トレーラーのつぼみたち 2

純白の二種軍装に身を包んだ加東副長は、久々の上陸に心ときめかせて内火艇に乗り込んだ――

 

その後を村上軍医長が同じく二種軍装に身を包んで乗り込んだ。軍医長は副長の顔を見て

「思い切り楽しみましょう、加東副長。そろそろ『武蔵』も内地へ向かうようですからしばらくトレーラーとはお別れになりそうです。副長のご存じないトレーラーをご案内しますからお楽しみになさってください」

と言って副長は

「私の知らないトレーラー!楽しみですね、軍医長よろしく願います」すお

と飛び跳ねんばかりに大喜びした。副長はそれほどトレーラーの街には詳しくなかったからである。以前、猪田艦長とともに上陸し、『大和』の艦長・副長そして「水雷戦隊」司令の古村大佐、『矢矧』の原艦長と一晩料亭で語り合ったのが一番の思い出である。

副長は浮き立った。その副長の横顔を見て村上軍医長は(どれだけこの日を待っていただろう…加東副長は自分は上陸しないでほかの科長たちをどんな思いで見送っていたのだろう)とその心中を思いやった。

そして(この三日間はいい日々にしたいものだ)と思う軍医長である。

 

内火艇は上陸桟橋に横付けし、副長と軍医長が降り立った。内火艇の艇指揮の中尉は、すらりと降り立った二人のスマートな姿に思わず見入ってしまった。その二人に敬礼して中尉は、足取りも軽やかにゆく副長の背中を見つめ、(よい休暇でありますように)と祈った。

副長は軍医長に

「どこに行きますか?というよりどこに連れて行ってくださいますか?私はもう楽しみで仕方がありません」

と笑顔で話しかける。その副長に軍医長も笑顔で

「まず…あの丘の上を目指しましょうか」

と言って島の中央にある小高い丘を指さした。その丘は以前『大和』の麻生中尉と桜本兵曹がデートに使った場所でもある。軍医長は、ほう、あの丘へと声を上げる副長に

「こうしてみれば大したことのないような丘ですが、実際歩けば大変なんで…ちょっとご足労願いますよ」

と言って歩き、副長は興味津々で付いてゆく。

二人は繁華街の中を歩いてゆき、その中の一軒の店――現地の人の経営する駄菓子屋であった―ーに入り軍医長は「こんにちは!」と声をかけた。中から店主の男性が「ああ!村上サン」と笑顔で迎え、軍医長は副長を紹介した。店主は副長に丁寧にあいさつして

「村上軍医さんにはいつもお世話にナテマス」

と言った。どうやら病弱な彼の妻を軍医長は診療所に紹介し、その後妻の具合がいいようである。

軍医長は彼に「自転車を貸していただけないだろうか」と頼み男性は快く貸してくれた。大事な自転車を貸してくれるとは、と副長は驚いたがそれは村上軍医長と男性の間にしっかり信頼関係が構築されているからなのだと悟った。

男性は裏から古ぼけた自転車を引き出してきて、サドルと荷台を布で丁寧に拭いた。そして荷台に厚い布をひもで括り付けてくれた。

「副長サンここにすわるのにコシガ痛くなってはイケマセン」

と男性は気を遣ってくれた。その男性に心から礼を言って二人は自転車にまたがった。軍医長は「ではお借りします、夕方までにはお返ししますから」というと男性はにっこり笑って

「ドウゾごゆくり、ワタシ急がないね。イツデモいいですよ…キヲつけてイテラッシャイ」

と言って手を振ってくれた。副長は荷台に座って「ありがとう、お借りします」と言って微笑み返した。

「じゃ、行きますよー」

軍医長が言って自転車はぐん、と走り出した――

 

軍医長の運転の自転車は軽快にトレーラーの繁華街の通りを走りぬける。自動車の往来もそれほどないので気が楽な道。途中行きかう水兵嬢、下士官嬢たちに敬礼されて軍医長も副長も「おう、おう」という軽い感じで返礼。心まで軽い。

見送る兵隊嬢たちは「いいなあ~自転車。それにしてもどこの艦の方だろうか?楽しそうだね」と言って、通りかかった「武蔵」の兵隊嬢に

「私たちの艦・武蔵の副長と軍医長だよ。副長やっと休暇をお取りになられたんだ…今までほとんどお休みを取られなかったから嬉しそうね」

と言って教えられ、「そうだったんですか…楽しんでいただきたいですねえ」と心底から願うのだった。

 

自転車は、繁華街を走りゆく。

途中、たくさんのトレーラーの子供たちが何やら大きな荷物を以て小走りに行くのを目にした加東副長は「あの子たちは何を持ってあんなに急いでいるんでしょう?」

と軍医長の背中に向かって尋ねた。村上軍医長は少し顔を後ろに向けて

「あの子たちは料亭に雇われているんですよ…本当のことを言ってトレーラーはまだまだ貧しいですからね。日本だってまだ豊かとはいえませんがここはそれ以上です。それにここも子供が多いですから口減らしに住み込みで働く子供が多いんです。そしてああして汗水たらして働いて家に給料を入れるんです。健気なものです」

と言って言葉を切った。

加東副長は「そうだったのですか」というとやや暗い目で子供たちを見つめた。まだ遊びたい盛りの子供たちが必死に大きな荷物を抱えて走る様はけなげというよりも痛々しかった。軍医長はそんな副長の気持ちをわかってか、声を励まして

「それでも副長、その中からキリノちゃんのような子も今後もっと出てきましょう。私たちはそういう子供たちを見出してやらねばならないと思いますよ」

と言った。キリノと聞いて副長も顔を上げて

「ああ、あの子!村上軍医長と『大和』の日野原軍医長が見出して今では内地の病院にいるという、あの子ですね」

と言った。軍医長は坂道に入ってきたので立ちこぎをしながら

「そうです、あの子です…あの子だってあのままあの料亭に居たらどうなっていたかわかったものではありません。ずっとこき使われて自分の才能など気が付かずに埋もれていたかもしれません」

と答えた。副長は、自転車から振り落とされまいと軍医長の腰のバンドにつかまりながら

「キリノちゃんは本当にラッキーでしたね。幸せにやっているんでしょうね…」

というと軍医長ははい、と言って

「今働いている病院が、日野原軍医長のご実家の病院です。東京の聖蘆花病院。そして彼女、医者になる学校へ行くための勉強を始めたらしいです」

と教えると副長は大変驚いた。

「なんと、そんなに素晴らしい逸材を発掘したんですね。これは素晴らしい、きっとこのトレーラーにはまだまだ各方面に才能を持つ子供たちがいることでしょうね」

副長はそういって嬉しそうに微笑んだ。

 

やがて自転車は丘の頂上に着いた。軍医長は「さあここですよ」と言って副長が降りるのを待ってから自分も自転車を降り、その場に立てた。

副長はわあ~、と声を上げてその場の大きな木の根元に立つと眼下に広がるトレーラー水島の風景に見入っている。

それは今まで彼女が知らなかった風景であり彼女を感激させるに十分なものである。

軍医長はそっと副長のそばに立つと

「いかがです?こんな景色ご存じなかったでしょう?」

と言った。副長は感激に瞳をキラキラさせてうなずき、「知らなかったです…軍医長、ありがとう」と言って軍医長の両手を握った。今まで平面でしか見たことがなかったトレーラーも、立体的に見ればこんなに素晴らしい場所であることを、副長は改めて知った。

二人がしばらく声もなく、景色を見つめていると下から子供の声が流れてきた。軍医長はその方向を見て「あれ!タモイ、タモイじゃないか。どうしたんだ?」

と言って走り出した。副長もそちらへ一緒に駆け寄ると、坂道を大きな包みを持って走ってくる少年が一人。

彼は自転車を貸してくれた男性店主の息子で、ハアハアと息をつきながら、それでも笑顔で軍医長の前にやってくると包みと二つの竹筒をを差し出して

「コレ、父さんからムラカミさんたちに。おひるごはんデス。かあさんツクッタ、食べてください」

と言うではないか。軍医長も副長もびっくりしてタモイの顔を見つめた。タモイはちょっと照れくさそうに笑うと

「村上サン、ナニモ持ってなかったから」

と言った。タモイは店の中から軍医長たちが荷物を持っていないのを見た、そして自転車を借りて行ったとなるとおそらくこの丘を目指したのだろう。この丘は時折海軍将兵嬢が静かな休息の場として使うのを彼は知っていたから、それで母親に弁当を作ってくれと頼んだのだった。

母親は快諾し、作ったものを彼が必死で走ってここまで持ってきたのだ。

「タモイ…ありがとう」

そう言って包みを受けとった軍医長、そして副長の瞳が濡れた。何とやさしい心根の人たちなのだろう、と村上軍医長も加東副長も感激した。

副長は、帰ろうとするタモイに小遣いでも、と思ったが純粋な心に、今ここで金銭で返すのはやめようと思い直した。よく見れば彼のシャツは汚れてところどころ破れている。

(着るものをさりげなく返したらどうだろう)

そう思った副長にタモイは微笑みかけて「ジャ、またね」と手を振って走り去ってしまった。たぶん…父親から「邪魔してはいけない、渡したら早く帰りなさい」とでも言われたのだろう。タモイは笑顔で手を振りながら坂を駆け下りてゆく。

彼の姿が見えなくなるまで見送った二人は、包みを奉持して大きな木の下へ座るとそれを広げた。中には大きなサンドイッチがいくつも入っていた。

息をのむようにしてそれを見つめる二人、軍医長が

「あの夫婦にこれを買うほどの余裕があるとは思えない…なのにこれをしてくれたというのは相当な無理をしたのだろう…申し訳ないことだ」

と唸るように言い、加東副長も「ここではパンもハムも…相当な値段ですからね」とつぶやいた。

有難いことだ。

二人は手をしっかり合わせて「いただきます」というと、そのサンドイッチをいただいた。タモイの、そしてタモイの親たちの心が伝わるようなおいしさだった。

 

加東副長と村上軍医長は、サンドイッチを食べ終えて竹筒の水を飲んだ。水かと思っていたらこれもただの水ではなくヤシの実のジュースで、さらに感激の度を増したのだった。

 

二人は、ありがたい有難いと言いながらいつの間にか木漏れ日の下で心地よい睡眠に入って行ったのだった――

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・

副長が初めて見るトレーラーの町中の様子です。健気な子供たちが一所懸命働く様子に副長は感じ入ったようです。

そしてタモイという少年も家族の恩人のために尽くしてくれました。

 

二人の休暇、まだまだ続きます!


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Secre

matsuyamaさんへ

matsuyamaさんこんにちは!
お返事遅くなりごめんなさい。

その昔の日本もこんな感じだったのかもしれませんね。貧富の差が大きかったのでしょうからきっと口減らしのために奉公に出たりあるいはそれこそ軍隊に入るということも多かったでしょうね。

心を通じ合わす。今の世の中ではむつかしいことになりましたが、この物語の舞台の時代では誠意があれば心はおのずと通じたのだと思っております。それがたとえ外国人であったとしても。
本当な今のように便利な世の中であればこそ、心が通じ合うと思うのですがそうではないようでそれが悲しいです。

タモイ一家。自分たちより人を優先する心がやがて大きな幸せを運んでくるのだと思います。自分中心では幸せは来ません。
今の日本人、いや世界多くの人がなくしかけた心をタモイ一家は教えてくれます。かつてのような日本に戻ればいいなあと思いつつ、筆を進めております。

「口減らしに住み込みで働く子供が多い」。どこか一昔前の日本が目に見えるようでしたね。
貧困なトレーラーは日本の20年くらいは遅れているんでしょうか。当時の生活が偲ばれます。
お金はなくとも心までは失われていません。初対面の来客があっても、怪訝そうに寄り付かなかった子供たちも次第に打ち解けます。
人間って心が通じ合えば信頼し合えるようになるんですね。
タモイの家族はいい人たちばかりです。このように相手を気遣える人って今の日本に居りますでしょうか。貧困に負けない幸せをつかんでほしいですね。
昔の日本人の魂がこのトレーラーの家族に託されているようです。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんおはようございます
うれしいコメントをありがとうございます。こうした風景を描くとき私も脳裏にはその場面が映像化されます。もしアニメにできるなら疾走感あふれた場面になるかなあ、なんて思いながら。

人を思いやる。人間として当然なことが昨今忘れ去られ自分さえよければいいという風潮が老若男女に蔓延しています。嘆かわしい。
そんな中でもこのお話が世の中の一服の清涼剤になればと思います。

にいさまのお心を煩わすものは何でしょう…それでも、こんな話でもにいさまのお心を安らかにできるならそれは無上の喜びです。

東京は今日も雨もよいの一日みたいです。肌寒いですが更年期障害真っ盛りの私は時折どっと汗をかく始末w。
にいさまご一家には御身大切にお過ごしくださいませね。

まるでジブリの世界のよう。自転車で駆け抜けてゆく様子も大きな風景も街も人も、行き交う人々の様子も生き生きとしています。そして人の優しさ。無償の愛でしょうか。
自分たちの口が寂しくても食べさせたいという思い。仏教にある「七施」のような行いに感動してしまいました。これこそが昔の日本にはあったけれど今の日本にはもうない、人を思う気持ちですね。
浮き沈みの激しかった今日の僕でしたが、素敵な話しに心が平らになりました。ありがとうございました。

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは
今のように豊かになりすぎると互いを思いやる気持ちなんか却ってなくなっちゃうんですかねえ(;´Д`)。情けない世の中になったものです。

学校給食費の件は、最近の日本を端的に表しているみたいですね。本来の意味をみんな忘れ去って、自分勝手なことばかり言ってるんですから。

どうしようもない日本になってしまいました…

日本人が忘れかけている物がここにはありますね。
貧しいながらもお互いを気遣うということが。

学校給食も自分から頼んだわけでないので、
給食費を支払わない。そもそも給食は
弁当の格差によりいじめなどがあってはならないとの
配慮から生まれた物。

そういう心遣いをどこに置いてきてしまったのでしょうか?
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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