「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛訓練5<解決編>

 その日はついに来た――

 

その日の朝食後、医務科の「訓練要員」は前甲板に集合すると日野原軍医長を先頭に内火艇・ランチ・カッターに分乗して上陸して行ったのだった。居残り組で見送りの名淵大尉は遠ざかる皆に視線を当てて

「しごきかあ。いいような悪いような」

とひとりごち、そして艦内に戻っていったのだった。彼女たちを見送っていたのは、名淵大尉だけではない。前牆楼トップに鎮座していたハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチもである。マツコはその灰色の羽の先をきれいにそろえて天に突き上げながら

「トメキチ見たあ?医者と看護兵の軍団が大挙して上陸よ!これはきっと…何か面白いコトがあるのかもしれないわよ」

と言ってその金色の瞳でトメキチを見た。トメキチもマツコの背中に乗っかってその細い尻尾を振りながら

「僕もそう思うわマツコサン。――てことは?」

「てことは?」

とマツコが鸚鵡返したそのあと、二人は声を合わせて「行くっきゃあないでしょ!」と叫んで、マツコはその場で羽ばたきはじめトメキチはマツコの体に装着してあるベルトの中に入った。このベルトは工作科の水木水兵長がマツコの背中に乗って飛行するトメキチの安全のため作ってくれたものである。

ともあれ安全を確認したトメキチは「マツコサン発艦準備完了!」というとマツコは「発艦はじめ!」というなり前牆楼トップから飛び立ってそして、日野原軍医長たち医務科の面々のあとを追ったのだった。

それを防空指揮所から見張兵曹が見上げて「ありゃ。ハシビロとトメキチ、何処へ行くんじゃろうか」とつぶやいたが右舷側の小泉兵曹には聞こえなかったらしい。見張兵曹は双眼鏡からしばし目を離してハシビロの飛んでゆく後ろ姿を見つめている。

 

さて。

上陸した『大和』医務科の面々であるが日野原軍医長を先頭に行軍してゆく。看護兵たちはこっそり「何処へ行くんじゃろう」とか「一体どげえなしごきをされるんじゃろうか、うちいやじゃわあ」と私語を交わす。その列の中へ黒川大尉が

「誰じゃあ、私語をしとるのは!黙って行動しないと真面目にしごくぞ!」

と怒鳴ったので皆あわてて口をふさいだ。その中の一人、京本水兵長は(真面目にしごく言うて、ほいじゃあふまじめにしごくつもりだったんじゃろうか?いやあ、こりゃあ困ったのう)と苦り切った表情で歩いている。

ずんずんと皆は歩いて、ハッと気がつけば朝日町である。(ここは?遊郭のある場所ではないか!)この場所によく通う連中が色めきたった。が、(まさかここで訓練なんぞ出来るわけがないじゃろう?ここを通りぬけて何処ぞへ行くんじゃな)と思っている。

が、そのまさかで日野原軍医長は町のはずれの一軒の見世に入っていった。軽くざわめく一同に「来なさい」と声をかけて軍医長は見世の玄関に入ると誰何した。

すぐに店の女将が出てきて笑顔で日野原軍医長にあいさつし

「では皆さまどうぞこちらへ」

と一行を招じ入れた。皆は大きな玄関で靴を脱いできちんと揃えるともう一度広い廊下で隊列を整えて待つ。日野原軍医長が皆を見返って「行きますよ」というと女将が軍医長の少し前を歩いて案内をしてゆく。「一体どういうことじゃろう」

と皆の不安が最高潮に達した時。

「どうぞ」

と女将がふすまを開いて軍医長が先に足を踏み入れたのは大広間。わりと高級な見世なので高級将校嬢たちが集う場所で、日野原軍医長はここの女将とは昵懇の間柄なのであった。その関係で実現したのが今回の訓練というわけなのだ。

軍医大尉や中尉達士官のあとにぞろっとついて行った下士官兵嬢たちは広間に入った瞬間びっくりしてその場に立ちすくんだ。

彼女たちの眼前に――浴衣に身を包み鎮座している男性たち、ざっと十五名がいたのだから。

「ひっひっ、日野原軍医長、これはいったいどういうことですかのう」

からからになってひっついたようになった喉を引き絞るようにして宮部一等衛生兵曹がつぶやくと日野原軍医長は

「言ったでしょ?しごき訓練だって。ほら、私達トレーラーで男性の性病検査するんだけどそろそろその役目をあなた方にもやってほしいんだわ。あと痔の検査もね。痔はともかくしごくのってあれってけっこう疲れるんだよー、君たちはうらやましがってるらしいがね?で、そんなわけで今日は私の懇意のこの見世の男性を是非に、と女将に頼み込んで実現したのがこのしごき訓練だ。皆、いい加減な気持ちでやったらいけないぞ、協力してくれる男性に感謝しながら、本番同様の気持ちで訓練に臨んでそしてこの高度な技を継承して行ってほしい!みな、この技の後継者として頑張ってほしい」

とさらりと言ってのけた。

なんと。

しごき、とはそっち(・・・)()しごきだったのか。私達がしごかれるんじゃなくって私たちがしごくのね…。

医務科の下士官兵嬢たちは複雑な表情でそれぞれの男性の前に立ち、日野原軍医長や衛生士官たちに指導されながらまずは痔の診察の仕方を教わりそして、肝心のしごきをしたのだった。しかしそのしごき加減が難しく、時には男性の方が変化を起こしてしまったりしてまだ経験(

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 その日はついに来た――

 

その日の朝食後、医務科の「訓練要員」は前甲板に集合すると日野原軍医長を先頭に内火艇・ランチ・カッターに分乗して上陸して行ったのだった。居残り組で見送りの名淵大尉は遠ざかる皆に視線を当てて

「しごきかあ。いいような悪いような」

とひとりごち、そして艦内に戻っていったのだった。彼女たちを見送っていたのは、名淵大尉だけではない。前牆楼トップに鎮座していたハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチもである。マツコはその灰色の羽の先をきれいにそろえて天に突き上げながら

「トメキチ見たあ?医者と看護兵の軍団が大挙して上陸よ!これはきっと…何か面白いコトがあるのかもしれないわよ」

と言ってその金色の瞳でトメキチを見た。トメキチもマツコの背中に乗っかってその細い尻尾を振りながら

「僕もそう思うわマツコサン。――てことは?」

「てことは?」

とマツコが鸚鵡返したそのあと、二人は声を合わせて「行くっきゃあないでしょ!」と叫んで、マツコはその場で羽ばたきはじめトメキチはマツコの体に装着してあるベルトの中に入った。このベルトは工作科の水木水兵長がマツコの背中に乗って飛行するトメキチの安全のため作ってくれたものである。

ともあれ安全を確認したトメキチは「マツコサン発艦準備完了!」というとマツコは「発艦はじめ!」というなり前牆楼トップから飛び立ってそして、日野原軍医長たち医務科の面々のあとを追ったのだった。

それを防空指揮所から見張兵曹が見上げて「ありゃ。ハシビロとトメキチ、何処へ行くんじゃろうか」とつぶやいたが右舷側の小泉兵曹には聞こえなかったらしい。見張兵曹は双眼鏡からしばし目を離してハシビロの飛んでゆく後ろ姿を見つめている。

 

さて。

上陸した『大和』医務科の面々であるが日野原軍医長を先頭に行軍してゆく。看護兵たちはこっそり「何処へ行くんじゃろう」とか「一体どげえなしごきをされるんじゃろうか、うちいやじゃわあ」と私語を交わす。その列の中へ黒川大尉が

「誰じゃあ、私語をしとるのは!黙って行動しないと真面目にしごくぞ!」

と怒鳴ったので皆あわてて口をふさいだ。その中の一人、京本水兵長は(真面目にしごく言うて、ほいじゃあふまじめにしごくつもりだったんじゃろうか?いやあ、こりゃあ困ったのう)と苦り切った表情で歩いている。

ずんずんと皆は歩いて、ハッと気がつけば朝日町である。(ここは?遊郭のある場所ではないか!)この場所によく通う連中が色めきたった。が、(まさかここで訓練なんぞ出来るわけがないじゃろう?ここを通りぬけて何処ぞへ行くんじゃな)と思っている。

が、そのまさかで日野原軍医長は町のはずれの一軒の見世に入っていった。軽くざわめく一同に「来なさい」と声をかけて軍医長は見世の玄関に入ると誰何した。

すぐに店の女将が出てきて笑顔で日野原軍医長にあいさつし

「では皆さまどうぞこちらへ」

と一行を招じ入れた。皆は大きな玄関で靴を脱いできちんと揃えるともう一度広い廊下で隊列を整えて待つ。日野原軍医長が皆を見返って「行きますよ」というと女将が軍医長の少し前を歩いて案内をしてゆく。「一体どういうことじゃろう」

と皆の不安が最高潮に達した時。

「どうぞ」

と女将がふすまを開いて軍医長が先に足を踏み入れたのは大広間。わりと高級な見世なので高級将校嬢たちが集う場所で、日野原軍医長はここの女将とは昵懇の間柄なのであった。その関係で実現したのが今回の訓練というわけなのだ。

軍医大尉や中尉達士官のあとにぞろっとついて行った下士官兵嬢たちは広間に入った瞬間びっくりしてその場に立ちすくんだ。

彼女たちの眼前に――浴衣に身を包み鎮座している男性たち、ざっと十五名がいたのだから。

「ひっひっ、日野原軍医長、これはいったいどういうことですかのう」

からからになってひっついたようになった喉を引き絞るようにして宮部一等衛生兵曹がつぶやくと日野原軍医長は

「言ったでしょ?しごき訓練だって。ほら、私達トレーラーで男性の性病検査するんだけどそろそろその役目をあなた方にもやってほしいんだわ。あと痔の検査もね。痔はともかくしごくのってあれってけっこう疲れるんだよー、君たちはうらやましがってるらしいがね?で、そんなわけで今日は私の懇意のこの見世の男性を是非に、と女将に頼み込んで実現したのがこのしごき訓練だ。皆、いい加減な気持ちでやったらいけないぞ、協力してくれる男性に感謝しながら、本番同様の気持ちで訓練に臨んでそしてこの高度な技を継承して行ってほしい!みな、この技の後継者として頑張ってほしい」

とさらりと言ってのけた。

なんと。

しごき、とはそっち(・・・)()しごきだったのか。私達がしごかれるんじゃなくって私たちがしごくのね…。

医務科の下士官兵嬢たちは複雑な表情でそれぞれの男性の前に立ち、日野原軍医長や衛生士官たちに指導されながらまずは痔の診察の仕方を教わりそして、肝心のしごきをしたのだった。しかしそのしごき加減が難しく、時には男性の方が変化を起こしてしまったりしてまだ経験(・・)()浅い(・・)水兵嬢は羞恥から「ギャーッ!どうしたらいいのこれ―ッ!」と叫んだりしてちょっとした騒ぎになった。日野原軍医長は「いやあ、伝統の継承というものは難しいもんだね。後継者を育成するというのはなかなか至難の業だ」と腕組み。

そこへ、遅れてやってきたマツコとトメキチが大広間で何やら騒ぎが起きているのを聞きつけすっ飛んでやってきた。「なによいったいどうしたっていうのよ~」と飛び込んできたマツコとトメキチはそこで展開されているとんでもない光景に

「ハッ!なによこれ、一体何してんのよう!」

と叫んでかたまってしまった。二人の目に飛び込んできたのは、尻の穴をこちらに向けている男性、それを見つめる医務科の下士官兵。それに士官嬢や軍医長に手を取られて男性のモノをつかんでグイッとしごいている下士官嬢たち、そしてしごかれて痛いのか嬉しいのか知らないがうめき声とも叫び声ともつかない声を上げる男性たちであったのだから。

日野原軍医長はそんな彼女たちの間を回りながらあれこれ注意を与えたり「もっと手首をこうするといい、そして一気にしごく!」などと声をかけていたがマツコとトメキチに気がつくと

「おお、君たちも来たか?どう?一緒にやってみないか?良かったら私の手助けをして頂戴よ」

と言って笑った。無論冗談であるがマツコは真正面から受け取ってしまい金色の瞳を狼狽したように泳がせると

「ウウウ…あ、あ、アタシ嫌よ…嫌よこんなの、恥ずかしい―ッ!!

と叫ぶなりトメキチを置いたまま走り去ろうとした。が、待ってマツコサン、というトメキチの叫びに我に返ったマツコは、トメキチを背中に乗せながら

「いいこと?アンタこのこと絶対人にしゃべっちゃだめよう。こんなこと人に知れたらアタシ達も同類になっちゃうからね、変態の」

と念を押した。そしてトメキチがしっかりうなずいたのを見るや、マツコは一散に廊下を駆け抜け、『大和』へ向けて逃げ帰ったのだった。

 

『大和』では麻生分隊士が防空指揮所にいたがハシビロとトメキチが空を舞って帰って来たのを見て

「おぅい、何処いっとったんじゃね?なんぞええもんでも見てきたんか?」

と声をかけた。がマツコは翼の先で目をこするようなしぐさをして「ええもんなんかなかったわよう、とんでもないもの見ちゃって。アタシ達明日目が悪くなってたらあいつらのせいだからね!」と怒るし、トメキチは「僕もう、なんにも言いたくない」と言ってその場にまるまってしまった。

動物たちには非常なショックを与えてしまったこの訓練、<後継者たち>には大好評で

「ぜひ今度はトレーラーに戻った際にやりましょう!もっとしっかり技を継承したいであります」

と大乗り気であるという。

当初、皆を怖がらせた「しごき訓練」も中身が分かれば嬉しいもののようであった――

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

飛んでも無い訓練でございました。

前に日野原軍医長、これは嫌な仕事と言っていましたからね。遂に行動に出たというわけでしょう。次からは彼女たちがその役目を果たすことになるのでしょうか。いささか恥ずかしいお話でございまして、たいへん失礼いたしましたっ!!

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「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛訓練4

 呉市民や、『大和』医務科員の語り草となったあの担架訓練から一週間ほどが過ぎた――

 

それからは艦内で医務科は独自の訓練を行っている。包帯の巻き方を改めて見直したり点滴や注射の素早いやり方、患者の取り違えや薬の取り違えをなくすための二人一組での指差し訓練、薬剤を扱う士官たちへの調剤訓練など日野原軍医長自ら陣頭に立って行ったものである。

黒川軍医大尉は

「いやあ、包帯の巻き方なんてしばらくやっていなかったからね。正直下の者任せだったがそれじゃあいけないよね。気付かせて下さった軍医長には感謝感謝!」

とありがたがる。尤もこの感想は多くの士官連中の感想でもある。基本が大事だということすら忘れかけていた士官たちにはいい『薬』になったようだ。

黒川軍医大尉のそばで、マツコとトメキチが包帯をかごに入れるのを手伝いながら「そうよアンタ。なんでも基本が大事。よくわかったでしょ」ともっともらしく言うのへ黒川大尉は

「おお、ハシビロとトメキチもそう思うかね?そうなんだよ、なんでも基本あってだからねえ。ないがしろにゃ出来ないよね」

と言って微笑む。と、そこに松岡中尉が通りかかり

「おっ!私の鳥くんと犬くんじゃないですか、ここでお手伝いですか?うん、いいぞ熱くなってるな!というわけで私のお手伝いを」

とわめきながら包帯の入ったかごを取り上げたがラケットと一緒に持ち上げたのがあだ、包帯のかごはラケットともに派手な音を立てて床に落ちてしまった。黒川大尉は「はいはい、松岡中尉。熱くなるのはもう結構ですからね、お気持ちだけいただいて、ハイごきげんよう」というと松岡を部屋から押し出した。押し出された松岡中尉は別段怒りもしないで

「うむっ!医務科の皆さんも熱くなってていいぞ!そうですこういうときは部外者の相手なんかしてちゃあだめだ!ということで私は退散します。黒川大尉、ではごきげんよう」

というとラケットを担いで廊下を走りだした。

 

そんなころ、日野原軍医長は今回最大の――あの訓練の構想を練り終えていた。日野原軍医長は

(あれをそろそろ下士官たちや士官たちにも仕込んでおかないとな。技術は継承してこそ、だ。場所はやはりあそこでするしかないな…よし私が明日にでも頼みに行こう)

と思い、黒川軍医大尉を呼びつけると「黒川君、明日私と一緒に来てほしいんだけど」と言って某所に同行するよう頼んだ。黒川軍医大尉は「一体どういった御用なんでしょう」と尋ねてみた。すると日野原軍医長は

「あれだよあれ。し・ご・き」

と言って笑って見せた。と、黒川軍医大尉は「ああ!しごきの…ですね。はいわかりましたっ」と朗らかに言って「では明日」と一礼をするとその場をそっと出て行った。

すると、それを戸棚の影でそっと聞いていた一人の水兵長が(し、しごきじゃと!?これは大ごとじゃ、えらい訓練をさせられるんじゃな。皆に知らさんといけん!)と顔色を青くして、軍医長に気づかれないようにそっとその場を離れて皆の元へと走った。

 

「なんじゃと!?

「しごきをするじゃと!?

水兵長からその話を聞いた医務科の下士官兵たちは恐慌に陥った。彼女たちにとって一番恐ろしいのがしごき、という三文字である。そんな恐ろしい訓練――一体どんな訓練なんだろうか。彼女たちの背筋に冷たいものが走り「これはその日まで大人しゅうしとった方がええよ。大人しゅうしとったら案外軍医長も考え直してくれるかもしれんでね」と皆はうなずき合ったのだった。

さあその翌日から医務科の下士官兵たちは妙に士官たちや日野原軍医長に従順に接し、日野原軍医長は

「なんだあ?なんであの子たちは妙に低姿勢なんだろうねえ?おい、何があったか知らないかあ?気持ち悪いよ」

と言って怖がる。畑軍医大尉が手近の下士官嬢を捕まえて

「ねえ染谷さん。一体どうしたのみんな。なんだかほんとにいつもより腰が低いねえ。軍医長が気味悪がっておいでだから普通にしててくれないかしらねえ」

とこぼす。すると染谷と呼ばれた兵曹は気弱げな微笑みを浮かべて

「そ、そんなことはございません。いつも我々はこんな感じではありませんか。じゃけえ、これが普通です。軍医長何か勘違いしておいでじゃありませんかのう」

というとあわててその場を去ってしまう。

「はあ、そうですかあ」

と畑軍医大尉は言って釈然としない表情のままでその後ろ姿を見送った。染谷兵曹は仲間たちに「どうじゃった?なんぞ変な事言うとらんかった?」と聞かれたが

「いやあ?却って向こうさんの方がうちらをこわがっとるで?一体どうなっとるんか、うちにもようわからん」

と首をひねる始末。皆「ほうね。ようわからんが、しごかれるんは嫌じゃけえね。もうちいと大人しゅうしとった方がええかもね」と言ってそれぞれの仕事に分かれて行く。

 

その二日後の夕食後。

くつろぐ皆の元に、黒川軍医大尉がやってきて

「皆そのまま聞いて欲しい。明日艦内要員の五名を残して他は〇九〇〇上陸し訓練の場所に行くからそのつもりで。いいな?」

というとそのまま出て行った。その場の皆は一斉に顔色を青くして「…来たで。いよいよ明日じゃ。明日うちらはしごかれるんじゃ…みんな、今生の別れじゃ。今夜が最期じゃ、みんなで顔をよう覚えておこうな、あの世に行っても忘れんように」というとすすり泣き始めた。

しごき、の一言がとんでもない誤解を招いていることを、知る由もない日野原軍医長であった。その軍医長、今夜は入室患者(けがや病気などで病室に入っている患者の事、入院と同義)の二名を回診してから私室に戻った、(明日はちょっと大変な訓練だからね。よく寝て置かないと。しかしまあ、後継者を養成するってのはぁたいへんなことだよなあ)と思いつつ――

   (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・

しごき!!怖いですねえ(-_-;)…さて日野原軍医長は一体何をたくらんでいるのでしょうか。そして「後継者」とは一体どういうことなんでしょう??

次回をご期待下さいませ。

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「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛訓練3

「磯崎兵曹、いけんで!」 栗山兵曹の緊迫した声が朝の空気を切り裂いた――

 

必死に歯を食いしばりあえぎながら担架を持ち上げよろめきながら走る磯崎兵曹は鬱陶しげに「ああ?なんね?」と言って顔だけ少し振り向けた。

栗山兵曹は

「磯崎兵曹…周りをよう見てつかあさい」

と言って担架の棒を握りしめた。そしてゴクリ、と唾をのんだ。走りつづける磯崎兵曹が

「周り?周りより足元をよう見ながら走らんといけんで。すっころんだら大事じゃ。こげえな大きなおん」

とそこまで言って不自然に言葉を切った。兵層は「こげえな大きな女を転がしたら、」と続けたかったらしい。

その磯崎兵曹の言葉が切れ、

「おい、だれも他に居らんじゃないか。どういうことじゃ?」

と言って立ち止まった。振り向いた磯崎兵曹のほほが、少し青ざめていた。栗山兵曹が

「ほかにだれもおらん、言うことは…つまり」

「つまり…」

そこで栗山兵曹は震える声で

「うちらは…置いてきぼりをくろうた、と思うんじゃが」

と言った。すると見る見るうちに磯崎兵曹の唇が震えだした。そして担架の棒を持つ手さえ震えだした。その震えが、担架の上であろうことか軽いいびきさえかきはじめた遠藤水兵長の体を伝わり、そして栗山兵曹の手へと伝わる。

「ま、ま、まずい!」

二人は同時に叫ぶと、担架の棒を握りなおした。担架が大きく揺れ、遠藤水兵長はさすがに目を覚ました。水兵長が眠い目をこすってふっとみれば、足元を持つ栗山兵曹の形相がすさまじいことになっている。歯を食いしばり、眼を血走らせ、鼻息荒く…とても「女」海軍さんには見えない。まるで仇討か助太刀に行く侍のようだ。

そしてまた頭のほうを見れば磯崎兵曹も同じような顔つき。

「な、なんぞあったんですかのう?」

さすがに遠藤水兵長がびっくりして聞くと前を行く磯崎兵曹が必死の形相で前を見つめたまま

「黙っとれ。貴様気が付かんか?まわりにはもう担架隊は誰も走ってはおらん。言うことはだ、うちらが最後じゃいうことじゃ。最後いうことはびり、いうことじゃ。びりになったら貴様、どがいな罰がまっとるかわかったもんじゃないで?じゃけえうちらは今から最大戦速で走るけえな、貴様振り落とされんよう気ぃつけえや」

と怒鳴るなり、「いくで!!栗山あ、最大戦速ぅ!」と叫んでそれに栗山兵曹が応えた――と次の瞬間。

遠藤水兵長を乗せた担架は今までとは全く違うスピードで呉の町を走り出したのだった。

 

さあやる気全開になった二人の兵曹の両足にはまるで韋駄天でも憑りついたようであった。その両の足は地についているのかいないのか、本人たちでさえもう頓着していないようである。ある意味、神の領域に入ってしまったような二人の女兵曹。行き交う人々や、バスの乗客でさえぽかんと口を開けてそれを見送っている。

そして担架の上の遠藤水兵長はもう居ねむっている余裕などかけらもなくなっていた。今までのように天を仰いで担架に寝ている状況ではなくなり腹ばいになって担架の上で体を固くしていた。

そして

「栗山兵曹、磯崎兵曹!うちを振り落さんでつかあさいーっ」

とこれも必死の形相で叫んでいる。すると一瞬それをぎろり、と見た栗山兵曹が

「黙れ、そがいなんいちいち見とれんわ。貴様の面倒は貴様が見いや!」

と一喝して水兵長を黙らせてしまった。

鉄兜をかぶってしっかりと戦闘装備に身を固めた奇妙な担架隊はやがて坂道に差し掛かっていた――

 

そんな頃、到着地点の海軍病院の前庭にはすでに先着隊がいくつかいて、順番札を日野原軍医からじかにいただいてその場に座って待機していた。

一番の札をもらったのはやはり、小柄な軽井一衛を擁したペアである。前棒を担った少尉は

「よかった~。軽井一衛が患者役でほんとよかった。私が思うにやっぱり普段の行いの良さだよね、うふっ」

と笑い、後ろ棒を担った上等水兵も

「その通りですね少尉。うちらのこの足取りの軽さがあればどんな戦闘でも負傷兵を迅速に運べますね、うふふっ」

と笑う。

その間にも次々担架隊が戻ってきて軍医長から札をもらっては「はあ、うちらは九番か」とか「意外と速かったな。兵曹のおかげだ」などと言い交しては笑いあう。

日野原軍医長が皆を見回して

「もうこれで皆到着しているか?ならばーー」

と言いかけた時、黒川軍医大尉が

「待ってください、軍医長。札がいちまい落ちています」

と軍医長の足元から一枚、札を拾い上げた。担架隊の総数一五番目の札である。日野原軍医長は

「おお、わたしとしたことが。はて…そするとまだ帰ってこないのが一組あるということか、いったいどのペアだ?」

と言いながらあたりを見回した。だが…正直その時は思い当たらなかった日野原軍医長は、

「まあも少し、待ってみようか。いったいどのペアだっけなあ」

と首をひねりつつ、大尉が差し出してくれ折りたたみ椅子に座る。

 

さらにそのころ。

磯崎兵曹と栗山兵曹は坂道を駆け上がろうとしていた。磯崎兵曹の背中で救急袋が跳ね、鉄兜が朝日に鈍く光る。そして汗さえ光って飛んだ。

栗山兵曹の額にも汗がにじみそして流れ、背中にたすきにかけた救急袋の紐と防毒面収納袋の紐のあたりに汗がたまったように感じ始めている。

遠藤水兵長の緊張も最高潮に達しつつあった。

「あとどのくらいなんじゃろう」

遠藤水長は担架の上で唸った。そういえば要所要所にいるはずの海軍病院職員の姿が見当たらない。「居るなんぞいうて…ほんまはおらんのじゃろう!ええかげんじゃ」と怒りを覚えたが、実を言えば海軍病院職員たちは磯崎・栗山・遠藤のペアがここに至る十五分前に「もうさっきのペアで仕舞いじゃね。じゃあうちらはもう引上げじゃ」と言って帰ってしまっていたのだった。

それを知らない遠藤水長は担架の揺れに耐えつつ一人、唸りをあげている。

そんな大騒ぎのペアのもとに上空から厄介な訪問者が。

誰あろうハッシー・デ・ラ・マツコとトメキチである。このふたりは朝の散歩と称して『大和』から飛来していて<おかしな>ものを見つけた。

「トメキチ、あれ見てよ」

というマツコにトメキチは

「あ、あれって医務科の人たちじゃない?なにしてるのかしら」

というとマツコをつついて降下を促した。マツコはトメキチを背中に乗せたまま担架をめがけて降下、そして担架の上に腹這う遠藤水兵長の背中に降り立った。そして

「ねえ関取、何してんのよう?」

とその大きなくちばしでつついた。と、

「やめええ!貴様らどけえ、どかんかこらあ、変な鳥ぃ!」

と後方を担う栗山兵曹の大声が響いて先頭の磯崎兵曹はびっくりした。首だけ後ろに振り向けて「わあ、なんじゃ思うたらハシビロとトメキチかい!乗ったらいけん、乗るな、うちらこれから大急ぎで行かんならんのじゃ。頼むけえどいてくれんね!」と叫ぶ。

その尋常ならざる声音にさすがのマツコも度肝を抜かれたようで

「な、なんなの!?…わかったわよう、トメキチなんだか取り込みみたいだから行くわよう」

と言って一羽ばたきすると水兵長の背中から飛び立っていったのだった。

鉄兜の端を、ちょっと左手でもち上げてそれを見送った遠藤水兵長、「なんじゃ、あの鳥うちを<関取>言うたような気ぃがしてならんのう」と一人ごちた。

 

と。

坂道を駆け上がっていた磯崎兵曹が何かにつまずいた。あっ、と叫びをあげて磯崎兵曹が担架の棒から両手を放してぶっ倒れ、遠藤水長が放り出され栗山兵曹が倒れた。

遠藤水長はすぐに立ち上がって

「磯崎兵曹、栗山兵曹!しっかりしてつかあさい」

とそれぞれに駆け寄った。しかし、磯崎兵曹は転んだ拍子に肩を脱臼したようだし栗山兵曹は右足首をねん挫したようだ。しかも栗山兵曹は棒の端で腹を打ったようで口から泡を吹いて苦しんでいる。

「しっかりしてつかあさい!」

遠藤水兵長は一瞬どうしよう、と迷ったが(こうしてはおれん!)と思い直すと肩の脱臼らしい磯崎兵曹を背負い、担架の棒の左右に包帯を渡してしっかりと縛って、その中に自分が入れるようにした。そして腹を打って苦しむ栗山兵曹を担架に寝かせると

「栗山兵曹、ちいと辛抱願います」

というと大八車を引くがごとく、担架を引いて走り出した。その耳元で磯崎兵曹が「…遠藤、すまんなあ。すまんなあ」と繰り返すのへ遠藤水兵長は

「うちは体がでかいんと力が強いんが取り柄ですけえね!任せてつかあさい」

と安心させるような声でいい、一気に坂を駆け上がった――

 

「どうしたのだろうか、あともう一組のペアは」

さすがに日野原軍医長やその下の軍医少佐や大尉がさざめき始めたころ。

「あ、来ましたっ!」

と南二等兵曹が叫び、その指さすほうを見ればなんと大柄な遠藤水兵長が背中に一人を背負い、台八を引いているかのようにして担架に誰かを乗せて引いてくる。水兵長の顔は真っ赤になり汗がだくだくと流れている。

「どうした!遠藤水兵長ではないか」

日野原軍医長があわてて駆け寄り皆もその場から立ち上がると駆け寄って行った。

磯崎兵曹は水兵長の背中から降ろされ、栗山兵曹も担架から降ろされた。担架の端っこは地面との摩擦でぼろぼろの状態。

水兵長と二人の兵曹は「…遅くなりまして申し訳ございません…ただ今到着いたしました」といい敬礼。日野原軍医長たち幹部は

「よくやりました。遠藤水兵長、頑張ったな!」

とねぎらった。すると水兵長の全身から力が抜けて、その場にくずおれてしまった。

 

磯崎兵曹と栗山兵曹は早速海軍病院で治療を受け、大事なく済んだ。磯崎の脱臼もほどなく完治するであろうと言われほっとする皆。

夕方近くに隊列を組んで上陸場へと行軍する『大和』医務科の一行の顔は明るい。その皆を見て日野原軍医長は

「どうなるかと思ったが、やはり私の見込んだだけ皆であるね。さすがだわ。正直落伍するものがあると思っていたのだが…皆の育てた衛生兵、どこに出しても恥ずかしくない!」

といい、軍医士官や准士官は

「それは軍医長のおかげであります。日野原軍医長あってのわれわれであります」

と言った。

 

医務科の長い一日は、こうして終わったのだった。

 

しかしあと一回、これこそ本当の意味での最大の『訓練』が医務科の皆を待ち構えているのを軍医長以外はだれも知らない――

      (次回に続きます)

 

              ・・・・・・・・・・・・

書いているだけでも息切れがしそうな物語でした。遠藤水兵長、素晴らしい力を見せつけてくれました。気は優しくて力持ちな遠藤水兵長。早く下士官任官できるといいな。

しかしマツコ、「関取」だなんて、しっかり遠藤水兵長の心の耳には聞こえていたようですね。

 

そして<本当の意味での最大の訓練>って???次回をお楽しみに。


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「花の命はみじかきものをなどてか君は散り急ぎたまへり」(昨年8月公開記事の再掲載です)

 

       桜(はな)は 人

         人は 桜(はな)

           桜(はな)は 散る

           桜(はな)は 散る

        人も・・・・・・・・・・

 

――私があなたと初めてお会いしたのは私がまだ女学生の18になる年でした。私はある日母親からいきなりのようにお見合いの話を聞かされて戸惑いました。お相手は海軍さん、当時私達女学生にとても人気のあったのは、やはり見た目もスマートで素敵な海軍さんでした。

でも、いきなりそのあこがれの海軍さんとお見合いですよと言われたら当惑するのもこれまた道理かもしれませんね。私はまだ恋も知らなければ世間もろくに知らない娘でしかなかったのですから。来る日も来る日も、勤労動員の工場で兵器の増産に励み、日本の勝利の日を夢に見る乙女でした。そんな世間知らずのお下げの女の子に降ってわいたお見合い話。

それなのに私はそのお相手のお写真も見せていただけず、当日まで不安ばかり募らせていました。御年は28歳だということしか私にわかりませんでした。

どんな方なのだろう、どんなお声でお話しなさるのだろう。そして何より私はその方と結婚することになるのだろうか?いろんなことを考えましたよ、あの時。

そして私は長いこと電車に揺られて母と一緒にとある場所に行きました。降りたった駅は「呉」駅でした。はじめて来た場所に私は少しおどおどしていました。町は水兵さんたちがたくさんいるにぎやかなところ。私たちは駅から少し離れた一軒の旅館に行きました。そしてそこで、あなたとお会いしたのです。

私と母は一室に通されました。たいして待つ間もなく、あなたがお父様とご一緒にお部屋にいらっしゃいましたね。私はもう恥ずかしくてずっと下を向いていました。あなたが私の正面にお座りになった時、私は初めてあなたのお顔を見ることが出来ました。考えていたよりずっとやさしいお顔でした。

紺色の海軍の制服がよくお似合いの準士官。あなたの、座卓に置いた軍帽の徽章の輝きはあれからもう何十年もたつ今でもはっきり覚えております。あなたは私を見て、はにかんだように微笑まれましたね。私の想像の中のただ勇ましいだけの軍人さんとは違って、なんだかとても人間臭さを感じ好感が持てたのです。

そして驚いたことにこの席は見合いであると同時に婚礼の席でもあったのですよね。仮祝言というのでしょうか、正式な祝言は数日後あなたの郷里で行いましたね。あなたのりりしいお姿は忘れられません。

住まいはあなたが借りていた呉の下宿でした。物資に事欠く毎日でしたが折に触れてあなたのお母様がお野菜など重いものにもかかわらず遠いところを持ってきて下さり大変うれしかった。お母様は私が年若いのに夫の留守をしっかり守っていることを「えらいね、でも寂しくないかね?何かあったらすぐに言っておいで?」とおほめ下さりまた、心配してくださいました。

あなたの乗ったおおきな艦はなかなか内地にいることもなく、私は正直寂しい思いを抱いて時に港を見つめることもありました。でもそんなとき思い出すのがあなたのあの、はにかんだような微笑み。それを思い出す時私は胸の奥がほうっと暖かくなるような優しいような、それでいて物悲しいような気持ちになるのでした。

そんな中でも日本を取り巻く戦局は日増しに悪化の一途をたどり中にはこっそり日本の敗戦を言う人もいたようです。でも私は日本の勝利を信じ、あなたのご武運を必死に祈っておりました。

その年の秋も深まったころあなたの大きな艦は内地に戻ってきました。そして私たちはここで久しぶりに最高の楽しい時を持つこととなりました。

御正月には、あなたのお父様、お母様に私の母も来て楽しく過ごしましたね。あなたも楽しくお酒を飲んで笑いました。私もとてもうれしく過ごしたあの――最期のお正月。

次にあなたがお帰りになったのは春三月、あなたのお顔からは楽しげな表情が消えていました。あなたはあなたのお父様お母様に「これが最後の上陸だ」とお知らせしていたのですね。あなたのお帰りになる二日前にお二人が下宿にいらして、私は何も知らず嬉しさにはしゃいでおりましたの。でもあなたの大きな艦は他にたくさんのお伴を連れて沖縄に出撃することがもう決まっていたのですね。二度と帰らぬ死出の旅、ああ、それがもっと早くわかっていたなら・・・。

そのころ私はちょっとした秘密を持っておりました、それをあなたのお父様、お母様に申し上げましたらお母様は急に涙ぐんで「良かった、それはあなたからおっしゃいね」と言われました。お父様はしばしまぶたを閉じていらっしゃいました。

ささやかな夕餉のすんだ時、私は意を決して切りだしました。

そう、あなたの子供が私の身体の奥にひそやかな息を立て始めたということを。

その時のあなたのお顔・・・あのはにかんだような微笑みが満ちましたね。あなたはその晩布団の中で私をそっと抱きしめて下さいました、そして「丈夫な子を産みなさい、君にはなんにもいい思いをさせてやれなくてすまなかった。――はっきり言おう。僕はね、もう帰ってこれないかもしれない。でも僕は日本を守るためそして大事な君を守るために行くんだから何の後悔も憂いもない。一つだけ心残りがあるなら、生まれる子供の顔を見ることができないということだけだ。でも僕はたとえこの身は滅びようとも魂は残って君を守る、子供を守る。だから君もしっかりしてこの先の日本と、子供の為にしっかり生きてほしいんだ。いいね、頼んだよ」とおっしゃいましたね。

外ではいつやむとも知れず雨が降る音がしていました。それともあの雨音はあなたの心に降る涙の音だったのでしょうか。

翌日の朝まだき。あなたはいよいよ、あの大きな艦に戻られる時間になりました。玄関を出て周囲を見回した後、私達に敬礼してお父様、お母様そして私の順に食い入るような瞳でお見つめになって、「行きます」とおっしゃったあとくるりと踵を返して玄関を出られました。するとその時お母様がそっと、私の背中を押して下さいました。私はあわててあなたのあとを追いました。私の足音にあなたは立ち止りふりかえると、あのはにかんだ微笑みを浮かべ

「ご覧」

と道端の桜の樹を指差しましたね。気の早い桜がいくつか、ほころんでいます。あなたは桜を見上げると、私にこうおっしゃいました。

「桜は軍人そのものだね。美しく咲いて、その美しさが消えぬうちに潔く散る。花は散るからこそ美しいんだ。まさに今の僕たち海軍軍人そのものだよ。僕も散る時は綺麗に散るつもりだ。・・・では」

そういうとあなたは私に決然と敬礼をすると足早に歩いて行ってしまいました。

 

私はあなたの後ろ姿を、涙でかすむ眼でずっと追っていました。次から次へと新たな涙があふれ、止まりませんでした。すべてが、私の周りのすべてのものが色あせてゆきました。ほんのりと春の色に色ついた桜でさえその色を失くしたように見えました。

いつしか私の後ろにお母様がいて、私の肩をしっかり抱いてささえていてくださったのに気がついたのは、それからずいぶんしてからのことでした。

それから数日ののちのある晩、私は下宿の部屋で一人、繕いものをしていました。なんだかとても眠くてついうとうとしてしまいました。どのくらい時間が経ったか、下の玄関のベルが鳴り私の名前を呼ぶ声がしました。あなたの声です。

私は「ああご無事でお帰りになったんだ」とうれしくてたまらず玄関へ降りてゆきました。玄関にあなたが立ってらっしゃいました。玄関の電燈が何だか薄暗くてあなたのお顔がはっきりしません。でも、すがりつこうとした時あなたの御身体から血と硝煙のようなにおいがしてはっと思った時あなたの姿は消えていました。そして気がつけば私は部屋の座布団の上で眼が覚めたのでした。

胸騒ぎの一夜が明け翌朝、下宿のおばさんがそっと見せてくれた新聞に・・・あなたの乗った大きな艦やそのほかのおふねが沈んだことが書いてありました。はっきりそうは書いてなかったですが私には確信がいきました。昨晩あなたは私にお別れを言いにいらしたんですね。涙があふれてきました。

 

桜は 人。

人は 桜。

美しいうちに潔く散るのが桜のさだめ。

人も同じ、散るべき時に潔く散るのがさだめ。

 

桜(はな)は散るからこそ美しい。私もそう思います。

でも、なぜ桜は散り急ぐのでしょう?桜が散らない世界があってはいけないのでしょうか。桜が散らない世界があれば、そしたらあなたはたくさんのお仲間たちと深い海に沈むことなく、またあのはにかんだ微笑みで帰ってきてくれたのに。

そして・・・あなたは本当に、本当に花と散ることを望んでらしたのでしょうか?

 

あなたの大きな艦が沈んだという話があって間もなく、あなたの郷里からお父様が私を迎えに来て下さいました。お父様はここ呉も危ない、とおっしゃいましたがそのあとまさにその通りになり、懐かしい呉の街もその多くが戦火に燃えてしまいました。

私はあなたの郷里のあなたの御実家でお父様お母様と一緒に暮らし始めました。あなたがいつかお帰りになるのではないかと皆で思いつつ。

それでもあなたからのお便りも何もないまま、熱い八月のあの夏広島に新型爆弾が投下され、何の罪もない幾十万の市民が殺されました。次いで9日の長崎にも新型爆弾投下でこれも幾万の人たちが広島と同じく焼き殺されました。大陸方面ではソ連が中立条約を破って満州に進撃、大きな犠牲が出ました。

そして八月一五日。

天皇陛下の玉音放送によって日本は連合国軍に降伏したということを知らされました。私は臨月間近いおなかを抱えて泣きました。お父様もお母様も泣く。向けどころのない怒りとか、悲しみが一気に噴き出してどうにも仕方がなかったのです。

いよいよ私のお産が近くなってきたある日、まるで夢のようにあなたからの手紙が届きました。あなたが出撃の前に急いで書かれた手紙のようです。それにはご両親への今までの感謝の言葉、そして先立つ不孝への謝罪の言葉がありました。そして私には

>君と一緒になれたのは小生の人生において最上・最良・最高のことであった。何もしてやれなかったわが身をわびる。本当にすまなかった。生まれいずる子供を見ることが出来ないのは少しさみしいが、小生の魂は必ずや君のもとに返って子供の顔を見る。そして君たちを守ろう。そして何より気がかりなのは君の今後だか、それは君の思うようにしなさい。もし再婚の道があればするもよし。自分自身が一番幸せになれると思う道を往きなさい。それが小生の一番の願いでもある。

ただ・・・君がこの後誰と再婚しようとも・・・君は僕の妻である。

では元気で暮らせよ。小生の死をいつまでも悲しまぬように。小生はいつも君のそばにある!

 

と書かれた手紙がありました。あなたの心に触れた気がして嬉しくもありまた、悲しくもあり・・。

それから間もなく私は女の子を産みました。父親の顔を知らぬ娘が不憫ではありましたが、それに負けない愛情をお父様お母様が娘に注いでくださいました。あなたの戦死の公報が来たのはその年の暮れでした。

娘が4つになったある日、アルバムを見ていた娘が「この人だあれ?」とあなたの準士官姿の写真を見て言いました。お母様はハッと胸をつかれたような表情をなさって私を見ました、私はお母さまにそっとうなずくと

「あなたのお父様ですよ」

と言ってアルバムから写真をはずして娘に手渡しました。娘はしばらく写真に見入っていましたが突然にっこりと笑うと写真を裏返し、そこに鉛筆で「おとうさん」と、覚えたての幼い文字でそっと書きつけました。

その写真は、あの子のあの時の幼い文字もそのままで私の部屋にあります。

 

あの日からもうずいぶん長い年月が経ってしまいました。

私は再婚はせず、あなたのお家でお父様お母様と暮らしました。

優しかったお父様、お母様もとうに鬼籍に入られ、私も年を取ったこの頃では寂しさをひとしお感じます。娘はおかげさまで21で良縁をえてこの近くに嫁ぎました。三人の子供に恵まれた娘も、もう孫が四人もいます。私はひいばあちゃんになりました。

あなたも、ひいおじいちゃんになりましたよ。

あなたが4月のつめたい海に消えた日には、娘一家が私を必ず誘って長迫の海軍墓地に連れて行ってくれます。そして「戦艦大和戦死者之碑」にお参りします。そして戦没者名簿の碑に刻まれたあなたのお名前をそっと撫でていると、あなたがあの日のまま微笑んで立っていらっしゃるような気がしてなりません。しばらくそこにたたずむ私を、娘も娘の夫も孫たちもひ孫も・・・優しく見守ってくれています。

その優しい瞳たちはまるであの時のあなたのそれのようです。

あなた。

あなたは約束の通りこうして娘たちの瞳を通して私を見つめて下さってらっしゃるのですね。本当にありがとう、あなた。

 

どんなに月日が流れてもあなたと暮らした日々は一生忘れません。

あなたと私の間には今は渡れない河があるけれど、そしてあの日聞いた雨音は今も時折聞こえるけれど、私は生ある限りあなたとあなたのお仲間の皆さまが懸命に生きそして散って行ったその気高い心を孫やひ孫たちに伝えていきたいと思っております。あなたやあなたの死の意味、意義を未来永劫続いてゆく日本人の心に問いかけるためにも。

桜(はな)が無駄に散らない世界が来るように、祈って。

 そしていつの日にか私が二人を隔てる川を渡ってあなたのもとに行ったら、あの日のように抱きしめてくださいませね。
はにかんだような笑顔で・・・。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

夫を戦争で亡くした妻の気持ちになって書いてみました。今回「全国戦没者追悼式」に出席なさる戦没者の妻は、ついに十人台になったと聞いております。鬼籍に入られた妻たちは、今、夫のそばで何を語っておられるのでしょう。

(この記事は昨年・平成25年の8月15日に公開したものの再掲載です。だんだんと戦没者のご遺族が減ってゆく今日、どうやってご遺族の悲しみも継承していったらいいのか?こういう形でもいいのだろうかと自らに問いながら再掲載いたしました)




リンホラ「花の散る世界」
(再生できない場合はこちらをhttp://www.youtube.com/watch?v=5dBdQ4vpGg8)
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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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