益川中佐見合いする 2

益川中佐は相手の女性を見て思わず目を瞠ってしまったーー

 

室内に入ってきた女性は、何かそこら辺の女性とは違う雰囲気を醸していた。(化粧が濃いなあ)。益川中佐の周囲にいる工廠の海軍の女性軍人は普段は全く化粧をしないかしても薄い化粧であるがこの女性はばっちり化粧をしていて、(素顔がわからんなあ)。

そして(これも天女のうちなのだろうか?)、例えば山中次子や繁木史子のような楚々とした感じがない。(形の違う天女と思えばいいのだろうか?)。

益川中佐の心はだんだん塞いできた。(この女性と交際してそして結婚してうまくできるのだろうか。いや私には自信がない)とそこまで考え始めてきた。

やがて仲居によって料理が運ばれ会食が始まった。その間もそれとなく益川中佐は彼女―蘭子ーを観察している。ふと目が合った瞬間、蘭子は嫣然と益川中佐に微笑んだ。その微笑みに中佐は

(この人が…私の天女なのだろうか)

と疑問がわいてくるのをどうしようもなかった。兄と兄の知り合いという男性はお互いをほめあって

「いやあ、蘭子さんは素敵な女性ですよ。なかなかこんなにきれいな人はいないですからね、敏也は幸せ者ですよ」

と益川の兄はもう話が決まったような口ぶりで言うし、兄の知り合いの男性は

「いやいや、姪っ子は何もできませんからかえってご迷惑をおかけするんじゃないかと心配ですよ。益川中佐は立派な海軍技術中佐ですから恥ずかしくないようしないといけないぞ」

とこれも兄と同じような口ぶりである。

益川中佐は(なんだかもう話が決まったようなことを言うが私はまだ決めたとも何とも言ってはいないぞ)とやや不快になった。

 

益川中佐が激高する時が、そのすぐ後に来た。

兄の知り合いで蘭子の伯父という男性―金太―が隣に座る蘭子に、まだ手を付けていないご飯茶碗を差し出して

「もっと食べるか?食べなきゃだめだぜ二人分なんだから」

といったのだ。

「…二人分?二人分てどういうことです?」

益川中佐はけげんな表情で金太と蘭子を交互に見た。益川の兄が困ったように面を伏せた。益川中佐はまず兄を見て

「どういう意味なんでしょうねえ二人分って」

といいそのあと金太と蘭子を厳しい目で見つめた。すると金太が

「すまない益川さん、何も聞かなかったことにして蘭子と一緒になってほしいのです!」

というとその場に平伏した。

驚く益川中佐に金太が告白したこととはーー

 

――蘭子は金太の姪っ子であるが男性にだらしがない。女学校時代から男性のうわさが絶えず、困り切った両親が金太のもとに預けてその素行を直してほしいと頼み込むほどであった。金太も困り果ててはいたが蘭子の親で自分の兄の申し出にいやとは言えず数年間彼女を預かり指導してきた。

が、勤めに出るとまた悪い虫が騒ぎ出しあちこち男性を乗り換えて歩く始末。そしてーー

 

「実は蘭子のお腹にはその中の一人の男性の子供がいるんです。どうか益川さん、すべてに目をつぶって蘭子と結婚してお腹の子供の父親になってはくれませんか?」

泣きながら言う金太の言葉、そしてそれを他人事のように聞きながら食事を続ける蘭子を見て益川中佐はついに激怒した。

「バカな。ばかなことを良く恥ずかしげもなく言えたもんだ、そんなハスッパで、行っちゃ悪いがあばずれ女を私にだって?いくら私がこの年まで一人だからってバカにするのもいい加減にしろ!…兄さんもこのこと知っていたんだな!」

怒りは自分の兄にも向いた。兄はつらそうにしていたが小さくうなずいた。

益川中佐は

「兄さんまでぐるになって私にそんな話を押し付けようとしていたんだな、もう絶交だにいさん。こんなひどい話あっていいもんじゃないだろう、よく考えろよ!俺はいったい何なんだよ、本当にいい加減にしてくれよ!」

と悲痛な叫びをあげると部屋を飛び出していた。

男二人は黙って下を向き、蘭子は箸を口に運びながら「あ~あ。だめになっちゃった」と嗤っている――

 

益川中佐は怖い顔でずんずんと歩いてゆく、その目指す先は山中新矢大佐の家である。

緩やかな丘を上がり門をくぐって玄関の戸を叩くと数瞬ののち「はい?」と返事があって新矢が玄関の扉を開けた。

「益川君!どうしたんだね今日は見合いでは」なかったのか、と言いかけた新矢の前に益川中佐は頽れて大泣きし始めた。

「どうした何があった?まあいいから入りなさい」

新矢はびっくりして益川中佐を家に入れた。そして居間に座らせると茶を淹れて「さあ飲んで落ち着いて」と言って、益川中佐が落ち着くのを待った。

しばらく時間がかかったものの益川中佐はやがて落ち着き、見合いの場での話をした。

「なんてことだ、なんて失礼な話なんだ!」

山中新矢大佐も、わがことのように怒ってくれた。新矢は大事な自分の部下であり友人である益川中佐への、その仕打ちに心底腹を立て

「いいか益川君。前にも言ったが絶対にいい縁が来るからあきらめてはいけない!そしていつか<天女>のような女房を娶って見返してやりなさい。いいね、絶対その日が来るから自棄を起こしたりするなよ、いいな!」

と励ました。益川中佐は新矢の心に感じ入ってますます泣いた。

 

後日、その話を伝え聞いた次子は顔を曇らせて

「どうしてあんなに良い方にそんなひどいことをなさるんでしょうね?考えられない話ですわ。益川中佐、お気持ちを落としてらっしゃらないか心配です」

といった。そして

「きっと、いえ絶対に益川さんにはよいお相手が見つかりますよ、絶対にね」

と言って新矢を見つめてうなずいた。新矢もうなずき返す。

 

そして、傷心の益川中佐には突然の辞令が下りようとしていたのだった――

  (次回続編へ)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

ありえない見合いでした。益川中佐どうしてこんな目に合わなきゃいけないのか。山中夫妻の怒り尤もです。

そしてその益川さんへの辞令とは?次回をお楽しみに!

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益川中佐見合いする 1

まもなく新しい年が来る内地、広島・呉の街をハアハアと息を切らし、しかし嬉しそうに笑い顔で走る男が一人――

 

彼こそだれあろう、『女だらけの帝国海軍』にあって呉海軍工廠に勤務する数少ない男性士官の益川敏也海軍技術中佐である。彼は自宅から工廠までずっと走り続けてきた。工廠の入り口で守衛に身分証を見せるときもその笑い顔が消えることはなく、守衛は

「益川中佐、何かええことでもあったのでありますかのう?」

と尋ねると益川中佐は守衛の肩を思いっきりひっぱたいて

「ええことコトコト金平糖、ですよ!ああ、私に春が一足早く来そうなんですよウフフ~。ま、その日が来たらいの一番に教えてあげますから、待ってて頂戴なっと!」

というと足取りも軽く、研究棟へと走り去っていった。

守衛は叩かれた肩の痛みにもだえつつも「…なんじゃありゃ。中佐いったいどうしんさったんじゃろ」と不審げである。

益川中佐は跳ねるような足取りで工廠のいくつもの建物間を走りぬけ、やっと研究棟にたどり着いた。彼は二階へ駆け上がると朗らかに「おはようございますー」と声を上げて部屋のドアを開けた。

まだ早かったせいか室内には江崎少将と山中大佐しかいなかった。が、益川中佐は満面の笑みでもう一度

「おはようございます!」

と敬礼し、少将と大佐の返礼を受けた。江崎少将が

「どうしたね益川君、ずいぶん嬉しそうじゃないか?何かいいことあったのかね」

と尋ね山中大佐も「本当に。我が世の春、って感じだよ?何があったのかね」

とこもごも尋ねた。益川中佐は二―ッと口を思い切り横に広げて笑うと

「来たんです」

と言った。江崎少将と山中大佐は「来た??」とぽかんとしている。その二人にうなずいて益川中佐は

「縁談ですよ縁談。私にいよいよ縁談が来たんです」

と言い放ち、少将と大佐は「おお!ついに来たか!」と大声を出してしまっていた。益川中佐は嬉しそうにうなずいて

「そうなんですよ。急な話なんですが、私の兄の知り合いの娘さんなんだそうです。まあ、年齢は決して若くはないんですが私もいい歳なんでぜいたくは言えません、いや、言いません。年齢よりもその人がいい人ならそんなの関係ないですよ。で、あさって日曜日見合いなんです。いやあ久しぶりの見合いですねえウハハハハ」

と最後は大きな声を出して笑った。江崎少将は

「そりゃあよかったねえ、上手くいくように祈りますよ」

と言い山中大佐も「その人が益川君の天女であるよう祈ってるよ」と言って、益川中佐は二人に「ありがとうございます!この益川、今度は絶対結婚できるよう全力で見合いに臨みますっ」と宣言したのだった。

それから益川中佐は張り切って仕事をこなし、周囲の男性士官たちも唖然とするほどである。

「益川中佐、どうしたんですかねえ。いつもよりずっと気分が高揚してるみたいですが」

そういってひそひそささやきあうが、江崎少将と山中大佐は(黙っていてあげたほうがいいかもしれないから)と見合いの話を漏らさなかったので誰も真実を知らない。ただ、妙に高揚して気分のよさそうな益川中佐に気味悪がっている。

その日も仕事がひけると益川中佐は、跳ねるような足取りで帰って行った。山中大佐は一時間ほど残業した後、いつものように妻の次子の入院中の海軍病院に見舞いに行き

「実はここだけの話、益川君がー」

と彼の見合いがあさって日曜日に行われることをそっと話した。次子は「まあ、それは良かったこと。きっとその方が中佐の<天女>なんでしょうね、上手くいくといいですねえ」とほほ笑んだ。山中新矢大佐は、次子のベッドの端っこにそっと腰掛けると次子の肩をそっと抱き

「そうだねこんどこそ上手く行ってほしいよ。そして見合いの相手が次子のような天女ならいいね」

というと次子の顔をそっと上向かせてくちづけた。そして彼の手は次子の大きなおなかをそっと撫でまわし

「もうすぐ新年、そしたらいよいよ我が子に会える時が来ますね」

と言った。次子も嬉しそうにほほ笑むと夫の手に自分の手を重ね「はい、私待ちきれませんわ。どっちが生まれるのか…男の子か女の子か?それにどっちによく似ているのか?早く赤ちゃんの顔を見たいですわ」と言った。新矢も「ほんとだね。私も早く赤ちゃんたちに逢いたいよ。でもかといってまだあとひと月はお腹にいないとだめなんでしょう?慌てて出てこないように言っておかないとね」と言って二人は額をくっつけあうと笑った。

 

翌日の土曜日、益川中佐の気分は最高に盛り上がっていた。繁木少佐はその盛り上がりのすさまじさに

「山中大佐、いったい益川中佐はどうなさったんです?何か、変なものでも召し上がったとか?」

とびっくり仰天してすっ飛んできたほどである。

山中大佐は苦笑しながら「実は彼は明日、」見合いなんだよと教えてやると繁木少佐はほっとした表情になり

「そうでしたか、それならよかったほっとしました。そうですかあ、それならあんなにはしゃいでも仕方がないってものですね」

と言ったので山中大佐は思わず大笑いしてしまった。そして「このことはほかの皆には内緒だよ。きちんと決まってから皆には話したほうがいいと思ってね」と言い繁木少佐は深くうなずいた。

 

そして翌日の呉は日本晴れーー。

年末も近い町は、正月準備でにぎわっている。その町の大きな通りを益川中佐はとても緊張しながら見合いの場所に歩いている。見合いの場所は駅の近くの料亭で、益川中佐も何度か工廠の仲間たちと行ったことのある場所である。

慣れ親しんだ店ではあるが今回は目的が全く違うので緊張の度合いも高まるというものである。益川中佐は何度も深呼吸をしながら歩き、写真も見ていない相手を想像し胸躍らせていた。

どんな女性だろうか…山中大佐の奥様のような天女ならいいな。どんな女性でも私についてきてくれる人ならどんな女性でも私は受け入れよう。ああ、早く会いたいな。

益川中佐は、とうとう駆け足になると見合いの場所を目指した。

 

料亭に着くと女将が出てきて顔なじみの益川中佐に挨拶し「こちらですよ、まだお見えではないですからごゆっくりなさいませ」と一室に案内してくれた。

相手の女性は、兄と兄の友人とともに来ると聞かされていたから益川中佐はまず、出された茶を喫し歌詞を一つつまんで食べながら待った。

(兄さん、私のことを良く言っておいてほしいもんだな。写真も無しだから向こうさんも不安かもしれないから、話をして置いてくれると安心だろう)

お互いに写真のやり取りも間に合わぬほど見合いを急いでいたのだ。互いにそれなりの年齢だから仕方がないといえば仕方がないのだが。

 

それからに十分もしたころ、部屋の襖があいて中佐の兄が入ってきた。おお、敏!と声をかけて入ってくると中佐の隣に座り

「もう来るぞ。準備はいいか」

といい中佐がうなずいたとき、閉まった襖の向こうから仲居が「失礼いたします」と声をかけ襖を開けた。思わず姿勢をピンと伸ばした中佐、そこに兄の知り合いの男性がまず「遅くなりました」と小腰をかがめて入ってきた。

そしてそのあと、見合い相手の女性が入ってきた。

その様子を見た益川中佐は、思わず目を瞠っていた――

  (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・

益川中佐、いよいよ<天女>との出会いでしょうか。いきなりな話ではありましたが出会いを求める益川さんにはそんなの関係ない!って感じでしょうか。

そして…益川さん思わず目を瞠るほど素敵な女性だったのでしょうか、次回をお楽しみに!

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新しい光

<潮風>くんは、布団の上に横たえたオトメチャンの服をそっと脱がせ始めたーー

 

それでもオトメチャンは微動だにせずなすがままである。<潮風>くんは優しい手つきでその作業を終えると今度は自分が来ていた浴衣を脱いでオトメチャンの横に添い寝する形になった。

「いいんですね?」

と彼は確かめるように言ってオトメチャンは小さく「…はい」と答えた。<潮風>くんは小さくうなずくとオトメチャンの上になった。心なしかオトメチャンの表情に緊張が見えた。

<潮風>くんはそんなオトメチャンに接吻した。長い接吻の後彼の手はオトメチャンの頬を撫で、そのあと首筋に下がりやがて乳房にたどり着く。そしてその先にそっと触れてみるとオトメチャンは頬を赤らめて恥ずかしさに耐えているようである。

<潮風>くんはそこにしばらく触れた後、いよいよその手をオトメチャンのまだ締めたままの下帯に掛けた。オトメチャンがはっと身を固くしたのがわかった。

<潮風>くんはそれに構わずそのひもを解き、オトメチャンの両足を大きく開かせ自分の腰をそこに入れた。

「う…」

とオトメチャンが嗚咽を漏らし始めた。<潮風>くんは動きをとめてオトメチャンを見つめた。しばらく部屋の中に満ちるのはオトメチャンの嗚咽だけになった。

どのくらい嗚咽を漏らしていたのだろうか、やがてオトメチャンは泣き止むと<潮風>くんに

「ごめんなさい、うち…いさぎようないですね。この期に及んで女々しく泣くなんぞ帝国海軍の軍人の風上におけんですね」

と言って片手の甲で涙をぬぐった。<潮風>くんはそんなオトメチャンにやさしく微笑みかけると

「本当はトメさん、したくないんですよね?」

と尋ねた。その優しいまなざしにオトメチャンの瞳がまた潤んだ。そしてオトメチャンは

「ごめんなさい。ほんまいうたらうち…しとうないんです。ほんまにごめんなさい。でもあの時、うちは許婚だったひとから<あばずれ>呼ばわりされて無理やりされそうになって…自棄を起こしておったんじゃ思います。ほいで高田兵曹にヴァーを捨てるけえいうてお願いしてここに連れてきてもろうた。ほいでも、いざとなるとうちもどうも怖いような気がしてならんのです。<潮風>さんにはほんまに申し訳ないです」

というとまた静かに泣き始めた。

<潮風>くんはオトメチャンを優しく抱きしめると

「わかっていましたよ、なんとなくでしたが、でもやはり。いいんですよ、私はトメさんの意に染まないことはしません。あなたを大事にしたいと思います。そしてあなたの初めては、いつか出会うあなたの大事な人のために取っておきましょう」

と言った。オトメチャンが泣きながら

「うちに…そんとな人がいつかできるでしょうか?」

というと<潮風>くんは微笑みながら

「当たり前ですよ。トメさんは素敵な人だ、海軍さんとしてもそして女性としても。きっとあなたを大好きになって、一緒になりたいという素敵な男性が現れるはずです。ですからどうかご自分を卑下したり安売りをするようなことはもうやめてくださいね、これ、私との約束ですよ」

と言ってオトメチャンの片方の手を優しく取ってその小指に自分の小指を絡めた。

「はい…」

オトメチャンは、いつだったか紅林に「小指に絡まった赤い糸」の話を聞いたのを思い出し、少しつらい心持ちにはなったが

(赤い糸もきっと長うてからまる先を間違うたんじゃろう。うちはいつまでも待とう、本当にうちを好きになって一緒になってくれる人が出てくるんを)

と思い直した。そして微笑み返したオトメチャンに<潮風>くんは

「ああ、トメさんの笑顔は本当に素敵ですね!きっと、いや絶対素敵な男性が現れますから待ちましょうね。…そうだ今夜は」

と言ってオトメチャンに浴衣を着せかけ自分も浴衣を着ると、ちょっとのあいだ部屋を出て行き戻ってくると手にはちょっとした料理と酒を持ってきた。

「今夜は新しいトメさんを祝いましょう」

と言って二人はその晩は遅くまで食べ、飲み、そして語り合ったのだった。

 

それを隣の部屋で耳をそばだてて聞いていた高田兵曹はほっと安どの息をつき、

(ああえかった!<潮風>くんいうんは大した男じゃ。感謝します。――言うてもうちの佐野さんのほうがずっと大した男じゃがね)

と思ってくすくすと布団の中で笑ったあと、深い眠りについたのだった。

 

翌朝、オトメチャンと高田兵曹は<潮風>くんに心から礼を言って見世を出た。えかったねえ、えかったです、と言い合いながら。

その後ろから「おーい、おぼこちゃーん!」と大声を上げて追っかけてきたのはだれあろう棗主計特務大尉、彼女はオトメチャンの肩をひっつかむとこちらに向かせその顔をじーっと見つめた。高田兵曹が気味悪く感じるほど見つめた後棗大尉はウフフーッと笑うと

「ああえかった!おぼこちゃんのままねアナタ。ほっとしました。自分を大事にしなきゃいけませんよ」

というと「じゃあねえ~」と言ってそのまま走り去っていった。

高田兵曹がその後姿を見つめながら

「棗大尉、心配しとってなあね」

とつぶやきオトメチャンは「ありがとうございます、棗大尉」と言って力いっぱいの敬礼をしたのだった。その二人にトレーラー島の新しい朝の光がまぶしく照ったーー

 

               ・・・・・・・・・・・・・

 

どうなることかとは思いましたがオトメチャン、ヴァーを守ることができました。<潮風>くんナイスガイですね!紅林、彼の爪の垢でも煎じて飲んだらいいのに…ってもう遅かったですが。

 

次回新しいお話が始まります、誰が主人公になるやらお楽しみに!

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悲しみを抱きしめて

オトメチャンの号泣が、廊下へと漏れ出したとき高田兵曹はたまらずに部屋の前に立ってしまっていた――

 

「オトメチャン、」と声をかけようとしたとき、向こうから二人の士官がやってきた。高田兵曹は敬礼の姿勢を取り、二人の士官も返礼した。そしてそのうちの一人の士官―どちらも中尉だったがーが、閉まった襖をそっと指さして

「どうしたんです?すごい泣き方だが?」

と高田に訪ねた。高田兵曹は「申し訳ありません騒がしくって」と簡単にいきさつを話した。するともう一人の中尉嬢が

「あなたはどこの艦の人かな?」

と尋ねるので兵曹は「大和です」と答えた。ほう、大和!と言って顔を見合わせた中尉嬢たちだったがふと思い当たったような顔になると高田兵曹の顔を見つめ

「あなたの話からさっするにこの中にいるのは、見張の達人の<桜本兵曹>ではないのかな?彼女には許婚がいると聞いていたけれど?」

と聞いてきた。高田兵曹は驚きの目を瞠って「その通りであります。あの、桜本兵曹をご存じなのですか?」というと中尉嬢の一人、寺尾は

「おお、申し遅れましたが私たち『飛龍』の飛行隊のものでね、桜本兵曹が『飛龍』に手伝いに来てくれた時ちょっと話をした間柄なんだ」

とほほ笑みもう一人の中尉嬢・中井も「そうなの。――で、彼女ずいぶん悲しんでるようだがこのままでいいのかな」と心配げに襖を見つめる。

その間にも襖の向こうからは桜本の泣き声が響いてくる。

高田兵曹は「うちも心配なんです…許婚にこっぴどく振られて、ほいでここでヴァーを落とすなんぞ言うけえうちはどうしたらええかわからんまま連れてきてしまいました…そんとなことしてえかったんか、うちははあ、ようわからんくなってしもうて」と言って悲しげにうつむいた。

そうでしたか、と寺尾が言うと次の瞬間中井中尉は「邪魔しますよ」というなり襖をそっと開いた。中では<潮風>にしがみつくようにして泣き続ける桜本兵曹がいて、寺尾中尉ははっと息をのみ「――やはりあの時の」と小さく叫んだ。

二人の中尉は<潮風>くんにしがみついて泣く桜本兵曹のそばに膝をつくとその肩に手をかけた、桜本兵曹が顔を上げ、その目が大きく見ひらかれ

「か、艦攻のねえさん…?」

と小さく声が上がると、二人はうなずいた。すると桜本兵曹はさらに声を上げて泣き出した。二人はそっとオトメチャンを<潮風>くんから離すと詳しいわけを聞き出した。

 

「そうだったのか、痛ましいことだ」

寺尾中尉がオトメチャンの話を聞き終えるとそういって下を向いた。中井中尉も「こんなひどい話があっていいものだろうか。それにしてもひどすぎるではないか!」と憤る。

高田兵曹は部屋の外に立ってこの様子を見つめている、とそこに「高田兵曹じゃない?どうしたんじゃね」と声がかかり高田兵曹が顔を向けるとそこには『大和』の主計特務大尉の棗佐和子が立っていた。高田兵曹は思いもよらない人物の登場に驚きながら敬礼し

「棗大尉。なんで棗大尉がこげえなところに居りんさるんですか?」と尋ねてしまった棗大尉は「あら~。たまにはアタシだってにぎやかにお酒を飲んだりしたいわよ!でもアタシ、夫のある身ですから男遊びはしませんことよ」

と言ってから泣き声の漏れ出てくる部屋を覗き込むなり

「オトメチャン…!あれはオトメチャンじゃないね、どうしたんじゃね。――まさか高田さん、あんた嫌がるオトメチャンをここに連れてきてヴァーを捨てさせようとしたんと違うかね!」

と兵曹を振り返って厳しい口調で問い詰めた。「そんとなことしてええと思うとるんかね?」

高田兵曹は慌てて片手を顔の前で横に振ると

「違います、違いますそんとな悪いことうちはようしません。ほうでのうて、…そのうちの話をしばらく聞いてつかあさい」

と言ってここに至るまでの話を始めた。棗大尉はその場に立って腕組みをして厳しい顔のまま聞いている。やがて高田兵曹が話し終わると棗大尉は

「ほうね、ようわかった」

と言って腕を解いた。ほっとした高田兵曹、その兵曹に棗大尉は

「あの様子じゃしばらくは泣き止まんで。まあ、あとはあの男性に任せとったらええわ。きっと…ええがいにしてくれるとうちは思うで?じゃけえアンタはあんたで遊んだらええよ」

と言って笑いかけた。高田兵曹は

「いえ、うちは許嫁の居る身ですけえ遊びません。今夜は隣の部屋で一人寝をします」

と至極真面目な顔で言い棗大尉は「ほうかね、ほんなら一人でゆっくり眠りんさい」というとその場を去って行った。

その間にも<艦攻のねえさん>たちがオトメチャンをなだめている。高田兵曹は廊下からその様子をじっと見つめている…

 

どのくらいたったか<潮風>くんは口を開いた。

「あの…。私トメさんの気持ちを大事にしたいと思います。皆様にはいろいろな思いがあるとは思いますがどうかここは私に任せてはくれませんか?決して悪いようには致しませんから今夜は私に任せてくださいませんか?」

誠実そうな<潮風>くんの穏やかな物言いに、<艦攻のねえさん>の中井中尉・寺尾中尉達そして廊下に立って事の推移を見守っていた高田兵曹はふと顔を上げ、彼の顔を見つめた。

<潮風>くんはまだしゃくりあげているオトメチャンの背中を優しくなでると

「お願いします。ここは任せてください」

と言い、<艦攻のねえさん>たちは

「そうか…。わかりましたそれなら今夜、あなたに彼女をおまかせしよう。どうか、彼女の心が安らぐように願いますよ」

と言ってほほ笑むとその場を立ち、廊下に立ったままの高田兵曹の肩をポンと叩くと

「気にはなるだろうが彼に任せようじゃないか。あなたも大変だったね、今日はここに泊まるのかな?――そうか、ならゆっくり休みなさい。私たちも今夜はこの見世で過ごすから。…ではごきげんよう」

というと廊下を去って行った。

高田兵曹はその後姿に敬礼すると、オトメチャンたちの部屋のふすまをそっと閉めた。

 

<潮風>くんは襖が閉まると部屋の押し入れのふすまを開け、中の布団を出し手早くその場に延べた。ひくひくしゃくりあげながらも表情のない瞳でそれを見つめていたオトメチャンに手を差し伸べ<潮風>くんは

「さあ、来てください…」

とささやいた。オトメチャンは彼を見上げ、そしてその右手が彼に伸びた。延ばした右手を<潮風>くんは優しくつかむとオトメチャンをそっと立たせそして、抱きすくめると次の瞬間布団の上にそっと倒していた――

  (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・・・・

『飛龍』の<艦攻のねえさん>たちや棗主計大尉まで顔を出しての大騒ぎにはなりましたが、いよいよオトメチャンにその時が来るのでしょうか?次回をドキドキしながらお待ちくださいませ!

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覚悟の座敷

オトメチャンに言った衝撃的な言葉に、しばしそのきれいな顔を見つめたままの高田兵曹だった――

 

「ほんまに言うとんか?そんとなこと軽々にいうたらいけんで?」

と高田兵曹はオトメチャンの肩をつかんでいった。が、オトメチャンは至極真面目な顔でうなずくと「うち、それでええ思うたけえ言うとんのよ。じゃけえ高田兵曹、今晩…お願いします」と言って頭を下げるのだった。

オトメチャンーー桜本兵曹の頼みは<遊郭に連れて行ってほしい>ということで、「うち、もうヴァー(ヴァージンのこと)落としたいんです。いつまでもそんとなものにこだわっとるとあほを見るような気ぃしてなりませんけえ、いっそ捨ててさばさばしたいんです」とオトメチャンは言ったのだ。

うーん、と高田兵曹は頭を掻いて唸った。そして「そんとなことしてええんじゃろうか」とか「ほいでも本人がええいうんなけえええんじゃろうか」などとぶつぶつ独り言を言っては首をひねる。

桜本兵曹は

「高田兵曹、兵曹にはご迷惑をかけませんけえどうか、連れて行ってください。ほいでそこでうちはどうしたらええんか、それだけ教えてつかあさい!」

と懇願した。ついに高田兵曹は

「ほんなら一緒に行こう…ほいでも途中で気ぃ変わったら遠慮せんで言うんよ?こういうことは、ええと、なんて言うたっけ、…ああほうじゃ、デリケートなことなけえの」

と折れた。

 

その晩二人は連れ立ってトレーラー水島の中心街に出かけた。さえない表情のオトメチャンをちらちら横目で見ながら高田兵曹は(ほんまにええんじゃろうか、ほんまに)と考えている。そのうち一軒の見世が目に入り、高田兵曹は「ここでええか。うちも前に何度か来とってなけえ、いろいろ融通は利くけえな、ほいでここならそがいに料金も取られんけえの」というと店の玄関を入り、後からついていているオトメチャンに「さ、こいや」と声をかけた。

オトメチャンはおとなしく高田兵曹の後をついてきて、仲居の案内に従って二人は二階へとあがった。一室に入ると高田兵曹は仲居をそっと廊下に押し出し自分も出ると何やら話して仲居にいくばくかのチップを握らせた。仲居はうなずいて去ると、高田兵曹は部屋に戻り

「もうちいとしたら料理が来るけえの。ほいでそれを食うたあと男の人が来んさるけえ…、ええな?」

と桜本兵曹にささやいた。桜本兵曹は緊張のためなのかそれとも相変わらず気が晴れないのかさえない顔いろのままでそっとうなずいた。

時間的にも客が多くなる時間のようで、玄関の方からにぎやかな声が聞こえてきては二人の部屋の前の廊下を通ってどこかの部屋に入ってゆく。

桜本兵曹は

「この手の見世は、ずいぶんと流行っとるんですねえ」

とぽつりと言った。高田兵曹はうなずいて

「ああ、今日は特に多いのう。訓練帰りの艦でも居ってんかね?」

と言ったそこへ、仲居が茶を運んできて「お料理、もうちょっとお待ちくださいませね」と言って障子が閉まった。高田兵曹は受け取った湯呑の一つを桜本兵曹に渡して「もうちいとじゃと。ここのめしは美味いけえねえ、じゃけえ客も多い」と言った。そして付け足すように

「男の人もなかなかじゃで」

と言ってふっと笑った。ほうですか、と桜本兵曹は言いしばらくの間二人は黙って茶を飲んだ。やがて中井が料理を持ってやってきて二人の前に並べた。仲居が去ると高田兵曹は「さ。食えや」と言って自分の膳の上の箸に手を伸ばし桜本兵曹も倣った。

「相変わらずうまいのう」

「ほう…なかなか美味いですな」

と二人は小さな声でこもごも言って料理を半分ほど食べたころ、男性が一人入ってきた。この男性こそ今夜オトメチャンの<相方>になる予定の男性である。男性は高田兵曹に会釈した、高田兵曹はうなずいてオトメチャンのほうをそっと指さした。男性はうなずくと、右手に持っていた小ぶりの徳利を左手に持ち替え桜本兵曹の膳の上のさかずきを右手で取り上げると、兵曹に持たせた。桜本兵曹が

「あ、すみません」

というと男性―潮風という見世の名前を持っているーはにこやかにほほ笑み

「どういたしまして」

と言った。そして「私を<潮風>と呼んでください」とあいさつした。オトメチャンは静かな瞳で彼を見つめると

「よろしゅうお願いします、潮風さん。うちのことはトメと呼んでつかあさい」

と挨拶を返した。そして二人は杯に満たされた酒をそっと飲んだ。それを見てから高田兵曹は

「ほいじゃあうちはこの隣の部屋に居るけえ、なんかあったら呼びんさいや」

と腰を上げ襖をあけて出て行った。

二人きりになると、<潮風>は微笑みながら

「トメさんはお初めてですね。この見世は」

と言って杯に酒を注ぐ。オトメチャンははあ、と言って<潮風>の顔をまっすぐ見つめると

「御見世も初めてですが…、じつはうち男の人とも今日が初めてになるんじゃ」

と言った。その瞳に何か必死なようなそれでいて切ないものを見た<潮風>は何か不思議な気持ちになって杯を全の上に置いた、そして

「男もお初めて、なんですか…で、今日ここであなたの初めてを私が、というわけですか」

というとオトメチャンの瞳が急に潤み始めた。そして大粒の涙がぼたぼたと音を立てて彼女の膝に、そして畳の上に落ちた。

<潮風>はびっくりして

「どうなさったんですトメさん?…もしかして何か、わけありですね?私でよかったら聞かせていただけませんか?事に及ぶはそれからでも遅くないですから。夜は長いですからね」

と言って膳を脇に寄せた。オトメチャンもそれに倣うと膳を脇にどけ、「実は」といきさつを語り始めた。

 

<潮風>はオトメチャンの語った長い話に衝撃を受けた。なんてことだ、と言って下を向いてしまった。オトメチャンはすすり上げながら

「うちみとうなもんは幸せにはなってはいけんのです、じゃけえあん人を恨んだりはしません。ほいでもうち、あん人が好きだった。じゃけえすぐに忘れられん。忘れるにはどうしたらええか一所懸命うちなりに考えたんじゃが、こうするんが一番ええ思うたんです、じゃけえ<潮風>さん、うちの初めてをどうか…」

と言ってまた泣き出した。

<潮風>は、オトメチャンの背中にやさしく手を置くと

「トメさん、あなた本当にそれでいいのですか?」

と言った。泣いていたオトメチャンは顔を上げると

「ええんです!ええんです、だからどうかうちを、うちを!」

というなり、<潮風>に抱きついていた。

オトメチャンの号泣が部屋の外まで漏れ出していた――

 (次回に続きます)

   

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

なんということでしょうか、自棄になったのかオトメチャン。ヴァーを捨てようと繁華街の見世に繰り出しました。

この後…彼女は本当に??

次回をご期待ください。

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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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