こうしてやるっ!! 1

女だらけの帝国海軍航空隊、ゲナハ諸島ゲナハ基地は今日も暑い日差しが照り付けている――

 

ヤシの木の木陰で座り込んで、滑走路に並んだ零戦を見ながら話しこむ中尉・大尉と言ったベテラン搭乗員嬢たち三人。本郷ミツ大尉、多幡(たばた)綾子大尉そして北原カナ中尉は、飛行帽を取って髪を風に吹かせながら昨日行った若手搭乗員対象の模擬空中戦の反省会の最中である。

本郷大尉が

「今回の訓練はなかなか良かったよ、皆以前にもまして真剣そのものだったからね」

と言い多幡大尉は

「しかしもう少し練度を挙げないといけない、いざ敵との空中戦となったときあれでは心もとない。敵の飛行機の後ろにもっと速やかに回り込めないものか」

と腕を組み北原中尉は

「口で言うのは難しいですが、そうだ、イメージトレーニングをしたらどうでしょう」

と提案。「イメージトレーニング?」と不思議そうな顔の大尉二人に北原中尉ははい、とうなずいて見せて

「まあ普段からしていることの延長ではありますが、」と前置いて「その状況を頭の中で、あるいは模型を使って再現するんです。そしてその時自分はどう対処するかを考えるんです。これは意外と大事だと思うんですがどうでしょうか?」と説いた。

本郷大尉は

「ふむ…、いいかもしれないね。多幡、貴様若手に人気があるからその役目、貴様がしろよ」

と言って多幡大尉は頷いた、うなずきながらも多幡大尉は

「そういう貴様だって若手の嬢ちゃんたちにキャーキャー言われてるじゃないの、『本郷大尉ってニヒルで素敵ぃ~』って。まあ一度に大勢は教えられんから貴様に半分その役目やるわ」

と言って笑った。北原中尉も笑った。

本郷・多幡の両大尉が若手に人気があるのは、二人の年齢がやや高いということと妻帯者ならぬ夫帯者(?)で結婚生活にそれなりに年季が入って、人間関係の機微に敏感であるからである。

多幡大尉の結婚生活はそろそろ八年、本郷大尉も同じくらいであるが実は本郷大尉の結婚生活は、長いというだけであまり幸せなものではない。

本郷ミツ大尉――旧姓を波田野――は女学校四年で兵学校を受験し、合格の知らせが来るか来ないかの時親の勝手で「婚約」させられた。相手は全くミツの知らない人でそれを聞かされたミツは駄々っ子のように畳の上に転がって

「嫌だ、いやだっ!なんでお父さんもお母さんも私に何も言わないで勝手に話を進めるんだあー!私はこれから兵学校に行くっていうのに、結婚なんか絶対しない!しないったらしないのだっ!」

とわめき散らした。

そもそもミツの両親は兵学校に行かせる気持ちなど毛頭なかったがミツはこっそり受験しそして合格してしまった。だが結婚の話自体はミツが女学校三年の時にすでに持ち上がっていた話であった。相手は隣町の小さな商店の若旦那で、彼がこの町に用事で来たときミツを見初めたのだという。

間に人を立てて若旦那はミツの家にやってきて話をし、ミツの両親はすぐ乗り気になり「ミツが女学校を終えたらすぐに」結婚という約束を取り付けてしまった。

しかし当初母親は「ミツは内緒にしておきましょう」と言い、のちになってそれを聞いたミツはその話から逃げるように兵学校に行ってしまった。

だが相手もさるもので、ミツ不在のまま結納を波田野家と交わしてしまった。それには相手の親の意向もあった。要するにミツがどこに行こうと逃げようと、最終的には「うちにお嫁に来るようになってるんですから」というわけである。

波田野ミツは、兵学校を終え少尉候補生として海軍軍人の道を歩み始めたある日実家からの手紙で本郷家に籍が入れられてしまったのを知ってしまう。手紙をぐしゃぐしゃに握って、配属になった軍艦「陸奥」の甲板で「嫌だあ、いやだあ!!絶対嫌だあ」と転げまわって泣きわめき、所属の分隊長に

「何やってんだ波田野候補生!貴様たるんでるぞ、そこになおれ!」

と怒鳴られ思いっきりアゴを取られた。

が、それでも泣きわめくミツに気味が悪くなった分隊長は「いったいどうしたんだ…ちょっと来い」と軍医長のもとへ引っ張られ、そこでミツは軍医長にすべてを打ち明けた。泣きながら、そして粘着力も素晴らしい鼻水を垂らしながら。

詳しい話を聞いた陸奥の軍医長と、分隊長は互いに顔を見合わせてため息をついた。こういう話は結構よく聞く話ではあるがここまで親と相手の親が結託している話も「めっずらしいねえ!波田野候補生、いやもう本郷少尉候補生。あきらめなさい」と言ってその肩をたたいた。

しかしあきらめられないのは当人で、何とか『逃げ切ってやる』と決心。のちに航空の道へと入るのだった、「飛行機乗りなら内地にいない方が多そうだから」という理由で。

そしてなんとか飛行機乗りの道も軌道に乗り、外地の基地へ配属になるときミツは休暇をもらって実家に帰った。

が、母親に『あんたの帰る家はここではありません、本郷さんの家です!』とぴしゃりと玄関の戸を閉じられた。憤慨しながら本郷の家に向かったミツ、初めて訪れる「婚家」である。道に散々迷いながらやっと着いた婚家は雑貨を扱う商店であった。なんかかあまりはやっていなさそうな店で、正直ミツはげっそりした。それでも家の玄関を探して回ったが――ない。

(店から入れというのか)

ミツはさらにげっそりしながら店の古い暖簾を持ち上げると小さく咳払いをしてから

「ごめんください…波田野、もとい、本郷ミツであります」

と、奥へと声をかけた。

普通ならここで奥から「お帰りなさい」とか「よく来たなあ早く入りなさい」などと言いながら家族が出てくるはずである。

が。

待てど暮らせど誰も出てこない。

(どういうことだ?)

ミツは不審げな表情になった。店は開いている時間なのに店には誰もいない、(これでは店と言えないじゃないか)。

いっそこのまま隊に帰ろうか、とさえ思ったその時「ハーイいらっしゃい」と女の声。果たして出てきたのは姑である。姑の本郷クマはミツをみた。ミツは緊張して敬礼して「は、初めまして…ほ、本郷ミツ少尉であります。休暇をもらい帰ってまいりました!」と申告した。

すると姑のクマは彼女を一瞥した後「店の前、掃除しときなさい。あんたの係!」とだけ言うと奥へと引っ込んでしまった。唖然とするミツ、さらに奥から夫である本郷八介(ほんごうはちすけ)が出てくるとこれも何の挨拶もないうちに

「おかあさんの言うことをちゃんと聞け。ほらそこに箒があるから」

と店の隅を指さし、そのままこれも奥へ引っ込む。はあ?とさらに唖然とするミツ少尉。段々怒りが湧いてきた。今までこれほど無礼な扱いを受けたことはなかった。

これが結婚か、これが嫁というものかと思うと情けないやら腹立たしいやらで握ったこぶしが震えた。それでも何とか言われたことをすませ、家の奥へ入って「掃除…済ませました」というとクマも八介も何も言わずラジオを聞きながら笑っている。

(なんて奴ら)

ミツ少尉はげっそりの度合いをさらに深めた。その場に悄然として立っているミツにやっと気が付いた八介は「おお、部屋はこっちだよ」とやっとこさ、部屋に案内してくれた。新婚用にとあてがわれた部屋はしかし、戸が付いていない。廊下から丸見えである。

そこでミツはげんなりしながらも服を着替え姑に何をしたらいいかの指示を仰いだ。姑のクマはあれこれ言いつけ、ミツ少尉は懸命に働いた。

やっと夜の帳が降り、ほとんど客の来ない店を仕舞った。

夕食になったがさらにミツ少尉はげんなりげっそりする羽目に合う、なぜなら夫と姑の食べ方があまりに汚かったからである。

くちゃくちゃと音を立てるは、箸で歯をせせるは…要するにマナーのなっていない連中なのである。波田野の家は食事のマナーにうるさかったし兵学校でもマナー教育は厳しかった。それを至極当たり前としてきたミツ少尉にはこの家のなってなさには不信感・不潔感さえ抱くのに十分すぎるほどである。

ぐったりしたまま片づけを終え、風呂に入り戸の無い部屋に帰った。もうすでに布団が延べられていて電燈も消され八介が待っていた。

ミツ少尉が布団の端っこに座ると待ちかねたように八介がミツを抱きしめ、布団の上に押し倒した。

ギャッ、と声が出そうになったが慌てて歯を食いしばりこらえた。廊下から声が漏れだしては困ると思ったからだ。

八介の手がミツの浴衣のひもを解いたとき、八介の向こうで何かの気配がした。ミツが八介の肩越しに懸命に向こうを見るとなんと。

姑のクマがこちらの様子を覗き込んでいた。

いやだ!

とミツ少尉はびっくり仰天して八介の下から逃れた。浴衣の前を掻き合わせ、「嫌です…ここの部屋には戸がありません。丸見えではないですか」と訴えた。

すると八介の態度が一変、「何をぬかすかこの野郎」と怒鳴りミツの浴衣の胸ぐらをぐっとつかむと

「これがうちのやり方だ、文句言うな、あとからきたくせしやがって!だいたいお前はここで働かせるためにもらったんだからここに来た以上俺たちに従うんだ、四の五の抜かすんじゃない!」

と怒鳴ると布団の上に突き倒した。そして彼女に覆いかぶさった――

 

ミツ少尉の初体験は悲惨な結果に終わった。初めてだというのに八介はミツを乱暴に扱い、とても恥ずかしいことを要求してきた、初めて故の羞恥からそれを拒否すると悪口雑言罵詈雑言をたたきつけミツの尊厳も何もあったものではなかった。そのうえその様子を姑のクマが入口の影からじっと、一部始終を見つめていたのだ。

夜も更け、自分の隣に大いびきをかいて眠る八介をミツは恨めしそうな瞳で見つめた。

(結婚した人はみんなこんな目に合うのだろうか)

しかし、自分の隊にいる既婚者たちはもっと幸せそうに結婚生活の話をしている。さすれば。

(この結婚は変なのだ。そもそもからしておかしいのだから、変以外の何物でもない。大体私はこの結婚に賛同したわけじゃない。それに私はこの家に働くために来たんじゃない、私は――私は海軍士官だ!)

ミツ少尉は心を決めた。

その夜が明けるころ、軍装に袖を通した。八介に乱暴にされた部分が鈍く痛んだ。初めてをこんな形で奪われたことへの怒りが改めて湧いた。

ミツ少尉は短剣を下げるとカバンを持ち、部屋を出た。姑の部屋からは軽いいびきが聞こえてきて熟睡中なのが分かった。

ミツ少尉は(もう絶対ここには来ない)と決心して本郷の家を出た。そしてそのまま帰隊したのだった。

 

以来十年ほど、本郷大尉は婚家に帰っていない。ばかりか実家にも帰っていない。

本郷ミツ大尉にとってどちらも<敵>であるからだ。本郷の名を名乗るのも嫌なことではあるが離婚の手続きもままならぬため、仕方がない。

 

本郷ミツ大尉の一見ニヒルな表情の本音はそこにあるのだった――

  (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・

かっこいい航空隊のベテラン搭乗員の悩みでした。本郷大尉、きつい結婚を強いられていたとは。それにしても最近の「女だらけの帝国海軍」将兵嬢たちの悩みのナンバーワンは結婚に関することのようですね。まあそれだけお年頃が多いのでしょう…次回をお楽しみに!


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河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
絶対こんな家、嫌ですね。頼まれても帰りたくはないです。
勝手に決められてひどい目に合ったミツさん、気の毒…。
さてさてこの後どう言う展開になりますやら?ご期待ください!

こんなところに帰りたいとは思わんよ。
見合いならともかく、いきなり勝手に決められた先が、
こがいなところでは、案外10年の間に
べつの人だましてちゃっかりなんてこと?
そいつはさすがに発想が飛びすぎ?だねw

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
唾棄すべき人間というのはこういう連中を言うのでしょうね。
思いやりもなければ温かみなんてこれっぽちもない。こんな家に嫁いだが最後、死ぬまで「使用人」扱いですね。
そして大事な初夜はまるで暴行。これでは逃げたくもなりますね。
かつての女性は黙って耐えていたことでしょう、しかし女も人間です。そんな理不尽な仕打ちには反撃したっていいじゃないか!!ー-というわけで本郷ミツ大尉はきっと何かをします。
ご期待ください!

森須もりんさんへ

森須もりんさんこんばんは!
戦前までは顔も知らない相手と親が決めた結婚をする…というのはよくあったことらしいですがこの結婚はちょっとひどい。
ミツさんどうにかしてこの縁を切れるように応援してやってください。

女だらけの帝国海軍の端くれですから毅然と対処できる…と思うのですが(;´Д`)…。

何とけがらわしておぞましい家族かと驚いています。
ふむふむ。嫁ぎ先は雑貨店。来た早々に店の掃除やら家事やら。
揚げ句の果てに初めての夜はほとんど辱め。
昔は耐えていたことかもしれませんが、昔の女性にだって粋とプライドと夢があったはず。こんな婚家と縁遠くなって正解であったと思います。
しかし10年のブランクの展開がこれから起こるのかもしれませんね。
ミツさん、頑張れ!!

ミツ大尉

なんていっていいか、わからないけど、ミツさん、がんばれ。
昔なら、あっただろうけど
それにしても
悲しいね。
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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