女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

再会の時 3

継代は『武蔵』が横須賀に停泊したその翌日から、自宅の官舎の庭に出ては「かいぐんのおきゃくさま、まだかなあ」と独り言ちていたーー

 

そんな日が数日続いたある日、郵便配達の男性が三浦家に一通のはがきを届けに来た。ちょうど庭にいた継代に

「お嬢ちゃん、お葉書ですよ。お母さんかお父さんに渡してくださいな」

と言ってはがきを差し出した。はーい、ありがとうおじさんと言ってそれを受け取った継代ははがきを見たがむつかしい字が並んでいて読めない。そこで家の中に駆け込んで針仕事の最中の母の桃恵のもとに

「おかあしゃま、お葉書。誰からでしょう?」

と持って行った。

「ありがとう…誰からかな?」

と桃恵は受け取ってはがきの表を見て「あら!」と声を上げていた。そしてうれしそうに継代を見ると

「つぐちゃん、海軍のお客様のお葉書ですよ。お手柄お手柄」

と言って継代は「ほんとうに?おかあしゃま」とこれもうれしそうに言う。

秋川兵曹長のはがきには

>そちらも忙しい時に尋ねて申し訳なひこととは思ひますが、三十日午後から私秋川と北野中尉、それに橋野・本川・剣持の三人の都合五名がお邪魔したひと思ひます。この三人は三浦さんの同期でもあつたね。大勢で押しかけて大変申し訳なひとは思ひますがだうかよろしく願ひます。ご主人さまにもよろしくお伝へくださひますやう。

とあり

「三十日というと…明後日ですね。つぐちゃん、お客様は明後日いらっしゃいますよ」

と言って継代は「あしゃって?あしゃってって、あした?」と言って桃恵は明日の次ですよ、と言って二人はうれしそうに微笑みあった。その晩帰宅した智一も「そうですか、では私もその日は早めに帰宅します」と喜んでくれた。

桃恵はその日に皆に何をふるまおうかと楽しく頭を悩ますのであった。

 

そして当日。午後の瓶で上陸した北野中尉以下五名の一行、きちんと二種軍装を着こんでそれぞれ手には大きな風呂敷包みを持ってランチを降りた。

北野中尉が「春山の家の地図はあるんだろうな、私はこの辺りは不案内だ」と言ったのへ秋川兵曹長は「大丈夫きちんと持っております。それから中尉、〈春山〉ではありません〈三浦〉ですからその辺お気をつけてください」とやんわり注意した。

あ、そうだったとチロっと舌を出した北野中尉の顔に、橋野、本川、剣持の三人の上等兵曹はぷっと噴き出した。そして五人は地図を頼りに歩き出した。

 

そのころには三浦家ではすっかりお客を迎える用意が整い、客間には客用座布団やら大きな座卓が用意され継代は「まだかなあ~、まだかなあ~」と小さい声で言いながらそれを見つめている。

継代は今日はお客様をお迎えするのだからときれいな赤い着物を着せてもらってご満悦である。この着物は桃恵の兄の妻・あやこの手製で、継代の大好きな一着である。その娘の姿を微笑みで見ながら桃恵はまず茶の用意を済ませ、(あとは…皆様来てからね)と思ったその時、玄関で

「ごめんください」

と声がして、桃恵と継代は一緒に「はーい」と声を上げていた。二人が一緒に玄関に行くとそこには懐かしい北野中尉達が二種軍装もりりしい姿で立っていて、桃恵親子にさっと敬礼した。

桃恵が深く頭を下げ継代がそれに倣った。そして北野中尉が敬礼の手を下ろし

「久しぶりだね、春山…じゃなかった三浦さん」

と言って桃恵は頭を上げた。皆が手を下ろし懐かしげな微笑みを浮かべた。

桃恵は「北野中尉、お懐かしい。秋川さんも、橋野さん、本川さん、剣持さんもお元気そうで…」とそこまで言うとこみ上げる懐かしい思いに涙していた。が慌てて着物の袖でそれを軽くぬぐうと

「さあどうぞおあがりください」

と一同を招じ入れた。皆は海軍らしい几帳面さで靴を脱ぎ丁寧にそろえて桃恵のあとに従った。桃恵は客間に皆を案内し、皆は座卓の横に並んだ座布団のそのわきに座ると北野中尉が

「本日はお忙しいところをお招きいただきありがとうございます。三浦さんにはお変わりなく祝着に存じます」

と三つ指ついて頭を下げるとほかの四人も「ありがとうございます」と手をついて頭を下げた。

桃恵も「こちらこそお帰りになって間もないお忙しい時というのにお越しくださってありがとうございます。どうぞゆっくりなさっていってくださいませ」と頭を下げた。

継代も大人のすることを見て同じように手をついて

「かいぐんのおきゃくさま、いらちゃいませ」

とあいさつし皆は相好を崩して「継代ちゃんだね、いい子だねえ」「なかなかの子だぞ、三浦。これは将来有望だぞ」「赤いべべがよく似合ってるねえ、かわいいわ!」「こっち向いてよく見せて?」などと言って継代は嬉しそうにしている。

「さあみなさんどうぞお席に」と桃恵は座布団を勧め、皆それぞれに席に落ち着く。その皆に継代が小さな手でお茶を運び、北野中尉以下は大喜び。

早速秋川兵曹長が膝に抱き取って遊びはじめ、北野中尉や橋野、本川、剣持たちも楽しげである。

 

やがて一八〇〇(ひとはちまるまる、午後六時)を回って三浦智一技術大尉が帰宅した。北野中尉達は

「お邪魔いたしております、われわれ旧姓春山兵曹と『武蔵』で勤務しておりました北野タケ衛生中尉、秋川雅代衛生兵曹長、橋野笑子衛生上等兵曹、本川郁乃衛生上等兵曹、剣持ゆずる衛生上等兵曹であります。このたびは図々しくお邪魔いたしまして恐縮であります!」

と言って座布団から降りてあいさつ。四人もそれに倣い自己紹介した。三浦大尉はそれぞれに挨拶を丁寧に返して

「今日は皆さまよくお越しくださいました。どうぞゆくりとなさってください、そして今日は我が家に是非お泊り願いたいです。大したおもてなしもできず申し訳ないのですが休暇のひと時を桃恵と昔話などしておくつろぎいただきたいと思います。一晩と言わず日にちが許す限り幾日でもどうぞお泊り願えたらと思います」

と言って皆は感激、北野中尉は「しかしそれではご迷惑では」と言ったが継代が

「お布団もおかあしゃまと干しました。ごはんもたくさんつくりましたから」

というので「では今夜はそうさせてください」となった。秋川兵曹長が「北野中尉、あれを」とそっと言ったので北野中尉は剣持上曹と橋野上曹に持たせてきた風呂敷包みを手元に寄せ、それを開いて中身を出した。そして

「何かお持ちしようと思ったのですがいいものがなくて…。酒保を開けさせてこれをお持ちしました。珍しくもないものですがどうぞ」

と差し出したのが、〈間宮羊羹〉五本でこれには智一か「あ!あの噂の〈間宮羊羹〉ですね」と心なしか声を上ずらせ、桃恵さえ「懐かしい!〈間宮羊羹〉」と声を上げた。そして継代が「ヨウカン、ヨウカン」と笑う。その喜び方に皆は(持ってきてよかった)と思った。

継代は羊羹が大好きとのことでその一本を大事そうに抱えているのを見て秋川兵曹長は

「いやよかった、これほど喜んでくれるなら今度は〈間宮〉をそっくり持ってこようか」

と冗談を言ってみんな笑った。

 

その晩は桃恵の心つくしの料理に舌鼓を打ち、智一大尉が上司の樹木キリ大佐からいただいてきた酒を開けて話に興じた。

「それで、」と秋川兵曹長が言った。「桃さんは体平気なのか?辛かったら休んでほしい」と気遣ったのへ桃恵は膨らんだ腹部にそっと手を当てて

「平気です。今日は私の嬉しさがこの子にも分かったみたいで」

といった。継代がその横で

「つぐはもうじきお姉ちゃんになります」

と言って橋野兵曹は「そうだね、いいお姉ちゃんになるよ」とその頭をごしごし撫でた。

楽しい食事は延々と続いたがやがて継代があくびをし始めたのを見て智一は

「皆さんお風呂をいかがですか?ゆっくり使ってください」

と言って恐縮しながら北野中尉から風呂に入った。継代も「かいぐんのおきゃくさまと入ってから寝る」と言って中尉と一緒にふろに入っていった。

智一が「では皆さんもご順にどうぞ」と勧めてくれた。ありがとうございます、と秋川兵曹長が言ってほかの三人を見ると台所で桃恵を手伝って片づけをしている。

同期同士の三年ぶりの出会いに、時を忘れているようだ。

ふと、秋川兵曹長は

「そういえば三浦大尉、」

と今まで軽く疑問に思っていたことを口にした。

「継代ちゃんは大尉のもそうですが我々の軍帽を持ったりしませんね?ほかの子供は興味津々で手に取ったり眺めまわしたりかぶったりするのに?」

すると智一は

「桃恵の教育ですよ、桃恵は継代がある程度物がわかるようになったとき『これはお父様たち海軍の軍人さんの大事なものです、決してこれでお遊びしてはなりません』とくどいほど言っていましたからね。桃恵にとってはこれは海軍軍人の象徴、それをたとえわが子といえども勝手にはさせないという心情があるのですよ」

と教えてくれた。

ほう、と秋川兵曹長は感心した。桃恵にそれほどの深い思慮があったとは。でもその思慮は、こうして智一と一緒になって生活するうちに身に着けたものではないかと思った。独身の頃の彼女に比べて結婚後の彼女はさらに落ち着いて見える。

(結婚というもんは大したものだな。いや、相手にも寄り切りだな。桃恵はいい伴侶を得て幸せだ)

そう思う秋川兵曹長である。

そのうちに北野中尉が継代と一緒にふろから上がってきた。借りた浴衣を着て「とてもいいお湯でした、お先にありがとうございました」と言い、智一は秋川兵曹長たちに「さあ、どうぞお風呂へ」と勧めてくれ、今度は二人ずつ入っていく。

 

夜も更け、継代が眠り皆風呂に入り終わると今度は大人だけの時間。

七人は様々な話をして笑ったり軽く議論したりして楽しんだ。その中で智一は「今度新しい防御兵器が実用化されるらしいです。今、呉の海軍工廠の技術士官が南方で空母に実験中と聞いています、それが実戦配備されたらもう帝国海軍は向かうところ敵なしになりますよ」といった。

橋野兵曹が「なんと素晴らしい!して、どのような兵器でありますか?」と浴衣の膝を進めた。

これも浴衣姿の智一が教えたのは『大和』の松岡中尉のラケット兵器のことで、それを聞いた桃恵も北野中尉他も

「そんなにすごいものがあったなんて!知りませんでしたねえ」

と感心しきり。智一は皆を満足そうに見て

「まずは空母、そして飛行機。それから戦艦などの大型艦艇に施す予定だそうですから、待っていてくださいね」

とほほ笑んだ。

盛り上がる海軍嬢たちをまぶしげに見ながら桃恵もうれしそうにして皆に麦茶を勧める。初夏の夜風が窓から入り、涼しい夜である。

 

そして皆はそのあと、この上ないほどの熟睡をしたのであったーー

  (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

楽しい再会の宴でした。

何より夫の智一大尉が快く皆を受け入れてくれたのが何より一番桃恵にはうれしいことだったでしょう。

さて作中に出てきた「間宮」。給糧艦として知られています。羊羹はもちろん、最中にアイスクリーム、豆腐など何でも大量に作れた「海軍兵のアイドル」的艦艇でした。ここで作られる「間宮羊羹」は某有名和菓子屋のよりうまい!と評判だったそうです。

この「間宮」の話が一二月二日、二十二時からNHKTV『歴史ヒストリア』で放映されます。興味のある方は是非ご覧ください!

http://www.nhk.or.jp/historia/(歴史ヒストリア番組HP)
間宮 間宮

関連記事
武蔵 | コメント:15 | トラックバック:0 |

再会の時 2

横須賀の三浦桃恵のもとに、『武蔵』の秋川兵曹からのはがきが届いたのは『武蔵』が到着の前日であったーー

 

様々な事情からやや遅れて着いたかつての仲間からのはがきは、身重の桃恵を喜ばせた。はがきには

〉春山、ではなかつたね。三浦さん、お久しぶりです。このたび内地へ帰還となりました。もうご存知かな?春山のご主人は横須賀海軍工廠の士官さんだから話はもう聞いて居るかもしれなひね。到着して落ち着ひたら連絡をしたひと思つてをります、北野中尉が春山に会いたひ、としきりに言いますので会ひに行かうと思ひます。その時が決まったならまた連絡をしますからどうぞ待つていてくださひね。

継代ちゃんも大きくなったことだらうね、会ふのがとても楽しみです…

とあって、桃恵ははがきを夫に見せた。

「読んでよいのですか?では」

と智一ははがきを手にそっと取ると読んだ。そしてうれしそうな微笑みを浮かべて

「よかったですねえ桃恵さん。退艦してもう三年にもなろうというのにこうして気にかけてくださる仲間はあなたの宝ですよ。大事にしなさいね。そしてあなたの宝ということは私の宝でもあるからね。――そうだ、時間さえ許せば泊まっていただこうじゃないか!積もる話もあろうし、私もよければ聞かせてほしい話もあるから是非。…どうだろうか、私がいてはまずいかな?」

と最後はちょっと心配そうに言った。その智一に桃恵は微笑んで

「あなた…そうおっしゃってくださってありがとうございます。どうか一緒にお話をしましょう。みんなもあなたのお話を聞きたがるでしょうから私からも是非に」

といった。

継代が智一と桃恵の顔を交互に見て

「お客さまがいらちゃるの?かいぐんのおきゃくさま?」

と尋ね、智一は継代を膝に抱えると

「そうだよ、海軍のお客様。お母さまの大事なお仲間だからね、失礼のないようにお迎えしましょう」

と言って継代は「かいぐんのお客さま、いついらちゃるの?ねえ、おとうしゃまいつ?」とせっつく。桃恵は笑みながら

「まだもうちょっと先ですよ。継ちゃんがおとなしくしていたら早く来てくださいます。だからいい子にしてなさいね」

と言い含め継代は「はい、いいこにしましゅ」と言って智一は継代を抱きしめる。

 

そして。

その日ちょうど勤務を休みにできた智一大尉は桃恵と継代を伴って横須賀の港へ向かった。

智一は腕時計をせわしく見ては「もう来る頃なんだが、もう来てもいい頃なんだが」と繰り返し桃恵はなんだかおかしくなって笑ってしまう。そして

「東京湾付近はほかの船舶の往来が多いですからね、少し速度を落として入りますから予定よりは遅くなるかもしれませんよ」

と言って智一は「おお、そうだった。さすが元『武蔵』乗組員だ。私の妻はさすがだ」と大きく腕を組んでうなずいて桃恵は周囲の海軍関係者の視線を感じて恥じ入った。

それから五分ほどして『武蔵』の前檣楼が見え始め桃恵は「あなた、『武蔵』の前檣楼が見えます!」と声を上ずらせた。

智一中尉は「桃恵さん落ち着いて」と身重の妻を抑えて

「ああ、来ましたね!――ほら継ちゃん見てごらんなさい。あれが『武蔵』という世界最大のおフネですよ。あれに、あなたのお母さまは乗っていたんですよ」

と言って継代を抱き上げ、感慨無量といった表情になった。継代は抱き上げられて父親の指さすほうを見て

「大きなおフネ。おかあしゃまのおフネ!」

と喜んだ。一家の近くに立っていた海軍士官嬢がほほ笑みながら

「失礼ですが…『武蔵』に乗っていらしたのですか?」

と尋ねてきたので桃恵は「はい。三年ほど前まで医務科に居りました」と答えた。士官嬢は「おお、それは素晴らしい。ではご結婚で艦を降りられたのですか?」とさらに尋ね、桃恵は

「この子がお腹にできたので退艦しました」

と答える、士官嬢は

「ほう、そうでしたか!未来の海軍嬢ですね。そして今お腹に赤ちゃんがいらっしゃるとお見受けしました。次も海軍嬢候補でしょうか」

と言って笑み、桃恵は

「海軍工廠技官候補、かもしれませんよ」

と士官嬢と夫を交互に見てほほ笑んだ。士官嬢は

「ご主人は技術士官でありますね。今度のお子様が男子ならぜひ、その道へ」

と言ってから「あ…余計なお世話でしたね」と言って笑った。桃恵たちも、その周囲の海軍関係者も笑った。

やがて『武蔵』は錨を下ろし停泊完了した。

しばらくの間それを見つめていた三人だったが日暮れの風が吹き始めたので帰宅することにした。後ろを名残惜しげに振り返る桃恵に、智一は

「ずっとここにいますからまた来ましょう。そして間もなくお友達も来てくれることでしょうから」

と言って背中をそっと押した。はい、と言ってなお、桃恵は寂し気にいるのへ継代が

「おかあしゃまのおフネ。またね、おやすみなしゃい」

と手を振った。桃恵は気を取り直して継代の小さな手を握ると夫に微笑みかけて歩き出すーー

 

『武蔵』艦上――

艦が錨を下ろし、艦内のそれぞれの配置は忙しく働いた。そしてそれも一段落すると手すきの乗員たちは甲板に上がって懐かしい内地・横須賀の風景に見入った。その対岸は房総半島である。

「いいねえ、やっぱり内地はいいな。ああ、早く休暇がほしいなあ。実家に帰ってゆっくり寝たいわ」

そういって笑う将兵嬢たち。どの表情も屈託がない。

夜になって医務科の秋川兵曹が北野中尉と上がってきて横須賀の街明かりを見つめた。秋川兵曹が

「あの明かりのどれかが、春山の家の明かりなんですよね」

というと北野中尉が

「春山じゃなくって三浦だろ…。そうだねえどれがそれなんだか。上陸許可が出たらいの一番に三浦の所に行こうぜ。私はあの子の顔が見たくってたまらない。それにお子さんも、できたらご主人にも会って話がしたい」

といった。

秋川兵曹もうなずいて

「たぶん…医務科のみんながそう思っていますよ。あいつは最高の衛生兵曹でしたもの」

といった。

 

その数日後『武蔵』は海軍工廠のドックに入った。〈磁性塗料〉の塗り直しと連装機銃の補充その他の兵装の補強等があり今回の内地逗留は長いものになりそうである。

猪田艦長は第一艦橋にいて、加東副長からの艦内異常なしの報告に目を細め

「長い間の外地でさぞみな、自宅や親御様が恋しいことだろう。それぞれに分隊の仕事に区切りがついたら休暇をやりなさい。遠方の出身者もいるだろうから一週間から十日というところだろうか、それぞれの分隊長・各科長に一任します」

といった。加東副長は

「はい。わかりました。しばらくはそれぞれの仕事がありましょうから、そうですね…早い部署でも十日から二週間後になるでしょう」

といった。

猪田艦長はうなずいて

「今回は少し長めの停泊になると思うからね。羽目を外さない程度に体を休めてほしいものです」

と言って副長は(いつものことだが艦長、常に艦全体の乗員を想ってらっしゃる。私も見習わねば)と感慨深くする。

 

『武蔵』をみた継代はその晩興奮したのかなかなか寝付かなかった。

桃恵が

「お父様は明日も早く起きてお仕事なんですからね、静かになさい」

といさめたが継代は

「おかあしゃまのおフネ、おかあしゃまのかいぐんのおきゃくさま、まだ?」

と何度も聞いて止まない。さすがに桃恵も叱ろうとしたとき、桃恵の隣の布団の智一が体を起こして

「お父様のお布団にいらっしゃい」

と手招き、継代は「はい」と自分の布団から出ると桃恵の布団の裾を回って智一の布団の中にもぐりこんだ。智一は

「お母さまのおふねはまだずっと横須賀にいます。『武蔵』という名前のオフネですよ。あの大きなおふねは今まで南の熱い国でお仕事をしてきたオフネです。大変なお仕事をしてきたんですよ、わかるかな、日本を守るためのお仕事です。継代が毎日何の心配もなしにお父様とお母様と一緒に暮らせるのは『武蔵』のようなたくさんの海軍のオフネがあちこちの海で大変なお仕事をしてくださっているおかげです。それでね、海軍のお客様たちはまだまだオフネの中でやらなければならないお仕事がたくさんあるんですよ、それをしないと皆さんはいくら継代が待っても来てはくださらないのです…だから継代は静かにお待ちなさい。

海軍のお客様方は、必ずこのおうちに来てくださいますからね。だから継代は、継代のお仕事をきちんとなさい。まずは夜は静かにおやすみなさい?」

と言い含めた。

おさない継代ではあったが父親の静かで丁寧な言葉を聞いて、父の言うことを理解した。そして継代はその瞳を桃恵に向けて

「おかあしゃまのオフネに『おやすみなさい』をいいます」

というと窓へ向けて小さな手を合わせ

「おやすみなさい」

というとにっこり笑い、自分の布団に戻り横になるとやがて寝息を立て始めた。

桃恵は

「さすがあなたです。私は理詰めで言ってしまうからいけないのですね…あなたを見習わないといけません」

と夫を見つめた。智一は照れくさそうに微笑んで、頭をちょっと掻くと

「そういわれると…照れますね。まあこれが男親のやり方というか、私の流儀というか、まあそんなものです。桃恵には桃恵のやり方もあるでしょうから見習わなくってもいいんですよ」

といった。桃恵は

「あなたのその、毅然としたところが私は大好き」

と言い、智一は桃恵の体をそっと抱き寄せてーー。

 

その翌日もまた翌日も、『武蔵』では皆があれこれ艦内を走り回っている。

医務科の面々は衛生材料を整えたり在庫がないものを調べて軍需部への発注書を書いたりと大わらわであった。

が。

それもやがて一段落しいよいよ、お待ちかねの上陸・休暇の日を迎えることになるのであった。秋川兵曹は、喜び勇んで三浦桃恵宛にはがきを出したーー

  (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・

とうとう『武蔵』が横須賀に姿を現しました。

三浦一家のわくわく感が伝わったでしょうか。継代ちゃんのワクワクは沸騰して夜も眠れなくなってしまったようですがお父さんの智一さんの落ち着いた言葉で何とか終息したようです。

さあ、次回をお楽しみに!


関連記事
武蔵 | コメント:6 | トラックバック:0 |

再会の時 1

女だらけの「武蔵」は、トレーラーを出港し、内地へ向けて走り出していたーー

 

抜錨の十日ほど前医務科の秋川兵曹長は(そうだ、横須賀の春山兵曹…じゃなかった三浦さんに手紙を書こう)と思い立ってその晩、はがきに万年筆を走らせた。

旧姓・春山。現在三浦桃恵はかつて「武蔵」の医務科に所属していた兵曹であった。ひょんなことから横須賀海軍工廠の技術士官・三浦智一中尉と付き合いが始まりそして結婚、挙式のすぐ後に桃恵は出航となったがすぐにおめでたが発覚。退艦して今に至るのである。

彼女には三つになる女の子・継代(つぐよ)がいて(たぶん子育てて忙しい毎日なんだろうなあ。うらやましいといえばうらやましい)と思う秋川兵曹長である。

はがきを書き終え、秋川兵曹長は北野中尉に

「北野中尉。郵便物はありませんか?」

と尋ねた。中尉に進級したばかりの北野中尉は

「郵便?内地宛は明日の朝一〇〇〇(ひとまるまるまる。午前一〇時のこと)までに出すようにという話だったね…ええと、私のは…これだ。秋川兵曹長明日まで預かってくれるかね?」

と言って数通の封筒、はがきを差し出した。医務科分隊長の検閲済みの印がもう押してある。秋川兵曹長はそれらを手に取って、艦内郵便局用の袋に入れ込みながら

「もう検閲を済まされたんですか、早いですねえ」

と感心して言った。北野中尉はにやっと笑って「のろいことは牛の子でもする、っていうだろう?秋川さんも早いとこハンコもらっておいでなよ」といった。

そして「誰に書いたんだね?――あ!もしかして内地で婚約者が待ってるとか?いいなあ~~」と大きな声を出し、秋川兵曹長は慌てて

「違います、違いますったら!そんな人が居たらいいんですけどね、絶対違います。私がはがきを出す相手はほら、春山兵曹ですよ。今は三浦になってますが」

といった。と、北野中尉は

「おお!あの春山兵曹か!どうしてるかねえ、もうお子さんはだいぶ大きくなったころだろうねえ」

と言って懐かしそうな顔になった。春山兵曹は仕事は丁寧で物腰も穏やかな衛生兵曹だった。秋川兵曹長は

「はい、もう子供も三つになってる頃です。あいつも結婚までにはいろいろありましたから私は心配しましたが今はすっかり幸せでほっとしています」

と言ってちょっと遠い目をした。春山兵曹は幼馴染と恋仲で上陸時には一緒の部屋に住む仲であったが、いかんせん艦隊勤務の悲しさから恋人とはなかなか会うことができず、その間に恋人はほかにいい人を見つけその人と結婚することになり、春山兵曹は泣きながら部屋にあった私物を持って出てきた。そしてその途中で夫になる三浦中尉と出会ったのだ。これこそまさに運命の出会いで、二人は電撃結婚となるのだった。

あの結婚式の日の晴れ姿は忘れられない思い出になって北野・秋川両嬢の脳裏に鮮明である。秋川兵曹長は

「なかなか内地にも帰れなかったですからね、でももしかしたら今回春山に会えるかもしれませんよ?それにあいつの旦那は海軍工廠の人だから、われわれがいつ横須賀に入るかもわかるでしょう。はがきには『その日が近いから楽しみにしておけ』とだけ書いておきました」

といった。防諜の意味もあってはがきには詳しいことは書かない。その辺は三浦桃恵もわかるだろう。

「会いたいな」

北野中尉と秋川兵曹長は同時につぶやいた…。

 

それから十二日ののち、横須賀某町。

海軍工廠社宅の一角に三浦桃恵の家はある。今では技術大尉となった夫の三浦智一はこのところ大変張り切っている。

呉工廠で開発中の「特別製繊維」による航空機・艦艇の防御システム(要するに松岡修子海軍中尉のラケット兵器)の話がここ横須賀にも来て、その開発チームの一員に三浦大尉も選抜されたのだ。先だって呉へ行き、呉海軍工廠の開発チームと顔合わせもしてきた。

三浦大尉は呉からの帰宅後、妻の桃恵に

「呉ではもう、実戦配備のための実験として数名の技術士官が南方の基地へ行っているらしい。私たちも負けられませんよ!」

と言って意気軒高なところを見せた。

桃恵は

「そんな素晴らしい兵器がすべての飛行機や艦艇に施されたらもう、帝国海軍には敵がいなくなりますね。米英の降伏も時間の問題ではないですか?」

と尋ねた。そんな妻の桃恵をそっと抱き寄せて三浦大尉は

「そうですね、そうなるためにもうひと踏ん張りもふた踏ん張りも私たちはしなくてはね。でもここで気を緩めてはいけませんから、しっかりへそのあたりに力を入れてかからないといけませんよ」

といった。

そこに二人の愛娘・継代が歩いてきて「おとうしゃん」と言って三浦大尉の腕にすがった。その継代をやさしく抱き上げて大尉は

「継ちゃん。お父さんは頑張りますよ」

と継代の柔らかいほっぺに唇を当てた。キャキャ、と喜ぶ継代に大尉もうれしそうに微笑みかけ

「ああそうだ、大事なことが後になりました」

と言って継代を抱きなおして桃恵に向き直った。桃恵は「どうなさいました?」と言って夫を見つめる。大尉は

「『武蔵』がね、もう間もなく横須賀に帰ってくるらしいですよ。久しぶりの内地ですよね。ずいぶんと長い間『武蔵』は南方にいましたねえ。『武蔵』が帰ってきたら港に行ってみましょう」

と教えて、桃恵は

「『武蔵』が!帰ってくるんですか?」

と喜んだ。思えば『武蔵』を妊娠で退艦してから幾星霜、あの懐かしい艦の姿を忘れたことはない。時折医務科にいたころの夢を見ることさえある。懐かしい仲間の秋川兵曹、やさしい上官の北野少尉。たくさんの医務課の仲間、それに退艦の時優しい言葉をかけてくれた猪田艦長…。

懐かしい『武蔵』の人々の顔が、脳裏に次々と現れた。

「あなた。では『武蔵』が着く日がわかりましたら是非教えてくださいませね」

三浦桃恵は瞳を輝かせて夫に頼んだ。

その桃恵の両手をしっかり握って夫の智一は

「もちろんですとも。みんなで一緒に迎えに行きましょう…三人で、いや、もう四人かな」

と言って桃恵の腹部にそっと手を当てた。

桃恵のお腹には、六か月目に入る、二人目の新しい命が息づいている。

 

そしてそれから十日ののち。

帰宅した三浦大尉は迎え出た桃恵に

「いよいよ『武蔵』が明後日、横須賀に帰ってきますよ。時間は午前中としかまだわからないですが、あさっては確実ですよ!」

とやや興奮して話した。

「明後日ですか!」

桃恵も興奮して言うとかたわらの継代を抱き寄せて、そして三浦大尉はその二人をまとめて抱き寄せてうれしそうに笑ったのだったーー

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

久々の三浦夫妻の話でした。

かつて『武蔵』に勤務していた旧姓春山、現姓三浦桃恵さん。懐かしい『武蔵』との再会が間近です。昔の仲間と会えるのも近い。

どんな再会になりますか?お楽しみに。

二人の過去話はこちらからどうぞ。haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-398.html
haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-399.html
(別れの情景1,2)



関連記事
武蔵 | コメント:8 | トラックバック:0 |

再会の時 1

女だらけの「武蔵」は、トレーラーを出港し、内地へ向けて走り出していたーー

 

抜錨の十日ほど前医務科の秋川兵曹長は(そうだ、横須賀の春山兵曹…じゃなかった三浦さんに手紙を書こう)と思い立ってその晩、はがきに万年筆を走らせた。

旧姓・春山。現在三浦桃恵はかつて「武蔵」の医務科に所属していた兵曹であった。ひょんなことから横須賀海軍工廠の技術士官・三浦智一中尉と付き合いが始まりそして結婚、挙式のすぐ後に桃恵は出航となったがすぐにおめでたが発覚。退艦して今に至るのである。

彼女には三つになる女の子・継代(つぐよ)がいて(たぶん子育てて忙しい毎日なんだろうなあ。うらやましいといえばうらやましい)と思う秋川兵曹長である。

はがきを書き終え、秋川兵曹長は北野中尉に

「北野中尉。郵便物はありませんか?」

と尋ねた。中尉に進級したばかりの北野中尉は

「郵便?内地宛は明日の朝一〇〇〇(ひとまるまるまる。午前一〇時のこと)までに出すようにという話だったね…ええと、私のは…これだ。秋川兵曹長明日まで預かってくれるかね?」

と言って数通の封筒、はがきを差し出した。医務科分隊長の検閲済みの印がもう押してある。秋川兵曹長はそれらを手に取って、艦内郵便局用の袋に入れ込みながら

「もう検閲を済まされたんですか、早いですねえ」

と感心して言った。北野中尉はにやっと笑って「のろいことは牛の子でもする、っていうだろう?秋川さんも早いとこハンコもらっておいでなよ」といった。

そして「誰に書いたんだね?――あ!もしかして内地で婚約者が待ってるとか?いいなあ~~」と大きな声を出し、秋川兵曹長は慌てて

「違います、違いますったら!そんな人が居たらいいんですけどね、絶対違います。私がはがきを出す相手はほら、春山兵曹ですよ。今は三浦になってますが」

といった。と、北野中尉は

「おお!あの春山兵曹か!どうしてるかねえ、もうお子さんはだいぶ大きくなったころだろうねえ」

と言って懐かしそうな顔になった。春山兵曹は仕事は丁寧で物腰も穏やかな衛生兵曹だった。秋川兵曹長は

「はい、もう子供も三つになってる頃です。あいつも結婚までにはいろいろありましたから私は心配しましたが今はすっかり幸せでほっとしています」

と言ってちょっと遠い目をした。春山兵曹は幼馴染と恋仲で上陸時には一緒の部屋に住む仲であったが、いかんせん艦隊勤務の悲しさから恋人とはなかなか会うことができず、その間に恋人はほかにいい人を見つけその人と結婚することになり、春山兵曹は泣きながら部屋にあった私物を持って出てきた。そしてその途中で夫になる三浦中尉と出会ったのだ。これこそまさに運命の出会いで、二人は電撃結婚となるのだった。

あの結婚式の日の晴れ姿は忘れられない思い出になって北野・秋川両嬢の脳裏に鮮明である。秋川兵曹長は

「なかなか内地にも帰れなかったですからね、でももしかしたら今回春山に会えるかもしれませんよ?それにあいつの旦那は海軍工廠の人だから、われわれがいつ横須賀に入るかもわかるでしょう。はがきには『その日が近いから楽しみにしておけ』とだけ書いておきました」

といった。防諜の意味もあってはがきには詳しいことは書かない。その辺は三浦桃恵もわかるだろう。

「会いたいな」

北野中尉と秋川兵曹長は同時につぶやいた…。

 

それから十二日ののち、横須賀某町。

海軍工廠社宅の一角に三浦桃恵の家はある。今では技術大尉となった夫の三浦智一はこのところ大変張り切っている。

呉工廠で開発中の「特別製繊維」による航空機・艦艇の防御システム(要するに松岡修子海軍中尉のラケット兵器)の話がここ横須賀にも来て、その開発チームの一員に三浦大尉も選抜されたのだ。先だって呉へ行き、呉海軍工廠の開発チームと顔合わせもしてきた。

三浦大尉は呉からの帰宅後、妻の桃恵に

「呉ではもう、実戦配備のための実験として数名の技術士官が南方の基地へ行っているらしい。私たちも負けられませんよ!」

と言って意気軒高なところを見せた。

桃恵は

「そんな素晴らしい兵器がすべての飛行機や艦艇に施されたらもう、帝国海軍には敵がいなくなりますね。米英の降伏も時間の問題ではないですか?」

と尋ねた。そんな妻の桃恵をそっと抱き寄せて三浦大尉は

「そうですね、そうなるためにもうひと踏ん張りもふた踏ん張りも私たちはしなくてはね。でもここで気を緩めてはいけませんから、しっかりへそのあたりに力を入れてかからないといけませんよ」

といった。

そこに二人の愛娘・継代が歩いてきて「おとうしゃん」と言って三浦大尉の腕にすがった。その継代をやさしく抱き上げて大尉は

「継ちゃん。お父さんは頑張りますよ」

と継代の柔らかいほっぺに唇を当てた。キャキャ、と喜ぶ継代に大尉もうれしそうに微笑みかけ

「ああそうだ、大事なことが後になりました」

と言って継代を抱きなおして桃恵に向き直った。桃恵は「どうなさいました?」と言って夫を見つめる。大尉は

「『武蔵』がね、もう間もなく横須賀に帰ってくるらしいですよ。久しぶりの内地ですよね。ずいぶんと長い間『武蔵』は南方にいましたねえ。『武蔵』が帰ってきたら港に行ってみましょう」

と教えて、桃恵は

「『武蔵』が!帰ってくるんですか?」

と喜んだ。思えば『武蔵』を妊娠で退艦してから幾星霜、あの懐かしい艦の姿を忘れたことはない。時折医務科にいたころの夢を見ることさえある。懐かしい仲間の秋川兵曹、やさしい上官の北野少尉。たくさんの医務課の仲間、それに退艦の時優しい言葉をかけてくれた猪田艦長…。

懐かしい『武蔵』の人々の顔が、脳裏に次々と現れた。

「あなた。では『武蔵』が着く日がわかりましたら是非教えてくださいませね」

三浦桃恵は瞳を輝かせて夫に頼んだ。

その桃恵の両手をしっかり握って夫の智一は

「もちろんですとも。みんなで一緒に迎えに行きましょう…三人で、いや、もう四人かな」

と言って桃恵の腹部にそっと手を当てた。

桃恵のお腹には、六か月目に入る、二人目の新しい命が息づいている。

 

そしてそれから十日ののち。

帰宅した三浦大尉は迎え出た桃恵に

「いよいよ『武蔵』が明後日、横須賀に帰ってきますよ。時間は午前中としかまだわからないですが、あさっては確実ですよ!」

とやや興奮して話した。

「明後日ですか!」

桃恵も興奮して言うとかたわらの継代を抱き寄せて、そして三浦大尉はその二人をまとめて抱き寄せてうれしそうに笑ったのだったーー

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

久々の三浦夫妻の話でした。

かつて『武蔵』に勤務していた旧姓春山、現姓三浦桃恵さん。懐かしい『武蔵』との再会が間近です。昔の仲間と会えるのも近い。

どんな再会になりますか?お楽しみに。

二人の過去話はこちらからどうぞ。haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-398.html
haitiyoshi.blog73.fc2.com/blog-entry-399.html
(別れの情景1,2)


関連記事
武蔵 | コメント:8 | トラックバック:0 |

築地にて

あの大きな地震からひと月以上が立ち、梨賀艦長の母親は艦長を看病してくれた聖蘆花病院の日野原桐乃という女性に礼を言いに行こうと思い立ったーー

 

艦長の母親、梨賀イトは大きな羊羹を三本ほど買い求め、それを風呂敷に包んで出かける用意をした。孫たちが学校に行っている間にと思い、三人の孫たちが「行ってまいります」と家を出たすぐ後に出かけた。隣の家の主婦に

「築地まで出かけてまいります。孫たちが帰るまでには戻りますので、ご面倒でもその間よろしくお願いいたします」

と言って。主婦は「どうぞお気を付けて、お孫様たちがお戻りになるまでにお帰りになれないときはうちでお預かりいたします、ご安心なさってください」と言ってくれ、梨賀イトは安どして出かけることができた。

梨賀家から築地までかなりの距離があるが順調にイトは聖蘆花病院につくことができた。

まあ、大きな病院ですことと独り言ちながらちょっと緊張してイトは病院玄関を入っていった。時間としては午前中の診療が終わるころで受付前にはもう人の姿はまばらだった。

イトは受付にいって頭を下げて自分の姓名を言ったあと

「突然にお訪ねして申し訳ございません。じつは娘が軍艦大和に居りまして、先ごろの地震でこちらの日野原昭吾様、日野原桐乃様に大変なお世話になったものでございます。日野原昭吾様、桐乃様がお手すきなら少しで結構です、お礼申し上げたいのですがーー」

というと受付嬢の顔がぱっと輝き、

「梨賀幸子大佐のご母堂様ですね!では少しそちらの椅子にてお待ち願えますか?」

というと手元の電話機の受話器を取り上げダイアルを回した。そして何やら話して電話を切ると

「梨賀様、今少しお待ち願えますか?只今院長が参ります」

と言って、イトは頭を下げた。

ややして奥のエレベーターが開き、院長と昭吾、そして桐乃が下りてきた。

院長は「これはお待たせいたして申し訳ございません…」と大股で梨賀イトのほうへと歩み寄り、立ち上がったイトの両手をぐっと握った。そして

「梨賀大佐には私の妻が大変お世話になっております」

と言って妻の日野原重子は大和の軍医長をしていることを告げた。イトは「ああ!軍医長の日野原さん。こちらこそお世話になりまして」と声をあげ、ほほ笑んだ。

そして院長の横に控えている昭吾に

「その節にはお世話になりました」

とあいさつし、さらにその後ろに控えている桐乃を見た。外国人ではあるがどことなく日本的雰囲気を持っている彼女に

「あなたが、桐乃さんですね?娘がお世話になりました」

と頭を下げた。桐乃は慌てて「とんでもないことでございます、その後梨賀大佐はお元気と伺ってほっとしております」と言って、その柔らかな物言いと物腰にイトはたいへんな好感を持った。

そしてイトは三人に応接室に案内され、「ちょうど昼時ですから」と昼食の歓待を受けた。その前にイトは羊羹を差し出して「ほんのお礼でございます」と言い院長は「こんなに素晴らしいものを頂戴しては」恐縮した。

桐乃が上手に日本茶を淹れ、イトは感激した。そして

「あなたは外国の方とお見受けしましたが、とてもきれいな日本語をお使いになられますね。それにお茶の淹れ方の素晴らしいこと!」

と言ってほめた。桐乃は恥ずかし気に軽くうつむいて「そんなことありません」と言ってほほを紅く染めた。

その初々しさこそが、桐乃の良いところで院長も昭吾もほほ笑む。そして昭吾が桐乃がここに来るまでの経歴を話した。

イトはうなずいてみたり、時には桐乃に質問をしてみたりして

「あなたは素晴らしい人材ですね、日野原先生に見いだされたとは逸材ですよ。どうかこれからも精進して日本とトレーラーの医療の懸け橋になってくださいね」

と励ました。

桐乃は嬉しそうにほほ笑み、

「梨賀大佐のお母さま、ありがとうございます。私はこれからも一所懸命頑張って精進します」

とちから強く言った。院長も昭吾も一緒にうなずいている。

 

四人は楽しく食事をして話をたくさんした。

午後二時を回って、イトは

「そろそろ孫たちも学校から戻りますので、失礼いたしとう存じます」

と言って今日の礼を言った。

そして日野原の三人は名残惜し気にイトと病院玄関で別れた。イトは昭吾と桐乃に

「お二人とってもお似合いのご夫婦ですね、末永くお幸せに」

と言って一礼すると去っていった。

夫婦、と言われて昭吾と桐乃は顔を真っ赤に染めて立っていたが院長がにやにやしながら

「ほら、そろそろ午後の診察が始まるよお二人サン」

といったので慌てて院内に駆け込んでゆく。その後姿を院長はうれしそうに笑いながら見送った。そして(梨賀さん、背中を押してくれたね。ありがたいありがたい)

と思うのであった。

 

イトは佃煮を土産に自宅へ戻り、隣家の主婦に礼を言って佃煮を「少ないですがご家族様で召し上がってくださいませ」と手渡した。主婦は喜んで「すみませんねえ、お心遣いありがとうございます。多美子ちゃんと波奈子ちゃん、うちのと庭で遊んでますよ。もう少ししたらお帰しします」といった。

イトはではもう少しお願いします、と言って隣家を辞し家に入った。

居間に落ち着いて一息入れようと茶を淹れた。

湯呑を口に持って、一口茶を含んだときふと脳裏に思い浮かんだのは日野原桐乃の面影である。黒い髪の毛とやや黒い肌の色、そして何より賢い眼の光。人懐こそうな微笑みが印象的だった。

(あんなまだ幼さの残る異国の女の子が一人で東京に嫁いできている。なんてすばらしいことでしょう)

梨賀イトは二人を夫婦と思い込んでいる。

(あの二人ならあの大きな病院を盛り立てて行けることでしょう。そしてその病院の院長の奥様が軍医長の『大和』も安泰ですね)

イトはそう思ってふっと微笑むと茶をもう一口飲んだ。

(あら…私桐乃さんみたいに上手にお茶を淹れないと笑われちゃうわね)

そう思って、思わず小さく声に出して笑ったイトの耳に

「ただいま、おばあさま」

と玄関から多美子・波奈子の声がした。

はーい、お帰りなさいと応えるイト。もうすぐ正明も帰宅することでしょう、さあ今夜は何にしましょうか?

イトは元気よく立ち上がり、かっぽう着に手を通したーー

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

梨賀艦長のお留守宅の様子でした。

艦長のお母さん、お世話になった聖蘆花病院の桐乃たちにお礼がしたかったのです。そして桐乃との初対面、好印象をまたも残した桐乃でした。そして夫婦と勘違いされた二人、この先どうなるでしょうか。こちらもご期待くださいませ!


関連記事
大和 | コメント:6 | トラックバック:0 |
| ホーム |次のページ>>