自業自得ですね。

おはようございます

この一週間、多忙だったので
きょう、一気に、読ませていただきました。

永谷園さんのネーミングが、すばらしい。

このひとが、偵察してくれてよかった。
八介!、ひどい。

面会謝絶の知らせを聞いて、金が近々入ると考えるとは、とことん見下げ果てた男ですな。もっとも近所から悪し様にいわれている親子ですので、当然過ぎる流れかな?

約40年前の荒木虎美事件は当時かなり大きく取り上げられた事件です。母子家庭を食い物にしたあげくの、保険金殺人でしたから。最期は癌で獄中死当然過ぎる報いですな。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます^^。
今も昔もお金にまつわり事件が後を絶ちませんね、確かに人間生きてゆくのにお金は欠かせませんし、あれば苦労はしませんがあまりに「金、カネ」となると嫌気になりますね。
別府でそんな事件があったのですね!保険金殺人は全く卑劣で下劣です。これも後を絶たないですがどうしてかなあ、そんなにしてまでお金が欲しいのかしらと首をかしげざるを得ません。

「永谷 園」兵曹の命名は実は、遠藤関の出演の永谷園のCMを見ていて思いつきましたw。この彼女が今後どう動くか?ご期待くださいませ♪

川島なお美さん、まだお若いのに気の毒です。私といくつも変わらない人の死に衝撃を受けております。それにしても御主人の鎧塚さん、何物にも代えがたい大事な「左目」を失ってどんなに悲しいでしょう…。
あの最後の姿、良い意味での「気の強さ」を彼女に見せられた気がしています。

保険金を!! 奥さんに保険をかけるこんな男が大昔、別府におりました。荒木虎美。
この人は確か魚屋を営んでいたはず。死んでしまいましたが、あの世でも無罪を主張しているのでしょうか。八介の所業を見て大分の悪人を思い出しました。

永谷園さん。命名が素晴らしい!! 彼女の活躍ぶりを楽しみにしています。

川島なお美さん、逝ってしまいましたね。
数日前の姿はご本人覚悟の上の最期の晴れ姿だったのでしょうか。
女優としての意地を貫き通したということでしょうね。54歳とはあまりに不憫です。


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ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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