こうしてやるっ! 2

本郷ミツ大尉はそろそろこの約十年を清算したいものだと思っていた――

 

婚家とも実家とも行き来が無くなって宙ぶらりんな自分をどうにかしたかった。そうでないと次の一歩が踏み出せない。事実ここまでくる間、懸想されたこともあった。想いをそっとかけた人もいた、がしかし、自分の立場を考えたときそのすべてをあきらめざるを得なかった。そして――現在彼女には本当に愛しい人が出来ていたのだった。

(だからこそ)

もういい加減見えない鎖に縛られた自分を解き放ち自由になり、愛しい人と一緒に居たかった。

 

そんなことを思いつつ、今日も本郷大尉は訓練に出ようとしていた。今日は若い搭乗員――それもまだ予科練出たてと言って差し支えないような――に見せるための飛行である。

本郷大尉は若手搭乗員嬢たちの「素敵ねえ、本郷大尉」「本当に!ちょっと陰のある感じが素敵」などと甘いため息に包まれながら愛機の零戦に乗り込む。

今日も暑い、整備兵嬢が翼の下で額の汗をぬぐっている。その整備兵嬢に「ありがとう」と声をかけて大尉はエンジンをかける。

快調にエンジンは動き、プロペラもいい音で回転を始める。

(素晴らしい。わが愛機、素晴らしい整備に感謝だ)

本郷大尉は愛機を滑走路に進ませそしていよいよ離陸…!

本郷機は航空隊司令たちの見守る中軽々と地面から脚を離し、舞い上がった。大尉は皆の上空で宙返りだとか急上昇・急降下などして見せる。

口を開けたままそれを見つめる若い搭乗員嬢たちに多幡大尉は

「よく見ておきなさい。そして自分の頭の中にあれを映画のように叩き込んでおきなさい」

と本郷機を見上げたままで言う。搭乗員嬢たちも見上げたままで「はい!」と返事。

 

本郷大尉はスロットルレバーを操りながら右に左に、上に下に愛機を操る。彼女の操縦は基地司令や隊長から「舞を舞うような操縦だ」と絶賛されるほどのすばらしさで、それには多幡大尉も北原中尉も「アレはまねできない。あれは本郷大尉の天性の操縦だ」と唸るほど。

本郷大尉本人は「そんなことないです。誰だって訓練次第でできるようになるよ」と恥ずかしげに言っていた。

 

本郷大尉は機を上昇させた。この後急降下して着陸する予定である。

すると、大尉の目の前を何かが不快な唸りを上げて行っては過ぎる。(なんだ、いったい?)と大尉がちらと見るとそれは親指ほどの〈蜂〉である。刺されたらかなり痛そうである。

「蜂か」

と本郷大尉は声に出したその時、蜂・ハチ・八・八介…と一番思い出したくない連想が浮かんでしまった。本郷大尉は

「このハチ野郎!どこまで私に…!」

と怒鳴るとそいつを掴み、つぶそうと風防の中で片手を上げて飛び回る蜂を捕まえようとした。知らず、操縦桿を持つ手も不必要な動きをはじめ、下で見ている皆は「なんだ?どうしたんだ、いったい何があったんだ」と騒ぎだす。

 

本郷大尉はやっと、その蜂を飛行手袋の手で握りつぶした。やったぜ、ざまあみろと言って気が付けば。

目の前に滑走路の端の林が至近に迫っていた――

 

「本郷大尉――!」

皆が絶叫したその時、本郷機は滑走路端のヤシなどの林に突っ込んでいた。

ギャー、と大声でわめきながら皆はそちらへと走り出す。副官は「衛生兵ーッ、軍医長、軍医長来てください―ッ」とわめきながら宿舎へと走る。

多幡大尉は一番に林へと駆けつけた。林の中ほどのヤシの木数本に本郷大尉の零戦はあおむけからやや、機首を下に向けて引っかかっていた。

幸い火は出ていない。

「本郷、本郷大尉―!」

と多幡大尉はわめきながら機体の下へ入り逆さになった風防を見上げた。

風防は開いて、一部はへしゃげている。そして肝心の本郷大尉は機内にもその周りにもいない。

「本郷大尉―ッ!」

もう一度叫んだとき北原中尉や若手搭乗員嬢もかけてきてその状態に息をのんだ。零戦隊隊長の粟野大尉が周囲を見てから

「投げ出されたんじゃないか、探せ探せ‼」

と怒鳴るように言って皆は林の中を駆け回る。数名の搭乗員嬢たちはもしや、との思いから林の外に駆け出していく。

この林の外には外周二十五メートル・深さ二メートルほどの池がある。搭乗員嬢たちが水練をしたり水浴びに使う池で、その池まで駆けて行った搭乗員嬢が見たものは…池の中ほどにうつぶせになって浮いている、本郷ミツ大尉の姿であった。

「本郷大尉―ッ!」

今までのどの声より凄まじい声が周囲を圧倒した―

 

本郷大尉は皆の手で池から引き揚げられ、担架に乗せられて心臓マッサージを施されながら兵舎の医務室へと運ばれる。多幡大尉、北原中尉が半泣きになりながら「本郷、死ぬな。死んではいかん!」と叫び続ける。

本郷大尉は外へ投げ出された時飛行帽が脱げ、その際どこかにぶつけたのか前頭部から後頭部にかけて裂傷があり激しく出血している。そしてかなり骨折もあるようだ。

手術室の前で軍医長・軍医大尉・軍医中尉と看護兵嬢たちが待ち構えていて、本郷大尉はすぐに手術室へと入って行った。

手術室のドアが閉まった。

 

「本郷大尉、助かりますよね?ねえ、多幡大尉、助かりますよね本郷大尉は」

若い搭乗員嬢――鈴木二飛曹と佐竹一飛――が多幡大尉に縋り付いて泣きながら言う。ほかの搭乗員嬢たちも流れる涙をぬぐいもしないで手術室のドアを見つめたままである。

北原中尉が鈴木二飛曹の肩に手をかけて

「本郷大尉の運次第だ…あれだけの大けがだと…あるいは」

と言って言葉を切ってしまった。多幡大尉は二人の搭乗員嬢に掴まれてゆすぶられるままになって呆然としている。

そこに海野副官がやってきて多幡大尉のそばにそっと立つと

「これが…本郷大尉の手に握られていたんだが」

と差し出したものがあった。多幡大尉が副官の顔を見てからそれを受けとってみると本郷大尉の右手の飛行用手袋、その中には〈蜂〉が握りつぶされていた。

「?蜂…、これのために本郷は…」

それだけ言うと多幡大尉はその場にしゃがみ込んで嗚咽した。

 

本郷大尉の手術は実に四時間を有した。

やっと、手術室のドアが開いて軍医長が出てくると待ち構えていた多幡大尉たち大勢の搭乗員たちは真っ青な顔で軍医長を見つめた。

軍医長は静かに皆を見まわすと

「危ないところだった、あと数分発見が遅かったら彼女死んでたね。頭の裂傷と足の骨折。全身打撲。全治四か月というところだろう。零戦が林に突っ込んだのが幸いしたね。樹がクッションになって地面に叩きつけられず済んだのが何よりの幸い。それに彼女自身が池に落ちたのも。池に走って行ったのは誰かな?お手柄だったよ、あのままなら出血多量でダメだったよ」

と言って皆はふーっと息を吐いた。

多幡大尉は両足が急にがくがくしてくるとその場にへたり込み「よかった…本郷大尉…よかった」と言ってまた泣いた。

 

本郷大尉の意識は、しかしなかなか戻らなかった。軍医長によれば出血が多かったこと、全身を打撲していることなどで意識回復までは二三日かかるのではということだったが

「血圧などはだいぶ落ち着きました。しかし予断は許しませんから夜通しそばに居ります」

と看護兵嬢は言った。

北原中尉は「どうかよろしく願います」と言って看護兵嬢の手を取って頼み込んだ。その手を握り返して看護兵嬢は頷いて

「北原中尉も多幡大尉も、我々に任せてください。軍医長もそういっております」

と言った。

病室に運ばれる、包帯だらけの本郷大尉に多幡大尉は声をかけたかったが海野副官にそっと両肩をおさえられ、多幡大尉は病室へと入ってゆくその姿にしらず、片手を伸ばしていた。

 

本郷大尉の意識が戻ったのはそれから三日ののち、そして軍医長の判断により大尉は内地の海軍病院に入院のためゲナハ基地に寄港した巡洋艦に乗せられて内地、横須賀へと向かって行ったのだった。

まだあまり話の出来ない大尉ではあったが、多幡・北原の両名の「早く元気に元通りになって帰って来い、待ってるから」という励ましと、基地司令他の激励を受けて涙を流しながら巡洋艦に乗せられていった。

 

その日から一週間ほどかかって、巡洋艦は横須賀に入り本郷大尉は横須賀海軍病院に入院の運びとなったのであった――

   (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

大事故!

命を取り留めた本郷大尉ではありますがどうなることでしょう…。何よりも本郷大尉の一番の気がかりの問題はどうなってしまうのでしょう。次回をご期待ください。


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ウダモさんへ

ウダモさんこんばんは!
安全保障法案、いろいろありましたが成立しましたね。なんだかんだ言っても今の日本にとって大事なものですね。

そうなんですちょっとタイトルを変えちゃったもので、脅かしてしまいましたね。ごめんなさい!でも内容は変わりませんのでまたよろしくお願いします^^!

ラノベ。考えてみようかなww!

こんばんは!

法案も無事決まり、やっと落ち着きましたねb

タイトルを見た時、あれっ?違う物語が始まった??…と思ったら、いつも通りで一安心でしたw
久しく遊びにきてなかったので、終わってしまったーっ!と焦りましたよ〜^^;
でも、こういうタイトルも新鮮でいいですね^ ^b
見張り員さんって、ラノベもいけそうな予感b

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは!
ブログのサーバー不調?の生家昨日はなんとトライしてもお返事できずごめんなさい(-_-;)。

さて。
本郷大尉頭に血が上ったか、冷静であるはずの搭乗員にありえないようなことをしてしまい…大けがを負いました。全くそういう悪しき縁ほどなかなか断てなかったりするんですよね。本郷大尉にはぜひそれを断ってケガも直してほしいものです。
次回横須賀海軍病院編、何かが起きる??ご期待ください。

今日日曜日は仕事でした。がほとんどお客も来ず、ほとんど一人で立っていました。意味ねえ~~という感じです。疲れましたw。
いいお天気が恨めしかったですw、大分もいいお天気なんですね♪、良い連休をお過ごしくださいませ。明日は成田空港へ次女を迎えに参ります!

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
いつもありがとうございます^^!
ブログのサーバーの不調らしくお返事が遅れました、ごめんなさい!

本郷大尉思いのほかの大けがですが治るのでしょうか…彼女は優秀な零銭搭乗員ですから復帰してほしいんですが(;´Д`)。
次回、横須賀海軍病院編をご期待くださいませ!

どこまでも!! 蜂、八のヤツでしたね。
思い出したくもない人や事柄と偶然遭遇すると人間は動揺するものですが、今回はあまりに憎々しくてとうとう我を失ってしまいましたか。
ふるさとや家のようにあたたかな人々に囲まれているのが何よりの救いの本郷さん。
命までもそんな仲間たちから救われたのですから、ケガの回復を待って血も涙もない婚家とは早めに縁を切ってもらいたいですね。

シルバーウィークに突入しました。大分は快晴です。東京は如何でしょうか。
くれぐれもご自愛ください。

どうなるのでしょうか

予想外の怪我

意識はいつごろ、戻るのかと思ったら
三日のちとは。

重症ですね。

本郷さん、早く回復して欲しい

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんばんは!
蜂のあの羽音にはぞっとします。私はいつだったかしら…まだ小学校に入る前ミツバチに刺されたことがありました、あの痛さを今でも覚えておりまして、蜂が大嫌いになりました。もっとも昆虫全体が嫌いですが、蝶と蛾、そして蜂は特筆ものです。
なのに、私の仕事をしているところには時折スズメバチが来ます。とても怖いです…(;´Д`)。

さあ、重体の本郷大尉は横須賀海軍病院に入院です、そこで何かが…起きます!ご期待ください^^。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
内地の病院で…何かが起きるぅ~~~(;´Д`)!
さあいったい何が起きますかbご期待くださいませね~~!

そうだ!ハドソンの『ハチ助』、懐かしいですねえ~~。高橋名人いつだったかTVに出てらしたけどほんと時の流れを感じますねw。

本郷大尉大変な大怪我をしてしまいましたね。
蜂一匹のため、油断大敵ですね。
確かにあのブーンという音が耳元で聞こえると気になって、集中力に欠けてしまいます。
自分でも車の運転中、ハエが目の前をかすめると、気になってしまいます。
刺されることはないという安心感がありますから、窓を開けて逃がすようにはするんですが、飛行機ではそうもいきませんものね。
蜂の一刺しは怖いですから。
全治4か月とは瀕死の大重体ですね。横須賀の海軍病院へ転院したら、愛しの彼が見舞いに来てくれるのでしょうか。
不幸中の幸いで愛の絆が深まるかもね。

本郷さん、危機は脱したようですが、内地の病院にということで今後の展開を考えると、かえってケガの回復が遅れそうです。

ハチ助といえば、コナミに吸収されてしまったハドソンのキャラクターを思い浮かべます。かつての高橋名人は部長さんとしてご活躍のようですが、スキンヘッドになってしまわれました。時の流れを感じます。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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