「そこまでやるか!?」―女はつらいよ 1

「女だらけの帝国海軍」軍人嬢たちには―深刻な悩みがある――

 

ここはトレーラー環礁・従妹島の航空基地。小さいが精鋭が集っている。その航空部隊にちょっとした騒ぎが持ち上がろうとしていた。

じりじりと照り付ける日差しの中を、訓練から帰ってきた一番小隊の零戦三機。それぞれから降り立ったのは後藤少尉、黒川上飛曹、赤瀬一飛曹。彼女たちは飛行帽を取って、腰のポケットから手ぬぐいを取り出してそれで首筋や額を拭きながら急いで司令の待つヤシの葉で葺いた小屋へと走りこみ、訓練終了を告げた。

従妹島航空基地司令の雨宮シメ中佐は満足そうにうなずき

「お疲れさま。今日の訓練はあなたたちで終わりだね…。あ、そうだ明日水島から健康診断のため軍医が数名来る。今夜中に湯を使って体を綺麗にしておくように、婦人科検診は今回は無しだがその代わりと言っては何だが、久々に検尿検便もあるそうだからそのつもりで」

と言って司令部の建物へと去ってゆく。

残った三人は参謀嬢に敬礼してから宿舎に向かう。

赤瀬うめ一飛曹が

「ねえ後藤少尉。健康診断はともかく、私、その…検尿検便はちょっと困ります」

と言って後藤三枝子少尉と黒川絹上飛曹は「え?なんでさ?」と立ち止まり赤瀬兵曹を振り返った。赤瀬兵曹は少しためらったあと

「だって…。私今朝からアレなんです。アレの最中に尿検査とか何とか…ちょっと嫌なんです。避けられないんでしょうか」

と言った。その表情はあくまで必死である。

「え!」

「なんと…」

少尉と上飛曹は声を合わせて「アレだとは」と言って顔を見合わせた。赤瀬兵曹は困ったような顔で立ち尽くしてしまった。

その赤瀬兵曹に「まあ、中でゆっくり考えたらいい」と引っ張って宿舎に帰った三人であったが、宿舎内ではほかの搭乗員嬢や整備兵嬢たちが騒いでいた。

後藤少尉は

「なにをそんなに騒いでるの?なんかあったの?」

と尋ねてみると少尉の一番そばにいた三番小隊の香川二飛曹が

「少尉はお聞きになりましたか、明日の健康診断のことを」

とそっと言った。最近この基地に赴任してきたばかりの若い下士官嬢で、何事にも遠慮がちであるがこの時は身を乗り出すようにして後藤少尉に語った。少尉は

「ああ、いましがた聞いたが…それがなにか?」

というと香川二飛曹は自分の右に立っていた五反田一飛曹をそっと見た、五反田兵曹が香川の代わりに

「あの、あれがあると伺いました…その…」

というと後藤少尉は

「ああ!検尿検便ね。ずいぶん久方ぶりなんだが、あなたたちはもしかして海軍入って初めてかな」

とさらりと言った。すると下士官嬢たちの最後列から彼女たちをかき分けて前に出てきた下士官嬢が一人。彼女は上田茜上飛曹であったが彼女は

「困るんです…実はここにいる下士官たちの半分以上がその…アレでして」

と言って心底困った表情を作った。後藤少尉は、瞬間赤瀬兵曹を見返ってから皆のほうをもう一度見ると

「なんだ、あなたたちもアレなのか!赤瀬兵曹も今朝からと言っていたね…そうか…なら司令に申しあげて今回は見送らせてもらえばいいだろうに」

と言ったが上田上飛曹はかぶりを振って

「実は隊長から司令にお話ししていただいたんですが、司令は『それでもかまわない。その状態のものは瓶の名札に赤丸をつけておけばよい。うちの軍医長もそういっていたから』とおっしゃって、とても避けられないんです。でも、どうも私たちその状態の時には抵抗があって」

といい、身に覚えのある下士官嬢たちはうつむいてしまう。

後藤少尉はウーンと考え込んで腕組みをした。その後藤少尉に黒川兵曹が

「まあまだ時間はありますからゆっくり考えればいいですよ。それより食事の前にシャワーを浴びませんか」

と言って一番小隊の三人は浴室へ…

 

その晩遅く、アレの最中の搭乗員と整備兵嬢が一室に集まって話し合いの最中。

一人が「いっそ思い切ってやりますか…?やらないとお咎め受けそうで私怖いし」というともう一人の下士官嬢は

「でもこんな時に検査をしてきちんと正しい結果が出るのか?私はそうは思わないからやりたくない」

とそっぽを向いた。さらに別の下士官嬢は

「司令はもう月経のあがったおばさんだからアレの現役の我々の気持ちなどわからない、忘れ去っておられるんでしょう。私も抵抗あります」

「でも提出しないと怖い罰直が待っているかもしれませんよ…?」

と議論はいったり来たりでなかなか答えが出そうにない。

 

長い時間が過ぎ、一人また一人と大きなあくびをし始めたころ。

小林昭代整備兵曹が意を決したように顔を上げ

「こうなれば窮鼠猫を噛む、いや違う、背に腹は代えられません!私にいい考えがあります。もうこれしか手はないと思います」

と言った。

その悲愴感さえ覚える表情に、その場の下士官嬢たちはいっせいに

「なに?どんなことです?言ってください、言え!」

と身を乗り出した。

小林整備兵曹は、居住まいを正すと咳ばらいを軽くした後話し始めたーー

  (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・

またまたしょうもない話が始まりましたw。

しかし女性にとっては避けて通れない話です、切実なんです。わかってください~♪という歌がありましたがまさに。

さて小林整備兵曹いったいどんな妙案があるのでしょうか、次回をご期待ください。

 靖国ゼロ戦

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サクラサク! 続きの話。

大輪の桜の咲いた吉報は、南方トレーラー環礁の『大和』にももたらされたーー

 

ある日の午後、医務科の兵曹が手紙の束を抱えてやってきた。畑軍医大尉がそれを見て「おお、今回もまたたくさんの内地からの便りだねえ。いいねえ故郷の便りって。封を開けたりはがきを見ると懐かしい家のにおいがしてくるじゃないか、ねえ~」と言ってほほ笑み、兵曹も「はい。うちの場合は母の漬物のにおいがします」と言って笑った。畑軍医大尉はいいねえいいねえ、と言いながら入室(入院と同義)中の患者のための点滴を用意する。

そして兵曹は日野原軍医長を薬品棚の前に見つけると「軍医長、お手紙です」と言って一通の分厚い封筒を手渡した。

「おおありがとう。さてさて今回はだれから」だろう、と言いかけた軍医長の声がはたと止まった。兵曹は不思議そうな顔で軍医長を見た、軍医長は我に返って「実家からだよ。何かあったのかな」とやや不安げな表情になったがその場で封を切った。

便箋を開いて読んでいた軍医長の顔が晴れ晴れとしたものになり、そばで心配げに見守っていた兵曹に

「覚えてるかなあなた、ここトレーラーから内地に行った女の子、桐乃のこと」

と言った、兵曹はすぐ「覚えております。確か、あのあと軍医長のご養女になられたとうかがいましたが」と答えると軍医長はさらにうれしそうにうなずいて

「そう、あの桐乃がね」

と言ったところで急に声が止まり涙が流れだし、兵曹はびっくりして「なにがあったのですか、軍医長!」と切羽詰まったような声を出し、それを聞きつけて医務室にいた畑軍医大尉他数名が寄ってきた。

畑大尉が、「どうなさいました軍医長」と言ってその背中にそっと手を当てた。ほかの衛生兵嬢たちも心配そうに見つめている。

やっと軍医長は涙をふき、「いやいやごめんね」というと一息大きく呼吸すると微笑み

「桐乃が、桐乃がね。帝都医大に合格したんだよ」

と言って皆はわあっと歓声を上げた。畑大尉が

「帝都医大というと医大の中でも難関中の難関ではないですか。すばらしいですねえ桐乃さん、さすが軍医長が見いだされただけの逸材だ、きっとこの先素晴らしい医師になられるでしょう。わたしなんぞ足元にも及ばないような」

と言ってこれもうれしそうに笑った。

衛生兵嬢たちも「おめでとうございます軍医長!」「桐乃さん、一所けん命頑張るお人じゃったけえ本当にえかったですね」などと言って祝福した。

軍医長はそれに一つ一つうなずいて「ありがとう、ありがとう。今度内地に帰ったら桐乃に逢って伝えておくからね」と言った。

 

日野原軍医長は晴れやかな心で最上甲板に出た。常夏のトレーラーの日差しは暑いが今日の軍医長には心地よく感じる。

内地は桜が盛りなのだろう、その中で入学式を迎える桐乃の姿を軍医長は思い浮かべた。艦上を、海を渡ってきた涼風が通り過ぎ軍医長の白衣の裾を翻した。軍医長の胸には、初めて桐乃に出会った日からこちらが鮮明に思い出されていた。(彼女が今あるのは、診療所の横井さんあってのものだ。横井さんの人を見る目は素晴らしい、そうだ彼女にも教えてあげねば)

そう思う軍医長に背後から声がかかった、振り向けばそこには山中副長がハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトを従えて立っていた。

「軍医長。お話伺いましたよ。桐乃さん良かったですね、おめでとうございます。私も彼女は気になっていたのでほっとしました」

と副長は言って軍医長の右横に並んで海を見つめた。軍医長の左横にはマツコたちが並び、

「聞いた?軍医長さんの娘さんイダイとかいう大変なところに入ったんですってよ」

「イダイ…それはきっと偉大な人が入れるところね。だとしたら僕たちは無理ねえ」

「ギャマト…」

と話している。軍医長が笑いながら

「イダイというのはね、医者になるための学校だよ。桐乃は医者になるんだよ」

と言ってマツコの通称・アホ毛を指先でそっと撫でた。

「御医者様…!」

マツコたちはさらに驚いて互いに顔を見合わせた。そして「やっぱり軍医長さんの娘さんだもん、頭がいいはずよね」とうなずきあう。

山中副長は

「最初逢った時、この子が内地に置くのかと思うと心配でしたが杞憂でしたね。軍医長のご家族様の愛情あってこそです。きっと彼女いい医師になりますよ」

と言って、膝のあたりをさすった。

日野原軍医長はありがとう、と言ってから

「副長最近膝をさすりますね?痛いのですか」

と尋ねると副長は

「いいえ、痛いのではないんです。内地を出るちょっと前、体調が良くなくなってからこの辺りが寒いというのか…ぞくりとするときがあるのです」

と答え、軍医長は何か思い当たったような顔になったが「そうでしたか、血行が良くないのかもしれませんね。よくそのあたりをさすっておいてください。悪いものではないと思いますから。そのうち一度診せていただくようになるかもしれませんよ」と何か含みのある言い方をした。

副長はそれに気が付かないで「ありがとうございます。その時はよろしく願います」というと「あ、主計科に行く時間ですので失礼します」というと去ろうとした、その副長に軍医長は

「副長。いつぞや桐乃にハンカチをいただきましたよね」

と言って副長は少し考えて「あ、あの時の汕頭のですか」と言った、軍医長は深くうなずいて

「桐乃は大変喜んでいました、あんな綺麗なハンカチを持ったことがないと。あの子たちのハンカチは古いタオルを四角に切ったものでしたから。副長ありがとうございました」

と言って敬礼し、副長も

「喜んでいただけて良かったです。そうだ今度は合格祝い・入学祝をお送りしたいですね。何が良いか考えましょう」

と言って礼をして歩き去っていった。

軍医長はマツコたちにそっと「副長。もしかしたらもしかするかもしれないよ」というとフフフと笑いながら艦首のほうへと歩いて行った。

マツコがその金色の瞳を青い空に向けて考え込んでいたが「…そうか、そうなのね。あんたたちもしかしたら桐乃さんに続いておめでたごとがあるかもよ」とトメキチニャマトに言い、トメキチニャマトは

「ねえなんのこと?マツコサン教えて」「ニャマト、ニャマート」

とマツコにまとわりついた。

しかしマツコは笑いながら「今は教えない」というだけ。

 

そんな動物たちの小さな騒ぎを後ろに聞きながら日野原軍医長は遠い内地の桐乃に心をはせていた。

(桐乃、しっかり勉強してよい医師になりなさい。あなたなら絶対できる。そしていつか、…昭吾と一緒に聖蘆花病院をもっと大きく世界の病院にしてほしい。そうすることがもしかしたら桐乃、あなたに与えられた使命かもしれない。そして病気に悩むこのトレーラーの人々にも大きな恩恵となる日が来るだろう。その時まで頑張れ桐乃)

軍医長は吹き付けてきた海風にその思いを託すかのように大きく背伸びをすると深呼吸をした。

海風は軍医長をやさしく取り巻き、そして吹き去っていった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・

前回のお話の続きでした。時系列が少しずれていますので山中副長の登場に驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんね。この話は副長のおめでた発覚少し前のことです。

日野原軍医長の気がかりだった桐乃の受験もうまくいって、肩の荷が下りた軍医長でした。

 

「祝典行進曲」今上陛下のご成婚の際に作曲された行進曲です。作曲・團伊久磨氏。

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サクラサク!

桜咲く…それは喜び

桜咲く…それは新しい第一歩へのささやきー

 

あの夜桜見物から一週間後、日野原桐乃は医大を受験した。

受験先は日野原昭雄とその子息昭吾の出身大学の帝都医大である。桐乃は「そんな難しいところ、私自身がありません」と言ったが昭雄も昭吾も「当たって砕けろの精神でやってごらん。桐乃ちゃんならきっとできる」と言って励まし、桐乃はそれこそ清水の舞台から飛び降りるような気持で願書を提出したのだった。

願書提出から数日ののち、土曜日の昼下がり聖蘆花病院に昭雄を訪ねてきた男性が一人。

院長の日野原昭雄は一階受付からの「院長先生にお客さまです」の内線電話を受け、その日の診察を終えていたので降りて行った。

そこにいたのは大学時代の同級生であり何十年来の友人の三宅で、今帝都医大の教授である。昭雄は

「おお、三宅かあ、久しぶりだなあ」

と大きな声を以て友人を抱きかかえるようにして迎えた。三宅も「相変わらず、日野原は若いなあ!」と笑いながら友の手を握った。

「今日はもう外来診察は終わったから住まいのほうへ上がってくれないか」

昭雄はそういって友人を自宅へと案内した。

自宅へ上がると昭雄は手ずから茶と菓子を出して友人をもてなした。ソファに腰かけた三宅は

「奥さんはお元気かい?今は外地かな」

と言って昭雄の妻の日野原重子大佐のことを言った。昭雄はうなずいて

「ああ、元気でやってるよ。今は南方にいる…軍艦勤務だから大変は大変らしいがね」

と言って菓子を勧めた。「いただきます」と菓子をつまんだ三宅、ふと昭雄の顔を見つめて

「そうだ、君んところに娘さんがいたとはね!願書が来てたぞ、医学部受験の。いやはや日野原一家は優秀だなあ」

と言って笑んだ。昭雄は

「娘…娘ではあるが実のではないんだ」

といい説明をしようとしたとき玄関のドアが開き、桐乃が「遅くなってごめんなさい、今お昼を用意いたします」と入ってきた。その後ろには千代医師がいるようだ。二人は何やら楽しげに笑いさざめきながら入ってきたが居間に昭雄とお客がいるのに気が付いて姿勢を正すと挨拶をし、桐乃は初めて会う人なのできちんと自己紹介をした。

三宅は立ち上がって桐乃と握手を交わして

「初めまして。私はこの日野原昭雄と帝都医大で同級だった三宅と言います。今日は突然お邪魔して申し訳ありません、どうか、お構いなく」

と言ってほほ笑み、その優しい微笑みに桐乃はほっとして人懐こい笑みを浮かべた。

そこで昭雄が今回帝都医大を受験するのが「彼女だよ、私の娘の日野原桐乃だよ」と言って三宅は「ほう、なかなか賢い目の色をしている」と感心した。

千代医師も交えて皆はソファに座りなおすと桐乃の受験について話をする。

三宅は、昭雄から桐乃のこれまでを聞いて「これは素晴らしい」とうなった。そして桐乃の素晴らしいよどみない日本語を聞き、手近の紙に文字を書かせてそれを見てさらに驚きを隠せなかった。

「日野原、この子は逸材だぞ。きっと受かる、きっと受かるぞ」

とやや興奮して言った。桐乃は恥ずかしげにうつむいて居る。

その桐乃を見つめながら三宅は

「しかし試験に臨んでほかの受験生より不都合があってはいけないな…大学に掛け合って特別枠を設けてもらったらどうだろう?例えば通訳を置くとか、辞書を携帯してよいとか」

と言ったがそれには桐乃がはっきりと

「三宅様。お心ありがとうございます、でも、桐乃はほかの皆さんと同じように試験を受けたいと思います。もし、試験の問題がわからない読めないとしたらそれは私の普段の勉強の不足です。私の責任です。ですからどうか、ほかの人たちと同じに受けさせてください…三宅様のありがたいお心は桐乃、しっかり受け止めました」

と言って三宅は一層感動した。桐乃の両手をしっかり握って

「あなたのお気持ち、この三宅よくわかりました…では当日は体調を整えてしっかり頑張ってください。私も応援しています、そして春四月、帝都医大の学生としてお会いしましょうね」

と言って二人は微笑みあった。桐乃は「はい、がんばります」と決意を瞳ににじませた。

 

そのあと遅れて自宅へ戻ってきた昭吾、三宅には学生時代教えを受けた仲であるので当時のことなど懐かしく話に花が咲く。

その間に桐乃と千代が食事を用意し、できたものから千代が食卓に運びながら「三宅先生、これはほとんどを桐乃さんが作りました」と言って三宅はまたもや驚いた。

「これは…日本人の家庭料理ではないですか!外国から来た少女がこれを作るとは…いや、参りました」

そういって三宅は驚きをあらわにした。そばで昭吾が満足そうな笑みを浮かべ、その笑みを見た三宅は(昭吾君、桐乃さんをもしかして?)と思うのだった。

 

たくさん話をし、笑いあったあと三宅は日野原家を辞するとき桐乃にもう一度

「まもなく試験日ですから、どうか健康に気を付けて。試験の時は落ち着いてやればあなたなら大丈夫ですからね。自信をもってあたってください」

と言って勇気付けた。桐乃は喜びを全身に表して「ありがとうございます三宅様。私全力で頑張ります」と決意を述べた。

昭雄が三宅を病院玄関まで送っていったが三宅はその時

「昭吾君は桐乃さんを好いているんだね」

と言った。昭雄はうれし気に微笑みながら「ああ。あの子がここに初めて来た時から通じ合うものがあったようでね。あの子の家はトレーラーでは裕福ではないがきちんとした家の子だから何も心配ない。いや、昭吾にはもったいない子だよ」といい三宅は

「うらやましいなあ、日野原。―ともあれ桐乃さんに落ち着いて試験を受けるように重ねて言っておいてくれよ」

と言って二人は別れたのだった。

 

そして試験当日は日曜日。

花冷えのする日であったが桐乃は元気よく「では行ってまいります。お父様、昭吾さん、桐乃は一所懸命全力で試験を受けてまいります」と言って試験場に出かけて行った。

却って昭吾のほうが緊張してしまい、腹具合が悪くなる始末である。昭雄が「昭吾は情けないなあ。桐乃ちゃんの度胸の半分でも分けてもらえ」と笑った。

桐乃は試験場につくと受験票を取り出し教室を確認し、席についた。周囲の受験生たち―男性が多かったーが外国人の桐乃に興味を持って見つめてきたが桐乃は息を整え、これから始まる試験に備えている。

そして始まった試験。桐乃は必死で問題文を読み、解いた。途中、試験官も驚くほど桐乃はよどみなく鉛筆を動かしていた。

そして面接試験では桐乃は大学の教授たちを前に物おじせず己の経歴や夢を語った。面接官の教授たちは試験後、「あれが聖蘆花病院の院長の養女という人か。すばらしい人材だな」とうなずきあいそれを伝え聞いた三宅は「そうだろう、そうなんだよ」と何度も繰り返してはうなずいていた。

 

そして。

聖蘆花病院受付に壱通の電報が届けられた。受付嬢が「桐乃さんあてです、電報です」と慌てて内科の内線電話で伝えてきて、ちょうど桐乃は患者に注射をしていたところだったので昭吾が代わりに受け取りに行った。

「電報だって?どれどれ」

と本文を見た昭吾は「やった」と大声を上げていた。周囲の患者たちが思わず昭吾を見た、昭吾は慌てて内科の外来に取って返すと患者の処置を終えてカルテを昭吾の診察デスクに戻していた桐乃の手に電報をつかませた。

「?」

ぽかんとしている桐乃に昭吾は「読んでご覧」と言って、桐乃はそっと電報を開いた。そこには―

 

サクラサク テヒトイダイゴウカク オメデタウ

 

次の瞬間桐乃は大粒の涙を流し、駆けつけた看護婦仲間や医師たちに祝福されたのだった。

 

桐乃は電報を握って喜びをかみしめた。トレーラーで料亭のアルバイトをしていた時出会った日野原軍医長と村上軍医長がもたらしてくれたこの幸せ。なんとしてもこの恩を返したい。そしてトレーラーの両親にも。それから日本に来てから何から何まで世話になりっぱなしの日野原昭雄、昭吾、そして千代。病院の仲間たちにも恩を返したい。

そのためには「私が頑張ってよい医師になって聖蘆花病院をもっともっと盛り立ててゆくことが」大事なのだと桐乃は悟った。

そしてそれが昭吾の愛に報いる道であることも。

 

日野原桐乃の医師への道は、今始まったばかり

             ・・・・・・・・・・・・・・・

 

日野原桐乃さん、医大合格しました。これからがまた大変ではありますがきっと彼女ならできる!

夢をあきらめなかった結果が出ました。誰しも、いくつになっても夢はありますよね、決してあきらめないで夢を追いましょう。私も、追います!

 

岡村孝子さん「夢をあきらめないで」


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褌作戦?詳報

森上参謀長の『ふんどし洗礼』作戦詳報――

 

森上参謀長は、新乗艦してきた士官に褌一丁で艦内を歩くというとんでもないことをさせるので一部で有名である。以下は、彼女がこれまでしてきた悪行、もとい洗礼の詳細である。ただし順不同であるからあしからず。

 

〈山口通信長の場合〉

「通信長の山口博子大佐です」と参謀長に挨拶した彼女に、森上信江参謀長は「ようこそ大和へ」というなりその軍装を脱がし始めた。

何をなさいます?と落ち着いた声音で尋ねる通信長に森上参謀長は

「ここに新しく着任した士官は私と一緒にしなければいけないことがあるんだよ山口さん。いいかな、これからあなたは私とふんどし一つになって、艦内を歩き回らなきゃいけないんだよ。それがこの艦の掟だ!さあ山口さん解ったらふんどし一つになって私と!」

と言ってさらに通信長の軍袴のバンドに手をかけたがその手を通信長の手がぐっと握って止められた。はっ、と参謀長が通信長の顔を見上げると、参謀長、と通信長が声をかけた。

その声音はひどく優しいが顔を見ると目がすっかり怒っている。通信長は目を怒らせ、しかし声は優しいまま参謀長の片手を握っている、そしてその力がだんだん強くなり初め、参謀長は(しまった相手がまずかった、どうしよう)と思った。

通信長は声は優しいままだったがその顔には憤怒の表情が。そして

「森上参謀長、私はそんなことをするために来たんじゃありません。なんですってふんどし一つで艦内を歩くですって?そんなことできますか、私は一児の母であり人の妻ですよ?子供がそんなことを知ったらどんなに嘆くでしょう恥ずかしがるでしょう。夫は家門の恥と泣いて腹を切るかもしれませんし姑はそんなことをする嫁を貰ったなど百年の不作と毒をあおって死んでしまうかもしれませんよ?私だってそんな恥ずかしいことできません、でもあなたが強引にさせるなら自決します。それが、家名を守るものの務めですっ!」

と怒鳴ると参謀長の手を払いのけ、参謀長の部屋を出て行ったのだった…

結果・失敗。

 

〈浜口機関長の場合〉

森上参謀長は新任の機関長を機関室に尋ねた。(今度のやつも絶対裸に剥いて艦内を歩かせてやる。参謀長に失敗なしだ)

艦内の、下の機関室に向かい(どこにいるんだろう?しかし暑いなここは)と思いつつさらに歩を進めると向こうから数名の機関科員、その先頭を歩くのはだれあろう浜口機関長。しかし…

浜口機関長は大汗かきつつ素っ裸で、手ぬぐいで前を隠しながらやってきたではないか。しかもそのあとに付き従う機関課員嬢たちも同じ格好。

機関長は、参謀長を行く手に認めると「おお、森上大佐ー!私浜口サチであります、機関長ですー」と叫んで手ぬぐいを振り回しながら走ってきた。

「ギャッ!」

参謀長はさすがに度肝を抜かれて回れ右すると「わかったわかった、きちんと服を着てから私の部屋に来なさいーっ」と叫びながら逃げたのだった。前を隠していたあの手ぬぐいを万が一、顔にでも押し付けられたらと思うと背筋の凍る参謀長であった。

結果・失敗

 

〈繁木(当時片山)航海長の場合〉

「片山君」と静かに声をかけた参謀長に「はい、なんでしょうか」と緊張の面持ちで直立不動の姿勢をとった片山航海長であった。参謀長は「我が大和には一つの掟がある…ついては今から私の部屋に来てほしい」といい、何の疑いも持つことなく片山航海長は参謀長の部屋に入っていった。

と。

「ようこそ大和へ~」と叫ぶなり参謀長は航海長にとびかかるなりその軍装をはぎ取った。ギャ―、なにをなさいます参謀長と半泣きになる片山航海長をふんどし一つの姿にすると自分も同じ姿になり、参謀長は「さあこれから二人で艦内を歩くぞ。いいかねこれが我が大和の掟、新任の士官は私と一緒にこの姿で艦内を歩く!さあ行くぞ」と言って片山航海長のはだかの肩を押して廊下に出た。

片山航海長泣きながら「そんな…こんな話聞いていませんでした。恥ずかしい。聞いていたら『大和』を熱望なんかしなかったのに」と言いながら参謀長に引き立てられてゆく…

結果・成功

 

〈樽美酒ゆう航海士の場合〉

栗色の髪を爽やかになびかせてやってきたのは樽美酒少尉であった。参謀長に挨拶してその返礼を受けた樽美酒少尉は「失礼します」とその場を去ろうとした。するとその片手を参謀長がつかんだ。

「?」と参謀長の顔を見た樽美酒少尉に参謀長は

「今から『大和』の掟を教えてあげよう。これは新任の士官は皆やらねばならぬことだ…さあおいで」

と私室に案内したのだった。そしてー

「いやですやめてください参謀長―!」

という叫びがとどろいた。森上参謀長によってふんどし一つに剥かれた樽美酒少尉がまるで殺されるかのように叫んだうえ、部屋の扉を開いて助けを求めたのだった。そしてその声を聞いてすっ飛んできた片山(当時)航海長は叫び声を上げて樽美酒少尉を抱え、参謀長に「やめてくださいっ。私のかわいい部下に何をなさるんですかっ。もしも、もしもこんなことが原因で少尉が海軍をやめたいなんか言ったら参謀長責任取ってくださいッ」と大喝をし、さすがの参謀長も「すまん、それは悪かった!」とタジタジ…

結果・失敗

 

〈松岡分隊長の場合〉

「なんだか妙な女が来たが…まあいい。彼女にもあれをしてやろう。泣こうがわめこうが、掟には従ってもらわんとね、フフフ」

森上参謀長はそう不気味に笑うと新任の〈松岡中尉〉を呼んだのだった。

ややして…

「誰ですかー、私を呼んでいるという熱くなってる人は!ここですか、松岡中尉入りまーす」

というとてつもない大声が響いたと思った次の瞬間、参謀長の部屋のドアが蹴破られた。うわっ、と身を引いた参謀長の前に立っていたのこそ、ラケットを肩に担ぎ満面の笑みをもって参謀長を見つめる松岡修子海軍中尉その人。参謀長は驚きを収めながら「ようこそ。さてお聞き及びじゃないとは思うがこの大和には一つの掟があってね、その掟を守っていただかんと困るんだ」と言いつつ中尉の軍装を脱がそうとした。

すると松岡中尉は「ギャーッ」と叫ぶなり自分から服を脱ぎ始めた。さらに度肝を抜かれた参謀長に松岡中尉は「参謀長熱くなってますねえ、さすがです!さあ参謀長も一緒に裸になって走り回りましょう」というなり素っ裸になってしまった。参謀長は「いや待て松岡中尉、それは困る。ふんどし一つで行こう」と慌てて褌を閉めさせると二人は「熱くなれよー」と叫びながら艦内を経めぐったのであった…

結果・大成功?

 

〈あの子の場合〉

士官を主なるターゲットにしてきた参謀長であるが、ある時新乗艦してきた兵隊嬢の中にそそられる一人がいた。

(なんて美しい兵隊嬢なんだろう)と参謀長は見とれた。そして今回は趣向を変えてこの子をふんどし一つにしてやろうじゃないかと思い立った。そしてそれから少し経ったある晩、参謀長は廊下でたまたま行き会ったその子に声をかけた。

「ようこそ大和へ。まだまだ艦に慣れないかな?まあ焦らないで艦の中をじっくり知ってほしい。で、実はこの艦には一つの掟があるんだが」

その子は頬を染めそして大変緊張しながら敬礼し「はい、まだよう艦内のことはわかっておりませんが一所懸命、一日も早くわかるよう努力します。―掟とはいったいなんでありますか?」と言ったのへ、参謀長はその子の肩に手をかけ「教えてあげるからさあ、こっちへ」と言いかけたその時、廊下の曲がり角から厳しい目つきで自分を見つめている麻生兵曹長に気が付いた。参謀長は(いかん!あいつもこの子を狙ってる)と直感した、その直後麻生兵曹長はつかつかと寄ってくると「見張上水、なにをしておる。早く自分の持ち場に行け」と怒鳴るなり見張上水を蹴飛ばしていた。慌てて走り去る上水の後姿を見ながら(だめだな。下士官や兵隊嬢には兵曹長だの特務士官の怖いのがくっついてる。うっかり手を出したら大やけどだ)とあきらめたのだった…

結果・大失敗

 

〈野村砲術長の場合〉

「新しい砲術長はなかなかきれいな女らしい」

そんな噂を耳にした森上参謀長は砲術長と会える時を心待ちにしていた。やがて乗艦してきた野村次子中佐に、参謀長の胸はときめいた。(こいつは絶対褌一丁にしてやらないと!恥ずかしがるその姿が、ああ見たい~)

そして参謀長は例によって野村砲術長に近寄ると「ようこそ大和へ。一日も早くこの艦に慣れて、あなたの本領を発揮してほしい」と言って砲術長は嬉しそうにほほ笑んだ。そして参謀長は「聞いているかな?この艦には掟が一つあって」というと野村砲術長を自室に連れ込んだ。そしていきなりオオカミの牙をむいて野村砲術長の軍装を脱がそうとした、「これが掟だ、ふんどし一つになって私と一緒に艦内を走るんだ!」と叫びながら。

すると。

野村砲術長のその美しい顔が怒りに満ちた。そして「そんな恥ずかしいこと、できますかあああ!」と怒鳴るなりー参謀長の腹にすさまじい一発を叩き込んだのだった。野村砲術長は怒りと恥ずかしさのあまり肩で息をしながら「そんなこと…私はそんなことをするために海軍兵学校に入ったんじゃないっ!私はそんな恥ずかしいことをするために海軍に入ったんじゃありません!私は、で・き・ま・せ・ん!」ともう一度怒鳴ると、軍装の前を掻き合わせて「失礼します!」と部屋を走って出て行った。

参謀長は叩き込まれた一発にもだえ苦しみながらも「あ、あいつ。いいなあ、なかなかいいぞ、気に入った」と全くベクトルの違う感想を持っていたのだった…

結果・たぶん失敗 でもある意味においては成功??

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お久しぶりです!

いろいろと忙しくなかなか書けませんでした。お話のストックはたくさんあるのに書けないっていうのはつらいですね。

今回は新しい大きな話の前の箸休めです。参謀長が新任の士官に「掟」として与えたもの、あの洗礼の話です。ほとんどが失敗ですがまあ懲りない人です。今後もきっとやるのでしょう。

 

ふんどし話とは関係ないですが「太平洋行進曲」をどうぞ♪

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「行ってまいります!」

 その日、彼女は皆に見送られて海兵団入団の時を迎えていた――

 

鈴原凛は、幼い時から奉公していた広島の料亭から呉の海兵団に応募し合格、いよいよ入団の時を迎えていた。その日は料亭は休みにして、旦那と女将そして大勢の使用人たちが祝賀の膳を囲んだ。凛は女将さんが若いころ来ていたという銘仙の着物を貰って、それを身に着けている。

旦那は祝いの杯を持ち

「凛。今までよう働いてくれた、ありがとう、礼を言います。そして凛の帰る場所はここじゃ。休暇が出たらここに帰ってきてほしい、そしてー」

というと片手を目がしらにそっと当て涙をこらえるようにした。凛が旦那を見つめると旦那は目頭を押さえる手を放し、凛を見てほほ笑み

「ここが凛の家で、わしらは凛の親じゃ思うてくれるな?」

と言った。そばから女将もうなずいて

「なあも遠慮はいらんで?凛の家はここじゃ、ほいでうちらを父さん母さんじゃ思うてくれたらうれしいわ」

と言ってほほ笑んだがその瞳が涙で潤んだ。凛は二人を見つめた、凛がここに来た頃怖かった旦那はいつしか恵比須様のような好好爺になっていた。

そして狐のような眼で凛をにらんで怖がらせた女将さんもいつしか信楽焼の狸のように愛嬌のある顔になっていた。

凛はそして、この夫婦に実の子供がいないということに今更ながら気が付いた。

「旦那様、女将さん…今までありがとうございました。ほいで、今度はうちの勝手を聞いてくださって本当にありがとうございました。うちはこれから一所懸命に精進して立派な海軍軍人になります。その日までどうぞ見守ってやってつかあさい」

凛はそういって頭を下げ、皆は拍手して口々に「凛、がんばれや」「凛さん、体に気ぃ付けてな」などと言って凛を励ました。

凛はそれに一つ一つうなずき、自分より年下の子供たちに

「旦那様やおかみさんの言うことをよう聞いてな、なんぞ困ったことがあったらすぐに相談するんじゃ、ええね?―今度の使用人頭はだれじゃったかいな」

というとおとなしそうな少女がそっと手を上げ「うちです」と言ったのへ

「おお、トキちゃんじゃったか。うちの後を頼みます。みんなが頼りにしとってなけえ頑張り。トキちゃんならうちより立派な使用人頭になれるで。自信をもってやってつかあさいね、くれぐれも頼みます」

と言って頭を下げた。

トキと呼ばれた少女は慌てて頭を下げて

「うち頑張ります、ほいでこのお店を盛り立ててゆけるように頑張りますけえ」

といい、旦那も女将さんもうれしそうに顔を見合わせてほほ笑みあった。

 

ささやかではあったが祝宴が終わり、いよいよ凛は呉へ向かう。

付き添いは凛が可愛がっていた少女たちの中から二人、タツと喜代である、この二人は入団を見届け、凛の私物を持って帰る役目を担っている。海兵団入団に際しては、私物は付き添いに持って帰ってもらうかあるいは小包にして自宅などへ返送しなければならない。

凛は二人を見て

「たっちゃんに喜代ちゃん、呉まで面倒じゃがよろしゅうにね」

というと二人は深くうなずいた。そして凛は見送りの店の人々を一人ひとり名残惜しげに見つめた。いろいろな思い出が彼女の頭の中を駆け巡った。

ここに連れてこられた当初の辛かったこと、父親が自分を置きざって逐電してしまったこと。旦那と女将のひそひそ話を聞いてしまい、置いてほしい一心で必死に働いたこと…。

その甲斐あって旦那も女将も一目置いてくれ、勉強もさせてくれた。読み書きそろばんは一通りできる上に女性として大事な教養もつけてくれた。

(うちの恩人じゃ、このお二人あっての今のうちじゃ)

凛は旦那と女将を見つめた。二人の瞳には涙がたたえられ今にもこぼれ落ちそうである。旦那が

「凛、元気での」

といい女将さんも

「風邪ひかんようにね、けがをしたらいけんよ、気ぃ付けてね」

といい、二人の目から涙が転げ落ちた。

凛は微笑んで

「本当に今までお世話になりました。うち、精進して立派な海軍さんになるけえ見とってつかあさい。ほいで休暇がもらえるようになったらいの一番にここに帰ってきますけえ、その時はよろしゅうお願いします」

と言って深々と頭を下げた。そして頭を上げると女将さんに

「女将さん、この着物ありがとうございます。海兵団に入るときは私物は持ってゆけませんが休暇がもらえたときまた来たいと思うてますけえどうか預かってください」

と言って女将さんは微笑んでうなずいた。

皆は別れがたく、電停までついてきてくれた。元安川の川風は今日も穏やかにそれぞれの頬を撫でた。凛は産業奨励館を見上げた。いつだったかあの若くきれいな海軍下士官が見上げたこの建物、私は今日、海軍に入るために見上げて呉へ行く。

(うち、今度来るときはあの海軍さんみとうになって帰ってくるけえ、待っとってね)

 

奨励館近くの電停について間もなく、路面電車がやってきた。

旦那はタツと喜代に「ほいじゃあ、よろしゅうな。気ぃ付けてゆくんよ」と言って二人はうなずいた。女将さんが凛の頬を撫でて「元気でね、がんばるんよ」と言った。

はい、と言った凛の後ろに路面電車が止まり、三人は乗り込んだ。

店のみんなが万歳万歳と叫んで持参の日の丸を振る。

元気でなあ、凛!と叫んだ旦那、着物の袖で涙をぬぐう女将さん。

凛は窓から身を乗り出すと大きく手を振った。そして大きな声で

「みんなありがとう!行ってまいります!―お父さんお母さん、行ってまいります!

と叫んだ。

旦那と女将の頬を涙が滂沱として流れた。喜びと、寂しさの混じった涙だった。

 

凛は皆の姿が小さくなると座席にきちんと座りしばし瞑目した。

私の新しい道が今、開けた。たくさんの人たちの応援をもろうて、うちは今羽ばたく。

そして旦那さんと女将さんはもう、うちの両親も同然じゃ。これからはあのお二人を本当の親と思うて慕ってゆこう。

(お父さんお母さん、うちを見ていてつかあさいね)

 

凛たちを乗せた路面電車は広島駅を目指し、ごとごとと走ってゆくーー

 

            ・・・・・・・・・・・・・・

鈴原凛、覚えておいででしょうか。

広島の料亭で長いこと働いていた彼女も海兵団入団です。つらいことももしかしたら今まで以上あるかもしれない海軍生活の第一歩が始まろうとしています。

そして今後、彼女はどうなってゆくのでしょう…ご期待ください。

この暑さの中見つけたもの、横須賀走水水源地の「海軍銘水」。かつて海軍さんもこの水を飲んだのだと思うと尚更おいしい!
DSCN1735.jpg


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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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