お腹の子供は… 3

山中新矢大佐は、潜水艦を乗り継いで愛しい妻のもとへと――

 

そんなころ『大和』では副長の後任についての話が持ち上がっていた。

梨賀艦長は、森上参謀長以下の各科長を艦長室に集め、「山中副長は双子を懐妊ということで内地に帰還させる。今まで双子を妊娠した士官がいなかったので海軍省もびっくりしているらしい、それで出産後数年は艦隊勤務には戻れない可能性があるため、人事が副長の後任を決めると言ってきた。いつまでも黒多さんに兼務させるわけにはいかないし、空席では山中中佐も気が気ではなかろう…。誰になるかはまだ分からないが、誰が来ても快く迎えてやろうね」と言った。

皆はうなずき、しかし山口博子通信長が

「そうですか…おめでたい話でいいのですが、でも山中副長が艦を離れるとなると、寂しいものがありますね」

としんみりとした口調で言った。そうですね、私も寂しいですよと繁木航海長が言ったがその彼女とていつおめでたとなるかわからない、それも感じて

「少しずつ…仲間も変わってゆくのは仕方がないことだ。でもまた、山中中佐が副長として帰ってきてくれる日を待とうじゃないか」

と艦長は言った。日野原軍医長が首からかけた聴診器の先を手に取りながら

「そうですね…またいつか皆そろってここで会える日が来ますよ。繁木航海長もその時にはお母さんになっているかもしれませんね」

と言って航海長を見てほほ笑む。航海長はほほを染めてうつむいた。

それに、と森上参謀長が言葉を引き継いだ、「それにほかにも花嫁候補がたくさんいるようだからね。その時が来たらメンバーが大きく変わるだろう。どんなことがあっても誰が艦に来てもわが『大和』は『大和』だよ。それに軍医長もおっしゃるように今のこのメンバーがまた集える日も来るだろうし」と。

 

山中大佐の乗った潜水艦がトレーラー水島に到着し、『大和』艦長にもその知らせが来た。艦長は山中大佐あてに

「どうか山中中佐のそばにいてやってください。大佐のここでのお時間の許す限り一緒に。もしかしたらその間に内地から中佐帰還の命令が来るやもしれません」

と電話をした。

山中大佐はほっとして、潜水艦の乗員嬢たちに心からの礼を言って退艦した。伊号八〇〇潜水艦の艦長・斎藤聡子大佐は

「狭いところに押し込めて申し訳ございませんでした。山中中佐にくれぐれもよろしくお伝えください。そしてご無事に元気な赤ちゃんのご出産をお祈りいたしております」

と言った。斎藤大佐は、兵学校で中佐の一期上だったので顔を知っている間柄であった。山中大佐は喜んで、斎藤大佐の両手をしっかり握って感謝を表した。そして艦上の皆に手を振りながら潜水艦を降り、海軍診療所を目指して歩いて行った。

 

そのころ、診療所では山中中佐が病室で杉田軍医少佐から今後についての様々なレクチャーを受けていた。もうすっかり悪阻も収まり

「あの気分の悪さがうそのようです」

とほほ笑んだ中佐に、杉田少佐は「そうでしょう、そんなものですよ悪阻は。で、この先ですが中佐は双子を身ごもっておられますので…」と自作の冊子を手渡しながら話を続ける。

 

どのくらいたったか、病室のドアがノックされ看護兵曹嬢の声が外から「杉田少佐、お客さまです」と告げた。杉田少佐は「はい。――山中中佐、ちょっと失礼します」と会釈すると部屋を出て行った。山中中佐は、その後姿に一礼してからもう一度冊子に目を落とした。

 

少佐は玄関横の一室に入った。そこには山中大佐がいて少佐を見るとソファから立ち上がり敬礼して

「山中新矢技術大佐です。このたびは私の妻が一方ならぬお世話になりました」

と言った。階級が上の、しかも男性士官から先に敬礼され、杉田少佐は驚きながらも返礼し

「とんでもないことでございます。つたない治療で却って中佐にはお辛い目にあわせてしまったのではないかと思っております。申し訳ありません」

と言ったが、大佐は微笑むと

「いいえ。妻からの手紙で、杉田少佐ほかの皆さまから手厚い看護と治療を受け大変感謝していると知りました。ありがとうございます」

と言って温かいまなざしをもって杉田軍医少佐を見つめた。

杉田少佐は「中佐の現在の状態は」と先ほど中佐本人にした話を大佐にもしてから、「では病室にご案内いたしましょう」と大佐を病室に案内した…

 

ドアがノックされ、「はいどうぞ」と返事をした中佐、開いたドアの向こうに思いもかけない夫の姿を見て呆然と立ち上がった。

大佐がほほ笑みながら部屋に入ってきてその後ろに杉田少佐が続く。次子中佐はまだ呆然としたままで

「あなた…?本当に新矢さん?」

とつぶやいた。新矢が「そうですよ、新矢です。これは夢でも何でもありません、本物のあなたと私」というと急速に次子の瞳に涙が盛り上がった。そこで杉田少佐はそっと部屋を出て静かにドアを閉めた。久しぶりの夫婦の再会を邪魔したくないと思ったからである。

「新矢さん…」

涙声で次子は小さく叫ぶように言うと、新矢に向かって駆け寄った。その妻を自分から迎えて新矢は

「走っちゃダメです。あなたはもう、あなた一人の体ではないんですから」

と優しく言って抱きしめた。そして大佐は「…あ…」と言ってそっと優しく次子の体を離した。次子は恥ずかし気に微笑みながら

「お腹が…出てきました。なんだか恥ずかしい」

と言って新矢の瞳を見つめた。新矢は感激して、妻をベッドの上に座らせると「触ってもいいかな?大丈夫だろうか」と言いながら恐る恐る膨らみ始めた腹部に手を触れた。次子の腹に、新矢の温かい掌の温度が伝わって、次子は「新矢さん…」と小さく言うと夫の肩にそっと頭を持たせかけた。その妻の肩を抱いて新矢は

「よかった…。元気でよかった。最初報せを聞いたとき心配しておりましたよ、悪阻のひどい時にいてあげられなくってごめんね」

と言い、肩を抱く手に力がこもった。その手に自分の手を重ねながら次子は幸せな気分に胸を満たされながら

「いいんです。あなたもお仕事が大変な時にお心乱してしまってごめんなさいね。でもあなたからたくさんのお手紙をいただいていたからどれほど私の励みになっていたか…ありがとうございました、新矢さん」

と言い、新矢は次子の顔をそっと上向けると、その唇に自分のそれをそっと重ねたのだった――

 

二日後、山中副長は診療所を退院の運びとなり、その日には『大和』から梨賀艦長・森上参謀長そして日野原軍医長がやってきた。

そしてその前の日には内地から山中次子への帰還命令が出ていた。そして数日中には新任の副長が来る手はずにもなっていて山中副長は

「山中大佐が内地に帰るとき、一緒に参ります…。その前に一度艦に帰って新任の肩への引き継ぎもしたいと思います」

と言った。梨賀艦長はうなずいて「しかし無理のないように」と念を押すのを忘れなかった。

診療所の医官たちも交えて歓談のさなか、山中大佐は日野原軍医長のそばによると「あの、少しおうかがいいたしたいことがあるのですが」と言い、軍医長は「どうぞ、私でわかることなら何でも答えましょう」と言い、すると大佐は急に声を落とすと

「あの、先日こちらの杉田軍医少佐から『無理さえしなければ普通の生活を送ってもよい』旨伺ったんですが…あの、その、…あのですね」

となかなか要領を得ない。日野原軍医長はその様子を見つめていたが、山中大佐がちらちらと妻のほうへ視線を移すのを見てはたと思い当たった。 

そこでにっこりとほほ笑むと山中大佐の肩を軽く叩いてから

「いいんですよ。お互いが気持ちよいことなら赤ちゃんたちにも良いことですから。でも中佐がやめてほしいと言ったらすぐに中止。それだけは守ってください、そしてあんまりハッスルなさらないでくださいな」

と言って大佐はほほを真っ赤に染めて「…ありがとうございます!」と小さな声で言った。

 

その晩は山中夫妻はトレーラーの宿に泊まり、翌日副長は久しぶりの『大和』へ夫とともに帰艦した。前にも使った揺れのないように誂えられたラッタルが降ろされ、袴姿の副長が夫に手を取られて上ってくるのを『大和』の総員は拍手で迎えた。

舷門に姿を現した夫妻に皆、

「素敵じゃわあ…ええねえ、お似合いのご夫婦。うらやましい。ほいで副長のあのはかま姿、ええねえ!」

「あの袴は、おめでたになった士官さんが着るものなんじゃと、うちらは着られんのかなあ」

「いや、下士官でも着られる聞いたで?言うても生まれるまで仕事をするもんだけじゃがね」

などと話を交わす。

そして夫妻が艦長・参謀長たちと艦内に姿を消すと小泉兵曹が

「なあ…山中副長は内地に帰ってしまわれるんじゃと。ほいで新しい副長が来なさるんじゃ聞いたで。どがいな人が新しい副長になりんさるんだか、気になるわい」

とぽつりと言った。桜本兵曹も

「副長、内地に…。寂しゅうなるねえ、うち山中副長が大好きじゃけえ、ほんまのこと言うて帰らんでほしいんじゃが、そうも言えんけえねえ。ああ次の副長が妙な人でないよう祈らんといけんね」

と言って本当にさみしげな表情になった。

その二人の周りに、麻生分隊士や長妻兵曹、増添兵曹も集まってきて、麻生分隊士は

「ほんまじゃ。うちも山中副長がおらんようになったら寂しいていけん。ほいでも副長は双子さんを御産みになられるんじゃけえ…当分は…」

とそこまで言ったがあとは涙になって言葉が出なくなり、ほかの皆もだんだん悲しくなってその場でしくしく泣き始めてしまったのだった。

 

一方、艦内に久しぶりに入った山中副長は、自室に夫と入ると私物の整理を始めた。

(懐かしい『大和』、さようなら)

と万感の思いを込めて。副長はデスクの中の私物を出しながら

(今度はいったい誰が副長になってくるのだろうか)

とやや、不安なような期待するような変な気分でいる。そしてその彼女を手伝いながら山中大佐は妻の心うちを察して、涙ぐむのであった。

明日――新任の副長がやってくる…

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・

愛しい夫の山中大佐と再会した次ちゃんでした。しかしそろそろ内地へ帰る日も近づいてきました。寂しいのは本人だけでなく、艦の仲間たちも…。

そして新しい副長はだれに??

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お腹の子供は… 2

杉田軍医少佐は、梨賀『大和』艦長そして山中『大和』副長を前に言ったーー

 

「山中中佐、中佐は双子をご懐妊ということがわかりました」

その瞬間、艦長と副長は同時に衝撃を受けていた。しかしうれしい衝撃。艦長は副長の手を取って

「よかったじゃないか、副長!おめでたいことが二倍だ。これはすぐにでも山中大佐にお知らせしないといけない」

と言って笑った。副長もほほ笑んだが何か今一つ現実ではないような顔つき。杉田少佐もほほ笑みながら

「昨日で五か月に入ったとみております。それまでどうも心音がダブって聞こえるような感じがしていて不安だったのですが今回しっかり二つの心音が確認できました、おめでとうございます、間違いなく双子さんです」

と言った。

やっと山中中佐の顔にしっかりした笑みが浮かんだ。そして両掌で自分の膨らみだした腹部を撫でながら

「双子…二つの命が私に中にいるんですね…本当に…ああ、嘘みたいです」

と言って顔を上げると艦長と軍医少佐を交互に見て最高の笑みを浮かべた。見つめられた二人は微笑み返し、副長は幸せな思いが胸に満つるのを覚えていた。

 

梨賀艦長は『大和』に急ぎ取って返すと参謀長以下の各科長を艦長室に集めた。そして満面の笑みをもって

「いい知らせだ。山中副長は双子を身ごもっている。今日、診療所の杉田軍医少佐に診察してもらって確定した」

と言って皆、わっと歓声を上げて喜んだ。日野原軍医長、山口通信長などはうっすら目に涙さえ浮かべている。休暇が明けたばかりの繁木航海長はわあっと声を上げて手をたたいている。その繁木航海長に艦長は「航海長。副長が、夫婦そろってお見舞いをありがとうと言っていましたよ」というと繁木航海長は

「もっと早くわかっていたらよかったんですが…でも素敵ですね、お祝い事が二倍になって」

と言ってほほ笑む。

そしてこの素晴らしい慶事はすぐに全艦に知らされた。

将兵嬢たちは士官も兵隊嬢も「ええかったわあ、副長。双子言うてなかなかおいそれとはお目にかかれんけえ、これは生まれたら絶対に拝見せんならんね」などと言って喜びを分かち合った。

 

さらに。

この報せは日野原軍医長からリンガにいる山中新矢大佐にも書簡で伝えられた。診療所の横井大佐が「この話は是非日野原さんから山中大佐にお知らせしてあげてください」と言って。

急ぎの書簡なので、トレーラーからリンガ方面へ行く飛行機をリレーしてもらった。トレーラーの基地から最初に飛ぶ一式陸攻の隊長嬢は日野原軍医長の手紙を大事に書類袋に入れて

「確かにお預かりいたしました。これを次の任地で機動部隊に渡します、そこからリンガの山中大佐にお渡しいたします。私がすべての責任を持ちます」

と言って軍医長に敬礼し、軍医長は「願います」と言って返礼。そして一式陸攻の編隊はトレーラーの地を離れて行ったのだった。

 

その日から二週間ほど後のリンガ泊地。

暑さにさすがにへばっていた山中大佐のもとに、『瑞鶴』艦長の貝塚艦長がやや緊張した表情で何かを手にしてやってきた。

「山中大佐、トレーラー島の『大和』の梨賀艦長からお手紙が来ております」

そういって差し出された一通の封書を、山中大佐も緊張して受け取った。(大和の艦長から?もしかして、もしかして次ちゃんに何か良くないことが起きたのだろうか?まさか!流産とか?そんな!)

山中大佐は真っ青な顔になって手紙の封を切り、中の便箋を引っ張り出した。食いつくような顔で読んでいた彼の顔が、柔和に変じたのを見守っていた貝塚艦長は見た。

山中大佐は満面の笑みで便箋から顔を上げ貝塚艦長を見て

「貝塚艦長!妻は、妻は双子を身ごもっているそうです!…ああ、なんてすごいことなんだろう。まさか双子ができるなんて」

と言い、瞳を感激に濡らした。貝塚艦長も

「それは素晴らしい。よかったですねえ山中大佐!―すぐにでもトレーラーに行きたいですね…」

と言って山中大佐を見つめた。呉の海軍工廠の江崎少将からは、まだ内地帰国の命令はない。しかし、

「このお話、おそらく『大和』から呉の工廠の江崎少将にお話が行って居ると思いますね。もう少し、ここは辛抱ですよ」

と貝塚艦長は言って彼を励ました。

 

果たして、『大和』艦長は呉海軍工廠の山中大佐の上司、江崎少将にも書簡を出していた。その書簡は山中大佐より七日のあと、少将のもとに届いた。

江崎少将は、山中次子中佐の懐妊は知っていたので『大和』艦長からの書簡に驚き

「『大和』艦長から直々の手紙とは、もしかして山中君の奥さんに何かあったのだろうか」

とこちらも大変驚愕して手紙を開いたのだった。

がしかし、うれしい内容に少将も大佐の同僚たちも大喜びとなり、「繁木少佐が間もなく帰ってくるからその報告のあと、彼も帰還させよう。もちろん、その前にトレーラーに〈視察〉に行けと言ってね」と江崎少将は言ってほほ笑んだ。

 

繁木少佐が内地に帰りその十日後には、リンガの山中大佐に江崎少将からの命令書が来た。

それには、

これまでの実験の仔細をまとめて内地に帰還せよ。ただしその前にトレーラー諸島に立ち寄り大型戦艦を見学してくるべし。日数は十日から十四日。

とあり、大佐は(トレーラーに…。これは江崎少将のお心遣いだな…ありがたい)と少将の命令書を胸に押し付けて感謝した。

 

 

そしてーそれから四日後。

山中大佐は、トレーラーに向かう〈伊号八〇〇潜水艦〉の中にいた。彼の心はもうすでにトレーラー水島にいる妻のもとに飛んでいた――

  (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

 

やっぱり~~!

山中次子中佐、双子をご懐妊でした。今後彼女はこのままトレーラーに残るのでしょうかそれとも内地に?

そして夫の山中大佐がもうすぐ、トレーラーの妻のもとに行きます。

感動の次回をお楽しみに^^!

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お腹の子供は… 1

山中次子副長がトレーラーの海軍診療所に入院してから早、ひと月半が過ぎたーー

 

トレーラーの常夏の日差しを浴びながらある日、梨賀艦長は森上参謀長とともに上陸し、診療所に山中副長を見舞った。

横井所長に挨拶をしてから二人は副長の病室のドアをノックした。中から「どうぞ」と声がして艦長はドアをそっと開いた。

「やあ、副長。体調はいかがかな」

そういいながら艦長は室内に入りそのあとを参謀長が入る。思いがけない訪問者に山中副長はベッドから体を起こして

「艦長!森上参謀長!」

と言って笑顔を見せた。そしてベッドから降りると「さあ、どうぞ」と二人に椅子を勧めた。艦長は「ありがとう。ほらまだ寝ていないといけないでしょう」と言いながら副長をベッドに戻す。

参謀長もベッドのそばに寄ってゆきながら「おお、以前よりは顔色もよくなっているようだね。どうなの、悪阻の状態は?」と尋ね、引き寄せた椅子に座り手にした大きな風呂敷包みを膝の上に置いた。

副長はベッドの上に起き上がって

「はい。ずいぶん軽くなりました…私を担当してくださる婦人科の杉田軍医少佐によれば、もう五か月に入るから悪阻も終わるでしょうということでした。そうそう、来週に検診があります」

と言った。梨賀艦長は

「五か月に…そうか、では日を選んで帯祝いをしないといけませんね」

と言い参謀長も「あれは戌の日が良いんだったっけね。そうか、では後で調べて来よう」と嬉しそうである。

副長は

「艦長。参謀長、見てください。私お腹が膨らんでまいりましたの。赤ちゃんがいるんだって実感がわいてきました」

と言ってお腹をさすりながらそっと二人に見せるようにした。どれどれ、と二人はもっとそばによると「触っていいか?」と聞くなり副長の膨らみ始めた腹部を撫でた。

「ああ、懐かしい感触だわ」

と梨賀艦長が感極まったように唸った。艦長は三人の子持ち、だからなおさらなのだろう。そしてまだ独身の森上参謀長は副長の腹部を撫でくり回しながら

「ふーん、」これが妊婦のお腹なんだねえ。どのへんに頭があるのかお尻があるのか、これじゃわからないねえ」

という。梨賀艦長が見かねて「まだまだ小さいんだからわからないよ。それより参謀長、あまり触りすぎても子供に障る、その辺にしといて」と注意し参謀長は慌てて手を引っ込める。

副長は笑いながら「平気ですよ。この子だって海軍一の弩級艦の艦長と参謀長に撫でられてうれしいはずですよ」と参謀長のためにとりなした。

そこへ看護兵曹嬢が、「失礼します」と入ってきて三人に紅茶と菓子を出してくれた。艦長は「ありがとう。どうぞお構いなく」と礼を言って三人は紅茶を喫した。

「ああそうだ」、と艦長はベッドの端に置いた風呂敷包みを取ると「これを副長にね」と言って広げ始めた。なんでしょう、とのぞき込む副長の目の前に出されたのは

「妊婦用の軍装」

であった。軍装と言っても普段来ているものとは全く違う「袴」で、着物の袖には中佐の袖章が染め抜かれている。暑い時期用の薄手の生地で出来ていて色も薄い水色で涼しげ、袴はそれより深い青である。

「まあ、これが例の…私も話には聞いたことがありましたが見たことはありませんでした」

と言って山中副長は手を出して袴と着物を手にそっと取った。

これはもう十数年前に制定されたもので、妊娠して一線を退いた将兵嬢がその出産まで海兵団や各種学校で教鞭をとる際や、外出の際着るもので、これを着ていれば「ああ、あの方はおめでたの海軍さんなんだわ」とひとめでわかるもの。ちなみにいうなら横須賀海軍病院の辺見次長の妻・留美も〈空母・飛龍〉で搭乗員嬢に飛行技術の座学を行った際もこれを着ていた。

ふと、副長の手が止まった。

「これが来た、ということは…私、〈大和〉を降りなきゃいけないんですね。今度はどこに行かされるんでしょう。そして私のあとに誰が来るか、もうわかっているんでしょう?」

副長はそうぽつりと言った。

艦長と参謀長はそっと顔を見合わせて、そっとうなずき合うと

「お産が終わって、お子さんがある程度大きくなるまでの話だよ。〈大和〉の副長は山中さんしかいないし、どこかに行くとしてもそれは一時的なものだ。深刻に受け取らないでほしい。後任に関してはまだ未定だ」

と交互に言って慰めた。

副長は、軽く息を吐くと微笑みを作って

「いいんです、わかっていますから。大きなおなかの人間が艦に乗ってはいられませんものね。平気です、この後どうなろうと私は」

と言って横を向いた。その瞳に涙が徐々に盛り上がるのを二人の佐官は見た。艦長は

「そうだ。ご主人の山中大佐から便りはあるかね?」

と聞いてみた。副長はこっそり寝間着の袖の端っこで涙をぬぐうと

「はい!見てくださいこれ」

というと床頭台の引き出しを開けた。どら、とのぞき込んだ参謀長が「うわ、何だすごい量だなあ」と驚きの声を上げた。

引き出しの中いっぱいに山中大佐からの手紙が入っていた。副長は嬉しそうにその一つを取り出すと

「ほとんど毎日書いてるみたいです。内容は同じようなことなんですがでも、うれしくって」

と言ってほほを染めた。その副長をほほ笑みながら見ていた艦長は

「夫婦仲の良いのが一番だね。もうそろそろ大佐もリンガでの任務が終わろう。そしたらこちらにも来てくれるかもしれない。楽しみにしてるといいよ」

と言った。副長がうなずいて

「数日前繁木航海長がご主人と見舞いに来てくださいました。その時繁木少佐も同じことをおっしゃいました。その日を楽しみに待つことにします」

と言った。

 

その日は、副長も吐き気がないので艦長・参謀長とともに病室でではあったが一緒に昼食を取ってから艦長と参謀長は帰艦して行った。

病室に戻って、袴を見つめていた副長だったが窓ガラスをコツコツと叩く音に顔を上げてみれば外にハッシー・デ・ラ・マツコが背中にトメキチとニャマトの入った袋を背負って立っているのが見えた。

「まあ、ハシビロさんたち」

と声を上げて副長は立ちあがり、窓を開けた。

マツコは、翼を下に向けてあいさつの形をとったあと

「山中副長、ご気分はいかがですか?」

と尋ねた。その背中の袋からトメキチがニャマトを抱きかかえて降りてきて「副長さん、気分は悪くないですか?」と尋ねる。

その三人に副長は微笑みかけて

「だいぶ良くなりましたよ、悪阻もそろそろ終わりみたいです。いつも心配してくれてありがとうね」

というとそれぞれの頭をやさしく撫でてやった。

マツコが

「赤ちゃん、元気かしら」

と言ってその頭を副長の腹部に寄せた。副長は「ほら、ハシビロさんですよ」とお腹の子供に話しかけマツコの頭をそっと自分のお腹に寄せてやった。トメキチニャマトも「僕も僕も」と言って、副長は笑いながら「はいみんな一緒にどうぞ」と抱き寄せてお腹にくっつけてやった。

と。

「トメキチ、ちょっとこれって!」

とその金色の瞳でトメキチを見た。トメキチもその耳を副長のお腹につけていたがその目をマツコに向け「そうねマツコサン。これは…」

と言い、マツコとトメキチは互いに瞳を見かわしあったのだった。

 

そして副長の妊婦健診の日が来た。この日は梨賀艦長が診療所に来て担当医官の話を副長ともども聞くことになっている。

診察室前のソファで待っていると看護兵曹嬢がドアを開けて「梨賀大佐、どうぞお入りください」と声をかけ、艦長は立ち上がり、室内に入っていった。

副長は病衣の姿で担当医・杉田軍医少佐の前に座っていた。杉田少佐は立ち上がって艦長を迎えた後「ようこそ梨賀大佐。さて早速ですが山中中佐は」と話を始めた。

 

そしてその診察内容に、艦長も副長も衝撃を受けることになったーー

  (次回に続きます)

             ・・・・・・・・・・・・・

久しぶり、山中副長のお話です。

いよいよ安定期に入りかけてきた副長、マツコたちも心配しています。

そして担当医の衝撃の話とは?いい話なのかそうでないのか…次回ご期待ください。

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再会サプライズ!

繁木航海長にとって思いがけない知らせが飛び込んで来ようとしていた――

 

女だらけの『大和』、そして数隻の巡洋艦、駆逐艦は数日間外洋に出て航行訓練・砲撃訓練等を行ってきた。久々の大掛かりな訓練に皆の張り切りようは高まって、艦のトップから最下甲板に至るまでやる気と本気がみなぎった。まさに実戦さながらの様相を呈したのだった。

山中副長不在中ではあるが代行の黒多砲術長も張り切って二つの仕事をこなした。繁木航海長も今まで以上に張り切って航海長としての任務を果たした。

そしてどの部署、分隊の将兵嬢もそれぞれの持ち場において奮闘し、梨賀艦長は訓練を終えてトレーラー水島に戻る際、森上参謀長や各科科長からその働きを聞くに及んで

「素晴らしい。我が『大和』の将兵はどこに出しても恥ずかしくないね。さすがだ。黒多さん、水島についた晩には酒保を開けてみなに酒を許したらどうかね?」

と感激し、黒多砲術長は笑顔で「はい、そうします!」と返事をした。

繁木航海長は散会した後そっと黒多砲術長に近寄ると

「黒多さん、お疲れさま。副長の代行と砲術長の兼務は大変でしょう?」

とねぎらった。黒多砲術長は微笑むと

「正直大変な時もありますが、でもやりがいあり!ですよ。皆さんが助けてくださいましたし…繁木航海長、ありがとうございます」

と礼を言った。繁木航海長はいやいや私なんぞ、と片手を顔の前で横に振った。その繁木航海長に黒多砲術長はやや声を潜めて

「ちょっと小耳にはさんだんですが…〈新しい副長〉が来るって本当ですか?」

と尋ねた。繁木航海長の顔が少し引き締まると、そっと砲術長の防暑服の片袖をつかんで艦橋の隅に連れてゆくと

「まだ噂の段階ですが、そういう話はあるようです。山中中佐はお産が済んでもしばらくはお戻りになれないでしょう、ですから新任の副長が来るらしいです…まあ、いずれはそうなると思っていましたが。あとは誰が来るかが問題と言えば問題ですがね」

とささやいた。黒多砲術長は深くうなずいた。そして

「山中中佐とはしばらくはここではお会いできないんですね。なんだか寂しいなあ…山中中佐いつ頃復帰されるんですかねえ」

と寂しげに言った。繁木航海長も同じ思いでうなずいた後

「まあこれからすべての始まりですからね。―山中中佐、ご体調どうなのかしら?お見舞いに行きたいわ」

と言った。黒多砲術長も

「私もお見舞いに行きたいです。中佐のご体調を病院に伺ってからのほうがいいでしょうね、近いうち行きましょうよ」

と言って二人はうなずいた。

 

『大和』以下の訓練艦隊がトレーラー水島に到着し、翌日の晩は久々に酒が許され、艦内の酒好きは躍り上がって喜んだ。水兵嬢たちが酒保に走り、酒を手に入れてきた。下士官嬢たちは喜んで床にケンパスを敷いて皆その上に車座になって酒や甘味を楽しんだ。

石多主計長は、酒をたしなまない将兵嬢たちのためにと汁粉を作らせて主計兵嬢とともに各分隊に配って回り「やった!汁粉だ、うれしいなあ!主計長ありがとうございます」と喝さいを受けた。

この晩は酒を飲むもの、汁粉をいただく者たちそれぞれに嬉しい晩となった。

艦内がそんなこんなでワイワイと楽しくやっているころ、梨賀艦長は自室にいてその日の昼に届けられた手紙を開封した。

差出人はーー繁木悟朗少佐。繁木史子航海長の夫である。

艦長は便箋を開いて読み始め、やがてうんうんとうなずくと便箋を丁寧にたたんで封筒に戻した。そしてデスクの引き出しから便箋と封筒とを取り出すと、便せんに何やら書き付け始め、それが終わると彼女は各科長たちをそっと招集した…

 

翌朝、朝食が済むと繁木航海長は艦長に呼び出された。操舵室に行こうとしていた航海長は慌てて艦長のいる第一艦橋に走った。

「何か起こったんですか!どうしたんです艦長」

と慌てて走りこんできた繁木航海長を、おっとっと、と受け止めた梨賀艦長は

「航海長。艦長命令だ、本日一〇〇〇(ひとまるまるまる、午前十時のこと)に上陸せよ。あとのことは上陸後この中の指示に従うこと」

としかつめらしい顔で言い、封筒を手渡した。きっちり封をされたそれにややけげんな表情の繁木航海長であったが

「わかりました。では上陸後これを開封しその中の指示に従います」

というと上陸のための準備に私室に帰った。

 

一〇〇〇、二種軍装に身を包んだ繁木航海長は内火艇を降り、上陸桟橋に上がると衛兵所の前に来かかった。出迎える衛兵たちが何か微笑みを含んでいるのが気になった…と、正面に不意に現れいでた人が居た。その顔を見た瞬間、

「あなた!繁木少佐!」

と繁木航海長は叫んでしまっていた。衛兵たちは気をきかせてそっと衛兵所に引っ込んだ。

繁木少佐は微笑みながら妻の前に来ると

「やっと、逢えましたね。リンガでの私の仕事が終わって、ここに来ることができました」

と言い、まあ、と言った繁木航海長ははっと気が付いて懐にしまっていた艦長の手紙を引き出すと開封して読み始めた。

それには、

〉繁木少佐はリンガ泊地での任務を終了し、ここトレーラーに来られます。繁木史子大尉には、繁木少佐が内地に帰るまでの間休暇を許します。その間しっかり夫に仕へてくるやうに。

と書かれていて、航海長はその手紙を胸に抱き、夫の顔を見つめて

「あなた…。艦長ありがとうございます」

とつぶやきやがてその頬に涙が伝い落ちるのであった。

 

繁木夫妻は、少佐が乗ってきた巡洋艦の艦長がトレーラー艦隊司令に掛け合って休暇中の宿をとってくれたそこで内地に帰るまでの十日間を過ごすこととなった。

その晩はまるで、新婚初夜のように二人恥ずかし気に食事をとって風呂をそれぞれ使ったあと、布団に入る。

繁木少佐は、かすかにふるえる妻をそっと抱きしめた、そして

「久しぶりですね、史子さん」

と言った。史子は「史子、と呼んでください」と恥ずかしそうにささやいた。こうして夫と肌を合わせるのはずいぶん久しぶりでなんだかとても恥ずかしかった。

繁木悟朗少佐はうんとうなずくと「史子、」とささやいて彼女の寝間着のひもをそっと解いた。ひもをすっかり解いてしまうと、その合わせ目から彼はその熱い手を潜り込ませた。史子の胸のふくらみを彼はそっとつかんだ。

「…悟朗さん」

と史子がたまらず声を上げると悟朗は荒っぽく妻の寝間着を脱がせ、その乳房をつかみ激しくもみしだいた。悟朗さん悟朗さん、とうわごとのように言う史子の両足を思い切り開かせ、そして悟朗は妻の奥へとぐっと入っていった。

ああ!と史子が声をあげ、悟朗はその声に欲情を煽られて激しく妻を攻め立てていた。

二人の激しい愛の状態は、その晩遅くまで続いていた。

 

それから十日の間、繁木悟朗と史子は普段の疲れを取り、新婚らしい生活を送った。普段行けないトレーラーの島をめぐってみたり、繁華街に出て現地の人の売るアイスクリームを食べてみたり。

そして夜になれば激しい愛の嵐。

繁木史子は、その体内に悟朗の熱い子種を受け入れながら(私もきっと、きっといつか副長のように母になる…)と、愛のうねりにのまれながら思っていた。

 

そして十日の休暇が終わり、繁木悟朗少佐は巡洋艦と潜水艦そして飛行機を乗り継いで内地・呉へと帰って行った。

『大和』に十日ぶりに帰艦した繁木航海長は艦長以下の幹部に挨拶をした後、梨賀艦長を一人で尋ね「艦長、ありがとうございました。思いもかけないうれしいことをさせていただいて…本当にありがとうございました」と頭を下げた。梨賀艦長は嬉しそうにほほ笑みながら

「ゆっくり過ごせましたか?リンガから繁木さんを乗せてくる巡洋艦の艦長から、向こうを出航前に連絡をもらっていましたのでね。あなたを脅かそうと思ってあのようにしてみました。でも喜んでもらえたようで本当に良かった」

と言った。

そして…そっと航海長に顔を寄せると艦長は

「どうかな?今度は航海長がご懐妊になりそうですか?」

と言い…航海長は真っ赤にその頬を染めたのだった――

 

                 ・・・・・・・・・・・・

久しぶりの夫婦の再会!

繁木悟朗少佐と妻の史子航海長の十日の愛の生活…楽しかったことでしょう。そして艦長も期待?のご懐妊はあるのでしょうか?


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かっこよさは憧れ

一人のかっこいい飛行兵が今日も太平洋の空を飛ぶーー

 

この年の春、上等飛行兵曹に昇進したばかりの金井トラは搭乗員仲間から「かっこいい」「いけてる」零戦乗りだともっぱらの評判である。

階級の下の、予科練を出たばかりのような搭乗員たちからも「金井兵曹、かっこいいなあ。私もああなりたいわ」と言われるほど。

海軍航空隊の搭乗員の中にはその容姿や物腰から「かっこいい」と騒がれるベテラン搭乗員が多い。かつて大けがをした波田野大尉もその一人であった。

その波田野大尉に勝るとも劣らない人気の搭乗員が、金井トラ兵曹なのである。

各基地のニュースを集めて発行される〈週刊海鷲〉の中で時に特集される、「我が基地の素敵な搭乗員」の中で必ず出てくる常連の中の一人。

彼女たち搭乗員、特に零戦の搭乗員嬢はあまり女を感じさせない。かといって粗野ではない、という微妙な位置にいるものが多い。

金井兵曹はやや短めの髪をグリスで固め、機内に入るぎりぎりまで飛行帽をかぶらない。これは素敵に加工した髪を皆に見てもらいたいというのもあるが、同僚の村下兵曹によれば

「ああ、あれ!あれはかっこつけもあるけど油でべったべたでしょ、髪の毛が。その油が付く時間をぎりぎりまで短くしたいかららしいよ?だったらあんなにべたべたにしなくたっていいのにねえ~」

ということである。

確かに、訓練飛行から帰ってきて風防を開けた彼女はまず、飛行帽を取ってその中をしかめっ面で見つめていることもままある。

「格好つけるのも大変なんだねえ」

と皆は笑うがそれでも(やっぱりかっこいい、金井兵曹)と思うのである。

 

さらに金井兵曹がかっこつけている、と思うのは愛機の零戦・二一型である。彼女は二一型にこだわり「私はこれでなくちゃいやだね」と言い続けている。

それに彼女の愛機は特別な色で擬装されている。ほかの零戦にありがちな深い緑色ではなくいぶし銀の上に深い緑色を塗り、その上からさらにところどころを黒い短い線を引いてある。

「渋いなあ~、金井兵曹若いのに渋いねえ」

と感心している基地司令。副官がそばから

「そうですねえ。しかしあれでは却って敵の目に目立ちませんかねえ?確かに格好いいんですがそれだけが私気になります」

と心配そうに言う。がしかし、金井兵曹の敵機撃墜の腕前は大したもので全海軍航空隊のうちでもトップクラスである。アメリカ、イギリス空軍内では「あのへんな色のジークには気を付けて!見かけたら逃げるが勝ち」という通達さえ出ている。この手の通達が出ているのはあの〈天山の三姫〉が有名である。

金井兵曹は自身に羽が生えているかのように空を舞い、敵の後ろに食らいつき機銃弾を叩き込む。そして背後に来た敵の飛行機を察知するやすぐに反転し、その敵機の後ろに食らいつく…という離れ業を展開している。

「かっこいいんですよ~」

とは彼女の小隊の四番機の三崎博美二飛曹である。彼女も金井兵曹に心酔する一人で、夢見るような瞳でその時を語るのである。

「本当に零戦に金井兵曹の意思が乗り移ったとしか思えないんですよ、こう、スラ―ッスラーっと右に左に滑るように。あれは絶対誰もまねできませんね、断言します」

と。

 

今日も金井兵曹たちは訓練飛行を終えて基地に帰投した。

次々に着陸する零戦、そして迎える整備兵嬢たち。いつもと同じ光景だが今日はいつもと違うメンバーがいる。

健康診断のためにやってきた軍医たちで、その一人は珍しい男性の軍医少尉である。搭乗員嬢や整備兵嬢たちはこっそりと

「あの男性軍医、内科だろうかそれともまさか婦人科?」

とささやいている。しかしそんなささやきには耳も貸さず男性医官はほかの軍医嬢たちと健康診断の準備を始めている。時折、零戦から降りてくる搭乗員嬢たちをちらりと見ながら。

金井兵曹はいつものように風防を開けると、ひらりと降り立ち整備兵嬢に

「待たせたね。いつもありがとう」

と言ってにこりと笑った。その笑顔がどうにも素敵で整備兵嬢は「ああ、金井兵曹ほんとに素敵でかっこいいわあ~」ともだえる。

この瞬間が金井兵曹にとってはたまらないほどうれしくくすぐったい瞬間で(ああ!私はこの瞬間のために来ていると言っても過言ではない)とおもうほど。

金井兵曹のこの瞬間には士官クラスのファンも多く、その日の訓練にあたっていない小隊の士官嬢たちさえ

「金井兵曹、もう帰ってくるころだ!早く指揮所に行かないとみられないぞ」

と騒いで帰投時間までには指揮所に集まる。

この日も多くの手すきの隊員たちが金井兵曹の降り立つ姿を見て

「いいねえー、かっこいいなあ。私はなかなかあれができないわ」

「真似してみたけど翼の上で転んだよ」

などと姦しい。

その金井兵曹は小隊の皆と指揮所に待っていた司令の前に並び訓練の終了を通知し、そして散開。金井兵曹は皆に囲まれて歩き出した。

と。

「かっこつけてるねえ。格好だけじゃだめだよ」

という声が聞こえてきて皆は足を止めた。声の主はあの男性医官。彼は後ろを向いたまま作業の手をとめずにいる。金井兵曹に心酔している一人がずんずんと足音も荒く男性医官に近づくと

「あなた!どういう意味ですか、金井兵曹に失礼です」

といさめた。が、医官は相変わらず後ろを向いたまま「本当のことを言っただけですから。お気に障りましたらごめんなさいね」という。

遂にその場の搭乗員嬢たちが「なんだと!」といきり立ち始め、基地司令は慌てて駆け寄ろうとした。その時

「みんな喧嘩はいけない。この方の話を聞こうじゃないか」

と穏やかに言ったのはだれあろう金井兵曹。兵曹は皆をそっとかき分け前に出てくると男性医官に

「初めてのお方ですね?我が基地にようこそ。―ところであなたは私が格好だけだとおっしゃるがその根拠は何でしょう?」

と穏やかに尋ねた。医官は相変わらず後ろを向いたまま作業を続けたまま

「あなたは昔っからそうですね、格好つけてばかり。そんなところにかっこつけてなくてもいいのになあと思うことに必死で格好つけていましたよね」

と言った。なんだと、もう一遍言ってみろと小隊長の荒川中尉が声を荒らげて医官に言い、医官はそれでもこちらを向かないで

「何度でも言いましょう。金井さんはね、本当にかっこつけるんですよねー。子供のころからそうでしたよね」

と言い、荒川中尉は「失礼だと思わんのか!こっちを向け」とその肩に手をかけてこちらを向かせた。

「ひえっ!」

と声を上げたのは金井兵曹であった。皆何事かと兵曹の顔を見た。兵曹は男性軍医少尉を指さすようにして

「や、や、やだあ!しょうちゃんじゃないか!」

と叫んだ。しょうちゃんと呼ばれた男性軍医少尉はにっこりほほ笑むと

「そうです、しょうちゃんです。あなたの昔からのことをよーく知ってる小学校の同級生のしょうちゃんです」

と言って敬礼した。慌てて返礼する金井兵曹にしょうちゃん―神田庄吉海軍軍医少尉―は微笑みかけ

「『なんでしょうちゃんがここに?』とあなたは言うでしょう。まず、いろいろ話させてください。私は実家の医院を継ごうと勉強して医学校に入りました。そして学校を終えしばらく東京の大きな病院で働いて研さんを積んでいましたがある時、そこの院長から『海軍で若干名だが軍医長クラスを育成するため男性医師を募集しているそうだ、君どうかね、やってみないか』とお誘いを受け応募したんです。そしたら合格できました、合格できたのは受検した一五名のうちたったの二人。その一人が私です。で、少尉候補生として任官し三年目です。

今回は研修を兼ねてここに来ました。その時〈週刊海鷲〉と基地隊員名簿の中にあなたの名前を見つけて、子供のころからかっこいいのが大好きだったあなたが浮かんできました。で、今はどうかなと思ったら相変わらずなので…。いや変わってなくてうれしかった。そこで失礼とは思いましたがこんな風にしてしまいました。ごめんね、トっちゃん」

と言った。

わあ~、と二人を囲む皆から歓声が沸き基地司令の田上大佐は

「なんだ幼馴染だったのか、いやあどうなることかと思ったがよかったよかった!積もる話もあろうから、作業が済んだらどうぞごゆっくりなさってください」

と安どの声を上げた。

 

それから少しして二人は互いの作業を済ませた後、指揮所の前のベンチに座って話し込んでいた。子供時代の懐かしい話や、金井兵曹の海兵団入団からこちらの話、それに神田軍医少尉の詳しい話に時間を忘れた。

金井兵曹は飛行服のままで、半長靴のつま先を見つめながら「ここで会えるとは思いませんでした」と言って嬉しそうにほほ笑んだ。

神田軍医少尉もうなずいた後、急に姿勢をまっすぐに正すと「あの」と言った。金井兵曹は飛行帽を頭から取って「はい?」と言った。

神田少尉は「トっちゃん…すすすす」と妙なことを言い出し、金井兵曹は首を傾げた。柔らかい風が吹き付けて、兵曹の飛行服の襟からのぞいた白絹のマフラーを少し動かした。

「しょうちゃん…じゃなかった神田少尉、どうしました?」

と金井兵曹はそっと言葉を促した。二人の背後の指揮所の建物の中で何人かがこっそり様子をうかがっているのを二人は知らない。建物の中で数名が息を殺してこの様子を見つめている。

神田軍医少尉は意を決したように金井兵曹のほうに体を向けると、兵曹の飛行手袋の手をぎゅと握った。

建物内で見ていた数名の搭乗員仲間たちが「わっ!」と叫びかけて慌てて口を手でふさぐ。

神田軍医少尉は

「トっちゃんが、す・す・すきだ!」

と大声を出し、金井兵曹はびっくりしてベンチから落ちた。しょ、しょうちゃん?としどろもどろになる金井兵曹の前に回った神田軍医少尉は膝をつくと兵曹の手をもう一度握って

「昔っからトっちゃんが好きだった!憧れだったんです…かっこいいトっちゃんが大好きで、今またこうしてあったら尚更好きになった!」

と言った。金井兵曹の頬が真っ赤に染まり「うれしい…しょうちゃん。ありがとう」と言ったそこに建物の中でのぞき見していた搭乗員嬢、それに田上大佐まで飛び出してきて

「よかったねえ金井兵曹!神田少尉もよかったですね!」

と大騒ぎ。

 

この日は基地を上げてのお祝い騒ぎになったのは言うまでもない――

 

              ・・・・・・・・・・・・・・

かっこいいってやっぱり最高!

金井兵曹みんなのあこがれですから幼馴染の神田軍医少尉といい恋をしてさらに皆のあこがれになってほしいものです!

この話は一昨日この歌をラジオで聞いて浮かんだ話です。(松田聖子・ロックンルージュ)

昨日うちの裏にある桜が開花しました!来たぜ春!そして花粉症も全開バリバリです(泣)。
桜

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プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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