女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

「女だらけの戦艦大和」・ライバル出現6<解決編>

 野村副長は「あれを見て!」と声を上げていた――

 

最初、松岡中尉が次々繰り出すボールを遠慮がちにしかし、器用に打ち返していた錦古里少尉候補生であったが段々興が乗って来たと見え、本来のテニスの腕前を見せつけはじめていた。その様子を一同黙って立ちつくして見守る。

「松岡お姉さま。お姉さまのボールを打てるなんて錦古里候補生幸せです!最高の一日ですわ!」

そんなふうに叫びながら錦古里候補生は懸命にボールを打つ。他の候補生たちは「錦古里さん素晴らしいわ、松岡お姉さまのボールをあんなに返して!頑張って」と応援する。

しかし松岡中尉には相変わらず<錦古里候補生は私の座を脅かす宿敵>という頭があるからボールの打ち方も激しいものになる。

「にこごり候補生、かかってきなさーい!あなたには再教育が必要ですっ!いいですか私がテニスの女王であなたはまだまだ半人前でしょうがっ!いいですかもう二度とでかい面して『海きゃん』に出られないようにしてやりましょうか!尻の穴を締めろ」

松岡が怒鳴ると錦古里候補生は

「ごめんなさい松岡お姉さま!私そんなつもりは全然ございませんの、それでもお姉さまに誤解させてしまったなら私はお詫びいたします。どうやってお詫びしたらいいのでしょうお姉さま!」

と叫んでラケットを振る。ボールが松岡中尉の元へ飛んでそれを松岡がおもいっきり打ち返す。そして錦古里候補生の打ち返したボールをさらに返しながら

「謝罪広告を出しなさいー!『私は松岡修子海軍中尉に恥をかかせましたことをここにお詫びいたします』という謝罪広告を『海きゃん』に出せばよし、出さねば一生つきまといますからね。私は熱い女ですから何処までも熱くなりますよー!」

と怖いことを言った。それを聴いて野村副長が

「松岡中尉ったらなんてことを!一生つきまとうなんて絶対病気ですよあの人は…ああ艦長どうしましょう」と泣きだしそうな表情になる。梨賀艦長は「いつもの松岡の大言壮語だろう。あの顔は本気じゃないよ、ああいって少尉候補生のあの子の気を削いでるんじゃないかな。――と思うけど?」といささか情けない返答をした。

そんな外野の騒ぎには目も、いや耳もくれないで二人は二人の世界に早、没頭し始めている。

「それにしても…錦古里候補生はなかなかのもんだねえ。素晴らしいよ、あの腕前。もしかしたら本当にテニスの女王は彼女じゃないかねえ。私は松岡中尉より筋がいいと思うけどね」

そう言ったのは森上参謀長。彼女も海兵に入る前の中学では「テニスのプリンセス」として鳴らしたものだった。それを聴いて「凡鷹」の幹部が

「ほう、森上大佐もテニスをなさっていらしたとは!これはもしかしたら立派な提督になるにはテニスが必須なのかもしれないな」

と唸って周囲の皆はう―んと唸った。半分は

(そうだ、我々ハイカラな海軍はテニスくらい出来なければいざアメリカだイギリスを占領した時向こうの連中に馬鹿にされてしまう。剣道とか柔道と言った日本古来の武道もさりながら、相手国のスポーツの一つや二つは体得しとかねばならん。そうだこれからテニスを始めよう!)

というもので後の半分のうーんは

(テニス。テニス…確かに兵学校でもちょっとかじったけど、ありゃいかん。全然球が打てないんだよ。サーブっての?あれをしようとしてもラケットに当たってくれないんだな、球が。何とか打っても相手の打った球を打ち返すのがまたこれ難儀。手首が痛くってさ、手首をかばうとラケットが思い切り振れなくって球が地面をころがってっちゃうの!相手からは『これじゃあテニスじゃないよ~』なんて言われるし。正直テニスなんかもうしたくないね、見るだけでおおたくさん!)

という唸りで、これは『大和』の梨賀艦長、そして野村副長もその一人。しかしそれを気取られないよう、コートに見入る。

コート上のラリーは熱を帯び、松岡中尉はなかなか錦古里候補生が音を上げないのにいら立ち始めたようである。

「君は一体どういうつもりなんだー」

とまだ、候補生をなじっている。(しつこいな、この女)とは候補生は思わない。どころか

「松岡お姉さま、ごめんなさい!わたくしどうしたらいいのか…手が止まらないのです」

と半泣きになりながらボールを打つ。錦古里少尉候補生の健気さに見学の皆が涙ぐみ始めた。梨賀艦長が

「もうそれくらいでいいじゃあないか、松岡中尉。錦古里候補生が仕組んだことではない、すべては手紙を読み違った中尉のせいではないか。自重しなさい!」

と両手をメガホンにして叫んだが、松岡中尉の耳にはまったく届いていない。「これを受けてみろ!」と強烈なサーブをたたき込むと、錦古里候補生がその球を宙に飛びあがって打った。

「おお!見た?今の!飛びあがって打ち返したわ!!まるで空気のようよ!

幹部連中が驚愕と感激の叫びを上げた。さらに候補生は、次の松岡の球を背中側で撃って返した。さらに盛り上がる幹部たち。

すると。

松岡中尉の表情が今までになく険しくなった。そして球を打って返す際、コート脇に置かれていたボールのたくさん入っていたかごを思い切り、蹴とばしたのだ。

ザーッとたくさんのテニスボールがコートを走り、球を追って打とうとした錦古里候補生がその一つを踏んで足をひねった。その場に転倒した。

「あっ!」

その場の皆――松岡以外――が声を上げた。と、松岡中尉が

「金輪際生意気出来ないようにしてあげましょう――!」

と恐ろしい声で叫んで、転倒して起き上がれない錦古里候補生めがけて渾身の力で球を打ちこんだ。

「ああっ!」「松岡中尉よせ!」「いけない!」…等々の叫びは渦巻いた。

その次の瞬間、誰かが倒れている錦古里候補生の前に飛び出すと、松岡中尉が打ち込んだ球をキャッチしたではないか。

「危なかった…」

その人物はそういって手にしたグローブからテニスボールを取り出すと、錦古里候補生に「怪我はありませんか?足首をひねりましたね…」と声をかけると錦古里候補生を抱き上げて天幕の下へと歩いて行く、その人こそ――

「樽美酒ゆう少尉!さすがだ!!

梨賀艦長が叫んで拍手した。幹部たちやほかの候補生たちも一斉に立ち上がって拍手。樽美酒ゆう少尉に抱きあげられた錦古里候補生はもう痛みも忘れて夢見心地な瞳で、樽美酒少尉を見つめている。

「お姉さま…あの、失礼ですがお名前を」

そっと囁く錦古里候補生に微笑んだ樽美酒少尉は「私は樽美酒ゆう海軍少尉です。錦古里少尉候補生、あなたは素晴らしい身体能力の持ち主ですね。これからもそれを伸ばして下さいね」と言って、彼女を「凡鷹」の軍医長の前に下ろすと

「軍医長、願います」

と診察を乞うた。「凡鷹」の軍医長は樽美酒ゆう少尉のさわやかさに感嘆しつつ少尉候補生の足首を診察する。

その間取り残された松岡中尉は

「なんなんですかあなたたたたちは!!樽美酒くん、あなたなんで私達の対決、決闘の邪魔をするんです!あきらめてるな!?――さあ、にこごり君。対決を始めますからここにいらっしゃいっ!」

とラケット振り回して怒鳴っている。そこに梨賀艦長と野村副長がたいへん怖い顔つきでやってきた。そして艦長は

「松岡中尉、黙りなさい。あなたはなんと言う破廉恥で卑怯なことをしたのかね?あれは錦古里候補生のせいではない、そもそもは君の『海きゃん』からの手紙の読みちがいだと何度も言っているのに聞きもしない。ばかりか錦古里候補生に決闘を挑んであのような事をするなど、海軍軍人の風上におけない行為である。このうえはそれなりの処分を検討するからそのつもりでいたまえ!」

と言い放った。さすがに松岡中尉は我に返ったような顔になると半ズボンの尻ポケットからくしゃくしゃになった封筒を引き出して中身の便箋を取り出した。

ラケットをその場に置くと、松岡中尉はその手紙をじっくりと読み始める。

たった、二枚ほどの便箋をじっくりじっくりと松岡中尉は十五分ほどかけて読んでいる。梨賀艦長も野村副長も、そして何が起きているのかと興味しんしんで寄って来た各艦艇の幹部たちもしびれを切らすほどに長い時間、中尉はそれを読んでいた。すると、

「ギャーーッ!

とものすごい大声をあげて松岡中尉は便箋を放り投げて頭を抱えた。梨賀艦長以下は大変びっくりして飛び退いた。

松岡中尉はしばらくの間頭を抱えて呆然と立ち尽くし空を見上げていたがやがてダランと両手を垂らすとがっくりとその場に膝をついてしまった。

そして「…熱くなりすぎました」とぼそりと言った。今まで見たことがない松岡のしなだれた姿に梨賀艦長は少し心配になった。と次の瞬間、松岡中尉はばね仕掛けの人形のように跳ね起きて、「うわっ!」と皆をさらにおどろかす。

松岡中尉は「にこごり君、にこごり候補生くんー!」と錦古里候補生を呼んだ。ややして候補生が、樽美酒少尉に抱きかかえられてやってきた。その後ろには候補生仲間がくっついて来ている。中尉はラケットをひっつかむと錦古里候補生に駆け寄って

「にこごり君、私はあなたに謝らなきゃいけません。私は熱くなりすぎて手紙の文字を読み間違えていました。そして頭の中で勝手ににこごり君が決闘を申し込んできたと思ってしまいました!どうもすみませんでした―!で、あなたの足の具合はいかがでしょう?もしもう足が治らない、このままでは収まりがつかないというならどうぞこのラケットで私をたたき殺して下さいっ!さあどうぞ、にこごり君!」

と言ってラケットを差し出した。すると錦古里候補生は、樽美酒少尉にそっと微笑むと床におろしてもらった。錦古里候補生は松岡中尉のラケットを差し出す手にそっと自分の手を重ねると

「誰が松岡お姉さまをたたき殺したりするものですか、お姉さまはこうしてテニスを通して私に、私達少尉候補生に海軍生活の厳しさを教えて下さったんですよね。とても私達のためになりました。あきらめないで尻の穴を締めてこの先の海軍生活を頑張ります。松岡お姉さま、本当にありがとうございます」

と言った。少尉候補生たちも「ありがとうございました、松岡お姉さま!」といい、固唾をのんで見ていた一同から大きな拍手が起きた。

梨賀艦長がそっと錦古里少尉候補生に歩み寄ると「本当にそう思うのだね、それでいいのだね」と念を押した。錦古里少尉候補生はさわやかな笑顔で艦長を見つめると

「もちろんです。海兵の先輩のお姉さまの教え、大事にしてまいります!」

と言って、松岡中尉は「熱くなってるぞ、にこごり君―!」と叫ぶなり錦古里少尉候補生を抱き上げるとそのまま「凡鷹」の飛行甲板を走り出した。

そのあとを歓声を上げてついてゆく少尉候補生たち。樽美酒ゆう少尉は嬉しげに微笑んでそれを見つめている。

「――やれやれ。どうなる事かと思ったが…上手く収まってよかったよ、錦古里くんはなかなか大物だね」と梨賀艦長は言って、そばにいた『海きゃん』編集局の片野中尉の背中をそっと優しく撫でた。片野中尉は「本当にほっとしました…しかしこれからは我々も手紙の書き方に気をつけねばと思いました」と言って泣き笑いの表情となった。

大騒ぎの「凡鷹」艦上に、心地よい風が吹き始めて来た――

 

後日談として。

あの後交わされた少尉候補生たちの秘密の会話、「ねえ、ここだけのお話よ?正直におっしゃって?錦古里さんは松岡お姉さまと樽美酒お姉さまのどちらがお好み?」「…それは…」「それは?」

「樽美酒お姉さまに決まっているわ、とても優しいしなさることがスマートなんですもの。ただ熱いだけではいけませんわ、秘めたる情熱が大事ですわ!

…松岡中尉、ちょっと外してしまったようです。

            ・・・・・・・・・・・・・・

手に汗握る?試合も無事終わりました。まあどうなる事かと緊張しましたがこんな結果でした。片方が冷静な大人だったようで松岡中尉には何よりでした!

しかしこれからはもっと冷静になって欲しい松岡中尉ですね。


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「女だらけの戦艦大和」・ライバル出現5

 松岡中尉は工作科の作業室で狂喜の雄たけびを上げていた――

 

そして松岡中尉は工作科の一等兵曹に抱きつき「ありがとう、ありがとう!あなたも熱くなっていていいですね!最高ですよ、私はもうこれ以上ないほど燃えて熱くなっていますよ、これというのもあなたのおかげ、あなたが尻の穴を締めて頑張ってくれたおかげです。ですから私は明日の決闘に何が何でも勝たねばなりません、事もあろうに私に宣戦布告して来た小憎らしい少尉候補生をぶったおさないといけませんね!そうですよ、二度と先輩に生意気な口がきけないようにしてやらないとね!明日の勝利はあなたに捧げますよ!――というわけで本当にありがとう、私はこれにて失礼、また明日ね。ごきげんよう」と早口で言うと作業室から走り去っていった。

その場に残された一等兵曹はしばしの間ぽかんとしていたがやがて我に帰ると

「ひゃあ、えらいこっちゃ。うちはそげえな相手をぶったおせ言うようなつもりで作ったんと違うのにのう。なにかあったらこりゃうちまでお咎めを受けそうじゃわあ。そげえな物騒な勝利を捧げられてもうちも困るわあ…ほいでも松岡中尉はどうして少尉候補生をぶったおさにゃいけんのじゃろうか?」

と腕を組んで考え込む。彼女はまだ、『海軍きゃんきゃん』を読んでいなかったから知らなかったのだ。それを聞きつけた仲間の工作科の青木一等兵曹が

「なんじゃ、知らんのね。これじゃこれじゃ、見てみい」

と差し出した『海きゃん』を読んだ一等兵曹、「なんねこりゃ、ちいとも宣戦布告なんぞしとりゃあせんやないね?大体が松岡中尉の名前なんぞこれっぽっちも出てこん。はああの人の頭の中はどがいになっとるんじゃ?うちはもう頭がおかしゅうなりそうじゃ」と言って悲劇的な表情で仲間を見つめた。

青木兵曹は「なあ、ちいとも理解できんじゃろ?貴様も妙なお人の片棒担がされて難儀じゃな」と言って気の毒そうな表情を浮かべたのだった。

 

ともあれその晩も更けて、とうとう<親善試合>の朝はやってきた。この日の呉湾は朝から綺麗に晴れて風も穏やか、絶好のテニス日和である。第一艦橋から見える「凡鷹」甲板上にはテニスコートを模した白線が引かれ、見物者用の天幕も張られている。この天幕の下に入るのは『大和』艦長以下の幹部数名と、呉碇泊中の艦艇の幹部の都合のつく者たち、そして「凡鷹」艦長以下の幹部。それに『海軍きゃんきゃん』編集局の人間。

錦古里候補生の仲間たちやほかの見物の将兵たちはコートの周辺で座り見立ち見。

「凡鷹」の甲板に上がってきた錦古里候補生や仲間たちは「ドキドキするわね」とか「『大和』の艦長ってどんな方かしら」とか「大勢の艦艇の幹部の方たちがいらっしゃるようですわ、緊張しますわね」などと小声で話している。

背の高い大松少尉候補生が

「大きな戦艦に乗り組みのお姉さま方。それに下士官や兵のお姉さま方ってどんな感じなのかしら。早くお会いしたいわね」

と言って『大和』を見つめた。錦古里候補生が

「そうね…きっと大きな戦艦に載られている方たちだから御立派な方ばかりよ。そういえば兵学校の教官に言われましたよね、『下士官・兵たちはお前たちのように兵学校に経済的な事情などで行けなかったが海軍での勤務も長く技量は一人前以上である。決して馬鹿にしてはいけない』って。私達よりずっと長く海軍で頑張っていらした方を馬鹿になんてできないわ。みんな、下士官や兵の方々にもきちんと御挨拶いたしましょうね」

と皆に進言、皆は神妙な面持ちでうなずいたのだった。

 

そして一〇〇〇(ひとまるまるまる、午前十時)。

『大和』から内火艇とランチがやってきて「凡鷹」に接舷、十数名ほどの士官連中が舷梯を上がってきた。錦古里候補生たちはそっと背を伸ばして「どの方がその中尉さんなのかしら?」とそっと見やるが誰だかよくわからない。やがて『大和』の士官たち、呉碇泊中の艦艇の幹部や「凡鷹」の幹部たちがそろったところで「凡鷹」の艦長があいさつに立ちあがった。

短めにあいさつを切り上げた艦長、パラパラと拍手が起きた。そのあと『大和』の福島主計大尉が審判として紹介された。しかし今回はあくまで、あくまで親善試合なので厳密な審判は特にせず、反則行為を見張るようだ。

福島大尉は凛と通る声で

「錦古里ケイ少尉候補生、コートへ!」

と言って錦古里候補生がコートへと進み出た。胸にはしっかり愛用のラケットを抱いて。その姿があまりにも初々しく『大和』の梨賀艦長に野村副長、それに森上参謀長はいたく感動した。梨賀艦長は顔を動かさずとなりの副長にそっと

「なんと初々しい。我々もあんなころがあったんだよね…懐かしいね。しかし松岡中尉は一体どう出るつもりなんだろうか、心配だね」

と囁いた。副長も前を見つめたままで「はい。私も兵学校当時をちょっと思い出していました。松岡中尉、候補生をぶったおすと言ってるらしいですから私も大変心配です。何事もなきゃいいんですが」と答える。

すると、候補生たちの席からどよめきが起きた。見ればコートの中央にマントをまとった松岡中尉が歩いてきたのだった。候補生たちは「見てみて、あれが噂の中尉のお姉さまよ!さすがねえ、出方からして素敵よねえ」と両手を胸の前に組んでうっとりしている。錦古里候補生もその姿を見つめて小さく口をあけるようにして中尉の姿に見とれている。

――と!

松岡中尉はやおらマントをばさーッと脱ぎ捨てた。すると見物の総員から「おお、あれは!」と声が出た。

松岡中尉は、白いシャツに白い短パン。そして白い帽子をかぶるとかっこよくラケットを構えている。その白いシャツの胸にはローマ字で「MIZUNO」と書かれている。そしてその左の袖には赤い文字で「KOUKAIKA」(航海科)と書かれている。

これこそ松岡中尉が工作科作業室で狂喜の叫びを上げたそのもので、彼女はこの決闘(親善試合)が決まってから工作科の水野一等兵曹に「あなたは仕立てが大の得意と聞きましたよ、熱いですねえ!でちょっとお願いがあるんですが」と言ってテニスウエアを作らせたのだった。そして「シャツの胸部分にはあなたの名字をローマ字で入れて欲しいんです。え?松岡と書いた方がいいって?ちがうちがう、それじゃあだめだ!こういうものには作った人の名前を入れるものなんです!ですからここにはあなたの名字をずば―ッと入れてね。それからこっちの袖には私の所属「航海科」をローマ字でかっこよく入れてちょうだいな、これ修子のお願い!」と言って無理やり作らせたというのが真相。

出来上がった時中尉は「ギャーーッ!」とものすごい叫びをあげ、水野一等兵曹は死ぬほど驚いてその場に腰を抜かした。中尉は喜んでいたのだ。そしてそのあと、冒頭に記した言葉を言って感謝の意を水野兵曹に示したというわけである。

ともかく、松岡中尉は新しいお気に入りのウエアを皆によく見えるようにあれこれポーズをつけている。そして突然、持っていたラケットで錦古里候補生を指すとそれはそれは大きな声で

「ようこそ少尉候補生くん!君はなんだね、随分テニスが上手だそうじゃないか。よりによって『海軍きゃんきゃん』に出てテニスの女王だとか豪語して兵学校の大先輩である私を愚弄したね?熱くなっていて大いに結構、だが私は収まらなーいッ!てな訳で今日はここで決着をつけましょう、あなたが女王かそれとも私が本当の女王か。あなたが負けたら土下座して謝りなさい!いいですね、卑怯な真似はしっこなしですよ!」

と怒鳴ったのだ。『海きゃん』編集局の片野中尉は腰が抜けるほど驚いた。そして「そんな、まさか!これでは決闘じゃないか、我々はこの二人を決闘させようなんて意思はないぞ、二人を対談させたらいいと思ってそう手紙を書いたのに、それをあの人…どうしよう、こんなことになるなんて」と泣きべそをかいている。

そう、松岡中尉は『海きゃん』からの手紙に合った<対談>を対決と読み違ってしまったのだ。錦古里候補生は「軽く試合形式をとりながらそのあと対談」と思っていたからこれも驚愕している。

ラケットを抱えたまま「そんな…お姉さま、私はそんな大それたことを考えたことございませんわ。先輩のお姉さまを敵に回すようなこと、いたしませんわ」と呆然としている。

が、松岡中尉のテンションは上がるところまで上がり、

「それじゃああなた、にこごり君!行くぞ!」

というなりボールを高く投げあげ、それを思いっきりラケットでひっぱたいた。ボールは真っ赤に燃えながら錦古里候補生の足元にその身を叩きつけるとその後ろの士官見物席に飛び込み、森上参謀長の右足を強打。ギャッ、と参謀長は叫んで椅子から転げ落ちた。野村副長があわてて「しっかり森上大佐」と引き起こした。

森上参謀長は助け起こされながら

「おい、まずいぞ。松岡中尉の奴本気になってる…止めろ、止めないと少尉候補生が危険だ!」

と叫び士官たちは総立ちになって松岡中尉のもとへ駆け寄ろうとした。すると松岡中尉はボールのたくさん入ったかごを引きよせて

「なんですかあなたたたたちは!」

と少しばかり「あなたたち」の「た」が多くなったが叫ぶとボールを次々取り出してはガンガン士官たちに打ち込んだ。

「あなたたたちは一体だれの味方ですかあ!私は長年海軍に奉職して来たつわもの、向かうところ敵なしの松岡海軍中尉だあ!海軍兵学校●●期の恩賜組ですよ!それをあなたたたち、昨日や今日兵学校を出てきたような若造の姉ちゃんと引き比べて私をおとしめようなんか百年いや、千年早いんだ!尻の穴を締めろ!さあかかってきなさいにこごり君!」

そうわめきながら。

士官たちは松岡が打ち込むボールを避けんと右往左往していたがハッと気がつけばそのボールを器用に打ち返す錦古里候補生の姿が目に入った。

「おお…あれを見て!」

いすのかげに隠れるようにしてボールを避けていた野村副長がコートを指差し叫んだ。皆は一斉にその指さす方を見つめた――

     (次回に続きます)

 

                 ・・・・・・・・・・・・・・・

なんだかしっちゃかめっちゃかの様相を呈していますが、野村副長は一体何を「見て!」と指差したのでしょう。熱いボール飛び交う「凡鷹」艦上からお伝えしましたw。


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「女だらけの戦艦大和」・ライバル出現4

 某巡洋艦に座乗中の錦古里ケイ少尉候補生は、ほかの仲間たちと夢見る瞳でその日を待ちわびている――

 

自由時間や巡検後に皆で集まっては「大戦艦、しかも全海軍期待の大型艦『大和型』一番艦・大和の中尉の御姉さま。ああ、どんな方なのかしら、早くおめもじしたいわ」と語りあう。今度の親善試合にはこの巡洋艦の艦長の特別の思し召しで乗艦の少尉候補生たち皆、空母『凡鷹』へ行けることになった。巡洋艦の三原田艦長の「なんでも若いうちは体験だ!ぜひ行って、空母も見てその大戦艦の中尉の様子も見て今後に生かしなさい」という一言ですべてが決した。

錦古里少尉候補生たちは「さすが、艦長は話がお分かりになるわ!私たちも三原田艦長のような立派な人にならねばいけませんわ!」と感激。

菊地少尉候補生が「それはそうと錦古里さん、テニスの練習はしなくてよいの?」と尋ねると錦古里候補生はにっこりとほほ笑んで

「いいんです。だって今回親善試合ですもの。勝った負けたなんてどうでもいいことですわ。それより私は先輩の、大戦艦の中尉の御姉さまとお手合わせできるだけで幸せですわ」

と言った。皆も「そうね、それが一番だわ」と同意したのだった。

 

某巡洋艦で少尉候補生たちがしとやかに笑いさざめいているころ。

「全海軍期待の大型艦・大和」の前甲板では松岡中尉が決死の表情でラケットを振っている。びゅっ、びゅっとラケットが激しく風を切り、誰が見ても松岡中尉が本気以上に本気を出しているのが嫌でも解る。中尉の着ている借り物の事業服の背中には汗染みが広がっている。「勝つ!」という信念に支配されている中尉のそばにはなんぴとといえども近づきがたい雰囲気が漂っている。

その近づきがたい雰囲気のただなかに入っていったのは誰あろう野村副長、彼女は松岡中尉の背後に立つと彼女の動きにしばらく見入っていた。松岡中尉は呼吸一つ乱さずラケットを振る。

(松岡中尉、大したものではあるが熱くなりすぎては困るんだが)

副長はその場に腕を組んで考え込んでしまう。松岡中尉は今回の話が来た時から異常なまでに錦古里少尉候補生に闘志を燃やし、「絶対ぶったおす!いいですかテニスの女王は全海軍に一人、この私だけですっ!」と連日叫んでいるのだ。

野村副長や繁木航海長などが「だからね、中尉。別に錦古里少尉候補生が戦いを挑んで来たんじゃないんだから勘違いしないでよ?あくまで親善だからね、親善試合!解ったね、間違っても少尉候補生をぶったおしてはいけない!」と注意を与えても松岡中尉は

「副長も航海長も一体だれの味方なんでしょう?同じ艦に乗って一緒に激戦をくぐりぬけ、同じ釜の飯を食っている可愛い部下の中尉が候補生ずれに負けてもかまわないって言うんですか!?情けないですねえ副長も航海長も、もうあきらめてんじゃないのか!?あきらめたらそこまでだ、あきらめんなよ!尻の穴を締めて、今日から君も富士山だ―ッ!」

と言ってものすごい勢いでラケットを振り回すだけ。

その光景を思い出しやれやれ、とため息ついた副長は「中尉、松岡中尉」とその背中に声をかけた。しかし振り向かない中尉に、副長は大声で「マツオカ中尉!」と怒鳴った。咳が出て副長は口元に手を当てしばらく咳きこんだ。

やっと松岡中尉は振り返り「おや?」と言った。副長がなんとか咳を収めて松岡を見た。松岡中尉は

「副長でありましたか。しかし副長、大声を出して咳きこむなんていかにもお嬢様の所業ですねえ、兵学校でしごかれなかったんですかあ?あ、そうか副長のクラスはお嬢さんクラスですねきっと。だから大声を出すと咳が出ちゃうんでしょう。いいですか副長、大声出すときは喉からではなくて腹からこうやって」

といらぬお世話を焼いて副長は「いいから解ってるから!それより何度も言うが少尉候補生には優しく接してやりなさい。あなたの武骨な接し方でもしも候補生が海軍をやめたいなんか言いだしたら私も松岡中尉も何らかの責任を取らねばならん。いいね決して荒っぽくしてはいけない」と注意した。

と、松岡中尉は

「なんと。兵学校出え出えの若造、未だ海の物とも山のものともつかないような候補生と、この長年海軍に奉職して貢献してきた我々を理不尽な天秤に掛けるつもりなんですかねえ海軍は!あきらめてるな…。ダメだ駄目だ、そんなのどっちかと言われたら我々ベテランを取るにきまってるでしょうが!それでも若造くんを取りたいというなら副長、潔く二人で海軍を辞めましょう。――と言っても我々海軍軍人を職業としてきたものですからほかの職業になんていまさらつけませんね、せえぜえ誰かの奥さんにでもなるのがいいとこでしょう。そんなのつまらないだろう!?尻の穴をもっと締めろ!」

ととんでもないことを言い出し、副長は「…誰かの奥さんになるのもいいかもしれんじゃないか」とつぶやいたが次の瞬間声を励まして

「松岡中尉、わけのわからないことを言うな。ともあれあなたは私の言うとおり候補生に優しく接すればそれでいい。ゆめ忘れるな」

と言明した。松岡中尉はラケットを右肩にひっ担ぐと一礼し「ハイハイよくわかりました…よちよち候補生のお嬢ちゃん、よくいらっちゃいまちたねえ。お手手をひいてあげまちゅね、ここはすべってあぶないでちゅからねえ~~…てな感じでよろしいでしょうか!熱くなれよ!」と人を小馬鹿にしたような言い方をしてあっという間に走り去ってしまった。

取り残された副長、「あの女、人を小馬鹿にしやがってむかつくなあ!もう、腹が立つぅ!」とひとしきり悔しがったが不意に静まると「…奥さんか。奥さんにはなるけど海軍は辞めないよ」とひとりごちると、ウフフと笑いながらその場を去った。

 

そしていよいよその日は来た。

その日の朝まだき、「凡鷹」と駆逐艦二隻が霧のかかった呉港に入ってきた。巡洋艦からの少尉候補生たちは飛行甲板に整列して行く手を見つめている。結構濃い霧で空母は発光信号を出しながら微速前進。

柿沼候補生が「ねえ、『大和』はどこにいるの?」と尋ねるとその隣の吉川候補生が秀才然とした顔で「あの<島>の向こうにいるのよ。あの島の影にいるのよ」と行く手をそっと指した。吉川候補生が指差した先にはぼんやりと島影のようなものが見える。

高橋候補生が「早くみたいわ、どんなに大きいのかしら。島の後ろから出て来て見せてほしいわねえ」と感嘆し錦古里少尉候補生も静かにうなずいた。そこに「凡鷹」の川鍋艦長がやってきて

「おお、あなたたちもう起きてたの早いなあ。え?『大和』?あそこにいるじゃない、あれだよ」

と指さして教えてくれたのこそ「全海軍期待の大型艦・大和」――。

「え!?あれは<島>ではないのですか?」

吉川候補生がびっくりしたような声を上げた。霧越しにぼんやり見える島、それこそが「大和なんですね!」と一同は大興奮した。川鍋艦長は微笑みながら

「この霧が晴れたらよく見えるよ。まあもうちょっと待っておいで」

というと艦橋へと歩いて行った。候補生たちは霧のまだ晴れない海上を、固唾をのんで見守っている。

この日の霧はなかなか晴れず、皆が朝食をとり終わる頃やっと晴れた。候補生が食後のひと時をくつろいでいると見張り長の千脇少尉がやってきて

「皆、大和が見えるよ。飛行甲板に上がってご覧」

と教えてくれた。喜んで候補生たちは甲板に上がり千脇少尉に「ほらあれだよ」と指し示されたものを見て一様に声を失った。

大きい…あれが『大和』なのですね…

皆の間に声なき声が漏れた。島だと思っていたあの影は『大和』そのものだったのだ。錦古里候補生は「あれが、『大和』なんですね」とひとりごち、山田候補生が「聞きしに勝る大きさね。信じられないわ」とつぶやいた。

小河候補生が

「あんなに大きな艦が日本にあるなんて。日本は安泰ね、しかももう一隻あるのでしょう?」

と言って千脇見張り長を見た。千脇見張り長はそうだよとほほ笑むと

「君たちも知っているだろう、『武蔵』。巨大戦艦の双璧だ、その上に我々空母や巡洋艦、駆逐艦に潜水艦その他たくさんの艦艇がわが帝国海軍にはある。日々練磨を積めば、米英撃滅も遠くはないよ。君たちも頑張りなさい」

と候補生たちを励ました。候補生たちは整列すると一斉に「はいっ、頑張りますっ」と答えて千脇見張り長に敬礼した。

 

松岡中尉と錦古里少尉候補生の<親善試合>は翌日に行われることになった。「凡鷹」は『大和』に横付けするような形で碇泊、候補生ばかりか「凡鷹」乗組員さえ暇さえあると飛行甲板に上がって『大和』を見物している。

『大和』艦橋や防空指揮所では見張り員や信号兵嬢たちが「みんなこっちを見とるで。そげえに『大和』が珍しいかねえ。ほいでもなんや、こう背中がむずむずするような妙な気イするねえ」と言って笑っている。指揮所では見張兵曹があちこちきょろきょろしている。麻生分隊士が「オトメチャンどうしたんじゃね」と尋ねると見張兵曹は

「分隊士、松岡分隊長は甲板で練習しとらんですねえ。あん人のことじゃけえ『候補生たちに見せつけてやる』言うてこれ見よがしに練習しよるんでないかと思うたんですが、ちいとも姿が見えんですねえ」

と不思議そうに言った。麻生分隊士は

「もっともな意見じゃが、松岡分隊長もあれで考えとってらしいで。なんでも筋肉を鍛えんといけんいうてここのとこずっと下甲板のどこかでトレーニング言うんをしとりんさるんじゃそうな。はあどうでもええがあんまり問題起こさんで欲しいのう」

と言ってため息をそっとついた。見張兵曹も「ほうですねえ、分隊長熱くなるんはええんですがちいと方向がちごう気ぃがして、うちは時々ハラハラしていけんです」とこぼす。

その視線の先には、空母「凡鷹」がその小柄な体を呉湾に休めている。

 

その同じ時。

工作科の作業室では松岡中尉が狂喜の叫びをあげていた――

   (次回に続きます)

 

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・

候補生諸子は大いなる勘違いのまま呉へやってきたようです。さあ、錦古里候補生、松岡中尉はあなたの思うような人とは違うのですが――。

そして松岡はなぜ狂喜の叫びを上げたのでしょう?緊迫の次回をお楽しみに。


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日々雑感・ただ今めちゃくちゃ落ち込み中!

 こんばんは。
いつの間にか秋の気配が濃くなり始めましたね。皆さんいかがお過ごしですか?

この7月31日に帰幽した父の五十日祭・納骨祭を今月14日に無事終了しました。納骨と言っても墓地はないので納骨堂を購入しそこに父は鎮もっています。実家の最寄駅の至近にある納骨堂なのでいつでも開いている時はお参り出来ますので、便利ですね。

さてその五十日祭が終わった時から私の中で何かが崩壊してしまったような感じになり、やたらと泣けて泣けて困っております。父の亡くなった日のことや葬儀の日までの事が突然フラッシュバックしてきたり「もういないんだ」ということが信じられず、仕事中でも涙があふれてしまいます。
でも涙を流す暇もありません。自分の持ち場を離れるわけにはいかないのです。
舅が亡くなったあと、姑はふいっと仕事場からいなくなることがあって私の旦那は「お父さんを思い出して泣きたくなるんだろう」と言っていました。
私も自分の父を思い出して泣きたくなることがあるのです、でも私は場を離れてはいけないのです。私の中で様々な思いが出場所を求めています、まるで火山の噴火の直前の様に。
思いっきり泣きたい。
たった一人で思い切り泣けたらさぞすっきりすることでしょう。

私は父にとっていい娘ではなかったと思います。
まともに話もしない時もあったし。
それが今になって本当に呪わしいくらいの後悔の念になっています。
これを書きながらも涙は止まりません。
なんて悪い娘だったんだろうと謝りたいのです。

それでも、そんな娘でも――父は15日の晩夢うつつの私の元に来て私の名を耳元で呼んでくれました。もう一度会いたい、顔を見たい、そしたらなぜか子供のころ父を呼んでいた「パパ」という言葉が出ていました。
その声で目が開くと父はいなくて、枕元で小さな音でかけっぱなしのラジオが静かになっていました。
どっと涙が出ました。

以来落ち込んでいます。
今までの様に笑えません。

誰もいないところにしばらく行きたいのです。
弱い心ではありますがどうしようもありません。どうにもできないのです。

もう少し、心をどん底まで落ち込ませようと思います。一番底に足が着いたら、あとは底を蹴って上に上がるしかないのですから。
あと少しだけ。

あと少しだけ。
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「女だらけの戦艦大和」・ライバル出現3

 松岡中尉はその晩ずっと、第一砲塔の上で『海きゃん』掲載の<錦古里ケイ>少尉候補生に説教していた――

 

なにかあった時の為にそばについていたマツコとトメキチも、あまりのバカバカしさに匙を投げかけたが繁木航海長と山口通信長との堅い約束――しかも高級お菓子付き――を反故にすることは人道的にできないと思い、夜風を避けて砲塔内で彼女の一挙一動に神経をとがらせている。

そしてやっと翌朝になり起床ラッパが吹きならされると、マツコとトメキチに噛み殺されることなく済んだ松岡中尉がラケットを担いで第一艦橋に急いだ。朝はいつも彼女はここで「今日も一日熱くなれよ、今日から君も富士山だ」と叫んでから一日を始めるのだ。

今日も同じように叫んでから中尉は磁気羅針盤のそばに立つとオホンと咳払いをしてから

「に、に、にこごり候補生!君はテニスの女王ではないッ。女王はこの私だ。よーくわきまえたまえ」

というとその場を出て行った。相変わらず候補生の名前を覚えない松岡中尉ではある。マツコもトメキチも「あいつはだめね、覚えようって気がないんだもの。人間ああなっちゃおしまいよ」と嘆息つく。動物にあきれられる人間松岡修子、情けなくないのか?

ともあれ、その日もその翌日も何事も無く――いや、松岡中尉的にはいらつきが最高潮に達しつつあったが――過ぎて行った。航海科の訓練では松岡中尉が異常に盛り上がって麻生分隊士が「なんじゃ?普段は適当にやっとるくせに、自分の腹立ちごとがあるとそれにかこつけて一人で盛り上がりよる。ええ加減な人じゃ、松岡分隊長は」とこぼした。

それでもなんとか午前中の課業をこなし、その日も昼飯の時間になった。松岡中尉はあろうことか航海科の兵員食の飯をくすねて大きな握り飯を作って防空指揮所に上がってくるとそこにしゃがみこんで大口を開けてそれを食べた。食べながらも「にこごり少尉候補生。君は井の中の蛙だね。私という大きな壁が君の前に立ちはだかっているのを知らないなんて、なんて気の毒なんだ。いいでしょういいでしょう、そのうち君も思い知ることになるんだからね。私はその日まで熱くなって待っていますよ」などと独り言を言っている。そして「いいですかにこごり君!私は君をかのバルチック艦隊と思って決着つける日が来るまで研さんを積みますからね。そのつもりでいなさいよフフフフ」と薄気味悪い笑いをする。

さて航海科の居住区では、飯の缶を開けた食卓当番の亀井一水が

「なんねこりゃ!なんで飯のど真ん中がこげえにほげとってかね?」

とびっくりしている。それは松岡中尉が自分の握り飯の分をねん出した痕なのだがちょっと見ただけでも二人分いや、それ以上は掘りかえされている。亀井一水は

「いやじゃわあ…誰がこげえなことをしたんじゃろうか?まるでうちが飯をギンバイしたみとうじゃ。見張兵曹に殴られるんは嫌じゃなあ」

とブツブツ言っている。見張兵曹は見た目は大和乙女の手弱女だがしかし、帝国海軍軍人のはしくれであるからいざとなればそこらへんの男並みの力は出す。「あん人に殴られるとけっこう痛いで」とはかつて見張兵曹に殴られた経験のある酒井上水の弁。そこに件の見張兵曹がやってきて「食事の支度はまだか」という、そして亀井一水があわてて飯の缶を体で覆うような格好になると

「亀井一水なんでそげえな格好をするんね?」

と兵曹は見とがめた。そしてそのそばに行って亀井一水を押しのけて飯缶を覗き込んだ兵曹は「うわっ、なんねこりゃあ!誰がこげえに食ったんじゃ?亀井一水貴様か?」と大声を上げた。亀井一水は泡を食って「ちがいます、ちがいます!うちが持って来た時はもう、ここがほげとってです」と説明した。酒井上水も「ほんまです。嘘と違います」と証言した。見張兵曹は互いにかばい合っているのではないかと二人を疑惑のまなざしで見つめている。見張兵曹の右手が、艦内帽の廂にかかって少し上にあげる。――殴り飛ばす前の儀式のようなもの、と下級兵は知っているから身を固くした。

とそこに「特年兵君、水兵くんたちを叱っちゃあいけないよ」と声がかかりその方を見れば松岡中尉が立っていた。兵曹が少し肩をいからせて中尉の前に立ち「どういうことでしょうか分隊長」というと松岡中尉は

「その飯を食ったのは誰あろう」

「誰あろう?」と見張兵曹が問い返す。

「私だからです!!

松岡中尉の告白に見張兵曹は思いっきりがっくりきた。がっくりと来た表情のまま「分隊長、そげえなことどうかやめてつかあさい。うちはもうちいとで無実の部下に罪をかぶせるところでした。なんでそげえなこと…」と力なくつぶやいた。

すると松岡分隊長はラケットの頭の方をドン、と床に突いてから

「兵食の方が力が出るからです!いいですか特年兵君に水兵のお嬢さん達。私はいずれあのに、に、にこごり少尉候補生と決着をつけなきゃいけないんです。そんな大ごとを前に士官食なんか気取って食ってる場合じゃないだろ!熱くなれないじゃあないか!いいですか君たち、熱くなるってことは食べることからしなきゃいけないんだよ。尻の穴をきっちり締めて、あきらめんなよ!てな訳で私はあなたたちのご飯をほんの(・・・)ちょっと(・・・・)いただいたというわけです。あなたたちの尊敬してやまない海軍のベテラン分隊長が兵学校出え出えの若造に負けたら悔しいでしょう、泣きたいでしょう、死にたくなるでしょうが!!――というわけです、解ったらもう静かにしてご飯をおあがりなさい」

と解ったようでわからない話をして皆を強制的に納得させた。

見張兵曹たちが不満げな表情を隠さないそこへ「あ、分隊長。ここにいらしたですか」と麻生分隊士が走り込んできた。松岡中尉が

「おお、麻生さーん。どうしたのそんなにあわてて?」

というと麻生少尉は手にした封筒を分隊長に差し出して「分隊長、東京の『海軍きゃんきゃん』編集局からお手紙であります」と言った。「海軍きゃんきゃん」編集局と聞いてその場にいた皆が色めきたった。松岡分隊長は「『海きゃん』がこの私に一体何の用だというんだね」といいながら封を切り中の便箋を引っ張り出した。

皆が固唾をのんで見守る中、分隊長は静かに読んでいた――と、突如彼女は天井が裂けんばかりの大声を発し、皆はその場から三〇㌢ほど飛びあがって驚いた。

松岡分隊長は便箋を両手に持ってその手がぶるぶる震わしながら「キタ――――ッ!!」と叫んだのだった。

見張兵曹が麻生分隊士にしがみつきながら

「いったい何が来た(・・)んじゃろう?」

と分隊長を見つめている。麻生分隊士も突然のことに度肝を抜かれて体を震わしつつ「さ、さあなんじゃろう?」という。亀井や酒井たちもすっかり腰を抜かして驚いてその場にしゃがみこんでいる。

すると松岡中尉は手にした便箋を皆の前に突き出して

「さあ皆さんこれを読んでごらんなさい。いいですか私はあのに、に、にこごり少尉候補生と対決の場を与えられましたよ!『海きゃん』編集局の人が、私が本当のテニスの女王だというのを覚えてくれていてあの小生意気な少尉候補生の実力がどれほどか、私と対決させようと言ってくれたんですよ!さすがですねえ『海きゃん』。ですから私はこの提案を受けようと思いますから今から航海長や副長にお話ししてまいりますよ。ではごきげんよう!」

というと手紙をつかんだまま走り去ってしまった。

その場に取り残された麻生分隊士や見張兵曹、酒井に亀井たちはぽかんとしてその後ろ姿を見送っていた――。

 

航海長、副長に話をつけた松岡中尉は最後に梨賀艦長から「少尉候補生と親交を深めるように」と言われて『海きゃん』提案の対決を最終的に許可してもらった。松岡中尉は艦長・副長・航海長たちの前で

「私松岡は今たいへん熱くなっていますからね、絶対勝ちますよ、ええ勝ちますとも!それで私はその何とかいう少尉候補生をぎゃふんと言わせてやりますからね!そもそも、少尉候補生の分際で私に宣戦布告など千年早いッ!というわけで私はいつどこに行ったらいいんでしょうね艦長」

と宣言し最後は困ったように尋ねた。艦長はやれやれ、といった顔で

「いいかね松岡中尉。別にあの少尉候補生は君に宣戦布告をしている訳ではない。たまたま『海きゃん』編集の目に留まって掲載されただけの話だ。いいかがりをつけてはいけない。間違ってもぎゃふんと言わせないように!いいね?――それから場所と時間は、七日後の〇九〇〇、ここに空母・凡鷹(ぼんよう)が入港するからその甲板上で、とのことだ。「凡鷹」にその候補生も乗ってくるらしいから。ではそのようによろしく。ごきげんよう」

といい艦長は副長と航海長と一緒にその場を後にした。残された松岡中尉は

「候補生のくせに空母・凡鷹に乗ってくるですと!?候補生なんぞ軽巡でよろしいッ!よーし、決着の日は七日後と来たか!私はもう既に熱くなってますからね、にこごりくんには気の毒ですがこの勝負私の勝ちですね、私が完膚なきまでにお前をたたきのめす!首を洗って待ってろ、ハハハハ!」

とひとり気炎を上げるとラケットを振り上げて大笑いをしたのだった。

 

さてその頃。

『大和』乗組員の中尉と「親善試合」をすると聞かされた少尉候補生の錦古里ケイは『軽巡・竹輪』にあって仲間に

「いいねえ錦古里。『大和』の中尉と親善試合ができるなんて。きっと素敵なかたよ、だって全海軍期待の艦『大和』乗り組みなんだもの、いいなあ!それに空母に乗って行けるなんて、夢のようね」

とうらやましがられている。錦古里少尉候補生は恥ずかしげにしかし夢見るように

「私もまさかだったんだけど。『海きゃん』に載ったのが御縁なら大事にしたいと思うのよ。ああ、どんな方でしょう、『大和』の中尉…きっと素敵な御姉さまだわ」

と語る。その錦古里を囲んで候補生たちのおしゃべりは尽きない――

        (次回に続きます)

 

               ・・・・・・・・・・・・・・

 

全くおかしな松岡中尉です。正直ついてゆけませんがそれでも皆さんにはどうかついて来ていただきたいのです。

そして!唐突に「対決」の日時が決まってしまいました。どうなる松岡中尉と錦古里少尉候補生!しかし錦古里候補生は敵意むき出しの松岡中尉を知らないので、どんなに素敵な御姉さまかと思っているようです。

たいへんなギャップがうぶな錦古里少尉候補生を襲おうとしています…次回をお楽しみに!


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