2014-07

「女だらけの戦艦大和」・医務科の猛訓練1 - 2014.07.26 Sat

 「女だらけの戦艦大和」は呉沖にその身を浮かべている――

 

然しただぼんやりと浮かんでいる訳ではない。各部署に置いては、独自の訓練を欠かすことなく行なっている。機銃分隊は対空射撃訓練を毎日欠かさない。長妻兵曹だとか増添兵曹などの中堅が中核になって訓練に励む、訓練後は分隊士の平野少尉などと「照準はあっていても艦が急激に進路変更したらどうすべきか?」だとか「ありゃあまずいでしょう、もっと分隊士しっかりしてつかあさい」「それはもっとあなたたちがしっかりなさい」などと激論を交わすこともある。

主砲射撃指揮所では黒多砲術長の元、村多大尉や井江田大尉が発令所員とともに照準合わせから砲弾発射までの一連の流れの訓練をこれも怠らない。

どこの分隊でも不断の訓練が行われそれは、「女だらけの大和」の戦果を確証するものである。

 

さて。

ここにも重大な訓練概要をまとめた人が一人。誰あろう、医務科の日野原軍医長である。普段温厚な軍医長であるが事ある時には鬼神をも畏れさせるほどの働きをすることでもつとに有名で、「日野原軍医長を知らない?貴様モグリだな?」と半ば冗談、半ば本気で言われるほどの人である。

このところ軍医長は忙しかった。なぜならトレーラーにいる、海軍診療所で働くキリノに日本語の<教科書>や<ワークブック>を作ってやるのに忙しかった。在トレーラーの「女だらけの武蔵」の村上軍医長と協議して

「キリノは日本語がもっとできれば最高の看護婦になる。日本語を勉強する良い本を探しましょう」

となったのだ。日野原軍医長は内地に帰艦してこっち、上陸のたびに呉や広島の書店を経巡ってそういうたぐいの本を探したが――ない。

そこで「ないなら作ればよいのだ」となって、村上軍医長の賛成ももらって自分で作り始めたのだ。難しいが楽しい作業である。しかし没頭してしまうわけにもいかない、医務科本来の仕事をこなしながらであるから完成は予定よりずっと遅れた。が、それもやっと二日前に終わり、工作科の士官に頼んで製本してもらうことになりあと数日で「乾燥作業も終わります、あと少しお待ち願えますか」ということになって日野原軍医長はほっとするとともに

(さあそしたらいよいよ医務科の訓練を本格的にやるぞー!)

とわくわくし始めた。さあどの訓練からはじめようか、と軍医長は考え、「じゃ、明日は軽く<戦傷者搬送訓練>を行うぞ」ということになり、その翌日の課業開始時間、前甲板から後甲板まで<戦傷者>役の兵隊嬢・士官嬢たち(各分隊から数名ずつ、分隊長の許しを得て借りて来た)が適宜寝転ぶ光景が展開された。これを防空指揮所にいたオトメチャンこと見張兵曹が発見し

「なんねありゃ!大勢が甲板で倒れとりんさるで?どがいしたんじゃろ?」

と大騒ぎに。小泉兵曹が右舷から歩み寄ってきて「なんねオトメチャン、何をそんとにさわいどるんね」と言ってオトメチャンの指さす方を見た。と、

「ありゃ?えらいことじゃわー、集団自決かいね?」

と縁起でもないことを叫んだから、それを聞きつけた麻生分隊士が駆け寄ってきて

「小泉兵曹はなにを言うとってかね?あれは医務科の訓練じゃわ。今日、航海科(うち)からも石川と亀井、それに樽美酒少尉が出とってじゃ」

と教えてやった。小泉兵曹は「な~んじゃ。訓練かいな、人騒がせなねえ」と言ってその場を離れ、見張兵曹は甲板上に倒れる人々を見つめて「訓練。訓練言うてあがいな訓練あってですかねえ?」と不審そうに麻生分隊士を見つめた。見つめられて麻生分隊士は面映ゆそうな表情になったがすぐに

「なんでもな、日野原軍医長の御発案らしいんじゃ。日野原軍医長はなかなかのアイデアマンじゃけえね。うちらみとうな凡人とはちいと違うんじゃ」

と言って笑った。見張兵曹は、ふーんと言ってなおも下を見続ける、その肩を分隊士は優しく抱いた。

 

その甲板上に、傷を負った役で寝転んでいる兵隊嬢・士官嬢に交じってあのマツコとトメキチもいた。この二人は「面白そうじゃないの、行ってみましょうよ」と医務科の兵隊嬢のあとをくっついて行って甲板に寝転んだのだ。

そして衛生兵嬢たちが「負傷者ー、負傷者おらんかー」と叫んではそこここに横たわる負傷者役の兵隊嬢たちをたんかに担ぎあげて走ってゆく。マツコとトメキチも、「おお、こんなところに負傷者が」とたんかに投げ込まれマツコは

「ちょっとあんた、もっと丁寧に扱いなさいよっ!

とカンカンに怒る。しかしトメキチは担架の中でさも傷を負ったようにうなだれて、それを見たマツコは「あんたって…役者ねえ」

と感心したのだった。そして負傷者役の兵やマツコトメキチは「臨時医務室」の張り紙のされた部屋に運び込まれそこで軍医たちの「トリアージ」を受ける。白衣に身を固めた軍医たちが運び込まれる負傷者に「これは…ダメだね」とか「手術だ、運んで!」「片足切断だ」などとコワイ事を言っている。そして「ダメだね」と言われた負傷者役の兵隊嬢や士官嬢は再び担架に投げ込まれて「死軆安置所」のバスルームに放りこまれた。

「いてっ!――死体役って言ったって生きてんだからもっと丁寧に扱えよ、もう!」

堅いバスルームの床にたたきつけられた一人の兵曹が忌々しげにつぶやいて、その兵曹の上に投げ込まれた少尉が「全くだ。本当には死にたくはないものだね」といいその場の死体役は一様にうなずいたのだった。

マツコとトメキチはいつの間にか勝手に<よみがえって>、それら死体役の将兵の()()ノシノシトコトコ歩きまわって「こら!ふむなって、あっち行かんかい」と怒られている。

手術室では日野原軍医長以下、「こういうときはこの処置」だとか「こうなったらあきらめよう」とか「この程度なら処置のあと戦闘復帰可能だね」などと話しているのを聞きながら、手術台の上の樽美酒少尉は居心地悪げな顔で横たわっている。

次々運び込まれる<負傷者>のほとんどは、バスルーム行きとなってバスルームの中には陰鬱なため息が満ちた。その連中を慰めて歩いたのがマツコとトメキチで、マツコは

「ああかわいそうに、でもあんたも護国の英霊ね。名誉だと思いなさい」

とその大きなくちばしで士官をつつき、トメキチは

「遺品はないかなあ、僕がご遺族に届けてあげよう」

と言って水兵長のポケットをまさぐり彼女のなけなしの<ビスケット>をくわえて走り去る。多くの士官や下士官の額にはマツコのくちばしによるあざがつき、兵隊嬢たちのポケットに入っていた飴や菓子はトメキチに咥え去られてこの訓練は終了。

「あ~あ。あのへんな鳥には参ったよ、見て私こんなにつつかれてたんこぶになっちゃった」

そうぼやく少尉に、樽美酒少尉は微笑みながら「そうね、私も結構やられたけどあれはあの鳥さんの励ましのつもりなんじゃないかしら?いい記念だと思いましょうよ」と言って皆も納得。

トメキチに菓子を取られた水兵長もそれを聞きつけて「ほうか。そんならあの菓子はもしかしたらトメキチがうちらの遺品じゃ、いうてもって行った想えばええんじゃわ」と納得。

日野原軍医長はこの訓練が成功として副長に報告、医務科の総員にも知らせた。軍医嬢たちや衛生兵嬢たちも大喜び。

 

その晩。

日野原軍医長は(これで終わりじゃあない。もう一つ大きな――否最大の訓練が君たちを待っておるんだよ)とひとり、聴診器をひねくりまわしながら想い笑っていたのだった。

   (次回に続きます)

 

                ・・・・・・・・・・・・・

妙な訓練もあったものでした。実際の『大和』他ではこんな訓練はなかったと思いますが死体役は…ちょっと嫌だと思いますね。実際の海戦ではバスルームが死軆安置所になったそうです。凄惨な状況だったと思います。

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緊急連絡がありました。 - 2014.07.21 Mon

 一時間ほど前実家から電話。
母からで、『手術をしてくださって先生から連絡があって、尿が出なくなった、意識がかなり朦朧として来てこの分ではもう長くはない。今夜や明日どうこうと言う感じでもないが近いらしい』とのこと。
糖尿がとてもひどく出て、そのせいでの腎不全らしいです。

いよいよその時が近づいてきました。
今週は予定がびっしりあるのですが不幸だけには予定が立てられませんね。どうなるか父親次第で私も動くことになります。明後日は次女が大阪に行く予定なので(しかも外せない)せめて今週は持ってくれないかなあと勝手なことを思っています。
実家には今長女が待機しています。

どうなりますやらいよいよ覚悟を(もうとうに覚悟はしていますが)改めて求められる時が来ました。
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「女だらけの戦艦大和」・光れパワーストーン!3<解決編> - 2014.07.20 Sun

田中・斉藤両飛曹は思わず叫んでいた――

 

渡部少尉の乗ったままの零戦の機体がものすごい光を発したのだ。そのすさまじさたるやマグネシウムを大量に焚いたようなもので二人の兵曹は思わず顔を伏せてしまったほどである。

 

渡部少尉は、懐かしいワイダ・スウハ氏に心の底からの感謝を伝えんと、彼の面影を心に描きだしていた。

…ワイダ・スウハさん。私はインド旅行中深山に迷い込んで食べ物も水も底をついて道なき道に倒れ伏していましたそこを、あなたに救われましたね。あの時あなたがあの場所を通りかからなかったら、私はきっと虎にでも食われて死んでいたことでしょう。あなたにとってどこの馬の骨かもわからぬ異邦人を手厚く介抱して下さりなおかつ、『あなたを気に入った、弟子にしてあげよう』とおっしゃって下さったあなたの御温情私渡部はあの世に行っても忘れません。

ただもうひとめだけお会いしたかったです、それだけが心残りでなりません…

 

渡部少尉の閉じた眼から一筋の涙が流れ落ちた。もうすぐ、あと数分で零戦の機体は海に突っ込むことだろう。少尉の人生に終わりが来る。

「ワイダ・スウハさん。さよなら」

そういったその時、少尉のいつも大事に懐にしまっている「パワーストーン」が鋭い光を発したのだ!青いような銀色のようなそれは形容しがたい色ではあったが光りは少尉の懐の内側から、飛行服を通して光っている。

「うわ…!これはいったい」何なんだ、と言いかけた少尉の耳に懐かしいワイダ・スウハ氏の声が響いてきた。

…ヨウコ、あなたはもう、アキラメテシマウノカ?ヨウコはわたしトノ修行のナカデアキラメナイ事をマナンダんじゃナカッタのか?…

しかし、と渡部少尉は問いかけた「この状況ではもう駄目です、どうにもなりません」と。するとワイダ・スウハ氏の声がひときわ大きく少尉の耳に響いてきた。

「アキラメルナ!その石をシンジロ!」

我に返った渡部少尉は光を発する石の入った懐部分をしっかりと片手で押さえると「あきらめるものか!我が愛機よ踏ん張れ!そしてこのまま基地まで飛べ!」と叫んだ。

すると鋭い光は今度は何とも優しげな、ふんわりとした光になって少尉の零戦を包んだ。田中兵曹が風防越しに「あれを見ろ!」と指差すのを斉藤兵曹がよくよく見れば渡部少尉の零戦はそのふんわりとした光に包まれて安定した飛行を続けているではないか。

「渡部少尉…もうちょっとです、がんばれ!」

斉藤兵曹はそう叫ぶと、渡部少尉機の左につけた。田中兵曹の零戦は少尉の機の少し上を飛んでゆく。

渡部少尉は懐を押さえたまま必死で(あきらめない、あきらめないぞ…私は責任ある立場なんだ、この程度のことで死んでたまるか!)と石に念じる。石に彼女の念が通じているのか、零戦は少尉が操作しなくても安定した飛行をつづけている。

(渡部少尉、その調子です。あと少し、あとすこし)

二人の兵曹が必死に応援をしているその前方に、少尉の打った電信を傍受した駆逐艦「遅霜」が進んでくるのが見えた。「遅霜」はこの近海で訓練中だったが渡部少尉の緊急電を受信し「近くにいるのは我々だけだ、先に救助に行こう」とやってきたのだった。

その駆逐艦の姿を田中兵曹がまず発見し

「やった、渡部少尉!駆逐艦が来ました」

と叫び、斉藤兵曹が光りの中に見える少尉に

「駆逐艦が救助に来ました、機体を不時着水することはできますか?」

と手信号で伝えた。渡部少尉は斉藤兵曹を見、そして上空を飛ぶ田中兵曹の零戦を見て穏やかに微笑んだ。まるで悟りきった修験者のような笑みだと斉藤兵曹は思った。その微笑のまま少尉はうなずくと機体が静かに降下し始めた。

少尉は懐の石に手を当てたまま

(そう、ゆっくりと。ゆっくりと降りるんだよ。その調子、そしてふわりと海面に降りるのだよ)

と念じる。すると零戦の機体はまるで少尉の意思にコントロールされているがごとく、ゆっくりと降下を始めこれ以上ないほどの出来で海上に不時着水したのだった。

ザパア!と水しぶきをあげて海上に着水した少尉の機、すぐ駆逐艦「遅霜」が寄ってゆき艦首に信号兵がたち、手旗信号で少尉に怪我はないか、泳ぐことは可能かと尋ねた。

渡部少尉は風防を開けてその信号に怪我は無し、泳げると返信。「遅霜」は機関停止をしてうねりを立てないようにしながら舵を不時着水の零戦の至近につけた。

艦上から救命用具が投げられ、零戦から海に飛び込んだ渡部少尉は抜き手を切って十数㍍ほど泳ぐと救命具につかまった。

艦上の兵隊嬢たちはロープを引いて少尉を引き上げた。ずぶぬれの渡部少尉が「遅霜」の甲板上に上がったその時、少尉の愛機はまるで少尉に別れを告げるがごとく機首を上にして立ちあがるような格好になった。

少尉は愛機を見つめ、そして敬礼をした。愛機は少尉の敬礼を受けるとその身を静かに青い海に沈めていったのだった。

渡部少尉の目からはとめどなく涙があふれて落ちた。そして少尉はいつまでも敬礼の手を下すことができなかった――。

 

ラバウル基地では、「渡部少尉殉職か!」と悲痛な空気が流れていたが、先に田中・斉藤両飛曹が帰ってきて少尉の無事を伝えた。

基地司令以下「それはよかった!」とほっと安堵の胸をなでおろした。それから三時間ほどして渡部少尉が「遅霜」のランチで基地近くの波止場に来ていると知らせがあり、司令は喜んで自動車で迎えにやらせたのだった。

司令は「後で『遅霜』には礼に行かねばね。本当に良かったそして、その場に『遅霜』がいて良かった」と喜んだ。

 

渡部少尉は怪我もなかったので基地に帰ると司令や副官に今度のことを報告した。

司令は「整備不良ではなかったのかな?そのような感じは受けなかったのか?」などと尋ねたが渡部少尉は

「いえ。整備不良などでは断じてありませんでした。整備の彼女たちはいつものようにしっかりとしてくれましたから。かんがえられるとするならば――」

と言って黙りこんだ。

副官が「するならば?」と鸚鵡返しに尋ねた。すると少尉は

「あれのせいだと思います」

と言って外に視線をやった。遠くに薄く煙を吐く山が見える、「花吹山」(ダブルブル火山)である。

「あの降灰がエンジンに吸い込まれて悪さをしたんだと思いますよ。ですから整備兵の彼女たちには責任はありません」

少尉はそう言って微笑んだ。

司令と副官は煙を上げる火山の方を見つめて「そうか。あの灰は厄介だからな。何とか対策を講じなければいけないね」といい、渡部少尉はうなずいた。

そのあと司令の部屋を退出した少尉は、田中・斉藤両飛曹に囲まれた。二人は少尉の手を取って泣きながら

「本当に心配しました、少尉にもしものことがあったら我々は生きてはおれません」

と言って、少尉は「そんなこと言ってはいけないよ。私がどうなろうとあなたたちは行きなければね。でも私もあきらめたりはしないよ、最後の最後まで踏ん張るからね」と言って二人の肩を優しく叩いた。やがて泣きやんだ斉藤兵曹が

「それにしても少尉、あの光は一体何だったのでありますか」

と不審そうに尋ねると少尉はああ!と笑ってから「これだよ」と懐に手を入れて守り袋を引きだした。そして中からあの石を摘まんで出した。

斉藤兵曹は「ああ!やっぱりこれのおかげだったんですね、すごいなあ少尉。やっぱりこの石は本物なんですよ」と感激し、田中兵曹は

「ほう、やはり少尉は大したお方ですね。そのようなものをいただけるなんか、やたらの人間じゃありえませんよ。御人徳ですね」

と感慨深げである。

 

渡部少尉は二人と別れた後石を大事に手のひらで包み込みながら滑走路の端を歩いた。愛機を失った悲しみが胸に迫ったが命を長らえた喜びもひしひしと感じ始めている。

少尉ははるかインドの方角と思しき空を見つめると(ワイダ・ハウスさん。ありがとう、あなたのおかげで私は助かりました。あなたのお教え、これからも忘れないで生きてゆきます。――あきらめない!これですね)と思って石を握りしめた。

石がその思いに反応したかのようにかすかに青い光を放っていた――。

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

渡部少尉、無事還ることが出来ました。これもインドの修験者のくれた石のおかげですね。そして何事もあきらめないという意思も助けてくれたようです。でも「あきらめるな」なんてまるで松岡修子海軍中尉のような修験者ではありませんか!?

 

「ラバウル航空隊」(軍歌)です。



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「女だらけの戦艦大和」・光れパワーストーン!3<解決編> - 2014.07.20 Sun

田中・斉藤両飛曹は思わず叫んでいた――

 

渡部少尉の乗ったままの零戦の機体がものすごい光を発したのだ。そのすさまじさたるやマグネシウムを大量に焚いたようなもので二人の兵曹は思わず顔を伏せてしまったほどである。

 

渡部少尉は、懐かしいワイダ・スウハ氏に心の底からの感謝を伝えんと、彼の面影を心に描きだしていた。

…ワイダ・スウハさん。私はインド旅行中深山に迷い込んで食べ物も水も底をついて道なき道に倒れ伏していましたそこを、あなたに救われましたね。あの時あなたがあの場所を通りかからなかったら、私はきっと虎にでも食われて死んでいたことでしょう。あなたにとってどこの馬の骨かもわからぬ異邦人を手厚く介抱して下さりなおかつ、『あなたを気に入った、弟子にしてあげよう』とおっしゃって下さったあなたの御温情私渡部はあの世に行っても忘れません。

ただもうひとめだけお会いしたかったです、それだけが心残りでなりません…

 

渡部少尉の閉じた眼から一筋の涙が流れ落ちた。もうすぐ、あと数分で零戦の機体は海に突っ込むことだろう。少尉の人生に終わりが来る。

「ワイダ・スウハさん。さよなら」

そういったその時、少尉のいつも大事に懐にしまっている「パワーストーン」が鋭い光を発したのだ!青いような銀色のようなそれは形容しがたい色ではあったが光りは少尉の懐の内側から、飛行服を通して光っている。

「うわ…!これはいったい」何なんだ、と言いかけた少尉の耳に懐かしいワイダ・スウハ氏の声が響いてきた。

…ヨウコ、あなたはもう、アキラメテシマウノカ?ヨウコはわたしトノ修行のナカデアキラメナイ事をマナンダんじゃナカッタのか?…

しかし、と渡部少尉は問いかけた「この状況ではもう駄目です、どうにもなりません」と。するとワイダ・スウハ氏の声がひときわ大きく少尉の耳に響いてきた。

「アキラメルナ!その石をシンジロ!」

我に返った渡部少尉は光を発する石の入った懐部分をしっかりと片手で押さえると「あきらめるものか!我が愛機よ踏ん張れ!そしてこのまま基地まで飛べ!」と叫んだ。

すると鋭い光は今度は何とも優しげな、ふんわりとした光になって少尉の零戦を包んだ。田中兵曹が風防越しに「あれを見ろ!」と指差すのを斉藤兵曹がよくよく見れば渡部少尉の零戦はそのふんわりとした光に包まれて安定した飛行を続けているではないか。

「渡部少尉…もうちょっとです、がんばれ!」

斉藤兵曹はそう叫ぶと、渡部少尉機の左につけた。田中兵曹の零戦は少尉の機の少し上を飛んでゆく。

渡部少尉は懐を押さえたまま必死で(あきらめない、あきらめないぞ…私は責任ある立場なんだ、この程度のことで死んでたまるか!)と石に念じる。石に彼女の念が通じているのか、零戦は少尉が操作しなくても安定した飛行をつづけている。

(渡部少尉、その調子です。あと少し、あとすこし)

二人の兵曹が必死に応援をしているその前方に、少尉の打った電信を傍受した駆逐艦「遅霜」が進んでくるのが見えた。「遅霜」はこの近海で訓練中だったが渡部少尉の緊急電を受信し「近くにいるのは我々だけだ、先に救助に行こう」とやってきたのだった。

その駆逐艦の姿を田中兵曹がまず発見し

「やった、渡部少尉!駆逐艦が来ました」

と叫び、斉藤兵曹が光りの中に見える少尉に

「駆逐艦が救助に来ました、機体を不時着水することはできますか?」

と手信号で伝えた。渡部少尉は斉藤兵曹を見、そして上空を飛ぶ田中兵曹の零戦を見て穏やかに微笑んだ。まるで悟りきった修験者のような笑みだと斉藤兵曹は思った。その微笑のまま少尉はうなずくと機体が静かに降下し始めた。

少尉は懐の石に手を当てたまま

(そう、ゆっくりと。ゆっくりと降りるんだよ。その調子、そしてふわりと海面に降りるのだよ)

と念じる。すると零戦の機体はまるで少尉の意思にコントロールされているがごとく、ゆっくりと降下を始めこれ以上ないほどの出来で海上に不時着水したのだった。

ザパア!と水しぶきをあげて海上に着水した少尉の機、すぐ駆逐艦「遅霜」が寄ってゆき艦首に信号兵がたち、手旗信号で少尉に怪我はないか、泳ぐことは可能かと尋ねた。

渡部少尉は風防を開けてその信号に怪我は無し、泳げると返信。「遅霜」は機関停止をしてうねりを立てないようにしながら舵を不時着水の零戦の至近につけた。

艦上から救命用具が投げられ、零戦から海に飛び込んだ渡部少尉は抜き手を切って十数㍍ほど泳ぐと救命具につかまった。

艦上の兵隊嬢たちはロープを引いて少尉を引き上げた。ずぶぬれの渡部少尉が「遅霜」の甲板上に上がったその時、少尉の愛機はまるで少尉に別れを告げるがごとく機首を上にして立ちあがるような格好になった。

少尉は愛機を見つめ、そして敬礼をした。愛機は少尉の敬礼を受けるとその身を静かに青い海に沈めていったのだった。

渡部少尉の目からはとめどなく涙があふれて落ちた。そして少尉はいつまでも敬礼の手を下すことができなかった――。

 

ラバウル基地では、「渡部少尉殉職か!」と悲痛な空気が流れていたが、先に田中・斉藤両飛曹が帰ってきて少尉の無事を伝えた。

基地司令以下「それはよかった!」とほっと安堵の胸をなでおろした。それから三時間ほどして渡部少尉が「遅霜」のランチで基地近くの波止場に来ていると知らせがあり、司令は喜んで自動車で迎えにやらせたのだった。

司令は「後で『遅霜』には礼に行かねばね。本当に良かったそして、その場に『遅霜』がいて良かった」と喜んだ。

 

渡部少尉は怪我もなかったので基地に帰ると司令や副官に今度のことを報告した。

司令は「整備不良ではなかったのかな?そのような感じは受けなかったのか?」などと尋ねたが渡部少尉は

「いえ。整備不良などでは断じてありませんでした。整備の彼女たちはいつものようにしっかりとしてくれましたから。かんがえられるとするならば――」

と言って黙りこんだ。

副官が「するならば?」と鸚鵡返しに尋ねた。すると少尉は

「あれのせいだと思います」

と言って外に視線をやった。遠くに薄く煙を吐く山が見える、「花吹山」(ダブルブル火山)である。

「あの降灰がエンジンに吸い込まれて悪さをしたんだと思いますよ。ですから整備兵の彼女たちには責任はありません」

少尉はそう言って微笑んだ。

司令と副官は煙を上げる火山の方を見つめて「そうか。あの灰は厄介だからな。何とか対策を講じなければいけないね」といい、渡部少尉はうなずいた。

そのあと司令の部屋を退出した少尉は、田中・斉藤両飛曹に囲まれた。二人は少尉の手を取って泣きながら

「本当に心配しました、少尉にもしものことがあったら我々は生きてはおれません」

と言って、少尉は「そんなこと言ってはいけないよ。私がどうなろうとあなたたちは行きなければね。でも私もあきらめたりはしないよ、最後の最後まで踏ん張るからね」と言って二人の肩を優しく叩いた。やがて泣きやんだ斉藤兵曹が

「それにしても少尉、あの光は一体何だったのでありますか」

と不審そうに尋ねると少尉はああ!と笑ってから「これだよ」と懐に手を入れて守り袋を引きだした。そして中からあの石を摘まんで出した。

斉藤兵曹は「ああ!やっぱりこれのおかげだったんですね、すごいなあ少尉。やっぱりこの石は本物なんですよ」と感激し、田中兵曹は

「ほう、やはり少尉は大したお方ですね。そのようなものをいただけるなんか、やたらの人間じゃありえませんよ。御人徳ですね」

と感慨深げである。

 

渡部少尉は二人と別れた後石を大事に手のひらで包み込みながら滑走路の端を歩いた。愛機を失った悲しみが胸に迫ったが命を長らえた喜びもひしひしと感じ始めている。

少尉ははるかインドの方角と思しき空を見つめると(ワイダ・ハウスさん。ありがとう、あなたのおかげで私は助かりました。あなたのお教え、これからも忘れないで生きてゆきます。――あきらめない!これですね)と思って石を握りしめた。

石がその思いに反応したかのようにかすかに青い光を放っていた――。

 

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

渡部少尉、無事還ることが出来ました。これもインドの修験者のくれた石のおかげですね。そして何事もあきらめないという意思も助けてくれたようです。でも「あきらめるな」なんてまるで松岡修子海軍中尉のような修験者ではありませんか!?

 

「ラバウル航空隊」(軍歌)です。



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「女だらけの戦艦大和」・光れパワーストーン!2 - 2014.07.19 Sat

エンジンが妙な音を立てたそれから何分もたたないうちに、ボン!と大きな音を立ててエンジンは煙を吹きだした――

 

「渡部少尉―!」

と田中将子上飛曹は愛機の風防をばっと開けると大声で叫んでいた。斉藤一飛曹も同じく風防を開けると少尉の機に向かって片手をうんと伸ばした。少尉をこの手につかまらせて自分の機に引き込まんとしているのだろうか。

だが。

エンジンからの真っ黒な煙に包まれた渡部少尉の機はそのまま失速して落ちて行った。斉藤一飛曹と、田中上飛曹はもう夢中で「渡部少尉、渡部少尉ーッ!」と絶叫した。その二人の絶叫が大空に吸い込まれて消えてゆく…。

 

渡部少尉は真っ黒な煙が操縦席にまで入り込んできて、たいへんに咳きこんでいた。そうしながらも何とか機体を立て直そうと必死にスロットルレバーを引いてみたりフットバーを踏んでみたりしてみたが何の効果も無い。

渡部少尉はふうっと息を吐き出した。それはあきらめの吐息でもあった。彼女はすべてのレバーから手足を離すと「もう、いけませんね。私も年貢の納め時って奴でしょうか」とつぶやくと目を閉じた。エンジンからは真っ黒な煙が吐き続けられる。その煙を引いて、渡部少尉機は落ちてゆく。

 

それを必死で追う僚機の田中、斉藤の両兵曹は大泣きしながら

「渡部少尉、少尉!あきらめないでください、脱出できませんか!?」

と叫んでいる。二人ともこの温厚な少尉が大好きなのだ。どちらかというと荒っぽい気性の女の多い航空隊にあって渡部少尉はいつも言葉もゆっくりと優しくやたらと声を荒らげることがない。そのうえいつも部下の身上を案じてくれる。文句の全くない上官なのである。

斉藤兵曹は泣きながら

「渡部少尉、脱出して下さい―ッ!」

と絶叫した。落下傘を携行しているのだから使って欲しい、切実な願いを必死で降下してゆく少尉の機体にぶつけた。が少尉が脱出してくる気配がいっこうに無い。田中兵曹も操縦桿を握りしめて

「渡部少尉―!」

と泣く。なんでどうしてあんなに良い人がこんなアクシデントで死なねばならぬのか。この世には神も仏も無いんか、だとしたら私はもう金輪際家の仏壇も近所の寺もあの小さな社も拝んでやらない…田中兵曹は天を仰いで慟哭した。

                                          

渡部少尉は静かに目を閉じ、機体が落ちてゆくのを感じていた。

この調子だと間もなく――この機体は海にたたきつけられて私は死ぬだろう。この高度で角度なら助かるまい。長いようで短い人生だった、故郷で私の帰りを待つ老いた母には申し訳ないが、そう遠くない日に私の殉職の知らせが行くだろう。それを受け取った時の母の心中を思えば私もつらいものがあるがしかし、これはもうどうしようもない定めだと諦めて欲しい。

そう母への別れを想う少尉の脳裏に幼いころ遊んだ故郷の景色がよみがえった。そして幼馴染の顔も。

あの子たちどうしているだろうか、私の死の知らせをどんな感想を持って受け取るだろうか。泣くだろうか、それともよく頑張った、帝国海軍航空隊の名に恥じない最期だと誇ってくれるだろうか。

そして――どこかにいるはずの私の伴侶になるはずだった人。何の別れも言えないまま私は死んでゆきます。あなたと言う人に一目会いたかったな。

そしてもう一度インドに行きたかった。ワイダ・スウハさんに会って私の海軍生活の話をあれこれしたかったな。スウハさんごめんなさい、私はあなたとの再会の約束を果たせぬまま南海に散ってゆきます。

「さようなら、みなさん…」

渡部少尉がつぶやいたその時!!

 

渡部少尉機の行方を見守りつつ追っていた田中上飛曹と斉藤一飛曹は同時に

「ああああ!渡部少尉ーッ」

と絶叫した。

渡部少尉の乗った零戦は――。

  (次回に続きます)

 

             ・・・・・・・・・・・・・・・

渡部少尉は覚悟を決めたようです。

そして二人の飛行兵曹は何を目撃したのでしょうか、もしかして渡部少尉の最期でしょうか?

次回をご期待下さい!


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見張り員

Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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