2015年07月|女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

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日々雑感 一年たちましたね。

2015.07.31(00:00) 996

今どこにいますか?

今誰とお酒を酌み交わしていますか?

 

お父さん、あれから一年がたちますね。あなたが亡くなってからもう一年です。早いものですね。

あの日、知らせを受けて快速電車に揺られる私のゆく手に大きな、それは大きな積乱雲が立ち上がっていました。しかもそのてっぺんには傘雲が小さくかかっていましたっけね。

あの小さな傘雲の下に、お父さんあなたは居たんでしょうか?

 

誰のおとずれも待たず、どうして一人でさっさと行ってしまったんだろうと私は最初、あなたを恨めしく思いましたよ。でもね、時間がたって落ち着いて考えると「その瞬間」を見られたくなかったのかな、と思ったりしました。お父さんあなたらしい最期だったと思います。最期までかっこつけたかったのかしら?

そういえばお父さん、あなたはいつも自分のことを「偉大な人」って言って笑ってましたね。

お父さんがお骨になったとき、顔の、頬から眼窩の部分がしっかり残っているのを見たとき、私の頭の中にお父さんの笑いながら言う声が響いてきましたよ、「偉大な人はここを残すんですよ」って、言って顔を指さしながら言う声が。

結構おちゃめなお父さんだったと思っています。

 

お父さんあなたという人を思い出すとき、今では愉快な思いでした浮かばなくなりました。生きてるときは腹立たしいことばっか言っては怒っていたのにね。

覚えてるかしら、今から20数年前九十九里浜に海水浴に行った時のこと!

あの時お父さんはビーチサンダルを海の家に置いてきちゃって、お昼に食事をしに海の家に戻る時砂が灼けて熱くて、飛び跳ねながら走って、それでもたまらなくって来ていたシャツを砂の上に投げてその上を歩いてたっけね。

「あち、あち、あち~~!」

て叫びながら。

あの時のことは今でも笑いとともに思い出します。全くなんでサンダルを履かないで砂浜に来ちゃったかねえ?朝早く行ったから、涼しかったし砂もまだ冷たかったから何気に浜へ行っちゃったんでしょうけど、ありゃあ大失敗だったね。

 

それからお父さんの一大痛恨事。

それは幼少期、日本が敗戦になったとき。

お父さんのお父さん、つまり私の御祖父さんが出雲大社の神官として北京にいたことがあったんですよね。お父さんは北京で生まれたと聞いてます。

敗戦の年、6歳だったお父さん。家族で日本に引き揚げるときお父さんはリュックの中にカルパスというサラミソーセージみたいのを大事に入れていたんだってね。ちょとだけリュックから頭を出していたそれを、引上げ船に乗る時中国兵にすっと引き抜かれてしまったと、今でもがっかりしながら話す顔が忘れられません。

食べたかったんだろうに、「子供のものを取るなんてとんでもないやつだ!」とそのあと必ず怒ってましたね。でも、命あって家族そろって内地に帰れたのだからいいと思わなきゃね。

 

 

今でも実家に帰る時駅の改札にお父さん、あなたの姿を探します。時刻表の貼り付けられた柱の向こうにあなたは居て、いつものように笑いながら「お帰り、混んでなかった?」と言ってくれるんじゃないかって思います。

駅のショッピングセンターの中の人ごみに、書店で新刊本を探す人の後姿に、バス停でバスを待つ人の列の中に、お父さんの姿を見ては思わず目を凝らし、そして次の瞬間には別の人だと気が付いて肩を落とす。そんな日々の重なりのこの一年間でした。

泣くことも出来ず、ゆえに体調がおかしくなっても休むことさえ許されない一年でしたが何とか乗り越えましたよ私。

昔私が勤め先の人間関係に悩んで、会社を休みがちなときお父さんが言ってくれた「がんばりましょう」という言葉を心の中で反芻して、ここまで来ました。

 

この先も私、頑張りますよ。

と言っても私のことだから時には「もうダメ、嫌だ」と投げ出すときもあるかもしれないけど、でもきっと頑張って生きるでしょう。

 

そして

「命がつながった」

とその誕生を喜んだ、あなたの二人の孫娘も元気で毎日過ごしておりますよ。どうぞ見守ってやってください。二人も「もう一年たっちゃったんだね…今でもおじいちゃんがいなくなったって信じられない」と言っています。

二人の孫たちにもたくさんの思い出を残してくれてありがとう。

 

思い出はあふれてそれと同時に涙もあふれてどうしようもないけど、しばらくあふれるがままにしておきます。

気の済むまで。

 

もうちょっと元気で長生きしてくれたらもっと話したいことや意見を聞きたいこともあったんですが。それだけが残念。昨今騒然としてる安保法制について意見を戦わせてみたかったな。

きっと天国で小田実さんや開高健さんたちと話しているんでしょうね。お酒飲みながら。

 

時々は下の世界であくせくしているあなたの妻や娘を見てやってくださいね、そして護ってやってくださいな。

 

私は折に触れて、お父さんあなたを思い出しておりますよ。そして思います、あなたの娘でよかったな、と。

そして声に出しては言えなかったけど「ありがとう」と今言いましょう。

私が生まれてからこのかたへの感謝です、ありがとう。きちんと面と向かって言えなかったのが本当に残念で悔しいけど、私の性格上ちょっと無理でした。

だから今ここで。

 

ありがとうお父さん。あなたの娘で幸せでした。



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水入らずのとき。

2015.07.26(18:38) 995

山口通信長は、いくらかの着替えといとしい息子への土産を抱えて休暇のため上陸していった――

 

一週間ほどの休暇の留守中は、掌通信長の立場の浦野大尉に任せた。浦野大尉は「行ってらっしゃいませ、どうぞ休暇を楽しんでらしてください。留守中のことはご心配は無用です。私に任せてください」とその温顔をほころばせた。

山口通信長は

「申し訳ないがよろしく願います」

と言った、その通信長へ掌通信長は

「通信長は今まで休暇をおとりにならなかったんですから、お子様もお待ちでしょう。何の心配もいりませんから何もかも忘れて楽しんで下さい」

と言って山口通信長は何かほっとしたような笑みを浮かべ、上陸のランチに乗ったのだった。

通信長は呉駅から省線に乗り、広島駅を目指した。そこからは路面電車に揺られていく。

通信長の自宅は路面電車を一番西の停留所で降りそこから二十分ほど歩いたところにある。周囲は田んぼの点在する場所で心落ち着くところではある―ー姑がいなければ、の話ではあるが。

やや気の重い帰宅ではあるがそれはそれ、通信長の心は夫と息子に逢える楽しさ嬉しさで弾んだ。家への足取りも軽くなった。

夏を思わす日差しに目を細めて通信長は我が家をゆく手に認めた、駆け足になって自宅の玄関に走り込み、引き戸を開けた。そして大きな声で

「ただいま戻りました!」

と申告した。

奥から子供の足音が聞こえ、それに大人の大きい足音が混じり姿を見せたのは夫と息子である。

二人は満面の笑みで「お帰りなさい!」と言って、息子の捷彦は「おかあさん、お帰りなさい!」ともう一度言うと通信長の胸に飛び込んできた。その捷彦を受け止めて「ただいま…長いことまたせてごめんね」と通信長は瞳を潤ませた。

夫の忠彦が荷物をとって「さあ、早く上がりなさい。疲れただろう」と通信長に声をかけ捷彦が「早く、お母さん」とその手を引いた。

と、廊下の向こうから姑が歩いてきた。通信長は「ただいま帰りました」と敬礼した。すると姑はその通信長をふんと一瞥した後で

「また帰ってきよったんか。戦死したいうんはありゃ間違いだったんかね。戦死すりゃあもっとええ嫁もらえる言うンに…」

と言うと忠彦を振り向いて

「うちはしばらく和世の家に厄介になるけえ、戻らんで。顔も見とうない奴が帰ってきたけえ」

というと玄関を出て行った。自分の弟の家にゆくのだという。忠彦は母親に

「何をいきなりいうんじゃ!ひろさんは国のために働く人じゃ、その人に言う言葉か!?謝らんかかあさん!」

と怒鳴ったが姑はサッサと小走りに走って行ってしまった。

いきなりひどい言葉を突き付けられて呆然とする通信長に忠彦は「あがいなん気にせんでええ。それよりしばらくおらん言うから気楽でええわ、ゆっくり休み」と言ってくれたし捷彦も

「おばあちゃんはいつもあがいなことばかり言いよるけえ俺はもうおばあちゃんとは口を利かんのじゃ」

と言って笑った。通信長はその二人の心に感謝しつつもあまりに悔しい言葉に涙がにじんだ。

それでも気を取り直し、仏間に入って土産のカステラを仏壇の前に置いて燈明を上げた。線香に火をつけると煙は細く、しかし力強く立ち上がった。通信長は仏壇の中で微笑む前妻の写真に手を合わせ(今回もまた、帰ってきてしまいました。忠彦さんとカッちゃんをお守りくださってありがとうございます)と心の中で話しかけた。

そして後ろに座る捷彦に

「お土産ですよ。仏様にもお分けしてあげましょうね」

とカステラの箱を差出し、捷彦は大喜びでそれを台所に持ってゆく。包みを開けた捷彦は喜びの叫びをあげ、忠彦は「いったいなんじゃね。そんとな大声出してからに」と笑った。

通信長は小さな皿にカステラを一切れ載せて、仏壇に供えた。もう一度手を合わせ、(私は死んでも構いませんがどうか、この二人はお見守りくださいませね)と祈る。

 

三人は久しぶりに親子水入らずで茶を喫した。カステラはことのほか捷彦を喜ばせ、通信長はうれしかった。

二人とも『大和』の話を聞きたがったので通信長は話せる範囲のことを一杯話してやった、ほかにも外地の話、珍しい食べ物や植物の話。そして一番捷彦が目を輝かせたのは

「おかあさんのいる艦には三匹の動物がいるんよ」。

マツコ・トメキチ・ニャマトのことで通信長はカバンから手帳を取り出すと、三匹と通信長・航海長・副長で写った写真を手渡してやった。

捷彦は「なんじゃろう、珍奇な生き物じゃねえー」と感心しきりで写真を見つめている。そして

「ねえおかあさん。いつか俺もこの動物たちに会わせてくれますか?」

と尋ねたので通信長は微笑んで「会わせてあげますとも。きっとこの変な鳥やトメキチニャマトも大喜びしますよ」と言って捷彦は喜んだ。

 

その晩は通信長の手料理で食卓はにぎわった。忠彦も捷彦も大喜びでたくさんお代わりをしてくれたのが通信長にはとてもうれしかった。

「ごちそうさま」を言い終えた後捷彦は

「今日はとっても嬉しいな。だってお母さんがいるんだもの。あのねおかあさん。俺はおばあちゃんと一緒にご飯を食べるのが本当は嫌なのです。何にもお話しできないし、黙ってご飯を食べるのは寂しいもの。お父さんは患者さんが終わってからじゃないと一緒に食べられないし…でも今日はとっても嬉しい!」

と告白し、通信長も忠彦も息子の本音を垣間見て、彼を痛ましく思った。

「カッちゃん。ごめんね…おかあさん一緒にいてあげられなくって」

通信長は心から息子に謝った、が捷彦はあわてて

「違うのおかあさん、俺はお母さんを責めとらんよ?お母さんはお国のために一所懸命戦っとるんじゃもん、俺の誇りじゃ!じゃけえそんなこと言わんで?ね?お母さん」

と言ってうつむいてしまった通信長の顔を覗きこんだ。

その捷彦を抱きしめて通信長は「ありがとう、ありがとうねカッちゃん…」としばし泣いていた。忠彦も瞳を潤ませる。

通信長はやがて顔を上げると捷彦を見つめ

「ねえカッちゃん。カッちゃんはこんなおかあさんでいいの?」

と尋ねると、捷彦はしっかり正面から通信長を見て言い放った、

「俺は、このお母さん()いいんじゃ!」。

 

捷彦は通信長と一緒に風呂に入りご満悦で眠りについた。

その次の間で久しぶりすぎるほど久しぶりに夫婦は布団の上にいて見つめあっていた。通信長は

「いつもご迷惑をかけてごめんなさい。カッちゃんにも寂しい思いをさせて、おかあさまにも…」

とそこまで言うと今日の姑の激しい言葉を思い出して嗚咽を漏らしてしまった。忠彦は静かに妻を見つめている、その視線を感じて通信長は顔を上げると

「あなたは私と結婚して本当に幸せですか?もっと、本当に幸せになれるお相手がいたのに…私を押し付けられたんではないんですか?」

と必死な表情で尋ねた。

通信長との結婚話と同時に、忠彦にはもう一つの縁談があった。忠彦の母親、つまり通信長の姑が持ってきた縁談で相手は看護婦の女性で忠彦には遠縁にあたる女性だった。

開業医を営む忠彦には、本来ならうってつけの相手だったろうに忠彦は「わしはこっちの人の方がええ」と通信長との見合いをし、そして結婚をした。

それが姑の今に至るいびりの原因なのだと忠彦も通信長も思っている。

忠彦は通信長の手をしっかり握ると

「ひろさん。わしはあなたの写真を見て一目で気に入ってのう、じゃけえこの人と見合いをしよう思うたんじゃ。逢うてみたらいよいよわしの気に入ってしもうて、――そうじゃ、わしはひろさんに惚れたんじゃ。じゃけえ、押し付けられたのほかに幸せになれる人が居ったはずじゃのいわんでくれえ。わしは心からひろさんに惚れた、じゃけえ一緒になった。それが真実じゃ」

と言ってほほ笑んだ。通信長は

「私で…よかったんですね」

と涙をこぼしながら言うと、忠彦に抱きすくめられた。忠彦は彼女の耳元で

「ひろさん()…よかったんじゃ」

と言って通信長を布団の上に押し倒したのだった。

 

久しぶりの夫婦は、しっかり互いの想いを確かめあっている――

 

                  ・・・・・・・・・・・・

 

最低のことを言う姑でしたが夫と子供が通信長の防護壁になってくれているようです。

「あなたでいい」というより「あなたがいい」と言われる方がうれしい。ちょとした違いではあるけどその実大きな差であることをこんなところから感じ取れますね。

 

今日の各地の猛暑、そして調布の痛ましい小型飛行機墜落。なんだか不穏な一日でした。もう何もないよう祈ります。
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逢いたい―ー山口通信長ものがたり

2015.07.24(00:21) 994

「女だらけの戦艦大和」は海軍工廠ドックで塗装作業を急いでいた――

 

黒多砲術長兼副長代行は、その作業の進捗を第一艦橋にあって林田内務長から聞いていた。林田内務長によれば

「あと二週間もあれば終了できると工廠側は言っています。出航は三週間後にはできるでしょう」

ということで、黒多砲術長は満足げにうなずいた。そして

「そのころには皆の休暇も終わっていますからちょうどよいころ合いですね。では私はこの件を梨賀艦長に報告してまいります」

と言った。林田内務長は頷いて「願います」というと、ふと窓の外に広がる呉の街を見つめた。そして艦内帽の庇をちょっと上に挙げるとさらに見入っている。

その横顔を、黒多砲術長はふっと見つめた。ややして気が付いた林田内務長は砲術長を見て

「早いものですね、夏の気配がしてきましたよ。帰って来た時は冬でしたのにね」

というと「では」と言って艦橋を出て行った。

砲術長は、その内務長の言葉の中に内地をいよいよ離れる寂しさを感じ取っていた。砲術長は(長すぎたな、今度の内地帰還は)と思っていた。しかし長かったからこそ、繁木航海長と山中副長の結婚という慶事にも恵まれたしそのほかいろいろなことがあり、そのたび何とか良い方へと解決してきた。

(なんでも願えばよい方へと向くものだね)と砲術長は思った。

そして休暇を長くとらなかった自分ではあるが、故郷の両親に先週、手紙を書いておいた。もうそろそろ内地を離れるということ、今回は自分も責任ある立場をいただいたので帰れなかったのは心残りではあるができたら呉に来てほしい、三日ほどなら休暇が取れるから――と。

そんなことを思いながら艦長を訪ねようと、砲術長は艦橋を出た。

 

艦長室の前まで来ると、ちょうど山口通信長が艦長室から出てきたのに出くわした。各科長の中でも日野原軍医長に次いで年かさの通信長は普段穏やかで、人望も篤い。その通信長は何かうれしそうにほほ笑みながら出てきたが砲術長を見ると

「黒多さん、申し訳ないが私は明日から休暇をいただきます…留守の間よろしく願います」

と言った。

黒多砲術長は「それは良かった。どうぞごゆっくり楽しんでらしてください」と心から言った。通信長はうれしそうにほほ笑み、「ありがとう。やっと顔をゆっくり見てやれるよ」というと片手をそっと振って歩いて行った。

 

山口博子通信長には家庭がある。

広島市のはずれの街の開業医を夫に持っているがその夫は通信長とは再婚である。前妻とは死に別れ、幼子を残された夫は、町の有力者の尽力で通信長と結婚するに至った。通信長は『大和』乗務の話が出ていたころで結婚を渋ったが父親に

「いい加減に嫁げ。お前いくつだと思っている?いき遅れのお前にこんないい話ほかにあるか!―子供がいたっていいじゃないか、かわいそうに母親を亡くして…お前が母親になるんだ。生さぬ仲でも一所懸命接したら気持ちは通じる。わかったな!」

と怒鳴られ開業医のもとへ嫁いだ。夫は良い人柄で通信長を喜んで迎えてくれ、子供も通信長になついてくれた。幸せな通信長ではあったが姑との折り合いは悪かった。

事あるごとに姑は亡き先妻と引き比べ、その度通信長は先妻の写真の飾られた仏壇に手を合わせ(こういう時はどうしたらええんでしょうか?私はこれでも懸命にやっとるつもりですが、どうしたらいいんでしょう)と尋ねたこともあった。

先妻の残した子供は男の子であったが通信長を「おかあさん」と呼び、とてもなついてくれているその子が、涙ながらに仏壇に手を合わす通信長の膝に潜り込んで抱き付いてきた。

そして通信長を見上げてそのほほを流れる涙を小さな掌で拭いながら「おかあさん泣かんで。俺が居るけえ泣かんで」と慰めてくれたのは一度や二度ではない。通信長は子供をしっかり抱きしめて泣いた。

その子も国民学校に入り、通信長を今まで以上に気遣ってくれる子供に育った。年老いてだいぶ迫力のなくなった姑ではあるがまだ通信長が還ったときなど嫌味を言い、孫である子供に「おかあさんの悪口を言うたらいけん!なんでおばあちゃんはお母さんを悪う言うんじゃ、そんとなことばっかいうおばあちゃんは嫌いじゃ」と叱られそれからはあまり言わなくはなったが、通信長にとっては正直鬱陶しい存在である。

時折子供から手紙が来て通信長はうれしさに頬を緩ませながら読んでは(逢いたい…大きくなっただろうなあ)と思いを募らせていた。

その思いもいよいよ、かなう。

通信長の胸は、高鳴った。

 

その晩通信長を、日野原軍医長が尋ねてきた。

山口通信長は笑顔で軍医長を招じ入れた、軍医長は「お、ご機嫌ですな」とニコニコしながら勧められた椅子に座った。

通信長は戸棚から『月経冠』を取り出し、二つのコップに酒を注いだ。その一つを軍医長に差し出して

「はい。明日から休暇をいただきます。通信科の皆も休暇を取り終えましたから。留守の間よろしく願います」

と言い、軍医長は「わかりました、楽しんでらっしゃい」と言って二人はコップを目の高さに挙げて乾杯した。くいっと一口飲んだ後日野原軍医長はコップをデスクの上に置いて

「――お子さんは大きくなられたことでしょうな」

と言ってほほ笑みながら通信長の顔を見た。果たして通信長は嬉しそうに笑うと

「はい。こないだも手紙が来ましてね、見てくださいよ」

とデスクの引き出しから手紙を引っ張り出して、日野原軍医長に見せた。軍医長はそれを手に取って、ほう、と声を上げ「国民学校の二年生でしたかな?良い文字を書かれます、これは将来楽しみですね」と褒めた。子供をほめられて通信長はよほどうれしかったと見え、『月経冠』を軍医長のコップにあふれんばかりに注いだ。

そして「明日逢えます、明日逢えるんです…私はもう、楽しみで楽しみでどうしようもないんですよ。あの子に逢うのが、夫に逢うのが」と言って両手を合わせた。

日野原軍医長は、数年前に初めて通信長が後妻だというのを聞いたとき(苦労がたくさんあるのではないか)と懸念していたが夫婦と親子の仲は良好であるのを聞いてほっとしたのを思い出していた。

姑との折り合いは良くないのは世の習い、「気にしないことだよ。あなたのすべきこときちんとしていれば良いんです」と、助言した日を思い出した。

あの日、二日ほど上陸して家に帰っていた通信長は疲れたような顔で艦に戻ってくると、日野原軍医長の顔を見るなり泣き出したのだった。

驚いて何があったのかと問いただすと、通信長は姑にいじめられてつらいと漏らした。あまりにひどい話であったので軍医長は思わず「そんなら別れてしまえ!旦那さんは何も言ってくれないんですか?何もあなたが我慢する必要はないでしょうに!」と口走ると通信長は泣きながら

「夫は姑を諌めてくれました、子供もまだよう回らん口で『おばあちゃんは嫌いじゃ』言うて私をかばってくれましたけえ、離婚はしません。しませんが…つろうて…」と泣いた。その時軍医長は夫婦仲と親子仲が良いなら何を言われても平気だ、姑なんぞ気にしないでと先の助言をしたのだった。

あれから数年、(通信長も強くなってきたなあ)と日野原軍医長は頼もしくなっている。

 

翌日、午前の課業を終えて上陸準備をしていた山口通信長のもとに日野原軍医長が顔をだし

「忙しいところ申し訳ないね、夕べ渡すのを忘れていました!これをお子さんにどうぞ」

と大きな包みをくれた。わあ、なんでしょうという通信長に軍医長は

「参謀長のご友人に頼んで取り寄せてもらいました、カステラです。美味しいと評判ですからね」

と言ってほほ笑んで手渡した。

「軍医長、ありがとうございます」

カステラの大きな包みを押し頂いて山口通信長はその瞳を潤ませた。あの子が喜んでカステラを食べる様子が今から想像され、通信長は(早く渡したい、食べさせたい)と心が逸る。

 

通信長たちを乗せた内火艇が、上陸桟橋向けて海を走ってゆく。

マツコトメキチ、そしてニャマトがそのランチをトップに立って見送りつつ

「ねえ、あのランチ。山口さんの心の中みたいに弾んでるわね」

とマツコが言えばトメキチも「そうねマツコサン。山口さんもうずっと前からウキウキしてたものねえ」と言いニャマトでさえ「ニャーマト!ニャ、ニャ!」と同意する。

何も言わなくても動物たちには通信長の心のうちは御見通しのようである――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

実際の山口博通信長をモデルにしております。

山口博さんも再婚で、戦死後奥様は先妻の残した子供さんを連れて婚家から出て自活の道を選ばれました。ご苦労がたくさんあったようですが穏やかな老後を過ごされたようです。






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赤い糸3

2015.07.19(19:30) 993

オトメチャンは、呉に戻ってきた――

 

分隊士と一緒に借りている下宿に戻ったオトメチャンは女主人――原田のおばさん――に昇進のあいさつをした。女主人は「ほりゃあえかった!麻生さんもまた一つえろうなられてうちはほっとしました」と言って喜んだ。

部屋に引き取ったオトメチャンは、今日一日のことを心の内で反芻した。胸が張り裂けんばかりにドキドキとしたあの出会いの瞬間、改めて彼の顔を見たときの何かこう、いいようもない安堵感。そして離れがたいあの気持ち。

(これを恋というんじゃろうか)

オトメチャンはそう思って頬を熱くした。今まで自分には無縁だったと思ってばかりいた世界、遠いあこがれだった世界が突如として身近なものになり、オトメチャンは戸惑うとともにその甘美な思いにかすかに酔った。

 

と。

彼女の頭に大きな不安の影がよぎった。

(うちは、紅林さんに生まれのことを言うべきじゃろうか)

それを言ったらもしかしたら彼は私から離れて行ってしまうかもしれない、でもずっと知らぬ顔で通せるものだろうか、いやできるはずがない。

オトメチャンは長い時間その場で呻吟した。あまりに考え込みすぎて、その晩珍しく激しい雨が外をたたいたのも知らないほどに。

深夜になってオトメチャンは決然、顔を上げた。

(次に会うとき、うちの生まれのことを紅林さんに言おう。かくしてええもんではない、お互いのために)

それでもしも、紅林が自分から離れて行ってしまってもそれは仕方がないことだとオトメチャンは自分に強く言い聞かせた。そして

(もしもそうなったときは、うちみとうな者は結局人並みの幸せとは縁がない、無かった思えばええことじゃ)

と納得した。

オトメチャンは一人頷くと押し入れから布団を出してその場に敷くと掛布団にくるまってあっという間に眠りに落ちて行った。今までの疲労がここで一気にあふれかえった、そんな感じで。

 

翌日の昼前、部屋を掃除していたオトメチャンは階下から下宿の女主人に呼ばれて降りて行った、すると玄関にいたのは紅林次郎、その人だった。

紅林は、昨日オトメチャンが渡した名刺の裏に書きつけてあったここの住所を訪ねてきたと言ってほほ笑んだ。そして

「ちょっと緊張しました、でもあなたのお顔を見てほっとしてます」

と言って照れくさそうになお微笑む。原田が

「さあ、上がってつかあさい…オトメチャン、今お茶を持っていくけえ待っとってね」

とこれも何かうれしそうにして奥へ入っていく。オトメチャンは

「ほいじゃあ、どうぞ。ちいと散らかっとりますが」

と言って部屋に案内する。そのオトメチャンのもんぺ姿に紅林は思わず見入ってしまった。軍服を着ていた時のオトメチャンと今のオトメチャンにあまりに落差がありすぎて、戸惑うというより感激の方が大きかった。

通された部屋はきちんと片付いて開け放たれた窓から気持ちの良い風が入ってくる。オトメチャンは

「この部屋、分隊士と一緒に借りとってです」

と言った。紅林は頷いた、仲の良い同士などが一つ部屋を一緒に借りるという話はよく聞く。そのほうが下宿代も折半できていいのだとか。

原田のおばさんがお茶と菓子の乗ったお盆を持って上がってきてオトメチャンに手渡した。ありがとうございます、というオトメチャンにおばさんはやさしく微笑んで下へ降りた。ごゆっくりね、と言い置いて。

「どうぞ」

と茶と菓子を紅林の前に置き、オトメチャンは恥ずかしげに微笑んだ。

紅林はいただきます、と言って湯呑を手に取って茶を飲む。それを見てからオトメチャンももう一つの湯呑を手に取り茶を飲む。

紅林が

「今日はこちらに社用がありまして来たんです。本当はほかのものが来るはずだったんですが、あなたに逢いたくて無理やり代わってもらいました」

と告白し、オトメチャンは「まあ…」と言って頬を染めた。昨日お会いしたばかりですが、私はあなたに逢いたくてと紅林ははにかみながら告白した。

「うれしい」とオトメチャンは言って紅林の顔を見つめた。見つめられて紅林は少し恥ずかしそうな表情になると、最近の戦況の話などし始めた。

そして

「皇軍はむかうところ敵なしですね。連合国軍ももう手も足も出ないようですね」

と言ってほほ笑んだ。オトメチャンははい、と言ってから

「ほいでも、勝って兜の緒を締めよ言いますけえ、油断はできません」

と表情を引き締めてみせて二人は笑った。

そして紅林は自分のもっと詳しい経歴も話し始めた。

自分はもともと広島の出ではあったが幼いころ父の仕事の関係で東京に転居したこと。学校を出て『小泉商店』に就職したのは何か広島が懐かしかったからだと言った。そして

「私は次男坊ですからどこにゆこうと関係ないんですよ、家にとっては長男さえいればあとはどうなろうとどこで生きようと関係ないんですよ。もう何年も東京の家には帰っていません。それでも親父もおふくろも何も言ってきませんからね、気楽でいいですよ」

と言って笑う。

オトメチャンは

「ほう、そげえなものですかのう?ほいでも大事な息子さんであることには変わりがない思いますがのう」

と言った。しかし紅林は「気楽でいいです、あれこれ言われるのは窮屈ですからね」と言って菓子をつまんだ。

オトメチャンはしばらく黙っていたが不意に顔を上げて真剣なまなざしで紅林をひたと見つめた、そして

「紅林さん、うち昨日言いそびれたことがあります。紅林さんには驚かれる話じゃ思いますがどうぞ落ち着いて聞いてつかあさい」

というと、自分の生い立ちの話を始めた。

話し終えるとオトメチャンは静かに紅林の顔を見つめた。(きっと、この後断られる。うちとは縁がなかった、言うて断られる)そう思ったオトメチャンは彼から視線を外した。

すると。

紅林の両手が、オトメチャンの膝の上にそろえた両手をがっと掴んだ。びっくりして紅林の顔を見ると彼は、彼の瞳は涙にぬれていた。彼は、オトメチャンの両手をしっかりつかんで

「桜本さん、なんて―ーなんてあなたはすさまじい半生を送って来たんだ…。どれほどつらかったでしょう、それなのにあなたは人を恨むということをしないで自分を虐げた人たちを許したんですね…あなたは仏のような人だ、なんて素晴らしい心根の持ち主なんでしょう」

と言って感涙を流している。

オトメチャンはその反応に驚きながらも

「あの、ほいでも…うちはその、故郷では<不義の子>言われて嫌がられてきました、不義の子言うんはほんまのことです。村の人たちはうちを穢れた子供じゃ、言いました。――そげえな女とあなたは釣り合わん思わんですか…?」

とそっと言った。

紅林は毅然としてオトメチャンの瞳を見つめると

「穢れた人なんていませんよ。それに生みのご両親のご関係は私にはとても清らかなものに思えます。そりゃあ、世間的にはあなたもおっしゃったように不倫な関係かもしれませんがね、お二人は決していい加減なお気持ちだったんじゃないと私は感じました。そんなお二人から生まれたあなたも決して穢れたりいい加減な存在ではないですよ?もっとあなたはご自分に自信を持ってくださいな!もれ承るところによればあなたは、優秀な見張技術を持った方だと。帝国海軍の宝ですよあなたは!ですからもっと自信を持ってください。私は、私は――」

とそこまで一気に語ると不意に黙り込んで下を向いた。

オトメチャンは「どうなさいました、紅林さん?」とその顔を覗き込むようにした。

「私はあなたが大好きです!」

いきなり紅林はそういうと――オトメチャンを抱きしめたのだった。

瞬間、オトメチャンの息が止まった――。

 

紅林はオトメチャンを抱きしめたまま、

「私あなたが大好きでたまらないんです。初めて出会ったあの日から、私の頭の中からあなたは去ることはなかった。これは縁だと思いました、いや、ただの縁ではなくて何かに導かれるような、そんなご縁だと。私はあなたをこの先もずっと好きでいます。そしてあなたも私を好きでいてくれませんか?」

と言った。

オトメチャンは紅林に抱きしめられながらその言葉をかみしめた。

そして、

「はい…うちもあなたが大好きです。ずっと、好きでいたいと思うてます」

と答えた。紅林の、オトメチャンを抱きしめる腕の力が強くなったと思う間もなく、オトメチャンは紅林に唇を奪われていた。

 

その後、オトメチャンの下宿を後にする紅林は左手の人差指を見せ、オトメチャンの左手をそっとつかむと

「昨日も言いましたが私のここと、あなたのここには目に見えない赤い糸が巻き付いているんです。だからあなたと私は出会ったんです。そして離れることはないんです。ですから離れることがあっても寂しがらないでくださいね」

というと呉駅へと歩いて行った。

 

(赤い糸…)

左手の小指を右の手でそっと握ったオトメチャンは、しばらくの間そこに立ち尽くしていた――

 

              ・・・・・・・・・・・・

紅林さん、いきなりの訪問でした。そしていきなりの抱擁…でも彼はオトメチャンの出自の告白を冷静に受け止めてくれました。

この先うまく行ってくれることを祈りますね!

 

さて本日靖国神社に参拝してまいりました。終戦70周年特別参拝というのをしてまいりました。誰のおかげで今の日本があり自分があるのかを再度、自分に問い直してきました。

そして「英霊に送る手紙」というご遺族の方の、英霊となられたお父さんやお兄さん、旦那さんなどに向けた手紙を展示してありました。読んでいるうちに泣きそうになりました。

これは本にまとめられていますので興味のある方は是非読んでいただきたいです。

英霊に送る手紙

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タイトル画像

赤い糸2

2015.07.15(08:57) 992

桜本兵曹は「小泉商店」の玄関ドアに手をかけ、それをそっと開いた――

 

日曜日ではあったが南方工場などとの連絡があるためだろうか、数名の社員が忙しく行きかうのが見えた。

正面の小さな受付にいて何やら書類を見ていた男性社員が何気なく顔を上げた視線の先には、海軍の一種軍装に身を包んだ下士官がいる、彼ははっとして書類を閉じると、手元の電話の受話器を取り、ダイヤルを回した。そして二言三言話すと受話器を置き、桜本兵曹のもとへ駆け寄って

「桜本さん、でいらっしゃいますね」

と言った。兵曹が「はい、桜本トメ海軍一等兵曹です」というと男性社員はほっとしたような笑みを浮かべて「ようこそおいでんくださいました。社長がお待ちですけえ、こちらへどうぞ」と兵曹の少し先に立って歩き出す。兵曹も社員の後について歩き、小泉の「家」の方へと案内された。いつか、艦長や副長たちと訪れた小泉兵曹の実家、何か懐かしい気がした。

兵曹は、「こちらへどうぞ、今社長が参りますけん」と言われて玄関扉前に立った。案内してくれた社員は「私はこれで、失礼いたします」と言って社屋へ戻った。その男性社員に「ありがとうございます」と言って正面を向いたとき、扉が開き小泉兵曹の父親・孝太郎が顔をみせた。

「ようおいでくださいました!および立てして申し訳ありませんね、せっかくの休暇を」

そう言いながら孝太郎は兵曹を中に招じ入れた。お邪魔いたします、と兵曹は敬礼して玄関の三和土に足を踏み入れた。

すると奥から副社長で小泉兵曹の継母のエイが和服姿で現れ、

「桜本さん、ようこそおいでんくださいました。さあさあどうぞ奥へ」

とほほ笑み、兵曹の手をやさしくとった。オトメチャンの胸は、なんだか本当の母親に手を取られたように想え、ほんわかと温かくなった。

「ありがとうございます、いや、あの、うちの方こそお忙しいのにお邪魔してしもうて、申し訳なく思うとります」

そういう兵曹に、孝太郎もエイも

「なあも気にせんでええですよ。うちらがおよび立てしたんじゃけえ…さあ、こちらへどうぞ」

とほほ笑みながら一室へと彼女を案内した。

落ち着いた和室、八畳ほどの大きさで床の間にはエイが生けたのだろう、生け花が置かれている。それを見て不意にオトメチャンは、小泉兵曹が休暇中お花やお茶や、座禅を組まされるのが嫌でここから呉へと逃げ帰ったというのを思い出しおもわず頬が緩んだ。

「ほいじゃあ、桜本さんはこちらに」

とエイに示された座布団に落ち着いた兵曹、孝太郎が「楽になさってつかあさい」と言ってくれたが兵曹は緊張して「は、はい」と返事をして正座の膝をぐっとつかんだ。

そんな彼女を笑みを以て見た孝太郎が、エイに囁くとエイは頷き部屋をそっと出たが、間もなく男性を一人伴って戻ってきた。

オトメチャンは恥ずかしくて、顔を上げられない。男性は座卓を挟んで向かいの座布団の上に落ち着いた。

オトメチャンはそうっと顔を上げて男性を見た―ーあの日の、あの人だ!オトメチャンの胸が高鳴った。

そこで孝太郎は

「今日はお二人ともようこそ。ご紹介します、こちらは桜本トメさん。海軍一等兵曹で、艦隊勤務です。―-言うてもええですかのう?『大和』に乗っておられる。うちの娘と海兵団からの友人で、ほりゃあええお人じゃ。

で、こちらが『小泉商店』開発部の期待の若手・紅林次郎君です。わが社の将来を担ってくれる一人です。なかなかええ男ですよ」

と紹介した。

二人は座布団から降りるとその場に両手をついて改めてあいさつを交わした。

そして顔を上げて二人の目が合った。互いにどちらからともなく微笑みあった。その二人を見て、孝太郎とエイも微笑みあった。

 

四人は、エイの心尽くしの菓子を食べつつ話に興じた。紅林次郎は興奮と緊張で頬を紅潮させて桜本兵曹を見つめている。

桜本兵曹は恥ずかしげに頬を染めて紅林をそっと見つめる。エイは(この二人、うまくいきますねきっと)と思い夫を見るとこれも(うまくいくぞこれは)と囁いて嬉しそうである。

紅林は

「突然のお話でさぞ驚かれたことでしょう。私はあの時同席していたものですが、覚えてらっしゃいますかのう?」

と言った。オトメチャンは「はい、覚えとります。ほいでもなんでうちを…」というと紅林を見つめた。見つめられて紅林は面映ゆげな表情になったが

「なんと言いましょうかのう、聞いた話じゃけえ確かかどうかはわかりませんが、何でも出会うべき男女は<赤い糸>いうんが互いの左手の小指に巻きついとって離れんようになっとるんじゃそうです。私はあなたに<赤い糸>を感じました。――ほんなこと言えばなんじゃ、きざな野郎じゃ思われるかしれませんが、私は真面目にそう思うとります。どうか…私の気持ちを汲んでつかあさい」

と言って頭を下げた。

オトメチャンは自分の左手の小指をそっと目の前に出して見つめると

「<赤い糸>。紅林さんの小指と、うちのこの指には、<赤い糸>があって繋がっとってですね。―-ほいじゃけえ、うちは初めて見たあなたのことがどうにも忘れられんかったんですね」

と言って紅林の顔を見て微笑んだ。

紅林次郎の顔がうれしさにさらに紅潮した。そのころには、孝太郎・エイ夫妻は気を利かしたのかいつの間にか部屋から姿を消していた。それすら気が付かないほど二人は互いに集中していたのであった。

隣の部屋に移った孝太郎は

「あの二人は絶対うまいこといくで。賭けてもええ。紅林は誠実な男じゃし桜本さんもなかなか気の利く人じゃ。それに礼儀正しいし利発な方と見受けた。あの二人ならうまくいく」

と言って頷いた。エイも

「ほうですねえ、桜本さんは前におうたときからええ人じゃなあ思うてました。なんていうたらええか、人の気持ちを斟酌できるお人じゃと思いました。紅林さんとなら、とうちも思います」

と太鼓判。

孝太郎は満足げにうなずきながらも

「それにしても、桜本さんくらいのおなごになぜうちの純子はならんかったんじゃろうか。私の育て方がいけんかったんじゃろうか」

と悩ましげである。エイが「いいえ、ほりゃうちのせいです」と言ったのへ孝太郎は首を横に振り

「お前のせいではない。お前はようやってくれた…じゃけえ進次郎はあがいにええ息子に育ったんじゃ、あの子をあれまでにしたんはエイ、お前じゃぞ。もっと自信を持たんか」

と言ったその言葉にエイは感激して瞳を濡らした。

 

その日は夕方まで話の弾んだ紅林と桜本兵曹、あたりの暮色が広がるころ桜本兵曹は呉へ戻ることになった。紅林次郎は、広島駅まで会社の自動車を借りて送ってくれた。

恐縮する桜本兵曹に、別れ際紅林は

「私と、つきおうてくださいますね」

と言った。桜本兵曹はまっすぐに彼の瞳を見つめると

「はい。うちはなあも出来ん女ですが、どうぞよろしゅう願います」

と言ってほほ笑み、汽車のデッキに乗り込んだ。そして「また…逢えますね」と言い、紅林がしっかりうなずくのを見ると安心したような微笑みを浮かべ、

「ではまた!ごきげんよう!」

と大きな声で言うと敬礼した。汽車が、ごとんと音を立てて動き出し、紅林はオトメチャンの乗った車両と一緒に歩く。

「危ないですけえ、紅林さん」

というオトメチャンの声にうなずいた紅林は「また会いましょう、出来たらあなたの休暇中に!ご都合のええ日を知らせてつかあさいね!」と言ったその時汽車は加速して二人を引き離した。

オトメチャンはデッキから乗り出すようにして軍帽を振った。

紅林も大きく手を振る。

二人は互いが見えなくなっても―ーその場に立ち尽くしていた。

 

 

呉では、山中新矢大佐と次子中佐が自宅に戻っていた。

今夜の食卓を飾る江崎キヌからのお重が広げられ、次ちゃんの作った味噌汁も整いすっかり夕食の準備は出来上がり。うれしげに微笑む次ちゃんは、夫の箸をそろえて置いた。そこに湯殿から出てきた新矢が

「おお、豪勢ですね。味噌汁、私は次ちゃんの作った味噌汁が大好きです」

と言って次ちゃんはさらに嬉しそうに微笑んだ。

夫婦差し向かいでいただく食事、幸せが充満しているこの空間。

次ちゃんも新矢も(いつまでもこのままでいたい)と切に祈る。

暫くの間会えなくなる二人、思いをかみしめつつ箸を使う。

 

食事がすみ、次ちゃんは風呂に入った後寝室で新矢と語り合った。開け放した大きな窓から初夏の風が吹き込み、夜の風とはいえ気持ちがよい。

「ああ、いい風だ」

新矢がいい、次ちゃんも「本当に。この時期はとても気分がよいですね」とほほ笑んだが、膝のあたりをさするしぐさに新矢は

「どうしたの?痛いの?」

と尋ねた。愛しい次ちゃんの一挙一動が気になるようである。次ちゃんは慌ててかぶりを振って

「いいえ、痛いんではないんです。なんだかちょっとこのあたりが寒いって言ったらおかしいですが、そんな感じがしたんで」

と言って笑みをみせた。新矢は「窓を締めましょうか。風邪を引いたのかもしれない」と立ち上がろうとしたが

「大丈夫、締めないでください。せっかくのいい風ですから。こうしていれば平気です」

と次ちゃんは掛布団の中に足を突っ込み笑った。

新矢はちょっと安心して

「それならよかった…でも冷えは良くないですから」

というなり、掛布団を背中に被るようにしてから次ちゃんを抱きしめた――  

    (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

オトメチャンのお見合いでした。

お相手なかなか良い人のようで、小泉商店社長夫妻もイチオシですね。オトメチャンも『大和』艦内ではお嫁さんにしたい下士官嬢の一等賞らしいですからこれは素敵なカップルになりそうです。

そして山中夫妻、近づく別れを惜しんでおるようです…。

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