2016年02月|女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

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横須賀泣き笑い 4

2016.02.28(18:23) 1068

加東副長はしばらくの間泣き続けていた――

 

仮谷航海長に対しては全く憎悪も感じなければ憎しみもない、それは当然である。彼女が見合いをしそれがうまくゆけばたいへんめでたいことで、『武蔵』総員で祝うべき話である。

だが。

加東憲子という一女性としてはそれが大変悲しい。うらやましさが高じてつらさばかりが際立ってしまうのである。

(私生涯独り身なのだろうか。そんなの嫌だ、私だってどなたかいい人と家庭を持ちたい)

その思いがのど元に突き上げ、さらに嗚咽が高まる。

(私の化粧が下手だからいけないのだろうか、それとももともとの顔の造りが不細工だから男性に嫌われるのだろうか)

そんなことさえ思って、さらに悲しくなり副長は枕に顔を押し付けて思い切り泣いた。

 

それでも副長職はずっと泣き続け悲しみ続けるさえ許さない。彼女はやっと顔を上げ泣きはらしたまぶたをタオルでそっとぬぐった。誰かに会ってどうしたのだと聞かれるのが怖かったが(その時は風邪をひいたとか何とか言ってごまかそう)と決心し、部屋を出た。

目深にかぶった艦内帽の庇の下の視線は落ちたままだったが第一艦橋に入るとさすがに視線を上げ室内を見回した。

当直の見張兵が二人、一心に双眼鏡をのぞいていたが副長の入室に気が付いてさっと敬礼した。その二人に返礼し「ごくろうさま」といった声が涙声だったので副長は少し慌てて二人を見たが、気が付かなかったのかそれともあえて気が付かないふりをしたのか、見張兵は双眼鏡に戻る。

副長は(気が付いてない、よかった)と思ってほっとしながら海図台の上に広がったままの横須賀港周辺の海図を筒状に丸めておいた。

そこに誰かの声がして加東副長が出入り口を見ると猪田艦長を先頭に村上軍医長が入ってきた。

「艦長」

と、加東副長は礼をし、艦長も応えた。村上軍医長は、副長の顔をちらと見てはっと息をのんだように見えた。そっと艦長に何やら耳打ちすると艦長は一瞬、副長を見つめた後

「加東さん、三人で私の部屋で話そうよ」

と言って優しく副長の背中に手を当てると艦長は昇降機のボタンを押した…

 

猪田艦長の私室で、艦長と軍医長に心の内を打ち明けると加東副長はもう一度大泣きした。

村上軍医長が痛ましげに見つめている。何か言いたげな艦長に軍医長はそっと、(ここは思い切り泣かせてあげましょう、副長にとっては大変つらいことだったのですよ。もうちょっと泣けばすっきりしましょうから)と耳打ちし、艦長はうなずいた。

そのまま加東副長は泣いていた。

小一時間も泣いていただろうか、やっと副長はひくひくしながらも涙を拭いて

「艦長。村上軍医長、、お見苦しいところを…申し訳ございません」

と謝った。猪田艦長は優しい微笑みで副長を見つめると

「いいんですよ。思い切り泣けましたか?それはつらかったでしょう、航海長のたっての願いとはいえ結果的にはめでたいことになって、あなたは見せつけられたようなものだ。仮谷さんを恨んだとしても仕方のないことだ」

と言った、しかし加東副長は激しくその首を左右に振って

「いいえ、いいえ艦長!私は仮谷さんを恨んだりなんかこれっぽっちもしていません。仮谷さんだってそんないい結果になるとは思わないで、ただだれか一緒にいてくれれば心強いというその一心だけで私に頼んだだけですから…。私、仮谷さんを恨んだりしていません。ただ、私の運のなさが腹立たしいというのか悔しいというのか、なんていったらいいのかわからないんですがただ、泣けてくるんです。私なんて化粧も下手なら素顔も不細工、だから縁がないのかと思うと」

と言った。

猪田艦長も村上軍医長も、そういう副長をただ、痛ましげに見つめるだけだったがやがて軍医長が口を開いた。

「ねえ副長、」

と軍医長は彼女の肩に手をそっと置くと言った。

「あなたのそのお気持ちよくわかります。でもね副長。あまりご自分を卑下なさらないでください!あなたはご自分を縁がないとか不細工だなんて言いますがそんなことないです!縁というものは突然のようにつながったり切れたりするもの、あなたはまだこれからつながる方です。あきらめるのは早すぎますよ?あなたはまだ若いんです、ほら笑って、あなたの笑顔は素敵ですよ。それにあなたから醸し出される雰囲気は周囲をほのぼのさせます。もっと自信を持ってくださいよ、副長!

軍医長のその言葉に艦長もうなずいて

「その通りだよ加東さん。あなたは自分を添え物だというけど添え物だって大事なんです。そして添え物こそが光る時だってあると私は思います。添え物あっての主役ということもありますよ、きょうのことは仮谷さんも感謝してると思いますよ、あなたがいたからうまくいったということもあるんですからね。さ、笑ってください」

と励ました。

ようやく、副長の頬に笑みが浮かび

「ありがとうございます艦長、軍医長。私少し間違っていました、もっと自分に自信を持とうと思います」

と言って艦長と軍医長は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

それから数日のあと。

猪田艦長のもとに一通の手紙が来た。やや分厚い封筒に「ハテ?いったい誰からだろう」と首を傾げた艦長は裏を返して

「ほう、仮谷航海長のお父様だな」

とつぶやいた。そっと封を切ると二部の封書が入っていた。まず一つをとるとそれは航海長の父・太右衛門の筆で、娘に休暇をいただいたことへの丁重な礼と、見合いがうまくいったことが書いてあった。相手は海軍横須賀軍需部の人であること、郷里は仮谷家と同じ鹿児島県であることなどが嬉しそうに書かれてあった。

猪田艦長は(そうかそれは良かった。相手が海軍の人なら結婚許可もすぐ下りるだろう。なによりだ)とほほ笑んだ。そして最後の一枚をめくって読み始めた艦長の顔が今まで以上に喜びに輝いた。

そして慌ててもう一部の便箋を開いてその数枚を急いで読むと、そのすべてをひっつかんで艦長室を飛び出していった。

 

艦長は廊下を走りながら行合う兵隊嬢下士官嬢士官嬢誰彼構わず「いないか?どこにいるか知らないか?」と尋ねて走った。長谷川リツ主計中尉が「あ、士官室にいらっしゃいました!」と教えてくれて「ありがとう!」と叫んで走り去る艦長。

長谷川中尉は「どうしたんだろう?また誰か毒魚の寿司でも食ったのかな?」と言いながら速足でその場を去る。

 

艦長は士官室のドアを激しくノックした。中から「誰だあ!もっと静かにノックできんのかあ!」と誰かのどなり声がして艦長はドアを開けながら

「ごめんごめん…加東中佐はいないかな」

と謝った。びっくりしたのは大声を上げた機銃群指揮官の加辺大尉とそのそばで談笑していた中尉や大尉たちで、加辺大尉は

「わあ!!艦長でいらっしゃいましたか!大変失礼いたしました…どんなお咎めでも受けます!」

と平謝りに誤ったが、艦長は

「いやこちらも悪かったよ、気にしないから平気。それより加東さんは?

と言って加辺大尉は「副長は先ほど第一艦橋に行かれました」と教えてくれた。ありがとう、と艦長は言ってまた駆け出して行った。

 

第一艦橋に駆け込むと加東副長は見張長の堀北少尉と談笑していた。艦長が「副長!」と駆けこんでゆくと堀北少尉はさりげなくその場を出て行き、加東副長は

「どうなさいました艦長?何か緊急の出来事が?

と緊張した顔つきになった。その副長に、

「これ、これを読んでほしい」

と猪田艦長は仮谷太右衛門からの手紙のさいごの一枚と、同封されてきたもう一部の便箋を押し付けた。訳が分からないといった態の加東副長に艦長は急き込んで

「いいから読みなさい、早く読みなさい!

と言い、首をかしげながら副長はそれらを広げて読み始めた。

 

そして…副長はすべてを読み終えた後「艦長、これ…!」と叫んで艦長を見つめたのだった――

 

     (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・

 

思い切り泣くとすっきりすることも多々ございます。何より心をすっきりさせるのが一番ですね。加東さんつらい気持ちを吐き出せたようです。

そして猪田さんに届いた手紙とは?次回をお楽しみに!

 

私の好きな歌・岡村孝子「それぞれの明日」



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横須賀泣き笑い 3

2016.02.23(23:26) 1067

恥ずかし気に顔を伏せていた仮谷航海長は、そっと顔を上げて相手を見たーー

 

ハッ、とかすかに息をのむ音が隣に座る加東副長の耳朶を打った。そっと見やると仮谷航海長は見合いの相手・鍛冶屋健吾中佐を見つめその頬を桜色に染めている。そして、鍛冶屋健吾中佐も航海長を見つめたままである。彼の頬も心なしか紅潮しているようだ。

加東副長はそれを見て(ああ、この二人は絶対うまくいく。決まったようなものだね。ああ、うらやましい。瀬戸口さんとおっしゃるこの大佐、かなり我々より年上のようだからもう既婚者だろう、素敵な方なのになあ。ああ、なんて縁に見放された私)と内心がっくり来ている。

鍛冶屋中佐の隣の瀬戸口剛三大佐は部下と航海長を見てほほ笑んだ。航海長の父親の太右衛門が今度は娘の経歴を語った。

そして加東副長のほうに顔を向けて

「こちらは実子の艦・『武蔵』の副長、加東憲子中佐であります。娘がどうしてもと無理を言って同席していただいとります」

と紹介した。瀬戸口大佐は「そうですか、『武蔵』の副長…」と言って副長を見たその瞬間、彼の視線は副長に釘つけになった、それを太右衛門は見逃さなかった。

が瀬戸口大佐は何事もなかったように姿勢を正すと、見合いの当事者たちが話をしやすいようにとあれこれ水を向ける。仮谷航海長と鍛冶屋健吾中佐は恥ずかし気にしながらも話を始める。

それに仮谷太右衛門・マサも少し加わった。

なんだか(私ここにいても仕方がないなあ、帰りたい)と思う副長であるが最後までここにいるのが自分の務めだと思って辛抱しようと腹をくくる。空気のような存在であらねばならぬが、ほほ笑みは絶やさない。

目立たないように、とかすかな身じろぎさえ控える副長。食事が運ばれてきたがいったい何を食べたのかもわからないほど〈添え物〉に徹していた。

 

つらい。

これほどつらい時間が今までの人生であっただろうか。

副長は思った。つらいといえば兵学校時代のカッター訓練だとか弥山の駆けのぼりなどがあったがあれは体がつらいだけの話で、かえってすがすがしささえ感じたものだ。

だが今。

この状態は精神的につらい。

何が悲しゅうてまだ独身の私が部下の見合いに付き合って、どうやらうまくいきそうな場面を直視しなきゃいけないのだろう。

私もしかしてこんな風に、部下の見合いに付き添わされて自分の見合いなんて一度もないうちに嫁ぎ遅れてしまうのだろうか。

悲しい。

加東副長は、顔では静かにほほ笑みながら心の中では泣いていた。

 

三時間ほどが過ぎ、見合いの席はお開きとなった。

その寸前に、鍛冶屋中佐は突然座布団から降りるとその場に両手をつき

「仮谷中佐、私と…私と結婚していただきたいっ」

と声をあげ、航海長はびっくりしてその口を半開きにしていた。そして太右衛門に背中をつつかれて我に返ると

「あの、その…こんな私でよろしいのでしょうか?私、家のことは何にもできないんです。いえ本当に謙遜とかじゃなくって!そんな女、あなたのような立派な方に…」

と言ってうつむいた。

が鍛冶屋中佐は顔を上げると

「そんな、家事などはだんだんできるようになります。私の仲間にも艦隊勤務の女性を妻にしている人はいます。皆うまくやっていますから実子さんも平気です、できます!だからどうかお願いします」

と言って再び平伏した。

航海長は「あのお顔を上げてください…」というと座布団から降り、片手をそっと胸に当て深呼吸をした後

「鍛冶屋中佐。こんな私ですがどうぞよろしくお願いいたします」

と言ってほほ笑んだ。その頬が桜色を増した。

瀬戸口大佐が「おめでとう。似合いのお二人ですよ。―ご両親様おめでとうございます。このことは鍛冶屋くんの親御さんにもお知らせして、式の日取りなど決めましょう」と嬉しそうに言って副長を見た。副長も

「よかった、何か今日は上手くゆく。そんな気がしておりましたからほっといたしました。仮谷さんおめでとう」

と祝った。

 

一同は旅館の玄関でそれぞれ別れた。航海長と両親はこのまま数日旅館に泊まりながらこの先のことを決め、鍛冶屋中佐は自分の親に連絡。そして二人は結婚許可願を海軍省に出すことになる。

「なに、海軍軍人どうしですからすぐ降りますよ。『武蔵』は当分横須賀にいるのでしょう?」

そう、瀬戸口大佐は加東副長に尋ねる。加東副長は

「はい。長いこと南方にいましたから艦の修繕他で内地逗留は長くなりましょう」

と言った。

「それでは」と太右衛門が口をはさんだ、「近いうちここで式を挙げられるということでしょうかな」。

航海長が

「でもお父さん、鍛冶屋中佐のご両親が鹿児島にいらっしゃるのでしょう?ここまでいらっしゃるのは大変ではないですか」

と心配そうに言うと鍛冶屋中佐は

「今は静岡に居ります。ですからすぐ来られますよ、ご心配をありがとう」

と言って優しいまなざしで航海長を見つめた。航海長の頬がまた赤く染まる。

そして鍛冶屋中佐は名残惜し気に、瀬戸口大佐とともに旅館を後にしたのだった。「またすぐ連絡をいたしますからね」と言いおいて。

 

男性士官二人の姿が遠くなったころ、加東副長は航海長の両親に

「今日はありがとうございました、たくさんごちそうになってしまって。このお礼は後日必ずいたします」

と礼を述べ、航海長には

「いいご縁があって本当に良かった。休暇中思う存分ご両親に甘えなさい。そして式のあれこれも決めないとね。ではごきげんよう」

と改めて祝意を表すと三人の礼をうけ、それに返礼してから踵を返し加東副長は歩き出した。

 

横須賀の街で用事を済ませた加東副長は、上陸場につくと衛兵所長に『武蔵』に連絡を頼み内火艇を待った。

やがてやってきた内火艇に乗り込んだ副長はいつもと違って無口であった。艇指揮の少尉は(どうなさったのだろう?どこかお体の具合でも悪いのだろうか)と心配した。

『武蔵』について副長は、艦長に帰艦の挨拶をした後自室に戻った。

バタン、とドアが閉まり後ろ手で鍵を閉めると副長の目から滂沱として涙が流れた。

よろめくようにベッドに倒れこみ

(どうして私には結婚の話がないんだろう、私どこかいけないのだろうか。何か悪い部分があるんだろうか、ああ、誰か教えて)

とベッドをたたきながら泣いた。

幸せそうな航海長と、鍛冶屋中尉の姿が目の奥から離れない。

私もあんな風に幸せそうな微笑みをだれかと交わしたい…

 

加東副長の嗚咽はそのあとも長く、続いていた――

 (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

見合いはなんと、うまくいってしまいました!!それはそれでよいのですが問題は加東副長です。見合いの席でただほほ笑むだけの添え物に徹した彼女にいいご縁はないのでしょうか。神様何とかしてあげてえ~~!

DVC00172_20160223232601997.jpg 間宮羊羹です。(画像クリックで大きくなります)

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横須賀泣き笑い 2

2016.02.21(14:45) 1066

いよいよ仮谷航海長の休暇の日がやってきたーー

 

二人は上陸桟橋に降り立つと衛兵所を通り、その先へと歩いて行った。すると前方から年配の夫婦がやってくるのが見えた。

「あ、父さん母さん」と仮谷航海長が声を小さく上げて、その右手をちょっと挙げて軽く手を振った。それを見て父親のほうが大きく手を振って応え、母親も胸のあたりまで手を上げて応える。

久々の親子の対面である。仮谷航海長は几帳面な敬礼をして

「お久しぶりです。内地に帰ってまいりました。今日から十日ほど休暇をいただきました」

と言った。両親は満足そうにうなずき、その二親に航海長は

「我が〈武蔵〉の副長、加東憲子中佐であります」

と副長を紹介した。加東副長も几帳面な敬礼を仮谷航海長の両親にして、自己紹介。父親の仮谷太右衛門は

「なんと、副長様が…。私どもの娘はきちんと軍務を果たしておりもすでしょうか。こいつはもう昔からいい加減で居りもしたが、皆さまのお役に立てて居りましょうか?」

と心配そうに尋ねる。副長は(鹿児島弁が混じっている)と思った、仮谷航海長の両親は鹿児島出身であるのは聞いていたから別段奇異にも思わないが、どっしりした体躯と風貌のこの父親には似合っている語方だと思った。

「いや、航海長のお父様。仮谷少佐はたいへん立派な海軍士官です。いつも冷静沈着、彼女あっての〈武蔵〉であります。どうかご安心を」

そういってほほ笑む副長を、まるで神か仏のように見つめる仮谷航海長の両親、母親のマサなど涙ぐんで「ありがとうございます」を繰り返す。

「で?」

と仮谷航海長が言った、「旅館に行くんですか?その前に我々腹ごしらえをしたいんですが」。

すると父親の太右衛門が

「そうか。なら副長さん、ご一緒に旅館に行っていただけもはんか?そこで食事をしたいと思うので…いかがでしょう」

と言い、マサも「そうお願いします、ぜひ。ご窮屈でなければご一緒に」という。航海長自身も「是非、お嫌でなければぜひ」というので断る道理もない加東副長は承諾した。

そして四人は横須賀の街を歩き、海べりの旅館にたどり着いた。旅館について太右衛門は女将に食事を四人分頼んだ。女将ははい、とほほ笑みながらも

「あと二時間ほどでお相手さまがいらっしゃいます。またお食事になりますがよろしいでしょうか?」

とやや心配げに言った。加東副長は(お相手さま?だれだ?)と思ったが素知らぬ態で部屋の窓の外に広がる横須賀の海を眺めた。

太右衛門は「では、少し軽めにお願いできもすか?」と言って女将は一礼して出て行った。

そこで副長は

「どなたかとお約束だったのですね…知らぬとはいえ申し訳ありません」

と謝ると太右衛門もマサも嬉しそうにほほ笑み、太右衛門は

「とんでもないことでございもす。―いやあ、実子には今日見合いをさせようと思いましてな。わしの古い友人の息子でこれまたええのがおりましてな。しかもその息子も海軍の関係者でありもす。横須賀の軍需部、とかいうところの次長だとか聞いておりもす」

と言ってうれしげに肩をゆすった。

「はあ!?見合い?、見合いてなんですね?私はひとっこともそんなこたぁ聞いちゃおりませんよ?どういうことです?」

仮谷航海長が驚きの声を上げた。航海長は

「私は父さん母さんが合いたいからと聞いてきたんです、そんないきなり見合いだなんてそんな…。そもそも私にはまだ結婚の意思なぞありません。無駄無駄、お相手には悪いですが結婚はしませんからね」

と一気にしゃべった。

さらに何か言おうとしたそこに女将が茶を持って入っていて「もうすぐお食事をお持ちします」と言って茶を置くと出て行った。

ふすまが閉まり女将の足音が去ると航海長は

「父さん母さん。せっかくのお話ですが私はお受けできません」

ときっぱり言い放った。マサがおろおろして「そんなこと言わないで…もうあなたも夫をもっていい年ですよ」と言い太右衛門も

「そうだ。いつまで女が一人でいていいわけなか!ねえ副長さん、副長さんだってもうご結婚されとるんでしょう?…実子お前は今日会う人と結婚するんだ!」

と最後は怒鳴るように言った。

さあ、それを聞いて加東副長の顔が悲痛に歪んだ。横にいた航海長ははっとして

「父さん!ひとさまのことはどうでもいいんです。今は私のことだけ言ってください、いいですかお父さん私は」

とそこまで言ったのを太右衛門はさえぎって

「いいや、そういうわけにはいかん。見なさい副長さんの落ち着いておられるのはそれこそ」

とそこまで言った時、加東副長は

「ごめんなさい、私、私、―まだ独り身なのです!」

と叫ぶような声で言った。途端に(しまった)という顔をする太右衛門、その太右衛門を妻のマサと娘の航海長は(ほらみろ!いらんことをべらべらしゃべるから!)と舌打ちせんばかりの形相でにらみつけた。太右衛門の今まで威勢の良かった態度が急速にしぼんだ。そしてしどろもどろになりながら

「…ええ…あの、その…いやあ、海軍に奉職するおなごは結婚なんぞに心煩わされてはいけもはんな。ハハハ…」

と力なく笑った。妻と娘の厳しい視線にさらされ、耐えられないようである。

加東副長は手元の湯飲みの茶を一口飲むと、軽く息を整えてから

「私はまだそういったご縁がないので一人で居ります。でも仮谷少佐はご縁を得たようですね。彼女は女として、そして海軍軍人として立派な女であり人間です。結婚したらなお立派になりますでしょう。ぜひ今回のお話がまとまりましよう私は祈っております」

と言った。その決然とした話し方に一同心を打たれた。しかし仮谷航海長は

「副長、わが父の粗忽を心からお詫び申し上げます。ご不快の念を抱かせてしまったこと、この仮谷実子伏してお詫びいたします。けれど副長、私は本当に今まだ結婚をしたくないんです。まだまだこれからやりたいことや、やらなければならないことがあります。ですから、…父さん母さんこのお話断ってくださいませんか」

と泣かんばかりに言う。

「しかし…もう彼はまもなく来るではないか。来て早々話はなかったことに、などとわしは言えないぞ。わしは友人に顔向けできない」

太右衛門はそう言って顔をうつむけた。マサも困ってしまって皆の顔を順に見つめるだけである。

しばらくの間沈黙が支配した。やがて副長は

「確かにいきなりお話をなかったことにと言えば角が立ちますし、お父様のお立場も悪くなりましょう。航海長、ではこうしたらどうだろう。とりあえずあなたはお相手と会って見なさい、まだ合わないうちからいやだと言ってはいけない。会ってみてどうしても自分とはしっくりこないと思えばあとでお断りすればいい、しかしお会いして気に入ったら結婚の話を進めたらいい。とりあえず会いなさい。いいね?」

と言い、航海長もしばし考えた後

「副長の仰せの通りにいたします。でも一つだけお願いがあります」

と言い皆は「なんだね、お願いとは」と尋ねた。航海長は大きく息を吸い込んだ後

「その隻に、副長にいていただきたいんです。私、副長が同席してくださるなら見合いをいたします」

と答えた。加東副長はしかし、航海長の両親を見て「いいのでしょうか。私などが同席して?」と困惑したように言ったが太右衛門もマサも、「実子がそういうのですからどうかお願いします、ご迷惑でしょうがどうか」と手を合わせんばかりに頼み込むので承諾した。

ほっとした空気が流れた。

そこに女将と仲居数人が料理を運んできた…

 

そしてそれから二時間のあと、航海長の見合いの相手がやってきた。

相手は付き添いとして先輩の軍需部部長という男性を伴ってきた。海軍の制服に身を包んだ男性たちは部屋に案内されてきた。そして部屋に居並ぶ仮谷太右衛門にまず挨拶して席に着いた。彼の正面は航海長である。

太右衛門が、

「今日はお忙しいところようこそ」

というと付き添いの男性がほほ笑み、

「こちらこそ遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。――ご紹介します、こちらは横須賀海軍軍需部次長・鍛冶屋健吾君であります」

と簡単に彼の経歴など紹介した後、「申し遅れました、私は彼と同じ軍需部の部長で瀬戸口剛三と申します。お見知りおきを」と自己紹介。

そして太右衛門が娘を紹介し、末席に控えている加東副長を紹介した。

そして今まで恥ずかし気に顔を伏せていた仮谷航海長はそっと顔を上げて相手の、鍛冶屋健吾の顔を見たのだった――

 (次回に続きます)  

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

やはりお見合いでした。それにしても相手の顔を知らぬまま見合いに臨む心境とはどんなものだったのでしょう。かつての日本ではよく会った話で、初めて合った見合いの席が仮祝言という話もあったようです。今では信じられない話ですがそうして一緒になったご夫婦は意外に、夫婦としてうまくいったという話も聞き及んでいます。

さてそして肝心の仮谷航海長、どうなりますか。そして付き添いさせられた加東副長はどうなるのでしょう。次回をお楽しみに!

 

海軍の「桜に錨」ボタン。(画像をクリックすると大きな画像が出ます)
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横須賀泣き笑い 1

2016.02.17(22:43) 1065

「女だらけの戦艦武蔵」は久々の内地を満喫していた――

 

各分隊の将兵嬢たちは、それぞれの配置の仕事や訓練の合間に上陸、あるいは一週間から十日ほどの休暇をもらって嬉しそうに艦を降りてそれぞれの目的の場所へと散ってゆく。

甲板で、きょう最後のランチを見送った加東憲子副長は大きなため息をついた。甲板士官の金子ナミ少尉が

「どうなさいました副長?どこかお悪いのではないですか、すぐに軍医長にお見せしないと」

と言ったのへ副長はやや力なく微笑むと

「いやいや…平気です。どこも悪くはないですからご心配なく金子少尉。気にかけてくれてありがとう」

と言って「では後で」というと小走りに去って行ってしまった。金子少尉は当番兵嬢が持ってきた上陸札の入った箱を「ありがとう」と受け取ると(副長、なんだか変だなあ)といぶかりながら歩き出した。

艦橋への扉を開けたとき中から猪田艦長が出てきて金子少尉ははっと敬礼して道を開けた。

金子少尉に微笑みながら猪田艦長は外に出てまぶし気に目を細め、

「内地はやっぱりいいですね。日差しでさえ優しいですね…トレーラーもいいんですがあの日差しはきつすぎて。やはり我々日本が一番ですね」

と金子少尉に言うと空を見上げた。

金子少尉も「その通りでございます、艦長」と答えた。

視線を金子少尉に戻して猪田艦長は

「どうしました?金子少尉、何か気にかかることでもあるのですか」

と静かに尋ねた。金子少尉ははい、と言ってから

「加東副長のお元気がないんです。なにか、こうため息ばかり吐かれて、普段とは違うんです。なんだか気になってしまって」

と答えた。すると猪田艦長は小さく「ああ!あのことか」とつぶやいた。それを聞き逃さず金子少尉は猪田艦長を見つめた。

艦長は

「あなたは甲板士官で副長とは懇意の仲ですから言いますが、これはだれにも言ってはいけないよ。いいね?」

と念を押してから

「副長はね…」

と話し出したーー

 

加東副長は、羨みを感じていたのだ。

誰に?というなら『大和』の山中副長にである。山中副長と加東副長は海軍兵学校では二期違うだけである。山中副長が上ではあるが年齢は同じという関係で仲が良い。しかもお互いに海軍期待の弩級戦艦の副長ということで尚更である。お互い、軍務に一所懸命で色恋など縁がない、と言っていたはずなのに。

なのに。

山中副長は結婚をしたという、しかも相手は幼馴染。そしてさらに噂によれば、彼女はおめでたらしい。加東副長は悲嘆にくれた。なんで、なんで私を差し置いてあの人は結婚しちゃったんだろう、悲しい。

そんな思いで日々を暮らしてきた、ゆえに何か悲しげでため息ばかり吐いているのである。

加東副長のそんな思いはすぐに猪田艦長の知るところとなった、内地に帰ってすぐの晩猪田艦長は自室に加東副長を招き

「どうです?一緒に紅茶でも飲みましょう」

と手ずから紅茶と菓子をふるまってくれたのだ。その際、どうも副長の様子がおかしいと指摘され、加東副長は涙ながらに「野村さんに先を越されたのがどうにも悲しいのです」と告白したのだ。猪田艦長、正直言って笑いたかったがかわいい部下、それも副長の悲しみを笑い飛ばすこともできず「生む」と腕を組んで考え込んだ。

ややして艦長は

「ねえ加東さん、こればかりはご縁なんだよ。ご縁。こちらがどんなに望んだとしても縁がなければ相手は来ない。でも縁があればおのずとつながる。それが縁談とか結婚というものではないかな?あなたが焦る気持ちはよくわかる、『大和』の野村さん…今は山中さんだが…と、あなたが同い年ならなおさらだね。でも焦ってみたところでどうしようもない。早いからいいご縁、遅いからそうでないなんてことは絶対ないし、第一あなたまだ若いからそんな焦ることはないよ。焦って、後になってしまった、と思うのは嫌でしょう?そうだ〈待てば海路の日和あり〉といういい言葉があったよね。その通り、心落ち着けて待っていなさい」

と副長の瞳の奥を見つめ、噛んで含めるように諄々と説いた。副長の瞳が涙でぬれ、やがて「分かりました艦長。――ありがとうございます、ごめんなさいこんな私事で艦長のお心煩わせてしまって」と謝った。その副長の肩をやさしく叩いて猪田艦長は

「気持ちはよくわかりますよ、でもね結婚は競争ではないんですから。大丈夫、加東さんならきっといいご縁がありますから」

とほほ笑んだのだった。

 

いいご縁が、あるのだろうか?

そんな思いが、加東副長の様子をどことなく元気なさげに見せていたのだろう。

金子少尉は、艦長から話を聞いて合点した。そうだったのですか、それはお辛いことでしょうと少尉は言って

「このこと私一人の胸にしまっておきます、他言は致しません」

と艦長に固く約束した。

猪田艦長は深くうなずいて少尉の肩をやさしく叩くと艦首のほうへと歩いて行った…

 

そんな折。

仮谷航海長の両親が突然、「横須賀に行くから会ってほしい」と手紙をよこしてきた。航海長は首をひねりながら

「今までそんなことはなかったのに、どうした風の吹き回しでしょうねえ?会ってくれと言ったって私だって忙しいというのに」

とぶうぶう文句を言った。加東副長は

「ずっと長いことあっていなかったんでしょう?仮谷さん会ってきたらいいのに、そうだあなた休暇を今までほとんどとっていないんだからこの際まとめて取ってみたらいい。ご両親だって遠方からいらっしゃるんだから一週間でも十日でもいいじゃない?特に急ぎの用事もないし、あったとしても皆であなたの不在中は何とかできますから。ね、ご両親に手紙を書きなさいよ」

と勧めた。

仮谷航海長は渋っていたが、副長の勧めを受け入れて「ではいつ頃がいいか」と話し合いをし、航海科員や各科長そして艦長の決裁を受けて来月月初めから十日ほど休暇をとることにした。

「いったいどんな用事なんだろう」

と不審がる航海長に副長は

「どんな用事もこんな用事も、娘に会うのに理由がいるかね?」

と言って笑った。

猪田艦長も

「ご両親が。それはいい、作戦もない時だからゆっくりお会いしておいで?航海長は本当に長いことまともに休暇を取ってないんだから、ひと月でもいいくらいだよ」

と賛成してくれた。

 

そして仮谷航海長は両親に宛てて、〈来月月初めに休暇をいただけることに相成りました。詳しひことはまた後程手紙にて〉と手紙を書いた。

そして休暇の一週間前に再び両親から手紙が来て〈横須賀の『漁火亭』という旅館に来ている。休暇に入る日に港で待つ〉という内容であった。

「なんだ、旅館で会えばいいのに」

と笑い飛ばした航海長、休暇に入る日に副長も用事があって上陸するので「では私も航海長のご両親にちょっとだけ会ってご挨拶をしよう」と言う。

航海長は

「そうしたら昼飯でも一緒にいかがですか?」

と言って副長は「お邪魔じゃなければね、せっかくの親子水入らずなんだから」と言ってほほ笑んだ。

 

その日は、もう間もなくである――

 (次回に続きます)  

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

『武蔵』のお話です。

加東副長、『大和』副長の結婚に相当ショックを受けていたようですが優しい猪田艦長の言葉に立ち直っているようですね。

そして仮谷航海長の親が久々に会いに横須賀に。何か騒動の予感?がするようなしないような?…次回をお楽しみに!


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新しい私へ、今。

2016.02.14(21:30) 1064

トレーラ水島に戻って初めての上陸日――

 

長妻兵曹はランチから降りると衛兵所を敬礼で通ったあといきなり走り出した。ほかの乗組員嬢たちが「あいつどうしたんね?何をあがいにいそいどってかねえ?」とあきれるほどの速さである。

あの一所懸命な顔つきと駆け方を見たらきっと平野ヒラ女少尉などは「ああ!きっと男と遊びたいんでしょう。だからだよハハハ」と笑うところであろう。

が、それは外れである。

長妻兵曹は遊びをやめた。前になじみだった男性の心変わりを知って「もううちは男遊びはやめる。やめて結婚を考えたい」と思い、その願い通り内地に帰った際義兄の紹介の男性と意気投合、婚約するに至ったのである。

だから男遊びのために走り出したのではない。

彼女には行きたいところがあったのだ。どうしても、どうしてもそこに行って話をしたい人が居たのである。

 

長妻兵曹は走りに走って、水島突端にまでやってきた。そしてそこで懐かしい人を見つけ

「おじさーん!おじさんおじさん、うちじゃ!長妻じゃー」

と大声で叫んだ。おじさんと呼びかけられた男性はその大声に「オー!ナガツマさーん。お帰りー」と応えると彼女のほうへと走り出した。そして二人はがっきと抱き合うようにしてその再会を喜んだ。

そう、この男性こそヤシの実取りの男性のイシ・マッチュ氏である。

二種軍装の長妻兵曹をまぶしげに見つめてイシマッチュ氏は

「ヤット会えたねえナガツマさん、わたし待ってマッテ待ちクタビレソウだったようー」

と言って笑い、長妻兵曹も

「うちも会いたかったよー、おじさん!もうここに帰れんのじゃないかと思うくらい内地に居ったけえ、おじさんがどうしとってか心配でたまらんかったよ」

と言ってマッチュ氏の両肩をポンポンたたいた。

そして二人はヤシの樹を後ろにした海岸の波打ち際に座って、お互いの今までを語り合った。

長妻兵曹が

「実はうち、今度内地に帰ったら結婚するんじゃ」

と告白した。するとマッチュ氏は「ケコン?ケコンて?」というので兵曹は(結婚言うて英語で何というんじゃろうか…ええと)少し考えてから

「ほうじゃ、マリッジ、マリッジじゃ。うち、結婚するんじゃ…」

と言ってほほを染めた。するとマッチュ氏はオオ~、と唸ると兵曹の両手をつかんで

「マリッジね、おめでとうナガツマサン。それでオアイテ、どんなひと?」

と聞いてきたのでいろいろと話してやった。

聞き終えたマッチュは急に目を潤ませると泣き出してしまった。びっくりする兵曹にマッチュ氏は

「ヨカタ。よかたね。あなたはワタシノ娘も同じ。ダカラうれしい。ヨカタネ、長妻さん」

と言ってうれし泣きした。長妻兵曹も感激して

「おじさん、ありがとう。うち、こげえに喜んでくれるとは思わんかった」

とこれも泣きだした。

そうして二人しばらく感涙に浸っていたがふと兵曹は顔を上げると

「ほういやあおじさん。ジロがおらんがどうしたんじゃね?」

と尋ねた。マッチュ氏はニコッと笑うと

「今訓練中ネ、もうそろそろ来るコロネ」

と言った。兵曹は「ほう、訓練…。って訓練言うて何の訓練じゃろう」と首をひねった。そうするうちにマッチュ氏は立ち上がっていつもおサルを呼ぶ声を上げた。

長妻兵曹も立ち上がってマッチュ氏の視線の先を見た、すると懐かしいおサルのジロがこちらに走ってくるのが見え兵曹は大きく手を振ると

「おおーい、ジロー!うちじゃ、うちを覚えとってかあ?」

と怒鳴るように言った。するとジロは一瞬立ち止まったが次の瞬間ものすごい勢いで走ってやってきた。そして兵曹の前二メートルほどに来たジロはその場から兵曹の胸に飛び込んできた。兵曹はジロの勢いを受け止めかねて後ろにひっくり返ったが大笑いして

「ジロ、お前さん元気だったんじゃね…ああ、えかった~」

と言ってジロを抱きしめた。ジロもうれしいのか兵曹にむしゃぶりついている。しばらくそうしていた二人、やがて兵曹は我に返って驚いた。砂の上にあおむけになっている兵曹の周囲に数匹のおサルがいるではないか。

「うわっ…こりゃ一体だれじゃね?」

あわてておきあがる兵曹にマッチュ氏は笑いながら

「コレハじろの家族ね。長妻さんがニホンに帰ってすぐ、ジロもケコンしたね。―で、コレガ奥さん。コッチガこどもたち」

と言ってジロの妻だというメスのおサルと子供のおサル三頭を紹介してくれた。ジロの妻であるおサルはマッチュ氏によって〈オハナ〉と名付けられ三頭の子供たちはそれぞれ〈ミギ〉〈ヒダリ〉〈マエ〉と名付いていた。

〈オハナ〉はジロから話を聞いていたのか長妻兵曹に、まるで「主人がお世話になっていたそうで」とでもいうように会釈をしたのが愉快であった。ジロは子供たち一人一人を兵曹の前に出して紹介するようなしぐさをして、兵曹もそれぞれの手を取ってあいさつした。

「そういやおじさん、」と長妻兵曹はマッチュ氏を見返って尋ねた、「訓練言うて一体何の訓練をしとってかねえ」と。

するとマッチュ氏は

「ソリャナガツマサン。ヤシの実落としノクンレンヨ。ウチニあるヤシの実落とし訓練機ヲ使ってねー、ジロはこれでナカナカ厳しいオニグンソウね~」

と言って胸を張った。

長妻兵曹は改めてジロを見て

「ほう、そりゃあええ心がけじゃわ。きちんと後継者を育てんならんのはヤシの実落としも海軍もおんなじじゃけえの。こうしてみればジロとオハナの子供たちは筋がよさそうじゃけえ、おじさんも安心じゃね」

と言った。その言葉がわかったかジロは背筋をピンと伸ばして胸をそらした。オハナもうれしそうにキーッと言って笑う。

そして三頭の子供たちも手をたたいてその場で跳ねたり宙返りして喜んだ。

 

「さて」

と長妻兵曹は言って立ち上がった。マッチュ氏は

「モウ帰るの?ナガツマサン」

と言ったがそれに首を振った兵曹、勢いよく言った。

「ジロ。久しぶりにうちと勝負じゃ。三分間にいくつヤシの実を落とせるか。久しぶりじゃけえうちはあんまし自信がないけえ、ジロ、うちに勝てるええ機会じゃ。やってみようや」

一瞬固まってしまったジロをしり目に長妻兵曹はさっさと服を脱ぎ去り、ふんどし一枚の姿になった。そして背後に茂るヤシの樹の一本に手をかけると

「ジロ、お前はそっちの樹じゃ。―ええな、ほいじゃあいくで!」

というとマッチュ氏にジャッジを頼み、氏の「ヨーイ、…カカレ!」の号令を合図に樹をよじ登る。ふんどしの股を開いて登る兵曹から目をそらしてマッチュ氏はジロの家族を見る。心配そうなオハナたち、そして兵曹が先にヤシの実に手をかけ回し始める。ジロも負けずにヤシの実を回し、双方の樹からどすどすと身が落ちる。

三分が立ってマッチュ氏が「やめ!」と声をかけ兵曹とジロは樹を降りる。

そして数を数えると、なんと同数。

長妻兵曹は満足そうにジロを見つめると、マッチュ氏をそばに呼び寄せた。そして静かに

「さすがじゃね。うちにここまで追いつくとは。ほいでのうおじさん、ジロ。うちは今日限りでヤシの実落としから手を引く。うちも、さっき言うたように婚約の身じゃ。けがをせん保証はないけえこれきりでやめる。けがでもしたら、許嫁のあの人に申し訳ないけえね。―おじさん、ジロ、これからも精進してええヤシの実取りになってつかあさいね。うち、時々会いに来るけえ」

と言ってマッチュ氏もジロも驚いた。マッチュ氏は

「ソンな…やめないでナガツマサン」

と半泣きになったが兵曹の決意は固かった。ジロが「わかったよ」というように兵曹のはだかの肩に手をかけその瞳を見つめた。

「わかってくれるんだね、ありがとう」

兵装はそう言ってジロを抱きしめ、服を着つけた。マッチュ氏も黙って下を向いていたその顔を上げて

「ワカリマシタ、長妻さん…。イママデアリガト、たろノ時からずっとオセワニなりました。マタアソビキテください」

と言ってほほ笑んだ。

ではまた、ごきげんようという兵曹の足元にジロの家族が集まり名残惜し気に兵曹を見上げている。その一人一人に兵曹は、頭を撫でて

「これからも頑張り?ええヤシの実取りになりんさい。ときどきうちも見に来るけえな。ジロをしっかり支えてやってつかあさい」

と言って今度こそ「ではごきげんよう」と言って敬礼すると歩み去った。

 

ジロたちの声が風に乗って兵曹の耳をくすぐった。

左にはどこまでの青いトレーラーの海。それを見ながら歩く長妻兵曹は

(さよなら、うちの青春。うちはこれからほんまのおなごにならんといけんのじゃ。今までのうちとはさらばじゃ。明日から、いや、今日この時が新しいうちの誕生じゃ)

と決意を固めていた――

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・

ヤシの実落としの名人・長妻兵曹も年貢の納め時です。やはり婚約者のことを考えるとあまり危ないことはできないと考えたのでしょう。それに…ふんどしの股を開いて樹に登るというのもちょっと恥ずかしい格好ですし。

マッチュ氏の飼い猿・ジロも家族を作って、技の継承もできたようで兵曹も一安心でした。

なんだかこの歌を不意に思い出しました。太田裕美「君と歩いた青春」



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