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「女だらけの戦艦大和」・軍医長たちの挽歌1

トレーラー島では何処の慰安所も料亭も、男性を求める女将兵たちであふれ返っている――

 

しっかり遊んで帰って来た長妻兵曹と小泉兵曹、二人して帰艦のランチを待ちながら「今日の戦果」を話し合っている。その二人の後ろで内務科の岩井特務少尉がちょっと困ったような顔で立っている。二人の話があまりに生々しいので岩井少尉としてもどんな顔でその場にいたらいいのかわからないようだ。

長妻兵曹が振り返っていきなり、

「岩井少尉。岩井少尉は何処で遊ばれたんですか?」

とぶしつけな質問を投げた。不意を食らった岩井少尉は「はあ!?へえ!?」と変な声を出した。その声にランチ待ちの大勢が吹きだした。遠慮がちな笑いに包まれて岩井少尉は何とか体勢を立て直すと服の裾を引っ張ってから

「私か?私は今回は何処へも行っていないよ」

と返事をした。すると小泉兵曹がほう、と言ってから

「なんと、せっかくの上陸に遊ばれんとは・・・少尉アレだったのでありますか?」

とこれまたぶしつけなことを言う。重ねて変なことを聞かれた岩井少尉は情けなさそうな顔になると今度は二種軍装の襟部分を直すようなしぐさをしながら

「アレ、ではないが・・・いや単に遊びたい気分ではなかったということだね」

と答えてそっぽを向いた。どうもこの連中はやりにくい、どうしてアッチの話ばかりしたがるのだろうか?この島には清遊が出来る場所がいくらでもあるというのにこの連中はそういう所へ行かないのだろうか?「私は今回、この島の反対側の浜にいたよ」

そういった少尉に、長妻・小泉の両兵曹は「少尉の男性のお好みはどがいな男ですか」だの「うちがいい男をご紹介いたしましょうか」だの、挙句には小泉兵曹は岩井少尉にそっと顔を寄せるなり、

「あの、失礼を承知でお伺いいたしますが・・・少尉はどの辺が一番お感じになるんですかのう?」

ととんでもないことを聞き、さすがの岩井少尉も顔を真っ赤にすると下を向いてしまった。そこに、

「いい加減にせんか貴様ら!そげえなことを聞く奴が居るか!」

とでかい声がし、見れば二種軍装の腕を組んでその場に仁王立ちになった松本兵曹長が怒りに顔を真っ赤にして二人の兵曹をにらみつけている。

「ギャッ!松本兵曹長じゃ」

長妻兵曹が声をあげると兵曹長は彼女の軍装の胸ぐらをつかんで

「ええか貴様ら。岩井少尉にくだらんことを聞いたりしたら俺が許さんで!全くどこのあほがそげえな恥ずかしいことを日も落ちんうちから聞くか?おう、そげえに人のことが知りたきゃあ、俺のことを教えたる。長妻に小泉、後でうちの部屋に来い。ええな」

と怒鳴って、長妻兵曹は「そんな・・・松本兵曹長のことなんか知りとうない・・・」と小声で言った。が、「なんじゃ、文句あるんか!」と兵曹長に怒鳴られて沈黙した。松本兵曹長は岩井少尉をかばうようにして二人を後ろにどかした。

そして「岩井少尉、全くこいつらはしょうもない連中で申し訳ないです。後で麻生少尉にいうてきつう叱って貰いますけえ」と謝った。岩井少尉はいやいや、と片手を顔の前で振ると

「ええんよ、松本兵曹長。まああの年頃じゃあ無理もないでしょう。人のことが気になる年頃じゃけえ」

と言って笑った。兵曹長は「ほいでもよりによって岩井少尉に」とまだ怒っている。松本兵曹長は岩井少尉に心酔しているので彼女をいじめたりいやなことをするものを決して許さない。岩井少尉もその心を分かっているので「ありがとう、松本兵曹長。あなたはいつも優しいね」と言って微笑んだ。

その二人の後ろで長妻兵曹と小泉兵曹が所在なさげに立っている。

そして、「大和」からの迎えのランチが波を蹴立ててこちらへ向かってくるのが見えた――

 

そのランチに乗った皆が「大和」に上がったころ、医務科では日野原軍医長や数名の軍医たちと衛生兵たちが何やら支度をしている。

日野原軍医長は、さまざまな医療道具や薬品瓶を一つ一つ見ながらリストと引き合わせをしている。時折深いため息をつきながら。

畑軍医大尉が、「軍医長。どうなさいましたか?どこかお加減でもお悪いんではないですか?」と心配して尋ねる。それに「ああ、いやそうではないよ」と日野原軍医長は答えたがどこか顔色がさえない。

畑軍医大尉は、

「そうですか、それならいいんですが。明日は大事な日ですからね。日野原軍医長の腕の見せ所ですよ」

というと薬品棚の扉を開けてそこからアルコール瓶の入った箱を取り出した。日野原軍医長はそれもチェックしながら独り言のように、

「その大事な日、というのがね。私には気の重い日なんだよ」

と言ったのは、誰の耳にも入らない。皆それぞれ明日の為にぬかりないように準備をしている。

そしてそれと同じ光景は『武蔵』でも繰り広げられている。『武蔵』の医務科、村上軍医長は衛生兵たちを指揮しながら薬品やガーゼなどといった医療用品を運び出す。

「ガーゼが十五包み。アルコール瓶三十本。それから細ガラスの棒二十五本。で、脱脂綿の大きい包みが十包み。あとは何ですか?」

薬品リスト表とにらめっこの衛生兵曹に衛生少尉がうーんと周りを見回してから、

「抗生物質はあるか?」

などと聞いている。そんな中村上軍医長の顔色はさえない。視線を落とし気味で、それでも作業はテキパキ進めてはいる。黒村軍医大尉がいぶかしげに、「村上軍医長?」と呼びかけた。

それにあわてて、「ん、なんだどうした」と答える村上軍医長。黒村大尉は白衣に包んだ身を軍医長のそばに寄せると、

「お顔の色がお悪いですが、どこかお加減でも?少しお休みになられたらいかがでしょうか。・・・全くこんなこと、トレーラーの艦隊司令部がすればいいことなのに。薬品まで艦のものを持ち出させるなんてどうかしていますよ!」

とぼやいた。村上軍医長は

「いや、どこも悪くないから心配しないで。本当に。・・・艦隊司令部も忙しいんだろう、ほらなんだか妙な病気が流行ってるとかで。薬品は、こうして使って新しいものを軍需部からもらえばいいんだし。薬品や衛生用品もなかなか使いどころがないからね、この頃それほど大きな戦闘もないしね。常に新しいものにしておくという意味もあってだろうね、あれ(・・)は」

と言った。黒村大尉はああ、といって

「なんやらはしかのような妙な流行病ですね。顔や体に赤いぽちぽちが出来るあれですね。聞いたとこじゃ、内地からの手紙か慰問品が原因だと聞きましたが本当ですかねえ」

と白衣の腕を組んだ。それに軍医長は「いいや」というと艦内帽をかぶりなおしてから

「最近内地から来た潜水艦部隊がいたろう、あの乗組員が持って来たらしい。それはそうとこの艦には妊娠したものはおらんだろうね?あの病気は妊婦にはよくないぞ」

と言った。黒村大尉はそれには胸を張って「それは全く心配なしであります」と言った。村上軍医長は

「その病気の予防のワクチンがあるらしいから、艦隊司令に言って内地から取り寄せてもらおう。それをすれば罹患を防げるらしいからね。トレーラー在泊の全将兵を対象にして、出来たらトレーラーの全住民にも接種したいな。自分たちだけよくて住民たちはどうでもいいなんてことは出来ないからな」

と言って黒村大尉はうなずいた。

 

それと同じころ、巡洋艦『矢矧』や駆逐艦『朝霜』、『遅霜』『上潮』の軍医長たちもうかない顔でいたのだった。

『矢矧』の原艦長は、神木軍医長がうなだれて歩いているのを呼びとめた。

「ああ、艦長」と神木軍医長は力のない声で言って敬礼した。その白衣の裾が軽く翻る。

原艦長は軍医長のおでこに自分の右手のひらを当て、左手のひらを自分のおでこに当ててまるで母親が子供の熱を測るようなことをした。

「うん。熱はないようだね・・・どうしました軍医長」

そう問う原艦長に神木軍医長、艦長の瞳を見つめると「あれです。あの日が明日なんです」と言った。原艦長はそれですべてを察した。

「ああ、あの日か。それは大変だね。今回はどの艦の軍医長が出るんだろうか」

「『大和』『武蔵』、それに『朝霜』『遅霜』『上潮』の各軍医長と軍医数名、それに衛生兵が。そしてわが『矢矧』からは私と十名が行きます」

「そうか・・・御苦労だが一つ頼むよ。皆精鋭の軍医長と衛生科将兵だからね。つらいだろうが、こらえてほしい」

原艦長はそう言って神木軍医長を慰めるとその白衣の肩を優しくたたいてその場を去った。残った神木軍医長は深いため息をつくと、(今頃どの艦の軍医長たちも・・こんな思いをしてるんだろうなあ)といっそう肩を落として歩きだした。

(どうして、どうして(・・)医長(・・)()あれをしなくちゃいけないんだ。あれを・・・)

この同じ時、『大和』『武蔵』『朝霜』『遅霜』『上潮』の軍医長すべてが同じことを思い天を仰いで嘆息していた――

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いったい何があった、いやあるのか軍医長たち。衛生用品満載で大きな手術か??次回緊迫の事態が起こる!!??怒涛の進撃「女だらけの戦艦大和」をお楽しみに。

 

風疹が大流行ですね、妊婦さんや妊娠の可能性のある人は要注意です。男の人も予防接種をした方がいいらしいですね。私は小学校六年生の卒業式まであと少しという時罹りました。その年やはり流行して、私はクラスのほとんどが罹ってもならなかったので「やった、よかった」と思っていたのですが三月に入って罹り大変重症でした。皆が終わった後だったので余計ひどかった。三日はしかどころの騒ぎじゃない、完治に二週間近くかかったです。

どうぞ皆様お気をつけて・・・!

沈没直前の『朝霜』(画像WIKIより)。昭和二十年四月七日、いわゆる『大和艦隊』特攻出撃途上、機関の故障でたった一艦で看取る味方もなく沈んで行った朝霜、生存者一人もなし。あまりに哀れです。
こんな変な物語の中ですが名前を出しました・・・
朝霜


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Author:見張り員
ごあいさつ・「女だらけの帝国海軍」へようこそ!ここでは戦艦・空母・巡洋艦駆逐艦などから航空隊・陸戦隊などの将兵はすべて女の子です。といっても萌え要素はほとんどありません。女の子ばかりの海軍ではありますがすることは男性並み。勇ましい女の子ばかりです。女の子ばかりの『軍艦大和』をお読みになって、かつての帝国海軍にも興味をもっていただければと思います。時折戦史関係の話も書きます。
尚、文章の無断転載は固くお断りいたします。
(平成二十七年四月「見張りんの大和の国は桜花爛漫」を改題しました。)

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