「女だらけの戦艦大和」・ここが私の故郷だ2

オトメチャンは『大和』に帰艦した――

 

そして夕食後の自由時間になって、居住区に麻生分隊士が苦虫を噛み潰したような顔でやってきて「小泉兵曹、おるか?」とよばった。

小泉兵曹はハンモックの中で本を読んでいたが顔を上げると「はい、おります」と言って入口の麻生分隊士のそばに行った。

分隊士はむつかしい顔のまま「ちいとこいや」と言って二人はどこかに行ってしまう。それを石川水兵長が見ていて、石場兵曹と一緒に縫物をしている見張兵曹のそばに行くと

「見張兵曹、麻生分隊士ちいと様子が変でしたねえ」

と囁いた。

見張兵曹と石場兵曹は同時に顔を上げて石川水兵長を見た、そしてオトメチャンは

「様子が変いうて、どがいに変なんじゃね?」

というと石川水兵長は

「えろう機嫌が悪うてらっしゃいます…小泉兵曹なんぞ悪い事でもしたんでしょうか」

と心配げに囁いた。石場兵曹は縫いかけのものを手箱に入れ込むとよいしょ、と立ち上がって

「ちいと見に行くか。小泉兵曹がなんぞいけんことをしたならそれは首席下士官のうちの監督不行き届きでもあるけえね」

と言い、石場・見張・石川の三人は連れだって麻生分隊士たちの言ったと思しきほうへ歩いてゆく。オトメチャンは「分隊士は何かあるときはたいがい、主砲塔のあたりに居るで?」と言って石場兵曹は「オトメチャンが言うなら間違いない。行こう」とそちらへ歩を速めた。

果たして主砲塔の陰に麻生と小泉兵曹はいて、麻生分隊士はなぜだかカンカンになって怒っている。少し離れた場所でオトメチャンは「どうしてあげえに分隊士は怒っとりんさるんじゃろう」と少し怖げに言った。

三人が耳を澄ますと麻生分隊士の声が聞こえてきた。

 

「なんでそげえに大事なことうちにだまっとったんじゃ。うちは貴様らの家族じゃ思うとるんに、何でね?うちはそげえに頼りないか、他人も同然か?」

半分涙を含んだような声に、オトメチャンたちは胸を突かれる思いで分隊士の声を聴く。

小泉兵曹が

「ほいでも個人的なことですけえ…だまっとったんは悪い思うてます。ほいでうちは分隊士を他人じゃとは思うとりません!」

と反論するのが聞こえた。すると分隊士が

「個人的なこと…その個人的な、いうんが他人行儀じゃいうんじゃ!――うちの大事な家族の、その家族の一大事をうちが知らんでええ思うとるんか!うちは…うちは悲しいで!」

というなり小泉兵曹を一発殴りつけるとその場を走り去ってしまった。

殴られてその場にしりもちをついている小泉兵曹のもとへ、三人はまず駆けつけた。そして彼女を抱え起こすと石場兵曹が

「何をしたんね?なんであげえに分隊士は怒っとッたんね?話してみんか」

と首席下士官らしい物言いで言った。小泉兵曹は殴られたほほをそっと撫でながら

「じつは」

と話し出した。それによれば、昨日彼女は嫁いだ実の姉の岸田今日子から手紙をもらっていた。それには広島の実家の父が病にふせっている、そして純子に会いたがっているから何とか来れないかと言うものであった。小泉兵曹はその手紙を居住区に落とし、それを折悪しく麻生分隊士が通りかかり拾ってしまい中を見てしまったのだ。小泉兵曹は分隊士と上陸日を交換してもらうとき手紙のことを言わなかったから、分隊士は機嫌を損ねてしまったのだ。

 

広島の実家には小泉兵曹が海軍入団の後亡くなった実母の後釜、父の後妻がいる。なんだか行きにくい実家ではあったが姉のたっての願いと病にふせる父の願いではいかないわけにゆかない、それに。

「それにもしも、父親が死んでしもうたら…二度と実家には行けんけえ」

小泉兵曹はそう言って顔を伏せた。見張兵曹が「ほんならなんで分隊士にきちんといわんかったんね?そがいなことされたらうちでも怒るわ」というと石川水兵長もそっとうなずいた。

小泉兵曹は「じゃけえ、個人的なことじゃというとるじゃろ!親の病気のことで分隊士を煩わすんはうちは嫌じゃけえ、言わんかったんよ!」と怒ったように言った。

と、

「あほ!」

というと見張兵曹は小泉兵曹の、今さっき分隊士に殴られたばっかりのほほをぶん殴っていた。

「ウワッ!」

と小泉兵曹はもう一度その場に転がった。石場兵曹は黙ってそれを見つめている。石川水兵長は見張兵曹が人を殴るのを見たのはなかったので驚いて絶句している。見張兵曹は小泉兵曹の事業服の襟をつかんで引き起こすと

「貴様は何でそがいに他人名義なんじゃ!そげえなことされたら誰でも腹が立つ。分隊士の気持ちになってみい、家族とも思う大事な小泉のそのお父さんが病にふせっとるんを知らされんなんぞ悲しすぎるじゃろうが!貴様もっと、人の気持ちを斟酌せえや!」

と怒鳴った。その瞳が涙でぬれているのを石場兵曹は見た。石場兵曹はオトメチャンの手をそっとつかんで小泉から離させた。

そして

「オトメチャンの分隊士に対する気持ちはようわかった。そしてそれは正論じゃ。小泉兵曹、貴様はこれから分隊士のところへ行ってきちんと謝れ。――ほいで、それはそうとおとうさんはどがいね?」

といった。小泉兵曹は切れた口の端から流れた血を手の甲で拭ってから

「はい。父の病気は重うなかったがです。――いやその、病気言うんはその、うそじゃったんです」

と言って三人は「ええっ!」と叫んで絶句した。そして小泉の顔を見つめていると彼女は話を続けて

「父は、うちに見合いをさせるようと思うて、うそ話を姉と作ってうちを広島の実家に呼び出したんです。うちはそんとな罠があるなんかちいとも思わんかったけえ、なんや欺かれたような気ぃがして…」

とそこまで言って黙ってしまった。

見張兵曹はなんだか気まずい思いにとらわれて「ほうね…ほりゃあえらいことじゃったの。――まあええわ、はよう麻生分隊士のところ、行けや」というとその背中を押した。小泉兵曹は石場兵曹に頭を下げて「お騒がせしてすみませんでした」

というと走り出した。

それを見送る石場兵曹は「はあなんじゃろう思うたらそげえなことか…言うても分隊士にとっては一大事じゃったね。さ、いこうや」と言って三人は艦内へと取って返す。

艦内へと歩きながら見張兵曹は

(小泉兵曹もいずれ、故郷をなくしてしまうんじゃろうか。ほいでも小泉には姉さんがおりんさるし弟さんもおりんさる。うちとは雲泥の差じゃ…見合いくらい一回したらええのに。お父さんの顔をつぶさんか、うちはそっちのほうが心配じゃわ)

と思っている。

 

その晩のうちに小泉兵曹は私室に麻生分隊士を訪ね、先ほどの件を謝った。麻生分隊士は部屋の中に小泉兵曹を招じ入れ

「わかればええよ。うちもあげえに怒ったりして悪かった…なんじゃ、見合いをさせるためにお父さんと姉さんがうそを言うてか!えらい手の込んだことをしんさるねえ、それほど貴様が見合いを嫌がるけえそうなるんじゃろう、一度くらい親の顔を立ててやらんか」

と笑いながら言ってふと小泉の顔を見ると

「誰かに殴られたんか?ここ、切れとってじゃ」

と彼女の口の端をそっと指さした。小泉兵曹は照れ臭そうに笑って

「オトメチャンに殴られました。『分隊士の気持ちになれ!』言われて。確かにそうですわ、うちはあほです。これから気を付けますけえどうぞ許してつかあさい」

といった。

麻生分隊士は

「オトメチャンがかね!あの子が人を殴るなん、あまり見たことも聞いたこともなかったが」

と言ったが分隊士は、オトメチャンが自分の気持ちを代弁してくれたことに内心感謝していた。

小泉兵曹はしばらく黙って自分の手を見つめていたがやがて

「うちは…なんだかんだ言うても故郷があります。でもオトメチャンには故郷いえるもんがないいうんが何かうちには哀れに思えてなりません。ほいでもこげえなこと言えばオトメチャンには嫌味に聞こえるんではないか思うと言えません」

といった。

麻生分隊士も「ほうじゃな…オトメチャンのこれまではあまりに壮絶じゃけえ、生半可な慰めや励ましの言葉なんぞ却ってウソに聞こえてしまうんではないかと思うな。むつかしいもんじゃの」と言って黙り込んでしまった。

 

数日後。

見張兵曹は今度は麻生分隊士とともに上陸していた。休暇をのちに控えているので今日は泊まりなしの上陸であるが心浮き立つものがあるふたり。

本通りに入り、「飯でも食っていこうや」となった。そして一軒の店で飯を食べそこを出たとき、オトメチャンは

「あ、見張兵曹」

と声をかけられた。見れば伊号八〇〇潜乗務の幼馴染のあの三人がいた。三人の上等水兵は少尉の分隊士に丁寧な敬礼をして見張兵曹に向き直ると敬礼をした。

二人が手を下ろすと花ちゃんが

「見張兵曹、ちいとお話があります」

といった。サダッペもタケもどこか緊張気味の顔つきである。麻生少尉は気を利かして「うちはちいと行くところが」と言いかけたが見張兵曹は

「いえ、分隊士。居てつかあさい。花ちゃん、どうしたんじゃね?ここで言うてくれんか?」

と頼んだ。

花ちゃんは、一瞬見張兵曹の顔を見つめたが気を取り直したように姿勢を正すと

「兵曹の…<お母ご実家>は、桜本さん言いましたよね」

といった。見張兵曹は「ほうじゃ。それが、なんか?」というと花ちゃんはうつむいてしまい、サダッペが言葉を引き継いで言った。

「やはり…。兵曹落ち着いて聞いてつかあさい。兵曹のおじいさまが、昨日亡くなられました」

 

見張兵曹の視界が、真っ白になった――

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

小泉兵曹と麻生少尉のちょっとした争いは無事解決。

そしてオトメチャンには衝撃的な情報が幼馴染からもたらされました。さあどうなる―ー次回をご期待ください。


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「女だらけの戦艦大和」・ここが私の故郷だ1

オトメチャンこと見張トメ海軍二等兵曹は今日は一人の上陸である――

 

 

いつもほとんど一緒に上陸する麻生分隊士は小泉兵曹のたっての願いで上陸日を代わってやったのだった。小泉純子海軍二等兵曹は「本当に申し訳ないですがどうか今回だけ願います!一日だけで、いや、夕方まででえんです」と言って麻生分隊士も「ええよ。なんぞ大事な用があるんじゃろう」と言って快く代わってくれた。

小泉兵曹はオトメチャンに

「分隊士との上陸、楽しみにしとってたんに悪いのう。今日だけじゃ、本当にすまん」

と両手を合わせて詫びた。

オトメチャンも「そがいにあやまらんでええよ。上陸はきょうだけじゃないんじゃし、まだうちら休暇もとっておらんけえ、楽しみは先延ばしじゃ」と笑って快諾してくれた。

 

そしてオトメチャンは上陸した。

(ほうじゃ、久しぶりにお母さんの墓参りに行こう)

オトメチャンはそう思い立ってランチの中で一人微笑んだ。その微笑みを目ざとく見つけた長妻兵曹が「オトメチャンは何をそげえに嬉しそうにしとってかね?」と聞いてきた。

しかしオトメチャンは微笑みのままで

「内緒じゃ」

と言ってゆく手を見ながら微笑む。長妻兵曹は

「ほう、オトメチャンにもついにええ人ができたんかいな?麻生分隊士がよう許したもんじゃのう」

と感心したように言ってほかの下士官たちも

「オトメチャン気ぃつけんとええ人が痛い目ぇに合うで?」

とか

「麻生少尉はそんひとのこと知っとりんさるんかね?」

などと心配してくれるのがオトメチャンにはうれしかった。オトメチャンは吹き付けてきた風に軍帽をとられまいとその庇をつかんで皆を振り向くと

「ええ人はええ人じゃが…うちの生みの母親の墓参りに行くんじゃわ」

と言い、皆は「ああ、お母さんのね」と納得した。オトメチャンの不遇な生まれについてはもう知らないものはないので皆はそれきり黙った。

ランチは春の海を軽快に上陸桟橋まで走る。

 

オトメチャンは遊びに行く仲間たちと「ほいじゃあな、またあとで。時間に遅れんなや!」と笑顔で言葉を交わして歩き出した。

町中を突っ切って母の墓地へと向かうオトメチャン、向こうからくる海軍嬢たち数名とすれ違った―ーとその中のひとりが

「トメちゃん。トメちゃんじゃないか!?」

と声をかけてきた。びっくりしてオトメチャンが声の主を見ると、幼馴染の三人がこちらを見て笑っている。

「タケ、サダッペ、それに花ちゃんじゃないね!ひさしぶりじゃのう!」

オトメチャンは懐かしい友達の名前を次々呼んで、その三人はワットオトメチャンを取り巻いた、そして

「覚えてくれとってじゃね、トメチャン…いや見張兵曹」

と言って三人はオトメチャンに敬礼した。

オトメチャンは懐かしさに気に留めていなかったが三人は上等水兵。濃紺の水兵服である。オトメチャンより海軍入団がすこし後の三人は階級が下である。詰襟の一種軍曹のオトメチャンを眩しげに見ている。

が、なつかしさにオトメチャンはそんなことはもう気にならない。

自分より背の高い三人の肩を抱き寄せて

「なつかしいのう、今日は暇かね?ひまじゃったらどこぞでゆっくり話をしたいのう!」

と言って三人は

「はい、暇でありますけえゆっくり話をしたいであります」

と言って敬礼した。

オトメチャンはちょっとふくれっ面を作って

「それ、やめえ。うちら昔馴染みじゃ。この際階級なんぞ無し、無しじゃ。ええね?」

と言って皆は笑った。サダッペと呼ばれた水兵が

「ほいでも外ではトメチャンは上官じゃけえ、きちんとせんと叱られるけえね。どこぞに入ったら昔に戻ろうや」

と言ってオトメチャンも「それもそうじゃね」と納得した。

 

オトメチャンは三人の幼馴染を、麻生分隊士とよく使う小さな店に連れて行った。店ではオトメチャンを歓迎してくれて

「ほうですか、幼馴染さんと久しぶりの!ほいじゃあ静かなお部屋をどうぞ」

と玄関から離れた静かな一室をあてがってくれた。水兵の三人は「こげえにりっぱな店、うちらはまだよう入らんね」と笑った。

座布団の上に落ち着くと四人はもう昔の悪ガキに戻ったようだった。

「ほうじゃ、花ちゃん」

とオトメチャンは思い出したように花ちゃんに言った、花ちゃんが「なんじゃねトメチャン」と言ったのへ

「前にトレーラーであったじゃろ?そん時花ちゃんはトレーラーの陸戦隊に居ったじゃろ、あの後どうしたんじゃね?」

というと花ちゃんは

「おう、ほうじゃ。うちあの後潜水艦勤務になったんじゃ。本当言えば昔っから潜水艦にのりとうてね、ほいで潜水艦の学校に行ってな。ほいで潜水艦に乗っとってよ。この二人とも学校で再会してね」

と答えた。タケとサダッペが「ほうほう」とうなずいた。オトメチャンは「ほお~、そげえなことがあったんか」と感心。

花ちゃんは「今回はうちらの伊号八〇〇潜、久しぶりの内地じゃけえ休暇をもろうてね。一週間の休暇じゃ。じゃけえ今日はちいと呉の町で遊んでからうちに帰ろう思うとってじゃ」と言って二人も

「ほうほう。潜水艦は一度出たらなかなかおいそれとは帰れんけえね。艦長もその辺はようわかってくれて若いもんから、言うて休暇をくれんさったんじゃ」

とうれしげである。

タケが

「ほいで?トメちゃんはどの艦に乗っとるんかね?」

と聞いたのでオトメチャンは「『大和』じゃ」とそっと教えた。すると三人は「や、大和かね!」とびっくりして声を上げた。

花ちゃんは「いやあ、トレーラーで会うたときそんなことちいとも言わんかったじゃないねえ。『大和』かあ、トメちゃん出世頭じゃの」と言ってわがことのように喜んだ。

タケもサダッペも『大和』の話を聞きたがりオトメチャンもあれこれ話してやった。

タケが「えらいもんじゃなあ。幼馴染があの全海軍期待の弩級艦・『大和』に乗っておりんさるとは思いもよらなんだわ。うちらの誇りじゃわ!」と言って感激家のタケは瞼をおさえている。

サダッペも「ほうじゃ、うちらの誇りじゃ。うちらの仲間の中で一番体のこまいトメちゃんが…」と言ってしばし目を閉じて追憶に浸っているようだ。

そんな三人にオトメチャンは

「うちもみんなが伊号八〇〇潜に乗っとる聞いて誇りに思うで?伊号八〇〇潜いうたらやたらと乗れん潜水艦じゃ聞いとってもん。伊号八〇〇潜に乗れるんは頭も良うないといけんし機転も利かんといけん、そのうえ肝もすわっとらんといけんいうてきいたで?じゃけえ花ちゃんたちは海軍の誇りじゃわ。うちはみんながうらやましい」

と言って三人を祝った。

そしてそっと三人に顔を寄せると

「戦艦に乗るやつは<トロいやつ>じゃそうなけえね」

と言って四人は大声で笑った。

そのあとオトメチャンは昼飯に定食を頼んで四人で楽しく食べた。

 

昼食後四人は座敷にごろんと横になって天井を見上げつつ思い出話に興じた。そのうちだんだん瞼が重くなってやがて四人は午睡をしたのだった。

 

 

夕方近くなって三人とオトメチャンは別れる時が来た。

花ちゃんが

「また会えるじゃろ?うちらの休暇の間にもう一度くらいあいたいのう」

と言ってオトメチャンはうなずいた。サダッペが「会おうな。うちらまた外地に行くんじゃ、しばらく会えんけえの」と寂しげに言いタケが「ほうよ、うちらこまいころからの友達じゃ。この先も…な」というとオトメチャンの軍装の肩をそっと叩いた。

オトメチャンはうれしかった。

彼女たちはオトメチャンがどういう生まれでどういう育ち方をしたか知っている、知っていてこうして友達として付き合ってくれる。そのやさしさがオトメチャンの心に沁みこんだ。

「ありがとう、みんなの都合ええ時を教えてくれたらうちは上陸させてもらうようにするけえね。――伊号八〇〇潜はどこに今度は行くんじゃね?」

オトメチャンはそっと尋ねると

タケが「パラオじゃ。パラオのある島に潜水艦基地が出来てのう、今度はそこじゃ」と静かに言った。オトメチャンは黙ってうなずいて

「ほうね、そこならいつか会えるかも知らんで。楽しみじゃな」

とほほ笑んだ。

そして三人は

「では見張兵曹これにて失礼いたします。お元気で!」

と言って几帳面な敬礼をオトメチャンにした。オトメチャンも同じように返しながら

「ご家族に、よろしゅう」

と言って手を下ろした。三人の手が降り彼女たちは懐かしい故郷の村へと歩き出していった。

オトメチャンの顔に羨望の色が浮かんだ。

(うちにはもう帰る故郷はないんじゃもんな…)

しかしオトメチャンはそんな女々しい思いの自分を叱った。(もう、縁を切られて切ったあの家あの人たちじゃ。いまさら何を思うんじゃ、うちはあほか。人を羨んだらいけん。人は人じゃ。うちにはうちの生き方がある)

オトメチャンは下唇をかんで上陸桟橋へと歩き出した。

(でも、)とオトメチャンは思った、(お母さんのお墓参りは行けんかったが、もしかしたらこれはお母さんが引き合わせてくれたんかもしらんね)と。

何かうれしい気持ちで上陸桟橋へ急ぐオトメチャンであった。

 

後日、あんな知らせが来るとも知らないで――

 

         (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

オトメチャン珍しく一人での上陸です。

しかし懐かしい人たちとのひと時が持てました。お母さんのお墓参りはできなかったものの幼馴染との時間は貴重でした。

そしていったい<あんな知らせ>とは何なのでしょうか。次回をご期待ください。


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「女だらけの戦艦大和」・穴と雪の大王2<解決編>

凄まじい雪交じりの風がふきつけてきたその瞬間、萱野兵曹は雪の降り積もった地面にたたきつけられて転がったーー

 

「ああっ!」

と叫んだのだろうがその叫びは吹雪にかき消され彼女は転がって次の瞬間大きな穴に落ちてしまった。

ザザザーッと音を立てて彼女に周囲を雪が一緒に落ち、萱野兵曹の体に叩き付け兵曹は気を失った。

 

どのくらいの時間がたったのだろう。萱野兵曹はぼんやりと目を開けた。まず目に入ったのは温かい土色の天井、そして自分のほほに感じる火の暖かさ。

はっとして身を起こすとそこには、何かの毛皮に身を包んだ人が数名。焚火の周りに座っているのが目に入った。

萱野兵曹がその人たちをそっと観察するとどうも彼らは人間ではないような姿で、まるで猿人のようだ。萱野兵曹は(何だあの人たちは…人間ではないとすると、私をとって食う気だろうか?)とぞっとした。が、ふと自分をよく見れば濡れた服は脱がされ体には厚い毛皮をかけられている。そして兵曹の着ていた軍服は火のそばで乾かされている。

(悪い感じは受けないが、気をつけねば)

すると火の回りにいた人のうち、リーダー格と思しき、ひときわ豪華な毛皮を着た人が

「気が付いたか?ケガはないようだから安心しなさい」

と兵曹にやさしく話しかけた。

萱野兵曹はそのやさしい物言いに安どしてその場に起き上がり正座すると手をつき

「助けてくださってありがとうございます。どうお礼を申し上げていいやら…」

といった。その場にいた皆がこちらを向いて口々に兵曹を心配してくれた。そしてリーダー格が兵曹を手招いて

「ここに来なさい、暖かい」

と言ってくれたので兵曹は体にかけてあった毛皮を背中に羽織って火のそばに歩み寄った。

数名が場所を譲ってくれて萱野兵曹はその部分にそっと、腰を下ろした。ぱちぱちと燃える火の暖かさが兵曹の冷えた体に沁みた。

火に向かって両手を出している兵曹に、別の人が

「これ、飲め。これ、食え」

と言って兵曹に何かを差し出してくれた、「ありがとうございます」とそれを受け取ってみれば

「こ、これ!!」

彼女が手にしたものは、彼女たち主計科員たちの見慣れた<ミッカウイスキー>の桜に錨マーク付きラベルに、同じく錨マーク付きの乾パンの袋である。

兵曹は「これ…どうしてここに?」と不思議そうに言って首をかしげて隣に座る毛皮氏を見た。

すると彼はにっこりとほほ笑むと

「そう!あなたたちの黒い鉄の浮くものからちょっといただいてきたよ」

といった。萱野兵曹は驚いて

「いったいいつです?私たちあなた方の姿を見たことがないんですが?」

と言った、その兵曹に別の毛皮氏がこれも笑いながら

「見てるはずですよ。ただ私たち変装が大好きだから、わからなかったかな?」

と言って満座の毛皮氏たちが一斉に笑った。

そしてリーダーが

「まあ、詳しいことはどうでもいいじゃないか。今日は我々とあの黒い鉄に浮くものに乗る人が仲良くなれた佳き日。さあ乾杯だ!」

というと皆はミッカウイスキーの小瓶のふたを開け、それを高く掲げもった。萱野兵曹もなんだか痛快な気分になってそれに倣った。

それを見て満足げにうなずいた毛皮のリーダーはひときわ大声で

「かーんぱーい!」

と叫んでみな一斉に唱和した。そしてウイスキーを瓶からじかに飲み、乾パンの袋を開けてそれを食べる。萱野兵曹は「私は大日本帝国海軍の萱野兵曹です!よろしく願います」と自己紹介。

そのうちに酔いが気分良く回ってみな歌うやら踊るやら。座が乱れリーダー格の毛皮氏も踊りだしてみな手をたたいて笑う。

萱野兵曹も、もうおかしいやら楽しいやらで左右の毛皮氏たちと肩を組んでリーダー格の毛皮氏の歌に合わせて拍子をとり、手をたたき時には立ち上がって一緒にステップを踏む。

そしてまたそれを見て大笑いの毛皮氏たち。

萱野兵曹は、リーダーの

「あなたの好きな歌を歌って?」

とのリクエストに応え、<軍艦行進曲>や<ラバウル航空隊>だとかの調子のよい歌を歌いみなから絶賛された。

萱野兵曹はもう、羽織っていた毛皮も脱ぎ捨て下帯一本の姿で歌い舞う。その姿に毛皮氏たちも大喜びでさらに座は盛り上がりを見せる。

 

歌い踊りつかれた兵曹が「すみませんが小休止」と言って、汗を手の甲で拭いつつ元の席に座り、ふと思いついたように

「ところであなた方はずっとここにお住まいなんですか?」

と尋ねてみた。するとリーダーはうなずいて

「そう、ずっと前から。もう何年、何十年何百年もずっといる。そして今は私が雪の大王」

と言ってほかの毛皮氏たちがうなずいた。

ふーむと兵曹はうなずいて

「素晴らしい。――しかし、ここには皆さんのほかにはいらっしゃらないのですか?皆様方だけのようにお見受けいたしましたが」

というとリーダーは少しだけ悲しそうな顔つきになって

「そう、もう私たちだけ。ほかの仲間はもっといい生活がしたいと言ってここを出ていったよ。人間に変装して、人間になりきってきっと今どこかで生活してるんだろうね。私たちもこの先のことをそろそろ考えないといけない時が来つつあるんだが」

といった。少しばかり座がしんみりした。

が、リーダーは元気よく顔を上げると

「でも今は考えない!今は楽しい時間だ、あなたと一緒にみんなで過ごす楽しい時間を楽しもう!」

というと皆が「おおーっ」と声をあげ、萱野兵曹も

「そうだそうだ、先のことなどわからない!ケセラセラだ!!雪の大王ばんざーい!」

と叫んだ。皆は<ケセラセラ>が気に入ったようで口々に「ケセラセラ」「ケセラセラだ」と言っては互いの背中をたたきあって笑いウイスキーを飲む。

萱野兵曹はさらに酔っ払い、さっき羽織っていた毛皮をとるとそれをかぶって妙な踊りをはじめ、皆の大爆笑と拍手を受けて踊り続けた――

 

どのくらい歌い踊り飲んでは食っただろう。

萱野兵曹はその場に倒れこむと、笑いながら

「ああ楽しい。うれしい…こんな気分になったことは今までないなあ。幸せだあ…このまま帰りたくないなあ、ずっとここに居たいよう、ねえいいでしょう、雪の大王」

といった。

リーダー格は不意に悲しげな顔になると

「カヤノ。私たちもあなたとずっと一緒に居たい。でもあなたと我々は住む場所が違うんです…悲しいけれど。カヤノはあの黒い鉄の浮くものへ帰らないといけないよ」

と言って兵曹の顔を見た。

萱野兵曹はすでに大いびきをかいている。

 

萱野兵曹がそんなことをしているその時も地上では吹雪が吹き荒れている。

軍需部の建物の中で中野兵曹と霧島兵曹は落ち着かない。

「いったいいつになったら吹雪は収まるんでしょう、これでは萱野は死んでしまいます、いやもうすでに」

そう、霧島兵曹は言って中野兵曹の顔を見つめる。

中野兵曹の表情は苦渋に満ちている。そこに柿崎大尉が来て

「『雪龍』に連絡がついたよ。君たちそのままここに待機。吹雪が止み次第捜索を開始せよということだ。気になって仕方がないのはわかる、がしかし、この吹雪では動きようがない。我慢だな」

と言ってうなだれる二人に暖かい紅茶を出してくれた。

(萱野兵曹!生きていろよ)

中野・霧島両兵曹は心で叫んだ。

 

 

翌朝。

あれほど荒れ狂った地吹雪は嘘のように静まって、中野兵曹と霧島兵曹は捜索隊に加わって積もった雪の中を歩き出していた。

「どの辺ではぐれたのかさえ、わからないようになってしまった」

霧島兵曹はそういって、萱野兵曹と手を放してしまったことを悔やんだ。あの時、あの大風が吹き付けたときつないだ手と手がもぎ取られるように離れてしまったのだ。

「どうしようもないことだ。貴様のせいではない」

中野兵曹が厳しい目つきで前方を見つめながらそういった、その時。

「おーい、ここにだれか埋まっているぞ」

と先を歩く捜索隊員の下士官が叫ぶ声が響いた。

なに!?と皆が色めき立ってひざ以上に積もった雪を蹴散らしながらそちらへと急ぐ。中野兵曹と霧島兵曹が駆けつけると雪の中から萱野兵曹が掘り起こされていた。

中野兵曹は萱野兵曹を抱きかかえると

「萱野兵曹、萱野。しっかりしろ、死ぬなーッ!」

と叫んでゆすった。

 

萱野兵曹は、軍需部の医務室のベッドで息を吹き返した。

ぼんやり開けた瞳に映ったのは真っ白い天井そして、心配そうに自分を見下ろす中野兵曹と霧島兵曹の顔。

「ああ…中野兵曹。霧島兵曹も…私は…」

萱野兵曹はかすれた声で言った、すると二人の兵曹は泣きながら

「よかったよかった、萱野兵曹。心配してたんだよ、生きててよかった!奇跡だよあの吹雪の中で!」

と萱野兵曹を抱きかかえるようにして泣いた。

萱野兵曹はまだ薄ぼんやりする頭で

(昨日…私は確かに毛皮を着た人たちと酒盛りをした…)

と思い出しそれを二人の兵曹にそっと伝えてみた。

萱野兵曹は(たぶん夢でも見ていたんだろうとか、あの世に片足突っ込んだんだって言われるだろうな)と思っていたが

霧島兵曹は

「萱野貴様すごい体験したんだね。ほら証拠があるよ」

と言って差し出したのは――

 

昨晩萱野兵曹が羽織っていたあの、毛皮だったのだ――

 

後日萱野兵曹は納品の艀が来たとき用心深くしかしさりげなく、受け取りをする主計科員や手伝いの乗組員を観察していた。

不意に見覚えのない乗組員を見つけ、見つめていると<彼女>は萱野兵曹を見て笑った。

萱野兵曹は(あの時のなかの一人だね)と思って<彼女>に微笑んだ。

<彼女>はうれしそうにほほ笑むと、大きな袋をポケットから引っ張り出すと缶詰やら乾パンやらをその中に入れてそれを担ぐと間に横付けされていた艀に飛び乗ってそして艀と共に去って行った。

そして一番不思議なことは艦のだれも、<彼女>に気が付いていなかったことであった。

萱野兵曹は

(みんな、またどこかで会えたらいいね。それまで元気で。そして時にこうして会える時を楽しみにしています)

そう思って、彼らと出会ったあの穴や洞窟そして雪の大王を懐かしく思い出すのであった――

 

              ・・・・・・・・・・・・・

 

萱野兵曹の不思議な体験でした。穴と雪の大王…どこかで聞いたタイトルでしたがまあ気になさらずに願います(笑)。

次回はオトメチャンの物語です。


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「女だらけの戦艦大和」・穴と雪の大王1

 ――北方艦隊の守備・停泊する某島基地は、真冬の今どこもかしこも雪と氷だらけである…

 

そんな中空母「雪龍」の主計科員三名は「御苦労だが上陸して軍需部に行って至急買いつけてきて欲しいものがある」と衣糧主計長からのお言いつけで防寒具に身をしっかり包んで上陸して行った。

一人の主計兵曹――中野上等主計兵曹――は島の向こうの空を見て

「なんだか嵐が来そうだな…まったく主計長が行けばいいのにさ。早いところ済ませて帰らないとランチも動かなくなるよ。段取りよく行こう、で?なにを買いつけろって?

とぼやき半分で言った。その中野兵曹に霧島一等主計兵曹が防寒帽をしっかりかぶり直しながら

「気象班、今日明日に嵐が来るとは言っては居りませんでしたが…買い付けるものは褌と<待ち受け一番>です。こないだの暴風雪の時けっこう長いこと艦内に閉じ込められたから酒保の分が売り切れて衣糧倉庫の在庫も昨日で底をついたそうです」

と説明した。中野兵曹が「なんだよきちんと調べとけってのよ」とまたぼやき、もう一人萱野二等主計兵曹が

「その前も吹雪で買い付けに行けませんでしたものね。このところ多いですよね天気の悪い日が。――例の<幽霊艦隊>が近くにいるんですかねえ」

と言って笑った。中野も霧島も笑った。

ランチを降りた三人は雪と氷で固まった地面を踏みながら軍需部の建物を目指して歩く。

目指す建物は港から歩いて十五分程度の場所にあって、三人は褌と<待ち受け一番>をそれぞれ二千五百枚に三千袋買い付けた。

軍需部の担当兵曹長は「運が良かったですね、昨日輸送艦がやってきて衣料品やらなにやらたくさん荷揚げして行きましたから。生鮮品も入っていますから当分心配ないですよ。ここに停泊中の艦船の数ヶ月分は確保できてますからね」と言って笑った。

「雪龍」の三人の主計科員もほっとした笑いを浮かべた。兵曹長は帳簿を繰りながら

「では、あすの〇九〇〇(午前九時)には納品できるよう手配しましょうね、お急ぎでしょうから」

と言ってちょうどそこに入ってきた軍需部の大尉嬢に「おお、御苦労さま。ねえちょっと時間あるでしょう?寒いところ来てくれたんだからあったかい紅茶でも飲んで行かない?」と言われ、びっくりしながらも遠慮なくご馳走になる三人。

三人は温かい事務室の一角の応接セットで紅茶と菓子を御馳走になった。

蠣崎大尉は「こうするとロシア風になるんですよ」と言って紅茶にジャムを入れて見せた。「よかったらやってみませんか」

新しい物好きの三人はさっそく紅茶にジャムを入れて飲んだ、「おお、これは美味い」「初めての味です」「これはなんというものですか」と口々に問う。蠣崎大尉は

「これはロシアンティーっていうんですよ。ちょっと洒落てるでしょ」

と言って三人に菓子を勧めてくれた。蠣崎大尉は話し相手に不自由していたのか三人の話を次々に引き出しては興味深そうに聞きいって笑ったり考え込んだりした。

やがて中野主計兵曹が「ではお名残惜しいですが我々はこれで」とやっと腰を上げたのはここに来てから三時間もたってから。蠣崎大尉は「ひきとめてしまって申し訳ない。艦の主計長に叱られるかな?蠣崎が引きとめたのだから叱らないでと連絡しておくから安心してね」と言って菓子を綺麗な紙に包んだものをくれた。三人は

「いやそんな…ありがとうございます」

と言って紅茶と菓子の礼を言って軍需部の建物を出た―――

 

三人はハッと息をのんだ。

目の前に展開していたのはたいへんな地吹雪。いつの間にこんな天気になったのだろう、息ができないほどの風が吹きつけている。

さっき帳簿をつけていた兵曹長がやってきて「ひどい吹き降りになっちゃったね。こんな中帰れないよ、しばらく中で待っていたらいいよ」と言ってくれた。

が、中野兵曹は「港は近くですから平気ですよ」と言って兵曹長は「そうかあ?でも何も見えないから危ないよ。悪いことは言わない、中に入ってな」と念を押すように言ったところで、なにやら奥から呼ばれたようで「ほ―い、今行く!」と返事をして中に引っ込んだ。

萱野二等兵曹が「ほんとにすごいな…港がどっちだったかこれじゃわからないですよ…吹雪が止むまで待った方がよかないですか?」と言ったが霧島一等兵曹は

「このくらいどうってこたあないでしょう?それに港はここから見て十時の方向です。それよか早いところ帰らないとそれこそ大目玉食らっちゃいます。蠣崎大尉のお口添えがあったとしてもあまりに遅れては。――ねえ、中野兵曹?」

と反対意見を述べた。中野上等兵曹は吹き倒されそうな風雪が叩きつけるように荒れ狂う様を目前にしてしばらく考え込んだ。

(どうすべきか)

このまま暫く風雪がやむまでここの事務所内に置いてもらうことは可能だろう。しかしこの風雪がいつやむかというのはまったく皆目わからない。もしかしたら明日まで吹き荒れるかもしれない、帰れなくなったらそれこそ主計の仲間たちに迷惑をかけることになりかねない。それに第一、衣糧倉庫を整理しておく仕事が残っている。

中野兵曹は

「決めた。行くぞ!」

というなり防寒帽を目深にかぶり外套の襟を立ててふたりに言った。霧島兵曹は「はいっ」と言ってこれも外套の襟を立て中に仕込んできた襟巻を目の下まで引き上げた。萱野兵曹は気が進まないと言った表情ではあったがこれも防寒帽を確かめ外套の襟を立ててその部分をつかんだ。彼女の背中で蠣崎大尉から頂いた菓子の入ったリュックが揺れた。

そして中野兵曹を先頭にして霧島兵曹・萱野兵曹は吹雪の中を歩きだした。その姿はあっという間に激しい吹雪の中に消えて行った。

 

それからほんの少しあと、兵曹長がやってきたが「あれっ!あの空母の連中どこ行ったんだ!?」と大きな声を上げた。中には居なかった、となると…

「あの空母連中、この地吹雪の中歩いて行きやがった!おい、誰か、誰かいないか!!

軍需部の中はこの叫びで上を下への大騒ぎになったのだった。

 

三人はまともに顔をあげられないまま必死に歩いた。すさまじい風が三人をふっ飛ばさんほどに吹き付けそのたびに立ち止まっては互いに「居るか!」「居ます!」「行くぞ」「行きます!」と声を掛け合いながらさらに歩く。

少しずつ歩くせいか随分長い時間さまよっているような気さえしてくる。そこにひときわ強い風が、雪とともに叩きつけるように吹いて、足が止まる。

中野兵曹は、吹雪をすかして見て(間違いない、ここをずっと歩いてゆけば港に着く)と確信した。吹き付ける雪がビシビシと顔にあたり痛い。中野兵曹は顔を振り向けて後ろにいる霧島兵曹を呼んだ。

霧島兵曹が返事をし、霧島兵曹は自分の後ろにいるはずの萱野二等兵曹を呼んだ。

「萱野、萱野大丈夫か!?

霧島兵曹はごうごうたる風の中後ろを向くこともできず、だが必死で耳を澄ました、が、返事が聞こえない。もう一度大声で「萱野、貴様大丈夫かあ!」とよばった。

返事がない。

霧島兵曹の背筋がぞっとした。やっとの思いで吹雪をすかして見たが萱野兵曹の姿は、もはや彼女の後ろにはなかった。

「中野兵曹ー!萱野が、萱野兵曹がいませんーッ!」

霧島兵曹の絶叫が吹雪の中を響き渡った――

    (次回に続きます)

 

            ・・・・・・・・・・・・・・・・

なんだか聞いたことがあるようなタイトルですがどうぞお気になさらず(^_^;)

しかし萱野兵曹どうしちゃったんでしょう。激しい吹雪は収まりそうにありません…気になる次回をお楽しみに。

「女だらけの戦艦大和」・全海軍よ熱くなれ!

 ――松岡修子海軍中尉がいつぞや作った「毎日修子」なる日めくり式教育語録(本人いわく)は艦長に没収されてその多くは休暇中の副長室に放りこまれていた――

 

藤村少尉は、あす山中副長が帰艦するという日に(副長のお部屋を掃除しておこう)と思いたち、掃除道具一式を持つと副長室へ入った。

普段から綺麗にして整理整頓をしている副長の部屋だけあって埃を払えばよいくらいの状態――と思った藤村少尉であったが(なんだ、あれは)と部屋の片隅に積まれたものに目を止めた。(なんだろう、副長が休暇に入られる前にはあんなものはなかったが?)と思いながらそれに寄って行った少尉は

「わああ、まったくこんなもんここに置きやがってえ!」

と思いがけない大声で叫んでいた。

そう、そこに高く積まれたものは梨賀艦長が没収し松岡中尉に「処分せよ」と命じておいたあの<毎日修子>ではないか。

「な、な、なんだってこんなものをよりによって副長のお部屋に!ウウウ…」

藤村少尉は怒り心頭に発して副長室を飛び出した。途中で繁木航海長に出会ったので、これこれこうだと話をしたところ航海長はたいへん怒って

「松岡中尉、松岡中尉はどこか!副長室に来い」

と松岡中尉を呼び出した。はたして松岡中尉はマツコ、トメキチにニャマトをひきつれてやってきた。例のラケットを担いで

「ハイハイおよびでしょうか?松岡中尉只今参上」

とやってきた。その松岡中尉をたいへん怖い目でにらんで繁木航海長は副長室のドアを大きく開いて

「入れ!」

と命じ、中尉が入ると例の日めくりの山をビッと指差して「あれはなんだ!艦長から処分せよと命じられていたではないか、それを事もあろうに副長のお部屋に投げ込むとはどういう料簡だ!?明日副長がお戻りになられる、早く片付けろ!捨てろ!」と大声で怒鳴った。

マツコが「やあねえマツオカったら。どうしてこの人、いうこときかないのかしらねえ?いくらなんでも副長さんのお部屋に入れるなんてね」と辟易したように翼を広げた。トメキチも

「ほんとね。艦長さんから処分しなさいって言われてたはずなのにね」

とため息つくしニャマトさえ「ギャ、ギャ、ギャマド!!」と怒っているようだ。この三人は動物ながら副長に心酔しているのでさすがにこの松岡中尉の行為には憤慨している。

「ハイハイわかりました。では私松岡中尉、この大事な私の教育語録をおかたづけしますからね~ハイハイ」

松岡中尉はひとを小馬鹿にしたような言い方で繁木航海長と藤村少尉をむかっとさせてから日めくりを抱えると部屋を出て行った。ラケットはマツコに咥えさせて。

藤村少尉が

「あれだけの量を一度に持って行くなんて、すごい腕力の人ですね」

と言ったのへ繁木航海長は「そうね…でも私もうしばらくあの人とかかわりたくないな。疲れて仕方がないから」と言った。藤村少尉は私もそう思います、と言って部屋の掃除をつづけることにした。

 

そして副長が復帰し、一週間が過ぎたころ。

『海軍きゃんきゃん』編集局から梨賀艦長あてに大きな封筒が送られてきた。

艦長は副長と参謀長と一緒に第一艦橋にいたが艦長従兵のオトメチャンから「艦長、艦長あてに小包であります」とそれを渡され「なんだろう、これは」と言いながら海図台の上でそれを開封した。副長も、森上参謀長も興味をそそられて覗き込んだ。

すると中から上質紙に印刷され綺麗に製本された「毎日修子」が出てきたではないか。表紙には赤い字で書かれた<見本>の文字が。

「いったいどういうことだこれは」

梨賀艦長が思わず叫ぶと、副長が封筒の中から別の封筒を見つけ艦長に手渡した。艦長がその封筒から中身を引き出すとそれは『海軍きゃんきゃん』編集局局長からの手紙で時候のあいさつの後

>このたびは貴艦の松岡海軍中尉から素晴らしい企画を頂戴し、このたびその見本が出来上がりましたのでご確認ください。発売は今月○○日になりますのでよろしくお願いいたします…

と書いてある。

梨賀艦長と森上参謀長は「全く!あいつはいつの間にこんな勝手なことを」と文句を垂れて、副長に「副長、松岡中尉を呼んで話を聞こう」と言って山中副長は松岡中尉を艦橋に呼び付けた。

ややして艦橋に入ってきた松岡中尉は海図台の上にある「毎日修子」の出来見本を見るなり喜びの声を上げた。そしてそれをグワッとつかむなり思い切り上に掲げて

「皆さん見て下さい~~!これこそ私の魂の集大成です!――海きゃんもよく解ってくれてこれを出版して全海軍将兵に私の思いを伝えようとしてくれたんですねえ…私は嬉しい」

というと今度は見本を抱きしめて嬉し泣きし始めた。

艦長、参謀長に副長はその展開についてゆけずぽかんとしていたが艦長は気を取り直してその「毎日修子」を海軍きゃんきゃん編集局に持ち込んだいきさつを聞きだすこととした。

それによれば――

 

――私松岡修子海軍中尉は、こんなに熱い言葉をこの『大和』諸君にだけ伝えるのはもったいない!宝の持ち腐れだと思ったんですよ。ですからね、副長のお部屋においといた在庫を海軍きゃんきゃん編集局に送ってみましたよ。『あなたたたちも熱くなってこの松岡についてこい!この私の言葉を全海軍に広めたくはないか?あきらめてんじゃないのか、あきらめんなよ!』ってささやかな言葉をつけてですね。そしたらあなた!さすが海きゃん編集局、すぐに打てば響くがごとく返事が来ましてね。なんとあなた、山本いそ聯合艦隊司令長官が「毎日修子」を気に入ってくださってぜひ、きちんとした形で出したい出そう!とおっしゃって下さったんだそうです。さすが聯合艦隊司令長官ともなるとよく解っておいでですよ、そこらへんの戦艦の頭の固い艦長とは全然違いますねえ~。ですからこのお話はどんどん進んでいますでしょ、もう後戻りできません。聯合艦隊司令長官の『出版せよ』とのご命令ですから。

というわけですよ梨賀艦長、よろしくお願いしますね!

 

梨賀艦長は、松岡中尉の<そこらへんの戦艦の頭の固い艦長>という言葉にたいへんむっとしながらも

「山本長官の御命令なら…いたしかたない」

と言って黙ってしまった。参謀長も「山本長官、いったい何を血迷われたんだ」と苦り切った表情でつぶやいた。

ただ、山中副長は「ちょっと見せてちょうだい」と松岡中尉からそれを受け取って一枚一枚、丁寧に読んでいる。梨賀艦長と森上参謀長はその様子に目を止めた。

副長は三十一枚を読み終えると見本を松岡に返してから

「艦長。私はいいと思いますが。確かにちょっとわけのわからない言葉も散見出来ましたがそれもよく読みこめば味のある深い言葉かも知れませんね。まあ、全海軍の将兵対象に販売するならば結果は彼女たちが出すのですからここは静観していましょうよ、ね、艦長」

と言って微笑んだ。梨賀艦長と森上参謀長はその副長の穏やかな言葉に毒気を抜かれて「ああ…そうだね野村、じゃなかった山中さん」と言って怒りの矛を収めた。

松岡中尉は山中副長の両手をガシッと握って「さすが、副長です!副長はご結婚されていよいよ人間がまるくおなりになりましたね!そして何よりこの私の熱い言葉を解って下さろうとして松岡大感激ですよ。ありがとうございます、きちんとした品物が来たら私松岡は山中副長に一冊謹呈いたしますから楽しみに待っていて下さいませネーッ!」というなり「ではごきげんよう」と敬礼してあっという間に艦橋を出て行ってしまった。

梨賀艦長と森上参謀長は副長を見つめた。副長は穏やかに春のような微笑みで松岡中尉の出て行ったあとを見て、やがて艦内帽をかぶり直し、三種軍装のネクタイに軽く手を当てたところでふと、二人の視線に顔を上げた。

参謀長は

「副長。あなた変わったね、前ならもっとあれこれ怒ってみたりしていたじゃないか。どういう心境の変化だね?」

と尋ねた。すると山中副長はふふっと笑うと

「単に力だけじゃ相手は納得しない場合がありますよ。戦闘ではないんですからね、戦闘ならフルパワーで圧倒した方が当然勝ちですけどこれは敵相手じゃない。仲間ですからね、それももうものの解った中尉ですからね…こちらが理詰めで押せ押せなら相手は話ができないでしょう?こちらがちょっと引いて相手の話を聞いてやれば相手の真意が解るってものですよ。――なんて生意気言ってごめんなさい」

と言った。

梨賀艦長と森上参謀長はぽかんとして副長の顔を見つめていたが次の瞬間

「素晴らしい副長!」「お前変わったなあ野村じゃなかった山中―!」

と大声で叫んだから副長はびっくりして一歩片足を引いた。その副長に駆け寄ると艦長と参謀長はかわるがわる副長を抱きしめ、

「いいよ副長、いいよ山中さん!素敵だよやっぱり結婚って偉大だね~。あのパッキンだったお前をこんなに柔軟にするなんて、すばらしい」

と叫び、副長は少し複雑な表情にはなったが。

 

ともあれ、「毎日修子」はそのあとすぐに『海軍きゃんきゃん』編集局から出版され各艦艇・航空隊基地・潜水艦基地・陸戦部隊等々で大評判となりその発行部数は六十万部に迫る勢いだという。その原因の一つに「毎日修子」を見て大感激した将兵嬢が「これはぜひ故郷の実家に」とか「出身の学校に贈りたい」と言って大量買いしたのも一因である。

そして気になる印税であるが松岡中尉は「売り上げは兵学校などの各学校、海兵団に寄付だ!熱くなれよ未来の海軍さんたち!」と言って、山本いそ聯合艦隊司令長官は大感激して松岡に感状を贈ったとか…。

 

そして今日も女だらけの『大和』艦内では「今日は十五日!さあめくれ、今日の言葉は<願います。いつも願います>だ!熱くなれよ」と松岡中尉が叫んで艦内の日めくりがめくられている――

           ・・・・・・・・・・・・・・

 

松岡中尉のあの日めくり騒動覚えてらっしゃいますか?あの日めくりがなんと山本長官のお墨付きを頂いて出版されたのです。熱い女将兵が北に南に増えることでしょう。

 

本物の松岡修造さんの「まいにち修造」、六十万部を売り上げているそうですね、熱くなってますねさすがです。うちもそれに貢献いたしましたよ、修造さま!

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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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