恋におちて―ー巡洋艦「歯黒」の場合。2

山中大佐と繁木少佐は巡洋艦・歯黒でリンガ泊地へ向かっている――

 

そんな中で起きた、田中副長と花岡水兵長のほのかな恋心だったがこれが艦内中の将兵嬢に蔓延する事態が待っていた。

それは――。

 

出航後一週間ほどたったその日、烹炊所でそれは起きた。

その日の夕食を準備し始めた烹炊員たち、今日の夕食の献立は天ぷらである。冷蔵庫から食品を取り出してきた烹炊員の一人が班長に

「敷田班長、冷蔵庫の奥の隅っこにデカい○○(都合により伏字)が置いてありましたけど、あれどうします?ずいぶん前っからあの場所に置いてありますけどいいんですか?使っちゃわないと勿体ないですよ、あんなデカい○○」

と言った。敷田班長はちょと首をひねったが

「ああ、あれね!そうだねえずいぶん前っからあの場所にあるねえ…そうだそれなら使っちまおう。あのまま冷蔵庫の中で腐ってもらっても困るからね。ちょいと言って持ってこいや」

と言い、三人ほどが走り出して行った。

ややして戻って来た三人はふうふう言いながらそれを抱えてきた。

――大きなカボチャ。

○○=カボチャである。

オレンジ色の大きなカボチャは、三人の烹炊員上の手によって台の上にドカンとばかりに置かれた。敷田班長は

「おお~、でかいなあ。いったいいつこんなものを仕入れたんだろう?主計長ならご存知かもしれないねえ、あとでお伺いしようかな」

と言いながら包丁を取り出した。そして包丁の背でカボチャを叩いていたが

「さ、じゃあこの辺から切るか!」

というなりその刃をカボチャに入れた。が、なかなかどうして硬いカボチャには歯が立たない。

「うーん、どうしようかなあ」

と敷田班長は考えていたがはっと顔を上げると

「そうだ、逸乃城(いちのじょう)兵曹を呼んでこいや。相撲部員だからこいつをぶん投げて割ってくれるだろう」

と言ってそばにいた喜多野水兵長が「私が呼んでまいります」と走り出した…。

 

そのころ、山中大佐と繁木少佐は部屋にいて空母の飛行甲板の大きな図面を見ながら「どの辺にラケット繊維(と彼らは呼んでいる)を重点的に配置するか」を考えている。

山中大佐はふーっと息をつくと図面の中心に手をつき

「今までの瑞鶴・翔鶴の戦闘詳報を見ながらどの辺に敵機が集中的に爆弾投下したかを調べよう。そのうえで一番狙われる部分に厚く施そう。艦橋部分や待避所にも施したいからよく見ておかないとね」

と言い繁木少佐も

「そうですね…我々が机上で考えていることと実際は隔たりが大きいかもしれませんからね」

と言って手にしたエンピツを図面の上に置いた。

その言葉にうなずいた山中大佐は舷窓の前に立って外を眺めて

「空母…乗ってみるのは初めてですからなんだか楽しみなような気がします。―と言ったら不謹慎ですかね」

と言い繁木少佐は

「いや、私も実はそうなんですよ。遠くから見たことはありましたが、足を踏み入れるのは初めてですからね、ちょっとワクワクします」

と言っていたずらっぽく笑った。

大佐は「君もか…お互い役得だね。念願の空母を見ることができるなんて」と言って笑った。実はこの出張に益川中佐が来たがっていたのだ。彼も「空母が見たい、空母にラケット繊維を施したいです」とわめいていたが、江崎少将の「君は内地に残ってやってもらうことがある」の一言で黙らされた。

しかし彼の本音は別のところにあるのを山中大佐は知っていた。

まだ独身の益川中佐は「空母の将兵嬢の中にきっと素敵な人がいるはず。私も山中大佐や繁木少佐の奥様みたいな素晴らしい女性と結婚したいんです」と、大佐にはその本音を吐露していたのだ。

よこしまな考え、と言えばそこまでだが益川中佐にとっては切実な問題であった。

大佐としては、そんな部下の将来のためならと南方行きを代わってやっても良かったのだがそれを切り出す前に江崎少将が決断してしまった。

(気の毒な益川君。彼にもいい縁があるといいんだが)

と山中副長が思ったその時。

部屋の外からものすごい叫び声が響いてきた。

「な、なんだろう?」

と大佐と繁木少佐は顔を見合わせた。

さらに叫ぶ声は大きくなり、さすがに「これは異常事態」と二人の男性佐官は部屋を飛び出して声のする方へと走って行った。

大勢の将兵嬢たちが集まって騒いでいたのは烹炊所、大佐と少佐はたくさんの将兵嬢をかき分けて

「いったいどうしました、何があったんです?」

遠くへ入るとなんとそこには。

 

カボチャの化け物がいた。

 

烹炊員嬢たちももう、どうしていいのかわからないようで半分泣きながら「どうしよう、どうしようアレ。どしたらいいんでしょう」というばかり。

カボチャの化け物はまるで顔のような穴が開き、その下にはぐるぐると白い布状のものが渦巻いている、見るからに奇怪なもの。

山中大佐はそれを見つめていたがやがて

「これは…付喪神の仕業だな」

と言った。繁木少佐もうなずいて「これは、退治せざるを得ませんな」とつぶやいた。ああ、と唸った山中大佐は傍らの敷田班長に小さな声で「どこかにげんのうのようなものがありませんか?あったら貸していただきたい」と囁き、敷田班長は「運用科から借りてまいります、ここにお持ちしたらいいでしょうか」と言った。その班長に大佐は

「お手数だが最上甲板に願います。そこでこいつを退治します」

と言い、班長は駆け出して行く。

それを視界の端に見てから大佐はずいっとかぼちゃお化けのそばによると、その渦巻く布状の一番端っこをぐっとつかんだ。

かぼちゃお化けの口と思しき部分がガタガタ鳴り、大佐を脅しているように見える。

がしかし大佐はひるまずに

「おいこのぼうぶら野郎!ここを帝国海軍巡洋艦・歯黒艦内と知ってか!さっさと消えんか、消えねば退治してやるからそう思えッ!」

というなり布のような部分を引いて烹炊所から引きずり出した。キャッ、と将兵嬢たちが道を開け大佐はかぼちゃお化けを引きながら最上甲板へと向かってゆく。その後を繁木少佐が続きそのさらに後を将兵嬢たちが続く。

 

甲板上ではげんのうを借りてきた敷田班長が待っていて、山中大佐の姿を見ると走り寄ってげんのうを手渡した。

ありがとう、と班長に微笑んだ大佐は片手のかぼちゃお化けをにらみつけると思い切り気合を入れて

「うりゃっ!」

と甲板に叩き付けた。かぼちゃお化けはどの場にドン、と音を立てて転がったがすぐ体勢を立て直そうとした。繁木少佐が「そこになおれこの野郎!」と叫ぶと蹴とばした。かぼちゃお化けは体勢を立て直せずゴロンと転がった。

その瞬間を見逃さず山中大佐は

「この野郎!畜生め、ギエエエ!」

と絶叫するとかぼちゃお化けめがけてげんのうを振り下ろしたのだった。

ボゴッ!

と鈍い音がして皆がそこに見たのはめちゃくちゃに壊れたカボチャの残骸。しかもうらなりのかぼちゃらしく中身がほとんどない代物。

数瞬の間をおいて、将兵嬢たちからワーッと歓声が上がり大佐と少佐は皆に取り囲まれた。

騒ぎを聞いて駆けつけてきた白井艦長と田中副長が

「お怪我はありませんか?大丈夫でありますか」

と走って来た、その二人と大勢の将兵嬢に微笑んだ大佐は

「平気ですよ。――しかし変なものもいたものですねえ…驚きました」

と言って繁木少佐も「付喪神にしては弱かったですね。でもまあ、よかったよかった」と笑った。

烹炊員嬢たちはその場に散らばったカボチャを集めると

「これは今夜のテンプラにします」

と烹炊所に持ち帰った。

 

その天ぷらを食べながら山中大佐は

「繁木君は聞いてなかったかな奥さんから。以前『大和』でも同じようなことがあったというのを。聴いた話ではあるけど今回とそっくりなかぼちゃお化けが出たそうですよ。『大和』には陰陽師みたいな人がいるらしくってその人が退散させたと聞いてます。妻は写真を撮ったものの焦っていたせいか写っていなかったと残念がってましたよ。それにしても世の中には変なものがいますねえ」

と繁木少佐に語り、繁木少佐も

「ああ!あの話。私も妻から聞きました。なんでも上陸したとき誰かに憑いてきたとか。怖いような可笑しなような、妙な話ですよね」

と笑った。

 

二人がそんな話をしながら食事をしている同じとき、各居住区では将兵嬢たちが

「なんて素敵なんでしょうあの男性佐官のお二人!」

「ああいう男性を我々は夫にしなければ」

「まだ独身でらっしゃるのかしら?」

「だとしたら…いえ、たとえ奥様がいても私はあの方と!」

と大騒ぎである。

彼らのりりしい姿は必要以上に巡洋艦・歯黒の乗組員の恋心を燃え立たせたようである。

 

「歯黒」乗組員嬢たちの猛烈な()()攻撃(ック)が、はじまった――

   (次回に続きます)

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

何とかぼちゃお化けが…(;´Д`)。以前に『大和』でも出ましたがここでも!

それを退治た山中大佐と繁木少佐、図らずも「歯黒」乗組員嬢たちの心に火をつけてしまいました。付けた火は燃え上がってしまうのか…次回をお楽しみに! 
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恋におちて―ー巡洋艦「歯黒」の場合。1

〈女だらけの大和〉が豊後水道を目指しているころ、山中大佐と繁木少佐の乗った巡洋艦・歯黒は順調に南へとその航跡を伸ばしていく――

 

二人はまずリンガ泊地に行く予定でいる。ここで空母・翔鶴および瑞鶴にあの松岡中尉のラケット研究から生まれた繊維を実験的に施すのである。実験用の繊維は工作艦が積んでくることになっている。彼ら技術佐官二人はそれより先にリンガに行って翔鶴・瑞鶴を見学の上艦長以下に今度の実験の説明をするのである。

山中大佐と繁木少佐は、巡洋艦の一室をあてがわれそこでリンガまで生活しながら空母への実験の最終の詰めを進めている。

その日も艦の周囲に夜の帳が降りるころまで部屋にこもってあれこれと資料を広げたり模型をひねくり回したりして夢中になっていたがドアを従兵嬢が叩く音にはっと我に返った。

「はい、どうぞ」

と繁木少佐が言うとドアが開いて従兵嬢二人が「お食事をお持ちいたしました、ご用意いたしてよろしいですか」と尋ねたので山中大佐と繁木少佐は

「もうそんな時間ですか、それは申し訳ない!では―ー」

と慌ててテーブルの上を片付けはじめ、従兵嬢もあわてて「そのようなことは我々がいたします、お二人にはどうぞごゆっくりなさってください」と言って片づけに加わる。

そしてテーブルの上がきれいに片付くと、二人の従兵嬢は真っ白なテーブルクロスをその上にかけ、椅子をきちんと直して二人の男性佐官に「どうぞおかけくださいませ」と言って、大佐と少佐は恐縮しながら椅子に座った。

二人が席に着くとほかに数名の兵隊嬢が現れて二人の佐官の前にカトラリを並べ、そして前菜が置かれる。

食前酒のための小さいグラスも置かれ、先ほどの従兵嬢二人が小さな酒瓶を「どうぞ」と持ってきたので大佐と少佐はグラスを取り上げる。そこに酒が注ぎこまれ、従兵嬢がそっと下がる。

山中大佐は

「今日もお疲れさま、繁木君。リンガまではまだありそうだね…その間にしっかり実験の手順をおさらいしようね。――では、…帝国海軍の未来と、お互いの妻に乾杯」

と言ってグラスを上げ、繁木少佐も

「乾杯」

と言ってグラスを上げると、二人は酒を口に含んだ。柔らかい酒の味に、今日一日の疲れも溶かされる思いがして、二人は顔を見合わせると微笑んだ。

そして前菜から食べ始める…。

 

最後のデザートを食べ終え、山中大佐は「ごちそうさまでした。しかし明日からこんなごちそうはもう結構ですよ?皆さんと同じものをいただきたい」と言って従兵嬢に微笑んだ。繁木少佐も

「大佐のおっしゃる通りです。我々は員数外、その我々がこんなに素晴らしい食事をいただいては申し訳ありませんからね。主計長や艦長によろしくお伝えください」

と言ってほほ笑み、従兵嬢たちは

「それでもお二人はお客様です。お客様にいい加減なものをお出しするわけにはまいりません。これが我々の精一杯のおもてなしであります、どうかお受けください、お願いします」

「なにかご不満な点がございましたでしょうか?不都合な点がございましたらご遠慮なしにお申し付けくださいませ」

ととても心配そうに二人に話しかける。とうとう大佐は笑い出して

「不都合なんてあるものですか。私たちをこんなに歓待してくださるなんて、ちょっとびっくりしてしまいましてね。いや却って申し訳ない!そういうことならもう遠慮なくいただくことにしますのでよろしくお願いしますよ」

と言って従兵嬢たちも笑った。

 

従兵嬢たちは佐官の部屋を退出して、ほっと溜息をついた。緊張がほぐれるのを感じていた。

そのうちの一人・花岡水兵長が

「いやあ、お二人がいい人で良かったですよ。男性の海軍士官なんてそうそう出会う機会がないですからねえ。それにしても素敵な方たちですね、ウフッ!」

と言ってかすかに頬を染めた。

もう一人従兵長を務める能登兵曹が

「ほんとね。私怖い人だったらどうしようって、この話を聞いたときから心配してて胃のあたりがきりきり痛かったわ。でも取り越し苦労だったね、よかったあ。さ、明日からも一所懸命おもてなし致しますよ」

と言って花岡水長は頷く。

そして二人はテーブルクロスやナプキンを抱えて主計の部屋に戻る、その刹那、花岡水長はそっと部屋のドアを振り返った。どこか切なげなその表情を、従兵長の能登兵曹は見てなかった。

 

山中大佐と繁木少佐は、副長の田中少佐から風呂を勧められ、恐縮しながら使うことにした。田中副長は「出航して初めての風呂ですね、もう少し早く使っていただきたかったのですが遅くなって申し訳ありません」

と言って頭を下げた。が山中大佐は微笑んで

「そんな、とんでもないことです。我々は間借りの身。そんなものが大きな顔をして風呂を遣うようなことは許されません。一週間に一度で結構です、それもオスタップにいっぱいの湯で結構ですから」

と言い繁木少佐も

「本当にそうです。それに我々、艦の中のお手伝いをするわけでもなく部屋にこもりっきりなんですから。どうぞご心配なきようねがいます」

と言ってほほ笑む。

その二人の男性佐官の微笑と優しい言葉に田中副長は面映ゆげに顔を伏せた。が顔を上げて

「白井艦長からもお二人にご不自由をおかけしないよう厳命されております。何かありましたらどうぞ御遠慮なくお申し付けくださいませ」

というと敬礼した第二種の防暑服もまぶしい田中副長。

二人の男性佐官も丁寧に返礼し、副長は部屋を辞していった。

 

副長が部屋を出たのを、そのそばのラッタルの影からそっと見つめる影があった。男性佐官たちの従兵を務める一人、花岡水長である。彼女は明日の準備などを終えるとそっとここに来たのだった。

(あの方のお顔を、もう一度拝見したい)

その一心からである。

花岡水兵長は――山中大佐に恋をしてしまったのだ。

 

そして、田中副長は二人の男性佐官の部屋を退出した後、何か胸の鼓動が今までになく高いのを感じていた。頬がなにか火照っている。胸の鼓動が痛いくらいに高鳴り、そしてなんだかキューっと締め付けられるような切なさも伴っている。

(私は…わたしは)

田中副長は、私室に戻って艦内巡検の準備をしながら胸を締め付けられる切なさに耐えながら思った。

(私は…まさか、そんなこと。してはならないというのに)

 

田中副長は、繁木少佐に恋をしてしまった――

 

そしてこの後多くの巡洋艦将兵嬢が同じような症状に陥ることになるとは、誰も思いもよらないことであった。

そんなこととはつゆ知らず、山中大佐と繁木少佐はそれぞれの妻を想いながら長い夜を過ごしている――

   (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・

おやおや!

巡洋艦に乗って南方に向かう山中大佐と繁木少佐ですが、ほかの女性に懸想されているとは。周囲は女だらけの環境、妻と離れての南方行。

まさかこの二人、艦内のだれかとよい関係になったりしちゃうんでしょうか??次回をご期待ください!

 

「恋に落ちて」のカラオケです。一緒に歌いましょう!


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鋭き眼(まなこ)

女だらけの帝国海軍『大和』以下八隻はまずは豊後水道を目指して海上を走る――

 

瀬戸内の島々の影を見ながらの航行に、露天配置の将兵嬢たちは目を細める。機銃の長妻兵曹は、三連奏機銃の砲身にブラシを突っ込んでごしごししながら

「ええなあ、やっぱし内地の風景はええねえ。おいみんな、よう目に焼き付けとけよ、次はいつになるかわからんけえの」

と配下の兵隊嬢に声をかけた。はい、そうしますという兵隊嬢たち、手を休めないで顔だけ向けて流れゆく風景を見た。

そこへ平野ヒラ女少尉がやってきて

「頑張っとるね。機銃の手入れを怠らないでくれよ、慢心が一番いけない。勝って兜の緒を締めよというからね」

と言って皆は「ハイっ、兜の緒をしっかり締めます」とこの時は手を停め少尉に敬礼して応えた。平野少尉は満足そうにうなずいて先へ歩いて行った。

 

さて新乗艦の兵隊嬢たちはそれぞれに配置され、これまでの経験を生かして働くことになった。

そしてあの眼光鋭い水兵長は内務科電機分隊に配置された。分隊士岩井しん中尉の配下である。岩井しん分隊士は彼女を温かく迎え、分隊の皆に紹介した。

「彼女は今回新しく仲間に入った岳野(たけの)水兵長じゃ。今までは『日向』に居ってじゃ。まだまだ分からんことだらけじゃけえ、みんなよう面倒見てやってくれんさい」

そう言って整列した皆の前に岳野水兵長を押し出した。

岳野水兵長は鋭い視線を皆に向けて

「岳野カメ水兵長であります。どうぞよろしく願います」

とあいさつした。その視線に、列の中の小湊二等兵曹がそっと自分の隣の淀橋二等兵曹に

「なんじゃ、えらいきつい眼えの水兵長じゃな…まあ、『鬼の日向』から来とってじゃけえ、仕方ないか」

と囁いたが淀橋兵曹は

「言うてもコミさん、『日向』出身者ならあの桜本兵曹たちもそうよ?あん人達、あげえに厳しい眼えはしとらんじゃないね」

と言って「なんや怖いわあ。それにしてもなんであん人はあがいにうちらをじろじろ見とってんかなあ」と不審感を現した。

ともあれ岳野水兵長は、岩井分隊士からじかに指名された淀橋兵曹にくっついて『大和』での仕事をおぼることになった。

はあ、うちがあん人の指導係かとやや意気消沈している淀橋兵曹に小湊兵曹が

「大変じゃな。まあうちも助けたるから、なんぞあったら言えや」

とその肩をポンと叩いて去った。

そしてその日その時から岳野水兵長は電機分隊第三班で働くことになったのだが…。

 

眼光鋭い水兵長のうわさは、もう医務科にまで届いていた。日野原軍医長は

「さすが女だなあ、噂の走る速度の速いこと速いこと」

と笑った。するとそばにいてメスを磨いていた大きな体の遠藤二等兵曹が

「軍医長、笑いごととはちいと違うみとうですよ?」

と話しかけ、軍医長は「どういうことかな」と遠藤兵曹に体を向けた。遠藤兵曹はその大きな体を小さくして軍医長の耳元に「ちいと失礼します」と言ってから

「えらいきつい眼ぇをしとってなそうです。それが、なんやら誰ぞ探しとってなようじゃと、うちの同期がゆうてました」

と囁いた。日野原軍医長は遠藤兵曹の顔を見て

「ほう、誰を探してるのだろうね?きつい眼、と言っても元々そういう目かもしれないし…」

というと遠藤兵曹はかぶりを振って

「もともと、言う感じではなさそうじゃというてます。なんでも人を見るときだけきつい眼えで、特に兵隊たちが集団でいるところはその眼えで探るように見とってじゃ言うがです。どういうことかみなわからん言うてましたが、そんとなこと本人に聞けんですもんねえ」

というとため息をついた。

「そうか。誰か探してるんだろうが、そうだとしていったい誰をねえ。何か問題が起きてもいけない、何か誰かに関することを聞かれても軽々に答えんようにしないとね。岩井分隊士に言っておいた方がいいな」

と日野原軍医長は言って、うなずいた遠藤兵曹はメスを磨き始めた。

 

山中副長は、甲板士官の藤村少尉を伴って艦内の見回りをしている。副長は豊後水道から外洋に出るまでに、艦内のさまざまを掌握しておきたいと見回りをすることにした。

それこそ艦の上から下まで彼女たちは回った。出航直後ではあったが普段から練磨を怠らない『大和』艦内は乱れの一つもなくそれぞれ軽い訓練や装備の点検をしている。

「素晴らしい。わが艦の将兵はどこに出しても恥ずかしくない」

と副長はうれしく思った。

そしてさらに二人は艦の下へ。

途中電機分隊の分隊士・岩井中尉に出会った。中尉は几帳面な敬礼を二人にした、副長が

「ご苦労様。そういえば岩井中尉の分隊に新しく乗艦した水兵長は、どんな感じですか」

とほほ笑みながら尋ねた。岩井中尉は

「はい。『日向』に居たとあってなかなか使える人物と見受けました。が…」

とそこまで言って言いよどんだ。副長はやや首をかしげて

「どうしました、岩井さん?」

と尋ねた。言い淀む岩井中尉に藤村甲板士官が「言ってください。岩井中尉」とそっと促す。

岩井中尉は意を決したように顔を上げると

「岳野水兵長、ちいとわけありなんと違いますかのう。えらい厳しい目つきでみんなをにらみまわして、淀橋兵曹の言うには誰か探しとってじゃないかというんです。ほいでもこれはあくまでうちらの推察でしかありませんが、あの眼えはそんな目じゃと思います」

と言い切った。

山中副長は腕を組んで考え込んだ。藤村少尉も、岩井中尉と副長を交互に見詰めている。

やがて副長は組んだ腕を解くと

「わかりました岩井中尉。出航直後に大変なことでありますがよく注意して岳野水長を見てやってほしい。そしてあまり彼女を変に刺激しないよう皆に言ってやってください。そしてもしも、その差がしていると思われる人物が特定出来たら教えてください。どういうわけで探しているのかがわからない以上放ってはおけませんからね」

と言って、「わかりました、皆に周知徹底させます」と岩井中尉は二人と別れた。

藤村少尉は「またなんだか大事になりそうな予感がしますが…」と辟易したような声音で言った。その彼女に副長は

「まあこれだけの人数がいるわけだから、何もない方がおかしいよ。それでも本当に大事にはならないでほしいものですがね」

というと先を歩き出す。藤村少尉もあとをついてゆく。

 

眼光鋭い水兵長のうわさは、艦隊が三田尻沖に行きつくまでにすっかり艦内に充満していた。

航海科の面々にもその話は伝わって、夕食の場で亀井上水が「ほういやあ」と他分隊の同期から聞いた話を切り出したことで話は航海科全員に伝わった。

「なんじゃ、そげえな人が新乗艦者に居ってかね?眼光鋭い言うなら見張りに欲しいもんじゃがのう!」

と航海科見張り員たちは笑い飛ばした。が、亀井上水はそのあとの肝心部分〈誰かを探しているような目つき〉であることを聞きそびれていた。

オトメチャンは

「ほう、そげえな人が居ったんね。どこの分隊に配属じゃ聞いたかね?――え、運用科かね。フーン、ほりゃあ惜しかったね。まあでもそげえな人なら運用科でも重宝じゃろう」

と言って味噌汁をすする。小泉兵曹は

「目つきなら石場兵曹長に誰も負けんで。その水兵長がどげえな目つきでも、石場さんのあの暗黒の一重まぶたを見たら絶対ひれ伏すわ」

と言って皆は大きな声で笑った。

 

広い広い艦内、そして大人数の集う『大和』。この中で一人を探し出すのは簡単ではない。でありからこの物語もそれなりの時間を要することになる。

そして夕食後の自由時間、岳野水長はそっと居住区を出て艦の上部へと歩き始める。

 

『大和』以下の艦隊、明日朝には豊後水道に差し掛かる――

 

         ・・・・・・・・・・・・・・

目つきの鋭い水兵長―岳野カメ―はいったいどういう人なのでしょう。そして探していると思われる人は。

ドキドキを載せて艦隊は一路豊後水道へ。

次回以降をご期待ください。


豊後水道。(画像WIKIよりお借りしました)明るい海が印象的ですね。
豊後水道

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錨を揚げて

出港を明日に控えたその日の朝、山口博子通信長は上陸場からの〈面会者アリ〉の発光信号を受けて急ぎ、上陸桟橋へと向かった――

 

その知らせを聞いた山中副長は「通信長、もしかしたらご家族、いやもしかしなくともご家族だと思いますが?だとしたらどうぞゆっくり逢ってらしてください」と言って通信長を送り出した。通信長は「まさか忙しい時にそんな」と断ったが梨賀艦長も森上参謀長も勧めるので「では家族でありましたら少しだけ」と言って内火艇を仕立ててとんでいった。

果たして面会の相手はいとしい夫と息子であった。亡き前妻の残した息子。血のつながりこそないが、本当の親子以上に堅いつながりが二人の間にはある。その息子の捷彦が内火艇から降りてきた通信長を見つけて

「あ!お母さんだ…お母さん!」

と叫んで駆け寄ってきた。その捷彦を両手を広げて迎えた通信長、その胸に捷彦は飛び込んだ。捷彦を抱きしめて通信長は「ありがとう、来てくれたんじゃね」と言って少し涙ぐんだ。その様子を微笑みながら夫の忠彦が見ている。やがて通信長は抱きしめる腕を解くと

「おかあさんちょっとだけ時間をもらったから、お茶を飲みに行きましょうか」

と言って捷彦は嬉しそうにうなずいた。忠彦は「忙しいだろうに…申し訳ないことです」と言ったが、通信長は

「艦長や副長、参謀長からのお許しが出ました。ですからちょとの間ですが行きましょうか」

と夫に微笑みかけると忠彦の背中にそっと手を当てて歩き出した。忠彦は「そうか…ではせっかくのご好意だ、御受けしよう」と言って二人に微笑む。忠彦はうれしくてたまらなかった。少し前に自宅に帰って来たものの自分の母親にののしられ、かわいそうなことをしたと思って心を痛めていた。しかし博子は仏壇の前妻に手を合わせ、息子と仲良く過ごしてくれた。――そして自分はあの晩博子を抱いた。

その感触がまだ手に残るうちに、忠彦は妻に会いたかった。出港してしまえばもうしばらく会えない。この目に妻の姿を焼き付けたかった。

だから今朝も母親に、「そんとにあの嫁に会いたいか?お前も情けない男じゃのう。すっかりあの女に骨抜きにされ取ってじゃな。まあええわ、今生の別れかもしらんけえの。よう別れをしてきんさいや」と嫌味たっぷりに言われたが完全に無視して捷彦に

「おかあさんに会いに行こう。早う準備せえ?」

と言って急いで出てきたのだった。道々捷彦が心配そうに父の顔を見上げ、

「お父さん。おかあさんは次も元気で帰ってきんさるよねえ?コンジョウノワカレ、にならんよねえ?」

と言ったのへ忠彦は

「当たり前じゃ。おかあさんの乗っとりんさるフネは世界一強いフネじゃ。それにお母さんも世界一強い帝国海軍の軍人さんじゃ。じゃけえ余計な心配はせんでええよ」

と言って励ましてやったのだった。

そんなことを思い出して歩いていると、やがて通信長が呉駅近くの喫茶店に二人をいざなった。顔なじみの店で店主は通信長の顔を見ると「奥へどうぞ、ごゆっくり」と店の奥へ案内してくれた。

そこは出航前の将兵たちが家族と別れをできるようにと店主が作った小さな個室であった。そこに入り、通信長は「ありがとうございます、しばらくここをお借りします」と言って三人は個室に納まった。

そしてそこで三時間ほど話し込んでから、再び上陸桟橋に戻った。

衛兵所長が「発光信号を送りました、一五分ほどで内火艇が参ります」と教えてくれた。それにうなずいて「ありがとう、忙しいのに申し訳ない」と言った通信長は、捷彦を抱き上げると

「お父さんおばあさまのお言いつけをよう聞いて、ええ子で居ってね。おかあさんも頑張るけえ。ほいでまたここに帰ってくるけえ、待っとってね」

というと捷彦の肩に顔を埋めるようにした。その通信長の背中を忠彦がやさしく撫でた。そして「ああ、なあも心配せんでええよ、しっかり軍務に励んできんさい!」と言って捷彦ごと抱きしめた――

 

そして。

いよいよ出港の朝を迎えた。皆、朝早くから起きだして準備に余念がない。

艦長が第一艦橋で幹部連中を集め重要事項を伝え「出港は一〇〇〇(ひとまるまるまる。午前一〇時)。今回の針路は?繁木航海長?」というと繁木航海長は海図台に海図を広げて

「瀬戸内を西に進み、豊後水道に出て日向灘を南進します。今回は訓練を兼ねてトレーラーに戻りますのでまず、沖縄方面に参ります。その後―ー」

と今回のトレーラーへの針路を示した。そして山中副長から

「総員二六八九名、うち新乗艦者五名。退艦者なし。病者無し」

と艦内の乗組員の内訳が説明されてから「では、出港に供えるように」と散会した。

皆緊張のうちに朝食をとり、そのあと各配置に戻って最後の出港準備をなす。

 

オトメチャンこと桜本兵曹は防空指揮所左舷側に居て班員の間を回って双眼鏡の具合などを点検している。反対側右舷では小泉兵曹が同じことをしている。二種軍装に略帽のいでたちで桜本兵曹は

「ちいとでもおかしい思うところがあったら早うに言え。双眼鏡の不具合は『大和』の不具合じゃ。命取りになるけえ、気ぃ引き締めてかかれ!」

とげきを飛ばした。そのりりしい兵曹姿に、水兵長から二等兵曹になったばかりの石川兵曹はこれも二種軍装に身を固め

「桜本兵曹、さすがじゃ。こうして見とるとまさに軍神(いくさがみ)じゃな。生きとる軍神、まさにそれじゃわ、ええねえ。うちも桜本兵曹みとうにならんといけんわ」

と思って見とれる。

その向こう側では小泉兵曹が桜本兵曹の言うことを聞いてから「…だそうじゃけえ、みんな気ぃ引き締めて行けえや」と言って亀井上水は

「はあ、うちらの班長はええ加減じゃなあ。人のふんどし手相撲をとる言うやつじゃな。はあ難儀じゃなあ」

とため息をつく。そこに麻生分隊士が揚がって来た。多くの分隊は久々の出港ということで二種軍装すがた。分隊士も中尉の肩章が付いた二種軍装で、

「みんなまもなくじゃ。しっかりやれ」

と言って皆は「はい!」と大きな声で返事をした。いやおうなしに高まる緊張感、そして―ー内地を離れる少しの寂しさが彼女たちの心をかすめた。が、女々しい思いを振り払うように彼女たち帝国海軍将兵はそれぞれの配置でその時を待った。

 

出港を告げるラッパが吹鳴される――

錨上げ、の号令がかかり錨索が巻き上げられる。

錨が水面から顔を出し、「両舷微速前進」の副長の号令がかかり艦が動き始める。繁木航海長は操舵室に降りていて、艦橋からの指示に従って操舵するのは操舵員長。航海長は計器や羅針盤を見つめて間違いのないように気を張って見守る。

その後ろには数名の航海科員が控えている。何か起きた際にすぐ対応できるように待機しているのである。

その彼女たちの緊張感が航海長に伝わり(いいぞ、その調子でもう少し気を張って。日向灘に出るまでは気を抜くな)。

艦上では主砲が確認動作として左右に動き始める。それが(なんや、別れを惜しんで手を振っとるようじゃ)とオトメチャンは思う。好きな瞬間でもある。

艦橋では「おもーかーじ」「面舵○○度、よーそろ」などと艦長による操艦が行われている。そのそばで山中副長も前方をしっかり見つめている…

 

 

今度も『大和』をはじめ、駆逐艦「無花果」など八隻の堂々たる道行となった。八隻の艦は単縦陣で波を蹴立てて瀬戸内を進んでゆく。

宇品の港で『小泉商店』所有の船に、南方の海軍基地への品物を積み込む作業を点検に来た神林次郎は、沖を粛々と行く『大和』以下の艦隊を見た。

(『大和』たちがゆく!――桜本さん!どうぞご無事で…。手紙を書きます、だからあなたも手紙をください。そしてまた、元気で会いましょう)

神林次郎は思わず、沖を進む『大和』に両手を合わせていた。それを目ざとく見つけた同僚が

「神林、なにしとってん?――ああ!『大和』が行く…ほういやあ、神林は『大和』の下士官嬢と見合いをした言うとったな。どうね、うまくいっとってかね?」

と神林の背中をつついて「ええなあ、わしも『大和』の兵隊さんを嫁にしたいもんじゃのう。この幸せもん、式はいつじゃ?」といかにも羨ましいといった風に言ったので神林次郎は笑った。そして

「式はまだじゃが、心は繋がっとる。ほいで、海を見ればあん人に会えるような気がする。海はあの人の居るところ、どこにでも繋がっとるけえの」

と言って、同僚は「こいつ、のろけよるわ。おお、熱い熱い。熱すぎるけえわしゃ往ぬるわい」と大笑いしてから作業に戻って行った。

神林はもう一度遠い『大和』を見つめて桜本兵曹を想った。彼女が告白した身の上話を思い出し(何と気の毒なこれまでを送って来たんだろう。あの人を守ってやれるのは俺だけじゃ。絶対あの人を離したりしない)そう改めて決意する神林次郎である。

そんな大事な人の想いを、オトメチャンは防空指揮所で感じ取っていた。酒井水兵長の双眼鏡の具合を見てやってから右舷に広島の街が広がっているのに気が付くとオトメチャンはさりげなく右舷側に歩いた。

(あのあたりが宇品の港。そしてもっと向こうには神林さんの居る『小泉商店』。神林さん、うちはまたトレーラー基地行きます、大事な帝国とあなたを守るためうちは頑張ってまいりますけえ、どうぞ次に帰るまで待っとってつかあさい)

心の内で祈っていると小泉兵曹が見とがめて

「桜本、何しとってか。早う貴様の配置に戻らんか。一旦艦が港を離れたらもう戦場に居るンも同じじゃで」

と言ったがそばにいた亀井上水は(ありゃ。それはまえに小泉兵曹が桜本兵曹に言われた言葉そのまんまじゃ。嫌じゃねえもう)と思いつつも何かおかしくて双眼鏡を目に当てたまま含み笑い。

桜本兵曹は

「ほうじゃ。いつでも戦場に居るような気持ちで居らんとね、小泉兵曹ええこというわい」

と言いながら配置に。

初夏の日差しがやさしく照って、艦隊は広島の街に別れを告げる。

 

艦内では新乗艦の五名がそれぞれの配置についていた。誰も皆艦での勤務経験があるため、『大和』艦内になれる以外勤務にはそれほどの支障はない。が皆一様に

「大きなフネじゃ。今まで居ったのとは月とスッポンじゃ」

と言って驚きを隠さない。

 

そしてその中にひとり、妙に険しい視線を周囲に放つ水兵長嬢がいるのだった。

 

『大和』以下のトレーラー帰還組は、沖縄諸島を目指して瀬戸内を走っている――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

とうとう『大和』ほかの艦艇がトレーラーに向けてその錨を揚げました。島伝いに訓練をしながらトレーラーへ行くようです。

山口通信長はいとしい夫と子供と別れをすませ、オトメチャンは大事な神林さんの想いを遠くから感じ取れました。この先の二人を見守りましょう。

そしてちょっと気になる新乗艦者の水兵長とは?

次回以降をお楽しみに!

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それぞれの「別れ」

いよいよ女だらけの帝国海軍の『大和』は抜錨の時を四日後に控えていた――

 

出港の日を前に、山中副長は夫の山中新矢技術大佐とのしばしの別れをすませた。一週間の休暇をもらい、自宅で密度の濃い時間を過ごすことができた。

そして山中大佐が南方の各基地へ出張する日には、山中大佐と同行する繁木少佐をともに見送るため『大和』の繁木文子航海長と共に桟橋まで出かけて行った。

繁木航海長も、山中副長も共に口数少なく微笑みさえ途絶えがちであった。内地にいつもいるはずの夫が、南方に長期出張と聞いて何か寂しさを隠せないのである。

山中大佐も繁木少佐も、そんな妻の心をわかってか一所懸命に気分を盛り上げようと必死である。その気持ちをわかって、妻たちは懸命に微笑みを続ける。

と、海上をこちらへ走ってくる内火艇が見えた。夫たちが乗ってゆく巡洋艦のものである。

「来ましたね、大佐」

と繁木少佐が言い、山中大佐は頷いた。そして二人は妻を振り返ると

「それでは行ってきます…くれぐれも体を大事にね。大きな戦闘もないとは思うが、――武運を祈ります。我々のことは心配しなくて大丈夫。首尾よくやってきます。もしかしたら向こうで会えるかもしれないね」

と言ってほほ笑んだ。

山中副長は夫と繁木少佐に

「道中のご無事をお祈りいたします。お仕事が上首尾で終わりますように。私たちも頑張って海の護りについてまいります。どうぞ安心してお仕事を。繁木少佐、夫を、よろしくお願いいたします」

と言った。その瞳がみるみるうるんだが副長はキッと顔を上げて二人を見つめた。繁木航海長も瞳を潤ませていたが

「山中大佐、夫をよろしくお願いいたします。繁木少佐、お体大切になさってくださいませ」

と言ってたまらずに下を向いてしまった。涙が数粒、足元に落ちた。

その間に、内火艇が接岸し艇指揮の少尉嬢が降りてきて敬礼した。「お時間です、どうぞ」といざなわれ、山中大佐は乗りかけたがふっと踵を返して妻のもとへ寄ると

「寒気はまだありますか?風邪が長引かないように、気をつけてください。トレーラーの暑さは久しぶりだからくれぐれも気を付けて」

と、休暇の後半から体調を崩し始めた妻を気遣った。はい、と答える次子中佐の瞳からも涙が落ち、大佐は「泣いたらおかしいでしょう?全海軍期待の一番艦の副長が。さあ、笑って私たちを見送ってください」と言ってその手のひらで妻の頬を伝う涙をぬぐう。副長ははい、と言って毅然と顔を上げる。

そして二人の男性佐官は妻たちに微笑みかけると内火艇へと乗り込んだ。妻たちの敬礼に応えた後、佐官たちは正面を向いてそして、内火艇は遠ざかって行った。

山中副長と繁木航海長はそれを見送りながら

「泣いてはいけないってわかっているんですが、どうして涙が出てしまうんですかね。これが今生の別れというのではないのに。でも内地にいないと思うだけで…」

と言って涙を含んだ瞳を見かわして、そして笑おうしたのだが―ー次の瞬間二人して抱き合うようにして泣いていた。

 

そんな別れをしてきた二人を、梨賀艦長は温かく迎えた。そしてやさしく二人の肩を抱き寄せると

「ご主人がたは南方の基地を数か所回られると伺ったが、きっとトレーラーにもいらっしゃるかもしれないよ。楽しみに待っていたらいいよ」

と励ました。山中副長、繁木航海長は艦長のやさしい言葉に胸が詰まり艦長の胸にすがるとむせび泣いた。

 

機銃の長妻兵曹は、これも久々に四日休暇をもらうと実家に行った。実家には結婚した姉の正代とその夫の海軍工廠技術士官、そして初めての子供で兵曹には姪っ子の華代が待っていた。長妻兵曹はもう大喜びで

「にいさま、お初にお目にかかります。海軍一等兵曹長妻昭子であります!不出来な姉がご迷惑をおかけしとるんじゃないかと心配しとりました。――おお~。かわいいのう!うちが叔母さんじゃ。よろしゅうに願います」

と言って抱き上げるとそこらを歩き回る。姪っ子の華代は人見知りしないたちで初めて会う叔母に抱かれて大喜びである。

その兵曹を見て両親は

「昭子もそろそろ嫁に行くこと考えんとならんねえ。班目さん、どこぞにええ人いませんかのう?」

と班目大尉を見た。

班目大尉は妻とそっと顔を見合わせて微笑むと

「実は、昭子さんにどうかと思う男性が居ましてね。急な話で申し訳ないんですが、明日会ってみませんか。彼は私の部下でなかなかいいやつですよ」

と切り出し兵曹は大変驚いた。大喜びする両親ときょうだいに囲まれ、兵曹も恥ずかし気に微笑んだ。そして翌日、兵曹は急きょ姉の夫からの紹介の男性と会った。一目会って、二人は感じるものがあったようで話が弾んだ。それを見て班目大尉は(これはうまくいったも同然)と確信した。果たしてその日別れ際に男性――毛塚浩二海軍技術少尉――は

「あなたが気に入りました!結婚を考えてください、どうかよろしく願います」

と言って長妻兵曹の両手を握った。ものすごいストレートな告白に度肝を抜かれた長妻兵曹であったが彼女も大変な好感を持っていたから恥ずかし気に「――こんな私でええんですか?どうぞよろしくお願いします」とその申し出を受けたのだった。そして二人は婚約の身になったもののすぐに兵曹は出航で、「なんじゃあ、こげえなことになるならもっと早うに来たらえかったなあ」とぼやいた。兵曹は『大和』に帰ると平野分隊士に「結婚するかもしれません、いや今すぐでのうて、次に内地に帰ったらですが」とだけ言っておいた。その時が来たら結婚許可願を出さねばならない。

うれしいその日が早く来るようにと平野少尉も喜んでくれた。

 

増添兵曹は三日の休暇を実家で過ごした。

険悪だった母との仲も完全に修復されそのうえ、兄嫁と母もすっかり仲良くなり兵曹にとっては何よりうれしい帰郷となった。

「三日の休暇ですけえ、ちと残念ですがほいでもかあさんねえさんのお顔が見られてうちはうれしい」

そう言ってほほ笑む増添兵曹に兄の庸一は

「なんじゃ、俺に会うんはうれしい無いんね?」

とすねて見せて皆は笑った。そして庸一はふっと兵曹の頭を見るなりそこを指さして

「ほういやあ要子、お前のハゲはどがいな?もうええんか?みた感じ普通のようじゃが」

と兵曹が今まで必死に母と兄嫁に隠してきたことをさらりとばらしてしまった。ハゲ?どういうことね庸一、と母親と兄嫁のさつきはびっくりして尋ねたので、兵曹は(このくそ兄貴、こげえな所で思い出さんでもええのに)と内心腹を立てながらもかいつまんで今までの話をしてやった。

すると兄嫁のさつきが「要子ちゃん…そげえになるほどの苦労があったんじゃねえ。かわいそうに」と泣き出し、兵曹の母が「ほいでもまあ、元に戻ったんじゃけええかったじゃないか。さつき、そんとに泣きんさんな」と慰める。

その様子を見て(かあさんとねえさん、すっかり本当の親子みとうじゃ。うちはこれをまっとったんじゃ)とうれしくなった兵曹であった。

 

石場兵曹長は、宮島の実家に帰る前に対岸の地にある父親の墓に参った。

線香を供え、その煙がくゆる中で両手をそっと合わせた。そして

(うちはやっと念願の准士官になれました。お父さんにこの姿を見せたかった)

と報告した。父が亡くなったときのあの悲しさは今も忘れられないが、彼女の日常は悲しみに浸るさえ許さなかった。気丈に彼女はそれに耐え、日々練磨し、そしてこの日を迎えた。

(お父さん。うちはこれからも頑張って上を目指しますけえ、どうか見とってやってつかあさい)

そう父の墓前に誓うと石場兵曹長は立ち上がり

「ではお父さん、また来ます!」

と元気に言って敬礼するとその場を後にした。

 

樽美酒ゆう少尉は、面会者ありの発光信号を受けて急ぎ上陸桟橋に向かった。繁木航海長は「もしかして親御様ではないのかな?ゆっくりしてきなさい」と言ってくれ、一緒にハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチ、そしてニャマトがくっついてゆく。

面会者は、懐かしい母親とそして、病弱だった妹のひでであった。ひではもう、見違えるように元気になってそれを実際に見た樽美酒少尉の喜びは尋常ではなく、あの落ち着いた少尉が別人のように狂喜したのにマツコが

「樽美酒さん相当嬉しいのね、見てよあのいつも冷静なあの人が!」

とびっくりしてその金色の目を見開いている。今日はトメキチがニャマトを入れた袋を背負っていたがそれを軽くゆすりあげて

「だって思い出してマツコサン。妹のひでさん、一時は助からないって言われてたでしょ」

とそっと教えた。あ、そうだったわねとマツコは言って三人が抱き合うようにして再会を喜ぶ姿に見入っていた。そして、

「お姉様、この子たちがお手紙の、あの子たちね?あなたたちは私の恩人よ。あなた方のことをお姉様からのお手紙で知って、私は元気にならなきゃいけないって思ったのですよ」

樽美酒ひでがマツコたちに近づいてきた。マツコは両の羽を大きく下に広げた。彼女のあいさつのしぐさである。トメキチはニャマトを背負ったまま後足で立ち上がり敬礼。ニャマトさえ袋の中から「ニャマート!」と鳴いて挨拶。

その様子にひでも母親も驚くやら笑うやら。そして一行は、母親たちが宿泊している旅館に行き時間の許すまで語り合ったのだった。

 

桜本一等兵曹は、神林次郎からの手紙を受け取っていた。

『大和』が出航することを会社で知り、矢も楯もたまらず手紙を書いたと便箋にはやや急いだ感の文字がつづられていた。

>ほんたうは今一度お会ひしたかったのですが、次にお帰りになつた時の楽しみにいたしたひと思ひます。

その一文を、桜本兵曹オトメチャンは何度も何度も読み返した。そして(うちもあなたと会える日を心待ちにしております、また楽しいお話をいたしましょうね)と心の内で呼びかけたのだった。

そんなオトメチャンを、麻生分隊士は少し離れたところから微笑みながら見つめていた。分隊士の心には正直、もの寂しさもあったが(これがオトメチャンがほんまに幸せになれる道じゃ)と思っていた。

 

そんな出航直前の「女だらけの大和」に新しい乗組員が五名ほどやって来た。そのすべては兵隊嬢で一番階級が上のものは水兵長。

この水兵長が、この後オトメチャンに大きく関わってくることに今は誰も気が付かない――

  

        ・・・・・・・・・・・

 

物語がまた少し動き始めます。

「女だらけの大和」はいよいよトレーラー基地に向かってその錨を挙げようとしています。新しく来た水兵長、この人が一体どんなふうにオトメチャンと…!?

次回以降をご期待ください!

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プロフィール

見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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