2015-05

震災後日譚 - 2015.05.31 Sun

あの地震から数週間が過ぎ、梨賀艦長もギプスを外した――

 

呉海軍病院医師の診察により当初十日ほどで外せる、と思ったギプスであったが日野原軍医長の診察で「いや艦長、プラス三日は外せません」と言われ、艦長は一瞬(あまり治りがよくないのだろうか)と思ったが実はそうではなく、山中副長が軍医長に

「艦長のギプスを外すのを、予定よりあと数日延ばしてください」

と言ってきたのだ。それは構わないがどうしてです?と問う軍医長に副長は

「早くに身軽になれば艦長はまた、無理をなさいます。ギプスをしている間は安静にしていなければならないと軍医長はおっしゃいました。軍医長のお言いつけを艦長は守られますからそのように願います」

と言ったのだった。

それを日野原軍医長から伝え聞いた梨賀艦長はことのほか感激し副長を艦長室に呼びよせて

「副長ありがとう。私をいつも気遣ってくれるあなたに感謝します。そして私ももうどうもないからぜひ、数日上陸して家で休んでほしい」

と言った。うれしい申し出だったが山中副長は

「ありがたいお申し出でございますが…副長がそうしょっちゅう艦を留守にしてよいものでしょうか?私は乗組員の士気にかかわるような気がしてなりませんが」

と言った。その副長をやさしい目で見つめて艦長は

「しょっちゅうと言ってもあなたは結婚休暇以外大きな休暇を取ってはいないじゃないか。それ以前だって。皆その辺はよくわかっているよ?大きな案件はもう片付いたのだろう?昇進の件も済んだし。だから安心して自宅に帰って、山中大佐にお仕えしてきなさい。これは艦長命令、いいね?」

と諭した。

副長の瞳が潤んで「――ありがとうございます、艦長」と囁くように言った。艦長は頷いてから

「しかしこのひと月ほどでこんなにいろいろなことがあるとはね。あの大きな地震には参ったよ、まさかあんなことになるとは。そして小泉商店を巡る人たちとのあの出来事!」

と言って笑った。副長も笑って

「本当にあの時は心配しました。でもおおごとがなくってほんとに良かった。∸-でもあの後繁木さんが言ってましたよ、『例の小泉商店がらみの夫婦、なまえが<ごろう>に<ふみ>さんと聞きました。それって私たち夫婦と同じ名前ですね、うーん、やはりゴロウにフミの組み合わせは純愛が多いんですねえ』って」

と言って二人はさらに笑った。

その航海長は、副長に申し訳ないと思いつつも週末の上陸をして夫婦仲良く過ごしているらしい。

 

さて、例の大地震の際被災地に駆り出された『聖蘆花病院』の医師・看護婦たちも任務を終え東京に帰っていた。

その間彼らはよく働き、配置された県病院の職員たちの感激の的になった。中でも桐乃は注目の的で「外国人でありながら日本人並みの精神を持った素晴らしい女性であり看護婦」と称賛された。

それを聞いた日野原昭吾は胸をそびやかして

「当たり前です。彼女はもともとが違う。常に研鑽練磨を怠らないんですからね、それに心根もまっすぐでこんなに素晴らしい人はちょといませんよ」

と誇った。桐乃も、ほかの医師や看護婦たちと一所懸命に力を合わせ頑張りぬいた。途中看護婦の一人が過労から倒れたときもその分を桐乃が何も言わないでこなし、復帰したその看護婦が礼を言うと桐乃は微笑んで

「お礼なんてとんでもない、何かあったらカバーしあうのがチームです。それより無理しないでくださいね」

と言ったのだった。昭吾はその桐乃を見つめて(この子を…絶対)と思っている。

 

その桐乃は、東京に戻ってから『大和』の梨賀艦長から託された留守宅への封筒を投函した。(無事につきますように)と祈る桐乃である。

 

そして二日ほど後その手紙は梨賀艦長の留守宅に到着した。玄関先で郵便配達から手紙を受け取ったのは長男の正明で、「誰からだろう」と裏を返して母親の名前をみた正明は

「おばあさま!多美子、波奈子!」

と大騒ぎして家の中に駆け込んだ。

駆け込んだ居間では驚いた祖母が「正明さんどうしました?そんな大声を上げて」とかるく彼をたしなめたが、「おばあさまこれ!」と差し出された封筒を見て

「まあ!幸子さんから」

とこれも普段の落ち着いた祖母に似合わない声を上げて、それにびっくりした娘たちが「どうしたのおばあ様おにいさま?」と庭から走りこんでくる。

「お母さまからよ!」

と祖母が言って娘たちは「おかあさんから!」と嬉しそうに声を上げ「早く、読んで読んで」と祖母にせっついた。

はいはい今読みますよ、とこれもうれしそうに娘の手紙の封をハサミで丁寧に切って、艦長の母親は封筒から便箋を引き出した。正明、多美子、波奈子がその周りにきちんと正座して祖母を見つめる。

そして祖母は、孫たちの母でありわが娘からの手紙を読み始めた…

「ええっ!お母様それでもう平気なのでしょうか?」

読み終えた祖母に、正明は叫ぶように言った。

祖母はやさしく孫たちを見つめて

「お母さまが平気だとおっしゃるんですから平気なのですよ。それにしても大変なことに巻き込まれましたね。あの揺れはここでも相当でしたからねえ。――幸子さんがお世話になったという聖蘆花病院のかたにはいつかきちんとお礼を申し上げねばいけませんねえ」

と言った。多美子波奈子は母親の無事にホッとしてうれしそうに「よかったね」「うん、良かったね」と言いあっている。

正明も多美子波奈子も、あの地震以来母親の話を意識的に避けているようだと祖母は思っていた。話をすれば気になっていてもたってもいられなかったからだというのを彼女は痛いほどわかっていた。(私の娘だもの、どんな困難でも切り抜けているはず)と確信していた艦長の母はそんな孫たちの気分を盛り上げんとさまざまに生活に工夫を取り入れて今日まで来た。

(甲斐があった)

祖母は孫たちのうれしさにはしゃぐ姿を見つめてそう思った。孫たちは早くも返事を書こうと文机の引き出しから便箋を出してきている。

艦長の母はもう一度封筒を見て、娘の幸子がこの手紙を託した聖蘆花病院の日野原桐乃という女性はどんな人なのだろうか、と思いを巡らせた―ー。

 

そしてそれより一週間ほど前。

指月護郎とフミは東京のフミの実家を訪れた。小泉商店社長の孝太郎から「きちんとフミさんのお母さんにお話をしてきなさい、そのうえでご了解が頂けたら結婚式を挙げよう」と言われていた。

久々に帰る家ではあるがフミの心は重かった、(いくらなんでも黙って出てきたのは悪かった。置手紙でもしてくるべきだった)と後悔していた。激情に駆られてつんのめるように行動した自分の<若さ>が苦かった。

自宅の玄関の前で立ち尽くしているフミの背中を、護郎がやさしくなでて「さあ、思い切ってゆこう。私もいるから大丈夫じゃ」と広島訛りの混じった言葉で元気つけた。護郎の腕には赤ん坊が抱かれて、赤ん坊は護郎を見て笑う。護郎も赤んぼにやさしく微笑み返す。

意を決したフミは思い切って玄関の戸を開けた。呼び鈴がチリリンとなり数瞬の後「はい?」とフミの母親が出てきた。

そして、玄関先に立つ娘たちをみたフミの母親は

「フミ!どこに行ってたの?心配したのよ!」

というなりフミに抱き付いて泣き出した。驚くフミと護郎に、顔を上げた母は「さあ早く入って…」と中に招じ入れた。

居間に入ると母は護郎の手から赤ん坊を受けとると涙ながらに抱きしめた。そして「あの地震に巻き込まれたの?」と聞いた。フミがうなずくと母親は「よく無事で…。そのあとどこに?」と聞く。そこで護郎が詳細を話すと母親は護郎を見つめて

「指月さん、今までごめんなさいね。私は結局自分のことしか考えていなかったようです。この子が本当に幸せになれるなら反対なんかすべきじゃなかったのに、自分の物差しでしか見ていませんでした。孫の顔もろくに見ないで物置小屋に押し込めて…。フミは私を許してはくれないだろうね、それでもいい。フミは幸せになりなさい。指月さんと広島で暮らせるようにしてもらいなさい…」

と言って泣いた。フミも泣いた。

護郎が

「おかあさま。私の方こそ勝手なふるまいをし、フミさんを却って不幸にさせてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます。いくらお許しが出ないから、そして私のほうも受け入れられない話があったからと言ってしてはいけないことをしてしまったことは決して許されないことと思っています…」

とそこまで言うと男泣きに泣いた。そしてしばらく泣いたが顔を上げ涙をぬぐうと

「私は東京支店に来ることになりました。ですからフミさんも東京にいます。∸-ですからどうか、どうかフミさんを許してあげてほしいのです。その代り私は許されなくてもいいんです…どうかフミさんは、そして子供だけは…」

と言って再び泣いた。

その二人にフミの母は「誰も責めません、もう水に流しましょう…こんなかわいい孫が出来て私は幸せ者です。そして、こんなにまで娘を想ってくれる人がいるなんて、これ以上の幸せがありますか…。指月さん、娘を、孫をよろしくお願いします!――フミ、今までごめんなさい。幸せにしてもらいなさい」

と言って三人は赤ん坊を真ん中にして抱き合って泣いたのだった。

そのあと、指月護郎は広島の『小泉商店』に連絡を取り孝太郎の祝福を受けた。挙式は来月に予定され、二人の前途を皆で祝うことになった。

 

 

そんな中、小泉純子兵曹のもとに継母から手紙が来た。

「なんねおかあさんは。うちに何の用じゃ?」

そういって封筒を見つめる小泉兵曹に、桜本兵曹は「何の用じゃ言うて親子なら用があっても無うても便りが来るんは当たり前じゃ」と笑った。

「ほうね」という小泉兵曹、中身を読んでから妙な顔つきになるとオトメチャンを見て

「おかあさんはオトメチャンに御用みとうじゃわ。いつか休暇の時にでも来てつかあさい、お話したいことがあります、じゃと」

と言って便箋を手渡した。

オトメチャンは「うちに?なんで小泉のお母さんがうちに御用があってじゃろうねえ?」と首をひねった。

が、「まあええわ。休暇に入ったらいの一番にお伺いしますけえ言うて返事を書いておいてくれんさい」と言った。

 

それぞれの「あの日」以後でありそれぞれ幸せな方向に進んでいるようである。

 

そして今日も主計科事務室では棗特務大尉がそろばんをはじきながら「オトメチャン言うたねえ…あの子がうちにはどうにも気にかかってならんのじゃ。あの子…」とつぶやいている―ー

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・

 

梨賀艦長、その留守家族。日野原昭吾に桐乃。指月護郎にフミ。そして小泉兵曹。

あの震災にかかわった人々のその後でした。小泉兵曹の継母・エイはオトメチャンにいったい何の御用があるのでしょう?そしていつもながら気になる棗主計大尉のつぶやきは…!?

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熱血VS冷静 7<解決編> - 2015.05.27 Wed

松岡トシ少佐は、防空指揮所のあまりの高さに卒倒してしまった――

 

高田兵曹はマツコとトメキチに

「すまんが誰か呼んできてくれんかのう。松岡少佐は高所恐怖症らしいで。そんとな人がようここに上ってきんさったもんじゃ」

と言いマツコがそこを出ようとしたとき騒ぎを聞きつけたのか麻生分隊士と松岡修子中尉がやってきた。そしてその場に昏倒している姉少佐を見るなり麻生分隊士は少佐に駆け寄ってその場に膝をついて

「松岡少佐、松岡少佐。しっかりしてつかあさい!」

と叫んでそのほほを軽く叩いた。だが目を覚まさない少佐を分隊士は抱き起し

「分隊長!松岡少佐を医務室に連れていきますけえ、背負ってください!」

と叫ぶ。すると松岡中尉は「なんですとー!」と叫んだ。すると分隊士はキッと松岡分隊長をにらみつけると

「なんですとー、ではないですよ分隊長!あなたのお姉様がここで気をうしなっとってですよ?あなたが医務室に連れてゆくんは当ったり前でしょうが!」

としかりつけた。

松岡中尉は、「うむ!」と一声唸るとラケットを麻生分隊士に渡した。これには分隊士は少しびっくりした。普段松岡中尉は大事なラケットを人に簡単に手渡したりしないからである。

分隊長は

「その通りですね麻生さーん。では私の大事な、命より大事なラケットをあなたに預けますからね。しっかり持っていてください。∸-というわけで私は姉の少佐を医務室に連れて行きますからね。さあ麻生さんあなたも一緒に来てちょうだいなっと!」

と言って高田兵曹に手伝ってもらい姉少佐を背負って下へと降りる。そのあとを麻生分隊士と高田兵曹がマツコトメキチニャマトとともについてゆく…

 

医務室に来かかると松岡中尉は大きな声で

「軍医長~、日野原軍医長!急患であります!」

と軍医長を呼んだ。医務科診察室の中から「おーう、どうしたね?」と声がしてすぐに日野原軍医長が姿を現した。

麻生分隊士が「じつは」と詳細を語り、その間に診察室に入った松岡中尉は高田兵曹とともに衛生兵曹の指示でベッドに少佐を寝かせる。

話を聞いた日野原軍医長は「そうだったのか」とうなずいてから白衣の前を掻き合わせて、聴診器をかけると<患者>のもとへ。高田兵曹が心配そうに少佐のそばに立っている。

軍医長は患者の血圧を計ってのち軍装の前をそっとはだけさせて肌着の隙間から聴診器の先を差し込み心音を聞いてから

「心配ないね。しかし相当高いところが嫌いなのだろう…そんな人を、防空指揮所にいきなり連れていったのですか松岡中尉は」

と松岡中尉に向き直って問いただした。

松岡中尉はラケットを麻生分隊士から返してもらいながら「はい、私は姉の弱いところを直してやろうと思ったんですよこれが。少佐にもなってあれが怖いのこれが嫌いのなんて変じゃないですか?少なくとも私はそう思ったんです、ですから」と言ってベッドの上に横たわる姉少佐をみた。高田兵曹が何か言いたげな顔で松岡中尉の顔を見つめる。

日野原軍医長は、高田兵曹のその表情を見逃さなかった、「高田兵曹、」と声をかけ兵曹は「はい」と軍医長をみた。

日野原軍医長は

「ねえ高田兵曹。松岡中尉はそういうが、兵曹はどう思う?――いや、ここでは思ったことを言いなさい。松岡中尉、そしてあなたは何をこの高田兵曹から言われても黙って聞きなさい。いいね・」

と言って松岡中尉は「いいですとも!高田さ~ん、あなた熱くなっているようですね?熱いあなたのお言葉私は何でも聞きますから遠慮なく言ってちょうだい」と言い、日野原軍医長は笑顔で「――だそうだ、だから言いたいことを言いなさい」と言った。

高田兵曹はゴクリ、と喉を鳴らしてから

「失礼を承知で言わせていただきますが…弱いところを直してやろうなんか大きなお世話じゃ思います。少佐であろうがなんであろうが怖いもんがあって当然じゃないですか?うちは松岡少佐と先ほどお話しさせてもろうてなんとのうわかりましたが、少佐は子供のころからえろう我慢を強いられてきたみとうですね。そして年よりも大人になることを望まれて、それは少佐にとってはつらいことじゃった想います。それに長女、一番上の子じゃからいうてやりたいこともさせてもらえんかったと聞きました。一番上じゃけえきっと親御さんの期待も大きかったんじゃと思いますがそれは少佐にとってはつらくて嫌なことじゃったんでしょう。

松岡中尉あなたそういうお姉さんの気持ちを思いやったことがあってですかのう?ないでしょう?じゃけえお姉さんに対してきついものの言い方やお姉さんの好きでない高いところに連れだしたりするんでしょう?中尉、もっとお姉さんに対して想像力を働かしてつかあさい。あなたはやりたいことをしてえかったでしょうがお姉さんは出来んかったんですよ?それを見てこんかったんですか?」

と一気に語った。

日野原軍医長は黙って聞いている。マツコトメキチニャマトも黙って少佐のベッドのそばに座って兵曹の言葉を聞いている。

麻生分隊士がやや厳しい視線を中尉に送っている。

松岡中尉はしばらくの間ラケットを握ったまま黙って考えているようだった。

長い時間が、沈黙とともに過ぎていく。――と、布団がこすれる音がして松岡少佐が目を覚ましたようだ。

「あ…私はいったい?ここはどこです?」

少佐の声がし、麻生分隊士が駆け寄って小声で何やら話しかけている。しばしの後、少佐がベッドから降りてきて日野原軍医長のもとへ来ると

「ご迷惑をおかけしました。そしてありがとうございます」

と言い、今度は妹中尉の前に立った。皆――日野原軍医長・麻生中尉・高田兵曹にマツコたち――も一様に緊張の表情になった。

少佐は「修子」と話しかけた。そして

「私はあなたといつも引き比べられて本当に嫌でしたよ。昔っからね、そう昔っから。そして私は一番上の子供だというだけで大人っぽくふるまうことを強いられるは、親の決めた道を進むように強いられるはろくなことはなかったわ。でもあなたは自分の生きたいように生き、しゃべりたいことをしゃべり、やりたいことをやり本当に天真爛漫というのか奔放で羨ましかった。私だって…そうしたかったのに。させてもらえなかった、そんな人間の気持ちがあんたに判る!?感情を押しころさなきゃいけなかった人間の気持ちが!」

と叫ぶように言った。感情が沸騰しているように思える。

「あんたはいつもバカみたいなことを言ったりやったり、周りをびっくりさせるようなことばっかりやって!私はね、私は…」

そこまで言うと少佐は滂沱として涙を流し始めた。ひくひくと肩を大きく波打たせて泣きじゃくる。

松岡中尉は静かに

「私は…なんですか?」

と尋ねた。しかし少佐は泣くだけで話ができない。そんな姉を見ながら松岡中尉はハーッと大きな吐息をついた。

そして天井をじっと見つめると

「そうだったんですか姉さん。私はそうすると大変な誤解を何年もしてきたことになりますね。私はね、姉さん、あなたはもともとそういう性格だとずーと思っていたんですよ。だってあなた、私が物心ついたときにはあなたはもうそんな感じでしたでしょ?ほんとのこと言ってなんてつまらない人なんだろうって思ってましたよ。だもんでちょっとばかりあなたを馬鹿にする心もありましたね、申し訳ないことだと今になって思いました。

もっと早く二人でじっくり話が出来たらよかったんですがねえ…でもまあこうやって今日話が出来ただけでもよかったんじゃないですか?

で?『私は』のあとなんと言いたかったんです?このさい何でも言っちゃってくださいよ」

と言って少佐を見て笑みを浮かべた。

松岡少佐はひくひくと泣いていたが、日野原軍医長の差し出した手拭いを受けとると涙をそれで拭いた。高田兵曹と麻生中尉が心配そうに見守る中、松岡少佐は丁寧に涙を拭き軍医長や兵曹、麻生中尉にそっと頭を下げると、キッと妹中尉を見据えた。

そして叫んだ。

「私は!私は――あんたみたいに何かを振り回しながら馬鹿言ってみたかったのよ!!」

 

一同、あぜんとすると同時に何かうれしいようなおかしいような気分になった。松岡中尉は「姉さんの本音はそんなところにあったんですか?だったらそうしたらよかったのに」と言ったがトシ少佐は

「家にいる間なんか、できるわけがないでしょう?それにきっかけがなくって今までできなかったの」

と言った。松岡中尉はラケットを振り上げると

「では今から松岡トシ少佐は熱い女になりましょう!今までのつまらん呪縛を解いて、さあ新しい自分に生まれ変わるんだ、あきらめてんじゃないぞ!」

と叫ぶ。軍医長も高田兵曹も、マツコトメキチニャマトも笑った。

麻生分隊士が笑いながら

「では少佐は何を振り回しますかのう?なにがええでしょう」

というと、トシ少佐はにっこり笑って軍装の背中に手をやって何かを取り出した。そしてそれを松岡修子中尉の目の前に突き出すと

「私はこれ!これであなたをしばきたかったのよ」

というなりそれを振りかぶって修子中尉の頭を思い切り、ひっぱたいた。

松岡中尉の頭でそれはそれは素晴らしい音をさせたものは―ー少佐手製の「ハリセン」だった――。

 

そしてその晩、『大和』艦内を「熱くなれよ!」「あきらめんなよ」と叫びながらラケットとハリセンを振り回し走り回る松岡修子中尉と、松岡トシ少佐の姿があった。

心のうちのもやもやを、高田兵曹によって解き放たれた松岡少佐は大変高田兵曹に感謝して「あなたのおかげで私はなりたい自分になれました、本当にありがとう。あなたももっと熱くなってね」と言ったのだった。
しかしそんな姉妹の姿を見せつけられた乗組員たちの驚愕は普通ではなかったが。

 

マツコがその晩、航海科の居住区で眠りにつく前にトメキチに

「人間って複雑だけとその実単純なのかもね。それともその反対?アタシもうわからなくなってきたわ」

と頭を抱えた。トメキチがそんなマツコを気の毒そうに見ながら

「そうねマツコサン。僕も良くはわからないけど…一つだけよく分かったのは、松岡少佐さんが今はとっても生き生きしているってことよ。ここに来た時とは別人みたいに」

と言った。

それでいいんだ、とマツコは思いその瞼を閉じた。

 

そして松岡姉妹は今夜はニャマトと一緒に幕僚室を借りて眠りについている。

梨賀艦長以下は意外な展開に驚いたり呆れたりしながらもほっとする思いで今日という日を終えたのだった――

 

                 ・・・・・・・・・・・・・

 

どうなるかと思ったらこんなことか(;´Д`)。でも、高所恐怖症が意外な展開を引き出したわけです。妙な対決にならなくってよかったかも。

そして高田兵曹ご苦労様でした。
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熱血VS冷静 6 - 2015.05.24 Sun

高田兵曹は亀井上水に伴われて防空指揮所へ上がった――

 

風が吹き付け、初めてここに来る高田兵曹はその風の強さと何よりその高さに一瞬ひるんで踏み込んだ足を引いてしまった。が、亀井上水に「こちらです」と手を引かれた。

高田兵曹は指揮所の前部に連れていかれそこにしゃがみ込んでうなだれ、泣いている松岡少佐のそばにしゃがんだ。

高田兵曹は

(なんね、立派な海軍士官、それも少佐がこげえな無様な姿を見せるんかね?)

と内心びっくりしたがそばにいると彼女―ー立派な海軍士官―ーの胸の奥に秘められた哀しみとかやり場のない憤りのようなものが伝わってくるような感覚を覚えた。

麻生中尉が松岡少佐に

「高田佳子海軍上等兵曹です。彼女と話をしてみませんか?うちらはちいっとはずしますけん」

と言って高田兵曹にそっと目くばせをすると一同そこを出た。松岡中尉は何か言いたそうだったが麻生中尉に

「ここは二人にしとくんが良策です。分隊長はちいとものの言い方がきつうないですかのう!」

と言われて引っ張り出された。「何を言うんです麻生さーん」とラケットを振り回して暴れそうだったので「オトメチャンうちが分隊長をおさえとくけえその危ないラケットを取り上げろ!」と分隊士が指示、オトメチャンは「はいっ!」と小さく叫んで分隊長からラケットをもぎ取って自分が抱えた。そのオトメチャンに松岡分隊長は

「さすがです、さすが麻生さんの寵愛を受けている特年兵君、やることが的確ですね。みなさんこれこそ、ツーカーの仲というんですよ、熱くなってるなあ!――でも特年兵君、私の命より大事なラケット、壊さないで頂戴な」

と言いながら麻生分隊士に引きずられてゆく。後をオトメチャン、亀井上水たちがぞろぞろついていく。

動物であるマツコトメキチニャマトたちはそれとなくその場に残る。(あたしたちだからこそできることがあるかもしれないものね)とマツコは思っている。

 

さて高田兵曹はしばらく松岡少佐の泣くに任せていた。(こういう時は思いっきり泣くがええんよ)と兵曹は思っている。

やがてようよう泣き治まった少佐は顔を上げて兵曹をみた。兵曹は立ち上がり「高田上等兵曹であります」と自己紹介した。松岡少佐はそっと立ち上がって返礼したがすぐにへたり込んでしまった。そして

「だらしない士官だとお思いでしょうね…でも実際そうなんです。私はだらしのない士官、いや人間なんだ」

と言って再び瞳を潤ませた。高田兵曹は「うちは、松岡少佐をそんとな人間じゃと思いません」と言い切って少佐は兵曹を見つめた。

兵曹は

「誰だって苦手なもの嫌いなもののいくつかはあります。少佐はそれをひた隠しにして生きてこられたようにうちはお見受けしました。聞きかじったことじゃけえまちごうとったらごめんなさい、少佐は松岡中尉のお姉様じゃ言うて伺いました。長女とか兄弟の中で一番上言うんはやれ、『下のもんの手本になれ』じゃの『ええ学校に入らんといけん』だの言われてきつい立場じゃ言うんはうちもようわかっております、うちにも兄が居りましたけんね。ほいでも兄は、あの家の実の子じゃったからそげえにきつうもなかったでしょう。家の後継ぎとして当たり前のことばかり言われとったんですから」

とそこまで言って一旦言葉を切った。中佐は

「おにいさまは実の子?そしたらあなたは…どういうことでしょう…」

とこわいものでも聞くような表情になって兵曹に尋ねた。兵曹はしかし笑って

「うちはあの家の本当の子供じゃなかったんです。うちは――」

と自分の生い立ちを語り始めた。そして、つい最近野田の家と縁を切り高田家に養子に入ったことを笑顔で話した。

松岡少佐は息をのんで

「そんなことがあるのですか…しかしあなたは本当にご苦労なさったんですね」

と言って大きなため息をついた。高田兵曹は「ほいでも少佐、」と話を続ける。少佐は高田兵曹の瞳をじっと見つめる。

「うちはまだそれでもええ方です。毎日飯を食うことができあったかい布団に眠れ、一応不自由は無う暮らせました。でも――先ほどまでここに居った桜本兵曹はうちとなんぞ比べ物にならんほどのひどい扱いを受けとりました」

兵曹はオトメチャンの話もして、少佐はさらに大きな衝撃を受けたようだ。

「そんなことがあっていいのでしょうか、そんな話は小説本の中だけだと思っていましたが。∸-皆苦労をしてきている。私の苦労など」

そういって少佐は言葉を切った。

兵曹は

「少佐、うちがこげえな話をしたから言うて、少佐に『少佐の経験なんぞ大したことない、我慢せえ』いうンとは違いますけえ、勘違いはなさらんでつかあさいね。それぞれの経験はそれぞれにとって重いものです。うちは松岡少佐のほんとのお心が知りとうて自分と仲間の話を出してみました。少佐も出来たら…うちみとうな下士官風情に話すことではない、思うかもしれませんがこれも何かの縁じゃ思うてお話しししてくれませんかのう?」

と穏やかに話した。

少佐はその兵曹の瞳をしっかり見つめてうなずくと

「私の話を聞いてくださるんですか?」

と言った。高田兵曹は微笑むと「もちろんです!」と力強く言って、少佐は座りなおすと語りだす――

 

――私は松岡家の長女そして長子として生まれました。私の二つ下には修子がいましてそのさらに三つ下には弟がいます。私は物心ついたころから親に大変厳しくしつけられました。子供らしく振舞うことができなかったんです。いつも大人のように人と接しなくてはなりませんでした。友達もあまりいなく―ーあたりまえですよね、いつも大人みたいにふるまう子供と遊びたいなんて思う人はいませんよ――学校が終われば一人で家の中で過ごすことがほとんどでした。やりたいことも出来ず、反対にやりたくもないことを押し付けられてつらかった。なのに妹の修子や弟は自分のしたいように生きて、それでも叱られることがほとんどありませんでした。そして一番嫌だったのがきょうだいの手本となるようにと言われて勉強ばかりさせられたことでしょうか、でも私そんなに頭は良くなかったので手本になれはしなかったんですがね。ずいぶん叱られましたよ、『お前はそれでもこの家の長女か』ってね。妹たちはそんな私を見て陰で嗤っていたみたいです。出来の良い修子と比べられたことだってあります、あれは本当に嫌ですねえ。

それに『苦手なものがあってはいけない』とも言われましたし…。

そんなことをされているうちに私の心から温かい感情がどこかに消えて行ってしまったんです。

人を思いやるとか助けるとか、そんな感情が日に日に薄くなって、それは自分でも怖いことでした。でも自分ではどうしようもなかった…。

人並みに友人と遊びに行きたい、それもだめ。絵をかきたい文章を書きたいそれもだめ、だめだめ尽くしのそんな私が希望を見出したのが「海軍兵学校」への入学でした。海軍に入ってこの家から、親兄弟から離れられたらあるいは本来の自分が還って来るんではないかと思いましてね。ええ、兵学校に何とか入れました。でもハンモックナンバーは下の方でした。でも私はそれでもよかった、自分らしく生きて行けることができたんですもの、これは人生で初めての壮快な体験でしたよ!

そのうち修子がやはり私の後を追うように兵学校に入ったという話を家から聞かされ、正直逢いたくないなあと思っていました。修子の方が頭はよくきっとハンモックナンバーも上でしょうし、またそこで比較されるのは嫌ですもの。

で、これまでずっと修子と逢わずに来ていたんですが今回とうとう。

久しぶりに見た修子はうわさに聞いていたようにラケットを振り回してバカみたいなことを言って、皆様にはとてもご迷惑なことでしょう。人を馬鹿にしたようなあの態度も治っていないし。

それを目の当たりにしたら腹が立ってしまって、みなさんにはみっともないところをお見せする羽目になりました。

本当に…ごめんなさい。そしてありがとう、私の話を聞いてくださって。感謝します――

 

高田兵曹は、松岡少佐の話を聞き終えると

「ほうじゃったんですか…少佐もご苦労なさっておられたんですね」

と唸った。そして

「松岡中尉とそういうことについてお話をなさってこんかったんですね、今まで?」

と言った。果たして松岡中佐は頷いて「しませんでした」と答えた。ほうですか、と高田兵曹はため息をついてはたと膝をたたいた。そして

「一度中尉としっかり対決なさったらええですよ。言うてただ暴力をしたらええんじゃない、少佐の思うてることをそのまま松岡中尉にぶつけんさったらええ。思い切りぶつかっていったら中尉もわかってくれんさるんじゃないかとうちは思うんですが」

と言ってみた。

松岡少佐はしばし考え込んだが「そうですね。私は今まであの子と正面から話し合ったりぶつかり合ったことがなかった。――いい機会だからそうしてみようかしら」と言って高田兵曹は頷いて立ち上がった。

「ほんなら早い方がええ。少佐は今夜『大和』にお泊りになりんさるそうですからええ機会じゃ、今夜にでもなさったらええですよ」

そういって兵曹は艦首の方に向かって深呼吸した。そして「少佐も如何です?ええ気分ですよ!」と言い、その言葉につられて立ち上がり、周囲を見回した松岡少佐だったが。

次の瞬間――その場に昏倒していた。

 

松岡少佐、高所恐怖症だったのだ。ちょっとした騒ぎに陥った高田兵曹そしてマツコトメキチニャマトであった――

 

        (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

胸の奥のもやもやを少しでも吐き出せたでしょうか松岡少佐。さあこの後妹の松岡中尉との本当の「対決」です。

どうなりますでしょうかご期待くださいませ。


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熱血VS冷静 5 - 2015.05.21 Thu

松岡姉妹はまず、第一艦橋に足を運んだ――

 

松岡中尉はさも偉そうにラケットを自分の前につがえて姉を「上から目線」で見て

「さあいいですか松岡少佐。ここが大和の心臓部と言ってもいい第一艦橋・別名昼戦艦橋です。知ってるか知らないか知りませんがここは読んで字のごとく昼間の戦闘時に使うんですよ。これが羅針盤、そこら辺にたくさんあるラッパみたいのが伝声管、そして双眼鏡。航海の時この辺に梨賀艦長は立つんですよ。そして戦闘の時艦長はこの上の防空指揮所の羅針儀のところに行くんですよこれが!私の主なる配置でもありますがね、これが――ウフフフ、怖いんですよあなた!実際戦闘になったらガンガン敵機が飛んできちゃあ、バリバリと機銃掃射するんですからね、ハイ、生きた心地なんかありませんよあなた。

でもだ!この熱い女松岡修子中尉はこのラケットで敵の機銃弾を打ち返し、もういったい何機撃墜したでしょうねえ?きっとどこかの航空隊の搭乗員にも負けないと私は思いますよ?ではその私の主なる配置、防空指揮所に行って見ましょうか。ただし…心してくださいね」

と一気に話してにやっと笑った。

姉の少佐は

「ほう?なにを心せねばならんのかね」

と言って妹の中尉をみた。すると松岡中尉は手にしたラケットで姉中佐を指すと

「すげえ高いところにあるんですよ!グフフフ…海面から何メートルあるかわからないほど高いんですよ。グホホホ、怖いですよ~すっげえ高いところにあるんですからね。さあ、しっかりふんどしを締めなおしていきましょうかあ!」

と言って呵呵大笑した。そして歩き出す。

松岡少佐は顔色変えずに妹の跡をついてゆく。そのあとをマツコとトメキチ、ニャマトがついてゆく。マツコがそっとトメキチに

「ねえ?松岡少佐は高所恐怖症だと思う?だとしたらちょっと危ないわよ。マツオカの奴何をしでかすかわかったもんじゃないわよ…どうするあんた」

と囁く。するとトメキチはにやっといたずらっぽく笑うと

「かみ殺すんでしょ?マツコサン」

と言い、マツコの背中のニャマトも「ギャマト!ギャマド!」と言ってその小さな歯をむき出すようにして叫んでマツコは

「覚悟が出来てんのね、ならばよし!」

と言って勇ましく足を踏み鳴らして歩く。それを見て松岡少佐が

「おや、ずいぶん張り切ってるわねえ鳥さん方。あなたたちも大変ねえ、シューコの気まぐれにつき合わされて」

とため息をつく。トメキチが少佐に飛びついて

「でもいいんです。僕たちマツオカサンと一緒にいると楽しいから。少佐さんは楽しくないの?」

と尋ねた。松岡少佐はトメキチをひょいと抱き上げるとその耳に

「私はね…」

とだけ言って黙った。トメキチは先を聞きたかったが松岡中尉がなにかわめいたので聞きそびれた。そしてトメキチは松岡少佐の胸の鼓動が嫌に高鳴っているのを感じ取っていた。

そして一行は防空指揮所に到着。今日はもう、初夏を感じさせる日差しとやや強めの風が指揮所に吹き付けている。後部のアンテナ線に風を切る音がヒューヒューと聞こえてくる。

松岡中尉は

「やあ諸君!私の大事なかわいい皆さん元気かい?今日は私はちょっとしたお客さんを連れてきましたよー」

と叫んでラケットを振り回した。ラケットがヒュッと風を切る音がした。

麻生分隊士が指揮所の後部から走り出てきて少佐を見るなり敬礼した。桜本兵曹や小泉兵曹、亀井上等水兵や酒井水兵長、石川兵曹たちも並んで敬礼。少佐の返礼を受けた後分隊士は

「私は麻生太海軍特務中尉であります。分隊士を仰せつかっております!松岡中尉にはいつもお世話になっております!」

と大声で申告し、松岡中尉は

「麻生さーん、あなたいいご挨拶ができるじゃないですかあ。さすがですね。さすが中尉になるだけの人は違いますねえ、とってもいいご挨拶!よくできましたね、熱くなっているぞ麻生さーん!」

とまるで子ども扱いで、麻生分隊士はちょっと不快な顔になった。それでも松岡中尉の姉の前であるから必死でこらえる。桜本兵曹が心配そうにそっと麻生分隊士を見上げた。

すると松岡少佐が

「まあなんて失礼な言いぐさでしょう。麻生中尉どうぞお気を悪くなさらないでくださいね、妹のシューコは昔っからこういうことばっかり言ってお友達をなくしてるんですからね。全く仕方のない妹で恥ずかしいですがどうぞ皆様には松岡修子をお見捨てなく願います」

というと頭を下げた。泡を食ったのは麻生分隊士で慌てて

「松岡少佐、どうぞ頭を上げてつかあさい!うちは何とも思うちゃ居りませんけえ、どうか!」

と言って、松岡中尉が姉の背中をバーンとひっぱたいて

「ほらほら、麻生さんも言ってるじゃないですか。あなた私を悪く言いすぎですよ?いったいどうしたらそんなに私を悪く言えるんです?あなた熱くなり方を間違ってませんかねえ?だからあなた冷静、いや冷酷だって私は言うんですよ。熱く太陽のような私にとってあなたは冷たいとしか思えませんがねえ、違います?」

という。

と、松岡少佐はいきなり妹中尉の胸ぐらをひっつかんだ。おお?やりますかあ、という松岡中尉に姉少佐は

「冷たい、冷酷だ!?なに言ってるんだ貴様あ、私はそうなるようにずっと昔幼いころからしつけられてきたんだよ!あんたと私はたったの二つ違い、なのに私はあんたが生まれたときから<大人>のようにふるまうことをしつけられてまったく窮屈だったらありゃしない!あんたは妹という立場でお気楽極楽だったでしょうがね、私は長女であり姉であるというだけではしゃぐことも子供らしく遊ぶことも許されなくって…。年齢相応にしていけないなら冷酷にもなろうが?ああ?そんなこともわかんないのか、本当にお気楽だねえあんたは!信じらんねえわまったく。

それにあんたは自分のやりたいことを出来てよかったじゃないの私なんかねあんた、思い通りにできたのは海軍兵学校への入学だけよ!私だってテニスもしたかったし文章も書きたかった、落語も聞きに行きたかったしカフェにも行きたかったわよ!なのに私は両親からあれはダメこれはダメ言われて…そういう人間の気持ちがあんたに判って!?」

と一気に叫んだ。

そして次の瞬間、少佐はその場にくずおれて号泣し始めた。

さあ、驚いたのは麻生分隊士とその配下の桜本兵曹たちで「どうしたらええんじゃろう」「困ったわあ、松岡分隊長がお姉様の少佐を泣かしとる」と言いあって一塊になっている。

「ほうじゃ!」

とその時桜本兵曹が小さく叫んだ。どうしたんじゃねという麻生分隊士に桜本兵曹は

「松岡少佐のお話、どこかで聞いたことがある思いませんですかのう?--うちは少佐の生い立ちいうんがなにか、高田兵曹に似とってじゃ思うんです。似たような体験を持つ高田兵曹と一緒にお話ししたら松岡少佐もちいと落ち着かれるんじゃないか、思うんですが如何でしょうか」

と言った。

麻生分隊士の顔が明るくなり

「ほうじゃな!うちもどこかで聞いたような話じゃ思うたが高田兵曹の話に似とるけえ、高田兵曹にここにきて少佐と話をしてもろうたらええな…おい誰か高田兵曹を連れてこいや!」

と言って亀井上水が走り出して行く。

そしてその場に打ち伏して泣く松岡少佐のそばに膝をつくと

「松岡少佐、我々少佐のお気持ちようわかりました。実は我々の艦の仲間にも少佐の体験に似たような生い立ちを持った下士官がおってです。ちいとその下士官と話をしてみませんか、高田兵曹言います。彼女を呼びましたけえぜひお話をしてみてつかあさい」

と優しく背中に手を置いた。

すると泣いていた松岡少佐が涙にぬれた顔を上げて麻生分隊士を見つめた。そして

「そのような方が、『大和』にもいるとは。ぜひ、その人とお話しさせてほしいです。高田さん、ですね。その方と無礼講で話をしたいです私は」

と言ってその場に座りなおした。

 

亀井上水は高角砲分隊の居住区に走った。そして居住区の入り口で同年兵嬢を見つけ

「高田兵曹は居らんか?うちの分隊士が御用じゃ」

と言って高田兵曹がやってきた。

「おや、あなたは航海科の?」

という高田兵曹に亀井上水は手短に用件を話し、兵曹は「わかった」とうなずくと亀井の同年兵嬢に

「ちいと込み入った話らしいけえ言ってくる。防空指揮所にゆくけえ、済まんが生方中尉に話をしておいてほしい」

と頼んで亀井上水とともに走り出した。

そのちょっと後にその話を聞いた生方中尉はうれしそうに笑いながら

「ほう!高田兵曹に直々のご指名とはね、高田兵曹も頼られるようになったんだねえ。うん、いいことだ!」

と言った。

 

亀井上水と高田兵曹は、防空指揮所へと小走りにゆく――

 

   (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

なんだか雲行きが怪しくなってきた松岡姉妹です。冷静なはずの姉少佐が噴き出すように自分の感情を吐き出し始めました。

そして助けとなれるか高田兵曹!

緊迫の次回に続きます。

 

 

<近況>・このところ仕事終わりの時間が遅いためなかなか更新できず、また右手の腱鞘炎が再発しそのせいでの不眠も重なりへとへと状態です。でも書きたいことがあふれています!頑張ります^^。


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熱血VS冷静 4 - 2015.05.17 Sun

松岡修子中尉は仏頂面で姉の松岡トシ少佐と艦内を歩き出していた――

 

「あなたたちは本当にいい動物さんたちね。でも私、今の今まで知らなかったわ、『大和』にこんなに大勢の動物さんがいるなんてね」

松岡少佐はそう言って腕に抱いたトメキチに囁きかけ、傍らをゆくマツコの頭をそっと撫でた。そしてマツコの背中に下がっている袋の中からこちらを見つめているニャマトに微笑みかけた。

すると松岡中尉は恐ろしい形相で振り返ると

「そんなことも知らないなんて、いけませんねえ。熱く生きていない証拠です!この全海軍期待の弩級艦『大和』に三匹の動物がいるなんてもうとっくに全海軍に広まってるんですがねえ。少佐あなたもっと情報網を広げて熱くなりなさい」

と噛みつくように言ってラケットを振った。

少佐はフフッと笑いマツコたちを見て「――だそうですよ、みなさん」と言って楽しそうに歩く。マツコが「マツオカッたら何を言いがかりつけてんの?あんたちょと今日おかしくない?」と言ったのへトメキチが

「マツコサン今日だけじゃないでしょ」

ととどめを刺す。松岡トシ少佐が

「なんだワンちゃんたちのほうがずっとよくわかってるじゃないの」

と大笑いし、松岡中尉は「黙りなさいあなたたたたち!艦内は静かにゆくものです!」としかりつける。

途中行きあった兵隊嬢たちは少佐に敬礼する。

その兵隊嬢たちに少佐は

「私はこの松岡中尉の姉で松岡トシ海軍少佐です。いつも妹が迷惑をかけてごめんなさいね…姉として謝ります。どうぞ妹をお見捨てなく願います」

とあいさつし、兵隊嬢たちは

あの(・・)松岡中尉のお姉様!ご丁寧にありがとうございます。松岡中尉はいつも熱うなっておられてうちらを励ましてくださいます。うれしいことであります」

と返事をする。松岡トシ少佐は(無理してるなあ…きっとシューコはやりたい放題なのでしょう。困った子)と思っているがおくびに出さず微笑む。

松岡中尉は「何を余計な事をしゃべってるんですか!行きますよまったくもう」と愚痴りながら先を行く。そして「ここは何々、あれはなになに」と説明しながら松岡中尉は歩き、そのたびにトシ少佐は近寄ってみたりその場の兵隊嬢に話しかけてみたりして見聞と交流を広めている。

松岡少佐に出会って話をした将兵嬢たちはみな「松岡少佐はええお人じゃ、ちいとも偉そうなところがのうて、ほいでも威厳がありんさる。ああいうお人は海軍広しというてもそうそうおらん。松岡中尉のお姉様じゃ聞いたが、本当のお姉様かいな?」と言いあいうなずいている。

そんなさざめきはしっかり松岡修子中尉に耳に入っているので彼女は内心いらいらしつつ――いや、もうすっかり行動に表れているが――艦内を歩き回る。

トシ少佐はそんな妹を見ながら

「ねえシューコさん。そんなにカリカリしてはよくありませんよ?それがあなたのよくないところ。あなたのそんな精神状態で部下の皆さんを掌握できると思ってるの?熱くなるとあなたは言うけど何か間違ってない?」

と諭した。

すると松岡中尉は「なんですとー!」と叫んで振り向いた。額に汗を浮かばせ必死な表情である。それに対し松岡トシ少佐はいたって冷静に微笑みさえ浮かべている。

松岡修子中尉はラケットを握りしめ姉ににじり寄ると

「あ、あ、あ、あなたのそのヒッジョーに冷淡な、冷酷な言葉が大っ嫌いですよ私は、ええそうです大っ嫌いですとも!なんであなたはそういつでも、そう昔っから冷淡なんです?子供のころからあなたは私に対して冷たかったですねえ?覚えてませんかね、あの時もこの時もー!そのさまざまを今この場でびちまけましょうか!?」

と怒鳴った。

松岡トシ少佐はトメキチを抱えなおすと

「シューコさん、『びちまけ』ではありません。ぶちまける、でしょう?」

と訂正した。修子中尉はそのほほをカッと紅くすると

「はいはいすんませんねもう。間違えました、間違いは誰にでもあるでしょうが、そんな些末なことをいちいち重箱の隅を突っつくようなことしてあなたはうれしいんですかねえもう!あなたは昔っからそうでしたね、私の間違いをいちいち突っ込んできて。うっとうしいんですよそういうの!それでまた今大人になってまであなたは私に指導されなきゃいけないんですかねえ?私はもういい大人ですよ?」

と怒鳴ってラケットを振り上げた。

今にも少佐を殴りそうなその雰囲気にマツコが慌てて

「マツオカ、だめっ!」

と飛びついてその大きなくちばしでラケットの柄をがっと咥えた。

修子中尉はラケットを振り上げたままでマツコを見下ろして

「止めてくれるな鳥君!私はもう我慢ならんのです、この人を私は、わたしはああ!」

と芝居がかった声音で叫ぶ。

すると松岡トシ少佐の柔らかい掌がマツコの頭にそっと置かれ

「珍しい鳥さん、危ないですよ。この人のラケットはもう凶器ですからね」

と言って笑うと

「なんじゃとー!何が凶器じゃあ」

と修子中尉の絶叫が響いた。廊下の向こうを通りかかった数名の下士官嬢と士官嬢が立ち止まってこちらをうかがっている。

トシ少佐は至極落ち着いて

「そうでしょう?あなたそれを振り回してみなさんを恐怖に陥れているのでしょう、わかりますよそんなの。それにそのラケットはあなたの大事なものなのでしょう?なぜ大事にしないんですかねえ?ラケットカバーに入れてお部屋に大事に保管しときなさいな」

と返す。

修子中尉は

「大事大事、大事だからこそこうやって持って歩いてるんですよ私は。大事なものを部屋に置いといてもしとられちゃったらどうすんです?それ以前に私は大事なものは肌身離さず持っていたいんですから勝手にさせてちょうだいよ。カバーに入れろ?そんなことしたらいざというときさっと使えんでしょうが。そのくらいわかってちょうだいよ」

とさらに返す。すると少佐はトメキチを床にそっと置くと両腕を組み足を肩幅に開いて修子中尉の真ん前に立ちふさがるようにした。そして

「いざというとき?艦内で?ほー驚いた、あんた艦内でテニス大会するんですか。この艦内のどこでそんなことするんだか私に教えてちょうだいよ。変わった人ねあんたって」

と返すが先ほどより冷静さが少し失われたような感じを受ける。

修子中尉、

「だーれが艦内でテニス大会ですか?あなたね、常識でものを言いなさい!どこの世界に艦の中でテニスをする阿呆がいますか?私も以前に少尉候補生君と空母の飛行甲板でテニスの決闘をしたことはありますがね、艦内でなんかしたこた無いですよ。馬ッ鹿みたーい」。

すると少佐は松岡中尉の三種軍装の胸を指先で突いて

「ほらあなたそうやって人の揚げ足を取る、いやなクセねえ。昔っからそう、あなた人の揚げ足ばかりとってそれで嫌われてるのわからないの?よくそれで海軍兵学校に入れたこと!その前にあなたが『大和』に乗ってること自体がもう驚きね、あっと驚くタメゴローですよ」。

修子中尉、

「何言ってるんでしょうね『あっと驚くタメゴロー』って何でしょう?あなたはむかしから造語がお得意でしたからねえ、もっと熱くなればもっと昇進できたでしょうがいかんせんあなたには熱血が足りないんですよ。もしかして貧血症?」

とやればトシ少佐はさらにカッと来たようだが、向こうで姉妹喧嘩の行く末を見つめている下士官嬢たちの視線に気が付いた少佐は軍帽をかぶり直し、一種軍装の裾を軽く引っ張って咳払いをすると

「まああなたとここで言い争いをしても時間の無駄ってものですから、先をいきましょう…あなたの所属の航海科関係部署を見せてくださいね。あなたの直属の部下の皆さんにご挨拶したいですからね」

と気を落ちつけて言った。

修子中尉はいよいよこれから怒りと熱血のボルテージが上がるところだったのだが水を差されて不満の表情になったが人だかりができ始めていたので

「わかりましたよ。あなたと変なところで熱くなっても仕方がないですからね。対決はあとでにしましょう。――というわけでさあ、私のかわいい部下の皆さんを紹介しますから熱くなってくださいよーっ!鳥くんも犬くんもねこくんも熱くなっていくぞー!」

と叫んでラケットをぐるぐる振り回し始める。まるで水車のように回るラケットにトシ少佐は「まあ、危ない」とまゆをひそめた。が、修子中尉は走り出す。

そのあとを「待ってマツオカ!――松岡少佐さん行きましょ」とマツコたちが追う。

松岡トシ少佐は集まりかけていた下士官嬢たちのそばを通る時

「騒がせてごめんなさいね。あの子いつもこんな感じなのかしら…あとできつく叱っておきますからご容赦」

と言って皆は緊張して敬礼。

すると先を走っていた修子中尉が振り返って「何やってんですか、早く来てくださいな!もうあきらめてんのか、そうじゃないだろう!尻の穴を閉めろ、今日からあなたも富士山だ」と叫んだ。

 

冷静な松岡トシ少佐、この先タガが外れてしまうのだろうか――

 

  (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・

 

ちょっと大人げない言い争いが勃発しましたが、我に返った姉少佐。確かにあまりみっともないところをしたの階級の人たちに見られたくないものです。

そして『大和』に宿泊する姉少佐、そのお世話を修子中尉はどうするのでしょうか。緊迫の一夜は次回に!


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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