70年目の夏 3 <特攻>

――出撃の時刻が迫りました。

急いでこれを書いておりますので、読みにくい部分がありましょうがどうか御辛抱願います。

 

母よ。

私が6つの年から亡き母に代わっていつくしみ育ててくださった母よ。

継母というても世間で言われがちな不祥事など一つもなかった母よ。

厳しくも愛を以て育ててくださった母よ。

私が病気をしたときは寝食を忘れて看病してくださった母よ。

兵学校に合格したとき、泣いて喜んでくださった母よ。

ありがとうございました。

私は母のその心を胸に二十一年の命を終えます。そのことに悔いはありません、心は晴れやかです。

 

ですが一つだけ、心残りがあります。

 

こんな素晴らしい母に、どうして今まで「おかあさん」と呼んで差し上げなかったのだろう。

どれほどさみしかったことでしょうね、何度か「おかあさん」と呼ぼうと思いながらも、私は意志薄弱でできませんでした。

本当にごめんなさい、お母さん、あなたの寂しさをわかって居ながらどうしても呼べなかった。決してあなたのことが嫌いだったのではないのに、なんだか気恥ずかしくて言えなかった。

なんて悪い息子だったのでしょう。

お母さん、どうかお許しください。

私は間もなくこの世から消えてしまいます。

その前に私は思いきり言います。

 

おかあさん おかあさん おかあさん おかあさん

 

こんなに遅くなってから、それも私の命の最後の時に来てようやく「おかあさん」と呼ぶこの親不孝をどうかお許しください。

私は死んで姿が無くなったとしても、お母さんをずっと守ります、どんなことからも守ります。どうかいつまでもお元気で。長生きしてください。

おかあさん、私はお母さんが大好きです。

大好きなお母さんのためならどんなことも怖くない、お母さんを怖がらせる敵を懲らしめてまいります。だからおかあさん、どうかご安心くださいね。

 

では私は行きます。

おかあさん、大好きなお母さん、さようなら。

 

おかあさん、さよなら!

 

 

             ・・・・・・・・・・・・・

とある特攻隊員の最後の手紙をモチーフに創作いたしました。

書いているうちになんだか自分が出撃してゆくような気分に近くなっているような感じを受けています。命の最後にあっても微笑みながら写真に納まりそして飛び立っていった幾多の若者たち、彼らのことを忘れたくないです。

戦争は悪です。哀しみを生み出す以外の何物でもない。戦争そのものは決して賛美されてはいけない。

しかし、こうして自分の気持ちをころしても飛び立っていった若者たちは賞賛されてもいいのではないでしょうか。もう二度と、悲しい手紙を若者たちに書かせないためにも彼らの勇気をたたえたい、そう思います。

 

戦争が終わって七十年目の夏。彼らはどこでこの日本を、世界を見つめているのでしょうか。そして、何を思っておられるのでしょうか。

 

そして私は先日大変にショックな思いをいたしました。

家族でTVを見ていましたら特攻の番組の宣伝をしていました。それを見ていた夫が「特攻隊なんてテロリストだ」と言いました。

私はすぐに「特攻隊はテロリストではない、テロリストは一般市民を標的にするけど特攻隊はあくまで敵の軍隊を相手にするのだから根本から違う」ということを言いました。まるで映画・「永遠の0」で<宮部久蔵>の孫が友人に「特攻隊はテロリストだろう」と言われてそれに反論する、あの場面そっくりのことが展開されたのでした。

 

ショックでした。

私はこれでも今までブログなどで「特攻隊はテロリストとは全く違う」と訴えてきました。家族にも言ってきたつもりでした。自分自身ももっと勉強しないといけない、そして慰霊顕彰の心をもっと養わねばいけないと「特攻隊戦没者慰霊顕彰会」に入りました。

でも、「特攻はテロリストと同じ」と言われたということは私の発信が全く足りない、相手に届いていないということだと思い知りました。

とても残念です。

特攻隊の英霊に申し訳ないと心から思います。きっとこの発言を聞いて英霊は泣いてらっしゃるかもしれない。

空の特攻隊も、海の特攻隊も、陸の特攻隊も皆祖国と家族のため命をなげうって出撃して行きました。私の尊敬する人も何人もその中にいます。

その人たちに本当に申し訳ない。

 

どうしたらわかってもらえるのか、言葉を尽くして語るしかないとは思いますが果たして考えを改めてくれるのか?

これから私の戦いが始まるのだ、と言っても過言ではないでしょう――。


「回天」搭乗員たち。彼らも<特攻>です(画像お借りしました)。
回天烈士

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オスカーさんへ

オスカーさんこんばんは!
特攻というもの、まさに「作戦の外道」としての認識はあっても「自爆テロ」と同じという認識は全く私もありませんでしたし今でもありません。私の周囲も、彼らのことを悼む言葉こそあれテロリストだと言い放つ人はいなかったので、まさか…でした。
物を知らない若い子の発言なら「しょうがないなあ、勉強しなさい」と言えるのですがもう50も半ばを過ぎた人ですから何をかいわんやです。
情けないやら悔しいやら。
彼らがどんな思いで出撃して行ったか、本を読んでちょっとは想い知れよ!と言いたいんですが本を読まない人なのですよ。本を読まないということがいかに「最低」な発言をさせるか今回今まで以上にはっきりしました。
うわべしか物事を見ていないんですね。だからそんな発言が出る。
私は心から特攻隊員の皆さんの御霊に謝りました。
許してくださるかどうかわかりませんが、私は私のやり方で一所懸命彼らの想いを発信してゆこうと今までよりも思うようになりました。

オスカーさん、ありがとうございます。オスカーさんのお言葉うれしく胸に収めております。
オスカーさんもどうぞ御身大切にお過ごしくださいね。まだまだ暑さも続きそうですものね^^。

まろゆーろさんへ

まろゆーろさんこんばんは
ありがとうございます…
にいさまのコメントを拝読し、泣けてしまいました。
一番身近にいる人が、私の想いをわかっているとばかり思っていた人がその実一番わかっていないし理解もしてくれていなかったというのがショックでした。ほんと、その時は愕然としました。以前鳥越俊太郎氏がそういうことを言っていてむかっ腹が立ったんですが今回は同時に脱力感も覚えました。

テロリスト、自分たちの勝手な思いだけで全く関係のない無辜の市民をもあっさり死に追いやるテロリストと同列に語られた特攻隊員たちが哀れでたまりません。
「そんなんじゃない!」
という叫びが聞こえるようです。彼らの慟哭も聞こえるようで私は―ー。

私はこの先も負けないで発信してゆこうと思いました、結審させてくださったのはまろ兄様。あなたです。感謝いたします。こうしてわかってくださる人がいるという幸せ、これは私だけにではなく泉下の将兵の皆様へも大きな幸せとなり素晴らしい供養になると確信しております。

まろ兄様ありがとうございます、私は大丈夫。この先もガンガン語ります!!

花渡川 淳 さんへ

花渡川 淳 さんこんばんは!

そうです、実話です。『相花信夫』さんとおっしゃる、陸軍特攻・第77振武隊の方、享年18歳の方の遺書をモチーフにしました。これは映画・『俺は君のためにこそ死にに行く』でも使われていましたね。鹿児島の資料館(知覧?)にあるとうかがったことがありますが、記憶が定かではありません。

私はこのご遺書に衝撃を受け何度も何度も読みました。自分のものになっているのかもしれません。

18歳という若さ、いや、幼さの中にもこんなに強い決意と愛情があふれている…相花さんの想いを引き継いでゆきたいと思いますね。

鍵コメさんへ

鍵コメさんこんばんは
お返事遅くなってしまいごめんなさい!

特攻と自爆テロリストとの大きな違い、そこなんですよね。おっしゃる通りですよ。
ISのようなものが出てきてまっとうなイスラムの人はほとほとご迷惑でしょう、またそれと同等にみられてしまう特攻隊員たちもこれまたいい迷惑。

ひっかけ。というより無知なんですよ結局、見たもの其の儘にしかとらえられないかまたは私へのあてつけでしょう。何かというと私に当たる人ですから。もう仕方がないですね、そういう考えの人間なんだとあきらめましょうw。

おお、いつかそれを見に行きたいものです!大和ミュージアムで「長門」だったか?の軍艦気を見ましたが丁寧に縫ってあってびっくりしました!

河内山宗俊さんへ

河内山宗俊さんこんばんは!
お返事遅くなってしまいごめんなさい!

いわゆるイスラム過激派の行う自爆テロとイメージ的にどこかが合致するのでしょうか…私には全く別物なんですが。どちらも結局狭い視野じゃないか、と言われたらそこまでなんですがやはり…自爆テロと特攻は別物です…。

手塚治虫さんの「ゴッドファーザーの息子」は私も読みました。切ない話です。
しかし、あの時代、いやあの状況に陥ったら大事なものを守るためには行くしかない、とすべての未練を断ち切って行かれた人もかなりの数、いやもしかしてすべての人が何かしらの懊悩を抱えて、それでも行ったのではないかと思います。

こんばんは。
特攻が自爆テロとか考えたこともないし、少なくとも自分のまわりでそういうことを聞いたことがなかったです。若い子たちがインタビューでこたえていたのかと思っていたら身近に……見張り員さまの気持ちを考えると言葉がありません……どんなにショックだったかと。
思い詰めず背負い込むことなく……どうぞお身体に気をつけてお過ごし下さい。

No title

ご自分を責めてはなりません。
世の中には相手の気持ちをくみ取れず、ましてや不条理なことを平然と言い放つ人が多くいます。心が通じない人間がいるのも……、仕方がないことですが世の倣いのようですね。しかし、それがご家族、伴侶からとは寂しかったでしょう。つらかったでしょう。
でもこれまで行なってきた見張り員さんの生き方を責めてはなりませんよ。それこそ海山陸に散っていった数百万柱の英霊が嘆きますよ。
僕は此処から応援しています。妹の誠の心を。

終戦70年特集。見張り員さんの思いのこもった数日間のブログに日本人の矜持を見る思いがしています。よく頑張ってる!!

こんばんは

継母に最期に「お母さん」と呼んだお話は、確か実話として存在します。
どこかで見ましたが、とっさに思い出せません。祈念館、史料館、或いは書物で見たのか・・・・。

ただ、見張り員さんの文章の方が、言い方が変ですが、より強烈に思いが伝わってまいります。

咲けと言われた九段坂、あゝ、あの母をこの俺が、日本一の母にせん・・・・18歳の惜別の詩。敬と礼を捧げざるを得ません。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

ISなどのよく行う自爆テロのイメージがつきまとうのでしょうね。
最近映像化された「おかあさんの木」は小学校5年生ぐらいの
国語の教材でしたが、当時の日本では「お国のため」が
最優先であったことが短い文章の中にわかるものでした。

手塚治虫さんの「ゴッドファーザーの息子」これも特攻で散っていった
友人に焦点を当てたものでした。
先日書きました祖父の兄も、志願兵だったと聞いています。
見た目には自爆テロと同じに考える方もいらっしゃいますが、
あちらは己が教義を広めようとするエゴ、
こちらは表面的には国のためと言わざるえないながらも、
母や恋人家族を守るための苦渋の決断も相当数あったのではないでしょうか?
プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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