女だらけの戦艦大和・総員配置良し!

女だらけの「帝国海軍」、大和や武蔵、飛龍や赤城そのほかの艦艇や飛行隊・潜水艦で生きる女の子たちの日常生活を描いています。どんな毎日があるのか、ちょっと覗いてみませんか?

日々雑感・昭和の日に

今日は昭和の日でしたね。
昭和天皇のお誕生日でした、そういえばこの日は昔から『晴れの特異日』と言われていましたね。その通り今日もいい天気でした。

空に翻る日章旗を見て思うのは、「私も昭和の子供だったんだな」ということです。高度成長の少し前くらいに生を受けた私、日本の成長とともに大きくなり、そしてそろそろ人生も後半に入ろうとしています。

そんな私が思うのは、日本人が行儀悪くなったなあと思うこと。
先日近所の和食レストランの割引券を友人からいただいたので今夜行ってきたのですが、休日ということもあり家族連れがたくさんいましたが、小さな子供が走り回ったり人を押しのけたりしてまあ、行儀悪いことったら。

それに対して親は全く注意しないんですね、それが腹立ちます。
そして席についても椅子の上に土足て立ってみたりテーブルの下に入ってみたり。落ち着きがないことおびただしいし、奇声を発するのをどうして親は注意しないのかしら??

そして私は見ていて思いましたが、親が子供と一緒にはしゃぐからいけないんではないかと思ったのです。はしゃぐにしても場所により切りでしょうに、みんなが静かに食事をする場所で親が率先してはしゃいでどうするんですかねえ?
本当に信じられない。

そうして大きくなった子供たちがまた親になった時、日本は一体全体どんな国になってるのか。考えるのも恐ろしいことになりそうです。
大人になりきれないおとなが子供を産んだとき、子供にとっても不幸だと思います。
最近起きた子供殺しもそんな感じの親ではなかったのかと思うのです。

まだ年端もいかない子供を水につけて殴るける、それがしつけですか?
水につけたら苦しがって泣いていた・・・当たり前でしょう?
男に嫌われたくないから子供を虐待していた、それが母親のすることでしょうか?

本当にこの世の中くるってるとしか思えない。

何が何でも昔がよかったとは言わないが、それでももうちょっとみな分別があったししかるときは叱ってくれた。褒めるときはほめてくれた。
それがよその子でも。

そういう交流が無くなって悪しき個人主義が蔓延するようになってこうなったのではないかと思うのです。
哀しい現実です。

昭和の日、遠くなりつつある昭和を思いつつ。
にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事
私の日常 | コメント:8 | トラックバック:0 |

「女だらけの戦艦大和」・私のあだ名2

あだ名についての皆の一言が、続く――

 

「大和」航海科 石場兵曹

私は皆から「イシバチャン、イシバチャン」と呼ばれとります。まあそれは愛称ということでええんですし、うちもその呼ばれ方を気に入っとりました。

が。

最近衝撃的なあだ名を聞いてしもうた。何かと言えば「暗黒の一重まぶた」いうんですよ・・・そりゃうちは完璧なまでの一重まぶたじゃ。いうてもこれは両親はそうじゃったけえ仕方あるまい?なのにみんなして陰でうちを暗黒大王みとうな言い方しよって。今度耳に入れたらうちのその「暗黒の一重まぶた」でにらんでやるけえ、覚悟しとけ。

それについて「大和」石川水兵長

石場兵曹は、戦略・戦術にも詳しゅうていらっしゃるし伝令としても大変な活躍をされとるのは皆周知の事実であります。うちは石場兵曹を尊敬しとります。

「暗黒の~」に関してうちの考えを述べるなら、石場兵曹が物思いにふけって居られたり議論が白熱した際、論敵を下からねめあげる様にして見つめる時、その一重まぶたが大変不気味に見えるからじゃと思うてます。普段の石場兵曹はとても愉快で笑わしてくれて楽しいお人ですが、こと、話が戦闘の関係になるとその眼で相手を威嚇して何が何でも正論だと思わせようとする節があります。まあ、ほとんど兵曹のおっしゃることは正論なんですが、ちいと強引かなあと思うんです。

石場兵曹申し訳ないであります、今夜私的制裁覚悟します!!

 

陸軍象部隊インド方面隊 畑睦美中尉

自分は陸軍だ。海軍でなくて悪かったね、ちょっとの間我慢せよ。自分の双子の妹、畑睦子が海軍に居るよ。何とかいうでかい船に乗ってるらしいが、そんな船見たこたぁない。きっと海軍のこけおどしなんだろうよ。

自分は今、インパールに向けて象部隊を進撃させている、いいか象部隊というのは――ってなんだ、あだ名の話をしろだと!?早く言わんか。

あだ名ねえ。よく言われるのは「はたさん」とか「ムツゴロウ」とか言うよくわかんねえものはあるが、最近聞き捨てならねえあだ名を耳にしたぜ?

なんでも「象殺し」とか「虎狩り」とかさあ、まったくもう冗談じゃねえよいつ自分が象を殺したり虎を狩ったっていうんだよ?動物保護団体とか環境保護団体に誤解されてつるしあげられたらたまんねえじゃねえか。もう二度というんじゃねえぞ、言うなら「進撃の象使い」とか言えよ。

それについて象部隊インド方面隊 嵐寛子中尉

「象殺し」というのは別に畑が実際に象を殺したというんじゃなくて、象がなついてるということを反対の言葉を使っていっただけさ、よく言うだろ「マダムキラー」みたいな。それで言うなら「エレファントキラー」だがそんな敵性語使ったらいかんから「象殺し」。

「虎狩り」、これねえ畑さん正しくは「虎刈り」。あなたのその頭を見て言われたんだよ。畑さんここに来てから暑くて汗かいてたまらんからって髪を刈り上げただろう。男顔負けのさ、だが刈ってくれた軍曹が下手でまだらに刈ってあったから「虎刈り」。そういうことよ、ハハハ。

え??「進撃の象使い」?定着するかなあ??

 

「大和」航海科 小泉純子兵曹

うちのあだ名。ちょっと聞いただけなら名誉なあだ名。でもよく考えれば不名誉な名前じゃわ。

それは「大和の突撃部隊員」。普通に聞いたら「ほう、この人は命知らずの勇敢なおなごじゃな」とか「突撃精神にあふれた勇敢な軍人じゃ」思うじゃろ?

そうでないからうちは困っとる。ええか、この場合の「突撃部隊員」いうんは慰安所や遊郭への突撃いうことじゃ。つまりその、うちはスケベなおなご、いうことじゃわ。まったくもうこがいな不名誉なあだ名もあったもんじゃないで?親が聞いたら泣くわ、ほんま。

それについて「大和」長妻兵曹

はい、「大和の突撃部隊員」の一人長妻じゃ。ええでないか、そのくらいのあだな。「虎刈り」だの「まんじゅう」だの「ゴリラ」言われるよりはずっとええで?聞いた感じがええでないか、「突撃部隊」なんか言うたら愛国心・忠誠心・玉砕精神その他もろもろにあふれた勇者みとうじゃないね。

ものは考えようじゃ、頭冷やしんさい。

 

「大和」機関科 松本リキ兵曹長

うちは人から「縁の下」呼ばれるんじゃ。縁の下?いうてへんな顔しとるあなた。よう考えんさい。うちら機関科は艦の一番下で肝心どころをつかさどって居る配置じゃ。よく言うてじゃろ、「縁の下の力持ち」ってな。それじゃわ、うちのあだ名の由来は。ええあだ名じゃろ、気にいっとるんじゃうちは。

それについて「大和」内務科 岩井特務少尉

まさに松本兵曹長は「縁の下の力持ち」、いや縁の下に置くんはもったいないほどの力持ちじゃ。兵曹長は体も大きいが心も大きく、十分に信用できる人柄。うちは彼女に助けられたけえ胸を張って言える。松本兵曹長は素晴らしい「縁の下の力持ち」じゃ。

 

「大和」野村次子副長

「大和」副長そして海軍が全世界に誇る「艦艇―ズ」メンバーの野村です。私のあだ名ですかあ?いままでなかったんですよ、でも梨賀艦長の肝いりで始まった「艦艇―ズ」での愛称・ツッチーが私のあだ名と言っていいと思います。

最初はええ?なに?ツッチーって、と思いましたが今では大事な愛称でありあだ名であります。うふ。

それについて「大和」梨賀艦長

ツッチー。愛しいツッチー。なんて君は綺麗なんだ・・・っていきなりですが私の大事な片腕の副長にいい加減な愛称、あだ名をつけられませんよ。で、森上参謀長とも協議の末こうなったんです。ちなみに私はナッシー、参謀長はモッチーですが。ほんとは私的に可愛いあだ名を考案中なんですよ副長には。フフフ。

・・・だれだあ!私の副長に「パッキン」とか言う奴はあ、出て来い!

 

「武蔵」加東憲子副長

あだな。

公然の秘密のように囁かれる私のあだ名は「パッキン加東」です。泣きたいよ・・・だって副長っていい加減なこと出来ないんですよ。甲板士官も「糞パッキン」とか言われるらしいですが、一所懸命やってパッキンや糞扱いじゃ浮かばれません。哀しいです・・・表面上は従順そうな兵たちが陰に回れば「パッキン加東」だなんて・・・ウウウ・・・。

それに対して「武蔵」猪田艦長

副長が日夜頑張っているのは私は知っているし、副長の業務の支障は極力取り除こうと思っているよ。だから今まで通りにしてほしいな。

そして私が考えた副長へのあだ名・・・ノンノンだ!のりこ、だからね。ちょっと安易なつけ方だが気に入ってくれるといいな。私の大事な加東副長。思いは「大和」の梨賀さんとおんなじだよ。

 

「大和」航海科 見張トメ兵曹

うちにはあだ名、あるんでしょうか?まああるとするなら「オトメチャン」、これは愛称いうもんでしょうか?

ほうじゃ、前に『海きゃん』の人たちが来てから後にうちのことを皆で「おぼこちゃん」というんですがこれもあだ名なんでしょうかのう?おぼこいうてうちにはどんとなものかようわかりませんが。

最初に「オトメチャン」いうてくれたんは麻生分隊士でした。小泉兵曹とは海兵団から一緒でしたが最初のころ小泉はうちを「みばり」というてましたね。まあ確かに字だけ見たらミバリですがね。

ほいでも子供のころは「お前」としか呼ばれんかったけえ、今どがいな呼ばれ方でもうちはとっても嬉しいです。

それに対して「大和」麻生分隊士

可愛いオトメチャンには変なあだ名何ぞいらん。オトメチャンでええんじゃ。おぼこ・・・言うがちいと馬鹿にしとらんかねえ。まあ、ええが。

それにしてもオトメチャン子供の時「お前」としか呼ばれんかった言うんがうちには衝撃じゃ。なんてかわいそうな子供時代を過ごしたんじゃろう。しかし今はもう、立派な帝国海軍の一員じゃ、胸を張って生きて行こう。オトメチャンよ!!

 

「大和」松岡修子中尉

私が松岡だ。みんな熱くなれよ!そして尻の穴をしっかり締めろ、そしたらもっと熱くなれるぞ。

というわけで私のあだ名かね?一部ではなんでも「火の玉中尉」だとか「蠅たたき中尉」と呼ばれてるらしいね。いいじゃないか、火の玉なんてものすごく熱い証拠だよ。みんなしっかり私のことを見てくれてる証拠だよ。みんなもすっかり熱くなってるね。

だがしかし、「蠅たたき」というのはよくわからないなあ?私の何処が蠅たたきなのか、今度甲板士官の藤村君当たりに聞いてみようと思うんだがね。ともあれ、みんな熱くなれよ!今日からみんな富士山だ。

それに対してトメキチとハッシー・デ・ラ・マツコ

トメキチです。松岡さんはとても熱くってかっこいいです。ラケットを振り回して危ないけど、よく僕たちと遊んでくれます、そして戦闘中はあのラケットで敵の飛行機を落とします。最近では樽美酒さんと良く一緒にいて「樽、たる」と呼んでは仕事や遊びをしています。でも僕は松岡さんの言う「尻の穴を締めろ」というのが取っても恥ずかしいです、それだけやめて?

私がマツコよ。松岡のあだ名ね、まさにそれを正鵠を射ているってものよアンタ。それから松岡がわかんないって言ってた「蠅たたき中尉」だけどあれは、一部の多くの?乗組員が初めてラケットを見た時「なんじゃあれは、でかい蠅たたきじゃのう」って言ったのが始まりよ。そんなのも知らないでよくこの「大和」の分隊長をやってられるわねえ。不思議な女ねえあいつも。

もうちょっと自分を客観的に見てください!

 

比島航空隊 福田康代司令

まあ、あたしがしんがりなんて光栄ですわあ。

てか私、衝撃の事実を知っちゃいました。皆に私「オランウータン」と呼ばれていたことを今の今まで知らなかったんです。ショックです・・・よりによって私がオランウータンみたいなお猿に似てるとは。あ、だからか!前に『武蔵』の連中が来た時あたしの顔見てこっそり笑っていたのね!もう、しょうがない連中ね!あたしはお猿じゃないわよッ…あたしはね、自分を客観的に見ることが出来るのよ。

もっとみんなも視野を大きく、客観的なものの見方をしなさいっ。

それに対して『武蔵』猪田艦長 仮谷航海長

何いってんの?

オランウータンそのものなくせによく言うよ。何が客観的だよ、全く主観的じゃないの。馬鹿いってると司令を解任されますよ?

もう一度言います、あなたはオランウータンそのものです。以上。

仮谷です。猪田艦長はそうおっしゃいますが・・・まあよく似てますね。でもあの時たくさんお土産もいただいたし、その辺で。福田司令、またいつかバナナくださいね、でかい房で願います。

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・

あだな。

私のあだ名、会社に勤めてるときは「親父」でした。なんでかというと、私のしぐさが「親父みた―い!」だったからだそうです。でもこのあだ名結構好きでした。だから、というわけではないでしょうが今に至るまで親父さんと呼ばれる世代の友人?が多い私です。

石破さん(画像お借りしました)。何か気になる人です・・・(^_^;)
イシバチャン


そしてハエ叩き・・・これこそ松岡分隊長向けの商品ではないか!!
蠅たたき
にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村

関連記事
連合艦隊・帝国海軍 | コメント:4 | トラックバック:0 |

「女だらけの戦艦大和」・私のあだ名2

あだ名についての皆の一言が、続く――

 

「大和」航海科 石場兵曹

私は皆から「イシバチャン、イシバチャン」と呼ばれとります。まあそれは愛称ということでええんですし、うちもその呼ばれ方を気に入っとりました。

が。

最近衝撃的なあだ名を聞いてしもうた。何かと言えば「暗黒の一重まぶた」いうんですよ・・・そりゃうちは完璧なまでの一重まぶたじゃ。いうてもこれは両親はそうじゃったけえ仕方あるまい?なのにみんなして陰でうちを暗黒大王みとうな言い方しよって。今度耳に入れたらうちのその「暗黒の一重まぶた」でにらんでやるけえ、覚悟しとけ。

それについて「大和」石川水兵長

石場兵曹は、戦略・戦術にも詳しゅうていらっしゃるし伝令としても大変な活躍をされとるのは皆周知の事実であります。うちは石場兵曹を尊敬しとります。

「暗黒の~」に関してうちの考えを述べるなら、石場兵曹が物思いにふけって居られたり議論が白熱した際、論敵を下からねめあげる様にして見つめる時、その一重まぶたが大変不気味に見えるからじゃと思うてます。普段の石場兵曹はとても愉快で笑わしてくれて楽しいお人ですが、こと、話が戦闘の関係になるとその眼で相手を威嚇して何が何でも正論だと思わせようとする節があります。まあ、ほとんど兵曹のおっしゃることは正論なんですが、ちいと強引かなあと思うんです。

石場兵曹申し訳ないであります、今夜私的制裁覚悟します!!

 

陸軍象部隊インド方面隊 畑睦美中尉

自分は陸軍だ。海軍でなくて悪かったね、ちょっとの間我慢せよ。自分の双子の妹、畑睦子が海軍に居るよ。何とかいうでかい船に乗ってるらしいが、そんな船見たこたぁない。きっと海軍のこけおどしなんだろうよ。

自分は今、インパールに向けて象部隊を進撃させている、いいか象部隊というのは――ってなんだ、あだ名の話をしろだと!?早く言わんか。

あだ名ねえ。よく言われるのは「はたさん」とか「ムツゴロウ」とか言うよくわかんねえものはあるが、最近聞き捨てならねえあだ名を耳にしたぜ?

なんでも「象殺し」とか「虎狩り」とかさあ、まったくもう冗談じゃねえよいつ自分が象を殺したり虎を狩ったっていうんだよ?動物保護団体とか環境保護団体に誤解されてつるしあげられたらたまんねえじゃねえか。もう二度というんじゃねえぞ、言うなら「進撃の象使い」とか言えよ。

それについて象部隊インド方面隊 嵐寛子中尉

「象殺し」というのは別に畑が実際に象を殺したというんじゃなくて、象がなついてるということを反対の言葉を使っていっただけさ、よく言うだろ「マダムキラー」みたいな。それで言うなら「エレファントキラー」だがそんな敵性語使ったらいかんから「象殺し」。

「虎狩り」、これねえ畑さん正しくは「虎刈り」。あなたのその頭を見て言われたんだよ。畑さんここに来てから暑くて汗かいてたまらんからって髪を刈り上げただろう。男顔負けのさ、だが刈ってくれた軍曹が下手でまだらに刈ってあったから「虎刈り」。そういうことよ、ハハハ。

え??「進撃の象使い」?定着するかなあ??

 

「大和」航海科 小泉純子兵曹

うちのあだ名。ちょっと聞いただけなら名誉なあだ名。でもよく考えれば不名誉な名前じゃわ。

それは「大和の突撃部隊員」。普通に聞いたら「ほう、この人は命知らずの勇敢なおなごじゃな」とか「突撃精神にあふれた勇敢な軍人じゃ」思うじゃろ?

そうでないからうちは困っとる。ええか、この場合の「突撃部隊員」いうんは慰安所や遊郭への突撃いうことじゃ。つまりその、うちはスケベなおなご、いうことじゃわ。まったくもうこがいな不名誉なあだ名もあったもんじゃないで?親が聞いたら泣くわ、ほんま。

それについて「大和」長妻兵曹

はい、「大和の突撃部隊員」の一人長妻じゃ。ええでないか、そのくらいのあだな。「虎刈り」だの「まんじゅう」だの「ゴリラ」言われるよりはずっとええで?聞いた感じがええでないか、「突撃部隊」なんか言うたら愛国心・忠誠心・玉砕精神その他もろもろにあふれた勇者みとうじゃないね。

ものは考えようじゃ、頭冷やしんさい。

 

「大和」機関科 松本リキ兵曹長

うちは人から「縁の下」呼ばれるんじゃ。縁の下?いうてへんな顔しとるあなた。よう考えんさい。うちら機関科は艦の一番下で肝心どころをつかさどって居る配置じゃ。よく言うてじゃろ、「縁の下の力持ち」ってな。それじゃわ、うちのあだ名の由来は。ええあだ名じゃろ、気にいっとるんじゃうちは。

それについて「大和」内務科 岩井特務少尉

まさに松本兵曹長は「縁の下の力持ち」、いや縁の下に置くんはもったいないほどの力持ちじゃ。兵曹長は体も大きいが心も大きく、十分に信用できる人柄。うちは彼女に助けられたけえ胸を張って言える。松本兵曹長は素晴らしい「縁の下の力持ち」じゃ。

 

「大和」野村次子副長

「大和」副長そして海軍が全世界に誇る「艦艇―ズ」メンバーの野村です。私のあだ名ですかあ?いままでなかったんですよ、でも梨賀艦長の肝いりで始まった「艦艇―ズ」での愛称・ツッチーが私のあだ名と言っていいと思います。

最初はええ?なに?ツッチーって、と思いましたが今では大事な愛称でありあだ名であります。うふ。

それについて「大和」梨賀艦長

ツッチー。愛しいツッチー。なんて君は綺麗なんだ・・・っていきなりですが私の大事な片腕の副長にいい加減な愛称、あだ名をつけられませんよ。で、森上参謀長とも協議の末こうなったんです。ちなみに私はナッシー、参謀長はモッチーですが。ほんとは私的に可愛いあだ名を考案中なんですよ副長には。フフフ。

・・・だれだあ!私の副長に「パッキン」とか言う奴はあ、出て来い!

 

「武蔵」加東憲子副長

あだな。

公然の秘密のように囁かれる私のあだ名は「パッキン加東」です。泣きたいよ・・・だって副長っていい加減なこと出来ないんですよ。甲板士官も「糞パッキン」とか言われるらしいですが、一所懸命やってパッキンや糞扱いじゃ浮かばれません。哀しいです・・・表面上は従順そうな兵たちが陰に回れば「パッキン加東」だなんて・・・ウウウ・・・。

それに対して「武蔵」猪田艦長

副長が日夜頑張っているのは私は知っているし、副長の業務の支障は極力取り除こうと思っているよ。だから今まで通りにしてほしいな。

そして私が考えた副長へのあだ名・・・ノンノンだ!のりこ、だからね。ちょっと安易なつけ方だが気に入ってくれるといいな。私の大事な加東副長。思いは「大和」の梨賀さんとおんなじだよ。

 

「大和」航海科 見張トメ兵曹

うちにはあだ名、あるんでしょうか?まああるとするなら「オトメチャン」、これは愛称いうもんでしょうか?

ほうじゃ、前に『海きゃん』の人たちが来てから後にうちのことを皆で「おぼこちゃん」というんですがこれもあだ名なんでしょうかのう?おぼこいうてうちにはどんとなものかようわかりませんが。

最初に「オトメチャン」いうてくれたんは麻生分隊士でした。小泉兵曹とは海兵団から一緒でしたが最初のころ小泉はうちを「みばり」というてましたね。まあ確かに字だけ見たらミバリですがね。

ほいでも子供のころは「お前」としか呼ばれんかったけえ、今どがいな呼ばれ方でもうちはとっても嬉しいです。

それに対して「大和」麻生分隊士

可愛いオトメチャンには変なあだ名何ぞいらん。オトメチャンでええんじゃ。おぼこ・・・言うがちいと馬鹿にしとらんかねえ。まあ、ええが。

それにしてもオトメチャン子供の時「お前」としか呼ばれんかった言うんがうちには衝撃じゃ。なんてかわいそうな子供時代を過ごしたんじゃろう。しかし今はもう、立派な帝国海軍の一員じゃ、胸を張って生きて行こう。オトメチャンよ!!

 

「大和」松岡修子中尉

私が松岡だ。みんな熱くなれよ!そして尻の穴をしっかり締めろ、そしたらもっと熱くなれるぞ。

というわけで私のあだ名かね?一部ではなんでも「火の玉中尉」だとか「蠅たたき中尉」と呼ばれてるらしいね。いいじゃないか、火の玉なんてものすごく熱い証拠だよ。みんなしっかり私のことを見てくれてる証拠だよ。みんなもすっかり熱くなってるね。

だがしかし、「蠅たたき」というのはよくわからないなあ?私の何処が蠅たたきなのか、今度甲板士官の藤村君当たりに聞いてみようと思うんだがね。ともあれ、みんな熱くなれよ!今日からみんな富士山だ。

それに対してトメキチとハッシー・デ・ラ・マツコ

トメキチです。松岡さんはとても熱くってかっこいいです。ラケットを振り回して危ないけど、よく僕たちと遊んでくれます、そして戦闘中はあのラケットで敵の飛行機を落とします。最近では樽美酒さんと良く一緒にいて「樽、たる」と呼んでは仕事や遊びをしています。でも僕は松岡さんの言う「尻の穴を締めろ」というのが取っても恥ずかしいです、それだけやめて?

私がマツコよ。松岡のあだ名ね、まさにそれを正鵠を射ているってものよアンタ。それから松岡がわかんないって言ってた「蠅たたき中尉」だけどあれは、一部の多くの?乗組員が初めてラケットを見た時「なんじゃあれは、でかい蠅たたきじゃのう」って言ったのが始まりよ。そんなのも知らないでよくこの「大和」の分隊長をやってられるわねえ。不思議な女ねえあいつも。

もうちょっと自分を客観的に見てください!

 

比島航空隊 福田康代司令

まあ、あたしがしんがりなんて光栄ですわあ。

てか私、衝撃の事実を知っちゃいました。皆に私「オランウータン」と呼ばれていたことを今の今まで知らなかったんです。ショックです・・・よりによって私がオランウータンみたいなお猿に似てるとは。あ、だからか!前に『武蔵』の連中が来た時あたしの顔見てこっそり笑っていたのね!もう、しょうがない連中ね!あたしはお猿じゃないわよッ…あたしはね、自分を客観的に見ることが出来るのよ。

もっとみんなも視野を大きく、客観的なものの見方をしなさいっ。

それに対して『武蔵』猪田艦長 仮谷航海長

何いってんの?

オランウータンそのものなくせによく言うよ。何が客観的だよ、全く主観的じゃないの。馬鹿いってると司令を解任されますよ?

もう一度言います、あなたはオランウータンそのものです。以上。

仮谷です。猪田艦長はそうおっしゃいますが・・・まあよく似てますね。でもあの時たくさんお土産もいただいたし、その辺で。福田司令、またいつかバナナくださいね、でかい房で願います。

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・

あだな。

私のあだ名、会社に勤めてるときは「親父」でした。なんでかというと、私のしぐさが「親父みた―い!」だったからだそうです。でもこのあだ名結構好きでした。だから、というわけではないでしょうが今に至るまで親父さんと呼ばれる世代の友人?が多い私です。

石破さん(画像お借りしました)。何か気になる人です・・・(^_^;)
イシバチャン


そしてハエ叩き・・・これこそ松岡分隊長向けの商品ではないか!!
蠅たたき
にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事
連合艦隊・帝国海軍 | コメント:4 | トラックバック:0 |

「女だらけの戦艦大和」・私のあだ名1

人にはそれぞれ「あだ名」「愛称」というものが本人の知ると知らぬとにかかわらず存在する。それぞれの過去、あるいは現在のあだ名について本人あるいはその周辺の人に語って貰った――

 

「大和」麻生太特務少尉

うちのあだ名?ほうじゃねえ、うちはあだ名いうよりその、「愛称」の方かねえ。下宿のおばさんに昔っから「ふーチャン」呼ばれとってじゃ。なんでふーチャンか、ゆうたらうちの名前が太(ふとし)だからじゃわ。まあ女でこげえな男みとうな名前でむかしは嫌じゃったが、下宿のおばさんは「ええ名前じゃわ」言うてくれたね・・・いうかおばさん、今でもうちを男じゃ思うとる節があるけえ「ええ名前じゃ」いうたんは男としていうことかもしれんで!?・・・はあ、難儀じゃわあ・・・。

それについて、「大和」航海科 小泉兵曹

え、分隊士の愛称が「ふーチャン」ですって?うちははあ随分前からしっとってじゃけど、何回聞いても可笑しいわ。あの顔で「ふーチャン」かね!ちいと笑わせてくれんかのう・・・ウワハハハハ!!!

 

「大和」梨賀幸子艦長

私にあだ名、ですか?ないと思いますよぉそんなもん。あだ名が付けられるような隙なんか見せないし。第一艦長にあだ名なんて不謹慎でしょうよ?うちの乗り組み員はそのへんに関しては大変常識的だからね、私にあだ名なんかつけたりしませんって。残念でした~、ハハハ。

それについて、「大和」森上参謀長

ばーか。そんなの自分が知らないだけじゃねえの。みんなこっそり言ってるよ、「水虫女」とか「エントツ女」とか。あとよく艦長につけられるのが「艦スケ」。これはよく駆逐艦の乗組員が親しみをこめて言うようだけどね。梨賀の場合は・・・しーらないっと!!

 

「蒼龍」飯田房子中佐

私のあだ名はどうしてでしょう、「お嬢さん」というんですよ。まあ、女だから当たり前でしょうと思うんですがそうではないようで、自分で言うのは恥ずかしいんですが私がおとなしくて深窓の令嬢のような雰囲気だからとか言うんですよね。

とっても恥ずかしくってそう言われるのを聞くたびに身が縮まっちゃいます。そんなふうに言われるほど私はおとなしくもないし、深窓の令嬢的雰囲気もないんですがねえ。でも、ありがたく思っています!

それについて「蒼龍」大島一飛曹

飯田中佐は御謙遜されてらっしゃいますが中佐はまことの「お嬢さん」であります。揶揄するような意味ではなく本当におっとりなさって決して声を荒らげず、いつも我々下の者のことを考えてくださって有難い上官です。私は「お嬢さん」こと飯田中佐の下で働けて大変光栄です!!ずっとこの先もついて行きます!

 

二航戦司令官・山口たも少将

なんですって。あだな、ですか・・・私幼いころ「まんじゅう」と呼ばれていました。なんでって・・あなた私の以前の体型を忘れたんですか?私はそれまでまん丸でぽっちゃりとしていたのでこんなあだ名が付けられていたんですよ全く。花も恥らう年頃になってさえ「おーい、まんじゅう~」とか呼ばれて大変傷つきました私。でも、今ではいい思い出ですよ。もう私はまんじゅうではないですからね。

それについて、『飛龍』加来止代艦長

確かに以前の司令官はまん丸でした・・・失礼を承知で申し上げますが・・・まんじゅうのようでした。でもそのお体つきも私は好きでした。なんて言うか、お心の優しさがにじみ出るようで、慈愛に満ちた母のようで。私生活でも司令官はお子様が四人もいらして内地で待ってらっしゃいます。いつでしたか、お太りになっていた時、お迎えに出たお子様方をお腹で吹っ飛ばすという惨事もありましたが今ではその胸にふんわり、お子様方をお抱きになれますね!もし「まんじゅう」と呼ばれることがあったらそれは、みんなをほっこり笑顔にするおいしいおまんじゅうのような存在、ということですね。司令官!

 

「大和」増添要子兵曹

うちのあだ名は、そのものズバリ「はげ」「女ハゲ」です。どうしてかというと、前髪部分の毛が薄くハゲに見えるから、というのがその真相です。聯合艦隊運動会では、他艦の士官連中にハゲを見せろと迫られましたが連中に勝って土下座をさせました。これこそハゲの底力です。でも時々、髪が長かった時を思い出しては一人、巡検後くらい甲板に出て泣いていたりしました。が、今では平野少尉のおかげで復活してきましたけえ、もうハゲじゃないで!これからハゲなんか言うたら貴様らの髪の毛むしってやるけえ、そのつもりでおれよ!ええなあ!!

それについて、「大和」機銃分隊 長妻兵曹

増添さん、開き直ったね。前髪もフサフサして髪が長かったころのあだ名はなんじゃったかのう思うて今、思い出してみたがいっこも思いだせん。いうことはじゃな、ハゲいうあだ名がすっかり定着してしもうたんじゃな。

もしも、前みとうにフサフサになったらあだ名を新しゅう考えんといけんな。こりゃあ大ごとじゃ。ワハハ。

 

第200水雷戦隊司令 古村啓子中佐

なんでだ。

どうしてだ。

どうしてなんで私が「ゴリラ」なんだ。それだけは理解しがたい。本当のゴリラを見た人はいるのだろうか、その人が私を見て「あ、ゴリラだ。そっくりだ」と言ったというなら納得もしよう。が、そういう人が一人も名乗り出ない現状において私はこのあだ名を受け入れるのはちょっとどうかと思うのだ。そして本当のゴリラがどこに住んでいるのか私にもちょっとわからないからその生態を見にも行けない。

が。

気がつけばこのあだ名と何年付き合っているだろう。正直わからない。そして恐ろしいことに、自分自身の中でこのあだ名に慣れてきつつあるという現実もあるのだ。だからトレーラーの密林の奥で、原艦長とゴリラのようなふるまいをしてしまうのかもしれない。これこそ「板についた」というのだろう。困った。

それについて、『矢矧』原為代艦長

司令はそうおっしゃいますがいいじゃないですかゴリラ。あれは絶滅危惧種です。貴重品です。ということは古村司令も貴重な人材ということじゃないですか?

それにゴリラは知能が高くて賢い動物ですよ、ということは司令も賢者ということですよね。それにゴリラはなんでも食うし、司令もなんでもお食べになります。て事はほら、すごくいいことじゃないですかあ!!最高のほめ言葉ゴリラ!うらやましいですよ私は。

?私のあだ名?私なんて・・・「ハラタメ」ですからね。・・・フッ。

 

「大和」機銃分隊 平野ヒラ女少尉

私のあだ名。「エンガワ」だよ。可笑しいだろう、笑えよ。

私の名前がヒラ女だからエンガワなんだってさ・・・ふん、くっだらねえの。あたしは握り寿司じゃあないってえのにみんなして「エンガワ」「エンガワ」って。それもここ「大和」に来てからじゃない、それ以前、ずっと前から言われてる。小学校に入った時からだよ。年季が入ってるだろう?笑えよ。あまり皆が「エンガワ」って言うから私の名前を「縁側」だと思ってる水兵もいてほんとに驚かされたことがあったよ。可笑しいだろ、笑えよ。

・・・でも。ちょっと考えたけど「ゴリラ」よりはましかもね。そう言えばアメリカの映画に化け物みたいなでっかいゴリラが、入浴とかいう街の高ーいビルに登って喚いてるのがあったっけ。そんなものと一緒にされるよりは、エンガワと呼ばれてる方がまだ可愛いってものだね。

まあ、ものは考えようかな?ウフフ。(取材者注・少尉の発言中の「入浴」は「ニューヨーク」の誤りと思われます)

それについて、第200水雷戦隊古村司令

エンガワ少尉、あなたは大きな間違いを二つほど犯していますね。

ひとーつ!あのニューヨークのエンパイアステートビルに登って悪さをしていたのはゴリラではないよ?あれは<化けものみたいにでっかいゴリラ>ではなくキングコングという立派な化け猿です。私はゴリラとは呼ばれていますが、化け猿とは呼ばれてませんのでそのへん注意したまえ。ふた―つ、そして固有名詞は正確に!入浴じゃないニューヨーク、だよ。風呂でも入りてえのか??

 

「蒼龍」飛行隊 大島一飛曹

私のあだ名は「親方」です。どうしてかというと、多分体が大きいせいだと思います。まあ言って見れば相撲とりみたいな感じということでしょうか。でも私は力士が好きです。一所懸命に稽古をし、いざ土俵に上がればさまざまな技を繰り出します。

私も親方と呼ばれる以上は、空中戦でもさまざまな技を繰り出して敵機を撃墜しまくりたいと思います!

それについて「蒼龍」飯田中佐

親方こと大島一飛曹はそのあだ名が示す通り、同期の中にあっても常に沈着冷静。的確な判断の出来る人です。私はこの親方が後々素晴らしい搭乗員になると確信しています。

そして、親方ですから後進の指導にも励んでください。期待してますよ、親方!

 

   (次回に続きます)

 

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いろいろなあだ名がありますよね。愛称という場合もありますが。

みなさんにはどんなあだ名がありましたか、そして今何かつけられてるあだ名、ありますか?

 

うわあ―古村司令だあ!!ってだからこれはキングコングだよって(-_-;)!(画像お借りしました)
キングコング


にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事
連合艦隊・帝国海軍 | コメント:6 | トラックバック:0 |

日々雑感・「四月七日の桜」から

・・・

此度は光栄ある任務を与へられ 勇躍出撃 必成を期し殊死奮戦 皇恩の万分の一に報いん覚悟に御座候

此期に臨み 顧みると吾等二人の過去は幸福に満てるものにして亦私は武人として重大なる覚悟を為さんとする時 親愛なる御前様に後事を託して何等の憂なきは 此上もなき仕合せと衷心より感謝致居候

お前様は私の今の心境をよく御了解になるべく 私は最後迄喜んでいたと思はれなばお前様の余生の淋しさを幾分にてもやはらげることと存じ候

心からお前様の幸福を祈りつつ 

  四月七日

                     整一

いとしき

最愛のちとせどの

 

この手紙は、伊藤整一海軍中将が軍艦「大和」艦内で沖縄特攻出撃時に妻・ちとせに宛てて書いた遺書である。

この遺書は作戦後、生還した森下第二艦隊参謀長と石田副官がじかに伊藤家を訪れて、家族に手渡したものである。

この時森下参謀長は「長官はあの忙しい中でよく手紙を書けた」と驚いたらしい。彼も、大和艦長の有賀幸作も出撃にあたって遺書を書く余裕――心も時間も――なかったのだ。今に伝わる有賀艦長の遺書も日米開戦初頭に書かれたものである。

これを読むと、伊藤と妻の間の細やかな愛情が感じられる。そして伊藤自身、家族――とりわけ妻を――遺して逝かねばならない心の奥の苦悩を垣間見ることができる。私は喜んで出撃してそして死んでいったのだとあなたが思われるなら、あなたのこの先の長い人生の淋しさを少しでも和らげることになるでしょう・・・そう言って懸命に妻を思いやり慰める伊藤の心の優しさに心打たれる。

また家に遺される二人の娘(長女はこの時点ですでに嫁いでいた)には、

淑子さん 貞子さん

私は今、可愛い貴女たちのことを思っております。そうして貴女たちのお父さんは、お国の為に立派な働きをしたといわれるようになりたいと、考えております。もう手紙も書けないかもしれませんが、大きくなったら、お母さんのような婦人になりなさいというのが、私の最後の教訓です。御身大切に

         父より

四月五日

 

と遺している。海軍士官の妻となった長女へも細やかな手紙を残している。

これを書いている時、伊藤の脳裏にはいったいどのような思いや、映像が去来していたのだろうか。察するに余りあるせつない場面である。

そして長男の叡は父の死より後にはなるが沖縄周辺で特攻戦死している。父の後を追うように逝った子は、その最後に何を見つめ、何を叫んだのだろうか・・・。

そして妻のちとせもそれから間もなく人生の最期を迎えることになってしまう。終戦の翌年彼女はとある手術の「事故」がもとで死に至ってしまう。

戦死した息子、叡の告別式まで澄ませながらも、「沖縄の収容所に叡がいる」という噂を信じて手紙まで書き送った母は医療事故であえなく散った。

今ではきっと親子三人なかよく泉下で暮らしていることだろう。そう信じたい。

 

これらの話は、先日購入した本「四月七日の桜 戦艦「大和」と伊藤整一の最後」(中田整一 講談社刊)から引かせていただいた。

何気に目をやった書架にあった本で、新刊である。手に取りすぐ、買った。伊藤整一という人の名前は知っていても、その人が実際どんな人であったのか――軍人としても家庭人としても――知りたかったというのがある。

そしてこの本で、彼が東京杉並区に住まいがあったことも知ったし、彼が住まった後には今も彼の植えた桜が四月七日に満開を迎えるのだ、ということも。

 

一般将兵にとっても残酷だった「坊ノ岬沖海戦」であるが、その作戦を請けた方も大変な懊悩があったということを確信させた。

大和以下十隻に乗り組んだ将兵数千の命を東シナ海に死なせたその責任を、彼は「大和」長官室にこもって「大和」とともに海底深く沈むことで取ったのだろう。

あの作戦を立案し、伊藤に提示した海軍上層部の中の幾人が本当に責任を取ったのだろうか。取れたのだろうか。

伊藤を始め、あの海戦で戦死した将兵たちはどう思っているのだろうか。

 

なぜこのようなことを書いたかと言えばこの本のことをお知らせしたいという気持ちもですが、今日閣僚の靖国参拝が問題になりました。<そのせいで>韓国、中国との会談や訪日も中止になったと責められています。

「靖国」を政治問題化させる中・韓には腹が立つしもっと安部総理にははっきりした言葉で「何処が悪い」ということを言ってほしいのです。国の為に戦没した人々を国家国民が慰霊顕彰するのは至極当然で何処の国でもしていること。

それを「右傾化」とまで言う中国の言い分は聞き捨てなりませんし、単純に「右」というならそっちの方が正規軍ももつ右傾国家じゃないか!と言ってやりたいですね。まあ、同じ土俵に降りてまで論議するのもバカらしいですが。

話を戻しますと、そういった形で国内外で色眼鏡で見られる「靖国神社」とそこに祀られる人々が私は本当にかわいそうで気の毒でならない。本来なら国民こぞって慰霊をし、その働きを未来永劫の日本人に語り継ぐのが国家国民の役目なはずです。

政治家は「私人で参拝」などと言わないで堂々と「公人」として参拝してほしい。政治家の看板を掲げている間は、あなたたちに「私」はないと思ってほしい。「公の人」として堂々と参拝して初めて靖国や護国神社の英霊は心安らかになれるはず。それでも「私人として」というなら日曜日にでも私と一緒にラフなスタイルで行きましょう。「総理じゃない?」と言われても「私のいとこです、よく似てるって言われるんですよ」とかわしてやりますから。

ともあれ「公人として参拝」することが、何よりこの日本において「私」を持たない天皇陛下がご参拝を再開できる最短の道なのだと思うのです。

それこそが、国に殉じた英霊の最も望んでいらっしゃることだと思うからーー。

 

「四月七日の桜」の表表紙。DSCN0805.jpg


にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
にほんブログ村
関連記事
私の日常 | コメント:12 | トラックバック:0 |
| ホーム |次のページ>>