「女だらけの戦艦大和」・賢いぞ!オトメチャン

 「女だらけの戦艦大和」では、航海科の松岡分隊長が皆になにかを熱く語っている――

 

松岡中尉のそばに今いるのは石場兵曹・小泉兵曹・石川水兵長に酒井上水。それらの下士官兵に向かって松岡分隊長はえらそうに

「君たちは学校の成績はどうだったかね?甲乙丙のうち何だった?私が当ててみましょうか、まず小泉さん。あなた賢そうな顔ですが意外とだめで全体に乙の下あたりですね。それからイシバチャン、あなた以外と頭良くって甲の下。石川に酒井はまあ~、そうだね丙ばっかりってところでしょうかねえ」

と言い放ち小泉兵曹は憤慨して事業服の裾を両手で下にビッと引っ張ってから

「分隊長お言葉ですがうちはそげえにあほじゃありません!うちは算術以外は毎年甲で通しとりましたけえね!乙の下なんかとんでもない!ありえんですわ、うちはこれでも勉強はできたんですけえね!」

と怒ったように言って石場兵曹があわてて彼女を押さえた、が松岡中尉は至極機嫌よく

「ふーん、そうなんだ。でも大体自分のことって良く言いたがるんだよね~。熱くなっててけっこうだよ小泉さーん」

と意に介していない。がっくりくる小泉兵曹をしり目に今度は石川水兵長が

「うちも言わしてつかあさい!分隊長はうちと酒井が丙ばっかりじゃ云いますがどこにそげえな根拠があるとお思いです?――ハッ、もしかして」

「もしかして?」と石場兵曹が鸚鵡返しに言った。石川水兵長は

「分隊長はご自身が裕福なおうちの出ぇでしかも、海軍兵学校の御出身じゃけえうちらみとうな海兵団出身があほに見えるいうんと違いますかのう!」

と言って分隊長をまじまじと見つめた。この思いは海兵団出身の下士官兵たちや特務士官が常々心の奥に秘めていることだからその場の皆はその発言に驚いて見せてはいたが内心では石川水兵長の勇気に拍手していた。

「石川さーん!」

とてつもない大声がその場をつんざき、皆は心底びっくりして飛び上がった。石川水兵長は(まずいことを言うてしまったか。うち、上官侮辱罪に問われるんじゃろうか)と思ったその瞬間。

松岡中尉のデカイ両手が石川水兵長の両肩をグワシッ!とばかりにつかんだ。「ひっ!」と石川水兵長の喉が鳴った。

皆ハッと息をのんで「石川、はよう謝れ!」「水兵長―!」と泣きそうになったが、松岡中尉は

「みんな何を言ってるんだい?石川さんが何を謝るんだって?――石川さーんあなた物事を穿って見過ぎじゃないかな?たしかに兵学校出身の士官の中にはだね、自分が素晴らしい人間だと勘違いして君たち海兵団出身者を見下す奴もいるよねえ~。でもだ!この松岡はそんな狭い心と視野の人間じゃないぞ?君たち私ともう何年付き合ってるんだ?まだわかんないのか?あきらめてるだろう、だめだ駄目だそんなことじゃ!いいですか私は人をそんなことで評価しません。私はあなたたちから『マツオカは裕福な家の出じゃけえ』とか『兵学校の出じゃけえ』なんて逆差別されるのはもうまっぴらです!

家がなんだ、兵学校出がなんだ!もっと熱くなってかかってこいよ!私はこの戦争を家柄だの兵学校出だので戦うんじゃないんだよ!士官も下士官も兵も一緒になって戦うんだ、そして日本は世界の亜細亜の極東の北半球の地球のトップに立つんだ、その日まであきらめてんじゃねえよ!」

と叫んで例のラケットを振り回した。みなはラケットが起こす太刀風ならぬラケット風におののきつつ

「解りました、ようわかりましたけえ分隊長そのラケットを振り回すんはやめてつかあさい!危のうていけん」

と言って分隊長はやっとラケットを小脇に収めると「解ってくれたんだね。ありがとう!蟻が(とお)なら芋虫二十歳(はたち)!」と言って感激している。

ひとしきり感激した分隊長は「そうだ、賢い君たちにはこれが解るかな」と言うと皆を自分の周囲に固めて

「これはだね、君たち。海軍兵学校入学試験の口頭試問の問題だが――是非正解をぶちかまして欲しい。そしたら君は富士山だ!もしかしたら艦長や副長からも一目置かれる存在になるかもしれないよ?良いかな?では問題です。ここに五匹のサルがいます、そして六つの菓子もあります。この菓子に全く手を加えないで猿たちに均等に分けるにはどうしたらいいか?さあ、みんな考えてちょうだいね。解ったら私に言ってねー!じゃあみんな、この後も頑張って軍務に精励してちょうだいなっと」

というと風のように去ってしまった。

石場兵曹が

「六つのお菓子に一切手を加えんで五匹のサルに均等に分けるには…?これは皆さん高等数学ですよ。私ちょっと考えてみますから静かにしててくださいね」

というなり腕を組んで<暗黒の一重まぶた>を重々しく垂らして考え込み始めた。小泉兵曹と酒井上水は

「うーん。高等数学か、ほりゃあやねこいなあ…でもちいと頑張ってみようかいね」

とこれも考え始める。石川水兵長は「うちらも考えたいが、もう当直の時間じゃ。見張兵曹と交代せんといけんけえ、うちはこれで」と言うと身をひるがえして走り去る…

 

石川水兵長は息を切らせて防空指揮所へ駆けあがった。

指揮所では見張兵曹が当直中であったが石川水兵長に「交代です」と声を掛けられるとほっとしたような笑顔で双眼鏡から身を離した。そして

「異状無し…では願います」

と言って交代した。なんとなく兵曹が寂しげなのは、今日は麻生分隊士が所用で上陸中だからなのだと石川水兵長は思ったが言葉に出さない。水兵長は双眼鏡をつかんでレンズを覗き込みながら

「そう言えば、松岡分隊長がまた何やら難題をうちらに吹っ掛けて来よりました。なんだかうちらの学校の成績がどうの、いうてお前らはあほじゃみとうなこというてました。ま、いろいろあってですよ。ほいで分隊長、『兵学校の入学試験の口頭試問だ』言うてはあ難儀な問題を出して来よりました。ほいでこれを解けたら艦長や副長も一目置くで?いうて。ほいでもうちはそげえな高等数学、ようわからんですよ」と言って笑った。

兵曹も呉の町並みを見つめながら

「ほうじゃねえ。うちは学校にはほとんど行かんかったけえなおさら解らんわ」

と言って笑った。石川水兵長はちょっとだけ双眼鏡から眼を離して「ほいでも」と言った。「ほいでも、なんじゃね?」と兵曹が問うと水兵長は「見張兵曹は頭のええ御方じゃけえ、解りんさるんじゃないか思うんですが」といい、オトメチャンは「そげえなことあるわけないわ、水兵長はちいとうちを買いかぶり過ぎと違うかねえ」と言うと大きな声で笑った。

その笑い声の裏に、分隊士がいない寂しさがあるのを水兵長は悟った。(やはり見張兵曹には麻生分隊士が必要なんじゃなあ)

 

そして夕方になって麻生分隊士が所用から帰って来たそれを待ち構えていたかのように松岡分隊長は「おかえり~ぃ、麻生さ~ん」と色っぽい声で出迎えて麻生分隊士はたいへん驚いて二三歩あとじさった。

「ね、麻生さん来て」

と分隊長は麻生分隊士を引っ張って航海科の居住区へ走った。そして「みんな~、朝言った問題、出来たかな?」と大声を出した。皆のどんよりした顔に「はは~ん。皆さんわからないんですね」と言った松岡分隊長は朝はいなかった見張兵曹がいるのに気がついて「特年兵君も麻生さんと一緒に考えて?」と例の問題を紙に書いたものをふたりの前に出した。

麻生分隊士は「ひぃ、兵学校の口頭試問の問題なんぞうちみとうな頭のもんが解るわけないじゃろ」とぼやいた。オトメチャンはじっとその問題の書かれた紙を見つめている。暫く見つめていたオトメチャンだったが不意にふふっと笑った。皆が「どうしたんじゃオトメチャン、何がおかしいんじゃね?」と彼女のそばに寄っていった。

オトメチャンは笑いながら問題を指差して

「うちは頭が悪いけえ数学は苦手じゃが…これは数学とはちいと違うねえ。これの答えは『むつかしござる』じゃうちは思うたよ?六つの菓子に五匹の猿、手をつけんと平均に分けるんはむつかしゅうござる、って。じゃけえ…」

そう言うとオトメチャンは事業服の軍袴のポケットからちびた鉛筆を取り出すと問題文の下に

『六つ菓子 五猿 むつかしござる』

と書き添えた。それを見た松岡分隊長が

「うわああ!特年兵君、君は天才だ。秀才だ。富士山だ―――ッ!」

と叫ぶなりオトメチャンを横抱きにして部屋中を踊りまわり始めた。そして「すごいですねえ特年兵君、あなたこれを知っていたの?」と聞く、オトメチャンは首を横に振って「いいえ、うちこげえな問題聞いたこともありません」と言った。

麻生分隊士は「オトメチャンは賢いのう。うちが見込んだだけある。そうでしょう分隊長!」と同意を求め分隊長も「ほんとだね麻生さーん!あなたも人を見る眼はなかなかのものだね。あなたを見直しましたよー、さあ今日から君も富士山だっ!」と叫びつつ大騒ぎ。

 

この話は艦長や幹部連中の耳に入り、後日休暇あけの副長の耳にも届いた。

皆は「やっぱりね、オトメチャンはちょっとそこらの兵隊とは違うと思っていたわ。この『大和』にふさわしい下士官だね。『大和』の誇りだ」と喜び合った。

 

が――「いやあ私もこれ聞かれた時は参ったわ~。みんなはどうだった?」という艦長の問いに副長も航海長以下の幹部たちは「…さあ、記憶にありません」と答えたのだった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「むつかしござる」これをどこかで読んでいつかお話にしたいなあと思っていました。

これは突然の出来事にも柔軟に対処できるか否かを見るものだったようです。他にも伝説のような口頭試問があったとか…いつか物語にしたいと思っています。

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「女だらけの戦艦大和」・姫たちの鱶退治2<解決編>

 「あれ、鱶じゃねえか」との鬼河兵曹の叫びに座席から身を乗り出した蛇原飛曹長と龍神兵曹は――

 

「キャーッ、怖ーい」

――とは言わないのであった。言わないどころか三姫は喜び勇んでその場で飛行服を脱いだ。その下は防暑服。そしてもう一度しっかり飛行帽をかぶると蛇原飛曹長は

「行くよ!覚悟はいいなっ」

と叫ぶなり機外に出た。ふたりの兵曹もそれに続き翼の上に立って鱶を睥睨する。

 

そもそも、以前に『大和』の熱い女・松岡中尉が自分を襲おうとした鱶連中を完膚なきまでにやっつけたことがありそれ以来この辺の鱶は<帝国海軍の女将兵>を怖がるようになって鱶仲間の間でも「絶対に帝国海軍には手を出すな。幼いものにもよく伝えろ、特に年若いものは興味本位から近付きたがるが良く言い聞かせてそんなことさせるんじゃない、命にかかわる!」と常に注意喚起が促されている。

そして今日、<天山の三姫>に接近した鱶はまだ若い個体でいわば血気盛んな御年頃。親や仲間たちが止めるのも聞かないで「ちょっとそのへん泳いでくるぜえ。――へ?テーコクカイグン?なんだそりゃ。大丈夫大丈夫俺はそんな変なもの食わないから」とうそぶいて一人群れを離れて冒険しに来たのだ。

そして前方に浮かんでいる天山を発見、興味しんしんで近寄って来たのだがこの鱶にとっての最大の不幸のうちの一つが、彼はまだ「帝国海軍」の軍人や艦艇・飛行機を見たことがないということとそして…

 

「鱶だあ、やったぜ本物だ。これを仕留めて帰れば艦のみんなが喜ぶよ!艦長にふかヒレ酒を飲ませてさし上げられる。命に代えてもとっ捕まえよう!」

蛇原飛曹長が檄を飛ばすと鬼河・龍神の両兵曹も「オオーッ!」と両腕を天に突き上げて雄たけびを上げる。

そう、彼女たちは姫は姫でも「軍姫(いくさひめ)」、勇ましいことが大好きな女三人であった。この三人と遭遇してしまった年若い鱶に今、不幸が訪れようとしていた。

 

まず「蛇姫」が機内から持ってきた長いロープを手に「おりゃっ!」と海に飛び込んだ。そのあとを大きなスパナを持った「鬼姫」が、さらに小型の金づちを持った「龍姫」が海に飛び込む。

鱶は「おお、うまっそう~」と大口を開けて三姫に突進して行った。無論鱶は三姫を食う気はなかったがちょっとからかってやろうという気になったのだ。(これが例のテーコクカイグンなんだな。ちょっと遊んでやろうかな)と。

 

その時。

鱶はドスン、と背中に衝撃を感じた後自分の首に何かが巻き付いたのを覚えた。「?」と見れば「蛇姫」がニタニタ笑って鱶の背中にまたがり首にロープを巻きつけている。怒った鱶は蛇姫を「くってやる!」と暴れた。

と今度は「暴れんない!おとなしくせんかこの鱶野郎」と大声が響いてその顔に激しい衝撃が。鱶は自分の顎がぶっ飛んだのではないかと思うくらいの衝撃にあわててそちらを見れば――怒り心頭に発した鬼姫がスパナで鱶の横っ面を思い切りひっぱたいたのだ。

その間にも背中の蛇姫は鱶の首に巻きつけたロープをぐいぐいと締めあげる。息が苦しい…鱶は(しまった、とんでもないものを遊びの相手にしてしまった)とたいへん後悔した、がもう、あとのまつり。

さらに龍姫が嬉しそうに笑いながら

「知ってる?鱶の弱点、ここなんだよねえ~」

というと――手にした金づちで鱶の鼻先を思いっきり渾身の力を込めてぶん殴ったのだった。

 

鱶は可哀想に白目をむいて昏倒している。三姫たちは万歳三唱、「鱶を退治したぞ―」と大喜び。

蛇原飛曹長はその鱶をロープごと引っ張って天山に縛りつけた。そして「なんだあ、鱶なんて言うからもっと恐ろしくってたいへんなものかと思ってたら意外とだらしないなあ」と不満げに言う。

鬼河兵曹もそれを手伝いながら「そうですよね、なんだかがっかり。もっと緊迫した状況になるかと思ってたらこの程度なんですねえ」というし龍神兵曹も「もうちょっと踏ん張ってくれなきゃあ我々としても張り合いがないじゃないですかねえ。助けが来るまでまだまだありそうだから楽しめるかなと思って、私もこの片腕食われるくらいの覚悟だったのに…弱すぎますよ」とこぼした。

鱶が弱すぎるのではなくって自分たちが異常に強すぎることに気がつかない「天山の三姫」である。

 

やがて――。

息子の帰りがあまりに遅い事に心配した鱶の母親は群れの仲間に呼び掛けて探しに出た。道々母鱶は「まさか帝国海軍の人にちょっかい掛けたりしてないでしょうねえ」と心配そう、父親鱶は「大丈夫だとは思うんだが、あいつはけっこうお調子者だからなあ」と言って周囲を見回す。

どのくらい泳いだだろうか…不意に仲間の鱶の一匹が

「あれ!あれを見て、あそこに飛行機が浮かんでいるが」

と叫ぶ。ハッとした親鱶たちはそちらを見た。と――

「キャー、息子が、むすこがあ!」

と母鱶が叫んだ。鱶たちが見るとあろうことかわが息子鱶が飛行機に縛りつけられて気を失っているではないか。

母鱶は卒倒せんばかりに驚いて息子の名を呼びながらそちらへ全速力で泳いでゆく。

「危ない!あの連中は何をするかわからないから飛び出すんじゃない!」

父鱶も叫びながら妻のあとを追い、群れの鱶たちも続いた…

 

その群れを鬼河兵曹が見つけた。

「おお、また来たぞ。やるかあ!」

そう言って三姫はまたも戦闘態勢を整える。ロープを、スパナを、金づちを構えて不気味な笑いをして待ち構える三姫を見て、鱶たちは恐怖に震えた。

母鱶は「…あの子、生きてるのかしら」と言って心配げに息子を見る。すっかり気を失って飛行機に縛りつけられた鱶息子は波のうねりにその身を任せている。

「おい、やるか貴様ら!」

蛇姫が怒鳴った。鱶たちは身を震わして「や、やりません!とんでもない…私達は息子を探しに来たんです。息子が一人で泳いで行ってしまったから、そしたらここに縛られているのを見つけました。どうか息子を返して下さい」と懇願した。

鬼姫は「ああ言ってますけど、どうします?」と蛇姫に尋ねた。龍姫が鱶と蛇姫を交互に見つめる。

蛇原飛曹長は翼の上にしゃがむと鱶たちを見た。鱶たちは今にも泣きそうな顔で蛇原飛曹長を見る。飛曹長は

「貴様らはこの鱶の親か」

と言って鱶はうなずいた。飛曹長は「子を思う心は人も鱶も同じだな」と言うと

「若い連中やこれから生まれる子供たちによく言い聞かせなさい。帝国海軍に間違ってもちょっかい掛けるんじゃない、とな」

と言って若い鱶を縛っていた縄を解いてやった。その頃には若い鱶は息を吹き返し「ごめんなさい」と謝り龍神兵曹は

「こちらも熱くなりすぎた、悪かったね。鼻先は痛くはないか」

とこれも謝る。若い鱶は「大丈夫です」と言って笑い、父親の鱶は飛行機を見て

「これはお困りでしょう。どうです、我々であなた方を飛行機ごと引っ張って行きましょう」

と申し出た。これには三姫は大喜び、鱶をそれぞれロープでつないで彼らは天山を引っ張ってくれた。

そのくらい行ったところでか、前方に駆逐艦が見え駆逐艦の見張り員は「鱶が!鱶が天山を引いてきた!」と腰を抜かさんばかりに驚いた。

この駆逐艦は空母「白龍」からの信号を受け至近の基地から捜索に出たものであった。天山の三姫は駆逐艦に移乗するとき

「ありがとう、あんなにひどいことをしたのにここまでしてくれて。もう二度としない、許してくれるかな」

と鱶に尋ねた。鱶たちは「息子を助けてくれたんですもの、許しますとも」と言って駆逐艦の周囲を一周して去って行った。

その後ろ姿を見送りながら蛇原飛曹長は

「とんだ鱶退治だったね。でもまあ、解り合えてよかった。まあこれもその下地を作ってくれた松岡中尉のおかげなんだね」

と言って笑った。

彼女たちの行く手には母艦・白鵬が両手を広げて待っている。三姫は土産話を抱えて帰艦することだろう。そして鱶たちの間に<帝国海軍の姿を見たらなりふり構わずすぐに逃げること>という命令が下ったのは言うまでもない――

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・

怖い姫御前でした。

皆さまは決して真似をなさいませんように――って誰がするかでございますね。しかし鱶の類は顔面を殴られると弱くなるらしいですね。でも試したくないです…やはり怖いから。

次回はオトメチャンのお話です。お楽しみに。

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「女だらけの戦艦大和」・姫たちの鱶退治1

 西太平洋のある海域で連合国軍と帝国海軍との小さな戦いがあった――

 

戦闘そのものは当然のように日本海軍の勝利で終わった。オーストラリアから出撃して来た連合国軍の戦艦・巡洋艦そして駆逐艦などの戦隊を、空母「鶴龍」「白鵬」からの艦攻・艦爆隊が叩き潰したのだ。この小さな物語はその「白鵬」艦攻飛行隊のとあるペアのお話である…

 

「白鵬」所属の天山艦攻隊は一機の損失も無く意気揚々と編隊を組んで帰投中である。戦捷気分は飛行隊すべてに充満、大隊長の神山大尉は操縦の姉川上等飛行兵曹に

「浮かれるのもいいかげんにしないと、着艦に失敗するぞ」

と言って笑った。夜明け前に終わったこの作戦であるから母艦に着くころは朝飯のころかもしれない。姉川上飛曹はそう思ってウフフと声に出して笑う、すると電信の黛一等飛行兵曹も同じ思いなのかウフフと笑いながら僚機を見つめている。

 

母艦まであと二十分の位置に来て、神山大尉は一機の天山の様子がおかしいのに気がついた。どうやらエンジン不調のようで神山大尉は

「なんということだ!あと少しのところまで来て…踏ん張れないか?」

とその天山の方へ自分の機を寄せさせて手信号を送った。この天山は小隊長機のペアが乗り込んでいて操縦の鬼河一飛曹・偵察の蛇原飛行兵曹長そして電信の龍神(たつかみ)一等飛行兵曹はその名前もさることながら戦闘時の働きは美しき軍神(いくさがみ)そのもので敵からも一目置かれて

「ニホンノJILL(ジル。アメリカなど連合国軍側の天山のコードネーム)を見たらスグニゲロ!アノ中にはデビルが一機、マジッテルヨ!」

と恐れられている。そのJILLの襲撃を受けた今回の連合国軍艦隊はたとえようもなく悲劇だったが。

ともあれ、そのペア――搭乗員仲間からは「天山の三姫」とあだ名されているが――のうちの一人は機体の不調にもろに不快感をあらわにした。

操縦の鬼河一飛曹は

「バッカヤロー!こんな海のど真ん中でエンジン不調になる馬鹿が居るか!貴様それでも天山か」

と姫に似合わぬ怒声を出して怒るし電信の龍神一飛曹は

「こんなところにおっこちておぼれ死んだら帝国海軍飛行隊の名折れだ!しっかりしろ鬼河兵曹、貴様の操縦にかかってるんだぞ、天山のせいにするな貴様」

とこれまた姫には似つかわしくない汚い言葉で叫ぶ。

偵察の蛇原飛曹長は「うるっさいなあ」と顔をしかめつつも

「ま、あきらめないで頑張りましょう。母艦まではあとどのくらい?」

とこれは姫らしいおっとりした物言いで言って鬼河一飛曹は「はい…あと十五分ほどです」と答えた。その時、機体がゴトッと鳴って大きく揺れた。鬼河兵曹が

「エンジン止まります!」

と叫んで、三人は僚機を見返ると一斉に敬礼し<別れ>を告げる。僚機たちは口々に「あきらめないで」「あきらめんな」「踏ん張れ」と叫んだし、大隊長も「待ってろ、母艦に連絡だ」と叫んで「白鵬」へ救難要請の無電を送る。上空を飛んでいた零戦隊の一機が舞い降りてきて<助けが来ますから頑張れ>と手信号を送った。その零戦の搭乗員嬢に敬礼したペアではあったが。

 

<三姫>の天山はその高度をだんだん下げて行った。

 

<三姫>の乗った天山はその腹を海面にこすって不時着水した。ザザーン、と波しぶきが立って数瞬の間風防が海水をかぶる。

衝撃に辛くも耐えたペアの三人は衝撃の波が収まるとそっと顔を上げた。まず蛇原飛曹長が

「大丈夫?怪我はないか」

と二人に問うた。蛇原飛曹長は着水の際、頭を風防にぶつけたのか脳天が痛む。そっと手をやってみたが大きなけがはないようだ。ほっとしていると龍神兵曹が

「私は平気であります。蛇原飛曹長、鬼河兵曹は大丈夫ですか?」

と聞いてきたので蛇原飛曹長は「脳天直撃だが大丈夫だ。――鬼河兵曹、あなたはどうです?」と言った。鬼河兵曹は先ほどから黙っている。

もしや、と飛曹長は風防を開けてみると鬼河兵曹は無傷で座席に座っているが何やら細かく震えているようだ。

「どうした、鬼河兵曹」

飛曹長の問いに鬼河兵曹は顔を上げるとえへへっ、と笑い

「すみません…私小便がしたくって。さっきの衝撃で漏れたかと思いました」

と言って飛曹長も龍神兵曹も笑った。飛曹長は機体の様子を見ると

「これならすぐに沈みそうもないな。ともあれ、大事なものを持って万が一に備えよう」

と言ってさまざまをつめた用具袋を持つと座席の上に立ちあがり周囲を睥睨した。鬼河兵曹が「降りますか?」と聞いて飛曹長は軽くうなずいた。

はたして三人は翼の上に降り立った。

「折れやせんかな…」

「平気だろう、だがあまり先端に行くな」

「をれより私は小便がしたいです」

口々に言いながら三人はそっと翼の上にしゃがんだ。小便がしたいとさっきからうるさい鬼河兵曹はそうだ、と口の中で言うと後ろを向くなりパラシュートの帯をはずし始めた。そして救命胴衣も外して翼の上に置いた。

何をしとるんだ、と言った顔で彼女を見返った蛇原飛曹長は「うわ!ここでするのか…」と悲鳴のような声を上げた。鬼河兵曹は

「はい、します。もう我慢なりませんからね…どうでもいいですが見ないでくださいね。いくら女同士といえども私は見られたかないですから」

と言いつつ飛行服の軍袴を脱ぐなり翼の根元に寄るとしゃがみこんだ。派手な音がして鬼河兵曹は思いっきり放尿中。

「いやだなあ。まったくよりにも寄って愛機の上でやらかすとは」

龍神兵曹は顔をしかめたがこればかりは仕方がない。蛇原飛曹長は

「まあ、このまま助けが来なかったりして死ぬとしたら小便腹にためたまんまで死ぬんはたまらないからね。まあ、出来るうちに思いっきりやれよ」

と言って自分も飛行服をもそもそとはぐり始める。それをいた龍神兵曹も――

 

結局三人とも大海原で大放尿をかまし、ご満悦である。姫の名が泣くというものだが「生理現象だ。仕方がないだろう?」とうそぶく三姫。きちんと飛行服を着直したところで龍神兵曹は

「腹が減りましたね。そうだ、弁当がちょっと残っていたなあ~」

というと飛行服の軍袴のポケットをガサガサやりだした。そして中から「あった!いなりずし~。ラムネ~、ほいアンパン!」と出るわ出るわ…次々出して皆大喜び。蛇原飛曹長は

「これなら助けが来るまで持つぞ。有り難いありがたい。それにしても貴様のポケットちょっとすげえな」

と言って感心しきり。そして蛇原飛曹長の用具袋から海苔巻きが手つかずのままで発見され鬼河兵曹のパラシュート袋の中からはドロップスの缶が出てくる。

三人はそれを、機内に戻って食べ始めた。鬼河兵曹いわく、「いくら海の水が洗い流したと言っても、小便こいた後の場所で食うのはちょっと嫌ですからね」。

三人は食った。

「腹いっぱい食べてしまいましょう。生きるにしても死ぬにしても食っとけば何とかなる」

蛇原飛曹長はそう言って巻きずしを食った。

鬼河兵曹がラムネのふたを開けぐびぐびっと飲んだ、そのあと。

「おい!見ろよあれ!鱶じゃねえか」

突然彼女はそう言って、空のラムネ瓶で前方を指した。

「おおっ!」

蛇原飛曹長と龍神兵曹が座席から半身を乗り出してそちらを見た――

    (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

 

「天山」搭乗員のお話です。

鱶に襲われてしまうんでしょうかこのペア。気になりますね…

 

私は小学生のころこの写真を見てたいへんな衝撃を受けました。そしてこの艦攻が大好きになりました。周囲に対空砲火を受けつつも雷撃に向かう「天山艦攻」です。
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「女だらけの戦艦大和」・契りし人はあなただけ2<解決編>

 シズは「本当に、いいの?」と思わず声をあげてしまっていた――

 

次子中佐は、自分の腰まできれいに伸ばした黒髪を

「司令。いえ姉さま、切っていただきたいのです」

と言ったのだった。さすがに夫の山中大佐も、兄の一矢もびっくりして「なぜ?切らなくてもいいのに?」と言って彼女を見つめている。次子中佐は、一つにまとめて長く垂らした黒髪を胸の前に持ってくるとそっと撫でながら

「いえ、切ってください姉さま。私はこの髪をいつの日にか挙げる結婚式の日のためにと伸ばしつづけてきました。そして私の願いは叶いました。素晴らしい人と結婚式を挙げて、そしてにい様姉さまと家族になれました。ですからもう、この髪をこのまま伸ばしておく必要はないのです。

――私はもうほかのだれにも嫁ぎません、ですからもう二度と高島田を結えないように、その長さにこの髪を切っていただきたいのです」

と言って皆を等分に見つめた。

男たちは中佐のその決意に神妙な顔で聴き入り、シズはしばらく黙って中佐の顔を見つめていたがやがて「わかったわ、次ちゃん。切ってあげましょう、ただ今夜はもう遅いから明日ね。それでいいですか?それからあまり短くしてしまうのもなんですからそうね…背中の真ん中あたりでいいかしら。なら、明日ね」

と納得し、次ちゃんをも納得させた。そして今度は山中大佐を見ると

「新也さん。あなたいい人をもらったわね。なかなか言える言葉じゃないわよ、今の次ちゃんの言葉。ここまで大事に伸ばしてきた髪を、次ちゃんはあなたのために切っていいと言ってるのだから、新也さんあなた彼女を大事にしないと大きな罰が当たりますよ」

と言って微笑んだ。

大佐も次ちゃんのその言葉に感激していたので瞳を潤ませながら

「はい…本当に私にはもったいない人です。――次ちゃん、ありがとう。それにしても」

と言って絶句した。中佐も、一矢もシズもそっと大佐を見つめる。と大佐はその瞳から大きな涙の粒を頬に流して

「女の命の――その髪を私の為に切ってくれるなんて」

と言ってかすかに嗚咽した。喜びの嗚咽である。シズがほほ笑みながら「よかったわね」と言って一矢と顔を見合わせて微笑みあった。

 

その夜も更けて、一矢とシズは一階の客間で眠り、大佐と次ちゃんは二階の部屋へ上がった。

大佐は寝台の上で、寝間着に着換えた次ちゃんを抱きしめた。そしてその長い髪を裾まで撫でた。愛おしくてたまらなかった。大佐は「次ちゃん…私はあなたを妻にして本当に良かった、幸せですよ」

とその耳にささやいた。次ちゃんは大佐の胸にすがるようにして

「私もです…大佐と結婚出来て本当に幸せです」

と言った。大佐は次ちゃんを布団の上に寝かせると接吻しながら彼女の寝巻のひもをそっと解いた。寝巻の前が軽く開くと大佐はそこに片手を入れ、次ちゃんの胸のふくらみをそっとつかんだ。その先の部分をそっと摘まんだ。次ちゃんが軽い吐息をもらす。

大佐は彼女の寝巻をそっと脱がせながら「間もなく…次ちゃんは『大和』へ帰ってしまうんですね」と言った。それを聞いた瞬間、次ちゃんの胸の内にたとえようもない寂しさのようなものが荒波のごとくわきあがってきた。「大佐、」と彼女は呼びかけた。

大佐は次ちゃんをすっかり裸にするとその両足を優しく開かせた。そしてその間に自分の腰をあてがいながら「むかしのように呼んで下さい…『しん兄さん』と」と言った。次ちゃんはうなずくと「しん兄さん」と呼びかけた。すると大佐は次ちゃんを固く抱きしめた。

そして

「寂しい。次ちゃんが毎日この家にいなくなると思うと私は寂しい…そしてまた『大和』が外地に行ってしまうと私はもっと寂しい」

とまるで駄々っ子のように言って次ちゃんの体を軽くゆすった。次ちゃんも大佐の背中に両手を回しその胸に額をつけるようにして

「私だって寂しいです。あなたと、しん兄さんと離れて過ごすのは――嫌」

と言って声を詰まらせた。しかしだからと言って次子中佐が簡単に海軍をやめることなどできないのはふたりともよくわかっている。離れたくない、しかし軍人である以上任務を放棄などできない。

ふたりはそのジレンマに悩んでいた。

不意に、大佐が身体をちょっと離すと

「次ちゃん。こんなことを言ったらそれこそ私は海軍軍人の風上にも置けないと言われるかもしれない、でも私はそれでも言います――次ちゃん、私の子供を産んでください」

といい、次ちゃんは少し驚いたような顔をした。大佐は

「次ちゃんに子供ができれば当分次ちゃんは内地に、ここにいる事が出来ます。あなたは佐官だから、佐官ならそのへんは融通がきくと聞いています。次ちゃんは優秀な軍人だから艦の皆さんはあなたを離したくないかもしれない。でもあなたはもう、私のものだ!子供を産んで、――私のそばにいて下さい!」

そう言うなりいきなり次ちゃんの中に入ってきた。不意をつかれた次ちゃんは「あっ」と小さく声をあげてしまった。その次ちゃんを押さえつけ大佐は荒っぽく彼女の奥へとぐんぐん進む。その激しさに次ちゃんは「大佐、しん兄さん、痛い…」と喘ぐが大佐は夢中になって聞こえないようだ。

大佐は夢中で次ちゃん、次ちゃんと呼びかけつつ次ちゃんを突きまくり次ちゃんもそれに夢中で応えた。ふたり無我夢中の時が過ぎ、やがて――大佐は次ちゃんの奥に熱い子種を放って終わった。

ふたりは終わったあとしばらく、ハアハアと荒い息をついて重なり合っていた。その息がやっと整った頃次ちゃんは小さな声でなにかを言った。

大佐が「なに?どうしたの」と尋ねると彼女は頬を赤く染めて囁いた――「赤ちゃん、出来るといいな」。

大佐はもう一度、次ちゃんを抱きしめた。

 

翌日。朝食を済ませた後、次ちゃんは春の日差しもうららかな縁側で、シズに髪を切ってもらった。シズはかすかに、緊張で震える手にハサミを持って次ちゃんの長い髪を切った。そばでは山中大佐と新也が見守っている。

腰まであった黒髪は背中の真ん中あたりまでになった。シズはそれ以上切ってしまうことにためらいがあった。そこで

「次ちゃん、また伸びたら切りますから今日はこのくらいにしておきましょう」

と言ってハサミを収めた。息をつめて見守っていた男たちはふうっと息を吐いて緊張を解いた。

次ちゃんは「姉さま、ありがとうございます。御面倒をおかけしてすみません」と礼を言った。次ちゃんはその髪を一つに縛ると

「これで――私は新也さん一人のものです」

と独り言のように言った。シズはその決意のようなものに心打たれた。次ちゃんは今度ははっきりと

「私が契った人はたった一人。山中大佐――あなただけです」

と言って夫の顔を見つめた後すがすがしい顔つきになって春の空を見上げた。山中大佐は感激に瞳を潤ませ、兄夫婦はほほ笑みを以て若い夫婦を見つめる。

 

『山中次子中佐』の休暇は残りあと少し――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

な~んだそんなことか!とは言わないでやってくださいね、女にとって髪はやはり大事なものですから。次ちゃんは高島田を結うために腰まで伸ばした髪を、切りました。これこそが彼女の決意でありました。もう誰のためにも高島田は結わない。

健気な中佐、いよいよ帰艦の日がそこまで来ています…

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 山中次子中佐は、あと一週間ほどになった結婚休暇を楽しんでいた――

 

その日、野村の両親と山中の兄夫婦が久しぶりに新婚夫婦を訪ねてきた。山中シズは「野村さんの御両親とすっかり仲良くなったのよ!それでね分隊長、三朝温泉から私達の家まで足を延ばしていただいちゃて」と言って嬉しそうに笑った。中佐の母親――カヨ――も「そうなのよ次子。私も山中さんのお姉さんと意気投合して、佐世保のおうちにお邪魔して来たのよ」とこれもうれしそう。

山中の兄、一矢と野村中佐の父――建造――は顔を見合わせて笑いあう。

中佐は(よかった。私達だけでなく親兄弟が仲良くできるのが一番うれしい)と思って微笑んだ。

山中大佐も

「それはよかった。しかしお父さんお母さんはあちこち引っ張り回されてお疲れではないですか?」

と妻の両親を気遣った。しかし建造もカヨも

「全然疲れたりしませんよ、それよりいいところに連れて行ってもらったりおいしいものをいただいたりしてたいへんお世話になりました」

と言って微笑みあう。

それを見てほっとする山中大佐。その大佐を見て妻の次子中佐もほっとした笑みを浮かべた。

 

野村の両親はその日のうちに東京へと帰って行った。山中シズはカヨに「今度はぜひ東京へいらして下さい。あちこちご案内させていただきたいところがたくさんありますから」と言われてすっかり乗り気になって、「では秋にでも!お邪魔させていただきますね」と喜んで呉駅までふたりを見送りに行くことにして

「分隊長――じゃなかった次ちゃん。次ちゃんも一緒に行きましょう」

とシズは中佐も誘った。シズにしてみればしばらくは両親とも会えなくなるからせめて見送りを、という思いやりである。中佐もそれを解って「はい、では参りましょう。大佐、ちょっと行って参ります」と四人は連れ立って駅へと向かっていった。

その後ろ姿を見送る山中大佐に、兄の一矢は

「新也。うまくやったか」

と小さな声で尋ねた。大佐は「へあっ?うまくって何のこと?」と大きな声で振り向いて、一矢は「シ―ッ、でかい声出すなよ…次ちゃんとうまいこと出来たのかって言ってるんだよ」とあわてた。

大佐は「ああ~。あの事ですか」と言うと立ち上がって駆けだして部屋から<新婚初夜の医学事典>を持ってきた。それを差し出された一矢、手に取ってみたが「うひゃあ、なんだこりゃあ?<新婚初夜の…>って、これお前買ってきたの?それとも次ちゃんがか?」とさすがにびっくりした。

山中大佐は

「まさか。買ってくるわけないでしょう、しかも次ちゃんがこんなもの買うなんてありえませんね…これはね兄さん、次ちゃんの艦のお仲間からのお祝いの品ですよ。気がきく人がいるんですねえ~、こんないいものをくださる人がいるなんて、いかに次ちゃんがあの艦で大切にされているかってこと、よくわかりますよねえ」

とにこにこしている。一矢はあきれたような顔になって「はあ…そうか。そりゃあよかったね」と言ってから急に真顔になるとそっと弟の耳に口を寄せて

「それでお前…ちゃんと付けてしたんだろうな。あれを」

と言った。その真面目な口ぶりに大佐は少し驚いたように身を離して「あれ(・・)とは?」と尋ねた。一矢は思い切り弟の背中をひっぱたいて

「付けなかったなおまえ!あれほど言ったのに…次ちゃんと事に及ぶ時<ゴムかぶと>をつけろって」

と言って天を仰いだ。大佐は「あ…忘れてたよ」とこともなげに言ったが一矢は深刻な顔で

「おまえはいいだろうがな。問題は次ちゃんだ。もしも…もしもだぞ、こんなに早くご懐妊て事になったらどうするんだ」

と言った。大佐は「ご懐妊て事は赤ん坊ができるってことでしょう。それがなんで――」と言いかけてハッと頬を両手で押さえた。そして

「そうだ…彼女は現役の戦艦の副長だった…そうだだからアレをつけろって兄さんに言われてたのに」

と言って真っ青になった。一矢は、

「まあな、出来たらできたでそれなりに工面してくれるだろうが、しかし次ちゃんはたいへんだろう――といってまあ、こればかりは授かりものだからね。しかしお前ほんとにしょうがないなあ」

というと弟の肩をパンと叩いた。大佐は青ざめたまま。

 

そうこうするうちシズと中佐が帰ってきた。中佐は休暇中は和服で通している、その裾を気にしながら歩く様子が大佐には可愛くそしてそそられる。

「ただ今戻りました」

ふたりはそう言ってシズは居間に入ってきた。中佐が「お姉さん、お茶を淹れましょうね」と言って台所に行った。一矢がその後ろ姿を見ながらシズに「野村さんの御両親は、無事に汽車に乗れたかい」と聞いてシズは

「ええ、汽車も時間通りに来ました。お二人とお別れするの、お名残惜しくって」

と言った。中佐が皆の分の湯呑に緑茶を淹れてきた。そして座ると「お姉さんありがとうございます、父も母もたいへん喜んで居りました」と礼を言った。シズは「そんなそんな…なにもできなくってかえって失礼してしまったわ。また佐世保にもいらして欲しいわ」と言って微笑む。

シズは中佐を見つめて

「休暇もあと少しになりましたね分隊長、思い切り羽根を伸ばせました?」

と聞いた。中佐は「はい」と言って着物の胸のあたりを軽く撫でた。そして

「楽しい思いをさせていただきました。艦に戻っても今まで通りしっかり軍務に励もうと思っております」

と言った。が、次の瞬間その顔がかすかに曇ったのをシズは見た。シズは中佐の伏せた瞳の奥を覗くようにして

「どうしたの?分隊長。何か困ったことでも?」

と聞くと中佐はかすかにかぶりを振って「いいえ…なんでもないのです」と言って顔を上げた。無理をして笑っているようだ、分隊長何かに悩んでいるとシズは思った。

『山中』中佐にはかすかな気がかりがあった。(自分が戻ったところでもう、副長の仕事は黒多さんに完全に移行しているのではないか。もう私は副長としては用済みではないだろうか)

しかし、だれにも言い出せない。苦悩が彼女の内を覆っていることに気が付いているのは、山中シズだけである。

シズはそんな愛しいかつての部下であり今は妹となった次ちゃんの苦悩をなんとか軽くしてやりたく、

「もしも…艦の事で悩んでいるのならそれは取り越し苦労ですよ。分隊長もしかして自分の居場所がもう無いんじゃないかって思ってるでしょう」

と言いきった。はたして図星を指された次ちゃんはハッと顔をあげてシズを見た。中佐はその瞳をかすかにうるませて

「はい…なんだか私自分はもうあの艦では必要とされていないんじゃないかって思って」

というと遂に嗚咽を漏らし始めた。大佐と一矢は少しあわてて「次ちゃん、どうした」と声をかけて、大佐は彼女の後ろに回るとその背中を優しく撫で始める。一矢は身を乗り出して

「次ちゃん、そんなことはないから平気だよ。次ちゃんを必要としないなんかありえないことだよ?次ちゃんは大事なあの艦の副長で海軍にとっても大事な士官だ。――そうか次ちゃんは今まで長い休暇を取ったことがなかったな?だから不安になったんだよ、平気平気。心配しないで。さあ、笑った笑った」

と元気づける。

シズもその横から中佐の肩を抱いてほほ笑みかける。

山中大佐が「次ちゃんを必要じゃないなんて言ったら私がただじゃおきません。『大和』に斬り込みに行きますよ」と言って中佐は泣き笑いの表情になった。皆が中佐を抱きしめるようにして慰め言い含め、中佐はやっと気持ちを落ち着けたのだった。

 

その晩。

四人は結婚式の写真を見ながらあれこれと話に花が咲いた。

自分の花嫁姿の写真にじっと見入っていた次子中佐だったが、ふいに顔をあげてまっすぐにシズを見つめて言った言葉に、皆は驚いた。

「次ちゃん。――本当に?!」

        (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・

山中大佐の不始末?はこの後影響してくるのでしょうか?そして次ちゃんの不安はなんとか払しょくされたようでなにより。長い休暇を取ったことにない彼女ならではの不安です。

そして――いったい次ちゃんはなにを言ったのでしょうか。次回を御期待下さい。

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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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